私的 昭和テレビ大全集
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ふるさとの歌まつり (1966)

ソレ♪ ふーるさとさん ふるさとさん

当ブログ閲覧者想定層は、この番組に思い入れは無いだろうなあ(苦笑)。
ワタクシの親世代のためにあったような番組で、
昭和30年代、金の卵ともてはやされて地方から若者が大挙して東京へと流入。
産めよ増やせよの戦争末期に生まれた農家の次男坊以降は、
地元ではハッキリ言って邪魔者ですらあり、
また、当人達も夢の東京大都会に憧れ、やってきたのです。
そこでは地元のような濃密な人間関係は無く、
寂しさにつけ込まれてかこの時期、新興宗教も発展しました。
そうした都会の寂しき元地方人の、オアシスとなった番組がこれでした。

おらがお国、おらが村、おらが町にテレビがやってくれば、
それはもう大騒ぎとなっていた頃ですが、
同じく宮田輝司会ののど自慢などと違い、
この番組は、その郷土色をそのまま取り上げるという事で、
地元は勿論、上京している人たちも大いに入れ込めたのです。
出身県というだけでも盛り上がるのに、まして出身市となれば、
同郷の人間同士でも話題は大いに盛り上がったと思います。
歌謡界でも、当時やたらと地名が入った歌が多かったのには、
そうした背景があったわけです。

この番組は、その土地その土地に伝わる伝統芸能とか、
民謡、風習、言い伝え、とにかくいろいろな独自色を伝えていました。
ステージ上で、郷土独自の芸能やお祭りなどが繰り広げられました。
我が父は長崎出身でしたから、長崎くんちはよく覚えてますね。
こんな祭りなんですけど → http://www.nagasaki-kunchi.com/
こういう竜の舞なんかも舞台上でやってました。
何十人と招いているその土地の人々から、おもしろ話を引き出す。
その役割を担ったのが、宮田輝アナウンサーでした。
NHKアナはいつもそうなんですが、ここでも宮田アナはあくまでも媒介役で、
この番組での主役はあくまでもその土地の人々。
その人たちの解説や説明を聞き、演し物を観ながら、
宮田アナは視聴者の目線で、新鮮に感嘆したり、質問を投げかけたり。
エンディングは宮田を先頭に全員大挙して、ふるさと音頭を歌って終わりました。
延々と一時間、一時間ですよ、ただの一地方の情報ばかりが流されるのに、
わりと人気も高かったのは、国内旅行すらまだエンジョイされてない時代で、
見知らぬ土地の風光明媚や行事を手軽に観られる、
紀行番組としての役割もあったからでしょう。

8年間の長きに渡ってこの番組を支えた宮田アナは、
冒頭で一節紹介した主題歌のふるさと音頭の作詞もしており、
当時のNHKアナってそんな事もやってたんだなあと思います。
ちなみに作曲は重鎮・古賀政男、
歌は奄美なァちぃか~しゃ♪の記憶も新しかった三沢あけみでした。
番組冒頭の「おばんです」という挨拶も流行となり、
日本全国の人々に大きく顔を売った宮田アナは、
番組終了後すぐにNHKを退社、参議院議員全国区トップ当選を果たしました。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
この番組は、
毎週かかさず、家族で観ていましたね。

♪ふーるさとさん、
ふるさとさん♪
♪お腰につけたきび団子♪

あっ!失礼、嬉しさのあまり、
ついはめをはずしてしまいました。

わたくしの郷里も
よく出てまいりまして、
いつだったか全国のお祭りの
人気キャラが一堂に会する機会が
あって、わたくしの郷里のお祭り
(しかも近所の)のキャラが
コミカルで、会場のご年配の方々に
非常にウケが良かったことを
記憶しています。
贔屓目に見たことを割り引いても、一番受けていたような。

この番組とは関係のない話で
申しわけないのですが、
わたくしも「ご幼少」の頃から、
懐メロ番組を家族で見ていました
ので、
藤山一郎さん、灰田勝彦さん、
岡本敦夫さん、岡晴夫さんは、
ごく身近な存在でした。
近江俊郎さんや笠置シヅ子さんは、
どちらかというと、
音楽番組の審査員として
親しみました。
(別々の番組でしたが。)

