私的 昭和テレビ大全集
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決断 (1971)

人生で最も貴重な瞬間。それは、決断の時である。
太平洋戦争は我々に平和の尊さを教えたが、
また、生きるための教訓を、数多く残している。


というプロローグトークの後、かの古関裕而作曲のテーマイントロが
けたたましく流れ、壮絶な戦闘シーンが描写される。土曜夜7時半と言えば、
子供ならまず間違いなく、同日に始まった仮面ライダーを観ていたでしょう。
という事も実はなく、当方が既述のライダー記事にも書いたように、
最初期のライダーはまだ人気が無かったのでありました。
当番組当時は、お笑い頭の体操か連想ゲームが人気あったでしょうね。
我が家はワタクシがライダーにハマるまでは、もっぱら連想ゲームでした。
ので、リアルタイムでは観ておりません。
おそらく観てたらブッたまげてたと思います(笑)。当時は…
って言うか今もだな。リアル戦争アニメなんて考えられませんでしたからね。
このしばらく前には0戦はやとなんていうのもありましたが。

時代背景を解説すれば、70年安保騒動がなし崩し的に収束し、
多少は復古調の空気を探ってみようという動きがあったのか?
日本テレビはと言えば、CIAエージェントと目される大正力は、
この頃もはや正常な意識ではなかったとも伝えられますが、
彼が基礎を作り上げた親米保守路線というのがありまして、
あまりに左にぶれた世相を少し押し戻そうという動きなのか?
いずれにせよ、当時の反戦ファッショ体制の前には正に焼け石に水で、
バッシングすらされず、ただテレビ史に埋没していきました。
「ピース」なんて言いながらVサインするのが流行ってたくらいですからね(笑)。

ワタクシが初めて観たのはTVKでしたね。
こういう誰も観たがらないような番組は、
逆に言えば売買される際には安いわけでしょうから、
お金が無いUHF局では、こうした観た事も聞いた事もない作品を、
結構いろいろ観られて新鮮でした。
ただ、当時もまだ子供と言って良い年齢でしたので、
ハッキリと一言で感想を書けば、面白くなかった(笑)。
アニメンタリー=アニメ+ドキュメンタリーという触れ込み通り、
本来のカテゴリーとしてはドキュメンタリーに属するもので、
その表現方法がたまたまセル・アニメーションであるというだけでした。
それも、絵柄も劇画調というのも柔らかいほどハードなものでしたから、
一見してから子供向けでないし、内容も、まったく取っ付きづらい。
おそらく視聴対象にハナから児童は入れてなかったんでしょう。

それを裏付けるように、スポンサーはサッポロビールと矢崎総業でした。
男は黙ってサッポロビール。三船敏郎のシブイ一声。
矢崎総業というのがよくわからないので調べてみたら、
なんと、電線とかを作っているんですね。
この盆、首都を喧噪に包んだ靖国騒動と停電事故。
たまたま昨日は敗戦日という事でこの番組を選んでみたのですが、
奇妙な形で時機を得たものとなりました。
あの切断された電線も、矢崎総業が作った物なのだろうか?(苦笑)
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
♪泣くも笑うも
決断ひとつ~、という主題歌が甦ります。見てましたよ、これ。タツノコプロ製作だと知ったのは、ずっと後になってからです。
2006/08/18(金) 17:30:33 | URL | はくめい
古関裕而先生
と言えば、オールスター家族対抗歌合戦での審査員姿が記憶に残ってますが、
その昔は軍歌の大家でもありました。
だから、あれだけ本格的な主題歌なんですよね。
流行歌でも非常に数多くの名作を残しておりますけど。
2006/08/19(土) 00:48:32 | URL | ごいんきょ
主題歌
はくめいさんの「決断ひとつ~」という歌詞の一部から懐かしく思い、以前にレンタルしたCDから録音したのを思い出し改めて聞きなおしてみました。一番の歌詞は
 知恵をめぐらせ 頭を使え 悩みぬけぬけ 男なら
 泣くも笑うも 決断一つ
 勝って奢るな 敗れて泣くな 男涙は見せぬもの
こんな風に三番まで続きます。
そうですか土曜日の7時30分からでしたかねえ、裏では「頭の体操」とかやってたんですねえ。確か見たとき「なんだこれは?!」と思ったことを覚えています。戦後生まれの我々にとっては山本五十六って言ってもピンときませんでした。只、戦艦大和とかの模型は作ってましたけど。この番組のテーマ太平洋戦争の全貌について理解できたのはずっと後になってからだったような気がします。
なお調べてみますと「決断」はVTR化されているようで、主題歌もCD「続テレビ番組主題歌のあゆみ」に収録されてます。
2006/09/27(水) 16:40:13 | URL | 田毎の月
最終回
古関先生作曲の主題歌は名作ですよ。
さすがは数々の軍歌で鳴らした先生です。

