私的 昭和テレビ大全集
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8時だョ!全員集合 (1969)

8時だヨ<br />全員集合


「8時だヨ!」「全員集合~!」

(音楽の鳴る中タイトルが踊りながら提示され
  メンバー全員が客席から舞台中央へ走る)

エンヤーコラヤ どっこいちゃんちゃんコーラヤ
ハァ~ ドリフ見たさに (ハアどうしたどうした)
チャンネル コリャ回したら (ハそれからどうした)
今日もなーァ 今日も会えたよコーリャ
ソレサナーァ五人の色男

エンヤーコラヤ どっこいちゃんちゃんコーラヤ
ハァ~ァ 番組名物 (ハアどうしたどうした)
素敵な コリャゲストよ~ (ハそれからどうした)
歌もなーァ 歌も楽しくコーリャ
ソレサナーみんなでワイワイ騒ごうよー

 「ゆけ~」 間奏

エンヤーコラヤ どっこいちゃんちゃんコーラヤ
ハァ~ァ 土曜8時は (ハアどうしたどうした)
皆さん コリャ笑って頂戴ね (ハそれからどうした)
へそでなーァ へそで湧かしたコーリャ
ソレサナー茶で乾杯だー
エンヤーコラヤ どっこいちゃんちゃんコーラヤ
 「ヨロシク~」


いかりや長介のコールに続いて、会場全員のコール。
これを聞かなきゃ昭和の土曜は終われなかったものです。
オープニングは北海盆歌の替え歌ですよね。
そしてCMに入るんですが、加藤茶全盛の視聴率最盛期の第1CMは
タイガーのCMで、十朱幸代がよく出てました。「炊きたて」。
♪ ターイガ~ 電子ジャー た・き・たてっ
「タイガーです」って十朱幸代が微笑むのね。
ジャーが普及し始めの頃ですか。あれも画期的な商品だったなあ。
当初は炊飯ジャーなんて無くて、電気で保温するだけの、ただの「ジャー」でした。

そしてCMが開けると第1コーナーのコントがスタート。
学校コント、囚人コント、母ちゃんと子供たち、ギャングコント、
忍者コント、冒険コント等が定番だったでしょうか。
いかりやが出てくるや「オィッス」と会場に挨拶。
会場の子供達が一斉に「オーッス!」と返すんですが、
必ず一度は、「声が小さい、もう一回! オイッス」ってやるんですね。
子供の反応を上手く考えた導入部でした。
で、いかりやがその日のコントの状況説明を軽くモノローグ。
その間、会場のガキ…お子様方は(笑)、「下唇~」とか、
「ゴリラー!」とか、とても暖かい声援を送り続けます(笑)。

実はこの番組、第1期と第2期がありまして、
途中にクレージー・キャッツの『8時だヨ!出発進行』というのをやってました。
ワタクシは、これを観てたのは覚えているので、
全員集合も第1期から観ていたとは思いますが、
いつ頃からかはちょっと思い出すのが難しいです。
当時のビデオも残ってないようですしね。
出発進行の方はクレージーの番組だったけど、
むしろナベプロ歌手たちが活躍して盛り上げていたような気がします。
でも、そちらも好きな番組だったので、なんですぐ終わったのか不思議でした。
で、始まった番組が再びの全員集合。
子供心に、なんなんだろう?と本当に不思議な事態でしたが、
要はナベプロとして、クレージーからドリフへの
代替わり儀式みたいな感じだったんでしょう。

初期の頃はドリフもよく歌ってたと思います。
ミヨちゃん(元は平尾昌晃)、いい湯だな(元はデューク・エイセス)、
誰かさんと誰かさん、ツーレロ節なんかを歌ってたと思います。
どれも当時よく耳にしたものでしたが、極めつけはズンドコ節でしたね。
初期はこのように、リメイクの歌ばかり歌ってました。
もっとも、どれも元歌よりも大ヒットして、
ドリフがオリジナルのように認知されてますが(笑)。

レギュラーでは、ゴールデン・ハーフが懐かしいですね。
彼女らはテレビ局のビデオ冷遇期に活躍したため、
その映像をほとんど観る事ができないのが悲しいです。
黄色いサクランボ歌ってましたね。わっかい娘が、ウッフン♪
よくマネして歌ったなあ(笑)。ちなみにこれも、リメイク曲ですが。
初期のギャグでは、ウンコチンチンとか、
1234やったぜカトちゃんってのが定番でしたか。
小学校のフォークダンスのカウントの時、
みんなで1234やったぜカトちゃんとコールしてたっけ。

出発進行終了後の中期になると、人気は爆発的に。
そんな中での荒井注の脱退宣言は不思議に思いましたが、
そんな彼のラスト・スパートも記憶に残ります。
後半コントでの「ジス・イズ・ア・ペン」。
なんで面白いんだといま説明をしようとしても難しい(苦笑)。
まあ、なんにも関係ない時になんにも関係ない事を言うギャグなんですけどね。
当時は、荒井注みたいな年寄りっぽい人は英語なんてまったく頓珍漢だった
という背景があって、初めて成立するギャグなんですが。
ギャグ・お笑いというものの多くは生ものですので、
想像力や雑学の乏しい人が後年観ても理解できない場合も多いでしょう。

この中期は加藤茶も全盛で、「チョットだけよ」で番組人気は沸騰。
ワタクシも、相当ハマリました、これは(笑)。
大袈裟でなく、本当にワクワク喜悦に震えながら観てたんですよね。
何がそんなに面白かったかと言って、なんと言っても加藤の表情です。
例えば、優勝旗返還の高校野球選手、ファンファーレに乗ってるウチは
加藤も実に生真面目な顔なんですが、途中から音楽が例の『タブー』に。
その瞬間の加藤の、イタコに降霊したかの如き表情の変化。
これが堪らなかったです。完全に入り込んでるなー(笑)という感じね。
あそこまでワタクシの魂を震えさせてくれた演技は無いですよ。
お笑いの人間が一般的な演技をやると絶賛される場合が少なくないですけど、
コントだって立派な演技なんですよね。
だから加藤茶だって志村けんだって、本格的な俳優やれば、
昨今の俳優連中なんか足元にも及ばない演技を披露すると思いますが、
当人達はお笑い一辺倒なんですよねー。良い事か悪い事か…。

この当時は、身長が3mはあろうかという巨大な人形、
ジャンボ・マックスがなんの前触れも無くいきなり登場し、
我々の度肝を抜いてくれた事もありました。
「イー」って言うだけだったですね、当初は。
ハッキリ言って、最初はコワかったよー(苦笑)。
志村けん加入当初はなぜか覚えてません。
それよりも、この全盛期にブルース・リーの物真似する怪人として
ちょくちょく出演した、すわ親治の印象の方が強いです。
「ドリフ見習い」ってクレジットされてましたけど、
あのクレジットが無かったらアレも不気味だったなあ(苦笑)。

ゴールデン・ハーフに替わってキャンディーズがレギュラーにもなりました。
デビュー曲とかもこの番組で聞いた記憶あります。
危ない土曜日とか凄く好きだったですね。当時はスーちゃんが真ん中で。
なかなか売れなかったけど、年下の男の子でようやくブレイク。
彼女らもこの番組の国民的人気で押し上げられた存在でした。
視聴率40%は当たり前、50%も超えたこの番組を生で観られた世代は、
共通言語を持っているという思いを持たせてもらえてます。
当時の小学生で全員集合を知らない人間がいるでしょうか?(笑)

そんな無敵ドリフも、追い落とそうとする人間は続々現れ、
最初の有力な刺客は欽ちゃん、萩本欽一でした。
フジテレビでテレビ版欽ドン!スタート。20%に迫ろうかという勢い。
ちょうどドリフのギャグがガキっぽく感じ始めた時期と、
ラジオで好きだった欽ドンのテレビ版という事で、
ワタクシは、この時期に欽ドンへと移行。
しかし、しばらくすると、同級生からや街中でヘンテコな歌をよく耳に。
それがかの、東村山音頭1丁目から3丁目でした。
新メンバー志村けんの台頭。しかしそれをもワタクシは実見してません。
やはり欽ドンを観てましたね。もうドリフは卒業って感覚でした。
そのうちに今度は、「カラスなぜ鳴くの? カラスの勝手でしょ」
という歌が流行りだし、これは許せんと、憤然と視聴。
何が許せないかというと、これ、ラジオ欽ドンで読まれたネタなんです。
ワタクシはそれをハッキリと覚えてましたので、
こんな露骨な盗作いいのか?と、実際に観てみたわけですが。
第1コントの途中でカラスがいきなり現れ、カーと鳴く。
志村が立ち上がって子供達に促して、全員であの歌を斉唱。
PTAだかからも名曲を曲げて伝えるとかクレームがつきましたけど、
それ以前に、なんで欽ドン!サイドは抗議しないのか不思議でした。
ま、欽ちゃんは人が良すぎるんだね。
真相としては、街で子供達が歌ってるのを志村が耳にしたという事ですが、
あんなさして話題にもなってないネタを街で歌ってる
(それもかなり経ってから)子供がいるのかな。本当に不思議な話です。

しかし、その時に観た志村けんの才能には惚れ惚れしました。
加藤茶も作りコントの表現はたしかに上手かった。
でもこの志村には、作りコントを超えた表現力を感じました。
特に、合唱隊でのあの「アーア」婆ちゃんを初めて観た時は
本当にお腹がよじれるほど笑ったもんです。
だからそれからは、ちょくちょくチャンネル替えたりしながらも、
また全員集合も観るようになりました。
ヒゲダンスも早口言葉も、ちゃんと生で観ましたね。
ヒゲダンスは、当初は志村の作曲で売り出したんだけど、
ドゥー・ミーという曲のパクリだと判明した騒動もあったっけ。
停電スタートの時もキッチリと生で観ました。
あれだけのアクシデントはさすがに初めてでしたが、
考えてみればあれだけの長期間、生放送という事をあまり意識させないで
あれだけの大がかりなコントをやり続けてたんだから、凄い事でした。

中盤は先にも言った少年少女合唱隊。
由紀さおりとか布施明とか、ナベプロの歌手って歌は勿論実力があって、
その上でコントなどのお笑いも軽妙にこなせる、
本当に「芸能人」ってタレントが当時は多くて、
そんな彼らの活躍が楽しかったコーナーでした。
早口言葉もよくテレビの前でやらせていただきました。
ニャンコ子ニャンコ孫ニャンコの早口言葉はヤバイんだよなー(笑)。
あとは先に言ったディスコ婆ちゃんとか、カラスの勝手で
志村けんが締めて終わるってパターンでしたか。

後半はいかりやがバック楽団を指揮しながらのショートコントコーナー。
仲本工事による体操のコーナーで、キャンディーズやアイドルの
ホットパンツ姿で目の保養をしつつ(笑)、
桜田淳子の「私ってダメな女ね」コントなどを楽しみながら、
いつ加藤が出るかいつチョットだけよのコントをやるか、
今か今かとワクワクしながら観ておりましたねえ。
大概は一番最後にやるわけなんですけど、ごく稀に裏をかいて、
途中でやったりするので気が抜けないんだな、これが(笑)。
裏ではデビルマンやっていて、隙あればそっちに回してたのを見透かされた(笑)。
そうそう。全員集合全盛時は各局それを倒すために様々な刺客を送りだし、
NETは8時からヒーロー特撮の人造人間キカイダー、
8時半からアニメのデビルマンをやるという禁じ手まで使ったんですね。
あの当時の土曜夜は本当に至福の一夜だった(笑)。

加藤茶がズッコケながら「コマーシャル」と案内すると最後のCM。
スポンサーは冒頭のタイガーの他に、ライオン油脂・ライオン歯磨、
森永製菓がやっておりました。
ライオンのデンターTライオン♪とかは中CMだったですね。
ビトゥイーンライオン♪ とかも有りました。
森永では、高原の小枝を大切にの小枝チョコレートとかかな。
最後のCMが終わるとエンディング。
こちらは持ち歌のいい湯だなの替え歌でした。

ババンババンバンバン ハビバノンノン
ババンババンバンバン ハビバビバビバ
ババンババンバンバン ハビバノンノン
ババンババンバンバン ハーァビバノンノン
笑ったね 歌ったね 笑う角には幸せが来る
いい事だ ハハン いい事だ ハハン
皆さんサヨナラ ご機嫌よう
ババンババンバンバン
「風邪ひくなよ」
ババンババンバンバン
「宿題やれよ」
ババンババンバンバン
「歯磨いたか」
ババンババンバンバン
「また来週~」

最後はカトちゃんがテレビに向かって毎回違った呼びかけを。
ただこのエンディング、生放送なのでいつも時間が押していて、
大体はせわしない感じでやっていたし、ヒドイ時には
1分かからない感じで物凄い早演奏で切り上げてましたっけ。
バンドの人も大変だったよなあ(笑)。
かと思うと、妙にゆったりとエンディングをできる時もごくたまに有って、
きちんと2コーラス歌えたのはもちろんのこと、
エンディング冒頭カトちゃんが出演者にマイク向けて
軽いトークまでやったり、これが本来のエンディングなんだろうけど(笑)、
ほとんどは早回し演奏で1コーラスだけだったと思う。
だから2コーラスきちんと歌える人いないと思いますね(笑)。
ドリフ大爆笑の歌詞ともダブっちゃいそうだし。


なんか、折しも加藤茶さんの入院というニュースが入ってるんですが、
入院はチョットだけよ、カトちゃん(笑)。
ババンババンバンバン 「体は大事にしろよ~」

全員集合jpg
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
土曜日の定番でした。
懐かしいです。
 荒井さん在籍時、カトちゃんと仲本さんが、いわば「2本柱」だった気がしますが、志村さん昇格後は、だんだん「志村けんショー」的に変わっていきました(もっとも、定着するまでに時間を要しましたが…)。
 もっと、懐かしいのが「出発進行!」です。なんで、一時期ドリフがお休みしたのか、私もよくわからないのですが…正直、クレージーとドリフの客層の違いが、大きく出てしまった番組だった気がします。何かが違う!今ひとつ…と言ってる間に番組自体が終ってしまいました。いや、どちらも好きだったんですけど。
 などとホザキながら、途中から「ひょうきん族」にハマってしまったのが正直なところです。正直、ドリフの笑いも後半は「楽屋オチ」のネタなんか使っていた気がしますが…。  失礼しました!
2006/11/04(土) 17:46:51 | URL | おやじバンザイ
刺客・ひょうきん族
仲本さん、高木さんは笑いへの傾注に不満が有りました。
加藤さんもそれが有ったという話も有りますが。
仲本さんは体操コーナーだけだったですよね。

志村さんブレイク後は志村さんがメインとなるわけですけど、
そんな当時のたしか永谷園だかのCMで、
いかりやさんが加藤さんと志村さんの頭を抱えながら、
「両方、ヨロシク」って言うCMが有ったんですよね。
加藤さんも補助的になったけど、往年のギャグを散りばめつつ頑張ってました。

出発進行への移行に関しては、プロデューサーの居作さんの著書に
詳しく書いてあったと思いますので、検索すればわかるんじゃないでしょうか。

ワタクシもひょうきん後は主にそちらを観てました。
ただ、時々はこちらにもチャンネルを合わせてたのですが、
たまにひょうきんのネタとかもやってましたね。
そもそもはひょうきん族の方で全員集合ネタをやったのが最初で、
裏番組の話をネタにしてしまうというのはテレビ史上画期的だったのですが、
それに全員集合も呼応した形でした。
この頃、TBSとフジの一部の番組で、このような交流が有りました。
欽ちゃんの攻撃になんとか耐えたドリフも、
第二の刺客・ひょうきん族にはとどめを刺された形でしたね。
2006/11/05(日) 00:14:11 | URL | ごいんきょ
ア~ア婆ちゃんって?
 とうとう、この番組に着手されましたか。ん~、さすがにボリュームたっぷりですネ。

 私は小学校低学年の頃が一番のめり込んで見ていましたネ。昭和46~48年頃です。
 最初の大掛かりなコントのコーナーはパターンが決まっていましたが、趣向を凝らしたり新しいギャグを盛り込んだり、何とかマンネリにならないように工夫はされていましたネ。

 記憶にあるギャグとしては、ストロボを使ったガイコツ踊りなんかがあります。あと学校コントの「エマニエール エマニエール エマニエール 芋煮えた?」という映画ネタ。
 長さんが体中に電飾を付けて、ダウンタウンブギウギバンドの「スモーキン・ブギ」に合わせて「パッパ」と点灯するネタがありました。それでこの歌の存在を知ったものです。

 カトちゃんのハゲづらお巡りさんが「女のみち」を歌いながら登場するのも好きでしたネ~。酔っているという設定なのか、その後にゲロねた‥‥。子どもはこういうのが大好きなんです。「どうも、スンヅレイしました。」ってやつをキャンディーズといっしょにやっていたのを覚えています。

 本文中の「ア~ア婆ちゃん」って、激しいエレキギターの演奏で
ジャジャンカ ジャカジャカジャッ「ア~ア」
ってヤツですか?