随分長くなりましたので、
この辺で失礼します。
2006/08/01(火) 00:16:49 | URL | 藤四郎
やはり視聴率高かった?
はあ、やはり当ブログの常連さんともなりますと、
いわゆる人気番組などは大抵目にしてたりすんですかね。
いきなりこの記事にレスが付くとも思ってませんでした(笑)。

へえ、祭りキャラ大集合って回は覚えてません。
そもそも祭りって、そんなにキャラが存在するもんですかね?(笑)
じゃあ、おくんちの竜も出たのかな?
しかし、そういう書かれ方をすると藤四郎さん地方の祭りキャラが聞きたくなりますが(笑)。

やはり当方と同年代の人は懐メロ番組も観てきてるんでしょうねえ。
今で言えば大辞テンくらいしかそういう役割の番組も無いような。
2006/08/01(火) 00:37:08 | URL | ごいんきょ
宮田輝さんの司会はリアルタイムでは全く知らないのですが、当時の紅白が数年前までBSで定例の如く再放送されていた時期があり、その中で、何回か宮田さんが白組司会をやっている紅白がほぼ完全な形で再放送されたことがあります。
とにかく、この人にはアナウンサー云々という次元を超えた、「大らかさ」「包容力の広さ」が司会の雰囲気からもひしひし伝わってきたのをおもいだします。最後のへんは時に若い歌手の歌についていけなかったのかトチリなんかもあったりしたようですが(石橋正次さんの名前をいい間違えたというエピソードは結構有名ですが・・)、そのトチリすらも紅白の中では不可欠の要素なんではないのか??と思わせるほどの圧倒的な大らかさ。宮田さんはいい司会者・アナウンサーである以前に、すぐれた人格者だったのかもしれないですねえ・・・。山川静夫さんや相川浩さんが彼やライバル・大破し圭三さんを目標にしのぎを削っていたのもあの存在感を見れば何となく頷ける感じもしますね。
2006/08/01(火) 01:04:41 | URL | blue
どーもどーも おばんです
高橋圭三アナと宮田輝アナは同期の、正にライバル関係だったようですね。
宮田アナの政界入りも、圭三さんに触発されたのかもしれません。
紅白は宮田アナ、レコ大は圭三アナと、ここでもライバルですね。
丁度、レコ大が大晦日から撤退という寂しいニュースも入ってますが。
2006/08/01(火) 01:57:56 | URL | ごいんきょ
ふるさと音頭
今年、還暦を迎えました。昭和44年の新入社員の頃、当時の宴会でカラオケなしの手拍子でよく歌っていました。残念ながら、2番と3番の歌詞がおぼろです。お教えいただければ幸いです。
2007/02/03(土) 10:10:14 | URL | 田舎人
♪アンコ~
田舎人様へ
「ふるさと音頭」ですが、あの都はるみさんも当時、レコードを出しておりました。歌詞カードによれば、

(2番)
ハアー
肩を並べて 遊んだ頃を
思い出すのも 懐かしい
君の私の あなたのぼくの
ほんにふるさと よいところ
サアサ手拍子(以下、同)

(3番)
ハアー
眺めうつくし 人情やさし
残る昔の 夢のあと
お国自慢は 数々ござる
ほんにふるさと よいところ
サアサ手拍子(以下、同)

という歌詞のようです。
当時、夜8時からは「大人の時間」という取り決めが我が家にあり、ほぼ毎日、NHKにチャンネルが合わせられたことが思い起こされます。
2007/02/03(土) 22:55:13 | URL | Mr.テレビっ子
歌詞について
当ブログでは基本的に歌詞掲載はやってません。
例外として、記憶による記述はやっております。
理由としましては

1.著作権者の権利保護
2.ここは歌詞検索サイトではないので正確な歌詞を載せる必要はない
3.調べればわかるような事は意義が薄い

などに拠ります。
だからワタクシが全歌詞を書くような場合は、
もう映像が現存していないとか、
あまりにもマイナーな番組で、ここくらいしか記述しないだろう
というような番組なのであります。

という事を前提としてご理解して戴いた上で、
交換条件を提示して載せようと思っていたら、先を越されてしまいました(苦笑)。


● 田舎人さん
これはこれは。
当サイトでは非常に貴重な世代の方でございます。
ああ、当時の宴会なんかで歌われそうですね(笑)。
で、提示しようと思っていた交換条件というのは、
他にも古い番組で覚えてるのみつけたら是非コメント戴きたい
という事だったんですが。
まあ、その条件は破棄しますが(笑)、気が向いたらまたコメント下さい。


