私的 昭和テレビ大全集
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欽ちゃんのドンとやってみよう! (1975)

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欽ちゃんの、ドーンと… なんだっけ?
あ。欽ちゃんの、ドーンとやろう!
え? あ。ドーンとやってみろ。みよう。
これでいいの?
欽ちゃんの、ドーンとやってみよう。
大丈夫?  ハハハ(笑)

パッパララ ラッパッパ パーパーパー
レコード、大作戦!
パーパララ パーパーパー



てな感じでスタートしたのが、萩本欽一ソロお笑い路線の嚆矢、
この欽ちゃんのドンとやってみよう!でありました。
ごくごく普通のおっさん、おばちゃんにマイクを持たせ、
欽ちゃんのドンとやってみよう!とコールさせる。
たったこれだけのことが、素人のおっちゃん連中はできない(笑)。
これはCM入り直前のアイキャッチ代わりにも有ったコーナーでした。
当初は、股旅姿の欽ちゃんが擦れ違いざま相手を斬り、
素人さんが斬られた真似をするというパターンもありました。
そう。この番組は、スター誕生やオールスター家族対抗歌合戦、
そしてラジオなどで得た着想とノウハウをテレビで展開した、
萩本欽一開拓による初の素人主役のお笑い番組だったのです。

ラジオと書きましたが、実はこのラジオから先に触れなければいけません。
欽ドンは、ラジオ版が先でした。
欽ちゃんのドンといってみよう!という番組が日本放送夜9時頃からあって、
1972年に始まったといいますから、ワタクシは最初期から聞いております。
もっとも、その前段階の番組があったという情報が、
スター誕生のコメント欄に寄せられていますので、そちらもご覧下さい。
最初期からレコード大作戦やドジシリーズがあって、
本当に面白いのはごくたまにしかないんだけど(笑)、
我々の手で作るお笑い番組という雰囲気で、若者達にアピールしました。
1975年からは、高島秀武の大入りダイヤルまだ宵の口という、
夕方6時頃から深夜12時頃まで延々やった番組ができて、
ワタクシはこの当時は本当にノメり込みましたね。

ハァ よいよいよいとこりゃ宵の口
ハアー 夏は祭りでこんばんは(ハレホレハレホレハレホレホ)
アーミールックの二人連れ 手と手がそっと触れ合って
二つの影が重なって 花がパッと咲く
嗚呼ハレホレ まだ宵の口~(アまだ宵の口)

これは夏編のオープニング歌詞ですが、季節によって歌詞が替わりました。
「皆さんこんばんは、高島秀武です」
と、2番からのカラオケに乗って挨拶から軽いおしゃべりをして、
音楽終わり頃に、「ニッポン放送、高島秀武の、大入りダイヤル、
まだ、宵の口~。行ってみよう」てな感じで始まってました。
彼の名前はこのパーソナリティーを務めている途中で高島ヒゲタケに。
別にヒゲが生えてるワケでもなかったんですけどね。
ウソです。そんなわけないですわな(笑)。チョビ髭はやしてたんです。
最初のコーナーはクイズで、一定時間内に10問出して、
最後テープ・ルーレットで出た声によって賞金が貰えました。
テープスタートを回答者が自分で指定し、テープがキュルキュルと早回し、
ストップと指定した所でテープを止めると、
「イーチ」または「ナーナ」と、回転を速めたような声で読み上げられ、
イチはそのまま、正解数×千円、ナナだと倍掛けだと思いました。
ドカーンと爆発音がすると全てパーだったかな。
なんか、鶴光のオールナイトとごっちゃになってる部分があるかも(苦笑)。
クイズの後はしばらくつまらないコーナーが続き、
9時半頃からいよいよお楽しみの欽ドン!
パッパパーパー パーパーパーパパー パーパパー
パーパパーパパー パーパパー パーパーパパーパー
という女声スキャットがOP・EDテーマで、今でも脳裏にこびり付いてます。
初代アシスタントは土田早苗だったかな。早苗ちゃん。
♪ 集英社~の雑誌です というジングルで始まる集英社のCMの数々。
ロードショ~♪ とか、プレイボーイとかのCMが多かったですね。
ジャンプは、少なくとも初期はやってなかったはずです。
対象が露骨に学生だったんでしょうね。学生でもジャンプ読みそうだけど(笑)。
この番組で葉書を読まれる常連達の名が神々しかったなあ(笑)。
日によってテーマが違ってて、月曜レコード大作戦、金曜ドジだったかな。
毎日の番組最後は、先のテーマソングに乗って、欽ちゃんが延々と
ボツ葉書の投稿者名を読み続けるというエンディングでした。
「さようなら~」と欽ちゃんが言って、しばらくCMを挟むと、
次の番組は、日立ミュージック・イン・ハイフォニック。
なんともセンスの良いオープニングテーマが記憶に残ります。
こうして大入りダイヤルまだ宵の口は、
コッキーポップが始まる日付変更時まで続いていくのでした。
(終わり)







おいおい。まだなーんにもテレビの欽ドン書いて無いがな!(苦笑)
あまりに大好きだったんで、つい大入りダイヤルを丸ごと解説しちゃったよ。
まあ、そんな感じでラジオで非常に人気が高かった欽ドン。
これがテレビでもやるという事になったんですから、
リスナー達はこぞって貪りつきました。
裏番組は、仇敵・8時だョ!全員集合。
コント55号の世界は笑うを打ち切りにしてくれた、
チョットだけよと言いながら視聴率40%を弾きだして無人の野を行く怪物。
相手が相手なので万全を期したか、7時半からスタートと、
先にチャンネル奪っちゃおう作戦まで導入した甲斐もあって、
この番組の出だしは好調だったと思います。
冒頭は、先ほどチラッと書いたけど、レコード大作戦。
萩本欽一の右隣には正式デビュー前の香坂みゆきが、
13歳のとても可愛い笑顔で座っておりました。
左側には箱が3つ。バカウケ、ややウケ、ドッチラケで、
会場の笑いの量によって、読み上げた葉書をその箱に入れる。
ドッチラケの時は本当にポイッて感じでした(笑)。

