私的 昭和テレビ大全集
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赤胴鈴之助 (1972)

赤胴鈴之助 (1972)


エイヤーッ (パシパシパシ)
ちょこざいな小僧め! 名を、名を名乗れ!
赤胴、鈴之助だ!


これだけ幅広い世代に親しまれた純和風ヒーローも、
この作品くらいかもしれないです。
元々は少年画報に連載された漫画で、それからラジオドラマ、
そして映画で一世を風靡し、更にはテレビ化されて人気を博しました。
ラジオは月~土の18時5分から25分と毎日放送され、
当時の子供達を夢中にさせております。提供は日本水産。
吉永小百合や藤田弓子がこの番組でデビューし、
吉永はテレビ版でその愛くるしい姿を見せて、日本中を魅了したのでした。
続くまぼろし探偵にも吉永・藤田は出演し、
これもテレビ化された方にも二人とも出演。
こちらは幸いフィルム撮りなので残っておりますけど、
赤胴の方は生ドラマでしたから当時の人間の記憶にあるだけです。
残し様はあったのですが、日本人は記録を残すという事にあまり頓着ない、
歴史無責任民族性があり、テレビに於いてはそれが余す所なく発揮され、
昭和30年代の番組映像は皆無に近いものがあります。
他局販売用にキネコ撮りしても、用が済めば廃棄していたんですからね。
ただ、ラジオドラマの赤胴は、録音が残っていた気がします。

さて、そんなまぼろしの名番組・赤胴鈴之助が、70年代に復活します。
これは、TBSで月光仮面の再放送をしたところ、
当時観ていた世代の郷愁を呼び、回顧作品ブームが到来したためで、
当の月光仮面もリメイクされましたし、のらくろまでアニメ化されました。
月光と赤胴も元は実写作品だったのに、なぜかアニメでリメイクされました。
今回扱うのはそのアニメ版の方で、あしたのジョー→国松さまのお通りだい
というフジ水曜7時アニメ虫プロ枠で、20%を超える人気だったと思います。
この番組から虫プロは月曜に移動し、この枠は東京ムービー制作となるんですが。
この鈴之助も、そこそこ人気はあったように記憶してます。
ワタクシは国松からの流れで、第1回から観ました。

OPを観た感想は、なんか古臭い、ノらない主題歌だなあと(笑)。
当時は昔のドラマのリメイクだなんて知りませんから、
単純に江戸時代を描いた作品だからそういう歌にしたのかと思ってましたが。
ところがそれから間もなく、友人と新番組・赤胴鈴之助の話をしていて、
彼がへんてこりんな主題歌を口ずさむのです。
♪ 親はなくとも元気な笑顔
おいおい。そこは、♪ 元気いっぱい一度や二度の 失敗なんかにゃ挫けない
だぜ。と指摘したらば、お母さんはこう歌ってたと言うんですな。
おかしい。当時のワタクシは歌詞もきちんと意味で記憶していたから、
一回聞いただけで完全に記憶可能でしたし、自信はありました。
その謎は、ずっとずっと後年になって解消される事になるのですが、
実は、ラジオ、テレビドラマ時代の主題歌がそうだったんですね。
それを、親がなくともという部分を差し障りのない表現に変えたわけです。
彼のお母さんは、ラジオかテレビか映画の赤胴鈴之助を子供の頃に観て、
その歌を自分の子供と一緒に歌っていたのでしょう。
そのように、リメイク物というのは世代を超えて楽しめるという利点があります。