 話は変わって、中CMでは、
郷ひろみさんが出演していた、「体にイイこと、何かやってる?」と言うサンキストドリンク、
キャンディーズが出演してしていた「♪○○するのも旅ならば 食べて歩くのも旅なのさ」(○○の部分は失念(^^ゞ)という歌のライオン・Lパック、
古いところでは「ボルガの舟歌」の替え歌の、ドリフが出演していた森永コーラス、
といったところが記憶にあります。

 ドリフのタイアップでは、トンボ鉛筆の「首チョンパ」!
↓こちらのトンボ鉛筆公式ブログ(!)に画像がアップされています。
http://www.tombow.com/blog/archives/2005/11/w.html

 裏番組には悩まされました(^^ゞ 『人造人間キカイダー』は苦渋の選択でした。その後は『欽ドン』。『欽ドン』の頃は7:30からの時間帯もNETとの葛藤が。(それは『欽ドン』の項に書けばイイか。)

 ドリフということで書かせていただきます。
 「ズンドコ節」の最後に長さんが「元歌ぁ~!」と叫ぶんですが、子どもの頃は何と言ってるのかわからず、「戻った~」と言っていると思っていました。
 「誰かさんと誰かさん」のB面の「おこさ節」のエンディングが面白くって、何度も聴いていました。こういうギャグはだれが考えているのでしょう。たかしまあきひこさんのセンスですかネ?

 たかしまあきひこさんといえば、前半コントの回り舞台のテーマとも言える「盆回り」のCD化が望まれていましたが、現在発売されているドリフのベスト盤にはコンピューターの演奏ながら同曲が収録されています。

 エンディングの短縮超ハイスピードバージョンの演奏はすごかったですネ。時間の尺に合わせて演奏するプロの技ですヨ。生バンドならではの芸当です。
 このエンディングで、最後(とその一つ前くらいも)に登場していた出演者がそのままの扮装で、しかも汗だくだったのが印象深いです。

 この番組の魅力というのは、同時代性が重要だと思っていました。しかし、最近発売されたDVDを知り合いに借りて我が息子たちに見せたら、これがウケルウケル! 私が飽きても、息子たちは同じコントを何回も見ているんですヨ。世代を超えるパワーがあるんですネ。
2006/11/05(日) 11:10:51 | URL | 自由人大佐
ディスコ婆ちゃんです
いやいや。これでもかなり手を抜いてるんですよ(笑)。
まあ、ほとんどの事はとっくに彼方此方で語られてるんで、
ワタクシならではの視点というと、最低限はこんなもんですか。
と言うか、大佐殿こそ大層なボリュームのコメント、有り難う御座います(笑)。

ガイコツ踊りというのは、場内を真っ暗にして、
ライトの骸骨ユニフォーム着たメンバーが騒ぐヤツですね?
エマニエル イモ煮えた と言えば
アーミーマーユーヤーユーってのも志村さん出始めに有りました。

女のみちもありましたねー。ヘックシ!
風呂帰りには必ずマネして歌ったなあ。
ぴんからのマネじゃなくて、カトちゃんのマネでね(笑)。
子供でも演歌を歌ってた時代ですよ。
我々の世代が、一番創作物に幅広く対応できるのかもしれないですね。
オエーってのも定番だったなあ。
最初は酔ってるから吐くって感じで、何回か繰り返すうちに
いかりやさんを観てオエーッとやるという。
あれはその後、いろんなギャグ漫画で使われましたし、
学校でも、女子に向けてからかって必ずやったものです(笑)。

アーア婆ちゃんはディスコ婆ちゃんですよ。本文中でも書いてます。
また飛ばして読んだな。もったいないお化けが出ますよ(笑)。

>体にイイこと、何かやってる?
あったなー(笑)。これは笑った(笑)。
キャンディーズの方はまだ思い出せません。
森永コーラス… 懐かしすぎるわ!(笑)
エイコーラ エイコーラ 森永エイコーラ
ってやつですよね。あれはドリフだったんだ!
歌だけ覚えてて、ずっとなんの歌だったか思い出せなかったんですよ。
いやー、今回の大佐殿には笑かしてもらった(笑)。
首チョンパはこの番組と直接は関係ないですよね?
番組中のギャグにした事は勿論ありましたが。

NETはこの番組とずっと張り合ってて、
その昔は近衛十四郎の素浪人シリーズから、キカイダー&デビルマン、
暴れん坊将軍などで気を吐き続けてました。
7時半からも、王者のライダーからあばれはっちゃくまで、
好シリーズが目白押しでしたね。

元歌→戻ったの話を見て、ワタクシもミクロイドSの聞き違いをネタにしようとしてたら、
ネタにするのを忘れて、ガッツさんに訂正されちゃいました(笑)。

回り舞台の曲は『盆回り』っていうんですか?(苦笑)
ベスト盤に入ってるんだ(笑)。
じゃあ、エンディング曲の正しい歌詞をフルコーラスでわかる人もいますね。

エンディング曲はなんでレコードとかテープだと早回しって無いんだろう?(笑)
やはり、生演奏だと早演奏も絵になるからでしょうね。

ドリフのギャグは時代性に左右されないのが多いですよ。
それは原初的なギャグだからです。
だから「卒業」って概念が芽生えたんですよね(苦笑)。
2006/11/05(日) 23:25:03 | URL | ごいんきょ
数あるコントの中で
私は、急斜面を登ろうとして滑り落ちる『陽のあたる坂道』(でしたっけ?)が、何故か好きでした。
最後にゲストの八代亜紀が和服で出てきて、楽々と登ってましたね。
相撲部屋とか忍者、剣道のコントで使われていた『祭足袋』をはいていたと思われます。
細かくて、すみません。(汗)
2006/11/06(月) 12:31:53 | URL | W.B.
陽のあたる急な坂道
ですよ。
『陽のあたる坂道』ってのはきちんとした作品があります(笑)。
あれが嫌いな男はいないでしょう(笑)。
あんな露骨な企画も無かったですね(苦笑)。
よくゲストも承諾してたよなあ。
考えてみれば、仲本さんの体力の衰えからか体操コーナーが無くなってたかな?
太股企画の後継なんでしょうね(笑)。
浜田朱里ちゃんがセーラー服で挑戦した時には、かなり興奮しました。
でも、きちんと登りやがったんだよなあ。
ああ、やがったなんで、こんなお上品なブログで(笑)。
まあ、それだけ悔しかったと。芸術的にね(笑)。

足袋履いてたかなあ? それは覚えてないです(苦笑)。
2006/11/07(火) 05:26:30 | URL | ごいんきょ
足袋
実は、あの足袋が気になってました。(汗)
地下足袋は白いものでも、布地が厚く、爪先、踵に補強がありますけど、ドリフが使ってた祭足袋は、普通の足袋に裏だけゴム底を付けたものですねぇ。
なんで裏が茶色いのかなぁ?って疑問に思ったのが始まりでした。
最近では、暴れん坊将軍の敵の家来役の大部屋俳優が祭足袋でたち回りしてましたね。
斬られて倒れた際の、ゴム底を映さないカメラワークも見事でした。
お見通しの私は、もっと・・・。
2006/11/08(水) 20:44:10 | URL | W.B.
履き物評論家か(苦笑)
乗り物だけでなく、履き物にも愛着を持つW.B.さん。
たしか、連想ゲームのアシスタントの靴下が好きだったというのが
当ブログへの最初のコメントだったと思います。
うん。さすがはブログ界の聖徳太子(笑)。

>地下足袋は白いものでも、布地が厚く、爪先、踵に補強がありますけど
知らんがな(苦笑)。

>ドリフが使ってた祭足袋は、普通の足袋に裏だけゴム底を付けたものですねぇ。
知らんがな(笑)。

>最近では、暴れん坊将軍の敵の家来役の大部屋俳優が祭足袋でたち回りしてましたね。
知らんがな(大笑)。
2006/11/08(水) 20:53:45 | URL | ごいんきょ
評論家かも
見る目が違うってことでしょうなぁ。
靴下じゃなく、白いブーツでした。
(核爆)
2006/11/09(木) 01:45:44 | URL | 思いっきりばかにされてるW.B.です
いや
べつに馬鹿にしているつもりはないですが。
面白かったですよ。なんか笑っちゃいました。
でも、暴れん坊将軍で足袋履いてましたねとか言われても
知らんがなとしかいいようが無いです(笑)。

ああ、ブーツでしたね。白ってんで靴下と思っちゃったんだな。
アグネス・チャンにそんな歌が有ったのです。
2006/11/09(木) 07:08:04 | URL | ごいんきょ
未だここで話題にしてない定番
として後半のコントとして記憶しているカトちゃんの田舎の駐在さんのコントがそうぴんからトリオの女の道を口ずさみつつ自転車で舞台を駆け抜けていくというものがなかったろうか

あれがあったからこそ後の吉本で駐在さんとしてテレビのレギュラーが生まれえたのではなかろうか
2006/11/11(土) 21:32:34 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
志村うしろ~!
ありましたねえ、まだここで話題にしてない定番。
お化け屋敷コントなんかで、カトちゃんとか志村さんの後ろにお化けがくっついてて、
なかなか気付かないでずっと後つけられるってやつ。
会場の子供達がたまらずに、「加藤~!」とか、「志村ー! うしろー!!」とか
声をからして教えてるのね。
もうね。馬鹿じゃないかと思いながら見てました(苦笑)。
声の感じからして似たり寄ったりの年代だったと思うんですけど、
お前らコントもわからんのかと(苦笑)。
ありましたありました、気付かない出演者に注意する「○○うしろー!」。

● ガッツさん
志村うしろー!! 後ろ見ろ、後ろー!
2006/11/12(日) 00:27:37 | URL | ごいんきょ
後ろの者です(^^ゞ
>ガッツさん
 「女のみち」‥‥。
2006/11/12(日) 00:43:30 | URL | 自由人大佐
なになに
ガッツさんはきっと、志村うしろネタの方を振りたかったのです(笑)。
長い本文や数多くのコメント全て目を通す人は少ないでしょう。
気にする事は無いんですよ。
かく言う大佐殿だって、そんな事しょっちゅうなんですから(笑)。
2006/11/12(日) 01:20:06 | URL | ごいんきょ
83以前の全員集合
 1983年以前の「8時だヨ!全員集合」のビデオをお持ちの方、ビデオ交換を希望しておりますので連絡をお願いいたします。
 1983年以前でスポンサーだった「タイガー魔法瓶」の旧ロゴの時を希望しております。

http://blogs.yahoo.co.jp/roku79
2006/11/12(日) 16:45:56 | URL | MVP
タイガー魔法瓶
ガッツさんの指摘でけっこう鋭い部分もあって、
たしかに駐在さんシリーズとかこち亀とか、
お巡りさんに愛嬌を感じさせたあのカトちゃんの演技が無かったら
生まれてないかもしれないですね。

● MVPさん
ここってそれほどアクセス数多くないですから(笑)、
成果はあまり期待できないですよ。
での、そんなビデオを持ってる人が本当にいれば
ワタクシにも連絡ほしいな(笑)。

本文に書き忘れたんですが、タイガーは提供紹介の時、
画面いっぱいに虎のマークの社印が映ってましたね。
2006/11/12(日) 19:48:12 | URL | ごいんきょ
意外な裏番組
あれは確か1973年の1月から3月にかけてだったと思います。
この時期、12チャンネルでは「全員集合」の真裏で「なつかしの歌声」を放送していました。(ただし8時半まで)
親がチャンネル権を握る事も多かった我が家では、この3か月間強制的に「なつかし…」にチャンネルを合わせられていました。でも今にして思えば、他局ではなかなかお目にかかれない昔のスター歌手の歌う姿を拝む事が出来たのは収穫だったと思います。
その前後の時期は「全員集合」をフル祖で観ていました。
「なつかし…」について詳しくは番組ファンサイトで…と思ったのですが、どうやらそのサイトは閉鎖されたようです。
管理者の懐メロに対する妙な拘りについていけない人も多かったことが閉鎖の主な理由と思われます。
2007/04/24(火) 18:06:51 | URL | うみがめ
イエローカード
まず始めに申し上げます。
余所のサイトを取り上げるのは構いませんが、
否定的コメントはご遠慮願います。
欠席裁判になりますし、どのようなサイト方針であれ、
それはそこの管理者の自由ですので。
参加するのは閲覧者の自由。
閉鎖するのは管理者の自由で、ウチの与り知らぬ事であります。

なつかしの歌声は、我が家もよく見てました。
が、全員集合の裏に来ていたのは知らなかったですね。
我が家で見ていたのは初期から丁度その時期の直前までだと思います。
おかげで、同年代が知らないような懐メロも相当数歌えるワタクシです(笑)。
2007/04/24(火) 19:38:16 | URL | ごいんきょ
これは失礼しました
仰る通り、誤解を招く表現でした。以後気をつけます。

ところで、懐メロつながりで言えば、毎年夏に放送されるNHK「思い出のメロディー」もかつては「全員集合」の真裏でした。
2007/04/24(火) 20:35:49 | URL | うみがめ
へえ
失礼は向こうさんにであって、ウチにはどうでもいい事なんですが(笑)。
解って下さればそれで何よりです。
勿論、先方が歴とした公人であれば判断は多少甘くなりますが。


思い出のメロディーって昔は曜日固定だったんですか。
2007/04/24(火) 22:56:14 | URL | ごいんきょ
思い出のメロディー
曜日固定と言うよりも、毎年8月の第2土曜日(勿論今も)で放送されているのです。
「全員集合」の裏と言えば、NHKでは一時期「刑事コロンボ」もやってましたね。
2007/04/25(水) 08:14:51 | URL | うみがめ
ああ、そうですねそう言われれば。
コロンボは全員集合の裏だったんですか。
だから初回は見てなかったんだ。
2007/04/25(水) 18:47:08 | URL | ごいんきょ
ギャングコント
新オバQに続き、2回目のコメントです。

全員集合のコント分析であまり取り上げられないのが不思議なのですが、ドリフが銀行ギャングに扮するコントが忘れられません。クライマックスで4人が車で逃走するんですが、スクリーンプロセスに映写された景色がメチャクチャ。ミニスカートの女性の足元だったり、歩道橋を上っていったり・・オチはたいがいジェットコースターでしたね。
私は志村けん世代なので、志村加入後のコントかと思うのですが、75年の千葉真一主演映画「直撃地獄拳・大逆転」の中でもセスナで同じようなことやってるんですよね。セスナで千葉真一一行がトンネルを通過するという暴挙。
この元ネタは果たしてドリフだったんでしょうか?

ちなみに私が観ていたころは、だいたい年1回のペースで放送されていました。母ちゃんや学校、金田一などに比べるとOA率がかなり低いコントでしたね。
2007/06/07(木) 21:37:48 | URL | amani
ギャングコントもよく覚えてますよ。
スクリーンを使うネタは、囚人コントの脱走劇でもよく使ってました。
映画の方は、実際を見てないのでなんとも言えません。
2007/06/08(金) 04:24:35 | URL | ごいんきょ
石橋を叩いて渡る
更新停止期間中に「全員集合」のDVDBOXを買って観て見ると、私よりも娘たちのほうがはまっているようです。

ちなみに私が特に好きだったコントは次の2点です。

①学校コントのことわざの唱和
 志村だけおかしなことを言っていて、それがおかしかった。

例:「我田引水」→「井上陽水」
  「一攫千金」→「一階家具売り場」
  「二兎を追うものは一兎をも得ず」→「二階三階も家具売り場」
  「骨折り損のくたびれもうけ→いかりやゾンビくたばれ長介」

等と続き最後は全員で

「石橋を叩いて渡る」→「いかりやを叩いて殺せ」

で締めていました。

②志村と桜田淳子の夫婦
”パララ~パララパラ~「私ってだめな女ね、あなたの妻でいる資格資格なんてないわ」
「そんなことないって」
「それじゃ私のこと愛してる?」
「愛してるよ」
「ホント?」
「本当だって」
パララララ~パララ~パララ~
「淳子、幸せ!」”

ほぼこれの繰返しで(最後は志村が淳子の役をやる、その前に必ずキャバレーのマッチが出てくる)ある意味クドイんですがこれがあまりにも大げさで面白かったです。

ところで、あのアルトサックスは誰が演奏しているのでしょうか?
2007/12/20(木) 23:27:02 | URL | yig
あのDVD、番組本来の形式で収録してないのでワタクシは嫌いです(笑)。
レンタルで済ませて良かった。
番組名物素敵なゲストが、歌も楽しくみんなでわいわい騒ぐ番組ですからね。
コントだけで全員集合として売っているのは看板に偽り有りです。

淳子さんのコントは当時から大好きでしたね。
暖めていない味噌汁をダーッと口から垂らす志村さん(笑)。
2007/12/21(金) 06:42:01 | URL | ごいんきょ
フルバージョン
そういえば、「ドリフ大爆笑」のほうは歌を含めたフルバージョンで
CS(ファミリー劇場)でOAされていますが、(これも娘たちがハマっています)、「全員集合」は未だに無いですね。
歌のシーンが懐かし番組で使われることはありますが……

歌のコーナーで最もインパクト大だったのは
沢田研二「サムライ」
のほぼ半裸に近いスケスケラメシャツです。
あれにはビックリ仰天!!でした。
2007/12/21(金) 22:30:22 | URL | yig
そうなんです。
ドリフ大爆笑がファミリー劇場で初めて放送されたのは、もう結構前の話ですが、
一度アナウンスされた後、ポシャッた事が有るんですよ。
ワタクシは歌を含めた番組の権利クリアが容易でない事はなんとなく知ってましたから、
最初にアナウンスされた時は、驚喜し、感心し、そして懸念したんですが、
その悪い予感通りになっちゃいましてね。
しばらくして本当に放送実現した時には、ほとほと感心したものです。
安易な形で放送せずに、番組本来の姿のままで放送しようとしたその姿勢にね。
自分達の番組をズタズタに切り裂いてバラ売りしている連中には、
こうした志はわかりますまい。
もっともその後のファミ劇は、禁止用語の音声消し頻発で堕落しましたが。

