私的 昭和テレビ大全集
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八木治郎ショー (1970)

該当番組画像募集


人の世の潮騒の中に生まれ
去りゆく時の流れも消し得ぬ一筋の足跡がある
という名文句で東京12チャンネルを代表する良コンテンツであった
人に歴史あり。そのパーソナリティとして名を馳せた八木治郎の、
民放初登場はこの番組で、自身にとっても最大の代表作でしょう。
元々は毎日放送による関西ローカル番組で、
東京NETの木島則夫モーニングショーに対抗する朝のワイドショー、
MBSウイークエンドショーというのが昭和40年の4月に始まりました。
かなりの紆余曲折を経て、タイトルを替えながら21世紀まで続く事になります。
11月には頭の「MBS」が取れ、ウイークエンドショーとしてネット化。
芥川隆行、永六輔、小島正雄夫妻、三木鮎郎という錚々たる司会陣でした。
この間、月~金の木島則夫と肩を並べられる存在として、
やはりNHKの八木治郎に交渉し、難航の末に引き抜き。昭和41年元日より、
月~金の東京制作木島と、土曜の関西制作八木治郎という布陣が整います。

4月にはタイトルを月~金に合わせて、ウイークエンドモーニングショーとし、
本格的な全国ネットが完成。関西発モーニングショーの悲願が達成されました。
サブ司会として浪花千栄子とかいましたが、昭和43年秋には、
東大を出たばかりの元学生歌手、加藤登紀子が加入。
赤い風船って曲名は、加藤登紀子が最初だったんですから。
新人賞受賞は同じだけどね。当時はお登紀さんもインテリアイドルだった。
この番組に加入して程なく、ひとり寝の子守唄がヒット。
更に間をあけて、あの知床旅情のミリオンヒットとなるのですが。
でもワタクシは、森繁久弥が歌ってる知床旅情しか記憶になくて、
ずっと後になって加藤登紀子の歌ってる映像を見て驚いたんですが。
なんでだろう?(笑) テレビではあまり歌わなかったのかな?

昭和45年、西暦1970年、当ブログでしばしば指摘する
カラー化元年とも言えるこの年、この番組もカラー化。
それに伴い、タイトルがいよいよ、お馴染みの八木治郎ショーとなります。
淀川長治の映画コーナーとか、吉岡たすくの教育コーナーなど、
後年まで舞台を替えて内容が持続される企画が登場。
吉岡たすく。テレビ寺子屋のCMが印象に残ってます。
「お母さん、だれ一番好き? お父さんだよ。 なーんだぁ~」っての。
NET系列からTBS系列への大ネットチェンジを経て、
1980年秋から30分放送が早まり、枠が拡大。
浜美枝やオール阪神・巨人が加わり、八木治郎ショーの名前は残しつつ、
『いい朝8時』がメインタイトルとなりました。
番組内容も、当初の報道色強めの内容から、
少しずつ娯楽色の方が強くなっていってます。

1983年には、浜美枝に替わってうつみ宮土理が加入。
ところが、その体制でわずか3週放送したばかりの4月18日、
八木治郎が旅先の福岡で急逝。享年まだ57でありました。
いい朝8時へのタイトル変更にシンクロするような八木の死。
これをもって八木治郎ショーは、完全に看板を下ろす事になり、
5月からタイトルは『すてきな出逢い いい朝8時』となりました。
うつみの他に、立川澄人、西川きよし、今いくよくるよなどが活躍し、
21世紀まで20年近くこちらも続きました。
土曜日は、いつもと違う番組が朝から流れる事によって、
また、番組の演出も平日よりおっとりしていたように感じられ、
今日は週末だという特別な気分に浸れたものです。
学校が休みの時は、この番組から素人民謡名人戦へという流れ。
ああ、うららかなりき昭和の土曜午前(笑)。

