私的 昭和テレビ大全集
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日本一のおかあさん (1972)

該当番組画像募集


TBSではその昔、おやじバンザイという番組がありました。
そちらは既に記事にしてますが、タイトルの通り、
日本全国の親父さん達が登場する視聴者参加トークで、
まだねじれネットだった頃の朝日放送が制作していた番組です。
当時は一家の中心はあくまでもお父さんで、
お母さんや主婦が中心とされる素人参加番組は無かったと思います。
しかし日本にもある程度生活の余裕が出てくると、
ダメおやじの世界がギャグとして成立しなくなるほど女性の社会進出も進み、
女が人前でぺらぺら得意気にしゃべるのははしたない、という偏見も薄れてきて、
ようやく、陰で支えてきた女性達にスポットが当てられるようになってきます。
この番組は、おやじバンザイのそのまんま女性版のような感じで、
番組として成立した背景には、そのような周囲の偏見と、
本人たちの萎縮が薄れてきた時代性を考慮しないといけない感じがします。

おやじバンザイは関西司会者の花形だった西条凡児でしたが、
こちらは関東喜劇人の花形、萩本欽一が司会を担当しました。
スター誕生と併せ、萩本が一気に司会業に傾いていた時期で、
やはりTBSの、水曜夜7時からやってました。
彼の温かみと柔らかさのある司会は、その全てを高視聴率に導き、
この番組も、当初の予定を大幅に延長し、4年に渡る長期となりました。
内容は、その名の通り、日本各地のおかあさんとその子たちを呼んで、
そのおかあさんについてトークするもの。
おふくろバンザイ!といった内容で、とにかく称えあげていたかと。
実際、この頃までのお母さんは掃除でも洗濯でも料理でも、
自らの手で手間暇かけてやったり、一日中大変な生活を何十年としてきて、
その労力はずっと長い事、まったく評価されておりませんでした。

洗濯なんか、たらいに水ためて段々腹の洗濯板に衣類をこすりつけて、
一着一着洗ってたんですよ。ワタクシも子供の頃そうやって洗った事あります。
洗濯板、まだ売ってるのかな?(笑)
掃除は掃除で、はたきでパタパタやってほこりを払い、
ほうきとちりとりでやっていたわけですが、
今じゃはたきなんて本屋さんも使わないでしょう(笑)。
料理は、ガス釜が有りましたからお米は自動で炊けましたけど、
おかずの方は全て手作り。
冷凍食品なんて保存するスペースすら無いんです、冷蔵庫に。
ボディそのもが小さかったし、冷凍室は製氷皿だけ置けました。
要するに、今の一人暮らし用の小型冷蔵庫をどこの家でも使っていたわけです。
電子レンジも無いから温めだってすべて火をかけるわけで、
失敗して温めすぎて味が悪くなるサザエさんみたいな事もしょっちゅう(笑)。
我が家が電子レンジを買ったのは昭和50年過ぎ頃と記憶してますが、
電器屋さんが「これは魔法の箱ですよ」なんて言ってたんだからね(笑)。
でも、当時はそれが当たり前ですから、物凄い苦労をしているとか、
そういう事はあまり考えていなかったと思います。共働きの家は大変でしたが。
とは言え、あらためて振り返ればたしかに大変でしたね、昔は。
まして、男は理由もなく家で威張っていたし(苦笑)。
当時の女性の苦労の大半は、旦那に関する事だったんじゃないでしょうか。

そんなこんなの苦労話も、萩本の当たりの柔らかいトークで中和して、
それなりにほのぼのした笑いにしていたかと思います。
この番組に感じるものがあったか、萩本は昭和50年頃ですか、
『拝啓おかあさん』という曲をリリース。
♪ あなたが描いた大きな夢を結局僕は果たせなかった
  ダメな息子と思うでしょう ガッカリしている事でしょう
  だけど都会の片隅で僕は元気でいるでしょう
という、たしか阿久悠の詞がなかなか泣かせます。
ラジオの欽ドン!でよく流されていた気がしますね。
笑い者にもなっていた気もしますが(笑)。
この歌をリリースした頃から、欽ドンテレビ版などで萩本はまた、
お笑い方面に活動軸を大きく切り替え始め、
ソロでの活動による第2期黄金期に入っていきます。
この番組はわりと人気もあったでしょうが、お笑いの要素は少な目ですから、
その辺で司会を降りたのかもしれません。
司会業そのものが嫌いだったと言ってますしね。