サムライ。阿久悠さんですね。
あの頃の沢田さんはいろいろカブいてましたからね。
トキオのパラシュートも驚いたけど、恋のバッドチューニングだったかな?
目の色が金色だかになった時には、
おふくろが大爆笑して目の色変えて喜んでました(笑)。
2007/12/22(土) 05:00:54 | URL | ごいんきょ
カサブランカ・ダンディー
他にもいろいろありましたね。
「ダーリング」:セーラー帽を上に上げてそのまま頭に落とす
「麗人」:辮髪のつけ毛をぐるぐる振り回す
「カサブランカ・ダンディー」:
ウィスキーの瓶を手に持ち、ウィスキー(もしかしたらそうではないかも?)を口に含ませた後、上を向いてブウッーと吹く

さて「カサブランカ・ダンディー」
といえば、前半コントの中で
「聞き分けのない女の頬を、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ…」と続いていく歌をコントの中のTV
に映ったジュリーが歌っている、
というシーンが思い出されます。
但し、どのコントで、そのとき志村(これは間違いないと思います)
がどんな動作をしたかは覚えていません。
覚えている方がいるとうれしい!
2007/12/23(日) 23:49:45 | URL | yig
カサブランカ・ダンディーの霧吹き、何度マネした事か(笑)。
そんなヤツはワタクシだけではありますまい。
その代表格が、プロレスのグレート・カブキでしょうけどね(笑)。

そのコントも、なんとなくですけど有った気も。
ネタから考えると、志村さんが何度もはたかれるんでしょうね(笑)。
2007/12/24(月) 04:21:19 | URL | ごいんきょ
タイアップ商品
として確実にあるのはライオン版ごきぶりホイホイとしての「ごきぶり全員集合」のみであるのだが他にも存在していたのであろうか
ちなみにライオンは殺虫剤からは暫く撤退の後に中外のバルサンブランドを引き受けた形になりエコ的な観点の新製品さえ出たわけだがその製品が今回収騒ぎになっておりどうせ殺虫成分無しのものならこれを復刻させてもよろしかったのかも

ps遅ればせながら再開おめでとう
2007/12/24(月) 15:47:23 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
おぉ。
やっとガッツさんがお見えですか。
ここは第一期氷河期というのが有りまして、
やはり半年ほど開店休業だったのですが、
その時に孤軍奮闘でコメントをくれ続けたのがガッツさんでね。
なんとかこのブログの行く末を最後まで見届けて欲しいと思っておりますよ。
その独特の文体が無いと、ここも復活半分です(笑)。

ゴキブリ全員集合ってドリフが宣伝してましたっけね。
なんとなくCMも覚えてます。
2007/12/25(火) 07:41:49 | URL | ごいんきょ
停電
私は笑いに関してはオクテだったのか、ドリフの面白さは小学生の頃はわからず、全員集合もちゃんと見るようになったのは昭和51年ごろからでした。今になって面白さがわかるようになり、返す返す残念です。
番組中に停電が起きた時は見た記憶があるんですが、いかりや長介著「だめだこりゃ」などに書いてあるのと違って、番組が終わる間際まで停電していたと覚えています。
私の単なる記憶違いなんでしょうか。それとも停電は二回あったんでしょうか。
私の記憶の中では長さんが「えー、とうとう暗い中で間もなく番組終了でございます」とか何とか言って、ババンババンバンバンがかかり、電気がついて「おう、やっと点いた」で、最後に加藤茶の「お風呂入れよetc」だったと思うんですが・・・
2008/05/05(月) 20:17:51 | URL | あぶもんもん
ちょうどワタクシと入れ違いの感じですね(笑)。
志村世代という事ですね。

停電は、たしか後半まで断続的に有ったのかな?
40何分まで暗かった気もします。
エンディングまでには復旧していたと思うんですが。
2008/05/07(水) 01:55:02 | URL | ごいんきょ
90年代の土8は「加トケン」・「マジカル」・「やるやら」・「暴れん坊」の共存時代でした
私も年代は年代(20代後半)では古い番組も浅く広く知ってるほうだと自分で自負はしてるんですけど、やはりいちばん残念なのは、この番組を生で見る機会が全くなかったことでしょうかね・・・。何せこの番組が終わったのが85年の9月。当時私はまだ幼稚園年少組の頃でしたので・・・。ひょっとすると厳密には見たことは数度はあったのかもしれませんが、物心つく前なので、まったく記憶にないんですよね。

後年のDVDボックスとかで「東村山音頭」だの「タブー」だの「金田一耕助」コントだの「わたしってダメな女ね」コントだの「会社」コントを見ていても何れも抱腹絶倒で、これをリアルでみられた世代の方々は本当に幸せな人たちだなあ、と感じさせられます。

これは「コント55号のなんでそうなるの!?」のDVDをみたときも同じように感じました。かたや作りこまれた笑い、かたや型にはまらない笑いという真逆の方向性でありますが、何れも共通してるのは「笑いに対しての貪欲さ」というか「笑わせてやってるではなく「笑っていただく」という姿勢でやっている」という点でしょうかね。だから昨今の笑いにはよくある「鬱陶しさ」がなく、ナンも考えずして笑えるわけですよね・・・。これが本物の「お笑い芸」の真髄、根幹であると本来は想うのですが、こういう姿勢は今の時代には既に時代遅れになっているのでしょうかねぇ・・・。淋しい限りです。

私の小学校の頃には既に「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」VS「ウンナンのやるやら」(途中、外国のアイドルグループが出演した際に、体を張ったコントをやっている最中に事故が起き、その一人がそれが原因で死亡してしまい、急遽終了してしまったある意味不運の番組)VS「マジカル頭脳パワー」VS「暴れん坊将軍」という構図になっていて、この番組が仲良くそれぞれ20%ずつ視聴率を分け合っている、そんな時代でしたね。
見事になぜか4番組ともターゲットとしている世代がちょっと違いがあったんですよね。
加トケンは「全員集合」に比べてみると若干大人の世代をターゲットにしていましたね。「探偵物語」というシリーズもののコントを毎週必ず、「全員集合」の前半の21分コントと同じ位置付けでやっていて、確か、加藤・志村の金のない私立探偵2人が、都会のマンションで一緒に暮らしており、そこに謎の指令役からの電話がかかり、様々な珍妙な依頼を受ける、っていう感じで毎回始まっていました。
記憶にあるのはハナ肇さんと朝丘雪路さんの出演された回。特にハナさんのときは志村・加藤ご両人がこれでもかとばかりにハナさんに応酬を掛けているのがかなり絵柄的にナンセンスで笑えました(これはもっとも「かくし芸大会」での銅像ネタが原型ではありますが)。

「やるやら」は91年かそこら辺絡み始めた記憶があります。むしろ当時は小学生をターゲットにしていたのはこの番組のほうでしたね。マモー・ミモーとか、内村の強烈なキャラ変装がかなり凄かった・・・。これは後の「笑う犬の生活」の弾けっぷりにも通ずるものがあります。
この番組は当初は木曜のとんねるずの「みなおか」が一時充電期間を設けるということで番組を休止した際に、その穴埋めとして始まった番組で、当初は充電期間として設定された半年で終わる予定でしたが、好評を得て、「ひょうきん族」のあと不振にあった土曜8時台に移動して継続されることとなったという経緯があったりします。木曜の最初機の頃は確か、アパートでルームシェアをしてる学生という設定でウンナンが出ていて、そこになぜか大家役で菅井きんがやかましく怒鳴り散らかして・・・とかいう感じでいつも始まっていました。確か最初の頃は公開形式でしかも生放送でやっていたと想います。

「マジカル」は土曜時代は、全く子供を相手にしていない(汗)、逆に大人が持っている高度の知養を試すというコンセプトで始まった番組で、この番組もこの最初の頃からちょこちょこ見ていましたけど、子供の頃の自分には全く以て難解でなんかえらくオもぐるしい雰囲気の番組が始まったなあ・・・という印象がありました。中でも「推理ドラマ」という、サスペンスドラマ仕立ての出題VTRをみて、誰が犯人かを「論理を立てて」答えろ、というのが最終問題として必ず設定されていて、犯人が当たっていても「論理が間違っていると」不正解、というとてつもなく厳しい条件が付けられていたのが、かなり異質でしたね・・・それまでのクイズ番組に比べると。しかしこれを所ジョージは何こともないかのようにすらすらと論理的に説明して「正解」させていってしまうんですよね・・・。それまでは「おばか」を演じていた所が実は「アカデミックな人」だったということをこの番組でのあまりにも高い正解率で初めて知った人は多かったと想います。
後に曜日移動し、「マジカルバナナ」なんて子供だましを始めた時はちょっと呆れましたけど・・・。これぞ視聴率迎合主義の最たるものという感じでしょうかね。

「暴れん坊」はもういわずもがなです。しかし、この時代には既に老中役は有島一郎さんは亡くなられ2代目の船越英二さんに交代していました。完全にこの頃には人気安定期で、決まった人が決まって見る番組、という感じで、あえて挑戦的な試みを劇の中に入れるとかそういうことは一切してませんでしたね。親父がよくみていたので、(他の部屋にあったテレビが兄弟に占拠されてみられないときなんかは)付き合わされてみることも時折ありましたけど、刺激がなかった分、子供心には単調な感じがしてあんまり面白みはなかったですね・・・。

とまあ、こんな思い出がそれぞれの番組にはありますね。
ただ、もはや一つの強大な勢いを持った番組がみなが揃って見ている、そういう時代ではなくなっていたのは確かですね。

TBSも今年からは土曜8時はドラマ枠になっていて、以前よりも視聴率がよくなっているという話だそうですが、なんか隔世の感がありますね・・・。唯一昔の土8らしさを残しているのは「めちゃイケ」ぐらいなもんでしょうか・・・。まあ、この番組はナインティナインの岡村が大御所ぶった仕草を見せるようになった時点でつまらなくなってしまうと想いますけど・・。
2008/05/09(金) 04:24:51 | URL | Blue
あとで読み返したら、相変わらず誤字脱字の多いこと・・・。読みにくい文章で大変申しわけありません(汗)。
2008/05/09(金) 04:29:11 | URL | Blue
誤字脱字、特に問題ないでしょう。
ワタクシもよくやりますが全く気にせずです(笑)。
力作コメントですので帰宅後に返信させて頂きます。
2008/05/09(金) 07:05:41 | URL | ごいんきょ
前にも書きましたが、ドリフの笑いは比較的、
世代を超えて理解しやすいと思います。
勿論、中には当時の風俗などを盛り込んでいて、
理解できないものも有るには有るのですが、
原初的なギャグの方が圧倒的に多いですね。

55号の笑いは、リアルで見てないと本当には理解しづらいです。
テレビ文化というものを草創期から見てきた者には斬新だった、
その生である事を生々しく伝える手法は、
思いつきの進行が当たり前になった今日のテレビに毒された世代には、
むしろ古臭く感じるだけでしょう。
一番新しいものは、すぐに古くなってしまいます。
Blueさんはテレビ史もある程度踏まえる事ができるから、
ある程度コント55号の面白さも理解できるんでしょう。

ドリフは子供だけを主な対象として怪物番組となりました。
これはテレビが一家に一台だった事が大きいんでしょう。
PTAなどで必ずやり玉に挙げられましたが、
批判されるという事は、批判している人も見ている、
という事ですからね(笑)。
2008/05/13(火) 04:55:12 | URL | ごいんきょ
イカリソース
志村けんが出てから意識してよく見るようになったのはたしかですが、荒井注も好きでした。ズンドコ節を始め流行った曲はだいたい覚えてましたし。
イカリソースのCMって、荒井注が現役だった頃のはずですよね。チャッチュッチョコブ、チャチュチョコブ、イカリソースはチャチュチョコブ、俺はいかりやソースはイカリ、というCMです。最近になって判ったんですが、チャチュチョコブって、たぶん茶、注、長、工、ブーのことだったんでしょうね。
2008/05/27(火) 05:00:46 | URL | あぶもんもん
♪チャチュチョコブー
あぶんもんさんはじめまして南うなみです。書いておられるので正解ですよ。うなみが子供の頃は注さん現役で「ジスイズアペン~」が流行っていました。小学館の学習雑誌のマンガ(顔は写真、胴体はまんがなの)でも中本工事さんや高木ブーさんより扱いは上でしたね。
2008/05/27(火) 21:52:09 | URL | 南 うなみ
南うなみさん、はじめまして。ご返事、ありがとうございます。荒井注は一目おかれていましたよね。歌の歌詞でも視点が違うというか。もっとも、ドリフの歌って、妙に大人向けでしたよね。「やって来ました倦怠期」って、三十年経ってやっと解るようになりました(泣笑)。
タイ語で「チュー・アライ?」って「お名前は?」という意味があるんだそうです。で、ふと思ったんですが、ドリフのメンバーの芸名はハナ肇がつけたらしいので、もしかしたらタイ語が隠されてたんじゃないかな、というのは考え過ぎでしょうか。
谷啓は「テレマカシー」(インドネシア語で「ありがとう」)というギャグを使っていたし、スーダラだってインドネシア語のミスターの意味らしいです。戦後間もない頃ですから、復員兵の耳に残っている言葉をギャグに使ったんじゃないかという想像もそれほど突飛ではないと思うんですが。
2008/05/28(水) 04:31:40 | URL | あぶもんもん
タイ語が隠されているかどうかは…
推測の域を出ませんが、昭和にバンドからお笑いへ転身したいくつかのグループではバンド用語や外国の言葉をもじっってギャグにしていた方が沢山おられたようですね。出始めのタモリさんの根多とかにもそういう遊びがたくさんありましたね。外国語の響きが面白く感じられたのかも。ドリフの根底にそれがあっても不思議じゃないですよね。昭和50年代演歌で一世を風靡した「殿様キングス」も元は大阪で活躍していたコミックバンドやったわけやし。同列で論じるにはあんまりなたとえやけれど…。青島さん→クレージーキャッツ→ドリフみたいな流れでギャグが増幅されていったんでしょうね。

2008/05/28(水) 21:42:41 | URL | 南 うなみ
● あぶさん
おー! あったなあチャチュチョコブ。
その言葉だけは思い出しましたが、イカリソースのCMだとまではとても思い出せません。
でも、当時からメンバーの名前から取った言葉とは認識していたと思います。

倦怠期、わかるようになりましたか(苦笑)。
荒井さんの芸名はどんな感じだっけな。
ご指摘の件はなんか違う気もしますが。


● うなみさん
週刊ジャンプにはドリフの漫画が有りましたが、小学館学習雑誌の方はまったく知りませんでした。
当時は全誌読んでいたはずなんだけどな。
志村さん時代かな?
2008/05/29(木) 05:58:42 | URL | ごいんきょ
DVD発売
 7月にDVD-BOXの第3弾が発売されるそうですネ。今度こそ「ディスコ婆ちゃん」や「体操コーナー」が収録されることを願っております。
2008/05/31(土) 09:23:25 | URL | 自由人大佐
いやー、ワタクシはそれより、完全版を出して欲しいです。
オープニングからエンディングまで、1分もカットしてない奴。
できればタイガーや森永のCMも入れて欲しいくらいで(笑)。
2008/06/01(日) 20:17:35 | URL | ごいんきょ
完全版かぁ イイなぁ、それ
 そうですよネ。言われてみれば、細切れの「傑作選」と称する編集モノではなくて、放送当時の再現が見たいですよネ。できればゲストの歌も含めて‥‥。となると、とてつもなくハードルが高くなってしまいますネ‥‥。さらにCMも収録となると、ハードルどころか棒高跳びになってしまいますが‥‥。

 「体にイイこと、何かやってる?」
 「♪温かい手から手へ ほほっほ ほっほほ ほっほ」
 「♪人に逢うのもー旅ならばー 食べて歩くのもー 旅なのサー」
 「高原の小枝を大切に」

 さすがに提供テロップの映像とアナウンスは、当時のものは残っていないでしょうネェ‥‥。

 なぜか「明治カール」や「大正ごきぶりゾロゾロ」、「ハウスシチュー」のCMを見た記憶があるのは、番組が終了したあとのスポットCMや、後の時間帯の『天気予報』や『バーディ大作戦』の提供だったのでしょうか。
2008/06/02(月) 23:17:30 | URL | 自由人大佐
いや。この番組なら、CMまで入っているVTRがどこかには存在しています。
ただ、そんなものを商品化する発想と熱意が、常人には絶対に存在しないわけですが(笑)。
クレージー関連だと、そういう商品が一つ有って、
あれは本当に感激ものでしたよ。

並べられたCMの中つがわかりません。
森永と言えば、やっぱりチョコフレークですね。
♪ チョッコフレーク チョッコフレーク
  風のように軽い 風のようにかーるい
  森永 チョッコフレーク
  ピポピポ

バーディのスポンサーに明治がいましたね。
ライバル二者の二階建てだったわけです。
大正やハウスはどうだったかな。
2008/06/03(火) 07:31:26 | URL | ごいんきょ
DVD,おいらも楽しみだ
完全版もいいけど,歌もいっぱい欲しいなぁ。テレビ探偵団なんかでやっていたのは,ほんの数秒で終わっていましたモンね。いしだあゆみや奥村チヨ,ちあきなおみから風吹ジュン,ポピーズまでマイナーなもの希望でやんす。
それだけみんなの思い入れが多い番組ですね。
2008/06/03(火) 22:32:14 | URL | いくちゃん
問題を出したわけではないのですが(^^ゞ
 悩ませてしまいました(^^ゞ

 「体にイイこと、何かやってる?」
はサンキストドリンク

 「♪温かい手から手へ ほほっほ ほっほほ ほっほ」
はホントは
 「♪温かい手から手へ
 温かい心が
 ほほっほ ほっほほ ほっほ」
でタイガー電子ジャー炊きたて

 「♪人に逢うのもー旅ならばー 食べて歩くのもー 旅なのサー」
はライオンLパックでした(^o^)