鈴之助が修行するのは千葉周作の北辰一刀流道場で、
これが実在の人物・道場だったというのも大きくなって知りました。
江戸随一の大道場で、切紙→目録→免許 という簡素化された昇進など、
随所で合理的・近代的な経営をして成功したようです。
技の千葉、力の斉藤、位の桃井と俗に言われたようで、
たしかに剣士の憧れだったようですね。
坂本龍馬はじめ、田舎剣法出身でもこちらを名乗る場合が多かったようです(笑)。
ところが鈴之助は、剣はまったく無用の、真空斬りを会得するわけですが。
ここいらがなんか納得いかなかったですね。
剣の技量を極めろよと(笑)。剣に飛び道具とは卑怯なりと(笑)。
生ドラマではきっと、人間が勝手にうわーと倒れるだけだったんでしょうが、
こちらはアニメですから、そりゃー凄い描写でしたよ。
竜巻わんわん巻き起こし、悪者びゅんびゅん巻き込まれ。
あんなんじゃ誰も勝てるわけない。
千葉周作先生や、傘張り浪人の先生だって勝てないだろうよ(笑)。
その点、雷之進のいなずま斬りの方が、かっこよく感じましたけどね。
そう言えば、チャンバラ遊びってのもワタクシの世代がギリギリ最後だろうなー。
なんで廃れちゃったかな。剣の心は日本人の魂だよ(笑)。

提供は、日本水産でした。
え? おいおい、そりゃラジオドラマの話だろとおっしゃるなかれ。
ニッスイはなんと、このリメイク版でもスポンサーだったのです。
こういう例って、有りそうで、実はあんまり無いんですよね。
ラジオ→生ドラマ→アニメと提供し続けたのは、当時の社長さんが
よほどこの作品を好きだったのか?(笑)、それとも、
ラジオ時代に売り上げを伸ばしてもらったという意識もあったんでしょうか。
このアニメ版では、赤胴鈴之助ソーセージが発売され、間のCMでも、
アニメの鈴之助が「赤胴鈴之助ソーセージ!」って宣伝してました。
もしDVD化された際にはぜひ特典映像に入れて欲しいですね。
本放送時のCMを特典に付けてくれるやる気のある会社って少なくて、
今のところエイトマンくらいだったかなー。
ちなみにこのソーセージ、ニッスイのサイトに拠れば
日本初のキャラクターソーセージだそうです。
後番組の荒野の少年イサムでも出したはずなんですが、
ドラえもんソーセージの記述はあってもイサムの記述は無いのが少し寂しい…。

ところで、ラジオドラマでは「日本水産提供」と高らかにコールしていたようで、
そちらは日本水産提供と記憶している人は多いようです。
でも、他にもスポンサーが有ったのを覚えている人は激減するでしょう。
先に月~土の18時5分から放送していたと書きましたが、
実は日曜日にも放送していたんですよね。17時40分から。
こちらの提供は、コーリン鉛筆と少年画報社でした。
鈴之助を連載していた雑誌社ですね。
ネットではこの番組を聞いていた世代は非常に少ないので、
こんな発掘情報を載せたところで、きっと反響は無いと思いますが、
自己満足でやっているからいいのです(笑)。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
小さなバイキングビッケも
ニッスイ提供で、キャラクターソーセージもあったような。
だとしたら…
バイキングって、海賊…いいのか?それでスポンサーがニッスイって?
と、おとなになって思うワタシ。
ちなみになぜか、お肉屋さんに親と行くと、「新オバケのQ太郎」のソーセージをしばしばおねだりしてました。
2006/09/24(日) 20:19:57 | URL | 桃
日本水産
ニッスイなんて片仮名より、日本水産の方が好きだけどなあ。
それはともかく、ニッスイは結構こども番組の提供をしてました。
おいおい書いていくつもりですけど。

ああ、ビッケはイサムの後番組ですが、やはり有ったんですね。
海賊とソーセージ。イメージとしては離れてませんけどね(笑)。

新オバQでありましたよね?
でもそれは、ウインナーソーセージじゃないでしょうか。
ニッスイさんが言っているのは、普通のソーセージの事でしょうね。
つまり、日本初のキャラクターウインナーは新オバQという事かと(笑)。

新オバQも水曜放送だったんで、ついでにやりたいけどなあ。
アニメは数が限られてるんで、ちょっと取っておきます(苦笑)。
2006/09/24(日) 20:42:15 | URL | ごいんきょ
猪口才な小僧め!名を名乗れ
とラジオ時代からのこのOP。道場に通う門弟同志か出稽古なら名乗らずにやるはずなかろうで野試合か道場破りに対しての台詞として意識しつつ作詞していたのであろうかとツッコミたくなる