主なスポンサーは田辺製薬。
他に、ウイークエンドモーニングショーの頃は、ユゼとか東京重機など。
どちらもよくわからん会社ですが(苦笑)。
調べたら、ユゼというのは自然派化粧品のメーカーですね。
東京重機ってのは、クレーンリースですか。ネット数が少なかったから、
こういうとこがモーニングショーの提供をやってたんだなあ(笑)。
八木治郎ショーになってからは、松下電器、東洋紡も加わった時期があり、
一時的には倉敷レイヨン、プリマハム、UCCなんかもやってました。
倉敷レイヨン。クラレですね。クラリーノ、履いて良かったなあの頃です。
飲むんだったらUCC、いつでもどこでも、UCCコーヒー♪もあった。
田辺製薬だけが最初から最後までの通しでですが、
タナベと言えばなんと言っても、アスパラでやり抜こうでしたねー。
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この記事へ寄せられたコメント
浪花
千栄子さんと言えば、オロナイン軟膏のCMを思い出します。
『浪花千栄子でございます。実は私の本名はナンコウキクノと申します。』上品にソファーに腰掛けて、そう仰っていました。
なるほど!と我が家では大ウケのCMでした。
2006/10/25(水) 13:13:15 | URL | モデラート
田辺製薬
生コマで、大平透を見た記憶があるようなないような…。
ハクション大魔王のキャラを、ここのメーカーは使ってたし、まぼろしじゃないかも?

ユゼは黒砂糖石鹸ですね。
自然化粧品が流行る前から、スーパーで割と入手しやすいアイテムでした。
2006/10/25(水) 21:50:13 | URL | 桃
浪花千栄子さん
● モデラートさん
ああ、なんかうっすらと思い出しましたよ、そのCM。
ナンコウキクノまでは覚えてませんでしたが。
でも、知識としてその話は知ってました。字は、南光菊乃かな?
軟膏効くのにかかるという事で、大塚の社長さんが大事にしてましたね、浪花さん。
その大塚さんの話題、明日付けの天才バカボンでもちょうど触れてますが。

● 桃さん
うーん… 当然生コマも有ったんでしょうけどねえ。
さすがに覚えてないなあ。
大平さんってわりとなんでもやっちゃうから、やってたかもしれないですね。

ユゼご存知でしたか。さすが女性だなあ(笑)。
おそらく男にはかなり知名度低いと思います。
黒砂糖石鹸なんて初めて聞きました(笑)。
その石鹸も、当然生コマで売ってたんでしょうね。
2006/10/25(水) 23:18:39 | URL | ごいんきょ
タイトル映像が楽しみでした。
いい朝8時は、番組内容よりタイトル映像のほうが楽しみでした。

毎回、司会のうつみ宮土理さんの「いい朝8時、スタートです」というタイトルコール(一時期、毎回の出演者が多かったせいか、オープニングの最後に出演者が真ん中に集まって、タイトルコールを言ったこともありました。)の後、大阪・中之島にあるMBSのお天気カメラ(大林ビルに置いてあったそうです)の映像をバックにタイトルが現れるのですが、以前はテロップをCG代わりにしていたということで、週によってタイトルロゴが縦横に伸びて画面が一瞬青色になったといういきさつもありました。
(私は、それを毎回ビデオに録画していました)
2006/10/26(木) 23:18:00 | URL | 桜橋きよまさ
いい朝8時
については、八木治郎ショーとはまた別にいつか扱うつもりです。
きよっさんとか宮土理さんの作る雰囲気が、
なんか土曜の朝にマッチしてて好きでしたので。
八木治郎ショーの頃は、平日のニュースショーをかなり引きずってた部分ありました。

>いい朝8時は、番組内容よりタイトル映像のほうが楽しみでした。
これは関係者には複雑な誉め言葉ですな(笑)。

うつみさんのコールは覚えてますが、タイトル画面は覚えてないですね。
細かく説明して戴いたんですが、読んでも思い出せません。
毎回録画って凄いですね。
この番組のタイトルって事では、まず間違いなく日本でただ一人なんじゃないですか(笑)。
キャプチャ可能なら是非タイトル画を頂きたいなどと…
いや、不可能なら無視して下さって構いません。
2006/10/26(木) 23:44:28 | URL | ごいんきょ
今日は病院なので久々に昼コメ
とここで書くのはcmの話のみなれど