 記事本文にあった提供スポンサーから、記憶にあった当時のCMを並べてみたんですヨ。

>バーディのスポンサーに明治がいましたね。

 な~るほど~! でも、ほとんど見ていなかったのによく覚えていたもんだ。私ってスゴイ!
2008/06/03(火) 22:46:15 | URL | 自由人大佐
少数派かなあ…
 CM入りに関しては発想くらいはしてるんじゃないでしょうか。CMに熱意持っている人の多さってのはネット上のやり取りだけでも半端じゃないことは分かりそうに思いますけどね。ま、ハードルの越える熱意はないだろうとは思いますけども。

 さて、私なんかはコント傑作選だけで十分ですというタチです。見ていたのは世代的に末期も末期、「全員集合を知る最後の世代」なんて自分で言って回りの失笑を買ったりしてますが、当時(幼稚園~小学校入りたてくらいの頃です)はコントには大笑いして楽しみに楽しみにしていましたが、こと歌や合唱隊、体操のコーナーあたりではしぼんでいた覚えがあります。早く後半(コント)にならないかな…と待ってた気が。これは全員集合に限らず、大爆笑とか当時のバラエティーに多かったゲスト歌手の歌のコーナーはだいたい私にとってはトイレタイムでした。今も歌手の歌には全然興味がないのでこればっかりはしょうがないんですが…。テレビのテーマ曲とかプロ野球の応援歌だと食いつくんですが(笑)。
2008/06/03(火) 22:48:13 | URL | 通勤急行
大正やハウス
は、間違いなく「Gメン75」のスポンサーでしたね。
「Gメン75」のスレにも記述がありましたし……
この2社、今でも福留さんの「ブロードキャスター」でタッグ組んでますね。

「全員集合」のスポンサーについて
いわゆる「グリコ・森永事件」の後ぐらいだったかに
「森永」→「ロッテ」にスポンサーが替わったという記憶g
2008/06/04(水) 00:04:20 | URL | yig
「森永」→「ロッテ」
またしても途中で失礼を。

「森永」→「ロッテ」にスポンサーが替わったのは覚えています。

「こ~ろりパイの実、ロッテパイの実っ!」(by郷ひろみ)
「ロッテコアラのマーチッ」(今もやってるかな?!)
のCMを初めて見たのがこの「全員集合」だったと思います。

ついでに
「Lパック」といえば野村ヨッチャンの
「どんな旅にもLパック」
も忘れられません。
2008/06/04(水) 00:12:14 | URL | yig
万歳!昭和歌謡曲
● いくちゃんちゃん
とは言っても全員集合は必ず1コーラスぶった切りだったんで、
歌をフル収録しても1分かそこらなんですけどね(苦笑)。


● 大佐殿
べつに悩んだわけではありませんが(笑)、
その方が皆さん分かり易いでしょう。
しかし炊きたてもLパックも今ひとつ思い出せないです。
ライオンでよく覚えているのは、「♪ デンターT~、ライオン」ですね。

>でも、ほとんど見ていなかったのによく覚えていたもんだ。私ってスゴイ!
大佐殿って、結構ワタクシの悪い部分の影響を感じます。
とても悪い部分のね(笑)。


● 通勤急行さん
そういう発想をする人は、常人ではないんですよ(笑)。
普通の人は、昔の番組をどうしても見たいとは思わないし、
思う人でも、CMまで見たいなあなんて思いません(笑)。
コントだけでOKという人は多いでしょうし、むしろ多数派かも。
ワタクシは歌でも忘れられない歌が多いですね。
キャンディーズのあぶない土曜日はぜひ見たいです。
スーちゃんが真ん中だった頃で、「もっと~」って高音がたまらなかったです。
ゴールデンハーフも見たいけど、まずVTRが残ってないでしょうし。
他にも、特に大ヒットでもないのに忘れられない歌を並べてみます。

「うわさの男」研ナオコ
♪ だからあーれーほーどー言ったじゃない
と始まる歌で、研さん主演の喜劇映画の主題歌にもなりました。
コミックソング調の出だしからドタバタ行進曲を経てスウィングする中盤、
なおかつ演歌の要素も入り、仕上げはブルース風味まで混ざるという、
複合雑楽たる魅力の戦後昭和歌謡曲を体現した森田公一先生の快曲!

「お手やわらかに」夏木マリ
これまた戦後昭和歌謡曲ならではの渾然一体感。
シャカシャカとスウィングできるラインにゴリゴリのエレキベース、
しかし歌唱風味は演歌の要素も迸るというコングロマリット。
♪ あ~ァ 少々悔しい気もするけれど あなたには正体見抜かれた
こちらも昭和歌謡を支えた大家・川口真先生の才気香る逸曲!

「人間狩り」ピーター
もうね、タイトルの刺激臭にツンと来た歌ですが、
歌っているのも刺激臭プンプンだったころのピーター。
男・女、すなわち人間という生物からの解離が詩界との合一を現出する。
♪ 人間狩り(ターター) 人間狩り(ターター)
金井克子の他人の関係に似たアクションで歌う出だしからして妖な超曲!

これらの歌を解説するだけで血湧き肉躍る、
事程左様にワタクシはこの番組では音楽も楽しみの一つであったと。
他にも、ジャンボマックスのような不気味な巨大人形と共に歌った事と、
人間狩りのように妖しい詩や照明で演出された山本リンダさんの「奇跡の歌」とか、
忘れられない、この番組での印象が強い歌は無数に有ります。
特に、昭和40年代末期のVT氷河期の歌では、
この番組での映像しか残っていないというものも少なくないと思われますし、
資料的価値からも、全編収録が望ましいとワタクシは思うのですね。


● yigさん
あらー、ほんとだ。
ワタクシも休養後はすっかり当ブログの内容を把握できなくなっていて…
おそらく大佐殿は、そちらの記事を読んだ時に記憶を探り当てて、
それがしばらく眠っていたんでしょうね。で、今回コメント欄で誘発されたと。
そう考えるのが自然のように思います。
つまり凄いのはワタクシ!(笑)

ロッテに替わったんでしたっけ。
そう言えばパイの実やコアラのマーチとこの番組、すんなりイメージが結びつきます。
2008/06/07(土) 23:01:09 | URL | ごいんきょ
悪影響、受けてます
 研ナオコさんの「うわさの男」は、CD化されていませんネ~。私も『全員集合』でこの歌を知った口です。

 たしかに最近の「懐かしの歌」の映像がお宝映像として流される場合って、『全員集合』のものが多いですよネ。あの独特のステージ背景が印象的なので、すぐにわかります。それらを見ていていつも思うのですが、演奏力の高いバンドでした。エンディングの超早回し演奏もスゴイ!
2008/06/08(日) 06:15:09 | URL | 自由人大佐
うわさの男は印象強い歌ですから、聞けば思い出す人も多いと思います。
CD化されてないとは惜しいですね。
研さんのベスト盤には絶対に入れないといけない歌だと思いますが。

エンディング、超早回しくらいは頻発してましたが(笑)、
ウルトラ超早回しと言えるバージョンの時はたまげましたよね。
あれはさすがにそうそう見られなかった。
そういう時はCM中にエンディングに入っていて、
番組に戻った時には「笑う門には」あたりにもうなっていました。
2008/06/08(日) 07:12:28 | URL | ごいんきょ
東宝レコード
 「うわさの男」の話題を引っ張っちゃいます‥‥。

 当時の研ナオコさんの所属が「東宝レコード」だったのですネ。だから、現在のポニーキャニオンで編纂されるCDからは漏れてしまうのでしょう‥‥(T_T)
東宝レコードでは草刈正雄さんの「ステーション」もCD化して欲しい歌です。もったいないなぁ~。

 YOU TUBEで「うわさの男」の歌だけは聴けますヨ。
2008/06/08(日) 20:20:44 | URL | 自由人大佐
そうですね
うわさの男・・・泣かせのジョージと噂されてる野郎・・・でしたっけ。
「京都の女の子」もいいのに,これらはCD無いですね。
2008/06/08(日) 20:48:49 | URL | いくちゃん
ああ、そういう事情ですか。
でも、いずれは完全版とも言えるベスト盤が出るでしょうけどね。
京都の女の子ってのは思い出せませんが。
2008/06/11(水) 06:38:02 | URL | ごいんきょ
志村けん初出場の時
放送のかなり前から、「ドリフターズの新メンバーは付き人に決定。出演は、○日放送から」と、新聞や雑誌等でかなり取り上げられていました。
私も相当の興味を持ってその日みましたが、確か、かとちゃんが「志村けんです。よろしく」と紹介したと思います。
何を喋っても何をしてもおもしろくなかったんです。そう思ったのは私だけじゃなかったようで、アノいつも騒がしい客席が終始シ~~ンとしていていました。
志村も当然それを感じてただ必至にやっていました。もともと顔がかとちゃんの様に愛嬌はないし、見ていてお笑いに不向きな怖い顔と思いました。
私は『これは落ち込むだろうなぁ。舞台裏でみんな声を失っているに違いない。今回で終わりになるんじゃ?』と危惧したほどでした。
ヒゲダンスも全くおもしろいとは思えず『なんじゃこりゃ?』という感じで、客席も全く笑っていませんでした。
かなーり回を重ねてからやっとヒゲダンス始めると笑いが来るようになり、また「シムラ~」と掛け声もかかり始め、『めげずにやり続けるものなんだなぁ』と教えられました^^;でも私はいつも「かとちゃん主体の方がよかったのに」と不満でしたが。
時が経ち、自分の子供と一緒に見る様になって一番子供も喜んでたのが「スイカ人間」でした。
路地からスイカのかぶりものした人達がわんさか歩いてきて壮大?でした^^。法華太鼓を叩いて「なんまいだ~」というの、子供たちが毎日真似ていました。
2008/07/20(日) 14:06:26 | URL | さっぽろっこ
志村さんも出始めはまったく浮いていたようですね。
いま思えば、その頃を見なかったのはワタクシの不覚です。
ヒゲダンスって登場当初からやってたんですか?
加藤派・志村派ってのあるかもしれませんね。
2008/07/29(火) 05:04:46 | URL | ごいんきょ
志村になってから見るのやめました
口から水ふいたり・・・,芸がなかったですからね。
荒井注のころは,大人すぎて分からなかったことがありましたが。
(いかりや長介が先生役でやかましく言うと,荒井が,先生だからって偉そうに言うなよ,もともとは同級生じゃねいか!の意味が分からなかった。今思えば,荒井注がずっと留年しているという趣旨だったのかという次第・・・我が輩,お粗末)
2008/07/30(水) 19:49:26 | URL | いくちゃん
志村は最初から面白かったような・・・・
僕の記憶だと志村は最初から結構面白かったような…。東村山音頭で大ブレークして、完全に加藤茶の人気を食ってしまった感じがしましたが…。ヒゲダンスは志村人気がブレークしたかなり後にやっていて、完全に志村主導だったような気がしているのは私だけでしょうか???
2008/08/02(土) 17:24:21 | URL | gaku
全員集合 志村デビューは
私の記憶ですと「学校コント」の用務員さん役でした。出てきて急に観客を含めテレビをみていた私も「ドン引き」でした。必死に演技しているのは理解するものの、「実に気の毒」と言うのが率直な感想でした。又いかりや氏が劇中、用務員さんを「小使い」と差別的用語を使っていて、後に訂正しお詫びしていました。等、志村氏にとっては散々なデビューでしたが、その後の同氏の活躍は件の如し。
2008/08/02(土) 22:08:43 | URL | t.sato
志村けん
志村が加入して
これまでのドリフの笑いが
変わった気がする。
志村主導でネタ作ってるんじゃないか、と、いう感じがするもの。
志村けんが加入後は志村流
にコントが作られてるとしか思えないくらいの作りだもん、コントが。 
どきつい下ネタも荒井注さんがいたころはそんなになかったはずだし。突っ込みも志村してるし。
俺が俺が、前へ前へタイプだもん
志村って、まあ、それが
天才コメディアンとしていまも
君臨してるんだから、すごいよな。 
2008/08/02(土) 23:48:09 | URL | 梅吉
でもおげれつだよね
タマゴぶつけたり,スイカ割ったり,風船に水つっこんだり,少ない空間に顔を入れて空気を入れたり,・・・現代のくだらないお笑いに通じる感じ・・・。志村は以前,マックボンボンとかいう漫才コンビを組んでた記憶だが,結局笑いをとるためには何でもやるっていう,台本に踊らされた感じ・・・。やだね。
2008/08/05(火) 00:20:43 | URL | いくちゃん
● いくちゃんちゃん
素人が口から水を吹くだけで笑いが取れますかね。
いろいろ計算されていると思います。
注さんは常に年齢の高さをギャグにしてましたね。
なんかPTA代表って感じのコメント、貴重です(笑)。


● gakuさん
東村山音頭は志村さんが登場して少ししてからですね。
それまでが悲惨だったようです(笑)。


● t.satoさん
顔を覚えて貰うまでは大変だったでしょうね。
小使いさんってのが放送禁止なんですよねー。
本当に言葉狩りってのは意味不明です(笑)。


● 梅吉さん
チョーさんと志村さんの主導権争いみたいなのも、
なんとなく有ったのかなーという気は、今になってします。
2008/10/13(月) 23:43:04 | URL | ごいんきょ
志村以前→荒井注さんのころ
志村けんのときはつまらなかった
けれど
と、いうより志村で笑ったことは
ほとんどなくて
同じボケ役のカトちゃんで
笑っていた。
いっちょめいっちょめワォー
怒っちゃやーよーなんて
今、振り返ってもさほど
面白くないんだよね。  
 
荒井注さんのころのドリフは
面白かった。
なんだバカヤロー
ディスイズアペンはいまも
面白いもの。 
カトちゃんが志村のポジション
にいた感じ。
カトちゃんとともにボケ役
こなしていたのが仲本工事だったのだがこれはこれで面白かった。
とくにいやーまいったまいったは
おもしろくておかしくて
今も面白くて笑える。  
2008/12/05(金) 12:13:37 | URL | 梅吉
いやー,同意見です。
まぁ,志村がどうのって言ったところで,「意見」でしかないですので,今まで以上言わないですが,少年ジャンプに「漫画ドリフターズ」って,榎本某氏の連載がありまして,これは「漫画コント55号」のあとにあったんですが,やはり荒井注の存在が,ばかばかしくって私は大受けしていましたっけ。
今でもマルベル堂で買ったドリフのプロマイドが1枚ありますが,荒井氏はオルガンを持って写っています。
2008/12/05(金) 21:25:28 | URL | いくちゃん
● 梅吉さん
加藤派、志村派って有りましたね。
ワタクシはどちらも好きだったし、荒井さんもおかしかったです。

● いくちゃんちゃん
榎本さんはその前は『漫画コント55号』を描いてましたね。
荒井さんのキーボード演奏は聴いた事が有りません(苦笑)。
2008/12/08(月) 00:20:49 | URL | ごいんきょ
ちょっと訳知りの様なレス(笑)
ドリフでの志村さんの異質さは他のメンバーとの世代の違いや影響を受けた音楽の違いが大きかった様に思いますね。
荒井さんが居た頃のドリフのメンバーは元々ハワイアンやジャズのバンドマン達がロカビリー時代の到来と共にロカビリーバンドに合流した方々で(ロカビリー全盛期にバンド活動を始めた仲本さんもいらっしゃいますが。仲本さんより年下の加藤さんは父親がジャズのバンドマンだった事も影響したのか最初はジャズのバンドマンを目指していた(但し加藤さんが幼い頃に両親が離婚し父親とは疎遠になっていた様ですが。))彼等の音楽的要素はジャズやハワイアンを音楽のバックグラウンドとしてそれにロカビリーの要素が加わったといった感じだったのですが、志村さんになると音楽に目覚める切っ掛けからしてビートルズでその後ソウル・ファンクフリークになったという方らしくて音楽的な素養からして他のメンバーとは世代的にも感覚的にも全く違っているんですよね。
又ソウルやファンクの全盛期は70年代とと言え(つまり全員集合放送当時アメリカで一番ホットな音楽だった)、そういうバックボーンを抱えていた志村さんに他のメンバーは先端性を感じ、次第に志村さんが全面に出てくる形になっていた、と言った感じだったのでは無いかな?と思いますね。
Pファンクとかを聞くと志村さんの元が分かりますよ(笑)。あの辺の音楽の歌詞の下品さや卑猥さや独特のグルーブ感とか、あぁこれが志村さんの元なんだな、と納得してしまうと思います(微笑)。

2008/12/08(月) 02:23:53 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
志村さんのバックボーンとしてもう一つ
又志村さんは1970年代当時まだアンダーグラウンドな存在だったヒップホップにも着目していた様で当時のヒップホップシーンで既に行われ出していたサンプリングの手法とかは志村さんのギャグにもかなり影響を与えたのでは無いか?とも思いますね。
まぁ早口言葉もモロラップの手法ですし(笑)。

日本では1990年前後から特に渋谷や裏原宿界隈でPファンクやヒップホップが注目され(実は私もそんな流れにも乗って東京にノコノコやって来て住み着いてしまった口だったりする(笑)あの頃は毎日の様に渋谷でアナログレコードを漁ったモンです・・・・・・皆意外がると思いますが(笑))、1970年代の時点でそういう音楽シーンに着目していた志村さんの感覚の鋭さに畏敬の念を示した、といった案配だった様に思います。


