私的 昭和テレビ大全集
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おくさまは18歳 (1970)

おくさまは18歳
70年代の幕開け、1970年というのは、テレビにとって質的飛躍の年で、
外質としては、カラー化がほぼ完全に完了したと言える年です。
皇太子ご成婚→東京オリンピックがテレビ受像機の普及を盛り上げ、
この年の大阪万博によって、カラー受像機へと衣替えする家庭が多かった。
何を隠そう我が家もで(笑)、やはり69年か、この70年頃に
カラーテレビを購入したと思います。機種は、日立のキドカラー。
常に予熱しているため、スイッチを入れるとすぐつくということで、
ポンパというネーミングで売っていたかと思います。
ちなみに、それは77年頃に壊れて、次はダイエーのやっすいのを買いました。
安かろう悪かろうを地で行って、こちらはすぐ壊れました。
ブブとかいう、名前からして不安だった機種で(苦笑)、
たしか当時としては珍しく、韓国あたりで生産していたと思います。

そんな事はどうでもいいと言えばどうでもいいんですけど、
ここはあくまでも個人的なテレビ語りなんで、
こういうのもここの立派な本題なんです(笑)。
その辺をわかりやすくするために、近々タイトルを変更しようと思います。
その名も、「私的 昭和テレビ大全集」。
そもそも後ろに付けていた「ブログ版」という部分に
そういう意味合いを持たせていたんですが、
さすがに通じづらいようですので、わかり易くします。
要するに、中身は今までと何一つ変わらないんですけど(笑)。

話は戻りまして、テレビの70年に於ける内質飛躍としましては、
テレビドラマの名作が、特異的に飛び出した年と言えましょう。
ありがとう、時間ですよ、だいこんの花、細うで繁盛記、お荷物小荷物。
いずれもテレビドラマ史上で燦然と輝く名作群であり、
それぞれ画期的な作品でありました。前3つは既に当ブログで既述です。
この『おくさまは18歳』も、そんな70年製名作ドラマの一つと言えましょう。

タイトル通り奥さまは18歳、高校生の高木飛鳥。演じるは岡崎友紀。
明るい、親しみやすさが有りましたね。
また、ミニ・スカートがもんの凄く短くて、
それで椅子に座った所を正面から映したりするのが眩しかったです。
ここいらもカラーテレビになった恩恵を視聴者にサービスって感じで、
まず間違いなく、この番組の視聴率に大きく貢献していたはずです。
こういう真実の解説が読めるのはワタクシの論評だけですよ、多分(笑)。
名の通った解説者には絶対にできない真実を、これからも語ります(笑)。
実際、このブログでも折りに付け何度か書いてますけど、
エッチ方面というものの媒体普及に対する貢献性は非常に高いものだし、
制作側も、絶対にそういう部分も意識すると思います。
勿論この番組の本質はそんな部分をはるかに超越していて、
全てにおいてパーフェクトに近い出来の、名作ラブコメディーでしたが。

旦那さまは、事も有ろうに飛鳥の学校の先生、高木哲也。演じるは石立鉄男。
ユニオンのドラマ、気になる嫁さんとかのシリーズでも大活躍でしたが、
このTBS大映ドラマでも、数々の名場面を彩りました。
「てーつや♥」「あーすか♥」と呼び合って、
キスしようと抱き合うその瞬間に誰かが入ってきて、
すぐに先生と生徒の関係を演じるというのがパターンでありました。

ハイミス教師の富士真奈美。
70年製名作ドラマのもう一つ、細うで繁盛記に於ける正子役の熱演は、
既にビデオが現存しない今、当時観た人間だけが記憶に持つ財産です。
そしてこの番組でも、やはり同系統の憎まれ役…
こちらは作品の色合いもあってコミカルさが増幅されてますが…
を、希有な名演技で成し遂げ、番組世界を大いに盛り上げました。

校長先生。
いつも二人の関係がバレやしないかと気をもんでいる小心者。
二人を交互に指さして、「いいですか。いいですね」と
念を押して説教するシーンも、この番組のお約束でした。

隣の漫画家。演じるは、うつみみどり。
若くして自分も憧れる哲也と結婚している子猫ちゃんこと飛鳥に嫉妬。
部屋一杯の風船を割って憂さ晴らし。
悔しいわ。悔しいわ。なんだかとっても悔しいわ。
このセリフはバリエーションがあって、嬉しい時にも使われましたね。

あとはテニス部の先生で寺尾聰が、ちょっとズッコケ役として出てました。
松坂慶子もいたかな? 次作の「なんたって~」には間違いなくいましたが。
これら演者の面々の演技も、どれも楽しいもので、
このメンバーの好演が無ければ、ここまでの良作にはなってないですね。
番組の作りそのものは、ベタっつーくらいにベタなもんでしたし。
ベタが成功すれば、それば王道っつー事になるわけですけど。