でも当時から好きな作品の一つであり特に声優にスポットライトが当たる遥か前の作品であるもののライバルキャラ二人が巨人星のそれそのまんまであったとツッコんだ記憶もある

でも実在の千葉は十代将軍時代の人物なのでこれがもし家光か綱吉か吉宗か幕末の設定ならどうなっていたのであろうかとも思う
2006/09/25(月) 22:35:23 | URL | (ハンドル未記入)
そういえば
新オバQのソーセージは、ポーク。
ビッケは魚肉だったかな?

声優っていえば、おとなになって初めて「ガンダム」見た知人が、
ホワイトベースに、飛雄馬と明子姉ちゃんがいるじゃんと、ツッコミ入れてました。
2006/09/25(月) 23:41:38 | URL | 桃
● ハンドル未記入はガッツさんかな
そうなんですよね。それはおかしいなとワタクシも感じてました。
お前ら毎日竹刀交えてんじゃないのかよと(笑)。
と言って、当時は出稽古だろうが必ず流派と姓名は名乗りあいましたからね。
それをやらなければ自流の宣伝になりませんし。
姓名流派を名乗ってから仕合うのが試合ですし、
闇討ちで斬りかかってから姓名を確認するというのはもっと有り得ないし、
検証すると、このセリフは有り得ないという感じですけどね。
そういう夢のない結論はどうでもいいんですけど(苦笑)。

ああ、雷之進が左門豊作だったのはよく覚えてます(笑)。
花形の声の方の役は忘れてたなあ。

● 桃さん
ついでなんで新オバQも続けて記事にしちゃいました。
お読み戴ければ謎が解けると思います。

ああ。ワタクシもガンダムはまともに観た事なかったんですが、
たしかにそうですね。
あと当ブログで既述なのでは、国松とメガネのコンビが、
そのままドラえもんとのび太でしたけどね。、
2006/09/26(火) 01:06:41 | URL | ごいんきょ
ドラえもんも
ドラえもんもニッスイのソーセージありましたよ。日光写真機があたるキャンペーンやってたこともあります。
2006/12/14(木) 15:46:13 | URL | かじか
日光写真機!
あった!
ありましたね、ドラえもんの日光写真機!
あれもニッスイの提供だったのか。
これは再発見。
2006/12/15(金) 02:20:07 | URL | ごいんきょ
金野鈴之助
連続ラジオドラマ「赤胴鈴之助」(日本水産提供)、聞いていました。
千葉周作が「日真名氏飛び出す」や「ララミー牧場」のジェス・ハーパー役の久松保夫、周作の娘小百合が吉永小百合、幼馴染のしのぶが藤田弓子、千葉道場の高弟横車押之助が「スーパーマン」の声の大平徹、竜巻雷之進が「ポパイ」の声の浦野光、語り手は、山東昭子でした。この番組で人気の出た山東昭子は東映からお姫様女優でデビューします(これまた、「火宅の人」の壇一雄が原作を書いた人気ラジオドラマ「少年猿飛佐助」(提供は、海苔の佃煮江戸むらさきの桃屋)を映画化した3部作)。さて、肝心の赤胴鈴之助は誰がやっていたのやらとんと記憶がない。
テレビが普及していなかった当時は、子供向けのラジオの人気番組はシリーズ化されて映画になり、ラジオの主題歌はそのまま映画で使われました。「赤胴鈴之助」も、「ヒャラーリヒャラリコ」の「笛吹童子」も、「ぼっ、ぼっ、ぼくらは」の「少年探偵団」も、映画化によって全国津々浦々まで流行し、子供たちに歌われました。

