私的 昭和テレビ大全集
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肝っ玉かあさん (1968)

肝っ玉かあさん

そそっかしくてお人好し ちっとも美人じゃないけれど
おふくろの味 そばの味 湯気の向こうに笑顔が覗く
へいへいへい 大盛り一丁!
頼りにしてるよ ね? 肝っ玉かあさん


ありがとうで日本中を席巻した石井ふく子Pと平岩弓枝の黄金コンビ、
その前段階がこのドラマでした。肝っ玉って言葉がインパクト有りましたね、
子供の頃、絶対に違う言葉に言い換えたでしょ? やったでしょ?(笑)
非常にでっぷりしてそれほど美人でもない、
それまで端役に過ぎなかった京塚昌子を、いきなり主役に抜擢した
石井の感性が全てを決したと言って良いでしょう。
このドラマは、ほぼ同時期に放送されたおやじ太鼓の母親版みたいなもので、
息子や娘はもちろん、嫁にもピシャリと言うべき事を言う、
古き良き母親像を描いていたと思います。
それで細かいさざ波が立つのは勿論いつもの事なんだけど、
かあさんが言っている事は大体が正しいし(そそっかしいけど)、
普段から明るく朗らかな人だから、後を引くような事にはならない。
てな感じじゃなかったかなー。
ありがとうほど喧しくはなかったけど、
やはり母子のやり合いが主だったドラマだったですかね。

その息子は山口崇、ターイムショック!
娘の沢田雅美は、先のおやじ太鼓の方にも出ていたし、
後番組のありがとうにも出ていたし、とにかくこの頃、
ホームドラマと言えば必ず見る顔でした。
役どころも大体似た感じだったかと。
この頃は、俳優と言っても、けっこう役柄は定まっておりました。
嫁の長山藍子は、クイズダービーの頃は本当にいい感じになったんだけど、
この頃はまだ、ワタクシはさほどタイプじゃなかったです。
熟女になっていい感じになったなあと。すみません、特殊で(苦笑)。
長山もけっこう芯が強い役だったと思うけど、
普段は義母と一緒になって懸命にお店を盛り立ててるんですけど。

あと、冒頭の主題歌を歌っていた佐良直美も出てた気がするんですけど?
ありがとうと記憶がダブってるのかな? そういう人は多いと思います(笑)。
ちょうど世界は二人のためにが大ヒットして、
一躍スターダムに乗って間もなくですよね。
あれは随分と単純な歌詞だったけど(笑)、
その単語の配列を覚えるのが一筋縄ではなく、
史上最も単純で覚えづらい歌詞として記録されるべきでしょう(笑)。
舞台となるおそば屋さんが、大正庵。やたら「あん」「あん」言ってるんで、
おそばと餡となんの関係があるのかなー?と不思議だったあの頃(苦笑)。
店員の岡本信人も忘れがたいキャラですね。
わりとドジめで、よくかあさんに叱られてた気がする。

この当時のTBSは正に黄金時代。民放の雄と言われておりましたです。
一週間すべての曜日のゴールデンタイムで、
視聴率20%を軽くはじき出す番組が並んでいました。
日:ウルトラセブン(26.1)パーマン(26.3)
月:ナショナル劇場(水戸黄門 等)
火:進めドリフターズ(23.2)三人家族(22.5)
水:TWWAプロレス中継(24.8)
木:肝っ玉かあさん(26.2)
金:ザ・ガードマン(35.4)
土:キイハンター(25.2)           ビデオリサーチ
TWWAプロレスは、意外にも初期は数字を稼いでいました。
プロレスは良質なコンテンツの一つで、だからこそ各局がこぞって
力道山の死に乗じて独自の団体設立に躍起になったわけですが。

この作品で京塚は、一気に日本のお母さんの代表女優に。
天国の父ちゃんこんにちはの森光子と、その座を分け合ってました。
ある紅白歌合戦で、この二人が森昌子を応援。
森光子が「森だから私の娘」、京塚が「昌子だから私の娘」
みたいなやりとりをした事がありましたっけ。
二大おふくろ女優共演も凄かったですが、
その二人の名を併せ持つ森昌子、あな怖ろしや(笑)。

番組提供は、ありがとうと同じく資生堂がやっていたと思います。
「東京銀座資生堂」とスポンサーコールしていた時代です。
銀座というのが東京の最先端の場所だったんですよ。
我が母と一緒に銀座に出かけた際に、よく「銀ぶら」という言葉を使ってました。
銀座をぶらぶら歩く。それだけでおしゃれな気分を満喫できた程だったのです。
だから資生堂としても、会社のイメージにも合っていたんですね、銀座。
その後一時、原宿がそんな感じの位置に変化しましたが。
この番組は3部まで作られて、第3部は90年代にTBSで再放送してました。
なのに、なぜかTBSチャンネルではなかなか放送しないですね?
第1部からの完全放送たのんます。有ればだけど。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
佐良直美
出てたような記憶があって、検索したら↓
http://www.qzc.co.jp/DRAMA/
出てますね。
「肝っ玉捕物帖」なる時代劇まで作られてて、びっくり。
幼児な私が主題歌を覚えてるってことは、それだけ視聴率が高い番組だったのでしょう。
山口崇って、ボンボンでやや気弱なキャラの役の印象が強いです。
これ然り、「熱中時代」の先生や「大岡越前」の将軍さまとか…(^_^;
2006/10/01(日) 19:33:43 | URL | 桃
佐良直美さん
も、愛人に裏切られる失態で去ってしまいましたが(苦笑)、
肝っ玉かあさんにも出てましたよね。
ウィキペディアさん始め、検索の最初の方のページで、
いずれも名前が漏れてたんで、記憶違い?と思ったんですが。