提供は、コカ・コーラは間違いなく有ったはずだと思います。
♪ コッカコーラを飲もうよ ♪ スカッと爽やか コカ・コーラ ですね。
この頃はもうホームサイズ(500ml)って出てたっけな?
1リットル瓶はまだ出てませんね。73年頃だったか。
レギュラーサイズやホームサイズの瓶は保証金10円でしたが、
1リットルは30円なんで、結構デカかったです。
空き地などの空き瓶を集めて酒屋に持っていき、お金と交換するというのは、
昭和時代の悪ガキはみんなやっていたと思うんですけど(笑)。
その後、1978年頃に1.5リットル瓶が出て、
更に続けて2リットル瓶まで出ました。
2リットル瓶はアッと言う間に無くなったので、覚えている人は少ないでしょう。
今やほとんど完全にペットボトルでの販売で、全ては昔話ですが。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
海沼先生
富士真奈美さんは渋沢先生、寺尾聡さんは、海沼先生でしたね。確か。

私は、この海沼先生のイメージが強く、どうしても「ルビーの指輪」も心から楽しめませんでした。(すみません。)富士真奈美さんは、最高でしたよね。このイメージで後の石立ドラマにも出てましたよね。

岡崎友紀さんの人気もすごかったですが、石立鉄男さんは、この頃は、かっこよかったですねぇ。このちょっと後ですが、ブルース・リーに雰囲気が似ているといわれていました。ちなみに、吹替えは遂にやりませんでした。ぴったりだと思うのですが。

全然関係ないですが、当時の吹替えは、

「ドラゴン危機一発」… 藤岡弘
「ドラゴン怒りの鉄拳」… 中尾彬
「ドラゴンへの道」… 柴俊夫
「燃えよドラゴン」… 富山敬

とのことです。

2006/09/17(日) 01:56:53 | URL | ブロンソン
渋沢先生と海沼先生
そうそう。そういう役名でしたね。
それぞれ哲也と飛鳥に想いを寄せてるんですけどね。
最後は確か、この二人が結ばれるんだったかと。
富士さんは、気になる嫁さんにも出てましたね。

ブルース・リーですか。そうかなあ。
その辺の感覚はよくわからないです。目の当たり?
燃えよ!ドラゴンは面白かったなあ。他はそれほどとは思わないけど(笑)。
ワタクシは、昔はできれば声もオリジナルで観たい派だったので、
字幕版ビデオで観ましたけど、吹き替えはそういう面々だったんですか。
どれもしっくり来ないなあ(笑)。
たしかに石立さんの方が合いそう。
2006/09/17(日) 05:15:37 | URL | ごいんきょ
子供でも楽しんでみてた記憶だけが鮮明ですな。
どの出演者も、学芸会並みに大袈裟で、わっかりやすかった。
ウツミみどりが特に好きで、嬉しいわっ!とか、悲しいわっ!とか、怪しいわっとか出てくると、TVを凝視したモンですわ。
不覚にも岡崎友紀も可愛いお姉さんと感じていました(笑)。
今見たら、最高に笑えるだろうなぁ。
TBもさせていただきまっさ。
2006/09/17(日) 09:37:15 | URL | ハナユビ
飽きの来ない傑作
王道パターンなので、あまり飽きないですよね。
何年か経って観てみると、また普通に楽しめる。
いま場面場面を思い出すだけで楽しくなっちゃいますもん。
いつもTBありがとうございます。
こちらもそろそろ、普段お世話になっている方々のとこに
TBさせて戴こうかなと思いますー。
2006/09/17(日) 21:27:39 | URL | ごいんきょ
由紀ちゃんと京子ちゃんどっちが好き?
当時、「奥様は18歳」は本村三四子先生原作で週間少女漫画誌「マーガレット」に同時期に連載されておりました。 原作の設定は外国人家庭(リッキー&(コニーかリンダ)でした。外国人だからKISSの回数やラブラブ表現も多い。でも当時の道徳感で夜7時30分の放映番組。マンガと同じには出来ませんよね。爽やかドタバタコメディにまとめたんでしょうか。そのころ、たまたま男性アイドルの空白期だったのか、同性の
岡崎由紀さんと吉沢京子さん小学生女児にも人気がありました。ワタシは、1年ちょっとであっさりGOひろみの方がよくなっちゃったんですけどね。ごいんきょさんは、70年にカラー画面に移行できたんですね。羨ましい。我が家は2台目の「家具調テレビ/高雄」くんが(当時電化製品には日本的なネーミングがされていましたよ。)73年初夏にやっと、
引退してくれて、その年に「ナショナル・クイントリックス」でカラー画面に変わりました。今でも心残りなのは、札幌オリンピックと日本レコード大賞が白黒だった事です。
2006/09/22(金) 22:20:43 | URL | オバ
どちらも好きですが…
当時は男が少女マンガなんて読めませんでしたから、
オバさんのような方は助かりますよ。
それでも、おれは男だ!とかは後年読んだんですが、
そう言えばおくさまは18歳は読んだ事なかったなあ。
なんと、外人カップルの話だったんですか。
異国の話がロマンティックだった時代ですよね(笑)。