オリジナルの主題歌の1番は、
『剣をとっては 日本一に 夢は大きな 少年剣士
親はいないが 元気な笑顔 弱い人には 味方する
おう! がんばれ 頼むぞ ぼくらの仲間 赤胴鈴之助』
となっています。アニメの歌詞が変わったのは、原作漫画でも初めはみなし児だったけれど、やがて、江戸に出てきて、千葉道場に出入りする仕立屋のお藤が母親とわかり、一緒に暮らすようになったのに、主題歌がいつまでも「親はいないが」というのは、おかしいという批判があったことに答えたものでしょう。
ちなみに、アニメオープニングで使われていない3番は、
『山は夕やけ 一番星は 母によく似た きれいな瞳(ひとみ)
つらいときにも 勇気を出して 正しい事を やりとおす
おう! がんばれ 強いぞ ぼくらの仲間 赤胴鈴之助』
です。

テレビ実写版「赤胴鈴之助」が放映された頃は、大阪はまだ大阪テレビ(OTV)一局しかなく、KR製作の「赤胴鈴之助」は大阪では放送されていなかったため、私は見たことがありません(従って、吉永小百合のテレビデビューを知らないのが残念です)。その代わり、大阪テレビでは、独自に「赤胴鈴之助」を製作して、放送していました。「月光仮面」第1部もそうですが、当時の番組は10分~15分でした。平日の放送だったので、家にテレビのなかった私はあまり記憶に残っていないのが、これまた残念です。
 大映が映画化したシリーズは、鈴之助役の梅若正二が涼しげな目元の美少年だったためか人気がうなぎのぼりに上がり、最初モノクロだったのがカラー作品になり、全部で7本も作られました。幼馴染のしのぶ役は若かりし頃の中村玉緒。しかし、梅若正二が大きくなりすぎて、少年役が無理になったので、子役の桃山太郎に交代してモノクロでさらに2本作られましたが、人気が出ず(カラー版も作られることなく)、打ち切られました。
竜巻雷之助役は林成年(長谷川一夫の息子)、千葉周作役は黒川弥太郎(戦前からの時代劇俳優)というのは、ずっと変わりませんでした。

2007/04/04(水) 00:15:10 | URL | 漫中老
大阪版!
これはこれは、また随分と沢山の情報を戴きまして。

ラジオ版は、「日本水産提供!」と始まっていたようですね。
鈴之助役は横田毅一郎という公募の人だったようですよ。
しかしなかなか凄いメンバーですよね。
吉永さんはこの役名から小百合という芸名にしたんですね。

ああ、そうだ。後の方でお母さんと再会してましたね。
すっかり忘れてました。

実写版の記憶が聞けないのはワタクシも残念でした。
他にそんな方がここに来るまで数年待たねばならないでしょう(笑)。
それにしても大阪版が有ったというのは驚きです。
そういうテレビ史に埋もれた地方独自の番組って結構有るんでしょうか。
2007/04/04(水) 01:26:13 | URL | ごいんきょ
カナリヤ先生
>テレビ史に埋もれた地方独自の番組って結構有るんでしょうか。
テレビ史はどうしても、東京のキー局を中心にした資料で書かれているために、地方制作で東京にネットワークされないため埋もれた番組は多いと思います。在阪放送局の社史を読んだことはないのですが、限られたページ数の中に30~40年の歴史を記述するため、ヒット番組、話題性のあるものなどに絞られて埋もれてしまうものが多いでしょう。特に、園芸番組についてはそういえるのではないでしょうか。
たとえば、昭和30年代のNHK大阪制作の公開バラエティ「カナリヤ先生」。漫才コンビのミス・ワカサ・島ひろしが主演で、小学校を舞台にワカサが先生、ひろしが小使いさんの役で、スタジオに教室のセットを組み、観客の前で演じるものでした(もちろん生番組)。なぜ、こんなにくわしいかというと、実は小学生の頃に出演したことがあるからです。ただ、題名や放送日時などを忘れていて、大きくなってからいろいろ調べてもわかりませんでした。あるとき、別件でNHKの外郭団体のT氏と話していたら、「それは『カナリヤ先生』だ。」といわれたので「よくご存知ですね」と聞くと、「それは、私が演出していたからだよ。」とあっさりと答えられて仰天したことがあります。そのおかげで題名がわかりました。
2007/04/07(土) 22:35:16 | URL | 漫中老
ローカル番組
ああ。いわゆるローカル番組は数多く有るでしょうね。
ただ、大阪版鈴之助については、また次元が大きく異なる、
本当に東京版に隠れてしまった存在ですもんね。