第2コーナーは母と子の会話だったかな。
♪ みんな みてくれ 母ちゃんの~ コーントーだぁよ~~
というジングルで始まり、女着物の母親姿の萩本が踊る出だし。
子供役はその日のゲストで、山口百恵なんかもやってましたかね。
「かあちゃん、かあちゃん。どうしてウチにはとうちゃんがいないの?」
「馬鹿だねえ、この子は。………」
って感じですね。………の部分はちょっと考えつかなかった(苦笑)。
いいネタ思いついた方はぜひ書き込んで下さい(笑)。
後にこれは夫婦の会話コーナーに替わったと思います。
それとも第3コーナーだったかな。
♪ ネエあなた 愛しているわよ 夫婦の会話です
っていう女声ジングルに乗って今度は男着物姿の萩本が踊るオープニング。
「ねえアナタ。隣の旦那さんが言い寄ってくるのよ、どうしましょう」
「馬鹿だなあ、オマエ。………」
という感じです。………は、本当はオチにならないといけません(笑)。
これらコント仕立てのコーナーでは箱が無いので、
セット床に適当にバカウケなどの位置を決めて、萩本が並べてました。
夫婦の会話で忘れられないのが、中村メイコが妻をやった時。
最後の葉書の時に萩本と神津善行が入れ替わり、
中村が「ねえアナタ」と障子を開けると、神津が振り向くというネタ。
中村メイコの本当の夫ですからね、神津善行。
これは会場もワタクシも大爆笑だったのですが、中村は本気で呆れてました。
萩本も神津も一生懸命笑って誤魔化すんだけど、中村はとうとう一度も笑わず、
「怖ろしい番組ね~」とまったく冗談を受け付けない反応。
観ているこちらは白けてしまいましたが、
その後、萩本と中村の関係はどうなったんでしょう。
けっこう気になってるんですが(笑)。

当初のメイン企画みたいだったのが、クールファイブ前川清とのコント。
二郎さんに遠慮してと、コント54号という名前でスタートした二人のコントは、
前川のボケぶりを萩本が上手く使い、まあまあ面白かったです。
水戸黄門ネタ覚えてますね。
萩本が黄門で、前川が助さん格さんの二役。
右向いて「助さんや」 右に回って「ハイ」
左向いて「格さんや」 左に回って「ハイ」
「どうして声が同じなの」
右向いて「助さんや」 右に回って高い声で「ハイ」
左むいて「格さんや」 左に回って低い声で「ハイ」
「助助格さん助格さん」
左右行ったり来たり声の高低替えたりでてんてこ舞い。
そんなネタでしたが、基本的に55号の頃のネタと変わってませんね(笑)。
でも、前川の反応が目新しかったからしばらくはウケました。

だからクールファイブはレギュラーで毎週出ており、
そのうちに歌紹介の時に萩本がメンバー全員をいじりだして、
小林さんとか、ミラーマンの宮本さんとかも認知されだしました。
他にもちろんゲストも歌うのですが、これで忘れられないのが松崎しげる。
かの愛のメモリーを声高らかに熱唱。
拍手で迎えたのは萩本欽一だけではなく、老夫婦も一緒にいました。
「この人達、松崎くんのファンなんだって」 紹介する萩本。
手を差し出す老夫婦。
この時、松崎は熱唱し終わったばかりで頭の回転も疎かだったんでしょう。
でも何か気の利いた言葉をファンだという老夫婦にかけなければいけない。
次の瞬間、彼は差し出された手にしっかりと握手しながら、こう言いました。
「ご冥福に」
いや、わかる。わかるよ、松崎くん。「お幸せな余生をお過ごし下さい」
という意味の言葉を言いたかったんだよな。咄嗟だから間違ったんだよな。
でも、シャレにならねーぜ(笑)。
ワタクシはすぐに父親に報告。彼も「ご冥福にって…」と失笑してました。

出だしこそ快調だったこの番組も、所詮は素人の葉書とアドリブ頼りでは
早晩マンネリになるのは目に見えており、萩本はたしか一回、休止を宣言。
再開後は、募集した素人たちによる欽ちゃん劇団をメインに持ってきました。
東北の旅館の娘で、りんごほっぺと訛りが印象的な、気仙沼ちゃん。
見かけは気仙沼ちゃんに近いふっくら系のブサイ子キャラ、小柳さん。
なんかがスター的な存在でした。
小柳みゆきは後に、月曜に移って大幅リニューアルとなった
欽ドン!良い子 悪い子 普通の子 の中の新コーナー、
良いOL 悪いOL 普通のOLで、悪いOL役にてカムバック。
この3OLは よせなべトリオとしてヒット曲も産み、
ザ・ベストテンほか各音楽番組にも出ましたが、
これらについてはまた、その番組を語る時に詳しくやりましょう。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
出世頭は
アシスタントの彦坂みゆき(香坂みゆき)とか…
松居直美か?
ギバちゃん?
…などと思ってたんですが、他にもいました。
が、落語に造詣の深い知人から聞いてびっくり。
つーか、後期の頃で全く見てないんですが、悪い下宿人の役で出てた小原正也というヒト、今はかなりの売れっ子の落語家の柳家喬太郎になってます。
2006/10/19(木) 21:25:52 | URL | 桃
欽ちゃんファミリー
も、かなりの数いますね。
香坂みゆきを欽ちゃんファミリーと言うべきかは微妙ですが。
本人はハッキリと嫌だろうけど(笑)。

