私的 昭和テレビ大全集
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クイズ バトンタッチ (1980)

ついでなのでこちらもやってしまいます。
ハッピーチャンスは、どマイナーな局ながら一応はクイズ番組ということで、
当方の周りでは、ワタクシ以外もほとんどが一度は見ておりました。
でも、世間的にはまず見ていた人は皆無に近いでしょう。
そのココロは、裏番組があのウイークエンダーだったのです。
んま、ウイークエンダーでないとしても、所詮はUHFですから、
VHFのどこかのなにかが強力な裏番組となっていたでしょうけど。
で、ワタクシも勿論、ウイークエンダーは観ていました。
ウイークエンダーについて詳しくはその番組を語る時に取っておくとして、
そちらでは、再現フィルムが人気の理由でした。
陵辱犯罪などを再現する、今考えれば人権問題もののこんなコーナー、
ワタクシは非常に憤慨しながら、糾弾する研究の為に観てました。
その楽し…憤慨しながら観ていたコーナーは、10時半前後にやるのです。
ワタクシは、それまでの時間潰し的な感じで、ハッピーチャンスを観ていました。
ハッピーチャンスが終わると、再現フィルムコーナー直前頃だったと思います。
でも、ハッピーチャンス終了直前頃には、ソワソワしながら日テレに替え、
まだ再現フィルムでないことを確認して、TVKにチャンネルを戻す。
そんな事を繰り返していた土曜の夜でした。
我ながら人権問題に熱心だった、向学心旺盛な子供だったと思います。
このバトンタッチは、そんなハッピーチャンスの後番組でした。
これも観ていたと言うことは、少なくとも初期は、ウイークエンダーも
存続していたんだろうと思います。この辺は記憶が曖昧で、
調べれば多少の記憶の補強は出来るはずですが、ここはアバウトでも良し
という信条でやっておりますのでこのままです。そら信条って言わん(苦笑)。

ハッピーチャンスは主題歌ジングルをよく覚えてるのですが、
このバトンタッチでは記憶が無いので、主題歌というのは無かったかも?
ただ出題の前に、大石吾朗が「クイズ、バトーンタッチ」と声をかけるんです。
これを非常によく覚えておりますね。
セットは、横長長方形が15列並んだ得点パネルが出演チーム後方にあり、
出演チームは三人一組で、交代で回答席に座ってました。
だからバトンタッチなのです。
この三人チームは、企業チームが多かったような気がします。
で、基本的には3パートに別れていて、
誰がどのパートを受け持つかというのが結構重要な戦略となります。
クイズ王・北川さんのページによれば、早押し・三択・早押しだったとあります。
ただ、第1パートよりも第3パートの方が問題が難しめだったような?
じゃないと、パート分けして回答者を別にする意味が無いですからね。
だから正解得点も、第3パートの方は高かったんでしょう。
通常は、第3コーナーで回答するのがキャプテンって割り当てだったのかな?

で、最後は全員参加での早押しとなり、バックの電光が最上部まで届くと、
つまり得点が15点になると、海外旅行だったかと思いますが、
北川さんの所にも書かれているように、これがなかなか出ない(苦笑)。
と言うのは、ある組が正解すると他の組が減点されるシステムだったのです(笑)。
皆さんが分析されているように、ここいらがUHFの悲哀というものでしょう。
出題ナレーターは東海林のり子とありますが、たしかに言われればそうでした。
司会の大石吾朗は、ハッピーチャンスの項でも書いたように、
柳生博のような優しい感じの司会ぶりでした。
これは、TVKというローカル局の番組であること、
つまり、地元の人の出場が多く見込まれることが起因してもいるでしょう。
でも、いま試みにググったところ、いわゆるクイズ荒らし達の
成果報告みたいなページが出るわ出るわ。
結構いろんな人が出場してたんですねー。まったく気がつかなかった(笑)。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
昨晩、ダンナが見ていたNHKの懐メロ番組に大信田礼子が出演「このヒト、昔トラ柄の着物でボンカレーのお姉さんと松方父と時代劇でてたね?なんだっけ?」ってググッたらこちらのブログに辿りつきました。想像するにごいんきょさんは正に同世代、小学生時代にデン助(これが判るのは関西人じゃない)みたいに
首揺らしてた少年と思われますが如何でしょう?大石吾郎さんは子供の頃「花の咲く小さな花道に~♪」なんて1曲ヒットがあってそのあとは深夜ラジオの「コッキーポップ」の優しげな人って印象があります。私も都内からTVKが見られたクチなのでこの番組みた記憶がありまね。ウィークエンダー・・(先ほど「毎度お騒がせします」のページも読まして頂きましたが、中山美穂の「中山美穂の過去」と同様、リアルで知ってる「大女優泉ピン子」の「昔の恥ずかしいピン子」って番組でしたよね。菊池桃子&ラ・ムーってのも
「恥ずかしい」ですね。(桃子ちゃんの歌唱力に無理やり外人バックコーラス3人ってユニットは・・)
2006/08/13(日) 06:09:40 | URL | オバ
デン助劇場
は見てませんでした。ので、首は揺らさなかったなあ。
そもそもワタクシは幼少時より、言葉のギャグを重用してましたからね。
まあ、アホウな行動も多々しましたけど、たしかに(苦笑)。
でもやはり言葉派だったですね基本的に。
そういう意味で、ネットというのはワタクシには都合良いかも。