そういや大平氏の生cmハクション大魔王と風邪薬のノバポンとの関連であったっけかな
でも確か同じ内容のものが複数流れていたので生CM風のCMといった方がより正しいのでは

それと後東洋紡のCMも鮮明に覚えている
特にアグネスの歌の♪編みたくなったらダイヤモンド毛糸~というのはライバルの♪旭化成ハマナカ手芸糸に一つ抜きん出た形となった事も記憶している
ちなみに赤影に旭化成との記録だが東洋紡もほぼ30年前にキャンディキャンディの裏の石森章太郎版ジャイアントロボとも言うべき大鉄人17のスポンサーでもありその際にもアグネスの上の歌が流れていた

PS曜日別の企画が一段落した後にいきなり何曜日かの番組というのも何かも知れないので暫くCM特集と言うのも一つの選択肢かも
2006/10/27(金) 14:24:36 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
タイトル2
>キャプチャ可能なら是非タイトル画を頂きたいなどと…
ごめんなさい。
古いことですので、ビデオテープは残っていません。
その代わり、タイトルロゴはそこそこ書けますが…。
2006/10/27(金) 23:19:05 | URL | 桜橋きよまさ
CM
● ガッツさん
大平さんのCMって八木治郎ショー当時ですか?
ふーん。だとすると、ハクション大魔王と言うよりは公害Gメン?(笑)

東洋紡については貴重な話を!
アグネスのCMは覚えてないですねー。故に、歌も歌えません。
大鉄人17の提供が東洋紡ですか。なんか不釣り合いだな(苦笑)。
あとはお定まりで、どっかの玩具メーカーがやってたはずですね。
例によってポピー?

いやー、そうなんですよ(笑)。
曜日特集は書く意欲を起こすのにとても良かったんだけど、
これが終わったら、また書くきっかけをつかめなくなるんですよね。
何か良い企画があったら教えて下さい(笑)。
また放送局別でやろうかなとも思いますが。
CM特集ってのはやらないです。
CMはあくまでも番組のツマ。
主役にはしません。
土曜特集の後、もう一回日曜特集、そして帯番組特集をやります。


● 桜橋さん
ワザワザ恐れ入ります。
消したの勿体なかったですね。
2006/10/27(金) 23:57:22 | URL | ごいんきょ
クイズ番組出演、そして突然の死…
振り返れば4半世紀前、当時はまだ小学校4年でした。
4月17日の午後7時に放送されたかの「アップダウンクイズ」(同月上旬に事前録画)で、番組司会者特集に八木さんは出場していました。それから二日後、新聞の朝刊で突然訃報に接し、驚きました。その翌週か翌々週の放送で、本番中に当時の小池清アナウンサーが「出場された八木さんのご冥福をお祈り申し上げます」とコメントしていたのを、今でも鮮明に憶えています。
2008/02/18(月) 18:49:13 | URL | ひろエモン
へえー。
そんな番組に出てたんですか。
ワタクシもアップダウンクイズは見てましたが、さすがに覚えてません。
2008/02/19(火) 06:14:18 | URL | ごいんきょ
八木さん、加藤さん
昨日、母と写真やアルバムの整理をしていたら
昭和43年に八木次郎さんに抱かれている私の写真が出てきました。
加藤登紀子さんと並んでいる写真もありました。
多分、「ウイークエンドモーニングショー」の公開放送後だったのだろうと思います。
これまで加藤さんはゲストの歌手とばかりに思っていました。
おかげさまで番組の題名や加藤さんの番組における位置づけまでわかり感謝いたしております。
2010/03/14(日) 01:25:03 | URL | 北極
八木さん、加藤さん2
「八木次郎さんに抱かれている」
まだ幼稚園に入る前です。
「抱きかかえられている」
この方が適切かもしれません。
2010/03/15(月) 00:09:21 | URL | 北極
八木治郎さん
八木治郎さんというと「私の秘密」「人に歴史あり」「野生の王国」「万国びっくりショー」など憶えています。年がわかってしまいますが...。司会のうまい人で滑舌も良く、NHK出身者の中では、非常に仕切るのがうまかった人のような気がします。八木治郎ショーはやっていたのは知っていますが、内容は憶えていないですね。ただ浪花千栄子さんが出ていたのは、おぼろげながら記憶にあります。かなり長い期間やっていた番組なのですね。
関東では、最近まで関西のテレビ局制作のモーニングショーをやっていたように思いますが、今はやっていないのでしょうか。
2010/03/15(月) 03:52:48 | URL | ブロンソン
東京重機とは
『八木治郎ショー』の提供スポンサーだった「東京重機」とは、ミシンのメーカー、そう「ジューキミシン(現在のJUKI)」のことです。