肝っ玉捕物帳ってあったなー。
すんごい記憶の忘却の彼方に行っちゃってて、
呼び戻すのが大変ですが(笑)。

山口崇さん、そういう感じでしたね。
芯が弱い感じの男で、かあさんと嫁の長山藍子の間で板挟みになったり(笑)。
本文でも書きましたが、当時は特に、役者でもイメージに縛られちゃいました。
80年代に入ってからその辺はわりと自由になってきますが、
代わりに肝心要の脚本や演出の質がどんどん低下してくるんですけど(苦笑)。
2006/10/01(日) 20:40:27 | URL | ごいんきょ
カレー南蛮、だいがわりで!!
ついに来ました「肝っ玉かあさん」!待ってました(涙)
さて書こうとすると何から書いてよいものやら、覚えてることがありすぎて…。
1.まず佐良直美、出てました。沢田雅美演じる娘の友人役で、結構いい家の娘さんで、保育園の児玉清にほれて結婚するんですよね。竹山典子(てんこ)って名前でした。
2.このドラマに限らず平岩・石井コンビって変な苗字や名前付けるんですよね。
母さん…大正五三子(たいしょういさこ)娘…三三子(みみこ)
って具合に。「ありがとう」でも「九(いちじく)、十(つなし)とか、明子(あきじ)、三三九(さんさく)とかありました。OPでもふりがながついてましたよね。
3.なんと言っても特筆すべきはあのシッカリ者のイメージが強い山岡久乃さんが、嫁の実家の母親役を演じていたことです。肝っ玉かあさんと対比させるつもりだったのでしょうけど、よく言えばおっとり、悪く言えば鈍間で愚図(放送禁止用語か、笑)な山の手夫人を演じておられました。口癖が立つときの「どっこいしょ」、私の中ではどっこいしょのおば様としてインプットされていたので、続いての「ありがとう」で見たときに同一の人物とは思えませんでした。前にも書きましたが
スローモーな音楽とともに印象的でした。
ま、こんなところでしょうかまだまだ書きたいけれど…、
ああ、カレー南蛮食べたい~(爆笑)
2006/10/03(火) 10:38:33 | URL | 田毎の月
だいがわりで!!
有りましたねえ「カレー南蛮、だいがわりで!!」(笑)。
いやあ、懐かしい(笑)。

そうだ、「てんこ」って言ってた。そうそう、沢田雅美の友人でした。
言われればほとんど思い出すんですが(苦笑)。

そうそう。このシリーズでの平岩さんは、ありえねーって名前つけてました。
あれはどういう意図があったんですかねえ? 単なるツカミ?

そうそう。久乃さんがちょっととぼけた感じでした。
そうそう。どっこいしょって言ってましたね。
今回は人のコメントをなぞってばっかりやな(苦笑)。

>まだまだ書きたいけれど…
ぜひ書いて下さいよ。言われればみんな思い出せます。
なそってばかりで申し訳ないんですが(笑)。
2006/10/03(火) 23:51:57 | URL | ごいんきょ
ゴルフ練習場さん、ざる1枚キツネ3丁
ごいんきょさんの要望(お許し?)も出ましたので第2段書きます。
①途中から配役の変更がありましたよね。嫁(長山)の実弟(松山英太郎)の妻・千津役が松尾嘉代さんから上村香子さんになりました。蕎麦職人・長吉(佐野浅夫)の妻・とみ役も長谷川裕見子さん(船越英二の妻、英一郎の母、つまり松居一代の姑)から乙羽信子さんへなったはずです。店員役も中原ひとみ、結城美栄子から小鹿ミキに変化しました。千津役の変更のところでは清田家メンバー(千秋実、山岡、松山)と上村さんが並んで、千秋さんが松尾から上村に変更しましたと挨拶したと思います。
②新年最初の放送ではテレビの前の視聴者に向かって、母さんととみさんが新年の挨拶をするシーンがありました。
③確か最終回だったと思いますが、肝っ玉母さんの影響で、綾,忍,良美の3人まで、フライパンをガンガン摺りこ木で叩いて、大正庵のみならず梅本医院や市丸保育園でも男性陣をやっつけていました。長山、香川京子、波乃久里子とイメージと懸け離れた女性たちまでが肝っ玉母さん化が最後には進んでました。
※ところで自分で書いといて何なんですが「だいがわり」って何?お解りになります?
2006/10/06(金) 15:34:26 | URL | 田毎の月
だいがわり
第三段、四段もお待ちしてますよ(笑)。
しかし、このドラマをここまでご記憶の人も少ないだろうなー。

1については、言われてもわからないです。
やっとなぞらないで済んだ。って喜んでる場合じゃないですな(苦笑)。
松山英太郎さんは覚えてますが、長山さんの弟とまでは…。
彼もホームドラマではよく見る顔でしたね。
そう言えば小鹿ミキも出てたなあ。
しかし、配役変更を劇中でわざわざ挨拶したんですか?
それは覚えてないです。なんか反則という気がします。

2は、有ったような無いような…
しかし、お荷物小荷物以前に脱ドラマしてますね。
TV史を書き換えないといけないんじゃないでしょうか。

3 よく覚えてるなあ(笑)。
でも、本文中でも少し書きましたけど、
このドラマの女性はみんな芯が強かったですよ。
きっと数十年後は、体型もかあさんみたくなってるでしょう。(爆)