懐かしのメロディー、観たかったんですが、見逃しちゃいました。
レ・ガールズも出たんですよね。
原田糸子さんがいないのが残念ですが。

ウイークエンダーのピン子さんって恥ずかしい過去なんですかね?
元が芸人だというのは周知だと思うし、
ピン子さんが再現フィルムでおっぱい出してたわけじゃないですからね(笑)。
でも隠したい過去なのかなあ?

ラ・ムーの恥ずかしさは当時から叩かれてましたけど(笑)。
大石吾朗さんの歌、それもヒット曲は知りませんでした。
そう言えば最近観なくなったなあ。
2006/08/13(日) 09:08:16 | URL | ごいんきょ
ローカルじゃないし、それに
あれ、この番組は確かにTVK制作ながら、当時の独立U11局にフルネットされていたうえ、総理府(現・内閣府)が提供していた番組(後の「明日への選択」→「コンパスU」と続き今の「ニッポン早わかり」へ続く流れ)ですので、出演者もローカルでなければ予算もそんなに貧しくない番組ですよ。
2006/12/15(金) 01:29:25 | URL | かじか
ローカルネット
独立UHF局でのネットは全国ネットとは違いますので、
ローカル番組って呼称で問題ないと思います。
予算はどうなんでしょう。
実際に、ほとんど獲得者は出てなかったんですよね。
提供は総理府だったかなあ?
娯楽番組を総理府が提供するってかなり難しい気がしますが。
ネット上の記述ではヤマト運輸提供って話が有って、
ワタクシもそう言われればそんな気がしますね。
2006/12/15(金) 03:14:06 | URL | ごいんきょ
潤沢ではないけれど
えーとですね、私が申したかったのは、予算は潤沢ではなかったけどソコソコあったということです。普通の独立Uの番組って本当に貧しいので・・・。
 むろん、海外旅行がめったに出ないようになっていたことからも分かりますように、そんなには裕福じゃないですよ。
 地元でも流れてた番組ですが見たことがないです。ぜひ見たかったなぁ・・・。
2006/12/15(金) 08:54:45 | URL | かじか
不毛のハッピーチャンス
この番組はわりと広範な地域で放送されていたようですけど、
所詮はUHFなので(笑)、ほとんど誰も見てないでしょうね。
ましてや、更にローカルだったハッピーチャンスの話をしてくれる人が現れるのは奇跡かも(笑)。
2006/12/15(金) 18:38:36 | URL | ごいんきょ
友人が出場
高校の友人が出たからと連絡があって、観たことがあります。

その時は4つラウンドが設けられて、1~3ラウンドが個人戦、最後の4ラウンドだけ団体戦でした。間にゲスト歌手が一曲歌い、かつ一問出題するコーナーも。

なかなかゴールするチームがでないと司会者も言ってましたが、この時は見事に一組がゴールイン。
すると、直ぐに賞品のくじ引きに移った。まずテーブルが出てきて、封筒が3つ置かれる。中にそれぞれ香港、北海道へのスキーツアーなど賞品が入っていて、そこから一つ選ぶことに。
この時は見事に香港行きを引き当てました。あと副賞として賞金が確か15万円。他のチームにも参加賞と、得点に応じた賞金が与えられた。