太平洋戦争の全貌と言っても、今まで流布されてきたのは
アメリカが都合いいように流してきた勝者による歴史ですから。
この番組では局面局面を再現するだけでしたから、
そういう事はあまり関係ありませんでしたけどね。

戦艦大和の模型は定番でしたね(笑)。
ワタクシ自身は作りませんでした。凄い細かそうで臆しました。

最終回以外は一度ビデオになりましたし、CSでもやったかな?
最終回は川上監督の決断という特別編だったらしいですが、
どうもビデオが残っていないっぽいですね。
覚えている方の情報が欲しいところです。
2006/09/27(水) 23:22:42 | URL | ごいんきょ
最終回
うちは父が海軍兵学校出身ということもあって、カメンライダーより決断派でした。。。最終回は、川上監督が丁度V9を花道に引退したタイミングだったので、本人をゲストに招いたインタビュー番組でした。急遽取ってつけたような感じで、明らかにその他の回とは違和感がありました。(関西エリアに住んでいたのでアンチ讀賣ということもありますが)。

最終回とは関係ありませんが、イントロの「人生で最も貴重な瞬間・・・」のBGMは、非常に低い「ド」の音をピアノで5秒おきに鳴らすという簡単なものでしたね。
 当時家にあったピアノでイントロを鳴らしていたのも思い出しました。
2007/03/04(日) 11:45:49 | URL | Bobby
川上監督の決断
そうですか。
当時は軍人あがりの人がバリバリの現役世代だったので、
ドラマなどでも割とその手の描写が見られたりしたんですけどね。
川上監督がV9云々は、年代的に記憶の誤謬でしょうね。
でも、優勝決定のタイミングではあったのかな?
川上監督一人へのインタビューだったんでしょうか、

そうそう。アンチ読売こそ正しい関西人の姿です(笑)。
清原はそこで人生誤っちゃいましたよね。
桑田もだけど、関西人があそこまで読売贔屓だと変な感じがしました。

ナレーション部分の音階は普通気にならないなー(苦笑)。
かなり音感が発達してるんでしょうね。
2007/03/04(日) 20:34:22 | URL | ごいんきょ
上昇志向
ごいんきょさん。関西でも上昇志向の人は巨人を目指すんだと思いますよ。それに読売テレビでは「好きやねん!巨人軍」というローカル番組まで存在したんですから。いくら読売の系列とはいえ・・・。それに、かたやタイガース応援番組も持ってるのに。
2007/03/06(火) 01:20:54 | URL | かじか
そんな(苦笑)
阪神ファンは下流志向ですか?
血の雨ふりまっせ(苦笑)。
好きやねん!巨人軍なんて有ったんですか?
関東でもそんな番組なかったと思いますよ(笑)。
2007/03/06(火) 07:00:48 | URL | ごいんきょ
上流でなく上昇
いやいや、上流・下流じゃないんですよ。上昇志向というのは「偉くなってやる!」「ビッグになってやる!」「日本一になってやる!」というような考え方をする人たちのことです。私には無縁ですが。
 「好きやねん!巨人軍」本当にありましたよ。私はラジカセで音声だけ聴いただけですけど(笑)、「巨人の星」のOPの滑り込みまでの音に続いてタイトルコールがありました。関西というとやはり阪神なので、系列社として関西テイストの巨人応援番組を流さねば、と思ったのでしょう。
 それに関東では、全国ネットのスポーツ番組自体が、長らくジャイアンツ応援番組だったようなもんですからね(苦笑)。
2007/03/06(火) 12:56:56 | URL | かじか
アンチ読売
要するに阪神ファンは下流で甘んじてるという見解ですよね(笑)。
いずれにせよ、ちとその説には首肯しかねますなあ。
阪神を目指す人だって、半端じゃない上昇志向じゃないと
プロ野球選手になんかなれないでしょうし、
何よりもワタクシは、読売嗜好の人の方が、
現状追認って気がしてたんですけど。
そもそもワタクシもアンチ読売ですので(笑)。