提供は、ジャノメミシン、メナード、全国信用金庫協会などでした。
裁縫ももちろん手縫いが多かったわけですが、
ミシンというのもそれなりに普及していましたかね。
今じゃミシンですら裁縫なんてしないですわなあ。
全信協は、しんちゃんってキャラクター使ってませんでしたか?
信用金庫のしんちゃんに まかせてね♪ っていうCMソング覚えてます。
一時的にしまやなんかも提供に加わってまして、
しまや~~ァ だしの素♪ なんてCMソングも記憶にありますね。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
うちの母は
昭和39年前後に
「軽い軽い軽い、ジャノメ・ハーイ
ドリーム」
というミシンを買い、現在も使っています。
どこが軽いの!と言いたいくらい重かったのですが(笑)
でもとても頑丈です。
2006/09/27(水) 11:05:48 | URL | モデラート
足踏みミシン
ははあ。時期から言ってそれは、
手動… と言うか、足動ミシンですね。
カタカタ足踏みしてリングを回して動作させる。
あれで子供の頃よく遊びました(笑)。
でも、裁縫しながらずっとやってると重く感じますよね。
あの頃のミシンは見るからに頑丈そうですが、
今でもお使いというのがまた素晴らしいですなあ。
2006/09/27(水) 23:08:31 | URL | ごいんきょ
足踏みミシンなら
レトロで素晴らしいのですが、
「ジャノメ・ハイドリーム」と言うのは、足踏みミシンを処分して買い換えた、電動持ち運びミシンでした。
ヒールを履いた(?)若い女性が、軽々と持ち運び、「軽い軽い軽い、ジャノメ・ハーイドリーム」というキャッチコピーが流れるCMでした。
もしかしたら、電動ミシンの第1号だったのかしら・・・
2006/09/28(木) 06:23:56 | URL | モデラート
重い
あれー。そうでしたか。
重いというのはそのまんま重量ですか(苦笑)。
電動ミシンで現役とは凄いですね。
2006/09/28(木) 07:35:07 | URL | ごいんきょ
主題歌&挿入歌 付・ミシンのこと
「日本一のお母さん」の思い出といえば、「日本一だよお母さん…」という歌詞の(OPにかかっていた?)主題歌と、サビの部分が「ありがとう、ありがとう、日本一のお母さん」という丸っこい小太りのボーイソプラノ子供が歌っていた挿入歌?を思い出します。今でもその部分のメロディーは歌えるのですがお伝えできなくて残念です。
昔の番組の主題歌や劇伴音楽って何気に覚えて居て口をついて出ることがありますよね。
付記:ミシンのことですが私の母も最近まで嫁入りに持ってきた50年来の足踏み式ミシンを使っていました。先日やっと電動モーターを取り付けて持ち運びができるようになりました。ですから本体は足踏み式のときのままです。買い換えたらといったのですがやはり愛着があるらしいですね。今日もミシンは元気よく音を立てています。
2006/10/02(月) 15:58:08 | URL | 田毎の月
ミシン
この番組の主題歌ってあんま覚えてないのはなぜなんだろう?
と思ったら、ワタクシがこれを観ていたのはほんの一時なんですね。
最初の頃は赤胴鈴之助を観ていたし、こちらに替えてすぐ、
日テレで新・底抜け脱線ゲームが始まって、そちらを観てたと思います。
で、言われればたしかにそんな感じの構成だったなあとはわかるのですが、
メロディーまではまだ思い出せません。

ワタクシの場合は病的なテレビマニアですので(苦笑)、
番組の主題歌は何気なくでなく、確信的に口にしてますが(笑)、
先日、なんの脈絡もなく「ABCは知ってても…」を思い出したのは、
懐かしくも嬉しかったです。ネタが一つ出来たので(笑)。

足踏みミシンは風情がありますよね。
でもやはり操作は大変だったのか、電動ミシンは歓迎されたようです。
知り合いにミシンの営業やってた人がいますが、
一日に一台も売れないって事は無かったらしいです。
メーカーにしても、シンガーだのブラザーだの、いっぱい有りましたし。
この番組の提供は、蛇の目ミシンですのでお忘れ無く(笑)。
じゃーのめ♪
2006/10/02(月) 20:00:42 | URL | ごいんきょ
挿入歌
おかあさんララララふるさと
おかあさんララララ子守唄
おかあさんララララ優しい
おかあさんララララひとり