だいがわりって、よく考えるとわからないんで、
こちらも聞こうと思ってたんですが(笑)。
たしか、言い換えの言葉じゃなかったですか。するめ→あたりめみたいな。
「並」と言うと失礼だから、「大の替わり」って事じゃなかったかなあ。
2006/10/06(金) 21:46:12 | URL | ごいんきょ
劇中の
配役変更ということで思い出したことがあります。
「ただいま11人」というドラマで、4女のスチュワーデス(当時)役の丘さとみさんが大空真弓さん(確か・・)に交代するときに11人全員ならんで、お父さん役の山村聡さんから「交代するのでよろしく」という挨拶がありました。昔のドラマは長く続くものが多かったので、そういうことにもなったのでしょうか・・
2006/10/06(金) 22:08:53 | URL | モデラート
ただいま11人
いやあ、モデラートさんはネットでは希少な番組情報を下さる。
ただいま11人もテレビ史に残るドラマですけど、
なにぶん古い作品で、ネットをやるような世代はあまり知らないんですよね。
ワタクシも観た事ないんですよ。作品も残ってなさそうだし。

当時はそういう配役変更の挨拶ってよく有ったのかなあ?
まあ、ドラマとは一線を画しての挨拶ならアリでしょうけど。
肝っ玉かあさんでの新年の挨拶って、そのままドラマと繋がってたんですかね。
もしそうなら脱ドラマ手法ですよねえ。
2006/10/07(土) 23:14:00 | URL | ごいんきょ
そば屋へ行くと
おそば屋さんの組合が、製作協力とかしてたんでしょう。
番組のポスターが貼ってあったことを思い出しました。
番組終了して、ずいぶんたっても、色あせた状態であったような…。
難読名字といえば、山岡 久乃、京塚 昌子、大空 真弓の「ちょっといい姉妹」という歯医者が舞台のドラマも確か、「京」という文字で“かなどめ”とかいう名字だったような。
2006/10/09(月) 20:18:50 | URL | 桃
ポスター
後番組のありがとうでは、カルピスのポスターが
部屋に貼られてるという話がありますが(笑)、
こちらは逆に、おそば屋さんに貼られてましたか。
それは覚えてないですけどねえ。
現存すれば凄いけど、お話の感じでは難しそうですね(笑)。

京でかなどめですか。なんでだろ。
九がいちじくなのは、一字九ですし、
十がつなしなのは、ひとつふたつという数え方をすると、
とおで初めて最後につがつかなくなるからで、
これらはみんな、最初の方でセリフによって説明されますよね。
2006/10/09(月) 21:31:49 | URL | ごいんきょ
京(かなどめ)の謎
「だいがわり」の謎、解いて頂いて有難うございました。食べ物屋の所謂「隠語」だったのですね。いやあウン十年ぶりにすっきりしました。
配役変更の挨拶ですが劇中ではなく次回予告の所でだったと思います。モデラートさんのご指摘どおり、「ただいま11人」も同じ石井ふく子Pの作品ですから同じことだったのでしょうね。新年の挨拶は脱ドラマというよりも、番組の冒頭で母さんがカメラに向かって新年の挨拶するという設定で、途中から加わったとみ共々「本年も相変わりませず」と頭を下げるという程度のことで、視聴者に「おめでとう」という程度のことだったのだと思います。言葉が足りず誤解を与えたかも知れません陳謝。
さて「京(かなどめ)」の謎ですが、
「いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむ うひのおくやまけふこへてあさきゆめみしゑゐもせす ん」で有名な仮名文字歌の最後の「ん」を「伊呂波歌留多」にする際に「ん」で始まる言葉は無いので「京の夢 大阪の夢」に代えた事から
「京」=仮名を留める→かなどめ
となつたのでは無かったかと思います。いずれにしても言葉遊びが好きですよねえ。
2006/10/10(火) 16:30:30 | URL | 田毎の月
石井ふく子P
だいがわりについては、食べ物屋さんの一般的な符丁じゃないと思いますよ。
このドラマだけの、平岩さんの造語じゃないんですか。わかりませんが。
とにかく、かあさんがそんなような説明セリフ言ってたと思います。
考えてみれば、説明セリフも多い作家だったなあ(笑)。

ただいま11人も石井Pでしたっけ。凄い実績ですよね。
本格的ホームドラマで、これだけ太く活躍した人もいないし、
これだけ長く活躍した人もいないし、
最高に太く、最高に長く活躍し続けているのは賞賛の言葉も見つかりません。
化け物ですよ。もちろん誉め言葉で(笑)。

新年の挨拶は、なんとなく思い出しました。
冒頭でやって、それからOPだったのかな。
そういう形なら旧来の範囲ですかね。

ちょっといい姉妹、観てましたね、おそらく。
かなどめって苗字も少し思い出しましたが、
由来は完全に忘れてましたので助かりました。
なるほど。京=ん=仮名止めなわけですね。
実際にある苗字なのかなあ?
特ダネ登場の珍名さんでは、そんな感じの名前の人たちも実際にいましたし。
2006/10/10(火) 21:59:09 | URL | ごいんきょ
汗っ玉かあさん
石井ふく子のものは、視聴率最高の「ありがとう」は、我が家では、全然観ておらず(裏番組は何だったのだろう)、語れないのですが、こちらは、少しは語れます。
これは、けっこう再放送もやっていたので観ておりました。ただ、なんとなく見ていたので、登場人物や筋は全く思い出せません。