良い子悪い子普通の子は別番組として、
またの機会に扱おうと思ってたんですが、
考えてみればほとんど同じですよね。
小原さんの話は知りませんでした。
小柳さんはどうしてるんだろう。
2006/10/19(木) 22:32:44 | URL | ごいんきょ
『欽ドン』を知らないと言われては‥‥
 こちらにもやってまいりました。しかし、主だったところは全て書かれてしまっていますネ。

 「母と子の会話」はちゃぶ台(またはコタツ?)で、「夫婦の会話」はテーブルに椅子のセットでしたネ。「母と子~」のテーマ曲(「女のみち」の「♪二度としないわ 恋なんて」に似たメロディでしたよネ?)は覚えているのに、「夫婦~」の方は記憶に無い‥‥^^;

 神津さんが出演していた時は私も見ていましたヨ。視聴者からの投稿ネタではなく、珍しくハプニングを仕掛けたネタでしたネ。この番組ではこういう趣向は異質だと感じました。

 「ああ勘違い」のコーナーは、TVの『やってみよう』ではどこか地方の街頭ロケで、その場にいた野次馬のような一般のお父さん・お母さんの反応によって「バカウケ・ヤヤウケ」なんかを判定していましたネ。

 『欽ドン』でクールファイブに親しみを持ち、大好きになりました。バンド演奏をしている時の宮本さん(ピアノ)や小林さん(ギター)はかっこいいですヨ~。
2006/10/22(日) 22:55:06 | URL | 自由人大佐
パワー…(苦笑)
はい。主立ったところ以上まで書きましたよ(苦笑)。
いま読み返しても凄いパワー使ったなと。
あまりにパワーが迸ってて、自分で読み返してても疲れる(笑)。
こういうのは珍しいんですけどね。
大体は、何度読み返しても、コイツは本当におもしれえなあと思うんですが(笑)。

母と子の会話、たしかに似てますね!
しかし、夫婦の会話のテーマ覚えてませんか?
毎週流してたんですけどねえ。ノリも良かったし。

神津さんのは、ああいう投稿だったんでしょう?
あれもちゃんと葉書を紹介してましたからね。

あ。ああ勘違いもラジオの最初から有ったコーナーですね。
テレビではそうそう、そんな感じでした。
やはり完全に網羅するのはなかなか難しい(笑)。

クールファイブのメンバーが演奏できるとは知りませんでしたね。
じゃあ、あの形態だけで売ったのは勿体ないですね。
前川清だけ目立たせる戦略だったのかな。
2006/10/22(日) 23:43:27 | URL | ごいんきょ
コント54号
と萩本前川コンビは名乗っていたっけかな

恐らくコント55号への拘りからそれには満たないものとしてのネーミングであろうがその55号もそれに到るまでの間色々な名で出ていて今の王監督の年間最多の55号本塁打に肖り名づけてブレイクしたそうだがそれがなければ失礼ながらどうなり得たのやら

後この番組で思い出すのはやはり気仙沼ちゃんかも

ps土曜なら夕方のテレ朝とメーテレ系の一連のロボ物といいたいところなれど夕方はあまり見ておられないとの事なのでここはトリトンかライオン丸とリクエストしておこうかな
2006/10/23(月) 22:00:48 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
ふいに思い出しました
「欽ドン」が何かで少し休んでた時だかに、「がんばれピンチヒッターショー」とかいうのをやってませんでしたっけ?
ヒゲ辻さんという元野球選手の人が、出てたような。
2006/10/23(月) 22:35:24 | URL | 桃
ヒゲ辻さん
● ガッツさん
>コント54号と萩本前川コンビは名乗っていたっけかな
そうですね。

>恐らくコント55号への拘りからそれには満たないものとしてのネーミングであろうが
そうですね(苦笑)。

55号は、やはり時代を読むのが上手かったですよ。
テレビの特性をよく見切っていて、
テレビ時代のスターとして成功したのは、偶然ではなくて計算です。
もちろん計算通りに行かない場合も多いでしょうが、
あの時期の彼らはハマッたんですね。
欽ちゃんも当時はアイドル的人気があったし。

気仙沼ちゃんは、りんごほっぺと東北訛りがかわいかったですねえ。
その後、旅館に嫁いだんだか婿を取って家を継いだんだか、
女将さん姿の気仙沼ちゃんを、欽ちゃんの何かの番組で観ました。

ああ、土曜日というとガンダムとかも有るんでしたっけ。
あの辺も今更だからなあ(笑)。
ライオン丸ですか。あれも今更と言えば今更だけど、頭に入れておきます。
トリトンは既述でっせ。

● 桃さん
ありましたねえ、ピンチヒッターショー。
あれはあんまり観てなかったかな。
それほど面白くなかったような(笑)。

ヒゲ辻さん!いましたね!
たしか欽ドン!の中で野球やってましたよね?
その中で元プロ選手が二人くらいいて、一人が元阪神の辻さんでした。
ヒゲ辻さんと親しまれて人気が出て、そこからの流れですね。
2006/10/24(火) 00:10:48 | URL | ごいんきょ
ダンプ辻は西濃運輸
東映の尾崎、高橋善正、あとどんな選手が出ましたっけ
2006/12/09(土) 16:21:02 | URL | 大橋美歩
東映多し?
そうか、尾崎行雄さんとか善正さん出てましたっけ。
あとはなんと言っても土橋正幸さんですね。
キョーレツなキャラですが(笑)、この頃は多少は控えめでした(笑)。
後のプロ野球ニュースでの、とんねるずとのやり取りは可笑しかった。
2006/12/09(土) 18:56:00 | URL | ごいんきょ
欽ドン
テレビの欽ドンよりラジオが懐かしいですね。
ロードショーのCMでの
「お元気ですか?小森和子です。ロードショー○月号は…」
っての聞いて、次の日本屋で立ち読みしたものです。
2007/01/14(日) 23:11:37 | URL | ノリダー
ロードショ~♪
実はラジオ欽ドンのエンディング録音してありますので、
いずれは流す計画が有ります。
ただ、装置を揃えるのがけっこう億劫なんですよね(苦笑)。