それはいつも愛の始まりの言葉
いつでもどこでも胸に輝く
ありがとう ありがとう 日本一のおかあさん

リアルタイムで見ていましたがこんな歌詞だったと思います
2008/05/31(土) 16:40:27 | URL | psr
有った!
思い出しました。
そんな歌を合唱団よりは少人数の子供が歌ってましたよね。
ララララの部分がメロディーも思い出せないのに、心に引っかかりました。
2008/06/01(日) 20:50:44 | URL | ごいんきょ
大慶太くん(?)の甘い歌声を思い出しました。
けっこう“地方巡業”の多い番組で、
わが故郷福岡のRKBホールでも何度か公開録画をやってましたが、
その収録にも来ていたようですよ。
あんな小学生を“出張”させてたんですね。
この後番組がたしか「ぴったしカンカン」じゃなかったでしょうか?
2008/06/10(火) 01:57:45 | URL | 葉っぱ
葉っぱさん、そう大慶太くんでした。
ネットで調べるとお父さんを亡くした交通事故遺児で当時小学校五年生だったようです。ボーイソプラノで丸っこい感じの体系だったのを覚えています。
「日本一のお母さん」は「大慶太」で検索すると、ネット上で視聴することも出来るようですね
2008/06/10(火) 16:33:55 | URL | 田毎の月
● 葉っぱさん
ははー。
大慶太くんですか。
最初は持ち上げて書いているのかと思いました(笑)。
名字はなんと読むんだろう。
ぴったしカンカンは火曜で、こちらが水曜ですね。

● 田毎の月さん
よくまあこんな歌がネット販売されてますよね(笑)。
買う人がそれほどいるとは思えませんが、
在庫を抱えるデメリットが無いのがネットソフト販売の良さですか。
2008/06/12(木) 01:50:29 | URL | ごいんきょ
大慶太くん
「日本一のお母さん」を歌っていた大慶太くん、確か私と同年代だったかとw
この番組以来全く消息聞きませんね、どうされているんでしょう?
2009/03/12(木) 13:54:15 | URL | 緑のおばさん
場所違いかもしれませんが・・・
いきなりすみません。調べものをしているうちにたどりつきました。
萩本欽一さんが司会をされ、素人参加型のトーク番組(新婚さん?)をどなたかご存知ではないでしょうか。
実は私の両親がそのような番組に出たことがあるようなのですが(小さいころにそういった話をきいたことがある)、こっそり調べて両親をびっくりさせようと思っております。
母親が末期の癌で、何か出来ないかと思い、もしその番組が分かれば、テレビ局に尋ねてその映像をコピーしてもらおうと思っています。(出来るかわかりませんが・・・)
正直に申しますと、欽ちゃんが司会なのかどうかさえも定かではありません。
両親が、1973年に結婚しているので、その前後3年くらいの番組だと思います。
どなたかご存知の方がおりましたら、どんな情報でも教えていただければ幸いです。
ここで聞くような内容ではないということは承知しておりますが、どうかよろしくお願いします。

2009/03/16(月) 13:39:22 | URL | (ハンドル未記入)
● みどりのおばさんさん
ところで大慶太さんの読み方はどうなんでしょう?
「だい・けいた」なのか「だいけい・ふとし」なのか(笑)。

● 未記入さん
まず最初に申し上げますが、テレビ局に頼んでも番組コピーは不可能です。
著作権の問題が有りますし、何よりもまず、
当時のトーク番組の映像は、残っていないのが普通です。
その頃は家庭用ビデオを持っている人もほとんどおりませんし、
映像入手は絶望的かと思います。
手を尽くされたいお気持ちはお察ししますが、
かなりの困難を伴うことは申し上げます。