京塚昌子さんが、蕎麦屋で忙しく働いているシーンに必ず流れていた音楽 ♪チャラッチャラー、ラチャラチャラチャラー というのが耳にこびりついています。

また、「下北沢に行って来るわ」とかいうセリフが良く出てきて、子供ながらに下北沢という地名を憶えました。
これが、何を意味するのか、ウェブを調べたところ、山口崇扮する長男の嫁、長山藍子の実家だったのですね。

TBSの看板番組だったので、必ず
ビデオは残っているでしょうから、TBSチャンネルで再見したいですね。

ちなみに私は、汗っ玉かあさんと呼んでいました。


2006/11/19(日) 03:19:27 | URL | ブロンソン
下北沢
ありがとうを全く見ていないという方も、
当ブログでは少数派でしょうかね、多分。
3期あるんで裏番組は多彩ですけど、最盛期の裏番組は。
近衛十四郎のいただき勘兵衛旅を行くとか、日米対抗ローラーゲームですね。
初期の木曜スペシャルなんかもあります。

この番組は、筋って言う筋は無いんですよね(笑)。
正にホームドラマで、日常を描いていただけと思います。
だからストーリー志向の人には物足りなかったかもしれないですね。

音楽、必ず流れていましたが、思い出せません。
下北沢って、言われればよく出てきたかも。
これはおそらく残ってるでしょうからTBSチャンネルには頑張って欲しいです。

汗っ玉ですか。ワタクシの特ジャイアンツみたいだな(笑)。
2006/11/19(日) 05:28:16 | URL | ごいんきょ
祝 !! 再放送
TBSチャンネルにて、来春1月より、第3シリーズ放送決定!!

紹介文によりますと、唯一残っているのは、この第3シリーズだけとのことです。
2006/12/01(金) 00:26:58 | URL | ブロンソン
目出度さも中くらいなり
そうですか。やっとCSでもやりますか。
しかし、第3シリーズしか残ってないとはなあ…
考えてみれば、七人の孫すら1話も残してないような局ですからね。
TBSと言えども、当時はそんなもんでしょう。
2006/12/01(金) 07:04:50 | URL | ごいんきょ
懐かしいホームドラマ
「肝っ玉かあさん」が全話残っていないのは以外でした。しかし、見られるだけでも楽しみですね。

「七人の孫」は残っていないのですか。残念ですね。これは、見ていました。森繁主演ですよね。若き日のいしだあゆみも出ていました。あと山村聡の「ただいま11人」というのもありましたね。かなり記憶の彼方にいっていますが、我が家では見てました。

「台風娘がやってきた」という高見エミリー主演のドラマもありました。志村喬のおじいさん、宍戸錠、桜町弘子夫婦の家にハーフの娘(関係は思い出せませんが、親戚だったと思います。)がやってくるという話ですが、非常に印象深いです。
「グーチョキパー」という子供が主役のドラマもありました。憶えているのは、主役の子供の友達が、王治貞といって、食堂の息子だったことです。これらは、ビデオのドラマだったと思いますから、まず残ってないでしょう。写真だけでも見てみたいですね。
2006/12/05(火) 03:46:04 | URL | ブロンソン
ほとんど残っておらず
そうですね。あゆみさん出てます。
ただいま11人と並んで、ドラマのTBSを飾った初期ホームドラマですが、
どちらも残っていないようです。
グーチョキパーは年代から言って残ってそうなんですが、
これまでまったく放送されてないですからねえ。
台風娘の方はきっと有るでしょうが、これもまだ放送はされてないですね。
2006/12/06(水) 07:18:55 | URL | ごいんきょ
面白かった
見ました。
最近の再放送というのは見ていないので、30数年ぶりの再見ですが、ものすごく懐かしいですね。例の蕎麦屋で流れる音楽も出てきましたし。しかし、のべつ流れてましたね。耳たこなわけです。
当然のことながら、皆若いのですが、特に長山藍子さん、松尾嘉代さん、山岡久乃さんら、女優陣がやっぱり、後のイメージが強いので特に若く見えますね。
山岡久乃さんの役、思い出しました。いつも、「どっこいしょ」と言うのが口癖のおっとりした奥さん役。面白いですね。
しかし、この頃のホームドラマは、どこか、予定調和的なところがあって、決して暗くならないところが、見ていてほっとさせられますね。
家族の暗い部分を描きだしたのは、山田太一あたりからかもしれませんが、昔のホーム・ドラマは、このようなライト・コメディ的な視聴者に不快な印象をなるべく押さえた作りのものが、多かったような気がします。久々にいいものを観た気がしました。
しかし、第1、第2シリーズが残っていないというのは、非常に残念です。日曜劇場など古いものがあるので必ずあると思ったのですが。
2007/01/23(火) 21:09:43 | URL | ブロンソン
やってますね
ワタクシもまだチェックはしてませんが、欠かさず録画はしています。
音楽はいつも定番だったですよね。
長山さんはクイズダービーの頃が可愛かったと思う(笑)。

昭和40年代までは、テレビには一種の見えざる制約が有りましたね。
たしかに表現の多様性という事から言えば50年代の方が面白いんですが、
あの時代の空気を知る者としては、今になると懐かしいです。

