私的 昭和テレビ大全集
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日本映画名作劇場 (1976)

該当番組画像募集


休載が多かったので、土曜番組特集をもう少々延長致します。

土曜の深夜と言えば、どうしたってエッチ系の番組。
ワタクシはそういうものをそういう意味で期待して観たりしてません。
ただ、当時からテレビ番組というものに対する文化的傾注はしており、
女性を性的商品として扱うかの如き番組作りに憤慨しつつも、
文化的研究のために観なければいけないと自らに言い聞かせ、
非常に嫌で嫌で仕方ありませんでしたが、視聴はしました。一通り。
本当に、反吐が出るような不快感を感じながらですけど。本当に。
絶対だからな!(笑)
で、嫌々ながら一通り観てきたので、土曜夜のエロ番組史も語れます。
一番凄かったのはオールナイトフジからの流れですね。
ミッドナイトin六本木とか、海賊チャンネルの頃。
この辺は延長したこの土曜特集の中で詳細に語る予定ですけど、
テレビ東京…いやさ、エログロの東京12チャンネルは、
この面では他局を大幅にリードしていました。

独占!男の時間では画面いっぱいにおっぱい丸出しの美女を並べ…
わかりづらいかな? もう一回書いておこう。
画面いっぱいにおっぱい、いっぱいにおっぱいを並べ(笑)、
当時の男性を驚喜させて一躍話題となりました。
山城新伍が12チャンネル出入禁止(?)となってからも、
独占!おとなの時間として、多少トーンは弱めつつも路線は継続。
その枠は明石家さんまのサタデーナイトショーへと発展し、
ワタクシもこの番組にはかなり没頭する事となるのですが。
で、そんな『おとなの時間』枠の始まるより少しだけ早い時間、
この番組はやっておりました。
そもそも映画劇場の話だろ。なんでエロ番組話から始めるんだ?
と訝しがっていた皆様、この局の異名を思い出して下さい。
ワタクシが勝手に付けた異名ですけど(笑)。
そうなんです。この枠では、エロエロな映画がいろいろと楽しめたのです。
わかりづらいかな? もう一回書いておこう。
エロエロな映画がいろいろと、エロエロな映画がいろいろと、楽しめたのです。

中でも見逃せなかったのがATG作品。アート・シアター・ギルド。
文芸作品だか芸術だか実験的だか知らないけど、
ミョーにお高く止まったような作りの作品が多い所と感じてましたが、
内容は失敗作の方がはるかに多かったように感じたものの、
エロは常にトップクラスの描写なので納得できました。
いや、映画論的にね。文化的に。芸術的に(笑)。
そうそう、芸術芸術。やっぱ女性の裸は芸術ですよ、芸術(笑)。
星空のマリオネットに於ける亜湖の超デカパイだの、
サードでの森下愛子の鮮烈なおっぱいだのには感激したものです。芸術的に。
あとは昭和40年代の大映作品ですね。
一連の関根恵子作品、おさな妻から始まり、高校生ブルースとか。
渥美マリのでんきくらげなんてのは、新聞でタイトルを見た時には
異常に興奮したものです。芸術的に(笑)。
実際には、それほど大したことはないんですけどね。
ましてやキワモノ映画なので、内容もあまり面白くなかったし。

おっと。こんな視点でばかり書いていると誤解されそうだ。
そういうエロ映画は嫌々観ていたのに(笑)。
この枠はダテに『日本映画名作劇場』とは題しておらず、
いにしえの日本映画黄金期、真の名作映画も発掘して、
数多く放映してくれていたのです。
長門裕之が子役として出ていた無法松の一生。
顔が、大きくなってからとまったく変わってなかったのが凄い(笑)。
戦後、ラジオ番組から空前のヒットとなった鐘の鳴る丘。
♪ 緑の丘の赤い屋根 とんがり帽子の時計台
あれは親父がかなりリキ入れて観ておりました。
壺井栄の名作を映画化した、二十四の瞳。
子役達のノらない演技(?)に時代を感じました(苦笑)。

とまあ、こんなような、他局の普通の映画劇場では扱わないような、
真の日本映画の名作も数多く放送してくれていた、
テレビ映画番組史上、実は特記されるべき番組枠でした。
解説をしていたのは品田雄吉。ヒゲと眼鏡が印象的だった。
どんなキワモノ映画であろうが、きちんと映画として真摯に解説してました。
映画が始まる前に手短な解説と、終わった後に名場面を流したりしながら
やや長めの解説をしていましたかね。
この番組は映画全盛期にわりと映画を観ていたらしい親父が好きだったので、
ワタクシも否応もなく観ておりました。
けれどもお陰様で、同輩達はきっと知らないであろう邦画名作も、
自然と呼吸をするように堪能してきたわけで、
この点に関しては感謝…というほどでもないけど、助かったと思ってます。
古い映画は正直、演出的にはやはり時代遅れで退屈なものが多く、
映画マニアでもなければなかなか自発的に観る気にはならないですからね。
裸のシーンが出てきた時には当方も困惑しましたが(苦笑)、
向こうさんもこちらの様子をしげしげと眺めてましたっけなあ(笑)。
もう、表情を硬くして、いかにも興味無いように観てましたけど。
そういう意味でも感謝しなければいけないのかな。
いや、嫌々観てたんですけどね(笑)。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
全く無関係でごめんなさい
 長門裕之さんで思い出したのですが、南田洋子さんが出演されて、サザンオールスターズがレギュラーだったバラエティ番組ってご存知ありませんか? かなり後年ですが、あれもたしか土曜日だったような‥‥。