読売グループによるプロ野球中継独占は、テレビ草創期から各局批判の的でした。
公共の電波を使ってプロパガンダ番組を作るっていうのもねえ。
まあ、プロ野球発展のためという大義は有りますけど、
本来はそれぞれ、まったく別個の企業体であるべきだったんでしょうけどね。
結局、地上波放送が無競争独占なのが全ての問題であって、
デジタル化の際にそこも解決すべきだったんですが。
2007/03/07(水) 03:00:11 | URL | ごいんきょ
人気?実力?
ごいんきょさん、ファンじゃありませんって。清原が「上昇」志向を持っていた、ということです。だから最初に西武にいても、移籍するなら巨人って言い続けてたでしょ。あれだけ気の強い清原が、ハナから阪神を相手にしてなかったところに、彼のいやらしさを感じるのです。
 単に人気を得るだけだったら阪神のほうが都合よさそうですね。野球の玄人って単純な地元指向を嫌いますから。阪神だって近畿出身者はそういないと思いますよ。
 ・・・私? 東京にいた頃はドラゴンズ応援してましたけど、名古屋に来てからイヤになりました。近鉄沿線出身者なので近鉄応援してた(という人は東海地方では少ない)ら、球団名に勝手に「大阪」入れられたうえ、勝手に「消滅」させてしまったし。もうどこも応援する気になれません。
2007/03/07(水) 14:03:26 | URL | かじか
元中日ファン
ワタクシ何故か、元中日ファンなんですよね、これでも(笑)。
ナゴヤ球場までわざわざ見に行ったりもしました。

お話はうーん、完全には理解できてないと思いますが(笑)、
取り敢えず拝聴しておきます。
ただ、個人の人格表現は気を付けてくださいね。
下手をするとワタクシがケジメ取られるので(笑)。