そうそう、ロードショーのCMは小森和子さんで、
ちょうど森永小枝のCMもやっていた頃だと思います。
2007/01/15(月) 00:53:32 | URL | ごいんきょ
ラジオ欽ドン
私も聞いておりました。エンディングだけでもいいです、ぜひ聞かせてください!

当時、ラジオ欽ドンで一般発売しない本を買ったんですが、今持っていればお宝ですよねえ。たしか捨てました(涙)。

小森のおばちゃまには1979年だったかな?某映画のキャンペーン会場でお会いしました。可愛らしい方でした。
2007/01/15(月) 01:06:45 | URL | ダイアナ・シールズ
涙チョチョ切れますよ(笑)
あのエンディングは、毎日聞いていたリスナーには堪らないと思います。
ワタクシも早いとこデジタルで保存しておきたいんですけどね。
いろいろ面倒なんですが、そろそろ腰あげますか(苦笑)。

一般発売してなかった本は、後に一般発売したんですよ(笑)。
ワタクシはそれはもちろん買って、今も手元に有ります。
本当はヤフオクで売りたいんですが、あまり値が付きそうもないんです(苦笑)。
2007/01/15(月) 01:14:33 | URL | ごいんきょ
むかし西濃運輸に勤めてたかじかです。
 「集英社の雑誌です~」というと、私はズームインしか知らないですね。プロ野球の喧騒から「朝のポエム」で離れ、まったりしたところでこのCMですから(朝のポエム自体は花王の提供でしたが)、スッと入ってくる小憎たらしいCMでした。ちなみに「朝のポエム」はその後、放送番組配給センターから「詩の樹」として配信され、MXテレビなど各局で流れています。
 コッキーポップは全国ネットでしたね。「日立ミュージック~」は後の日立FAN FUN TODAYなんでしょうか。
 「ドンとやってみよう!」は、番組の存在は知ってたものの、「良い子~」時代しか見たことないですね。個人的には同じフジテレビの「欽ちゃんの9時テレビ」のほうが印象に残ってます(誰か「羊が丘」ネタ覚えてますか?)。
2007/01/15(月) 10:09:22 | URL | かじか
ああカン違い
に何回か葉書を出しました(笑)
勿論ボツでしたが、ボツ葉書の名前に期待して聴いていました、がそれもボツ・・・
エンディングの音楽、全く思い出せないので、聴くことが出来る日を楽しみにしています!
2007/01/15(月) 15:46:11 | URL | モデラート
集英社の雑誌ですラヴ 
ガアーッツ!とか、はなとゆめ~♪というのもありましたね。ラジオ版。
2007/01/15(月) 23:56:03 | URL | (ハンドル未記入)
ああ入れ違い
● かじかさん
ズームインはあまり見てなかったのですが、
そう言えば集英社のCMやってたかな。
ラジオでは他に、創刊当初の花とゆめのCMよくやってました。
花とゆめ~♪

日立ミュージック・イン・ハイフォニックは、
上品で流麗なテーマソングとナレーションで始まり、
「今日は、~の作品をお届けします」とか、日毎に特集された
古今東西の音楽を流す番組でした。

9時テレビ、ワタクシは見てなかったです。


● モデラートさん
うーん…
ワタクシの中のモデラートさん像はかなりの偏見だったんですね。
なんかこう、深窓のお嬢様、お上品な令嬢という印象でしたが、
うわさのチャンネルを見ていたり(笑)、
挙げ句の果てにはこの番組に投稿って…(苦笑)。
いや、ワタクシも勿論、投稿した事ありますけどね(笑)。
小学生だったし見事にボツでした。
鶴光はじめオールナイトニッポンでは採用された事もありますけど。

ダイアナさんとかモデラートさんとか、非常にお世話になった方々に言われると、
やらないわけにはいかないよなあ(苦笑)。
ただ、エンディングはボツ葉書投稿者名を延々と読んでいくんですけど、
素人さんの実名オン・パレードなんで、
考えてみたらちょっとWebベースでは難しいですね。
まあ、何よりまずは再生してみないと(笑)。


● 未記入さん
そうそう、ワタクシも今書いてたとこ(笑)。
ガーッツ!も有りましたね。
2007/01/16(火) 00:07:49 | URL | ごいんきょ
敬称略
一般からのはがき投稿に対し、投稿者の名前を例えば「東京都港区、山田太郎の作品」と「さん」付けで呼ばない最初が確かこの番組だったように記憶しています。
これはつまり、投稿者も番組を支えるスタッフ、つまり欽ちゃんにとっては「身内」のようなものだから、ということだったのでしょう。
2007/04/24(火) 18:23:16 | URL | うみがめ
カツタのバカ
うん、たしかに親しみを込めての敬称略なんでしょうが、
そういうのって深夜放送が脚光を浴び始めた頃から有ったんじゃないかな?
土居まさるさんとか、聴取者をお前呼ばわりだったような。