地方局の社史もいくつか持っていますが、
たしかにキー局に流した有名番組の既述が主流で、
独自のローカル番組はよほどのものでないと紹介してないですね。
良心的なものでもタイトルの列記くらい。
これでも資料としてはかなり貴重なのですが、
ぜひ今のうちに関係者に一つでも多くの番組について語り残して貰いたいです。

漫中老さんもテレビ出演歴がお有りでしたか(笑)。
しかも制作者と後年偶然に話すなんて、凄い事ですね。
2007/04/07(土) 23:36:29 | URL | ごいんきょ
児童劇団
実は、小学生の頃、NHKの放送児童劇団に所属していました。毎週レッスンに通い、ラジオ第2放送やNHK大阪製作のテレビ番組に出てました。「カナリヤ先生」のそのひとつです。結局、その方面の才能はなかったため、タレントにはなれませんでした。
2007/04/08(日) 00:01:21 | URL | 漫中老
おや
元子役さんでしたか。
できれば出演作品を記事に出来ればいいんでしょうが、
なかなか当時の番組をワタクシが書き上げるのは至難であります(笑)。
2007/04/08(日) 00:11:43 | URL | ごいんきょ
日水以外のスポンサー
日水以外のスポンサーでおもいだしたんですが、たしか、カバヤがあったとおもいます。

例によって、赤胴鈴之助のキャラクター菓子を多く出していて、特に、当時流行のカードつき菓子の赤胴鈴之助スナックは印象的でした。

当りが出るとカード収納アルバムがもらえるというのも、この手のお菓子のお決まりのパターンでした。

新オバQソーセージは、日水ではなく、プリマハム(肉屋さん)です。

日水製品とちがって、長いのが1本で売ってました。

当時、プリマハムのキャラクターソーセージは、ヒット商品でした。
2011/12/21(水) 14:17:33 | URL | 10000k
たしかにカバヤと鈴之助って結びつくんですけど、
提供だったか迄は確言できないですねえ。
カバヤって弱小のイメージで、あまり番組提供していた記憶が無いんですよ。
キャラクター商品は有りましたが。
ワタクシは月光仮面の方もカバヤと結びつくので、
この時期、両作品の商品を出してたってだけの可能性が大きそうな。
まあ、両方提供していた可能性も否定できませんが。

新オバQに関しましては該当スレで記載しております。
上部中央検索窓をご利用下さい。
2011/12/30(金) 05:06:48 | URL | ごいんきょ
チャンバラごっこが廃れた?またまたご冗談を
平成2年生まれですが面白く読ませて頂きました

おととしのあれで亡くなった爺ちゃんのよく歌っていた「剣を取っては日本一の~」の正体が分かりました。
・・・古本市漁りに行こうかな、読んでみたいし

ちなみに僕ら平成の子供たちもちゃんばら遊びはちょくちょくやってました、廃れてません。

近所の今は亡き駄菓子屋で「幕末浪漫 月華の剣士」が1回10円で遊べていたのと、「るろうに剣心」「テイルズオブシリーズ」「ルパン三世の再放送」何故かうちの小学校ではやった「桃太郎侍(当時の担任が給食中に流してた)」がありましたゆえ・・・

2013/08/23(金) 22:26:33 | URL | ななしさん@お腹せっぷく
ほお。それでは近年、再興の動きも有るんでしょうか。
どちらにしても、昭和30年代の興隆まではかなり大変でしょうが。
2013/11/10(日) 23:42:32 | URL | ごいんきょ
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