私的 昭和テレビ大全集
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こんにちは奥さん (1966)

朝のテレビ小説が終わった後はたしかニュースで、
そのニュースの後、8時45分からやっていたかと思います。
民放が朝のワイドショーで視聴率を奪い取っていく中、
NHKもそうした番組に取りかかったのでした。
しかしタイトルの「こんにちは」って、朝8時45分でもOKなんですね。
自分が8時45分に人と会ったら、親しい人なら「お早うございます」
ですけど、赤の他人の場合は「こんにちは」も使うかな。
いずれにしてもNHKが堂々とタイトルしてるんだから用法としてOKなんでしょう。

毎朝二十人からの主婦をスタジオに集め、生活に関する事柄を
あれこれと語っていたかと思います。テーマは様々。
「ブラウスとスカート」のような日常のファッションから、
「宿題は必要か」という教育問題、「新しい家庭像」といった、
ライフスタイルの問題など、本当に多岐様々でした。
「お父さんの月給」というようなテーマでは、子供達も出演。
お父さんの月給日わかりますか?
うん、わかる。おかずがいつも違うから。肉なんかも上肉になるもん。
というような、非常に微笑ましいやりとりもありました(笑)。

民放のワイドショーに対抗しているとは言え、NHKらしく芸能には走らず、
あくまでも素人主婦のための時間と言えました。
ビジュアル的にただスタジオに主婦を配しただけの形も、
この時間の主婦は家事で忙しい事を考えて、画面は観ずに済む配慮なんでしょう。
このような月曜~金曜の司会を担当していたのが、若き日の鈴木健二。
まだ後頭部にかろうじて長いお友達がいらっしゃる頃で、
ともすれば感情的になる女性の方々を(笑)、
上手く理知的に取り仕切って、番組をスムースに進行させていたと思います。

月~金はNHKの教育局教養部が制作している上記のような内容でしたが、
土曜日は報道局政経番組部による経済問題をテーマとした日でした。
具体的なテーマとしては、「お米と物価」とか「税金の未来像」などという感じです。
司会はこの曜日だけ小高昌夫アナウンサーにバトンタッチで、
メーカーや省庁、販売店などからの生の情報やデータを盛り込んで、
主婦達の意見を伺うという趣向でした。
当時は、特にNHKで、帯番組は月~土の放送が当たり前でしたね。


本当は、先日のふるさとの歌まつりにせよ、今回の番組にせよ、
我が親世代が一番観ていた番組で、そういう人たちがコメントを下されば
当ブログとしても狙い通りなんですけど、かの世代はなかなか、
コンピューターなどへの執着も、テレビ番組如きへの思い入れも希薄で、
この時代以前の大人番組へのコメントは集まりづらいだろうと思います。
この『こんにちは奥さん』という番組自体も、
普通の回顧ブログでは絶対に取り上げないでしょう(苦笑)。
試みにググってみれば、人妻風俗サイトばかりが並び出される状況(笑)。
それでも挫けず、一応エントリーはしていくぞ~。
誰も読まなくてもいいんだ(笑)。

でも、NHK総合はこの辺にして、次回からは教育テレビをしばらく扱おうと思います。
こちらは、わりと認知度・人気が高い番組が並ぶと思いますよ。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
鈴木健二「教授」
確かNHKが放送開始70年を記念して出版した「アナウンサーの70年」には事細かく歴代名番組の司会者変遷について記述している部分が多く、この番組も確か、最後の2年間(1972年4月~74年3月)まではのちに「うわさのスタジオ」(日本テレビ)の司会として民放に迎えられることとなる酒井広さんが司会となっていたそうです。
鈴木さんというと、ちょうどこの時代には平行して「70年代われらの時代」も司会をなさっていたり、役職上もアナウンス部長という肩書きに早くも上り詰めていたり、という時代だったそうですねえ・・・。なんといっても「面白ゼミナール」の職人芸的な司会ぶりが一番記憶に残っている自分にとっては「主婦向け番組の司会」というのはあんまりイメージできなかったりしますが・・・。
2006/08/04(金) 23:04:25 | URL | (ハンドル未記入)
情報ありがとうございます
アナウンサーの70年って本には気付きませんでしたね。
そんな資料価値の高い本が出ていたのですか。
早速探してみようかな。

酒井広のうわさのスタジオもありましたねえ。
鈴木健二さんと言えば、なんと言っても面白ゼミナールですよね。
あれもまだ扱ってないし。
うーん、番組のネタはまだまだ尽きまじ。
ワタクシは、歴史への招待も捨てがたいとこですが、
そちらは既に記事にしております。
2006/08/05(土) 00:03:50 | URL | ごいんきょ
覚えていること
鈴木健二さんは笑顔が素敵で、回りをパーッと明るくする雰囲気がありました。

私がこの番組で覚えていることは、アシスタントに一般の主婦の方を起用したことです。
鈴木さんが一押ししたと言われるその主婦の方がスタジオの主婦達の中に立ちマイクを向けていた画面を覚えています。
一般の主婦といっても、美しくて知性的な印象の方でした。

ところが、暫くしてこのアシスタントの方が降板になりました。
私の記憶では鈴木さんも責任を感じて、番組を降りたか番組が終わったか曖昧でしたが、上のコメントを読み、司会者が代わったとあったので、その時に司会を交代したのかもしれないと思いました。

一緒に観ていた母が、テレビって怖いわねって言ったのを覚えています。

ごいんきょさんの記事では何も触れていなかったので、私の記憶違いかもしれませんが、人気絶頂の鈴木アナウンサーの初めての試練、みたいな感じで報道されたと思います。
2008/01/14(月) 11:48:57 | URL | モデラート
へえ。それは知りませんでした。
一般主婦に任せたところ、何か失敗が有って、
鈴木さんが責任を取って降板って事ですか?
だからその後しばらく不遇時代が有ったんですね。
面白ゼミナールでいきなり出てきた感じでしたからねえ。
2008/01/14(月) 13:21:19 | URL | ごいんきょ
降板の理由?
>一般主婦に任せたところ、何か失敗が有って、鈴木さんが責任を取って降板って事ですか?

一般主婦の方が過去に交通事故を起こしていて、その時の被害者の遺族の方がテレビを観て驚き、悲しみが蘇るのでテレビに出ないでほしいと言って降板になったと聞いた気がします。
2015/06/13(土) 11:20:32 | URL | モデラート
ふーん。
すると、鈴木さんはその方を起用した責任を取って、暫く蟄居という感じだったのかな。
NHKですし、そういう事は有り得ますね。
事が素人さんという事で、なかなかテレビ史としても扱われづらい事象ですね。
他にご記憶の方の補強証言が欲しいところですが、
この番組ではなかなか期待できないだろうなあ。
いずれにせよ、モデラートさんの話は大変貴重だと思います。
2015/06/14(日) 22:01:19 | URL | ごいんきょ
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