プロ野球はもう少し地元意識を大事にすべきだったんでしょうけどね。
いまだにその辺の認識が甘い気がします。
バファローズも完全に名前が消えそうですが。
ここのところパ・リーグに元気が出てきているのは、
合併騒動の時にブログで訴えた事もある身としては、とても嬉しいです。
ドラフト制はまたなし崩しになってますけどね。
いつになったらわかるんだか。
読売上層部のあの人がいるうちは駄目なのかな。
2007/03/07(水) 21:21:18 | URL | ごいんきょ
リアルタイムで見てました。
S40年代に入ってとうとう民放が2社になったんですが、系列局がしっかり整理されたみたいで、以前より選択範囲がむしろ狭くなった様な...という訳で、積極的に選んだ訳ではないですが、この番組を毎回見ていました。ミッドウエー海戦の回なんかを覚えています。あとどの回だか判りませんが、主力艦隊がかなり距離をおいた形で対峙しており、戦闘機で往復するには少しきつい距離だったんですが、一方は戦闘機発進を断念し、もう一方は戦闘機を発進させると同時に全速前進して戦闘機が戦い終えて帰着できる様に少しでも間をつめろと指示する。その両指揮官の対比を鮮明に見せる演出は今も記憶に残っています。
2008/12/30(火) 19:33:48 | URL | 心は少年
どんな番組であろうと視聴者0というのは有り得ないわけで、
こういう貴重な視聴者の声を残せるのがWebの良い点です。
70年代に入って、系列化が進んでいったわけですか。
ミドウェーはいろんな意味で印象に残りやすいでしょうね。
2008/12/31(水) 13:43:28 | URL | ごいんきょ
新参者からご挨拶
拝啓 知っている事は僅かですが書かせて頂きます。まず放映当時「タツノコプロの作品」と言うのが物凄く意外で信じられなかったと。やはり「宇宙エース、ドカチン、ガッチャマン等々」の印象が強く、またアニメンタリーと言う劇画調?の絵も全く異質でした。この時代としても何故こういう企画が出てしかもタツノコで造られたのか?今なら更に難しいでしょうね。また皆様言われる主題歌も、タツノコプロとしては異例中の異例で「古関雄二氏」と。ご存知のとおりこの古関雄二氏は、どうやら音楽の基本は独学?らしくリムスキーコルサコフの教本で勉強されたと。おそらくは必ずプロの方の手が入ったものと思われ、でなければあの迫力ある管弦楽法などはまず身につかないからです。戦中から軍部指令により多数の軍歌やマーチを書き、戦後はかなり悩まれたと聞きますが、こういう事は致し方ない事です。この「決断」は、アレンジ編曲を「甲斐清文さん」が担当。この人は古賀正雄に師事し、明大マンドリンオケの指揮者として、ほかにはテレ朝藤田まことの刑事シリーズの音楽等でも知られ、更にはぴんからトリオの女シリーズの編曲も手がけています。しかしこの「決断のアレンジ」は相当に気合が入り、編成の大きさ=弦の人数、ブラスの大きさ(チューバも入っている)更に各種の打楽器にティンパニー、そこらの軍歌顔負けの物凄さ。驚くのはエンディングの部分ですが、当然「TVバージョンとレコードバージョンは違う」のですが、オリジナルのレコードバージョンは、何故か突然エンドで「全てマイナー短調だった曲調が、突然全てメジャー長調でど激しく終わる」のです。この指示が誰から出ていたのか?古関氏からなのか?甲斐さんなのか?忘れられない印象を残す壮大な曲、それが「決断」でしたね。
2017/04/14(金) 16:32:44 | URL | よしたかくん
以下はワタクシの唱える説です。
当時、軍歌ブームだったんです。
主に12チャンネルで懐メロものの一環としてかなり強力に扱ってましたし、レコードも相当数売れました。

ここに目を付けたテレビ関係者、スポンサー筋の、この手の物が好きな人がいたんでしょう。
サッポロビールがそうだったらしいですね。
で、タツノコは、暗くて擬人化物という、当時の常識では当たりそうも無い、敬遠されていたみなしごハッチの提供を引き受けてもらったという恩義がサッポロに有った訳で、その辺の繋がりのようです。

古関裕而さんは、学校は専門的ではなかったようですが、弟子入りしているようですからね。
その時に習得されたのではないでしょうか。

主題歌編曲、ああいう漫画に相応しい、勇壮な編曲で、いい仕事だと思います。
確かに終わり方がテレビ版とかなり違いますね。
常識的に考えれば編曲家の仕事なんでしょうが。
2017/05/03(水) 11:58:33 | URL | ごいんきょ
大正世代
太平洋戦争で戦地に赴いて戦った中核とされる大正生まれの世代が、企業重役以上の役職に付く年齢に指し掛かったという事情も大きかったのでは無いかと。
つまり軍歌も含めた懐メロ番組にも言えますが、番組の企画として通しやすかったと。

この作品が(例えば旧満州映画の流れを組む東映とかならともかく)タツノコプロの手に依って制作されたのも意外ですけど、それ以上に専らフジテレビとばかり取引していた感があった当時のタツノコプロが日本テレビの番組を手掛けた事にもビックリですね。

そんなタツノコプロもヤッターマンリメイク前後以降は日本テレビとの関係が急速に深まった様で、現在は日本テレビの子会社となっている訳ですが。
2017/05/03(水) 23:38:48 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
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