2008/12/08(月) 03:12:10 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
たしかに音楽素養の違いも大きいでしょうね。
しかし、それが弁証法的発展に繋がっていると言えば大袈裟でしょうか。
大袈裟ですね(笑)。
東村山音頭一丁目なんか、言われればそんな流れかと思います。
下品どうこうは、下品じゃないドリフなんてドリフじゃないと思いますし(笑)。
2008/12/08(月) 07:12:42 | URL | ごいんきょ
This is a pen
荒井注のジスイズアペン、私はリアルタイムではなく昭和50年代はじめの懐かしモノ番組で見ただけですが、外人がけっこう大勢出ていたような気がします。それもテレビでよく見る人じゃない人が(つめよる女性はエバじゃなかったですよね)。あのころ外人を集めるのは大変だったんじゃないかと思いますが、どうなんでしょう。
2008/12/08(月) 22:52:49 | URL | あぶもんもん
それは国際会議コントですかね。
東京のテレビ人なら集めようとすれば集められたでしょう。
ただ、外人でさえあれば誰でもテレビに出られるなんて感じになったのは、
笑っていいとも!以降です。
2008/12/09(火) 07:23:27 | URL | ごいんきょ
夏木マリが
黒ストッキングに沿って四本の指をヒラヒラさせて脚線美を見せつけていた曲、何でしたっけ。
ジスイズアペン、もしかしたら国際会議以外のコントもあったんでしょうか。あまり見ていなかったので知りませんでした。
2008/12/10(水) 03:08:03 | URL | あぶもんもん
「絹の靴下」かな?
あれは映像がまったく残ってないようなんですよね。
あのフィンガーアクションは歌謡史に残るものなのに、
当時の映像が紹介された事は一度も無く、歌も埋もれてしまいました。
2008/12/10(水) 07:19:15 | URL | ごいんきょ
そのとおりかも
このころは,ロングドレスで,サイドにスリットが入ったタイプのがはやってて,胸のとこから上にあげた部分を首の後ろで縛るんですね。
そうすると,背中はがばっとおしりのYの上まではだけてるってぇわけですわ。
ゴールデンハーフや由美かおるなんかもそんな衣装のときがありましたっけ。
おいらは,「絹の靴下」もいいけれど「お手やわらかに」をカラオケで唄います。
は,ほーてやわらかんにぃ,ほーてやわらかんにぃ,どんろんぼうぉよ,あなたはー。
失礼しました<(_ _)>。
2008/12/10(水) 21:56:06 | URL | いくちゃん
由美かおるさんのは映像残ってますね。
フロントジッパーで、西川のりおがテレビ探偵団出演の時に、
あれ下ろしたらどないなるんや!!と騒いでましたが(笑)。
2008/12/13(土) 06:24:21 | URL | ごいんきょ
消防署コント
まだ、注さんがいたときの
ドリフのコントで
消防署コントがありました。
注さん、仲本、カトちゃんが
良い味出してましたね。
注さんのころのドリフ 
     ↓   
   加藤仲本コンビ
志村加入後のドリフ
     ↓
   加藤志村コンビ
でも、カトちゃんと志村のコンビ
だと、面白かったんです。
本当に息、ピッタリでしたから。
志村の一人舞台、一人コントだと
つまらなかったんですよね。
ドリフで1番面白かったのは
カトチャンなので。
次にすきなのは高木ブーなので。  

放水シーンのカトちゃんも
すべてのカトちゃんの芸風も
志村が受け継いだ気がするのは私
だけでしょうか。
高木ブーはあの当時からぶざまな男
キャラをうまく演じてましたね。  
  

でも、志村が加入してから
仲本目立たなくなりましたね。
後半の体操コントは良い味出してましたけど。 
あれも長さんや志村や 
放送作家の構成
で、決まったのかな。 
2008/12/15(月) 12:11:15 | URL | 梅吉
やはりドリフとしての笑いのスタイルが有りますから、
加藤さんの持ちネタを志村さんが受け継いだものも幾つか有りましたね。
根本的に加藤さんの持ち味は土着的なものだと思います。
仲本さんに関しては、そもそもご本人があまり笑いに貪欲ではないんでしょうね。
体操コントだって、ボケる感じになるのはあくまでやっていた側で、
仲本さんはただ体操のアシスト役をやっていただけですし。
加藤さんはどうも、もう少し高木さんや仲本さんに
笑いでもサポートして欲しかったように受け取ってます。
2008/12/16(火) 06:02:25 | URL | ごいんきょ
秋田音頭
ドリフって、OP と同じ尻ッ端折りスタイルで秋田音頭も演っていませんでしたっけ。記憶に残っているのは長さんのリフレイン「ホィ゛ーキタァ゛カサッサァ゛(どどんがどん)アコイ゛サッサァ゛(どどんがどん)アコイ゛ナァ゛」だけなんです。何番かまでやってたと思うんですがリフレイン以外思い出せません。桜田淳子が秋田音頭を歌うときの、ただのバックコーラスってわけじゃなかったと思うんですが。桜田淳子の秋田音頭も、小野小町のところしか無かったような気もするし。長さんの声だから耳に残るのは当然としても、一番だけってことはないですよね。
振り附けも思い出します。みんな真面目に、まるで秋田音頭保存会みたいに歌っていました。ドリフの姿勢って、歌もコントも一生懸命でしたよね。なんとなく紙芝居屋さんにも通じると思いますが、大人が上から子どもに「坊主に嬢ちゃん、おじさんが笑わしてやるからよく聞いてんだぞ」と言ってくれてる感じで、それが快かったです。
2008/12/20(土) 00:34:33 | URL | あぶもんもん
やってました
いちばん最初、
「コント55号の世界は笑う」の裏番組として始まったころは、
♪ド~リ~フで~ド~ンド~ン
 なんでもドンドン ドリフでドンドン
という、
山本直純作曲の安直なテーマソングでしたが、
次にはその「秋田音頭」の替え歌だったように記憶してます。

あぶもんもんさんのおかげで、
追憶の糸がつぎつぎにほぐれてきます。
このままだとテレビ大好きだった小学生のころの自分に戻ってしまいそうですよ。

2008/12/20(土) 01:41:40 | URL | 葉っぱ
おぉ~!
これはワタクシも目ウロの情報が続々と。
最初のテーマソングがよくわかりません。
おそらく、世界は笑うの方を見ていたんでしょう。
秋田音頭については、本当にかす~かに、そんなような気がします。
どちらもVTRが残っていない時代でしょうから、これまで誰も振り返らなかったんですね。
なかなか貴重なご指摘です。
2008/12/20(土) 06:01:34 | URL | ごいんきょ
「秋田音頭」の替え歌
さすがにOPで使われていたかどうかはわかりません。(世代的に。)

但し、れっきとした曲としてあるのは知っています。

タイトルは「のってる音頭」です。

この曲がTokyo-FM(静岡ではK-MIX)の
「赤坂泰彦のミリオンナイツ」
でOAされたときはかなりの衝撃を受けました。(初めて聴いたのもそのとき)
そんなわけで「ドリフのシングルコレクション」なるベストアルバムまで買って聴いてしまった訳ですが
今聴いても新鮮さ?!を感じますね。

動画探してみましたがこれしかなかったみたいです。http://jp.youtube.com/watch?v=fanfJAhZDJE
果たしてお気に召すかな?
2008/12/20(土) 16:15:34 | URL | yig
荒井注部分
汽車も速いし電車も速い
ジェットはなお速い
(あーそれそれ)
うちのカカァのはえぇってったら
三日で家出した
(ハイ,いちたかさっさー
あ,ほいさっさー,あほれなー)
2008/12/20(土) 17:12:38 | URL | いくちゃん
OPってスタート当時から
北海盆唄じゃあないのね。
スターと当時からカラー放送
だったのはわかるけどね。 

荒井注さんというと
いやあまいったまいった
ディスイズアペン
なんだバカヤローしか知らない
ので。 
2008/12/21(日) 10:24:23 | URL | 梅吉
● yigさん
この動画はここの指向とかなり違いますね(苦笑)。
歌はまだ思い出せません。

● いくちゃんちゃん
うーん、聞いたような…

● 梅吉さん
いや~マイッタマイッタってカトちゃんじゃなかったでしたっけ?
2008/12/22(月) 19:38:31 | URL | ごいんきょ
盆回り 
前半コントの終わりのときの
盆回りの曲って
Youtubeで聴けますよ。

誰が面白がってこういうネタ
披露するのか知りませんけど
人類滅亡と、いうネタで
盆回りが楽しめます。

荒井注さんもあの当時
41歳~45歳くらいだから
全員集合の数日のリハーサル
その他の日の営業やるだけでも
ハードだったでしょうけどね。
荒井さん、仲本工事が下ネタ
エロネタ、スケベネタは
似合わないでしょう。

でも、あとがまの
志村がドキツイネタ、下ネタ
し過ぎでおげれつで
ずーっとやってたから
子ども向けになったわけですからね。
カトチャンも志村ほど
どきついネタは
しなかったじゃないですか。

でも、DVDは注さんがいたころの
ネタはほとんど収録されてないん
だよね。
全員集合の後期は完全に
志村中心の全員集合と
ドリフ大爆笑だったよね。
なんか、ドリフ利用して
笑いとっていたんだね、志村は。 
2009/02/13(金) 23:51:18 | URL | 梅吉
注さんは体力を理由にしてましたけど、やはり心中はいろんな思いが渦巻いてたんでしょう。
その辺は、メンバーの方々もわからないものが、我々にわかるべくも無いのですが。
カトちゃんは、ウンコチンチンという究極のネタが有りますしね(笑)。
いろいろ愛嬌ありましたし、子供ウケ良かったです。
加藤さんが人気を子供に広げたという事でしょう。
クレージーには、加藤さんのような愛嬌が有る人はいませんでしたね。
まあ谷さんがややそれっぽい雰囲気でしたけど。
志村さんはたしかにお下劣でしたねえ。
あそこまでお下劣にしなくても面白いのにと思ったネタも多いですが、
眉をひそめながら見ているうちに、ついプッとしてしまった事も多いです(笑)。
2009/02/14(土) 07:23:28 | URL | ごいんきょ
この後はキイハンター
小学生のころの土曜日はこれ見て、9時からキイハンターでした。
うちの親は食べ物を粗末に扱うシーンには眉をひそめていましたが他は楽しそうに一緒になって笑ってました。
そしてこれが終わるとキイハンター。
このサイトでもキイハンター取り扱ってください~。
私、キイハンター見て千葉真一と結婚したいほど好きになったんですよ、幼稚園のころww
2009/02/14(土) 18:17:18 | URL | 緑のおばさん
そうですね。
食べ物を粗末にするという事でよく批判されましたし、
ワタクシもそれは不愉快に感じておりました。
キイハンターは既述です。
最上部検索窓をご利用下さい。
2009/02/16(月) 00:46:30 | URL | ごいんきょ
荒井注さん  
これは僕の個人的な想像だけど。 
もしも荒井注さんが
ずーっとドリフにいたら
アイドルと絡んだコント
アイドルとともに下ネタなんて
してないだろうね。
お下劣なネタは加藤茶だけしてた
だろうと、思う。
荒井注がいた頃のドリフは
仲本工事も加藤茶とコンビで
ギャグ連発してたけど。
いやぁ~まいったまいった
などのおバカキャラで通したけど。
下ネタには乗り気でなかっただろうと思うから。
加藤茶がエロネタしてたかもしれない。
荒井注さんは長さんや他のメンバー
に反抗したり 
小ばかにしたり  
気取った紳士キャラ
ふてぶてしいバアさんキャラ
ふてぶてしいおっさんキャラなどで通したかもしれない。  
もう少し違った全員集合が
見られたかもしれない。 
ドリフ大爆笑に注さんが出てたと
しても同じになるだろうね。 
  
お下劣ネタ、下ネタは
志村、加藤茶が1番うまかったからね。仲本工事、高木ブー、長さん
には似合わない。 

  
2009/02/27(金) 23:38:56 | URL | 梅吉 
そう言えば注さん時代のドリフコントは、全員集合のVくらいでしか今では見られないですねえ。
2009/03/01(日) 23:12:15 | URL | ごいんきょ
うんうん
梅吉さんのおっしゃることは,よーく分かります。
でも,注さん,体に「がた」きてましたから,舞台で倒れてたかもしれませんなぁ。
日雇いとか,失業保険とか,今ならタブーな役が多かったなー。長さんにはげはげって言われて,その長さんもはげて,志村もはげた。
おいらもはげてきた・・・むむっ!
2009/03/02(月) 22:53:18 | URL | いくちゃん
カラオケボックス経営
ずっと以前、久しぶりにワイドショーで荒井注さんの話題をやっていたことがありました。
カラオケボックスを始めるということで、何部屋も並んだ新しいカラオケボックスを注さんが案内したのですが、注さんが仰るには大変な問題が起きていると。
カラオケの機械が大きくてドアからも窓からも入らないんですとのことでした。
注さんは真剣に困っていらっしゃいましたが、ちょっとコントみたいでした。
2009/03/03(火) 08:04:30 | URL | モデラート
● いくちゃんちゃん
いかりやさんもずっと後年までやってましたし、
体どうこうは表面上の言い訳だとワタクシは思ってるんですけどね。
チョーさんも注さんへの弔辞で、やっと出演料も上がってさあこれから稼ごうって時に抜けて、
あんたも変わった人だったねえと言ってましたっけ。
おそらくメンバーの人たちは、なんとなく思うところは有ると思います。

● モデラートさん
うーむ。
その店はその後どうなったんだろう(笑)。
2009/03/05(木) 01:44:16 | URL | ごいんきょ
すわしんじ
ブルースリーのものまねで
一躍有名になった
すわしんじももしかしたら
メンバーになってたかもしれないが
彼もコメディアンとしての
素質はある人だよね。

志村のだいじょうぶだぁや
ドリフ大爆笑にも出てたし 
飛べ孫悟空のただ、笑うだけの馬役
もうまくこなしてた。
ポジションとしては
志村の役回りにはなってたと思うが
主にものまね芸で笑わしてくれたかも。下ネタはしないキャラのように
思う。

でも、仲本、志村出てないことが
あっても高木ブーが出てなくても
代理にすわしんじや荒井注さんが
出てくることなかったよな。

どう考えても荒井注さんの後釜に
すわしんじ出てくると
思っていたのだが。 
2009/05/02(土) 23:05:14 | URL | 梅吉
「すわ、今度こそ準備しとけよ」
そんな感じで度々チョーさんから囁かれたと、何かの番組ですわさんが述懐してましたよね(笑)。
でも、とうとうドリフ加入はなりませんでした。
そこはワタクシも少し気の毒に感じてましたけど、
なんとか後年ブレイクしましたからね。
結果よければなんでもアリです。
2009/05/04(月) 01:03:45 | URL | ごいんきょ
高木ブー
高木ブーさん
よく、休んでましたよね。
あれ、アキレス腱切ったからか。
でも、代役つけなかったのは  
長さんの方針なのかな。

高木ブーさんって
ギャグあんまりしなかったけど
高木さんって存在そのものが
面白かったからいなきゃいないで
物足りなかった。 
 
2009/06/05(金) 14:11:37 | URL | サイドスロー
ディスコ婆ちゃんとみづえさん
 昨日の3時間SP番組で、「ディスコ婆ちゃん」が久々に見られましたネ! 懐かし過ぎて涙ぐんでしまいました‥‥。あの突き抜けた志村さんの表現は、同時代のどんなコメディアンにも無かった素養だと思います。


 話は変わって‥‥。
 DVDにも公衆電話のネタが収録されていますが、昨日のSPを見て、高田みづえさんのコントでのカンの良さに改めて感心しました。テンポや素のリアクションに天性のものを感じます。志村さんも手加減せずにド突いたり水をかけたり‥‥。

 出演回数も、短期間のうちに歴代ベスト3だかベスト5だかに入るほど多数に達したようで。視聴者の人気も高かったのかもしれませんが、コントに絡ませるのにメンバーからの要望が高かったのかもしれませんネ。

 ご本人もVTRでご出演され、「コントの出番があると楽しみだった」とかなんとかと、コメントされていました。彼女の全力を発揮してもらうには、時代が早過ぎたのか‥‥。もっと活躍してもらいたかったと思います。(特に私は彼女のファンというわけではないのですが(^^ゞ)
2009/09/24(木) 23:51:49 | URL | 自由人大佐
細切れBOX
「全員集合」のDVDは第3弾まで出ていて、私は3セット全部買いましたが、買った後に気づいた事があります。ごいんきょさんも仰っていますが、この番組はフォーマットに則って観ないと、その面白さは半減するという事です(第1弾を買った時に気づけ、っつーの)。
OP、CM、メインコント、歌、CM、歌、合唱団、歌、CM、後半コント、CM、ED・・・という流れがあって、初めて「全員集合」なんですよね。
欲を言えば土曜日の20時に家族そろって観る・・・そんなシチュエーションも重要ですね。
2009/11/26(木) 23:04:59 | URL | 石毛零号
エンディングテーマ曲
エンディングの歌詞は、「笑う角には幸せが来る」の後、「さよならするのはつらいけど、時間だよ仕方がない、来週も楽しく笑いましょう」と続くのではなかったかと思います。
2010/01/15(金) 08:37:06 | URL | KEN
エンディング
 DVD などにも入っていないのですか?
 うろ覚えですが、1番は「あなたの笑顔が目に浮かぶ (以下忘れました)」、2番がごいんきょさんの記事にある「笑う門には・・・」で、3番が KEN さんの書かれた歌詞だったんじゃないでしょうか。
 というか、1番2番3番の順序はどうでもよかったような気もします。
2010/01/15(金) 17:04:43 | URL | あぶもんもん
次の回まで
 小出しにしてすみません。
♪次の回までごきげんよう
 という歌詞もあったような。
2010/01/15(金) 20:13:24 | URL | あぶもんもん
「さよならするのはつらいけど」
KENさんやあぶさんのおっしゃっている
「さよならするのはつらいけど~」の歌詞は「ドリフ大爆笑」のほうだったと思います。
EDの頭で「フィナーレ さよならするのは つらいけど」とテロップが出て、件の歌詞の歌(もちろん「いい湯だな」の節で「ババンババンバンバン~」から始まる)という流れでしたね。