当時は、ジャノメ、ブラザー、リッカー、シンガー、ジャガーなど家庭用電動ミシンが花盛りの時代で、ジューキもその一角を占めていました。

ただ、ジューキの場合、家庭用もさることながら、業務用(縫製工場用)のシェアも大きい(国内トップ)ことから、「東京重機」という社名が長らく残っていたのでは…と思います。

ちなみに「重機」の名称は、戦時中に小銃を製造していたことに由来しているそうです。

おじゃましました。
2010/03/16(火) 17:38:52 | URL | 甚六
一部脱線ではない毛糸のコマソン
上に挙げた二大勢力とも言える所の他に楠氏の歌うカネボウ毛糸もあったっけ
元は紡績であったので

にしてもほぼ同時期に繊維だけでも3つ掛け持ちとは彼女はやはり偉い
2012/05/12(土) 14:28:21 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
● 北極さん
ずいぶん貴重なお話を書いてくれていたのに、返信が遅れてしまいましたが。
いい写真ですね。是非ご自分のブログとかでアップされると宜しいかと思います。


● ブロンソンさん
そうですね。浪花千栄子さんも、とても印象深いです。
今はどうなんだろうなあ。テレビ自体を見ないのでわかりませんが、
もう東京一極になってしまってるんでしょうかね。


● 甚六さん
ははあ。ジューキミシンでしたか。
ミシンメーカーもいっぱい有ったんですけどねえ。


● ガッツさん
アツギのナイロンと? どうせなら全部書いておいて下さい(笑)。
2013/11/13(水) 23:14:49 | URL | ごいんきょ
裏番組ですが
初めてコメントします。
桂米朝師匠がお亡くなりになりました。私にとって米朝師匠といえば、八木治朗ショーの裏番組だった「ハイ!土曜日です」です。関西テレビの桑原征平アナもこの番組で全国区になったと思います。以外にも、このブログではまだ取り上げてないようなので余裕があればお願いします。追悼の意味もこめて。

2015/03/26(木) 05:01:24 | URL | ハナちゃん
「ウィークエンドショー」開始当初の放送時間についての補足
某Wikiにも当初から”土曜8時半〜の1時間枠で放送されていた”という記述がなされている、MBS発全国ネットの土曜ワイドショー番組の嚆矢たる「MBSウィークエンドショー」ですが、当時のテレビ欄によりますと、始まった当初の実際の時間帯は土曜朝ではなく、土曜正午からの1時間枠だったようです(つまり、「木島ショー」ではなく「アフタヌーンショー」の関西版・土曜版としての位置づけの下での開始だったということです)。
逆に「木島ショー」の土曜版としての位置づけで始まったのは、後年土曜正午枠・高島忠夫メイン司会での放送が定着していた、何かと放送史上でも物議を醸す事の多い(汗)あの「土曜ショー」(NET制作)でして、元々は昭和40年7月に「朝です・奥さんお嬢さん」という副題を付けて土曜朝8時15分〜の45分番組としてスタートしています(開始当初の司会は高島忠夫・葉山葉子)。