ちなみにわが友人チームは、どん尻でした。

一チームがゴールした後も、時間があるときは出題が続けられたので、一応アップダウンクイズと同じだなと。

観覧する人もいたので、放送されていた地域ではそこそこ知名度はあったかもしれません。が、そのローカルな匂いは画面を通じて、はっきり見て取れたという印象がありますね。

2008/06/26(木) 00:56:28 | URL | カントスカン
おー。これは貴重な証言が。
複数のマイナー番組に貴重なコメントをくれて嬉しいカントスカンさんです(笑)。

そうか。
そう言えば時間次第で続行してましたかね。
2008/06/28(土) 07:11:47 | URL | ごいんきょ
クイズ
確か、柳家小せん師匠が
ケメ子というギャグで売ったのは
この番組じゃなかったっけ?
2008/06/30(月) 00:43:58 | URL | 梅吉
いや。
これは所詮ローカル番組なのでレギュラー芸能人なんていませんし、
放送時期も1970年代末期なんですよ。
2008/07/02(水) 06:15:12 | URL | ごいんきょ
出演しました!
当時、大学生だったのですが、友人と3人で出場しました。
優勝したんですよ。
商品は、こまごまとしたものをいろいろといただいたような。箱根の寄木細工だけは覚えています。
出演時、なれなれしく大石吾郎さんの肩に手をまわして肩を組みました。後で、プロデューサーから「盛り上げてくれてありがとう」と言われました(笑)
台東区の自宅ではアンテナを建ててもTVKは映らず、千葉TVとTV埼玉のみ映りました。TVKは江東区の友人宅で見ました。
2012/04/22(日) 04:33:27 | URL | とし
これまた貴重な証言でありがたいです。
埋もれた番組なので、欲を言えばシステムとかいろいろ教えて戴きたかったですが。

寄せ木細工ですかあ。なんか、ほのぼのしていいですね(笑)。
大石さんと肩組めたなんていい想い出じゃないですか。
しかも、お礼を言ってくれるなんて、Pさんもローカルらしいいい人だなあ(笑)。

台東区あたりだとアンテナ立ててないと映らないでしょうね。
と思ったら、立てても映らなかったですか。
うーん。東京タワーの電波が強すぎたのか、途中に建造物が有るからか。
ああ、新宿とかの高層建築物がやっぱり邪魔してたのかな。
東京南端ではアンテナ無くてもけっこう映ってました。
2012/04/22(日) 08:16:50 | URL | ごいんきょ
バトンタッチ
私は岐阜県出身で、この番組は独立U局の
岐阜放送(現ぎふチャン)では土曜日夕方に
放送されていて、夕食食べながら見ていた記憶がありますし、確かにヤマト運輸提供でした。
あと主題歌もあり歌詞も覚えてます(^^)
『タッチ、タッチ、タッチ、バトンタッチ。
手と手でタッチ、笑顔でタッチ、目と目で
タッチ、ハートでタッチ。
小さな力を合わせよう、大きな夢を勝ち取ろう、タッチタッチタッチ、みんな一緒に
クイズバトンタッチ』でした。
大石吾朗さんがお休みの時もあり、
その時には鈴木ヒロミツが代打司会を
していたのも覚えてます。
2016/09/26(月) 15:06:07 | URL | じゅん
各戸に配達する風景でね。
♪ クロネコヤマトの宅急便 で終わるCMでした。

うぉ! よくまあ主題歌を、それも全部ご記憶で。
そこまで聞いても、曲も思い出せないです。

ヒロミツさんでしたか。それも見た記憶は無いなあ。
いやー、色々と貴重なお話でした。
2016/09/27(火) 06:35:45 | URL | ごいんきょ
ヤマト運輸のCMは和泉雅子さんが
出てました。
主題歌は今でも歌えますよ(笑)
2016/09/29(木) 15:30:14 | URL | じゅん
そうそう。和泉雅子さんでしたね。
荷物を受け取る役だったかな。そこまでは素人だったっけか。
2016/10/04(火) 07:08:01 | URL | ごいんきょ
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