では、「全員集合」の「笑う門には幸せがくる~」のあとに続くのは………

DVDで確認した限りでは
「いい子だな、ハハン、いい子だね、ハハン、来週も楽しく、過ごしましょう」と歌っていましたね。
ただ、この歌詞もレコードでは3番の歌詞になっていました。(レコードのverも「ドリフのシングルコレクション」というCDで確認できます)

そういえば、一番と二番の間でかとちゃんが両隣のゲストに「ハ~ビバノンノン」と合いの手を言わせていたのも定番でしたね。
2010/01/15(金) 22:05:55 | URL | yig
その終わり方は
フジのドリフの大爆笑でもあったと思う

もしや混同しておいでかも
2010/01/15(金) 22:44:56 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
● サイドスローさん
え? ブーさんって休んでた事あるんですか。
丁度ワタクシが見てない期間だったんだろうな。
アキレス腱を切ったようですね。体重がやはり…(苦笑)。
チョーさんは、自分からメンバーを入れ替える事はしないというのは
確固として持っていたようですね。苦労時代が有ったからでしょう。


● 大佐殿
あれねえ、初めて見た時は本当に衝撃でしたよ。
あれだけ真剣にお腹を抱えて笑ったのもおそらく初めてで、
いやもう腹が痛いからやめてくれないかと、笑い泣きの状態でした。
何回かやれば当然飽きてしまうわけですけど、
ワタクシは最初のその衝撃を絶対に蔑ろにしたくないです。

高田みずえさんですか。ワタクシはあまり印象に残ってませんが。
でも、あの番組に出ると客の盛り上がりでついついノってしまうというのも有りそうです。


● 石毛さん
まあその辺は好みの問題なんでしょうけどね。
ワタクシは改竄って好きじゃないですし、番組もなるたけ当時の姿で維持して欲しいというのが有ります。


● KENさん
一部歌詞がかぶってるような。


● あぶさん
DVD見ればわかるんでしょうけど、面倒ですし(笑)。


● yigさん
お。それは3番ですか。
という事はやはり、1番2番もたまに使われてたんでしょうね。
DVDにも全部は収められてないと思います。


● ガッツさん
たしかにドリフ大爆笑の歌詞といつの間にかゴッチャになっちゃうんですよ(笑)。
「あなたの笑顔が目に浮かぶ」「笑う門には幸せが来る」「さよならするのは辛いけど」
みんな有った気がするけどなー。
2010/01/16(土) 19:16:41 | URL | ごいんきょ
サンキスット~ドリ~ン~ク~
ラーソファード~ (ドじゃなくてレだったかも)
ここでちょっとタメてから、ドソ~ミ~ファ~
いつごろの TV CM だったのでしょう。けっこう古いでしょうか?

ところで、ヒゲダンスの前か後の時期に、犬の吠え声で歌うコーナーがありませんでしたっけ。
レ、ミ、ファ、ラソ、
ラッソ ド、レ、ミ、ソファ、レ、
レミファ、ソファミ、レドレ、
(上の)れ
あの曲もどこかで聞いたような気がするんですが、元歌はあったんでしょうか。
2010/07/18(日) 20:17:55 | URL | あぶもんもん
入場行進曲
 冒頭のコントじゃなくて番組途中のコーナーだったように思いますが、メンバーが舞台に登場する時
 ドードーミソッソ、ラーどーソー
 ドードーミソッソ、ラッソファッミレー
 ドードーミソッソ、ラーどーソー
 どーラーソッファミッレドー  ど
という音楽を演奏していました。あれはオリジナル曲だったんでしょうか。
2010/09/06(月) 00:08:26 | URL | あぶもんもん
ちょっとだけよ
ディス イズ ア ペン(笑い)
2010/11/30(火) 14:04:50 | URL | 村石太ちゃんマン
● あぶさん
ワタクシはどれもわからないので、
わかる方待ちですね。


● 村石太ちゃんマンさん
ワタクシの中一英語の教科書、最初のページが
a pen
a desk
This is a pen.
this is a desk.
でした。
荒井さんはそこから取ったんでしょうか。

ちなみに2ページ目は疑問形で、
Is this a pen? Yes,it is. It's a pen.
Is this a desk? Yes,it is. It's a desk.
だったと思います。関係ないですけどね(笑)。
2010/12/01(水) 02:00:24 | URL | ごいんきょ
女子プロレスのコント
舞台にリングが組まれドリフvs女子プロスラーで試合をするという前半コントが有りました。
その中でひとりの女子プロレスラーが志村けんのエジキとなりました。名前までは覚えていませんが、青色のワンピース水着のリングコスチュームを着た女子プロレスラーでした。
試合の中、志村けんが彼女の後ろにしゃがみ込んでお尻へ何と!!“カンチョー”をしてしまっていました。志村はその指の匂いまで嗅いでご満悦の様でした。
その後、予想もしなかった志村の攻撃!?を受けた彼女に思い切り蹴りを入れられていました。
志村にやられた女子プロレスラーは「志村けんは上手です。コントでいつもやってるんでしょうね。モロ、お尻の穴に入れられました。リングコスチュームを突き破られるかと思いました。」と後日コメントしていた。
志村けんの職人技の勝利!!
2011/09/04(日) 01:47:27 | URL | ガンミちゃん
そうそう。女子プロレスものも有りました。
ひょうきん族では、鶴太郎が長与さんの胸を完全に揉んで、ワタクシは嫉妬混じりで激怒しましたけど(笑)、
本人は表面上はそれほどじゃないんで、それも驚きました。
ま。ヤワな神経じゃ勤まらない仕事ではありましょう。
2011/09/11(日) 21:02:01 | URL | ごいんきょ
ヒゲのテーマ
ヒゲのテーマは、たしかに、テディ・ペンダーグラスの「ドゥ・ミー」を下敷きにしていますが、パクリというより、今でいうサンプリングでしょう。

当時はサンプリングなんていう言葉(ジャンル)がなかったから、似ているというだけで、パクリという言い方しかなかったのでしょう。

ドリフの早口ことばも、元ネタはおもいだせませんが、有名な曲の一部をサンプリングして、それにラップを加えたようなものです(当時はラップなんて言葉はなかった)。

それにしても、ドリフの早口ことばは、「俺ら東京さ行ぐだ」より古い日本語ラップですね。

ある意味、かなり進んでいた曲です。
2012/03/21(水) 23:07:40 | URL | 10000k
あれってワタクシの記憶では、当初は作曲者・志村けんでやってたと思うんですよ。
だから元曲が判明した時、記事にまでなったんですよね。
まあ指摘された時に認めてはいたんで、八神純子さんのパープル・タウンと同例なのかもしれません。
志村さんはカラスの勝手もパクッてる… と言うか、
あちらは明らかな盗作ですが、そういう前例も有る人なので。

本家ラッパーは、日本の啖呵売とか講釈師の人なんじゃないかな。
リズムに乗ってるし。
2012/03/22(木) 03:54:39 | URL | ごいんきょ
ラップの元祖は
やっぱり秋田音頭じゃないでしょうか。他にも民謡にはラップがあるかもしれません。
 日本元祖ラッパーは琵琶法師? もっとも大昔の歌は東洋でも西洋でもラップだったかもしれませんね。

 アドリブじゃなくて歌謡曲では、ダウンタウンの「港のヨーコ」もラップと呼んでいいんでしょうか。
 桃井かおりの「黒豆の煮方」というのもありましたが、「おら東京さ行ぐだ」より古かったかどうか忘れました。桃井かおりには「女と生まれしものなれば」とか、セリフを混ぜる歌が多かったですね。
2012/03/22(木) 17:39:51 | URL | あぶもんもん
まあ民族音楽の原初はラップっぽいでしょうけどね。
商業的な元祖は、トニー谷さんあたりになるのかな。

このやり取りでふと思ったんですが、よく日本語はメロディーに乗せにくいと言われますけど、
リズムに乗せやすいんですね。
だから俳句、短歌なんていう定型詩が発達する。
七五調でしゃべると自然にリズムに乗りますからね。
2012/03/23(金) 04:07:36 | URL | ごいんきょ
ラップの系図
 トニー谷も、アドリブだけでなく、レコードにもなってたんでしたね。日本のラップの歴史に輝いています。そのラップの歴史ですが、以下のようなことはどなたかが既に研究されてるんでしょうけれど、ラップの日本でのルーツを思い出すまま書いてみました。
 まずセリフにメロディもないけど、手拍子に乗るリズムもないものをさかのぼって行くと、
1977-78 桃井かおり「黒豆の煮方」など
1975 ダウンタウンBWB「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」など
    松鶴屋千とせ「わかんねェだろうナ」
1973 左とん平「ヘイ・ユウ・ブルース」
 これは、ずっとさかのぼるとお経(声明)にたどり着くんじゃないかと思います。

 二番目は手拍子のリズムだけどメロディーもついてる(と言える)もの。ラップの原理主義者に言わせたらラップじゃないです。
1978 野毛洋子「おっさん何するんや」 ぎんざNOWで聞きました。
1976 ミス花子「河内のオッサンの唄」
    野坂昭如 ♪ソ、ソ、ソクラテスか・・・
1971 野坂昭如(歌)「マリリンモンローノーリターン」
1970 左卜全「老人と子供のポルカ」
1969 藤田淑子(歌)「どろろの歌」
 ルーツとしては「見~ちゃった見ィちゃった」「言~ってやろ言ってやろ」などの囃し言葉でしょうか。

 最後にいわゆるラップというか、手拍子のリズムに乗ってメロディーがないもの。
1976 平田満「愛の狩人」 これもぎんざNOWで見ました。
1960 菊地正夫(城卓矢)「スタコイ東京」

 さらに遡ると明治時代の三遊亭萬橘「へらへら節」や川上音二郎の「オッペケペー節」になりますが、オッペケペーは社会諷刺ラップの元祖でしょうか。YouTube に貴重な音源がアップされていました。
 もっといくと江戸時代のデロレン祭文、さらに民謡の秋田音頭、おてもやん、阿波おどり・・・
 「ええじゃないか」は人類史上最大のラップ・コーラスとしてギネスブックに申請してもいいんじゃないでしょうか。
 「花いちもんめ」なども、一見メロディーがあるようですが、日本語のメロディーをそのまましゃべってますね。だから「勝って」と「負けて」のメロディーが違います。もっとも、これをラップに入れてしまうと、じゃあスーパースリーの歌(コイルはでぶっちょ・・・)とかブラック魔王の歌(これも阿波おどりですね)はどうするか問題になります。
 「羅漢さんがそーろたーら」も微妙にメロディーに乗っていましたが、「ハッチャキ!! マチャアキ」の「さぁ~アなんもかんもわッすれッておッどろッじゃなッいかッ」ではメロディーが取れていました。必要最小限のラップと呼べるでしょうか。
2012/03/27(火) 17:43:13 | URL | あぶもんもん
訂正です
 ハッチャキ!! マチャアキじゃなくてガンバレ9時まで!! でした。あとメロディもリズムもないジャンルに三上寛の「なんてひどい唄なんだ」を入れるのを忘れました。「じゃじゃ馬億万長者」の OP は・・・あんまりリズム感はないからダメでしょうか。
2012/03/28(水) 01:58:25 | URL | あぶもんもん
ラップとオッサンの関係
 どうでもいい附け足しかもしれませんが・・・
 日本語のラップ史の影にはオッサンが息づいているような気がします。「オッサン何するんや」「河内のオッサンの唄」の他に、1973年の「魚屋のオッサンの歌」(あのねのね)がありました。そして1975年のダウンタウンBWB「賣物ブギ」では「オッサンオッサンオッサンオッサン」の連呼でした。
2012/04/02(月) 19:48:29 | URL | あぶもんもん
たくさん列記してくれましたけど、ラップと言えるのは少ない気がするなあ。
ラップの合理的定義も難しいですが。
ワタクシは音楽もまったく詳しくないので、感覚的なものですがね。

「おっさん」という言葉がリズムに乗せやすいのかな。
タッタカを並べるとリズミカルですもんね。
2012/04/07(土) 05:34:54 | URL | ごいんきょ
昭和48年9月1日 土曜日
亡きいかりやさんのはからいでレコードデビュー当日8時だよ全員集合午後8時20分すぎ次のコーナーとの間に歌っていました。
2012/11/20(火) 15:29:01 | URL | 野々村俊恵
昭和48年9月1日 土曜日の訂正
亡きいかりやさんのはからいでキャンディーズレコードデビュー曲
「あなたに夢中」8時だよ全員集合オープニングコントと次のコーナーの間ドリフターズの着換えの時間を使って歌ってました。土曜日はレギュラーアシスタントは他の仕事いっさい入ってなかったからね。
2012/11/20(火) 15:48:30 | URL | 野々村俊恵
昭和48年9月1日 土曜日の忘れ物
忘れていました:昭和48年9月1日:キャンディーズのレコードデビューの日でした。 あなたに夢中:お披露目がこの番組8時だよ全員集合でした。ちなみに土曜日でした。
2012/11/20(火) 17:42:59 | URL | 野々村俊恵
おお。
やはりキャンディーズはデビュー曲からここで歌ってましたよね。
なんとなく『あなたに夢中』も、この番組で歌っていた気はしてました。
『あぶない土曜日』は好きだったので、非常によく覚えてますが。


ところで、実在有名人の名前をそのままハンドルの使うのは、常識として御法度です。
独自のハンドルでお待ちしてますよ。
2012/11/23(金) 08:01:19 | URL | ごいんきょ
8時だヨ!全員集合
土曜日は昼間から楽しみでした。視始めた頃は、お笑い頭の体操の次に始まって、次はアイフル大作戦というドラマでした。
2014/03/15(土) 10:18:16 | URL | (ハンドル未記入)
すみません
ハンドル未記入になってしまいました・ky0k0と申します。
2014/03/15(土) 10:42:20 | URL | (ハンドル未記入)
アイフルからですか。若い(笑)。
ワタクシらはこの番組に続いて、キーハンターという流れで刷り込まれております(笑)。
2014/03/16(日) 09:24:16 | URL | ごいんきょ
思い出いろいろ
順不同、他の方と重複ご容赦にて思い出すままに。
荒井注さんの「何だバカヤロー!」「this is a pen」 ナベプロの抱き合わせタレント「トライアングル他多数」 どうやって動かしていたのか「ジャンボマックス」 今なら放送不可能「小人プロレス」 テレビの前で一緒に叫んだ「志村うしろ!うしろ!」 番宣の元祖「大物ゲスト(特に三船敏郎さん、若山富三郎さんは親も驚いてました。)」こんなに大好きだったのに、80年代にはひょうきん族を家族と離れて自室のテレビで見てました。人間的な成長と時代の流れでしょうか。
2014/03/16(日) 09:54:02 | URL | とらお
ドリフの笑いは原初的でしたからね。
年頃の人間は、少し離れてしまうと思います。
また年寄りになってくると、ああいう単純なものが面白くなってきたりね(笑)。
2014/03/17(月) 00:36:04 | URL | ごいんきょ
電子ジャー
ごいんきょさん他のコメントで思い出しました。電子ジャー。当時は「電子」ってよく使われてましたね。ジャーって「ジャーポット」の省略でしたっけ?お弁当用の「ランチジャー」、職人一家だった我が家ではすぐ購入しました。金物屋さんで。これもタイガーや象印でした。元々魔法瓶技術の応用でしょうか。
2014/03/17(月) 20:40:24 | URL | とらお
♪ 電子のお針箱 リッカー マイティ~
♪ 電子リコピー 電子リコピー
「学研の電子ブロック」

そう言われてみれば、ここんとこ電子って言葉は使われてませんかね。
ジャーって初めて調べました(笑)。
魔法瓶の事だったのですね。
2014/03/17(月) 23:18:54 | URL | ごいんきょ
某動画サイトで見たんですが・・どうも「風立ちぬ」をリリースする直前だったか直後だったかに松田聖子がゲスト出演したときに、なぜか「風―」ではなくそのB面である「Romance」という歌を歌ったことがあったみたいですね。

ヒットスタジオじゃあるまいし、変だなぁとその映像見て思ってたんですが、なるほどこの番組も森永がスポンサーに入ってたんですね(笑)。「風立ちぬ」は例のグリコアーモンドチョコレードのCMソングでしたから・・・まーCM流れてる間は歌えないですよね(汗)。

ということは・・・この枠の提供で個人的には一番印象に強いロッテはかなりの最後のほうで提供に入った感じだったんでしょうかね。近年まで随分長くこの枠でCM流してましたし、この会社も。

あと、どうもココまで触れられていないようですが、日立も一時期だけですがスポンサーとして名を連ねていたみたいです。美術を担当してた山田満郎さんという方が著した「8時だョ!全員集合の作り方」の巻末に掲載されている放送回リストの中にもそのような表記があります。
2014/03/19(水) 05:37:09 | URL | (ハンドル未記入)
あと・・・、よくこの番組の舞台裏を語る上で俎上に上がってくる”地獄の木曜会議”ですが、あれ、どうも最末期のほう(昭和57年頃から)はもうやってなかったみたいですね。

この顛末についてはいかりやさん・居作さんそれぞれの著書にもそこそこページを割いて触れられているんですけども、”いかりやさんがネタ作りを休みたいといって辞めた”という結論はどちらも一緒ですが、どういうわけか・・・その理由付けが・・・ちょっと食い違いがあるんですよ(汗)。