日曜劇場も全部残っているわけではないでしょうけどね。
この番組は第3部からテレパック制作だと思いますんで、
それで残されているんでしょうね。
2007/01/24(水) 00:29:20 | URL | ごいんきょ
おしらせ
こんにちは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
大空真弓さんが出ている昔の広告もとりあげています。
よかったら、寄ってみてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611
2007/01/30(火) 18:42:38 | URL | kemukemu
できれば
トラックバック送って下さると記事を探す手間が省けて助かります。
ところで大空さんって肝っ玉かあさんにも出てたんですか?
ありがとうには出ていたようですが。
2007/01/30(火) 22:21:49 | URL | ごいんきょ
石井寛(たしか当時は石井と書いたような気がします)が料理屋か旅館かなにかをやっていて、そこの屋号が「心」だったか「九十九」だったと思うのですが、ウィキペディアによると「丸平」。覚えている屋号は別のドラマの中だったのかもしれません。石井ふく子らしい屋号だと思ったのですが。
2008/02/13(水) 21:14:28 | URL | あぶもんもん
うんとね、このドラマ、最近第三部を見返してるんですけど、
石井さんは長山藍子さんの実父なんですね。
そして、とても含蓄の有るセリフを言うんですよ。
まあ、平岩さんが書いてるわけですが(笑)。

屋号ですが、元は丸平で、第3部になってまた新しいお店を始めるんです。
そのお店に佐野浅夫さん演じるチョーさん、大正庵のチーフみたいな人ですが、
を独立させてあげようとしてたんですけどね、最初は。
ところがチョーさんは、思い出深い大正庵から出たくないって、断っちゃうんですよ。
もう、見ながら、馬鹿だなチョーさんって(笑)。
かあさんも、なんでもっと強く独立を支持しないんだって、怒ってね(笑)。

そんなお店に、第2部で山口崇演じる一との仲を誤解された中原ひとみさん、
ハマさんって役ですけど、穴居っ久いろいろ有ってやっぱり店を出ることになって、
そのお店に引き取ってもらう事になるんです。


いやあ、いま現在ハマッて見てるもんで、つい余計な事まで(笑)。
2008/02/14(木) 01:29:04 | URL | ごいんきょ
丸平でしたか。記憶違いでした。私ももう一度見たいです。

>子供の頃、絶対に違う言葉に言い換えたでしょ? やったでしょ?(笑)

私らは「もーれつア太郎」の方でやってました。「見せてやりたい肝っ玉」の方で。

祖母も母も山岡久乃ぎらい・相良直美ぎらいだったのに毎回見てました。私は今でもそばを食べるたびに、番組中でテーマ音楽が流れる際の前奏の「ポコパコ、パポポパ」が頭の中をかけめぐります。
音羽信子の味噌汁の飲み方が好きでした。正式な作法からすると行儀悪いんでしょうが、お箸を右手に持ったままクルリと回してお椀を両手で持つという・・・森光子だったかな? どっちもやってたような気がします。仕事の合間に忙しくご飯をかっこむ感じが好きでした。それと他の女優さんもそうですが、口に入れるご飯がほんの少しなんですよね。私自身はやっぱり口一杯頬張る方が好きですが、見ていて美味しそうでした。
番組のラストって、たいがい何かビックリするニュースがあって、京塚昌子(のことが多かった)が目を丸くする顔のアップで終わっていたような気がします。私は顔マネが得意でした。
2008/02/18(月) 18:48:11 | URL | あぶもんもん
いや、ですから丸平からまた屋号が替わったんです。
記憶違いじゃないですよ。

以前のコメントでも書かれてますけど、長山さんの実母役、
久乃さんのキャラクターが秀逸なんですよね。
どっこいしょが口癖なんだけど、いつも夫婦喧嘩してて。
旦那に、「お前は自分の服は少しでも綻びると新しいの買うくせに、
俺の服はまだ使えるとか言うんだな」
と指摘された時に、都合が悪いんでその場を逃れるための「どっこいしょ」が、
いつもと違うトーンでエラく可笑しかったです。

佐良さんは第3部の出演で、かあさんの娘のミミコ(沢田雅美)の友人で、
児玉清さん演じる保育園御曹司に憧れてる役でした。

音羽信子さん、最高にタイプです(笑)。
第3部ではチョーさんとの金婚式をやるんですが。
味噌汁の飲み方は気付かなかったけど、そう言えば森光子さんやってたような。

そうそう。
ラストはそんな感じで終わるパターン多かったです(笑)。
番組冒頭は、前週のラストから始まって、テーマソングに入るんですね。
2008/02/19(火) 06:12:40 | URL | ごいんきょ
主題歌
「マリーの桜」に続いて連続のコメントです。
私もCSで視聴したのですが、以前ここで投稿したこと間違いありませんでした。我ながら記憶のよさにあきれ果てています。
さて、この番組の主題歌が佐良直美さんの顔入りであの動画サイト「YOUTUBE」で視聴することができます。「ありがとう」や「ありがとう4」のタイトルバックも視聴できますよ。
2008/05/14(水) 16:24:46 | URL | 田毎の月
あの頃はワタクシもほとんどわかりませんでしたが、
今は第3部みな見ましたので、ガンガンに話せますよ(笑)。
またいつでもコメントお待ちしてます。
2008/05/16(金) 07:06:40 | URL | ごいんきょ
資生堂
ごいんきょさんの記事にある通り、たしか提供は資生堂でしたよね。この番組の時に見た(と思う)CMで、いくつか心に残っているのがあります。(ありがとうの時だったかも)

最初のは出だしの歌詞を忘れたんですが、途中から・・・
 ひん~や~りと~ 風が笑う~ は~~だに~(肌に)
 (途中も忘れました。メロディーは頭にあるんですが)
 ああ~ 真夏~