これが開始2年目の昭和41年4月の改編で両番組の放送枠を交換、土曜朝をMBSが、正午をNETが受け持つ態勢に切り替えられ、これによって「木島ショー」の土曜版という位置づけに置き換えられることになった「ウィークエンドショー」側は、「木島ショー」を意識した番組内容に変更。これに伴って、司会者も木島さん同様にNHKからの引き抜きで八木さんを抜擢、番組タイトルも「ウィークエンドモーニングショー」に変更して新装開店を図った・・・というのがMBS朝のワイドショー枠創設のおおよその流れのようです。

本来、こういう情報はWikiに記載すべきなんでしょうが、編集方法に手間取ってしまうので、もしかすると、Wikiなんぞよりも昭和テレビ史においては他の追随を許さぬ現時点における情報集約サイトたるごいんきょ様の同ブログにて”補足”として書き残してたいと思います。(まぁ、何せWikiでは「ウィークエンドモーニングショー」や「八木治郎ショー」のページについては”前身の「MBSウィークエンドショー」から土曜朝で放送されていた”、「土曜ショー」も”1966年4月から土曜正午枠で始まった”という前提でそれぞれ延々と記事が書き足されていて、この情報を書くとなると、その前提の大きな改変になってしまう故、全ての内容に修正を加えなきゃいけなくなるのが大変面倒でしてねぇ(笑))
2015/07/16(木) 06:20:57 | URL | (ハンドル未記入)
● ハナちゃんさん
ハイ!土曜日です、あまり記憶に残ってないんですよねえ。
米朝師匠だの、桑原さんだのの存在は覚えているのですが。
折角リクエスト頂いたのでやりたいですが、鋭意10年以内にという事でご勘弁を。


● 未記入さん
そうなんですよね。
ワタクシもウィキペディアの記述で改めたいの多々あるのですが、書式がね。
あと、編集方針というか、それにも異議が有って、
ここを出典にすると疑義を挟まれると言うね(笑)。
どうも出典の意味合いを理解してない人間がしゃしゃり出ているようですが、
誰でも書き込めるという事で、書き手の質が保証されていないのも馴染めないです。
出典というのは、別に確実性を補償するものでもなんでもないんですよね。
例えば本人の談話だって、正確ではないわけです。
大事な事は出所の確認であって、あとはその内容を個別に検証すれば良いだけの話なんですがね。
明らかに当ブログから情報を得ている話なのに、そうして出典情報を削られ、
なおかつその記事だけは残っていて、検索上位に表示され、
しかもウチが表示されないという理不尽が罷り通っているのは納得できません。
べつにウチから得た情報を載せないのは自由ですが、それなら記事も削除して戴きたい。具体的には
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E5%9B%BD%E5%AF%BE%E6%8A%97%E6%AD%8C%E5%90%88%E6%88%A6
なんか明らかにそうだと思うんですよね。
記事そのものを削除して欲しいけど、そういう意見の具申先も明示してないし、
規模のでかさのわりに、ちょっと無責任です。