長さん説では「別に志村がどうこうってことじゃない。長くやってきてもう疲れたからそろそろいいじゃないと思って(ネタ作りを)やめたいと申し出た」といったような事が語られています。

ところが居作さんはそれには更に先があって「いかりやさんは”(1,2回休むという意味で)”ネタ作りを休ませてほしい”といっただけで、ずっと”休む”という意味で言ったんじゃない。なのになんでいつの間にオレを差し置いて志村や加藤がネタ作りの主導権を握ってるんだ!話違うぞ!」と激憤して半ば半ギレでその後のネタ作りには参加しなくなってしまった・・・という説明がされています。

多分・・・加藤さんが後年よくテレビとかで仰っていたことなども総合すると・・・居作さんの説明のほうが”正確”なんでしょうね(汗)。
ただ、この時期に前後して居作さんはこの番組の製作を演出の高橋利明さんに託して現場から離れてしまったことも長さんに”戦線離脱”を決断させた間接的な理由だったんじゃなかろうか・・・というようなことを公開交じりにその著書で書き加えてもおられていました。

確かに今見ると、昭和56年以前と昭和57年以降のドリフ番組でのコントが明らかに”変質”してるのがよくわかるんですよね。
昭和56年以前はやはり”長さん主導の台本第一主義的笑い”が前提にあったのがよくわかる感じ。志村さんもアドリブ入れるのにちょっとビクついてる感じでしたしね(汗)。

ところが57年、特に夏頃以降のこの番組の前半コントとかみると、かなり”自由度が高くなった”感が強いんですよ。アドリブとしか考えられないせりふのやり取りの比率がかなり増えたというか。

もちろん、57年以降も今の低レベルのバラエティーからすれば”面白さ”は段違いに高い位置にあるんですが、やはり56年以前のソレに比べるとちょっと”違うな・・・”って感が否めないんですよね。

そのあたりの”変質ぶり”を、特に感性豊かな子供たちがいち早く気づいたことがその後の”ひょうきん族への視聴者流出”のきっかけだったんじゃないか・・・という気がしてなりません。感性豊かである一方、好きな事・人・物についての最初に抱いたイメージに対する固執ぶりも大人の比じゃないものが実はあったりしますからね、子供っていうのは。


2014/03/19(水) 06:02:54 | URL | (ハンドル未記入)
ほ~。なるほどー。
そんな事情、当時はまったく考えもしないで、
ファンサービスだとばかり思ってました(笑)。
日立は「からまん棒」の頃ですかね。

末期の事情に関しましては、ワタクシの印象では、
長さんもいろいろ行き詰まりは感じていて、
半ば引き留めを期待して、「作るのやめる」と言ってみた。
ところが居作さんの方も、長年の放送と行き詰まりで消耗していて、
「この番組は長さんでなければ作れないよ」という言葉が浮かばず、
つい文言通りに受け取って、加藤さん志村さんに任せてみた。
二人はずっとやりたかったから、二つ返事で引き受けた。
長さんは梯子を外された気分になってむくれてしまった。

という感じなんでしょう。
基本的には長さんの我が儘だと思いますけどね(笑)。
でも、それだけ長年支えてきた自負が有ったのでしょう。
2014/03/19(水) 21:12:44 | URL | ごいんきょ
明恵
アシスタントの中で加藤明恵さんだけか亡きいかりやさんにお金で買えないものプレゼントされたのかなその品物とは、旦那さん
2014/04/19(土) 04:45:26 | URL | 野々村俊恵
日立製作所
日立がスポンサーだったのは最初期だけで、日立と交代に、タイガー魔法瓶がスポンサーになりました(昭和49年頃)。

因果関係があるかどうかはわかりませんが、この頃から、日立とタイガーで、商品の競合が目立つようになりました(電子ジャー炊飯器、ホットプレート、もちつき機など)。

2014/04/19(土) 08:48:41 | URL | 10000k
● 野々村さん
へえ、そうなんですか。
ところでハンドル警告済みなのですが、次回は禁止措置を執らせて戴きます。
本人と勘違いする人が出ても面倒臭いですので。


● 10000kさん
関係が有る可能性も有りますね。
同一職種では同じ枠で提供しづらいでしょうし。
2014/04/19(土) 20:54:23 | URL | ごいんきょ
私の名前について
戸籍上野々村香音 野々村眞さんの娘さんと同姓同名なのでお母さん俊恵さんの名拝借してただけです。悪しからず。娘さんの名だけは小学校にあがってから問題になるといけないと思って俊恵さんにしてただけです。Webネーム消しても書き換えても野々村俊恵で書き込まれるんですがどうしたものでしょうか。
2014/04/20(日) 01:26:17 | URL | 野々村俊恵
了解しました。
ご本人からの説明も有りますので、このスレに限りましては大丈夫でしょう。
2014/04/20(日) 02:35:53 | URL | ごいんきょ
仮面ライダー対お笑い頭の体操
キカイダー、デビルマン対全員集合
当時小坊の私は体が二つほしいと心から
思いました
しかしこの時間帯は実質6チャン対10チャンで
二分してたのに考えてみればナイター中継とか
あったし、ちょっと前だと12チャンで明智小五郎シリーズというエッチな奴もやってたし
どこのチャンネル回しても楽しい時代だったなあ
2014/07/08(火) 12:11:23 | URL | マサ
12チャンの明智小五郎シリーズというのは、かなりの通好みですけどね(笑)。
2014/07/18(金) 07:04:11 | URL | ごいんきょ
志村けんさんと桜田淳子さんの夫婦コント
「8時だョ!全員集合」といえば、志村けんさんと桜田淳子さんの夫婦コントですよ!志村さん扮する旦那が淳子さん扮する妻を叱ると、暗い曲が流れて背景が暗くなり、淳子さんが「私ってダメな女ね、あなたの妻でいる資格なんてないわ」と泣き崩れて、志村さんが妻をなだめて謝った途端、背景がピンクになって明るい曲が流れて、淳子さんが「淳子しあわせ!もう泣かないわ!」というオチになるのよ。
2014/07/18(金) 10:32:44 | URL | マスダっち1971
淳子さんはコントも体当たりでやってたからなあ。
ワタクシもあれは好きで、ゲストに淳子さんがいると楽しみでした。
2014/07/27(日) 04:52:53 | URL | ごいんきょ
ピッチャーホリウチ!
病院コントや騎兵隊コントの時のギャグ。呼子笛を吹きながらピッピーピッ右打ち、ピッピーピッ左打ち、ピピピピピピぴー!中打ちでーん、
ピッピッピピッピピッ!乱れ打ち、
ピッチャーホリウチ!スーッサッサッ。文字で書いても面白くないですが、知ってる人はいないかな?

加藤さん、また怒られましたね?
いやー参った参った
で加藤が受けると
注さんがいかりやに俺にもやらせろ!と言って、
仲本 荒井さんまた怒られましたね?
荒井 いやー、と言いかけたところで
袖から長さんが出て来て、
参った参った!
で、舞台は第二幕へというながれ。

加藤茶もチョットだけよまでは
あまり面白くなかった時代があって、誰かとのコンビネーションギャグだったし、結構すべっていたのが多かった記憶が。

2014/08/17(日) 02:30:19 | URL | うえさま
ピッチャー堀内かあ。
見れば思い出しそうですが。

そう言えば、ドリフだったかな、
カーイカイカ カイカイカイ
カーイカイカ カイカイカイって痒がるCM有りましたね。
ムヒだったかな。
で、そのCMが先だったか後だったかは忘れましたが、
笛などでも、よくこの節で、ピーピーピ ピッピッピとやってました。

いや、マイッタマイッタは、けっこう流行りましたよ。
それで少しして、荒井さんとか仲本さんとかと駄目を押す形も派生したかと思います。
2014/08/19(火) 23:24:43 | URL | ごいんきょ
5・4・3・2・1…デーン!
多分「学校コント」だったと思いますが、カトちゃんが作文を読んでいて…作文の内容がないもんだから、カトちゃんが最後のオチに「5・4・3・2・1…デーン!」と言って、変な顔をして、みんながズッコケて会場が大爆笑!になった事があったね!それと授業でビデオ鑑賞かなんかあって、その題名が「恐怖の5秒間」と言いまして、画面に5・4・3・2・1と表示されて、最後のオチにやはりカトちゃんの変な顔がデーン!と出てきて、やはりみんながズッコケて会場が大爆笑!になっていました(^◇^;)
2014/08/26(火) 10:15:43 | URL | マスダっち1971
あーなんかそんなのやってましたね。
何が有るんだろうと思わせておいて、非常に単純な動作で締める落差ね(笑)。
カトちゃんの間と愛嬌が有って初めて成立するものでしょう。
2014/08/29(金) 07:01:37 | URL | ごいんきょ
全員集合オープニング
オープニングテーマ
「エンヤーコーラヤ・・♪」の3番、なにかで乾杯だーといっているな、と思っていましたが「へそで沸かした茶」と、いう歌詞だったのですね!ハッキリさせていただけました(笑)。ここの部分は女性ゲストが3名ぐらいで一つのマイクに向かって唄い、手拍子を打っている画面が思い浮かびます。
2014/09/12(金) 13:41:26 | URL | kyoko
探検隊コントで岩場の草をどけたらゴリラ(の着ぐるみ)がいて、加トちゃんがいかりやさんに「あのー、親せきの方が・・」というやりとり(いかりやさんが見るとゴリラはいない)が面白かったです。
ご近所コントや商店街コントでも加トちゃんが何気なく窓なんか開けたら中にゴリラがいて、いかりやさんが見るといなくて、「ほんとにさっき親せきの方が・・」っていうコント、面白かったです。
2014/09/12(金) 14:01:31 | URL | kyoko
全員で歌ってましたので、べつに女性ゲストだけじゃないんですけどね(笑)。

「親戚の方が」有りましたねー。
それを何回か繰り返して、最後にはやっぱり長さんも鉢合わせになって、
お互いが「ワッ」と驚くんですけどね。
ああいう会場の盛り上げが上手かった。
2014/09/13(土) 06:51:13 | URL | ごいんきょ
タブー
 『ちょっとだけよ』の時にかかる曲の題名が『タブー』というのは当時の子供もなぜか知っていました(番組では題名を言っていなかったと思いますが)。でも、由緒あるラテンのナンバーだとは知りませんでした。そもそもラテン音楽というジャンルもよく知らなかったと思います。
 当時、ある日レコード屋でたまたま『タブー』のシングル盤を見つけて、奇異な感じがしました。ジャケットはストリップとは関係なく、ちゃんと服を着た (^^) 女の人でしたが、やっぱり背景は赤っぽい色だったような気がします。
2014/10/04(土) 13:59:18 | URL | あぶもんもん
結局、物凄い社会現象となったので、いろんな媒体で扱ったんですよね。
それで子供の目の付く範囲でも、あの曲は「タブー」というのが伝わっていたのでしょう。
そんな現象を受けて、カトちゃんが踊っていると思わしき絵柄のジャケットで、
「8時だヨ!全員集合で爆発的ヒット中」との煽り文で、
「ちょっとだけよ… タブー」という曲名となってレコード発売されております。
これは、おそらく各所の演し物などで重宝されたのでしょうね、
けっこう売れたと見えて、中古市場でも度々見かけます。
2014/10/06(月) 06:36:33 | URL | ごいんきょ
今日は何曜日?
「日曜日~!!」8時だヨ!からのお引越し番組「日曜日だヨ!ドリフターズ!」見に行きました。一ツ橋の共立講堂だったと思います。オープニング開始の7時寸前まで長さんが舞台中央で前説をやってて「もう7時になっちゃうよ!長さんいつまでしゃべってんの?」なんて心配してたら、冒頭の「今日は何曜日ー?」の掛け合いの練習が始まり、何回か繰り返していたらそのまま本番になっていました・・。練習と本番の切れ目を感じなかったです。すんなり舞台に引き込まれていきました。すごいですね長さん。
あと本番直前客席で待機しているメンバー特にブーさんを指して「はい物を与えないようにね!」と観客に呼びかけているのがおかしかったです。
2015/02/15(日) 11:25:24 | URL | hey
共立講堂ってのも、たしかにいろんな番組で会場になってた気が。
そうそう。始まる少し前から発声練習するんですよね。
たしか全員集合のそういう映像が残ってた気が。
2015/05/06(水) 12:38:01 | URL | (ハンドル未記入)
ええど、ええどぉ
 記憶が薄れてますが、ドリフが「ええど、ええどぉ」というはやし言葉を流行らせませんでしたっけ。カトちゃんのチョットだけよに合わせてだとしたら、言っていたのはカトちゃん以外のメンバーですね。ずっと後になって「火山灰地」という戯曲の始まりに出てきてビックリした覚えがあります。北海道弁だったんでしょうか。
2015/06/30(火) 03:45:20 | URL | あぶもんもん
「ええど、ええどぉ~おいっ!」
カトちゃんが言ってたように記憶してます。調子に乗って囃し立てるようなシチュエーションで。そして長さんに「やめなさいばかっ!」「いやど~もすんずれぃしました!(茶)」「それがよけいなんだ!ばかものっ!(長)」「はい~いっかりやにっ!おっこられたっ!」・・合唱・・みたいな流れだったような気がしますが・・私の記憶も薄れてきてるので、とりあえずコマーシャルいってちょうだいコマーシャル!
2015/07/01(水) 16:27:32 | URL | hey
ヒックシュン!!
カトちゃんの有名なギャグで「ヒックシュン!!」がありますが、今だったら、マナーの問題や、ウィルス感染の恐れがあることなどで、ほんとに気にする人も出てきたため、ギャグにできなくなったんでしょうね。
2015/07/01(水) 23:12:49 | URL | 10000k
● あぶさん
まあ、流行ってのとは少し違いますが。
カトちゃんの福島弁は、みんな真似しましたからね。


● heyさん
後半の目玉場面を再現して戴きありがとうございます(笑)。


● 10000kさん
ワタクシは「ヘックシュッ!」って感じでやってましたが。
ちょっとネイティブで(笑)。
2015/07/01(水) 23:38:10 | URL | ごいんきょ
全員集合OPが北海盆唄でなかったころ
確かズンドコ節
本当に本当にごくろうさんの替え歌
使ってたこともありましたね。
ドリフがゲストを立てる感じの替え歌でゲストがドリフをいじる、けなす
という感じの替え歌でしたね。

ゲストが
男らしくもありません~
2枚目全く関係ない
力もないし金もない
ないないづくしのドリフちゃん
これがズンドコ節のはず。

もうひとつは
ドリフといっしょに出ていれば~
年も体も気にならない~
バカなことやっても気にならない~
顔のひどさも気にならない~
だったと思います。
これのほうは本当に本当にご苦労さん
という歌の替え歌のはずです。
自分なりの記憶、うろおぼえかも
しれませんが。
もし違ってたらごめん。
けど北海盆唄ももちろん大好きです。









2015/07/22(水) 01:13:20 | URL | サイドスロー
なんか、有った気もするんですけどね~…
初期は、ドリフの持ち歌をよく聞いた気はするんですよ。
2015/07/26(日) 07:52:34 | URL | ごいんきょ
志村うしろ〜 というのは
 「志村、うしろ、うしろ!」というのは今ではコント演出の一つの型として(本家本元の狂言を解説するためにさえ)よく使われますが、当時、客席の子供は本当にそう言ってたんでしょうか。
 テレビの画面からは客席がワーッと騒いでる声は聞こえましたが、具体的に何と言っていたかはハッキリ聞こえませんでした。当時、舞台を生で見た子供だった人に、本当に「志村、うしろ」と言っていたかどうか確かめてみたいです。小さな疑問ですが。
 長さんの遺著「だめだ、こりゃ」に書いてありましたが、長さんはあの手のコントではタイミングを合わせられないだろうと思っていたら、他のメンバーは「客席が騒ぐからわかる。大丈夫」と、キューとして使っていたみたいですね。
2015/08/16(日) 16:59:08 | URL | あぶもんもん
以前も書きましたが、「志村ー!」「志村~、うしろ~!」と本気で怒鳴っている連中を、
ワタクシは(馬鹿じゃないか?)と侮蔑しながらテレビ見ておりましたけど。
声の感じからして、小さくとも小学校高学年って感じのオスガキでしたからね。
ちっちゃい子も言ってたんでしょうけど、声が大きいのはその辺。

なるほど。
客席の騒ぎで振り向いていたのですか。
そんな気もしてましたが。
2015/08/24(月) 03:49:58 | URL | ごいんきょ
チョチョとチャチャ
全員集合を見始めたころ、よく一緒に見ていた祖母がいかりやさんを「チョチョ」、カトちゃんを「チャチャ」と呼んでいましたが、その後もそういう呼び方をする人も聞いたこともなかったので、祖母が独自に付けたいかりやさんとカトちゃんのニックネームだと思っていましたが、こちらのコメントを見せてもらって「ソースのコマーシャルだったのか!」とうなずいています。
祖母はなるほどソースが好きだったという記憶もあって、懐かしくて妙につながって可笑しくてコメントさせていただきました。
「チャチャチョコブー」は発見です!
2015/10/13(火) 16:50:32 | URL | kyoko
オープニング法被
志村けんを初めて見たのは当時読んでいた小学館の学年雑誌の付録の「トランプ」だったと思います。
顔だけ百面相っぽいドリフで、体、風景は漫画。そしてその週ぐらいにテレビの全員集合でも見たのですが、「(オープニングでの帯とか襷が)ピンクだな。」と思いました。
荒井注さんも全員集合で見ていましたがやっぱりそうするとオープニングでの法被カラーはピンクだったのでしょうか。
2015/10/17(土) 14:31:25 | URL | kyoko
チャチュチョコブですね。
加藤チャ、荒井チュー、いかりやチョー介、仲本コー事、高木ブー。でチャチュチョコブ。