水面から上を向いて顔だけ出している女性の映像だったと思います。もう一つは
 あ~かい~花が ゆ~れて~いま~す~
 指で触れると小さくふるえ~ 南風が吹~い~ている~
 振り返り~そっと~ (忘れました)
 あ~かい~花が ゆ~れて~いま~す~

こちらの映像はハッキリしませんが、メロディーは忘れられません。最後に、これは肝っ玉かあさんより古いかもしれませんが、ブラバスのCM。ブラインドから差し込む光みたいな中に男の横顔。じっと一方向を見続けている。かすかに軍楽隊みたいなメロディー。それがやんだ瞬間、男がキッと別の方向へ鋭い視線を向け、それに合わせてナレーション「ブラ・バス」。シンプルですが印象的でした。
2008/05/23(金) 23:29:35 | URL | あぶもんもん
他スレで話題になった資生堂宣伝史を入手しましたので、
そのうち資生堂CMをいろいろ特集しますね。
2008/05/24(土) 07:15:53 | URL | ごいんきょ
おみおつけ
 味噌汁を飲んでいて思い出しました。
 新克利と香川京子の夫婦が台所にいます。朝食の支度中のようです。機嫌の悪い新克利は文句ばかり。香川京子が「おみおつけの実は何にしますか」と訊くと
「大体おみおつけって言葉は無駄が多すぎるんだよ。『お』をつけ、『み』をつけ、また『お』をつけて」
 まだ何のかのと声を荒らげる新克利に香川京子が
「『つけ』どうしますか」
「『つけ』?? 何のツケだ」
「おみおつけ、無駄なんでしょ。だから『つけ』」
 当時はまだ「つけ」を払う年齢じゃなかったし「ツケが回ってきた」なんて言葉も知らなかったので、単純に言葉の遊びとして笑っていました。あ、でも「つけ」って何となくバーと関係がある言葉だ程度の理解はあったような気がします。
2009/07/17(金) 16:04:44 | URL | あぶもんもん
肝っ玉かあさんのテーマ
ホームドラマの主題歌ということで、気づかないと思いますが、佐良直美が歌う「肝っ玉かあさんのテーマ」は、メロディラインもアレンジも、当時流行のソフトロック風です。

さすがに歌詞の後半はドラマを意識してますが、当時は、こういうアレンジ(これが転じてボサノバ風にもなる)の曲がよくありました。
2012/09/12(水) 22:56:32 | URL | 10000k
● あぶさん
松村達雄さんも好きな役者だったなあ。
その梅本院長の娘が香川さんで、婿さんが新さんですね。
そのシーンもなんとなく覚えてるな。
ご飯の他に汁が付くという事が、どれほど有り難い事だったかというね。
御御御付けという言葉には、そんな食文化が隠されております。


● 10000kさん
たしかに、佐良さんの普段の歌とはかなり印象が違いましたね。
編曲者は誰なんだろう。いずみたくさんなのかな。
2012/09/15(土) 02:11:05 | URL | ごいんきょ
こんな番組に果敢に挑んで3ヶ月でNETに強制打ち切りを喰らった番組が
当時、NETは在阪枠となっていた訳ですが、その在阪局は(NETから観れば)何を思ったのか、それまでのスタジオドラマを辞め、吉本所属の若手落語家を集結させて笑いあり悩み相談アリのバラエティ番組をぶつけてきました。NETは呆れ果て「こんな(全国的(=関東)には)無名芸人ばかりのメンツでTBSなんかに勝てるか!」と放送枠そのものを
没収する形で強制的に打ち切りました。ところがその在阪局はあたかもNETの枠没収を待ち構えていたかの様(実際、その打ち切られた月に正式に東京12と業務提携を結びます。)に、この時間帯を東京12枠に変更し、一方NETに打ち切られた番組そのものはバラエティ色を強めた内容に変更の上で、日曜夕方に放送時間を変更、且つNETでは無く東京12の方の同時ネット番組として継続し、途中でのTBS
ネットへの変更を挟んで10年以上の長期番組となります。
そう「ヤングおー!おー!」です(笑)。
2012/11/25(日) 23:52:53 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
12チャンでやってたのは知ってますし、ほんの一部でも見た気がしますが、
本来のネット局であるNETでも放送していたとは知りませんでした。
まだまだ関西芸人が関東ではウザがられていた頃ですね。
今は、逆に露出過多でウザがられてますが(苦笑)。
2012/11/29(木) 22:17:23 | URL | ごいんきょ
脇の人が面白かったですね
けんちゃん(岡本信人さん)はいつもなんかいつもイヤホンでラジオ聴いてたな。あれ、ラジオですよね。
そうそう、上のほうでも出てましたけど、綾さんのお母さん、山岡さんがおっとりした奥さまで、いつも旦那さまに怒鳴られてた。
でも全然堪えてない(笑)。
そうそう、下北沢!
東京の地名とかよくわかんなかったけど、きっと高級住宅街なんだろうなぁ~って思ってた。
地名と言えば「おやじ太鼓」で、「高円寺のおばちゃん」(小夜福子さん)っていうフレーズで高円寺って言う地名を覚えたなぁ~。
高円寺のおばちゃんはいつもいきなり現われてうな重を食べてくんですよね(笑)。
大正庵ってお店より調理場が広々してました、ドラマだから仕方ないんだけど。
2012/11/30(金) 15:21:08 | URL | オリビア
ラジオ聞いてましたっけ。
それは覚えてないですねえ。
下北沢のお母さん、いい味してました(笑)。
そう言われればお店と調理場と同じくらいだったかな。
おそば屋さんじゃ、あまり無いかな。
ラーメン屋さんだと、調理場の広いお店も有りますけどね。
2012/12/02(日) 06:15:00 | URL | ごいんきょ
個人経営のお店
佐野浅夫さんと乙羽信子さんのそば職人夫婦が良かったですね。ケンカしながらも息が合っていて。職種は違いましたが近所の床屋さんに通いで勤めている理容師夫婦があんな感じでした。昭和の頃は個人経営のお店にも何人か従業員がいました。サザエさんの三河屋さんみたいに。今は価格競争や大型店等の影響で物が安く買えたり、どこへいっても画一的なサービスが受けられるようになった半面、個性が無くなり面白くありません。
2012/12/02(日) 21:05:01 | URL | とらお
こないだラジオでやってましたが、日本全国でお蕎麦屋さんが減っているそうです。
理由は忘れてしまいましたが。
ワタクシ、おそば大好きなので、非常に切実な問題です。
現実に、ワタクシの身の回りでも、馴染みの蕎麦屋さんが2つとも無くなってしまい、美味しい店まで遠くなりました。
なんであんなに安いのか?と疑問を抱くような半馬鹿やギュウ鈍なんて食べるより、
もっと、美味い蕎麦を食べましょうよと言いたいですね。