● Mr.テレビっ子さん
ご苦労様でした。
都さんが歌ってたんですか。
そう言えばアンコ椿の映像で、この番組で歌っているのが残ってますね。

そもそもこの当時、8時過ぎにはあまり
子供を対象とした番組自体が無かったですからね。
2007/02/03(土) 23:39:52 | URL | ごいんきょ
失礼しました
このたびはフライング(?)してしまったようで、申し訳ありませんでした。
著作権については、私も心悩ませていることがあるにもかかわらず、軽率でした。以後、気をつけます。
そういえば、「著作権50年説」ってどうなったのでしょう?
2007/02/04(日) 07:34:03 | URL | Mr.テレビっ子
お礼:ふるさと音頭
ありがとうございました。実は近々息子の結婚式がありまして、両方の親が風光明媚な田舎です。披露宴も宴会風になります。親も出演せざるを得ないので、これを唄おうと思い立ち、いろいろなサイトを調べ最終的にこのブログに辿り着いたものです。まさか、著作権問題が出てくるとは・・・政府刊行物や障害者向けの対策などにも、著作権が弊害になっていること懸念しています。文化省の対応も遅々として進んでいないのも、日本としての独自の文化・科学保護を明確にする必要があると思います。50年問題もしかりです。何か、ふるさと音頭が、難しい話になってきました。取り急ぎお礼まで・・・
2007/02/04(日) 08:01:48 | URL | 田舎人
いやいや
まあワタクシもそれほど突き詰めて考えているわけではなくて(笑)、
手探りでやってます。

● Mr.テレビっ子さん
いや、MIDIを載せているんだから歌詞を書いちゃうのは仕方ありません。
基本的には労力省けて助かりました。
ただ、これが前例で歌詞を尋ねる人が頻出するのも困りものだなという事で
この件に関しましても、いずれ見解をまとめて当ブログ案内に記載します。


● 田舎人さん
ですね。この番組の歌詞を調べるのは簡単ではないですから、
ワタクシもお知らせするつもりではありました。
ただ書くのは勿体ない気もしたので(笑)、
交換条件を提示しようとしただけの話です。
ワタクシが浅ましい人間であるという事でして(苦笑)。

著作権問題は突き詰めちゃうと不自由ですね、権利者も視聴者も。
阿吽の呼吸がとても大事だと思ってます。
ここははばかりながら、テレビ文化に多少は寄与している自負が有りますので、
いきなりのお咎めはないであろうという
まあ言ってしまえば甘えですけどね、
そういう呼吸は外さないでやっていきたいという事です。
実は以前、もっと調べるのが容易な歌謡曲の歌詞を全文掲載されたりして、
その時に少々考えていた見解をついでで述べさせて戴きました。


本当に責任を負いたくない場合はコメント削除してしまうブログですので、
お二人ともあまり気になさらないで下さい。
先を越されて悔しいと、根本はそんな感じです(笑)。
2007/02/04(日) 09:55:05 | URL | ごいんきょ
ビデオのない時代
私、小学校5年生のときに出演したことがあるのですが、生放送なので当然自分の姿は見られず、遠くの親戚たちから「見たよ、立派だったね」という電話をもらっただけでした。
NHKのどこかにテープが残っていないものでしょうかねぇ。
番組では、宮田輝さんからいろいろ質問されたこと、舞台の袖で北島三郎さん、由紀さおりさんと雑談したことを良く覚えています。
2007/03/13(火) 02:38:34 | URL | たいめい
出演体験
出演経験をお持ちの方も何人かコメントくれてますけど、
まさかこの番組の出演者がコメントしてくれるとは思いませんでした(笑)。
そうですよね。当時はこの手の番組はほとんど生ですし、
ビデオなども通常は有りませんから、
見られなかったですよね、自分の出演シーン。