この頃はそうですね、御三家と新御三家の狭間で、
しかも丁度GSも衰退した時期で、
男性アイドル空白期と言えるかもしれません。
にしきのあきらさん、布施明さんぐらいだったかな。
でも、それで女優さんに行くってのも、男にはわからんですね。
アイドル空白期だとしても、男優を好きになったりはしませんよ。
ごくごく一部の方々を除いて(笑)。
ちなみにワタクシは、ビジュアルでは圧倒的に吉沢さん。
でも、岡崎さんも嫌いなタイプではないですね。
ぽっちゃりしていれば大体はOKです(笑)。

高雄、ありましたね。♪ 高雄~ 高雄
そうです。当時は和名だったんですよ。
当時はまだ、大和魂があったんですよ、日本人に。
なんでもかんでもエブリシンイングリッシュじゃないんですよ(笑)。
洗濯機だってうず潮とか銀河だしね。

クイントリックス・パナカラー♪ですか。
例のCMで決まったという感じですね(笑)。
我が父は、おばかなくせに新しもの好きなところが有って、
オープンリールのテープレコーダーなんかも買ってましたし、
ステレオも、ビクターの当時としてはいいやつを買ってました。
ビデオも早いうちに買ってくれてたらなあと思うんですが、
なぜか映像機器にはテレビ以外は頓着なかったのが残念です。
2006/09/22(金) 23:00:41 | URL | ごいんきょ
超ミニ♪
今でこそ女子高校生のスカートが短い昨今ですが当時スケバンが流行る?少し前だったのかそれにしても女子のスカートが短かったです。
岡崎友紀さん主演第一弾にしてやはり70年代を代表する学園ドラマ?の一つのような気がします。
石立鉄男さんの若い事!寺尾聡さんもお若かった~そして石立鉄男さんに片思いする同僚の先生に「おれは男だ」で吉川操の姉役だった秋山ゆりさんがまた美しい。
そしてライバル女子高校生にまだ無名の松阪慶子さん。
今思うとすごいキャストでした。
2人の住むおしゃれなおうちも夢のような世界でした。
お隣のうつみみどりさんも「ロンパールーム」のお姉さんと打って変わって個性の強いキャラクターで出演されていましたね。
岡崎友紀さんのドラマの中では一番大好きなドラマです。
2007/04/20(金) 21:56:23 | URL | もも
へえ
当時はカラー放送も本格的に始まったばかりで、
折良くミニスカートもブームとなっていたという事で、
本当に今でもなかなか見ないくらいの超ミニが画面を席巻してました。
当時のオヤジ連中は、それを眺めてニヤニヤしてたんでしょう。

吉川操の姉役ってのは気付かなかったですね。
他のキャストはどれも有名所です。
やはり元祖だけあって一番パワーを感じますね。
2007/04/21(土) 07:04:14 | URL | ごいんきょ
ウチもキドカラーでした
初めまして。記憶の隅にあるほこりを被った思い出が蘇る数々のトピックス楽しみにしてます。

ポンパ。今だったら待機消費電力が問題になりそうですが、高度成長時代のイケイケムードと時間短縮をよしとする時代のテレビでした。よく飛行船で宣伝をしていた記憶があります。


ユーチューブにおくさまは18歳がありました。たしかにミニスカート姿が眩しいです。

http://www.youtube.com/watch?v=dDETujaNPdU
2007/04/22(日) 16:58:46 | URL | つかまん
飛行船
はじめまして。
オウムのポンパくんも懐かしいですが、
有りましたねー、飛行船(笑)。
たしかに際どいミニなんですが、友紀さんはエロくはなかったですね。
正に健康的なお色気でした。
2007/04/22(日) 21:44:55 | URL | ごいんきょ
我が家でのカラーテレビ
我が家では母親が婦人団体等の「カラーテレビ不買運動」とかに影響された様で新婚時に買う予定が白黒テレビに変更になり、不買運動が下火になった1971年にようやく導入したんですよ。父親からそんな話を耳にタコが出来る位聞かされていたので知っているんですけど(笑)。ちなみにこの「カラーテレビ
不買運動」は電機業界の今でいう「闇カルテル」が疑われた事から来ていて、特に松下電器は「闇カルテル」の中軸とされて徹底的に叩かれ一方でダイエーもブブという低価格カラーテレビを販売開始したりして、結果経営危機になり兼ねない状況まで追い込まれた様ですが、ブブテレビで大量の不良品を出した事と1970年末に標的にされていた松下が他社に先駆けてカラーテレビの大幅値下げに踏み切ったのがこれを契機に不買運動は一気に
下火に向かった様です。
又こういった「カラーテレビ不買運動」には
テレビ局も頭を痛めていたでしょうし、そんな状況が1969年以降のお色気番組や女性が主役のドラマ等の開始にも繋がったのかなあ
とも思っています。
2007/04/23(月) 02:17:50 | URL | なんたって37歳(笑)
ちなみに我が家では
電化製品は
「♪みんーなみんな東芝 東芝のマーク!」
でした。
当時は松下のお膝元のすぐ側の街に住んでいたんですけど(笑)、ただダイエーのそもそものお膝元でもありましたしねえ。
2007/04/23(月) 02:29:28 | URL | なんたって37歳(笑)
中内功 対 松下幸之助
主婦の味方を標榜したダイエーの中内さんが生涯の敵としていたのが、
化粧品業界と松下電器ですね。
どちらとも、まさに血みどろの値下げバトルを繰り広げました。
松下はダイエーの値下げに対抗する為、テレビ内部に
肉眼では見えないシリアルを入れて商品管理。
それに気付いたダイエー側は、総帥中内氏自ら記者会見し、
松下製のテレビ内部に不可視光線を当て、
そのシリアルを暴き出して松下の閉鎖性を糾弾しました。
カルテル云々はその流れでしょうか。
ただ、カラーテレビ普及が70年代始めに進んだのは、
全番組のカラー化がその頃にようやく実現したという単純な理由だと思います。
時あたかも大阪万国博覧会の時期ですね。

