私的 昭和テレビ大全集
Google
Web全体から検索 当ブログ内 検索
総計
昨日  本日

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30



丸出だめ夫 (1966)

丸出だめ夫

勉強はダメでテストはいつも0点。
かと言って運動もダメだし、何をやってもダメ。
おっとりしているというか、覇気そのものがないボンヤリ型で、
丸眼鏡をかけている、そんな主人公をロボットが励ましてくれるギャグ漫画。
ん? 聞いたような話だな?
おっと、ドラえもんじゃないですよ(笑)。
しかし考えてみれば、ドラえもんの原型はこれだったんだ!
この番組の主人公は、姓が丸出、名がだめ夫。
野比のび太よりもむしろヒドイ名前でした(苦笑)。
こちらも原作は漫画でしたが、テレビではまず白黒ドラマで作られました。

で、その励ましてくれるロボットというのは、
だめ夫くんと違って頭が良い、発明家である父親が彼のために
ガラクタから部品を集めて作り、だから名前をボロットと言いました。
ラジオの部品を使っているから自由自在にしゃべれる彼は、
本当に当時のラジオ・スピーカーのように、くぐもった声でした。
父親役は十朱久夫。十朱幸代の実父ですね。
どことなく間の抜けてそうな、人の良さそうな演技が記憶に残ります。
あと、悠木千帆時代の樹木樹林も保健の先生かなんかで出てました。
当時はまだ、後年ほどはユーモラスな感じでもなかったと思いますが、
その片鱗は充分にうかがえる味を出していました。

肝心の主人公だめ夫は、子役スターの元祖ともいうべき穂積ペペ。
その奇妙な名と共に、我々の世代では忘れじの子役でした。
オープニングでは、その穂積だめ夫とアニメのだめ夫くんが共演。
穂積だめ夫にアニメだめ夫が眼鏡をかけてあげるシーンが印象的でしたね。
ボロットくんは全身硬化プラスチックのような着ぐるみで、
マグマ大使ほどにはシワシワじゃなかったので、
ああ、ロボットなんだなという気持ちで劇に没頭できました(笑)。
いま考えると、暑いのは勿論、かなり動きづらそうですね。
そう言えば劇中でも、走る時なんかは大きい頭を
左右に小刻みに振るわせながら、ヨタヨタ走っていたように思います。
頭部分がけっこう大きかったので、走ると自然と揺れちゃったんでしょう(笑)。

昭和も50年代に入ると夕方6時はニュースか再放送で定着するんですけど、
この頃はゴールデンに準じるような新番組もまだ結構あり、
この番組は月曜6時からでしたが、他の曜日でも戦え!オスパーとか、
わんぱく問答、ドライブゲームなんてとこが日テレ夕方を飾っておりました。
提供は古谷製菓で、ボロットのお菓子も出てました。
ペコペコの薄いプラスチックみたいなのでできた灰色のボロットくんの中に、
なんかお菓子… チョコレートだったかな?が、いっぱい詰まってたやつ。
お菓子を思い出せないくらいだから味は思い出せないけど、
外側は食べた後もしばらく人形として取ってありました。
だからよく覚えているんですけど。
関連記事


◆◆ 関連記事 ◆◆

Loading...

[猫カフェ]futaha



この記事を読んでくださった方へ

この記事を読んだよ~という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
コメント
この記事へ寄せられたコメント
ほのぼのギャグ
「丸出だめ夫」は懐かしい。再放送もあまりやってないと思うので、当時見た限りで、内容は全く覚えていませんが、2年も続いたとは驚きです。
オリジナルの漫画は、森田拳次でした。モリケンには、「ロボタン」というのもありました。
だめ夫君のめがねの耳掛けの部分は、江戸時代風のひもでしたよね。
また、ボロットは、漫画版では、しゃべれず、プラカードのような紙に字を書いて見せていましたが、テレビ版はちゃんとしゃべっていました。
「ダメッ、ダメッ、ダメッダメッダメ」という主題歌は、山下毅雄作曲なんですね。後で知りましたが、当時のほのぼのとした雰囲気が良く出ています。
この番組は、残っているのでしょうか。あったら、是非見たいですね。

また、丸出だめ夫とは、関係ありませんが、昔、この森田拳次と赤塚不二夫の当時の2大ギャグ漫画家が一般の子供の出場者とチームを組み、ゲームをして競うという「お笑いマンガ道場」風の番組がありましたが、ごいんきょさんは、覚えていませんか?
2006/09/10(日) 02:34:35 | URL | ブロンソン
森田健作・沢田研二と一字違い
3の3の3という漫画の中で、森田拳次は自分の事をこう表現してました。
ロボタンはおそらく企画先行で、森田原作とは言いづらいものだと思いました。
あと、冒険王でズーズーCって漫画も描いてました。
でも、やはり丸出だめ夫で集約されてしまう人ですね。
単行本にもあまりならない人で、作品を目にするのがけっこう難しい人です(苦笑)。
漫画のボロットも後年しゃべるんですよ。
たしかTV化に伴ってしゃべるようになったのかな?
やはりラジオの部品を使ってしゃべるようになったかと。
あれ? でも、それはすぐ壊れちゃったのかな?