 その番組の中で南田さんが桑田さんをつかまえて、「若い時の長門にソックリ」と発言し、たしかに似ているので納得した記憶があります。
2006/11/05(日) 12:26:03 | URL | 自由人大佐
ホントに無関係だなあ(笑)
そんな場面、なんとなく記憶にあります。
でも、サザンがレギュラーの番組なんて有ったかな?
桑田さんが長門さんに似てると言われ出して結構経ってからの話でした、それ。
桑田さんの出始めの頃から南田さんは思ってたのかなあ?(笑)
2006/11/05(日) 23:49:54 | URL | ごいんきょ
五番町夕霧楼
これは、東京12チャンネルで、土曜日の10時頃からやっていたものでしょうか?
そうだとすると、解説は、最初は白井佳夫さんだったですね。当時キネマ旬報の編集長で、渋い語り口が、新鮮でした。

これは、放映リストをメモってありまして、

第1回 鍵 (市川崑)
第2回 氷壁(増村保造)
第3回 五番町夕霧楼(前編)(田坂具隆) 
第4回 五番町夕霧楼(後編)(田坂具隆)
第5回 お嬢さん乾杯(木下恵介)
第6回 ビルマの竪琴(前編)(市川崑)
第7回 ビルマの竪琴(後編)(市川崑)
第8回 カルメン故郷に帰る(木下恵介)
第9回 伊豆の踊子(野村芳太郎)
第10回 稲妻草紙(稲垣浩)
第11回 氾濫(増村保造)
第12回 多良尾伴内・七つの顔の男だぜ(小沢茂弘)
第13回 母(田中重雄)
第14回 鞍馬天狗・角兵衛獅子(大曽根辰夫)
第15回 ひめゆりの塔(前編)(今井正)
第16回 ひめゆりの塔(後編)(今井正)
第17回 東海道四谷怪談(中川信夫)
第18回 太陽の季節(古川卓巳)

以下2年半くらい続いたと思います。硬軟あわせた、渋いラインナップで、ほとんどかかさず観ておりました。

'70年代は、日本映画の名作といわれるものは、テレビで観られることはほとんど無く、やるものは日曜の午後とかに、チャンバラ物が多かったですね。

その後、'80年頃から、NHK教育テレビで、洋画の古いのを含め、単発的にやるようになりました。
したがって、当時、私のような映画ファンには、砂漠の泉のごとくありがたい番組でした。

特に「五番町夕霧楼」には深い感銘を受けました。日本映画もいいなあ、と思い、ますます深みにはまってしまいました。

しかし、現在は、CSで苦も無く古い日本映画を、しかもノーカットで観られるようになったのですから、本当に映画ファンには良い時代になりましたね。
2006/11/19(日) 02:40:41 | URL | ブロンソン
解説者
解説は当初は白井さんだったようですが、そちらはよく覚えてないんですよね。
ワタクシは品田さんの印象が強いです。

リスト制作するほどの映画マニアだったんですか。
その中で記憶にあるのは、カルメン故郷に帰るですね。
初の国産カラー映画という事で親父も上映当時見たんでしょう。
この作品もかなり嬉々としてチャンネル合わせていたのが思い出されます。
内容は、そんなに面白いとは思わなかった(苦笑)。
ただカラー映像ってだけがウリのように感じましたね。

お嬢さん乾杯とか伊豆の踊子あたりも多分見たなあ。
しかし、初期は本当に名作劇場だったんですね。
品田さんの頃には、結構な割合でキワモノ扱ってました(笑)。
2年半って事はないと思いますね。
もう少し続いていたでしょうから、品田さん時代はご覧になっていないのでは?
2006/11/19(日) 05:06:37 | URL | ごいんきょ
'76年4月~'78年の8月までしかメモってないんで、いつまで続いたかは、実はっきり知りません。
今ウェブで調べたところ、'81年10月にはまだやっていますから相当な期間やっていたんですね。たぶん途中で、飽きてしまって観なくなったのかもしれません(笑)。

この番組のおかげで日本映画の古いところがだいぶ観られ、日本映画にも興味を持つきっかけになったのは間違いないですね。
確かに、昔の日本映画は、今観るとフィルムが傷んだりして見にくいせいもあるとは思いますが、テンポがゆっくりとしていて、冗漫に感じるものも多いですね。しかし、放映当時は、まだ現在の目よりは、素直に観ていたんだと思いますし、逆に新鮮な気持ちで観ていましたよ。
小津安二郎の「東京物語」もやりましたが、当時は、そんなに騒がれていませんでしたし、人が対話する場面で人物を下方から正面に撮る技法がなにか不自然に思え、今でも何か、苦手ですね。