ちなみに、我が家の二台目カラーがそのブブで、本当にすぐ壊れました。
安かろう悪かろうを教えてもらったと思ってます。
2007/04/23(月) 02:49:36 | URL | ごいんきょ
うつみ・みどり
私は懐かしのテレビ番組を紹介する特番でしか見たことはありませんが、うつみさんが風船を割りまくるシーンだけは覚えています。(必ずといっていいほど流れていたので)
今になって思うと、「あの大量の風船はどこから仕入れてくるのだろう?」とか「風船を膨らませるのにものすごく体力を消耗しそう。それともヘリウムガスをどこかから仕入れてくるのだろうか?もしそうならば、ガスの安全管理は大丈夫か?」と、もの凄くどうでもいい事が気になったりします。(^o^;)
当時の新聞テレビ欄(毎度ながらの縮刷版コピー)ではタイトルの通り「うつみ・みどり」と表記されていることが多かったです。(全国紙にその傾向が多く見られた)
ちあきなおみさんも「ちあき・なおみ」とよく表記されていました。これは担当者(通信社?)の勘違いだったのでしょうか。それとも読者から「全部ひらがななので、どこまでが名字で、どこまでが名前なのかわからない」というクレームでも来たのでしょうか。
2007/04/23(月) 13:10:37 | URL | 北国の人
風船
うつみさんと言えば風船シーンですね。
悔しいわ、悔しいわ、なんだかとっても悔しいわ と呟きながら、
いま韓国の旅先で風船を割っているんでしょうか(笑)。

名前の表記は、やはり見づらいからでしょうね。
しかし、いしだあゆみさんもいしだ・あゆみってなってましたっけ?
ああいうのはきちんとした内規が定められているはずなので、
それに沿ったものなんでしょうけどね。
2007/04/23(月) 22:17:40 | URL | ごいんきょ
いしだあゆみさんは
なぜか、そのままでした。(^_^;)
うつみさんもちあきさんも、実際に・付きで表記されていたのは1~2度だけみたいです。
他にはなべおさみさんも「なべ・おさみ」と表記されていました。(これも1度だけ)
ちなみに、・付きでわかりやすかったのは「フォー・リーブス」でした。そういえば子供の頃、「フォーリーブスってどういう意味だろう?」と疑問を持ったことがあったような・・・。
2007/04/25(水) 16:15:05 | URL | 北国の人
平仮名の羅列は見づらいですから番組広報の方で点を入れたのかもしれないですね。
2007/04/25(水) 18:49:07 | URL | ごいんきょ
今、見たい番組
この番組かもしきは「ママはライバル」で、講談の田辺一鶴師匠が、国語の先生してたらしい。
「なんてったって18歳」では、バスの運転手役していたらしいんです。
2007/05/28(月) 21:27:54 | URL | 桃
あ、いけない
“もしくは”です。
2007/05/28(月) 21:28:47 | URL | 桃
ん。たしかに一鶴さん出ていた気はしますが。
ママはライバルの方かな。
2007/05/29(火) 05:47:49 | URL | ごいんきょ
頭ごちゃごちゃになってますぅ~
そっか~、岡崎友紀が高校生の奥様役だったのが「おくさまは18歳」だったんですね。当時の石立鉄男は2枚目役でしたもんね。右京さんやる頃から3の線になったんでしょうかねえ…。

「なんてったって18歳」は岡崎友紀がバスガイド役で、たしか好きな人がいたのに、会社の御曹司に追っかけられてて。内田何とかいう役者さんでしたよね。

あの~、岡崎友紀が旅行会社に勤めてたのは何ていうのでしたっけ?たしかジュン(漢字忘れました)ちゃんっていう名前の恋人が同じ会社にいて、社長が富士真奈美。なぜか毎朝社員に向って外国語で挨拶するんですけれど、それが例えば「グーテンモルゲン、エブリボッディ」みたいなドイツ語と英語ちゃんぽんの、めちゃくちゃなもんでした。