荒井さんもたしかピンクじゃなかったかな。
2015/10/18(日) 12:43:54 | URL | ごいんきょ
実は・・・
一度だけ公開収録を見に行ったことがあります。
4~5歳の頃親父に連れられて、たしか有楽町のどこかだったと記憶してますが(イマイチ定かではありません)、楽しみにしてたのに、いざ会場では他の観客が人の山となって視界をさえぎり、ほとんど何をやってるのかもわからない状況のまま終わってしまったという、結果としては切ないものでした。
その後、落胆する自分を励ますためか滅多に行った事のないレストランでハンバーグを食べさせてもらって機嫌を直したのですが(笑)、そもそも親父とどこかに出かけること事態まれな出来事だったので、今となってはいい思い出として心に残っています。

自分は世代的には完全に志村世代で、荒井注さんのVTRなどを見ると逆に違和感を感じてしまうほどでした。
むしろ、すわしんじさんの方が違和感ないくらいです(笑)
彼は後にザ・ニュースペーパーというコントグループで見かけたことも思い出します。

数々のトラブルも、むしろ視聴率を上げる要因にしてしまったあたりは流石のお化け番組といったところでしょうか。
志村・中本の不祥事による謹慎や、セットの火災事件、特に他コメントでもあった停電事件は自分も見ていた記憶がありましたが、ウィキペディアによると停電事件は番組後期の84年6月との事で、「はてその頃はひょうきん派になってたはずだが?」と不思議に感じたのもつかの間、同記事にはその日のひょうきん族はナイター中継により休止していたそうで、なるほどそれで見ていたのかと合点がいきました。
その辺も不思議な巡り会わせを感じてしまいますね。
2015/11/11(水) 20:18:13 | URL | mp
おぉ~~~。なんと貴重な経験を。
あのプラチナチケットが手に入ったなんて。
まだ小さかったから、視界が低かったんでしょうね。
でも、いい思い出ですよ。

荒井さんのは、すべて言葉ネタですからね。
笑いの程度から言うと初歩なのですが、視聴率を取るためには、
子供にも笑えるものが絶対に必要なんですね。

ニュースペーパーの時は、ドリフ時代と結び付きませんでした。
普通に喋ってるし(笑)。

この番組は散々叩かれましたが、それがむしろ宣伝となって、
知名度が上がって視聴率もグングン伸びたんですよね。
だからドリフの人たちは、この番組が悪く言われたって馬耳東風でした。
「嫌なら見るな」なんて、「見なくていいもの作るな」と言い返されてしまう馬鹿な言葉、吐きません。

停電の時はナイターだったんですか。
ワタクシもその辺は、改めて考えたら不思議だったのですが。
なるほど。解決しました(笑)。
2015/11/15(日) 20:34:21 | URL | ごいんきょ
ああ、やっと
このスレの全コメントを読み終えました^^;
さすが全員集合!反響が大きいですね

私も子どもの頃から熱心に観ていたものです

加藤ちゃんから志村さんにメインが移行した時は、確かに寂しさも感じましたが…やっぱり志村さん、上手いんですよね
沢田研二さんとの絡みも面白かったし、当時“遠山の金さん”だった橋幸夫さんとの「お前、それはないだろう」とゆう決め台詞も忘れられません

どなたも触れていなかったようだから、ひょっとしてタブーなのかな?
メンバーのSさんとNさんが不祥事をおかして謹慎処分を受け、何週間か残りの三人で番組をやっていた事がありましたね
ワイドショーでその二人と長さんが三人で会見していて、
「謝れよ!お前ら!!」
怒鳴っていた長さんが凄く怖かった…流石リーダーですよね

※タブーならカットして下さいm(_ _)m


何年か前、特番で昔のコントを見ましたが、
学校シチュエーションのもので、林寛子さんと小柳ルミ子さんが生徒役でした
二人とも可愛かったんですが、コントの間一度も顔を合わさない上、片方がボケていてもにこりともしなかったのが、妙に緊迫感がありました…仲悪かったのかなー、なんて…
2015/11/27(金) 00:21:59 | URL | 杏実
おやー、ご苦労様です(笑)。

「お前、それは無いだろう」有りましたねー。
それだけの台詞でギャグとして成立してしまうという(笑)。

志村さんと仲本さんがノミ競馬で謹慎した話ですか。
ここは、テレビで実際に有った事で有れば、原則的に禁忌事項は有りません。
少なくとも書き手の方は自由に書いて下されば、後は管理者の方で判断します。
文責は管理者に有りますことが明言されております。

加藤さんが、「♪ 帰ってこ~いよ~~」と歌ってましたよね。
でもワタクシ、仲本さんが歌っていたように記憶してました。
人間の記憶メカニズムが不思議です。

小柳さんと林さんですか。
年は離れてますが、どちらもキツそうだからなー(笑)。
険悪という事は無かったのでしょうが。
2016/03/06(日) 22:32:38 | URL | ごいんきょ
◯◯して寝ろ〜
 食事中の方、今から食事される方、失礼します。
 昭和40年代後半、「糞して寝ろ〜」というギャグが流行ったと思うんですが、私は当時から出どころを知りませんでした。しかしどうもドリフじゃないか、もしドリフなら加藤ちゃんあたりじゃないかと思うんですが、出どころは『全員集合』だったでしょうか。それとも『ドパンチ学園』あたりでしょうか。ドパンチは私は見ていなかったので、全然わかりません。
 糞して寝ろ〜って、特にクラスの女子が楽しそうに使ってました。ずっと後になって、落語か何かで「屁ェこいて寝ェ」という関西弁の台詞を聞き、同じような言い回しは昔からあちこちにあるのかなと思いました。子供に言うとしたら「オシッコして寝なさい」が一番多いんじゃないかと思います。大きい方をして寝ろとは、私とは生活のリズムが違うなーと当時思っていました。
2016/05/13(金) 12:52:41 | URL | あぶもんもん
ギャグなんでしょうかね、それ。
確かによく使われた言葉でしたが。
全員集合は「歯磨けよ」ですからねえ(笑)。
2016/05/19(木) 23:13:07 | URL | ごいんきょ
雪男とターザン
ジャンボマックスは「雪男」、すわしんじさんは「ターザン」で初登場だった記憶です。
2016/07/30(土) 09:45:09 | URL | Kyoko
うーむ、言われると物凄くそんな気が。
すわさんはともかく、ジャンボマックスは雪男というか、
山小屋の話で、最後に小屋を押しに出て来たような。
だから毛皮のチョッキを着て、山男っぽい格好だったのですよね。
今更ながら再発見でした。

しかし、初めて彼が出て来た時は本当に衝撃的というか、怖いというか、
何者なんだ、これはと吃驚しました。
2016/08/03(水) 23:50:48 | URL | ごいんきょ
全員集合、懐かしいですね。私の世代は全員集合かひょうきん族かで悩んでいる間にお父さんに暴れん坊将軍に回されたこともあります。

学校コントで、「恐怖の5秒間」と言う映画や、会社コントの電話ねたで、今まで必死に笑いをこらえていたのに「恐怖の5秒間」のかとちゃんの「でーん!」や会社コントの電話ねたでお経が流れて笑いが暴発してこっぴどく怒られたことがあります。結局あの後暴れん坊将軍に強制変更させられた。
2016/08/19(金) 11:16:05 | URL | すーぱーぺるる
土曜20時台は、テレ朝系が時代劇で強かったんですよね。
NET時代は『月影兵庫』『花山大吉』。

恐怖の5秒間って、「5,4,3,2,1」って数字がカウントダウンされて、「デーン」って変な顔のカトちゃんがアップになるやつですよね。
2016/08/19(金) 18:54:13 | URL | ごいんきょ
前回の補足です。
>恐怖の5秒間って、「5,4,3,2,1」って数字がカウントダウンされて、「デーン」って変な顔のカトちゃんがアップになるやつですよね。

そうです。前回の補足です。全員集合の学校コントや会社コントで印象に残ってるのは、学校コントの英語のときに長さんが「レフトは?」と言った後志村が「クロマティー!」と答えたり、かとちゃんの「残ったりんごはジュースにした」、会社コントではタイプライターを打ってると効果音(おならとかの)が出たときのリアクションが印象に残ってましたね。「歌うお化け屋敷」シリーズも印象に残ってる。子供心に「歌うお化け屋敷」シリーズに感激しましたね。うちは全員集合を見るときに厳しい掟があって「笑いをこらえきれずに暴発した場合はすぐ「暴れん坊将軍」などの時代劇にチャンネルを変える」と言う内容で、学校コントの「恐怖の5秒間」など
で案の定暴発。すぐ変えられました。もちろん後のひょうきんやカトけん、ウンナンのやるやらでも適用された。

 学校コントで必死に笑いをこらえる→「恐怖の5秒間」→かとちゃんの「でーん!」→笑いが暴発→こっぴどく怒られる→「暴れん坊将軍」にチャンネルを変えられると言うパターンでしたね。全員集合の歴代裏番組は欽ちゃんのどんとやってみよう、キカイダー、暴れん坊将軍、ひょうきん族くらいしかよく知りません。私の前の世代は全員集合の大コント(学校、会社など)が終わってキカイダーにチャンネルを変えるとキカイダーと敵アンドロイド(ダークロボット)との決戦でしたが、私の世代は全員集合の大コントを見てひょうきんにチャンネルを変えるとたけちゃんマンやってて、見終わると暴れん坊将軍に変えて最後の斬りあいを見るというコースでしたが、
笑いが暴発すると強制的に暴れん坊将軍見せられた。カトけんの探偵コント見て面白ビデオ見た後ウンナンに変えたこともありました。

 ちなみに私が小学4年の頃は、全日本プロレス→ダンバイン→ダイナマン→人形劇三国志→日本昔話→はっちゃく→全員集合orひょうきんのコースが土曜日のお約束でした。

2016/08/20(土) 09:34:53 | URL | すーぱーぺるる
なかなか細かいネタ満載ですねー。
歌うお化け屋敷、我々世代は『ドボチョン一家』という元ネタから見てますので(笑)。

土曜日は本当に激戦続きでした。
特に20時台は、大人と子供の間にも争いを巻き起こしたかと。
2016/08/22(月) 19:50:26 | URL | ごいんきょ
会社コントで志村が経理計算の時、シンセサイザーのように音階が鳴る電卓(実際には市販されておらず、正確には志村の電卓取り扱い状況を見極めつつ、屋根裏スタッフからの遠隔操作で対応する)を使って「サウスポー 」、「鳩ぽっぽ」、「東京音頭」、「ヒゲダンス」、「七つの子」、「ヤン坊マー坊天気予報」などの音楽を奏で、残る四人がそれにつられて振り回されるシーンを見て、当時小学生だった私は、「あの電卓ほしいな~」とおもったこともありましたね。志村が薬の説明ラベルを読み上げる際、また、このコントで志村が「通常大人は、1日につき1回3錠」のところを「通常大人は、一日一善!」と読み替え、さらにそれに続いて「お父さん・お母さんを大切にしよー!」をまねて風邪薬のラベルを読む際に志村と同じ読み方をしてこっぴどく怒られたこともありましたね。
2016/08/23(火) 09:37:22 | URL | すーぱーぺるる
有りましたね。
電卓のボタンを押しているうちに、電子音で演奏するというの。
カラスなぜ鳴くのの頃は、それに繋げた事も有ったかと。

なかなか厳しいご家庭にお育ちなんですね(笑)。
2016/08/28(日) 21:36:10 | URL | ごいんきょ
≻電卓のボタンを押しているうちに、電子音で演奏するというの。
カラスなぜ鳴くのの頃は、それに繋げた事も有ったかと。

ありましたね。

長さんが「野郎ども、出て来い」みたいな感じで呼ぶと4人まとめてピンク・パンサーのテーマで入場するシーンで、最後オナラバージョンと「チーン(チ○コアピールする感じの音)」の2通りあったんですけど、私は後者のほうが印象に残っています。ごいんきょさんはどちらの方を覚えていますか?

ピンクパンサーと言えば、ロンドンオリンピックの頃、女子の体操競技の中継を見てて、当時、息子が大ファンだった田中理恵ちゃんの床の演技のとき、ピンクパンサーと007の曲を合体させた曲を使っていたので、ピンクパンサーの曲になったときに「これドリフの曲だ!」と言ってた。しかも鼻血出しながら。「おい、鼻血出てるぞ!」と私が言うまで全く気がついていなかった。理恵ちゃんのレオタード姿がセクシーだったので鼻血出しちゃったんでしょうね。プールで水着の女性を見ても前かがみになるぐらいで鼻血出さなかったのに。

 学校コントの「レフト?」「クロマティ!」や「恐怖の5秒間」、会社コントの電話の保留音ねたも笑えましたね。


2016/08/30(火) 09:51:44 | URL | すーぱーぺるる
ピンクパンサーのも覚えてますよ。
たしかに チーン の方が音も甲高いし記憶に残りますね(笑)。
子供さんが「ドリフの曲だ」というのも凄いなと(笑)。
2016/09/04(日) 21:22:34 | URL | ごいんきょ
返信コメントが遅れて申し訳ありませんでした。

≻たしかに チーン の方が音も甲高いし記憶に残りますね(笑)。

ドリフ大爆笑でリメイクされた時にも踏襲されていました。

≻子供さんが「ドリフの曲だ」というのも凄いなと(笑)。

大爆笑でのリメイク版の刷り込みらしいです。

2016/09/06(火) 10:43:46 | URL | (ハンドル未記入)
HNを入れ忘れて投稿してしまいました。すみません。
2016/09/06(火) 10:45:03 | URL | すーぱーぺるる
ここのホストはワタクシですので、他の方は書きたい時に書きたいことだけ書いて下されば良いのですよ。
気楽にやって下さい。
2016/09/11(日) 19:17:44 | URL | ごいんきょ
今の土8はめちゃイケ
土8といえば「昔ドリフ 今めちゃイケ」です。
この時間帯は後に、「カウントダウンTV」もやっていました。
2016/12/01(木) 18:14:06 | URL | 永山修一
バブル期のTBS
昭和のTBSは、この8時だよ全員集合やザ・ベストテンやニュースコープなどの名物番組を放送していました。しかし、バブル時代、当時絶頂期のフジテレビの番組を真似たものを放送、フジ追従路線で視聴率が低迷しました。
しかし、「渡鬼シリーズ」などで、立て直しを図ったものの、TBSビデオ問題が発覚しました。
そして、いま、半沢直樹などのヒット作がありますが、まだ、一部のドラマに、フジ追従路線が治ってないものがあります。完全にそれが治ってたら、みんなに愛されるTBSになってるんじゃないかなと思います。
2016/12/04(日) 17:58:50 | URL | 永山修一
めちゃイケねえ。
ま、『ひょうきん』の流れではありますけど、フジテレビですよね。
この時間のカウントダウンTVは司会が悪かった。最悪だった。

フジのお笑い偏重路線もかなり長く尾を引きましたが、ボチボチ揺り戻してきてますかね。
2016/12/05(月) 05:42:28 | URL | ごいんきょ
バスクリン
前述の「日曜日だヨ!ドリフターズ!」観覧時、お土産に携帯用のバスクリンをもらったことを思い出しました。
津村順天堂が提供だったのかな?
1回分の携帯用シャンプーが入ってるようなパックに入っていたそれを、わくわくしながら家に持って帰り(バスクリンなんて我が家にゃなかった)その日の風呂にさっそく投入!
封を切ったら袋の中に鮮やかなオレンジ色の粉末が!!そのどくどくしい色に若干躊躇しながらも湯船に投下!
なんとっ!それまでオレンジだった粉がお湯に溶けつつ鮮やかなグリーンに変化したではないかっ!!なんかプラスチック製の水鉄砲の黄緑とでもいうのか・・。ん~発想が貧困!
翌日再びその残り湯を堪能しようと湯船を見ると・・普通のお湯じゃん!?
あまりの色の鮮やかさに気味悪がられたのか、すでに入れ替えられておりました。
2016/12/30(金) 15:54:18 | URL | hey
津村順天堂
バスクリンレモンのCM、懐かしいですね。マスコットがブタみたいなワケの分からない動物でした。鼻をバスクリンにくっ付けて泳いでましたね。
2016/12/30(金) 20:55:25 | URL | bean。
● heyさん
ああ、日曜日だよの方は、たしかそうだと思いますよ。貴重な証言です。
バスクリンには憧れが有りましたが、そもそも家風呂が無い家も多かったですから。


● bean。さん
昭和末期ですね。
『ただものではない』で所さんが歌っていた開始主題歌は、
♪ ブタブタ子ブタ 双子の子ブタが踊るはチャールストン てな感じでした。
2016/12/31(土) 08:51:34 | URL | ごいんきょ
ミヨちゃん
小野ヤスシが晩年、平尾昌晃と共演していた頃、「平尾先生が大ヒットさせて、うちの加藤がパクった『ミヨちゃん』ってのもありますからね」とTOKIOの連中に話していたことがあるはずだが、加藤と言うのが加トちゃんこと俳優の加藤茶さんの事で、この加トちゃんが『ミヨちゃん』のラップ版を20年以上前に出しているんだよね?
それも『ドリフ大爆笑』でもオンエアーされたことがあるみたいで……
2017/05/01(月) 23:25:44 | URL | 強竜・竜魂・原点回帰
「うちの加藤」か。
加トちゃんはドリフ系にもドンキー系にも誘われてましたからね。
ラップ版もやってたような。
しかし20年も経ってますか。
2017/05/07(日) 20:46:06 | URL | ごいんきょ
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