この番組でのおそらく最初のスター投稿者?は、
自らをカツタのバカと名乗ったカツタさんでした。
バカ呼ばわりできるようになれば、たしかに身内も同然でしょう(笑)。


で、ラジオ欽ドンのエンディング、音質は悪いけど再生できました。
既にダイアナさんにもモデラートさんにも個別には伝えてますけど、
そう遠くない将来、資料版の方で認証制にてアップします。
ただ、思ったよりも短くて、本当に最後の部分しか録音してませんでした。
大入りダイヤルまだ宵の口のオープニングは丸ごと見つかったんで、
こちらの方もアップする予定です。
2007/04/24(火) 19:49:43 | URL | ごいんきょ
とっておけば・・
当時まだニッポン放送が1242だとかわからず9時45分ころになるとはじまる面白い番組があると聞いていました。叔父が集英社に勤めていた関係で本をもらったのですがそんな貴重なものだったとは。
とっておけば良かったです・・・
その後テレビで香坂みゆきさんがマスコットで特番ではじまったような気がします。
「大入りダイヤルまだ宵の口」懐かしいです♪私が聞いていたころは「夜のドラマハウス」の夏休みの怖い話がとても怖かった記憶があります。あとは「ルネの魔法の世界」を聞いては占いにどきどきしていました。24時からは「あおい君と佐藤君」など本当毎日聞いていました。
今思うと8時過ぎは部屋で寝るまでニッポン放送を聴いていたような気がします。

2007/04/24(火) 20:57:09 | URL | もも
1240~ 日本放送~♪
という局CMのジングルが言う通り、当時の日本放送はダイヤル1240だったのです。
局名表記も漢字だったですね、たしか。
で、周波数が替わってからは、「ラジオはダイヤル1242。ニッポン放送」
という、歌でないナレーションでのジングルに替わりました。

テレビで始まったのは特番というわけではなく、毎週90分だったのです。
ドリフに勝つ為に、開始時間を早めたのですね。
香坂さんいましたね。
実は、テレビ版のごく初期の音声も見つかりました。
欽ちゃんがみゆきちゃんの名前をまだ覚えてなくて謝ってます。
これもアップしようと思います。

ルネ・バンダール・ワタナベさんの占いも懐かしいな(笑)。
あおいくんと佐藤くんからは、大入りダイヤルじゃなくなりますね。
深夜12時までの放送だったと思います。
2007/04/24(火) 23:21:43 | URL | ごいんきょ
聞けなくて…
 ラジオ欽ドンには、聞けなかったうらみが…。うちの地方では、ネットしてなくて、ノイズまみれの1240khzを一生懸命聞いていたこともありました。ノイズ(記憶力?)のせいで内容は殆ど憶えてないですけど。
 当時日本のAM局は10khz毎に並んでいて、それが9khz毎に変わったんでしたね。お陰で、切りのよかった地元局の1200khzが1197khzなんて半端な数字になって悲しかった思い出が…。
2007/05/21(月) 17:27:25 | URL | つー
こちらも
つーさん、それってIBSですか?
東海ラジオも「1330東海ラジオ」というジングルが現行の「1332東海ラジオ」に変わってしまいました。
2007/05/22(火) 00:42:49 | URL | かじか
「欽ドン」ラジオ版は名古屋ではCBCラジオで放送されていた
東海地区ではラジオ版欽ドンは東海ラジオではなく、CBCラジオで放送されていたらしいですね。
その頃丁度その後にローカル番組の「のりのりだぁー歌謡曲」なる10分~15分の番組があり、パーソナリティーのつボイノリオさん(「金太の大冒険」などで有名な放送禁止歌(笑い)の大御所・・・。地元では未だ人気No.1のパーソナリティーで活躍していますが)がなぜか「欽ドン」に対抗意識を持っているかのような発言をよくしていたらしいです。この頃のつボイさん、若かっただけに今とは違って多少「尖った」部分もあったらしいですしね…。
2007/05/22(火) 03:53:48 | URL | Blue
ラジオの関東と地方事情の違いというのはあまり話題にもならないので、
そういうもんだったのかと今更に思いますね。
2007/05/22(火) 07:09:22 | URL | ごいんきょ
かじかさんへ
 熊本のRKKです。RKKは、本来TBS系列(テレビはね)なんですが、ラジオの方は、ニッポン放送、TBS、文化放送と、色々乗り合いでやってました。今でもそうですが、熊本では、民放AM局が、RKK1局しかないので、オールナイトニッポンの第2部が聞けなかったりと、色々口惜しい思いをしました。
2007/05/22(火) 12:31:37 | URL | つー
幻の特番
「やってみよう」の原型がラジオ版「いってみよう」だと書かれていますが、その中間的なテレビ特番、つまりパイロット版があった事を憶えていませんか?。'74年10月にフジテレビで放送された「欽ちゃんのドンといってみよう・ドバドバ60分」(土20:00)です。この時は残念ながら低視聴率に終わりましたが、これがきっかけで翌年のレギュラー放送にゴーサインが出ました。

>>つーさん
ラジオ「欽ドン」は九州朝日放送でネットされていたんですよ。そちらならクリアに聴けたでしょうね。
2007/05/22(火) 21:13:47 | URL | 石毛零号
● つーさん
九州の方でしたか。
九州人はここでは少数勢力なので、宜しくお願いします。
北海道の人は多いんですけどね。


● 石毛さん
そうなんですよね。
ももさんがいっていた特番も、実は有ったんですよね。
ワタクシ、それは見てません。
ももさんは見たという事なのかな?