「ママはライバル」は割と覚えてます。この時は石立鉄男の奥さん役が純アリス。我らが(?)岡崎友紀は
石立鉄男の娘役に回るんでしたよね。で、隣のおばさんが、ここがちょっと記憶が曖昧なんですが、富士真奈美だったような、うつみみどりだったような。で、純アリスを小ひばり、岡崎友紀を小すずめって呼ぶんでしたよね。

純アリスも結構かわいかったですね。

純アリスさんの最近の消息ですが、都内某所にお住まいです。テニスで一緒になった方がお友達で、一昨年会ったとか。私がお目にかかりたいって言ったら、ハーフの方なので、当時の体型よりかなり変化されていて、イメージ壊れるから会わない方がいいって言われちゃいました。

そうですね、思い出は美しいまま胸に抱いておく方がいいのかもしれません……。

2007/05/30(水) 00:40:08 | URL | espoir
とりあえず指摘
>>espoirさん
シリーズ全作がゴッチャになって記憶されているようですね。

「なんたって18歳!」に出ていた御曹司は浜田光夫演じる皆川竜二ですね。「内田何とか」とは内田喜郎の事だと思いますが、彼は「ラブラブライバル」で御曹司役を演じてますから、それと勘違いされたのでは?。
前後しましたが、旅行会社(スミレトラベル)に勤めていたのは「ラブラブライバル」ですね。同作には「ジュン」という人は出ていないと思うのですが、幼なじみで会社の先輩でもある洋ちゃん(北川洋一)という人がいるから、彼の事じゃないかな。友紀ちゃんは「しずか」という名前でしたが、全然静かじゃないので「にぎやかちゃん」なんて呼ばれていましたね。楠トシエだけは「サイレン娘」なんて言ってましたけど。
友紀ちゃんのパパが石立鉄男ですか・・・(苦笑)。正しくは高橋悦史ですね。隣のおばさんは富士真奈美でした。「怪しい、なんか怪しい」が決めゼリフでしたね。
2007/05/30(水) 02:00:32 | URL | 石毛零号
更なる補足
「なんたって18歳!」は私もよく見てました。岡崎友紀は確かバス会社の令嬢で、本名が青木まどか。浜田光夫と結婚させられるのが嫌で家出し、身元を隠してそのバス会社に、青山はるかという名前で、バスガイドとして勤めていたはずです。
主たる出演者として、同僚のバスガイドに松坂慶子、3ヶ月先輩に十勝花子、さらにバスガイドで一番偉い人(主任だっけ?)にあの人(顔は鮮明に浮かぶんだけど名前が出てこない!!)、バスの運転手にあの人(これまた顔はわかるけど名前が出てこない!!)。最終的には岡崎友紀と浜田光夫がくっついて、さらに前述の運転手が実は岡崎友紀と兄弟だ、ということが判り、さらに松坂慶子と結婚する、というのが私の記憶ですが。

「ママはライバル」での補足としては、高橋悦史が国際線のパイロットでたまにしか家に帰ってこない、というのと、夏夕介が純アリスのことを好きな先生役で、さらに元ワイルドワンズの渡辺なんとかだったかな?が岡崎友紀のボーイフレンドだったというところです。ちなみに「ママはライバル」での岡崎友紀の役名って何でしたっけ?

「ラブラブライバル」は石毛零号さん
記述の通り、にぎやかちゃん、と呼ばれてましたね。それぐらいであまり記憶が定かでないです。
2007/05/30(水) 05:47:18 | URL | わんぱくフリッパー
ツバサちゃん!ママと呼びなさい
>>わんぱくフリッパーさん
ドラマでの印象が強くて、未だに役名で認識してしまう俳優さんて多いですよね。平泉成(征)が登場すると、つい「あッ!本田卓丸」なんて思っちゃいます。でも春川ますみを見ても「あッ!丸山主任」とは思わないですけどね(w)。十勝花子の役名は島田花江でしたが、彼女は名前より肩書き(3ヶ月先輩)の方を憶えている人が多いでしょうね。
早乙女ツバサ(岡崎友紀)のボーイフレンド役は「鳥塚しげき」ですね。彼は当時と顔が変わっていませんね。
2007/05/30(水) 08:22:05 | URL | 石毛零号
たは~、かたじけのうござる(^^ゞ
石毛零号さん、親切なご指摘、いやご指導、どうもありがとうございま~す♪