再放送どころか、ものの話に拠れば、東映はフィルムを処分してしまったらしく、
第1話しか現存していないそうですけど…。
映画会社でありながらフィルム原本をそんな粗末に扱うとは信じられません。
本当に日本人はそういう部分が下の下です。
歴史を空気のように意識していないからなんですね。
ちなみに第1話は昔テレビ大阪で放送されたので、マニアの間では出回ってます。
近年も東映チャンネルで放送されたっけな?
ハットリくんは間違いなくやったんですが。

最後の番組は、おそらくNETでやっていた『まんが海賊クイズ』では?
黒柳徹子さん司会の。
2006/09/10(日) 02:50:59 | URL | ごいんきょ
まんが海賊クイズ
ありがとうございます。
「まんが海賊クイズ」ですか。
黒柳徹子さんが司会でしたか。
まったく、忘れていました。
確か午後6時台にやっていたと思いますが、昭和40年代は、結構午後6時台にいろいろ子供向けの番組をやっていましたよね。
今のようにニュースばっかりではなかったですよね。
この番組でひとつだけ覚えているのは、谷啓がゲストで、ガチョーンのような、キャッチ・フレーズを考えるというものがありました。

漫画のボロットは後年しゃべったのですか。これは知りませんでした。
第1話しか現存していないというのは、残念ですね。「忍者ハットリ君」も第1話だけと聞いてますが、がっくりですね。ケムマキケムゾウは、見られないのでしょうかね。
2006/09/10(日) 22:38:25 | URL | ブロンソン
子供向けのメインは6時台
1960年代までは、6時台は子供達のための時間枠でしたね。
その代わり、70年代に子供達に明け渡された7時台の番組には、
けっこう大人向けのようなバラエティーが多かったです。

漫画のボロットがしゃべったのは一回だけだったかもしれません。
すぐに回路が壊れたんです、考えてみれば。
漫画の場合は、吹き出しでしゃべろうがボードでしゃべらせようが、
読者への情報伝達密度は同じですもんね(笑)。

ハットリくんが1話だけの現存でケムマキが観られないって、
何かの陰謀が働いているのかとも思っちゃいます(笑)。
もっとも、巷間流されたケムマキ=杉良太郎説は誤りだと思いますけど。
この辺に関してはハットリくんを語る時にやる予定ですけど、
その予定自体は今のところありません(笑)。
2006/09/11(月) 00:12:38 | URL | ごいんきょ
3の3の3
なんてよくご存じですね。(自分も覚えてて言うのも何ですが・・・キングだったかな)ごいんきょはマンガについても相当な知識を持ってそう。
丸出だめ夫は特番か何かで見たことあるけど、番組自体はまったく見た記憶がありません。ロボタンならかろうじて・・・
2009/02/27(金) 15:57:13 | URL | naokiman
漫画の事などを知識と言うのか知りませんが、ワタクシは広く浅くの人間です。
けっこういろんな事を知っているようで、何も詳しくは知らないというパターンですね。
3の3の3は好きだったんですよ。
2009/03/01(日) 22:57:09 | URL | ごいんきょ
ボロットの中身
ボロットのお菓子ですが、中は確か粉末のオレンジジュースだったと思います。おへそのボタンが取り外しできるようになっていて、ボロットの中で作ったジュースをボタンからコップに注いだぼんやりした記憶があります。
2009/10/17(土) 02:31:07 | URL | すけきよ
あー。粉末ジュースかあ
そう言われればそんな気も。
ただワタクシ、水を入れて飲むという発想が無く、
おそらくそのまま食べた気が(苦笑)。
2013/11/10(日) 19:24:51 | URL | ごいんきょ
ハゲ頭
 「丸出だめ夫」の父親の名前ですが、たしか「丸出はげてる」という名前だったと思いました。
 わたしがかつて住んでいた東海地方では昭和45年頃東海テレビで再放送していた記憶があります。
 あと、ボロットの頭の帽子?は当時のトヨペットクラウンのホイーキャップでした。この番組で「うそ発見器」という機械の存在を知った幼少の頃の私でしたが、それが「ポリグラフ」という機械で本当にあるということ知ったのは、それから10年後でした。
2014/08/14(木) 11:22:34 | URL | nishiyan
はげ照っていうんですかね。
もう少しいい名前を考えられなかったのかな。

帽子なんか有りましたっけ?
うそ発見器は、そう言えば有った気が!
2014/08/15(金) 07:55:31 | URL | ごいんきょ
↑
コメントを投稿する
HP
アドレス:
コメント:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック
↑
レンタルCGI
管理者用
ブログパーツ