で、書こう書こうと思っていて何度も書き忘れていたんですが、
初期に三波春夫さんがレギュラーだったのを思い出しました。
にっこり音頭というのをエンディング前の最後のコーナーで歌ってました。
♪ ニッポン国中にっこり音頭でしゃしゃんとねー
  あ ねえはるちゃん あ ねえ欽ちゃん
はるちゃんって誰?ってのが当時不思議でしたし、
今も解決されてません(笑)。
2007/05/23(水) 06:00:59 | URL | ごいんきょ
熊本県に限らず
つーさん、熊本県でしたか。RKKのロゴはインパクトありますね。
 日本では熊本県に限らず、たいていの地域が民放AM1局地帯なので(県域FMもですが)、ラジオのネットワーク(テレビと違い回線共同使用団体の色が濃い)なんてあってないようなもので、どんな局の組み合わせもOKですもんね(FMの番組をAMでネット受けする局すらありますし)。これは、テレビでは系列化に威力を発揮した田中角栄が、AMの系列化には失敗したためといわれています。そりゃ映像がないぶん自社製作が容易でコストも安いですからね。
2007/05/23(水) 11:22:14 | URL | かじか
ラジオ完全系列化って、いろんな事情で難しいでしょうね。
テレビの場合は読売主導で始まったので、
新聞社を大きく噛ませる路線で統一されてましたから。
ラジオでの反省を活かして免許交付したんでしょうね。
2007/05/24(木) 05:41:34 | URL | ごいんきょ
それは逆です
ごいんきょさん。放送法では戦前の放送(って今でいうNHKしかなかったですが)の反省に立って、「多様な送り手、アンチ東京一極集中」という原則に立ってます。この原則は今でも変わりません。ということはむしろ、テレビが新聞社や政治家の利権の餌食になってねじ曲げられている、ということですね。
 そういう意味でも、私は近い将来にBSへの完全移行するよう願ってます。
2007/05/24(木) 11:16:40 | URL | かじか
知ってる人もいるだろうけど
ラジオにもネットワークがあります。TBSがキーのJRN系と、文化・ニッポン放送がキーのNRN系です。地方局では両方に加盟している事も多く、これをクロスネットといいます。地方ではTBSと文化・ニッポンの番組を同じ局で放送している事がありますが、クロスネット以外の単独系列局ではそれはありえません。
2007/05/24(木) 11:34:11 | URL | 石毛零号
それは違う
石毛さん。そんなことないですよ。例えばCBCは「オールナイトニッポン」を昔からネットしてますが、CBCはNRN非加盟のままですし、両方とも非加盟の岐阜放送やラジオ関西ではニッポン放送の番組を多数ネットしています。
 だから、「ラジオなんて一応ネットワーク組織があるけれど、基本的にはなんでもあり」と申したのです。番組表をちょっと調べればすぐ分かることですが。
2007/05/25(金) 02:04:24 | URL | かじか
>番組表をちょっと調べればすぐ分かることですが。
日本全国の番組表なんて誰もが見るものでもありませんからね。

テレビの場合、やはり読売主導だったのが相当に大きいと思います。
正力氏は政治家でもありましたしね。
2007/05/25(金) 05:17:29 | URL | ごいんきょ
m(__)m
>>かじかさん
いや仰る通りで、ちょいと認識不足だったようです。訂正します。
2007/05/28(月) 09:01:13 | URL | 石毛零号
2つの夏バージョン
たしかに「宵の口音頭」は季節により歌詞が違っていたんですが、私が憶えている「夏編」は次のような歌詞です。

♪ハァよいよいよいとこりゃ宵の口
 ハァー夏は祭りで こんばんは
 ハレホレハレホレハレホレホ
 Tシャツルックの二人連れ 額の汗を拭き合って
 踊り明かそう 夜明けまで
 恋がパッと咲く あ~ハレホレ
 まだ宵の口(アッまだ宵の口)

同じ「夏編」でもバージョン違いがあったのでしょうか。
2007/05/28(月) 14:51:07 | URL | 石毛零号
欽ちゃんと気仙沼ちゃん
先日欽ちゃんが『旅の香り』という番組で、民宿に嫁ぎ女将となっている気仙沼ちゃんを20年ぶりに訪ねていました。
↓ 共演当時の写真
http://www.kesennuma.ne.jp/~kcb/htdocs/person/per1605.htm

久しぶりの再会を喜び合った後で、気仙沼ちゃんが息子さんを15才という若さで不慮の事故で亡くしその悲しみを乗り越えて宿を続けているということが紹介されました。
番組では事故の詳細については伏せていましたが、このような事故が起こり得るということをご存じない方が多いようですので、注意喚起の意味で敢えて書かせて頂きます。

数年前にたまたま職場に置いてあった週刊誌の記事のコピーで読んだのですが、息子さんは真面目な性格で何事にも熱心な頑張り屋さんだったのだそうです。
ところが、受験勉強と部活動と学級委員長(だったと思います)をこなす多忙な日々が続き疲労が蓄積していたようで、ある日入浴中に意識を失くし、そのまま身体が浴槽の中に沈み込み溺れてしまったのだそうです。
努力家で将来は家業を継ぐとも言ってくれていたというご自慢の息子さんであったろう最愛のご子息をこのようなショッキングな事故で亡くしたことは、ご両親にとってどれほどの悲しみだったろうかと思います。
また家庭内での事故ということで、 「私がもっと気をつけていれば・・・」 というようにご自分を責められたのではないかとも思います。
一度は宿をたたもうかとまで思い詰めたという気仙沼ちゃんの 「もし息子が生きていたら続けてほしいと言うだろうから、息子のためにも続けていこうと決めた」 という言葉に感動しました。
番組を見ていた視聴者は皆、気仙沼ちゃんの姿に勇気をもらったと思います。