ガキの頃観てた記憶って随分いい加減だな~、ってつくづく思います、まったく……。

思うんですけれど、このシリーズ、とってもコミカルで、そのまんま今放映しても古臭さは感じないんじゃないかって気がします。

もちろんストーリーとかセリフとかそのまんまにしておいてリバイバルしても面白いだろうって気がしますけれど。

これ、TBSでしたよね(あれ、また間違えたかな?)このシリーズまた観てみたい気がしますけれど、TBSさん、その気ないのかなあ……。




2007/05/30(水) 21:20:53 | URL | (ハンドル未記入)
すいません、屋号入れ忘れました。
です。上記のコメント、ワタクシです。
2007/05/30(水) 21:22:43 | URL | espoir
そうそう!
春川ますみ、平泉成、つばさちゃんでしたね。そうか、元ワイルドワンズの人は鳥塚しげきでしたか。
ども、情報ありがとうございます。
2007/05/31(木) 05:30:06 | URL | わんぱくフリッパー
● espoirさん
純アリスさんはたしかに美しかった。
岡崎さんはワタクシ、それほどでもありませんでしたが(笑)、
純さんは結構楽しみに見てました。
だからそんな後日談にガッカリです(笑)。
CSの方のTBSチャンネルではほとんど放送されました。


● 石毛さん
沢山のフォローありがとうございます。


● フリッパーさん
他のシリーズもちゃんとやる予定なので、
それまで全部話しちゃわないで取っておいてくださいよ(笑)。
2007/06/01(金) 01:35:53 | URL | ごいんきょ@世界最低ブログマスター
とかなんとか言いながら
他のシリーズを書くときには、私が知らないネタいっぱい書くんでしょ!
もう、ごいんきょったらぁ。

などというフレーズを書いているおやじ(自分のことでございます)の姿を客観的に見て、実は少し恥ずかしくなっていたりするフリッパーであった。ちゃんちゃん。
2007/06/01(金) 03:57:36 | URL | わんぱくフリッパー
この度の外国作品特集では『わんぱくフリッパー』もやろうと苦闘したんですが、
とうとう書き上げる事は出来ませんでした。
あと、ここは熟年中年の心のオアシスですので(笑)。
2007/06/01(金) 06:46:36 | URL | ごいんきょ@世界最低ブログマスター
アイドル岡崎友紀
岡崎友紀さん、よかったなあ。健康的なお色気でしたよね。毎週しっかり見てましたよ。マルちゃんのお好みラーメンのCM思い出しました。「♪友紀だったお料理はうまいのよ・・ ぜいたくな味、マルちゃんのお好みラーメン♪」てな感じでした。
「両雄、並び立たず」、ということで、吉沢京子さんは嫌でした。今見ると「けっこうかわいかったなあ」と思ったりもするのですが。
石立鉄男さんが亡くなられたとき、岡崎さんが高木飛鳥としてコメントされていたのが、非常に印象的で、そのとき「また俺の昭和の灯りがひとつ消えたな」なんて感傷にひたってしまいました。
2014/07/31(木) 01:04:45 | URL | みのモンタナ
お好みラーメン、当時はなかなか画期的な袋ラーメンだったようですね。
マルちゃん、東洋水産が提供の一社だったのかな。

ワタクシは京子ちゃん派ですけどね(笑)。
友紀さんも、嫌という事は全然なくて、紀比呂子さんも良いと思います(笑)。

石立さんは残念でしたね。
ご本人とすれば、きっと不本意な作品だったのでしょうけど、
もう少し語って欲しかったなと思います。
2014/08/03(日) 10:43:44 | URL | ごいんきょ
出演しました。
ご無沙汰しております。ロムはしておりました。内気な性格を何とかしたいのと、中学時代に放送委員で声が良いと言われていたので、朗読を勉強したいなと高校時代に劇団若草に入団。
進学校に在籍していて、大学も受験するので、外部の仕事はできないと劇団に言っていたのですが、日曜、祭日なら良いでしょうとエキストラ的な仕事を断り切れないないものは、少しやりました。岡崎さん、吉沢さんの人気が高かった時で、どちらの主演作品も出演しました。

この作品は、4話と51話に出演。4話は放送前に収録なので、どんな作品なのかもよくわからない時期で、教室でのシーンで座って笑ったり反応しています。教団に立ったのは、石立さん、寺尾さん、富士さん。富士山が岡崎さんを教壇を指す棒で、突っつくシーンがあり、リハーサルで、富士さんが「大丈夫?」と岡崎さんを気遣っていらして、役とは違い、優しい方だったのが印象的でした。

まだ、放送前だというのに、大映テレビのチームワークの良さも印象的でした。リハーサルも1回だけで、照明などの段取りにも時間はかかっていませんでした。その後に出演した吉沢さん主演の「レモンの天使」というフジの連ドラ(東宝テレビ部制作)の段取りの悪さと対照的でしたから(苦笑)。

51話は「海沼先生やめないで」というタイトルで、その台詞を同じ劇団の子と劇団昴の研究生という役でこれはタイトルロールにも名前が載ったのですが、出演シーンはカットされてしまいました。
石立さん、寺尾さんを前にして台詞をいうシーン、台詞があると4話の時と待遇が違って、集合の京王八王子駅にタクシーの迎えが来てくれました。
本番、慣れない私たちに、石立さんが「大丈夫だよ」と優しく対応してくださいました。
廊下では岡崎さんが待っていて、うつみさんが岡崎さんに何かをあげるというような話をしていました。