番組名ですが、萩本さん司会の夫婦トーク番組は無かったと思います。
この番組にせよ、ぴったしカンカン等にせよ、
出演するとすれば子供さんも一緒に出るようなものばかりでしたから。
萩本さん以外が司会された夫婦トークものと言いますと、
夫婦善哉、おもろい夫婦、新婚さんいらっしゃい 等が有りました。
お母様は司会の方を覚えてらっしゃらないのでしょうか?
それが確定すれば番組名は容易にわかると思いますが。
2009/03/25(水) 04:08:44 | URL | ごいんきょ
大慶太
だい・けいた、と読みます。
2009/03/25(水) 08:40:07 | URL | 緑のおばさん
大という苗字が有るんですね。
2009/03/29(日) 09:29:31 | URL | ごいんきょ
大という苗字
大慶太君は本名なんでしょうか?わからないですが、このサイトによると大以外の「だい」と読む苗字もあるようですよ。
私、珍しい名字フェチでこのサイトもよく見てます。
ttp://homepage1.nifty.com/forty-sixer/bunpu.htm
2009/03/29(日) 09:35:28 | URL | 緑のおばさん
連投失礼
今ちょっと調べてみたらこのサイトの14番に大慶太君のことが出ています。
デビューはなんと「隣りの真理ちゃん」だったそうなw
ttp://www5d.biglobe.ne.jp/~yakata/japan%20solist.htm
2009/03/29(日) 09:42:14 | URL | 緑のおばさん
ふむう。
なんでか知りませんが、随分と詳しく解説が有りますね。
となりの真理ちゃんかあ。
真理ちゃんシリーズもそのうちやらないとなあ。
お父さんを亡くされていたんですね。
それで、一人で育ててくれているお母さんがいるという事で、
この番組のレギュラーになっていたわけですか。
欽ちゃんとの再会番組でも企画してくれないかな。
当時の映像があれば、それも流して欲しいし。
2009/03/31(火) 07:23:14 | URL | ごいんきょ
大慶太君
彼の写真て無いんでしょうか・・。
探しているんですが・・。
でも大と言う苗字の通りプックリと丸々した体格だったような覚えがあります。
ちょっと独特の雰囲気持った子でした。
2009/03/31(火) 10:45:27 | URL | 緑のおばさん
上の解説文でもそのような記述ですね。
psrさんが書いてくれたテーマと一緒に、欽ちゃんが詩を読み上げていたような。
2009/04/01(水) 06:22:10 | URL | ごいんきょ
試聴
こちらで「日本一のお母さん」最初ちょっとだけですが試聴できます。

ttp://listen.jp/newtype/dl_album_ncon0030.htm
2009/04/01(水) 08:49:29 | URL | 緑のおばさん
ああ、こんな歌だったっけ。
それにしても女の子みたいな声ですね。
2009/04/01(水) 23:59:21 | URL | ごいんきょ
大慶太君
この曲もっとフルコーラス聞きたいです。
そのうち「あの人は今」的番組に出ないかなぁ?
今、この曲のほかに気になってるのが、『ママと僕の四季』という曲です。
もしかしたら歌詞のフレーズに「ボクのか~あ~さん」という部分が・・・・・・?
2009/04/02(木) 14:27:44 | URL | 緑のおばさん
お買い上げなされば全編きけますがね(笑)。
欽ちゃんとの再会企画がいいですね。
あと昔の見栄晴くんとか三つ子ちゃんとか、
オックンなんかも混ぜてくれるとベスト。
2009/04/02(木) 22:03:34 | URL | ごいんきょ
オックン
オックンは今どこだか地方のテレビ局にいると聞いたことがあります。
あのオックンのいたフツオトリオ(でしたっけ)のほかのメンバーはどうしてるんでしょうかね・・・・・・・。
2009/04/02(木) 22:59:28 | URL | 緑のおばさん
あらー、それは意外な。
どこの局なんだろう。
2009/04/03(金) 22:43:17 | URL | ごいんきょ
オックン
えっと・・・・・仙台の方だったかな・・・・・あれ?気仙沼ちゃんとかぶってるかも・・・・・・・。
顔は変わってなかったと思います。
2009/04/04(土) 16:35:17 | URL | 緑のおばさん
東北っぽい感じですけどね。
仙台は気仙沼ちゃんですかね。
顔は変わってなくても(笑)、髪は生やしてるでしょうから、感じは変わるんじゃないかな。
2009/04/05(日) 21:25:00 | URL | ごいんきょ
実は
私、小学生の時この番組に出演しました。写真はのこっていますが映像を観てみたいですね。
2015/12/16(水) 13:07:09 | URL | (ハンドル未記入)
おー。
その時の様子を、もう少し詳しくお聞きしたいものですが。
2015/12/20(日) 10:53:50 | URL | ごいんきょ
野球選手が・・・
幼稚園の頃のかすかな記憶を
たどりますと、なにか野球選手と
お母さんの特集回のようなときが
あり、当時ファンだった中日の
高木選手とお母さんが出ていた記憶があります。
どなたかご記憶の方いらっしゃいますか。
この番組のカラーといいますか雰囲気といいますか、「てんやわんや」の家族そろって歌合戦的な感じがあった気がします。
2017/08/01(火) 00:01:08 | URL | (ハンドル未記入)
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