憎むべき新大店法。憎むべきアメハムを先頭としたグローバル勢力。
トイザらスが我が地に出来た時、全ての玩具屋さんが死滅した光景は忘れません。
しかし日本人の方も、あまりにも無為無策すぎるのです。
2012/12/07(金) 01:09:36 | URL | ごいんきょ
キツいセリフ
昨年10月よりBS12で「ありがとう1」から石井Pの作品が放映されて1年3ヶ月経ちましたが、この肝っ玉かあさんの京塚昌子は威勢が良くてサッパリしていて人情あり佐良直美の主題歌も最高ですね♪中でも山岡久乃が千秋実に「馬鹿者!」と罵られてキツくてなんかナヨナヨしすぎてないかと思います。

かつてTBSは平日昼2時にドラマの再放送してた頃は懐かしく、今はBS12で「ありがとう3」「女と味噌汁」と、石井作品の放映が続いておりBSで見れるのは嬉しい限りです。
2016/12/26(月) 08:34:25 | URL | TaMoKo
久乃さんのひょうひょうとした、おっちょこちょいな役というのも、他にはあまり無いかも。
現場ではけっこう厳しかったようですしね。

石井さんもご健在で、たまにあちこち出張って語ってくれています。
先日は情文ホールで『ありがとう』の集まりが有りましたが、次は『肝っ玉かあさん』でお願いしたく(笑)。
2016/12/31(土) 07:41:47 | URL | ごいんきょ
京塚昌子
京塚さんが出演した石井ふく子プロデュース作品の初めは、KR(TBS)で昭和33年9月7日放送の「橋づくし」という単発ドラマ
ですが、これが翌年からの「カミさんと私」シリーズから「肝っ玉」までつながっていくのでしょう。まず、この映像は残って
いないでしょうから、恐らく、京塚昌子の現存する最古のテレビ出演映像は、同年7月26日にNHKで放映された舞台劇「太夫さん」
(北條秀司作、劇団新派ユニット出演)だと思います。彼女の舞台の出世作で、幕切れ近くにオイラン(太夫)道中のしんがりで
喜美太夫としてのっしのっしと登場し、幇間役の伊志井寛に「歩く姿は土俵入り」と悪洒落をかまされるのですが、衣装を入れると
200㎏にはなるかと(笑)。

ところで、「肝っ玉かあさん」からは直接外れるネタなので申し訳ないのですが。「太夫さん」も含めてテレビの初期には
「舞台劇」と称し、劇場中継ではなく、劇団の大道具がスタジオに通常の生放送ドラマよりさらに大がかりなセットをこしらえ、
役者は場が切れるたびに隣のセットに早足で移動するシステムのものがかなり多かったようです。劇場と違って、20分も30分も
幕間など作っていられませんので。そこで素朴な疑問がいつも湧くのですが、短時間のドラマなどとは比較にならないほど多数の
役者が登場し、衣装替えも大変な舞台劇が、果たして生撮りでできたのかどか。それを思うと、この種のものはあらかじめ時間を
かけてフィルム撮りしたとしか思えないのですが。どなたかお詳しい方はおられませんかねえ。
2017/02/10(金) 08:32:00 | URL | 権兵衛
石井ふく子さん演出デビュー作の東芝日曜劇場『橋づくし』に関しては、
流石に石井さんの記憶も残っているようで、様々な所で語っています。
伊志井寛さんの娘という事で、新派が大きな後ろ盾となったんですね。
『太夫さん』というのは映画にもなってるんですね。