↓ 過去何度かテレビでも取り上げられていますが、
http://www.ntv.co.jp/FERC/research/19991219/r046.html
http://www.ntv.co.jp/sekaju/student/20050219/01_0201.html
日本では入浴の際湯船にゆっくり浸かる習慣があるため、他国に比べて浴槽での溺死事故が多いのだそうです。
転倒なども含めた風呂場で起こる事故の総称を入浴事故といいますが、わが国での年間の入浴事故での死者数はなんと交通事故を上回るのだとか。
入浴中に眠くなっても顔がお湯に浸かったら息が苦しくなって目が覚めるはずとお思いかもしれませんが、上のページにあるように入浴中に覚える眠気は通常のそれと違い失神に近い状態なので水深がほんの数10センチ程度でも溺れることがあるのだそうです。
皆さんも疲れがたまっている時は入浴をいつもより短時間で切り上げるかシャワーで済ませるなどお気をつけ下さいね。
2007/05/28(月) 20:23:05 | URL | 匿名希望
ラジオ版の印象が強い!
小学校五年生ぐらいから聞き始めました。曜日は忘れましたが、中でも「レコード大作戦」の日が楽しみでした。
その後、いろいろなラジオ局の番組を聞いて、レポートを送って「ベリカード」というカードを集めるBCLが流行し、地方の民放も結構聞きました。RKBとかRCCなど遠いのに、よく電波が届いたなと感心したのを良く覚えています。
2007/05/28(月) 21:26:06 | URL | take9296
● 石毛さん
何度も言ってるんですが、基本的にワタクシは記憶で適当に書いてますので。
これはワタクシがいいかげん魔というのが最大の理由ですけど、
実は著作権云々に対する方便でもあったりします。
何も考えてないようでたまに考えていたりするんですよね。
でもやっぱり何も考えてないんだけど(笑)。
だから石毛さんが書かれたのが正しいんでしょう。
ワタクシが書いたのは秋バージョンとゴッチャになってると思います。
冬バージョンは見つかりましたので、いずれ資料版で流します。


● 匿名希望さん
欽ドンでもたまに「匿名希望さんからのお葉書」ってパターンありましたが。
20日にその番組あったようですね。
欽ドン終了後何度かその後の気仙沼ちゃんもテレビで再会してますが、
最後が20年も前でしたか。
子供さんの話は、本当に聞いててもツライですね。
あっぱれさんま大先生に出演していた子で、
見事希望の大学に受かったのに、そのキャンパスでの事故で亡くなった子がおり、
その親御さんらしき方からその話のメールを戴いた事が有りますが、
本当に親御さんとしてはどれだけ深い悲しみだったでしょう。
風呂での事故死、実感できます。
ワタクシも熟睡してしまった事が数度あり、
朝目覚めてビックリしたものです。これで死んじゃうんだなと。
湯船の中でも死んだように眠ってしまうんですよね、酒も呑んでないのに。
あれじゃあ酒呑んでたら余計に有り得るでしょう。
今ではワタクシは、そういう事は絶対に有り得ない状態ですけど。


● take9296さん
ラジオ聴いていた人結構多いですね。
レコード大作戦は月曜だったかと思いますが。
ベリカード集めている子いましたね。
2007/05/29(火) 04:35:15 | URL | ごいんきょ
どっちらけ
私はラジオの欽ドンは聴いていませんでしたし、テレビのも最初はあまり見ていませんでした。
どっちらけ、というのは©欽ドンなんでしょうか。私がこの言葉を耳にしたのは漂白剤のTVCMが最初でした。ネットで調べたら花王のハイターでした。
 パンツが真っ白(四回)真っ白け~
 穿いたかな ハ~イタ~!!
(まだ穿いていない、お尻を出した子が一人いて)
 こりゃシラケたね どっちらけ~
ウィキによると1974年製作のCMらしいですから、ラジオの欽ドンの方が先ですね。
2008/05/23(金) 17:15:31 | URL | あぶもんもん
あぶさんの広範な記憶力には脱帽です(笑)。
そんなCM、ピンと来ないな-。
事実であれば、そちらが先ですね。
2008/05/24(土) 06:58:34 | URL | ごいんきょ
ああなつかしいCMソング
そのCMソング、私の母が大好きでしたよ。
だもんで、
「欽ドン」で「どっちらけ」と言ってたのにも、
何の違和感もなく「あああれね」と思ってました。
今じゃ「しらけた」なんて言葉さえ聞かれなくなりましたが。
つか、
時代はもっとニヒルというか、
シニカルになってしまいましたね。
2009/06/24(水) 00:24:27 | URL | 葉っぱ
思い出したネタ
電車の中での会話
「キャー何するのよ、このスケベ」
「あのー、私、すけひらなんですが」
これだけでしたが、たしかバカ受けだったかと思います。
2010/12/03(金) 01:13:37 | URL | あぶもんもん
ネタ続きで
おいらが記憶するのは,帰ってきたドジとか,ああ勘違い,終盤では,あのこがくれた置き手紙,だったかな。「スプレーと間違えて,キンチョールを頭にかけてるドジ」とか,「手乗りとうちゃん」とか,ですかね。なんだかよく分からない「かつたのバカ」なんてのもあったような。
ボツはがきでしか,私の名前は呼ばれませんでした。
2010/12/03(金) 21:24:22 | URL | いくちゃん
欽ちゃんのドンといってみよう
ラジオの、聴いてましたね。
覚えてるのは、「ハトポッポの替え歌で、♪ポッポポ~、汽車ポッポ^~、石炭ないから降りとくれ~、みんなで仲良く押しとくれ~、っていうのと、「月光仮面」の替え歌で「欽ドンマン」っていうので、ハヤテのように現れてハヤテのように去ってゆくの箇所が、♪事件が起きると逃げ出して、解決すると出てくるよぉ~、になっちゃう。
面白かったんでしょうね、いまだに覚えてるンだから(笑)。
あと、歴史上の人物名を駄洒落みたいに変えるお題で、「いなかっぺの武将」は?で、答えが「オラ、信長(織田信長)」っていうのがありましたね。
この番組って、ソニーが提供じゃなかったですか?
そのときのCMが印象に残ってて、♪今日もアドリブ私生活今日もアドリブ私生活、昨日が消えて朝が来る、雲の晴れ間になんとなく、ほほほほほ~、あこがれを、ほほほほほ~、夢を、ほほほほほ~、まぶしさを、ほ・ほ・ほ・ほ、ほほほ~、っていうようなのだったんです。歌詞がうろ覚えなんですが・・。
あと、そう、♪緑の梢を駆け出して、歩いてみたいな、二人なら、あ~あ、自由通りで会ったなら、声をかけて欲しい、歌って欲しい。ソニー、マイクインマティック、わがままカセット~、っていうのもあったと思います。こちらもうろ覚えですが。
2010/12/03(金) 22:15:09 | URL | ななお
● 葉っぱさん
おそらく欽ドンが先で、CMはそこから取ったんだと思いますけどね。
欽ドンはどこから取ったんだろう。