この番組は何本か現存しているのは間違いないですけど、
たいめいさんご出演の回が残っている可能性はかなり低いと思いますよ(苦笑)。
質問や雑談の内容も是非お聞きしたかったです(笑)。
2007/03/13(火) 21:53:09 | URL | ごいんきょ
ふるさと音頭2
またまた「ふるさと音頭」の話題というか思い出話になってごめんなさい(笑)。
エンディングに「ふるさと音頭」を全員で合唱していたのは「ごいんきょ」さんが仰せられたとおりですが、歌詞を
(前略)
 お国訛りは違っていても
 ほんに○○は、よいところ 
(後略)
と収録地の名前を入れて歌って、その日のご当地を印象深いものにしていました。
終了した後、当時小学生だった私は地理好きの母親に手伝って貰って、兄の地図帳でご当地の場所を探したものでした。その影響で日本の都道府県は形を見ただけ100%で答えれれる特技を身につけました(ちょっと自慢?)。
2009/05/11(月) 16:37:48 | URL | 田毎の月
ふるさとの歌まつり
宮田輝さんの「おばんです」で始まり、今ではこの言葉も解りますが、
関西人の私は始めびっくりしました。各地方の会場から(体育館とか
)観客とゲストも一緒になってその土地ローカル感もありで、その頃の
NHKにしては、大笑いの連続で、楽しい番組でした。三田明さんのゲストの時、登山スタイルで、リュックを背負ってあのかわいい少年良くお似合いでしたよ。ゲストが、女性歌手の時、お姫様スタイルで駕籠で、登場して、歌を唄ったり、いい番組でした。会場もいつも満員全員参加
テレビに映し出されていました。
宮田さんテレビのことは、必ずテレビジョンと発音されて、丁寧な司会者でした。懐かしい。
2009/05/12(火) 22:00:14 | URL | 大阪の人
● 田毎の月さん
あー、そうだそうだ。
毎回その地名に替えて歌うんですよね(笑)。

● 大阪の人さん
関西の方だと「おばん」はおばさんって事になるわけですね。それも不躾な。
笑いと言っても、笑わせようというものではなくて、
地元の人の楽しさですよね。
古い方はテレビジョン(テレヴィジョン)という表現をされますね。
2009/05/19(火) 07:41:07 | URL | ごいんきょ
古き良き昭和
私は東北の出身ですが、今は亡き祖母と一緒に公開放送が行われた市内の会場へ行ったことがあります。確か小学校1年か2年生だったように記憶してますが、ゲストに都はるみさんがでていたことをはっきり憶えています。私は両親二人が働いていたせいか、祖母といろいろな場所へ行きました。「ふるさとの歌祭り」といえば、古き良き昭和、そして祖母のやさしい笑顔を思い浮かべます。
2009/09/30(水) 13:20:18 | URL | いなかもの
時間があいてしまって申し訳無いのですが、
なるほどねー、良い想い出ですね。
古い人ほど好きだった番組ですからねー。
今じゃ、当時ほどの多様性も無いだろうから、
あの頃ほどは面白い番組ならなさそうだな。

一極集中、グローバリズムという名の全体主義、糞食らえ!です。
2013/11/07(木) 18:28:15 | URL | ごいんきょ
当番組は
当時は生まれていなかったので知る由もありませんでしたが、「プロジェクトX」で紹介された北海道浜中町霧多布の医師・道下俊一さんの著書で知りました。
道下先生は、昭和27年の十勝沖地震による大津波で被害を受けた霧多布の復興の一環として町民と共に復活させた「霧多布浜太鼓」の演奏を当番組で披露したことを書いていました。
その後昭和56年に今度はフジテレビの坂本九さん司会の「日本の夏祭り」という番組でもこの太鼓演奏が披露されました。

道下先生は本年3月にお亡くなりになりましたが、霧多布で半世紀近くもの間、たった一人で町民の医療に携わり、診療所に赴任したてのころに専門外の盲腸の手術を専門書と首っ引きで執刀したり、週末に夜行列車で母校の北大に行って研究室で実験と勉強に励んで医学博士を取得したり、診療所の部下の雑用係の定時制高校生が後のモンキー・パンチになったりとエピソードが豊富な方でした。
2014/11/13(木) 23:14:58 | URL | リオ
今では医者もやたら訴訟の対象となっているので、
安全に金だけを欲して歯医者がやたら増えましたが。
僻地医療も住民の理解不足など有って、難しい地域がよく報じられますし。
大変な事だと思いますね。
モンキー・パンチさんがレントゲン助手だったなんて驚きです。
2014/11/17(月) 06:45:24 | URL | ごいんきょ
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