このドラマには、うちの劇団から生徒役のレギュラーで、宇津明子、本橋敏和、前田充穂(敬称略)が出演していました。

そうそう、ギャラですが、エキストラの時は、どのドラマや映画でも2000円から3000円、このおくさま18歳の一言セリフがあるときは、2万円でした。
2017/02/25(土) 21:24:39 | URL | たかちゃん
変換ミスなど
すみません、読み返さないで送信してしまいました。

教団→教壇
富士山→富士さん

その台詞を同じ劇団の子と劇団昴の研究生という役でこれは

その(タイトルと同じ)台詞をを同じ劇団の子と劇団昴の研究生と一緒に言う役で、これは
2017/02/25(土) 21:32:33 | URL | たかちゃん
もう一つ訂正。
集合の京王八王子駅にタクシーの迎えが来てくれました。
→ タクシーではなく、車での迎えでした。ただ、車そのものは、タクシーと同じような来るまでした。

学校のロケは、八王子の山の中の
工学院大学?を借りてやっていました。その建物はもうなくなったようです。
4話の時は、八王子駅にロケバスが迎えに来ていました。

ロケバスと言えば、東宝の映画のロケのときは、山内明さん、南風洋子さんといった俳優さんも乗っていらしたんですよ。
2017/02/25(土) 21:52:50 | URL | たかちゃん
いやー、ここのとこ久々に書き込んで下さる女性の方がいらして、元気百倍だな(笑)。

劇団若草。
和泉雅子、酒井和歌子、水沢アキ、村地弘美、キャロライン洋子・黒沢浩、
島田陽子、柏木由紀子、斉藤こず恵・ゆかり、杉田かおる、坂上忍らを輩出した、
名門中の名門じゃないですか。
こずえちゃん人気が沸騰した頃には、杉田かおる、坂上忍というスター子役まで一手に抱えて、
機関誌も出すほどの盛況ぶりでした。

話数までわかるという事は、今でも台本をお持ちなんでしょうかね。
岡崎さん、マメに会合を開いているようですので、参加されるのも面白いかもしれません。

冨士真奈美さんのオールドミス、よく教鞭でつつく真似してましたね。
ああいう動きが出来る人、冨士さんだけでした。

あ。『レモンの天使』にもご出演ですか。
あれは吉沢京子さんを持ってきたのに、コケた感じですよね(苦笑)。
だから、あまり見た人もいないらしく、再放送も全く無いので、謎の番組となってます。
そちらの事も、ここで書いて下さると嬉しいですね。
スレ建ては難しいので(笑)。

しかし、よくご記憶ですなあ。
海沼先生やめないでの回、有りましたね。
海沼先生、あの登場人物の中でかなり好きなんですよ。いい人で(笑)。
少しでも台詞が有ると待遇がそこまで違うというのも、映画会社が元の所らしいです。

あの、飛鳥たちがいた学園は、工学院大学だったという事ですか。
テニスコートとか、全部そうだったんですかね。
2017/02/26(日) 20:43:38 | URL | ごいんきょ
「レモンの天使」
「海沼先生やめないで」の回は台詞が一言あったので、台本をもらいました。実家にあるかな?

劇団若草の当時のトップは、音無美紀子さんでした。二木てるみさんは別格で。坂上忍君、劇団の新年会で見ましたよ。お父様がステージパパで新年会でもぴたっとついていらして。忍君のお兄さんも子役をやっていたのです。

ご要望に応えて、「レモンの天使」の話を。フジテレビ30周年の特番「すべて見せます」というので、ほんの少し流れたので、まだ、映像があるんだなと思いました。テレビ映画(フイルム)なので、保存されているのかもしれません。

こけるのは、当たり前で、脚本がひどかった。看護婦養成学校で、中卒組と高卒組で派閥ができて争いになるというのが話の主軸で、でも、当時の看護学校でそんなことシステムとしてありえなかったはずです。

看護学校の主任の先生に島田多恵さん、医者の先生に竜雷太さん、竜さんは青春ものの先生役の後の作品ですから、本当に先生という形で生徒役の私たちにやさしかったです。

青木英美さんが、金メダルのターンに引き続き、悪役でした。
たぶん、吉沢さんが中卒組。そして高卒だったと思いますが、高橋英樹さんの奥様の小林亜紀子さんがデビューされた作品です。関西のお嬢様のようでで、縁故関係でスカウトされたという話を休憩中にされていました。

後述する東京女子医大のロケの夕食はフジテレビの食堂で取ったのですが、吉沢さんはお母様がぴったりついていて、一人ぼっちで、小林さんも「京子ちゃんも一緒に食べればいいのにね」とおしゃっていました。