私怨が長くなってしまいましたが(笑)、
ウチに情報を書いて下さるのも、ウィキペディアに書いて下さるのも、ありがたいです。
ただ、ウチの場合、特にコメント欄ですと確認が容易でないという事も有りますし、
本来は情報の羅列はウィキペディアの方が適任なんでしょうけどね。
2015/07/17(金) 07:24:32 | URL | ごいんきょ
きよしさんは最初「メイン」で起用されるはずだった。
この番組(「いい朝8時」含む)の司会陣の変遷に関してこれまで色々なところから自分なりに探し当てた情報に基づいてつかんだ補足情報(というほど大袈裟なものではないかもしれないですが)をいくつか。
①「八木治郎ショー」に番組名が代わった当初の正式な司会陣は八木さんと、この番組名変更と同時にレギュラー入りした森乃福郎さんの2人だけでした(一応この時期も女性アシスタントとして若手のモデルが短期間で代わる代わる出演していましたが、その頃のこの番組の女性アシスタントは良く言えば”マスコット”、悪く言えばただの”置物”でして(汗)、司会者とは立場上区別されていました)。
(2)「いい朝8時」にも引き継がれた女性司会者が男性2人に割って入る形でのトリオ司会体制に完全移行したのは昭和51年から。この時は「ズバリ!当てましょう」とかこの頃やたらクイズ番組の問題読み上げ役として活躍なさっていたあかはゆきさんという方が起用されたのですが、翌年に福郎さんがここ最近他の記事のコメント欄でも名前が挙がる事が多い「スタジオ2時」のメイン司会になったのを機に、司会陣と番組構成を大きく変える事になったらしく、その煽りであかはさんは福郎さんとともにわずか1年で番組を降板することとなりました。その後、52年の春からは、毎日放送の当時の中堅アナウンサーでラジオでの活躍が顕著だった阪本時彦アナウンサーと、既に女性司会者では大物のランクにあった(笑)芳村真理の招聘に成功し、この3人での体制に変更。「男性ベテラン司会者・ベテラン女性タレント・MBS男性アナウンサー」という司会の枠組みがここで誕生し、この辺りから、「いい朝ー」でよく見られた砕けた感じの芸能人トーク番組へと完全に変貌していったようです。
(3)立川さんが番組出演したのは、昭和60年12月7日放送分まで(立川さんが地方の仕事先で倒れられたのは12月10日)。12月14日放送分からは、立川さんが回復されるまでの当面の措置として残ったうつみさんと野村さんを司会に、レギュラーで出ていた八方さんやいくくるさんがサポートに回るような形で番組を続ける事となりましたが、立川さんはこの年の大晦日に急逝。その後、スタッフは3代目のメイン司会者として西川きよしの起用を決めたのですが、ご存知の通り、この時、既にきよしさんは選挙出馬の意思を固めていたため、一旦この司会起用の話は保留となり、その後、選挙終了後に、政治活動との兼ね合いで芸能活動に制約が生じる身となったきよしさん側の事情を考慮して「うつみさんのサブとして」という条件で再び彼に話を持っていき、結果61年の秋からきよし師匠も正式に司会陣に加わる事となりました。

恐らく、ここは推測ですが、きよしさんが当初からメイン司会者として起用されていたら、うつみさんは20年近くもこの番組に関わりを持ち続けることはまずなかったのでは?という気がします。
というよりも、多分、その前任の女性司会者(芳村、浜)が何れも約3年という期限付で司会をやってたことを考えると、最初は彼女もあくまでも2〜3年程度の短期出演でのキャスティングだったんではないか?という気がします。彼女たちが何れも関東拠点のタレントでそれまで在阪製作の番組にはあまり出ていた経験がなかった事を考えても。毎週、東京から新幹線で大阪に前日夜には乗り込んで、夜遅くまで打ち合わせをして、そして早朝の生番組の司会に臨み続けるなんて普通に考えたら相当な負担でそうそう長くは続けられないですもんね。
多分、長期出演が可能となったのは、うつみさんの番組に対する意欲というか、八木さん、立川さんと看板を2人続けて急に失って苦闘していた頃のスタッフの苦労を番組当事者の一人として見ていたいうのが大きな要因だった気がします。だからこそ体力的負担には目を瞑って最後まで番組まで添い遂げようとしたのではないかなぁと。
2015/08/08(土) 06:21:45 | URL | (ハンドル未記入)

長文の上、いくつか誤記があります事、お詫びいたします(苦笑)。

2015/08/08(土) 06:25:26 | URL | (ハンドル未記入)
うつみさんも今、色々とご心労のようですが。
貴重な話をたくさんありがとうございます。
こちらも気がついた事があれば何かの機会に書き足しますが。
2015/08/23(日) 21:17:13 | URL | ごいんきょ
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