● あぶさん
時々、これ、何が面白いの?っていうのをバカ受けしてました、欽ちゃん。


● ななおさん
うーむ…これまた(笑)。

ソニー提供というのはテレビの方ですか。
ラジオは集英社の一社提供ですからね。
2010/12/13(月) 03:16:40 | URL | ごいんきょ
気仙沼ちゃんは無事
と各スポーツ紙には書かれていた
でも女将としてこれからが大変なのでは無かろうかな

彼女がこれを見ている可能性は低いとしてもここではやはりエールを送らねば
2011/03/19(土) 21:30:56 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
気仙沼壊滅状態と報道されて、当時の視聴者は大抵、気になっていたんじゃないでしょうか。
本当に、本当に良かったです。
萩本さんも時々利用していたようで、二郎さんの件の直後だけに、
心労が絶えなかっただろうと思います。
2011/03/23(水) 00:42:34 | URL | ごいんきょ
健っさんっ!
高倉健さんのファンだという素人のおじさんがいて、背中をみせて去って行くそのおじさんに欽ちゃんが「健っさんっ!」と声をかけるとおじさんが振り向き、周りの人は大爆笑。
欽ちゃんは「今のはちょっと振り向き方が早すぎる」とか言って、そのおじさんに何度もやらせるので、その度に大笑い。
我が家も一緒に爆笑していましたが、誰も高倉健さんの任侠映画を観たことがないのに、とにかく可笑しかったです。

この番組で、内山田洋さんと前川清さん以外のクールファイブのメンバーの方の名前と顔を覚えました。
2015/01/19(月) 22:49:32 | URL | モデラート
あら。いくちゃんちゃんに返信し忘れてますね。

手乗り父ちゃんとか、ああいうの萩本さん好きなんですよ。
ワタクシはまったく面白くないのですが(笑)。
本当に馬鹿馬鹿しいのが好きなんですよね、欽ちゃん。
「カツタの馬鹿」。最初の有名投稿者でしょうか。
ボツでも読まれたなんていいじゃないですか。
かなり競争率高かったと思うんですよね。


● モデラートさん
萩本さんお得意の型ですね。
2015/01/25(日) 06:03:24 | URL | ごいんきょ
ラジオのエンディングテーマ曲だったと思うのですが
途切れ途切れしか分からないのですが
♪♪話の便りが頬をつなぐよ
あ悲しいことも淋しさも皆で語ろう
どうせ一度の人生だから楽しく笑っていこう♪
本当の歌詞がしりたいです
2015/05/01(金) 21:37:32 | URL | ベージュ
欽ちゃんが出ていた番組でしょうか。
2015/05/15(金) 07:18:52 | URL | ごいんきょ
最強の刺客
はじめまして。

僕は昭和の物好きの
27歳です。

僕が物心ついた時には、
欽ちゃんは、
もう仮装大賞の人に
なっていましたが、
いろいろ
調べることに、
欽ちゃんは、
テレビ界
最強の刺客だと思っています。

この欽ドンも、
そうですし、
大河ドラマの裏で、
裏番組をぶっ飛ばせ。

仮装大賞も、
元々は
紅白の裏で始まりましたし、
人気が出ると、
今度は
かくし芸大会の
裏で、
放送されるように
なりました。

敵は強力でしたけど、
それでも
勝ち続けてきた
欽ちゃんは、
やっぱり
すごい人です。
2015/11/19(木) 06:28:22 | URL | エモドラン
初めまして。
萩本さんは、なんでもアドリブでやっているように勘違いしている人が多いのですが、
実は物凄く笑いという事を分析、研究していた人です。
これは明石家さんまさんあたりもそうなのですが。
そこが、それまでの人と大きく違っていたと思います。
たしかに当時は、最強の刺客と言えたと思います。
でも、それが文化的にどうだったかという評価は、かなり難しい部分です。
刺客として崩してしまった定型も、非常に多かったので。
2015/11/24(火) 05:10:50 | URL | ごいんきょ
ラジオはよく聞いていました
テレビは欽ちゃんのダメ出しがウザくてドリフにすぐ回帰しました。その後の視聴率100%時代も欽ちゃんの番組は殆ど見ませんでした。ああいうスタイルは受け入れ難いです。ラジオとは別人のように感じました。島田紳助氏の全盛時代、欽ちゃんを思い出しました。
2015/11/29(日) 20:07:45 | URL | とらお
今やほとんどの笑いが突っ込みで作られてますが。
その原型は萩本さんなんですね。
2016/03/03(木) 23:28:40 | URL | ごいんきょ
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