VTRが無い時代というのは、嫌でも生でドラマでもなんでもやるしか無かったわけで、
着替えも何も、その場でやったわけです。

拙作別ブログの『昭和テレビ探偵団』で、
ピッカピカの一年生CMで知られる阿部正吉さんに語って戴いた話で、
文学座の杉村春子さんが生ドラマを教育テレビでやられた時のお話がございます。
参考になるのではないでしょうか。

http://showatv.blog.jp/archives/7938244.html
2017/02/19(日) 12:08:01 | URL | ごいんきょ
Re.
ご教示ありがとうございました。
2017/02/19(日) 13:13:36 | URL | 権兵衛
新参者からのご挨拶
拝啓 よろしくお願いいたします。
「肝っ玉母さん」初めて観たのはおそらく自分が小学高学年の頃でしたね。まず記憶に残るのが「いずみたくさんの主題歌」でした。実は今回、この件で知っている事をお話いたします。ごいんきょ様や皆様は「肝っ玉母さん」には二つのバージョン(アレンジ違い)が存在していたのをご存知でしたか?実は「レコード化 ソフト化」されているバージョンの前に「多少テンポが遅く、オーケストレーションも野暮ったく、相良直美さんの歌い方も全然違う」と言うバージョンが確かに存在していました。今から数十年前に「テレパックの担当者F氏」にしつこく取材し書面回答もらった事で解った事は「最初のシリーズはTBSが局制作していた版」で、その後にテレパックが下請け制作していた事が解りました。なおテレパックの作品は「新旧ほとんど残されている」と。当然ビデオテープですが、2インチも在り現在再生できる環境が極めて少ないので世に出るか否か?と。実はかなり以前、相良直美さんのご自宅兼事務所にお問い合わせし、この主題歌をコピーしていただいた事がありますが、その際「最も初期のシリーズの映像」についてお尋ねした際「それならばうちの蔵の中にあると思う」とお母様からの回答で、でも引っ張り出すのは相当大変と。これは大変な情報です。初めて此処に明かす内容です。ただその後相良直美さんには色々あり、現在の蔵の中のテープがどうなっているか?までは追いきれません。残念です。では此処で「テーマ曲のアレンジ相違」ですが、「旧バージョン最も初期のアレンジ」は、テンポがもう少しゆっくりで、フルートやバイブが入って無くて、その代わりにアコーディオンとティンパニーが入っています。また相良直美さんの歌い方も「頼りにしてるよーっ ねっ」この「ねっ」の部分が音程を取っておらずに叫んでいる事。更に「へーいへいへいテンプラ一丁」この部分はレコード化されている新バージョンでは「テンプラ一丁っ」とメロディ取らずに叫んでいるのに対して旧バージョンでは「ソーソラシーソー」とメロディを取っている事。また一番大きいのは最後のエンディングの所で「新バージョンはリタルダンドしない」が「旧バージョンではかなりリタルダンドした上ティンパニーまで入って重く終わる」のです。おそらくこのバージョンを持っているのは極少数の人たちだけでしょうね。まず普通の人は知らないのではと? やはりどうもTBS版は残っていない様ですが、いやいや探せばきっと見つかりますよ。皆様、直美さんを応援しましょうね。是非これを見ていて欲しいなぁ。直美さんっコメントお待ちしておりますよ。敬具
2017/03/28(火) 21:34:13 | URL | よしたかくん
TBSが擦った揉んだ有って制作を外注体制にするのに合わせ、石井ふく子さんがテレパックで制作したのが第三部ですね。
これは平成になってからも度々放送されています。
問題は、テレパックになる前の、石井さんがTBSで制作したモノクロ版ですが、
これは局には全く残っていないようです。
あの時代に家庭でビデオ録りしていたというのは、ちょっと考えづらいところではあります。
昭和45年くらいになると、お金持ちの家ではそういう家もチラホラ出てくる感じですが、
昭和40年代前半の家庭録りビデオ映像って、まず見ないです。
第三部を勘違いされてるのではと思うのですが、勿論、奇跡を願いたいものです。

言われてみれば、初期の音楽は少し感じが違っていた気も。
音楽は残っているのですか。

佐良さんも、最近は少しずつ活動を再開されているようですが、
ぜひ歌も再開されて欲しいとこですね。
2017/03/31(金) 05:22:26 | URL | ごいんきょ
ごいんきょ様へ コメント感謝を
拝啓 コメント有難うございました。この当時の家庭用ビデオデッキの普及状況ですが、意外にも富裕層や芸能関係者以外でも使用していた例が見られるのは驚きました。また芸能関係者では「統一1型のオープンリールデッキ」がかなり使われていた事が改めて確認されますが、当時の相良直美さんのお母様へのインタビューですと「レコード化 ソフト化されていない別バージョンの主題歌を使っていた映像」との質問に、「それならば何某」とお答えなされたと。察するに家庭用のカセットUマティックが発売されたのが1971年。やはり記録されていたと思われるのは統一1型のオープンリールと思われます。しかしこれがまた難物で、おそらく無事では無いと思われ、それ以後何か別のフォーマットにコピー、ダビングされていれば良いのですが、、、、此処までのリサーチは、、、、しかし賢明な方ならば、ご自分の若かりし頃に出られた番組を、そうそう簡単に処分等出来ないと思われるのです。後は祈るしかないでしょう。敬具
2017/03/31(金) 12:24:56 | URL | よしたかくん
オープンリール型にしても、昭和40年代前半の映像は、まずなかなか見ないんですよね。
大体は上書きして使っていたんでしょう、テープ代もべらぼうだったでしょうし。
問題は、佐良さんがなんとか見つけたとしても、
NHKの番組でないものは、復活させてくれる所が無いんですよね。
本当にテレビの連中は、映画の人々とは比べようもなく意識が低すぎて。

NHKで民放の番組でもなんでも集めればいいと思うんですけどね。
国からの予算だって、きっと多くの大衆は認めると思うんですよ。
2017/04/16(日) 09:39:41 | URL | ごいんきょ
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