国際放映のスタジオに1日、東京女子医大のロケに1日参加しましたが、
ロケが出演者に朝寝坊の1時間以上の遅刻者がいたり入所式のシーンなので皆が揃うまで撮影できず、部分なシーンを撮影。その撮影の時、私が薄いピンクの自前の衣装だったのですが、その衣装が良いと(苦笑)、後ろにいるレギュラー出演者の少しおかしい行動に、振りむいて反応する演技をさせられました。ですから、放送時もそのシーンがばっちり映ってしまいました。

しかし、全体的にスタッフの段取りが悪く、朝から夕方までという約束が夜11時を過ぎて、これから夜食を出しますから食事のシーンもう一つ撮りますという有様。同じ劇団の千葉の子は遠いから帰すというので、私も通り道なので、「明日体育祭で係りで早く登校しないといけないので、一緒に帰してください」と言ったら、「そんなんじゃ、女優になれない、京子ちゃんも明日6時半の新幹線で大阪に行くんだ」とか、罵倒されました。でも、とにかく頭を下げ続けて(劇団に迷惑がかかるといけないので)、やっと帰れたという苦い思い出があります。
2017/03/02(木) 17:47:27 | URL | たかちゃん
訂正
劇団若草の新年会のステージパパは宮脇康之君(ケンちゃん)だったかもしれません。坂上君は本当に小さかったので、お兄さんにくっついていたという印象でした。
2017/03/02(木) 18:19:00 | URL | たかちゃん
劇団の新年会には、卒業した方も見えていたので
その頃在籍していて売れてきていたのは、キャロライン洋子・黒沢浩さんでした。
新年会には過去に在籍していた方もいらしていました。北林早苗さんはよくお見かけしました。ご存知ですか?朝ドラの第1作のヒロインです。
2017/03/02(木) 18:29:33 | URL | たかちゃん
『レモンの天使』、勿論、映像は残っているはずです。
でも国際放映は、その手の商品化にてんで音痴なんですよね。
まだまだ埋もれた作品がいっぱい有るんですよ、あそこ。

なかなか辛辣なご意見、ありがとうございます(笑)。
たかちゃんさんだけでなく、皆さん、そういう意見だったのかな?(笑)。

青木英美さんが悪役だったんですよね。
ワタクシは『おれは男だ!』で、好みのタイプとして見ていたのですがねえ。

吉沢京子さんのお母さんがわりとステージママだというのは、なんか漏れ伝わってましたよね。
それで結局、あんなに可愛かったのにお見合いでのご結婚で、少し意外だったです。

撮影談、最近も話題になった子役虐待撮影を思い起こしました(笑)。

あれ?
宮脇康之さんは若草ではないのではないですか?
誰か他の子役さんとの付き合いで出席していたんでしょうかね。

坂上忍。
まさかこんな形で売れっ子になるとは、本人や親も含めて、当時の誰が予想できた事か(苦笑)。

ああ、北林さんもでしたか。
意外なとこでは桃井かおりさんや竹脇無我さんもですね。
ワタクシは、先に書いた機関誌を何冊か持っているのですが、
OBまで現役のように紹介していて、なんかあったかい感じと思っていたら、
実際に会合にもOBが来ていたなんて。

出家した女優さんに聞かせてあげたい話です(笑)。
そう言えば坂上忍さん、バイキングでその女優さんに苦言を呈してたな(笑)。
2017/03/05(日) 22:29:35 | URL | ごいんきょ
宮脇康之さんも若草出身です。
所属事務所?のHPです。http://www.ray-pro.com/enter/miyawaki.php
そういえば、改名されていましたね。
「おはなはん」の子役のときは、確か若草でした。その後、ケンちゃんシリーズで売れて、ステージパパが個人事務所を立ち上げられたと思います。
私が新年会で見た時は、既に独立後でした。

劇団運営が家族経営(夫婦とその娘さん)でした。音無さんがTBSの昼のTV小説のヒロインに選ばれたときも
新年会で正式に挨拶し、ヒロイン抜擢とともに、他の事務所に移籍も発表。
少し売れてくると、東宝所属とか、個人事務所とか、大手事務所にとかで、
劇団としては、それでよかったのかな?と今にして、思います。つまりおっとりしているなあと(笑)。
浅野寿々子さんが巨泉さんと結婚すると決まった時、授業を担当していた娘さん(マネージャーもやっていました)が、授業で、「これからというときに」と複雑な気持ちをついポロリと漏らしていましたが。
2017/03/06(月) 14:30:36 | URL | たかちゃん
日本児童劇団から若草に行っていたのですね。
で、昭和50年頃には既に個人事務所だったようですが。

浅野寿々子さんもですか。今も巨泉さんの遺骨を持ち歩いているという。

昔は子供を商売に使うという事に、物凄い圧力が有りましたからね。
だから商売優先という事は、なかなか出来なかったとは思います。
2017/03/12(日) 17:45:47 | URL | ごいんきょ
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2006/09/17(日) 09:37:08 | 昭和40年生まれのオイラが書いたブログ☆
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