しかし、やはり、日本映画のフィルムの保存状態は良くないですよね(特に昭和20年代以前)。確かにフィルムの性能や、性質、時代状況を考えると、綺麗に保存するのは、むずかしかったのかもしれませんが、もうちょっと大事にしてほしかったですね。特に戦前のものは、無くて観られないのが当たり前ですし、あっても非常に観にくいものになってしまっていますから。
以下に続きを記します。

第19回 八月十五日の動乱(小林恒夫)
第20回 俺の血が騒ぐ(山崎徳次郎)
第21回 雲流るる果てに(家城巳代治)
第22回 夜霧よ今夜も有難う(江崎実生)
第23回 赤線地帯(溝口健二)
第24回 越前竹人形(吉村公三郎)
第25回 絶唱(滝沢英輔)
第26回 警察日記(久松静児)
第27回 夜の河(吉村公三郎)
第28回 氷点(山本薩夫)
第29回 血槍富士(内田吐夢)
第30回 ギターを持った渡り鳥(斉藤武一)
第31回 幕末太陽伝(川島雄三)
第32回 お早よう(小津安二郎)
第33回 雁(池広一夫)
第34回 雪国(大庭秀雄)
第35回 浪花の恋の物語(内田吐夢


そういえば、「想い出の名作洋画劇場」(東京12ch)'76年4月~ という三橋達也解説の古い洋画専門のものもありましたよね。金曜10時なので、ゴールデン洋画劇場とぶつかっていましたが、こちらを観ていましたね。
2006/11/19(日) 15:16:27 | URL | ブロンソン
フィルム保存
81年10月にはやっていて、82年10月にはやってないので、
その間に終了したんでしょうね。
昔の作品は、比べてしまうとやはり演出が拙いです。
それは或る意味あたりまえの話なんですが。

小津作品は評価が高いんですけど、
ワタクシも誉めている人に会った事がありません(苦笑)。
自分で観ても面白いと感じた作品は無いし。
映像に関しては、それほどアレルギーは有りませんが、
かと言って絶賛するほどのものとも思えないです。

映画には詳しくないのでフィルム状況がそんなに悲惨とは知りませんでした。
まあ、敗戦を挟んでますしね。戦後はかなり違うんじゃないですか。

今回のリストでは、この枠で観たとハッキリ思い出せるものは有りません。
夜霧はもちろん観た事あるんですけど、この枠じゃなかったかも。

思い出の洋画劇場の方は今のとこ思い出せないですね。
まあ何本かは絶対に観ているとは思いますけど、
2006/11/19(日) 20:32:30 | URL | ごいんきょ
はじめまして。検索から来ました。
私も品田雄吉氏の時代に「日本映画名作劇場」を観ておりました。
「無法松」や「おさな妻」「サード」など、私の記憶にあるラインナップも殆ど同じです。

個人的に最も思い出深いのは松坂慶子の「夜の診察室」が放送された時です(たぶん1980年)。
冒頭、いきなり「セェックスゥゥゥ」という甘ったるいナレーションが始まった時は、周りに家族がいるのにどうしようかと身が縮む思いでした(笑)

ちなみにこの番組の後も80年代に同じテレビ東京で、土曜の深夜に時間帯を移してやはり邦画専門の映画枠があったと思うのですが、ご記憶ありませんか。
番組名は土曜名画劇場だか名作劇場だかだったと思うのですが。。
2008/03/25(火) 20:56:36 | URL | hayamin
夜の診察室
はじめまして。
そう。夜の診察室を忘れてはいけませんね。
当時、既にもう、松坂慶子の出ていたキワモノ映画として有名でしたから、
一度は見てみたいと思っていたら、なんとテレビでやるというので、
さすがはテレビ東京と感服した次第です(笑)。
ただ、冒頭はたしかに期待値満点な作りなのですが、
意外と内容は大したものでもなく、当然予想されたように、
松坂慶子のきわどいシーンが有るわけでもなく、
話もまったく面白いものではなかったので、とてもガッカリしたものです。
この枠は、そうした感想を持ってしまう映画がけっこう多かったものでした。

深夜にもやってましたよね。
あれもたしか品田先生解説だったかな。
2008/03/27(木) 05:47:43 | URL | ごいんきょ
土曜の夜は・・・
お帰りなさいませ、ごいんきょ様!(って、メイド喫茶かよ!?)
ご復活待ってましたよぉ~。全レス大変だと思いますが、ゆる~りと頑張って下さいナ(^-^)
 
私は「女囚さそり」という邦画が大好きなんですが、その映画を初めて観たのは、この番組ではなかったかと最近気付いたのです。
というか、このテの映画を放送してくれた素晴らしい局なんて、12チャンネルくらいなものですよね!ww

土曜の夜といえばこの番組からおとなの時間→鶴光のオールナイトが定番でしたから、まったくとんでもないエロ少女でした。

今はテレ東深夜と言えど、こういう映画をやってくれなくなっちゃったから、つまんないですねぇ。。。



2008/10/18(土) 23:55:41 | URL | カピバラ
いいですね。
ぜひメイド姿で出迎えて戴きたいです(笑)。

女囚さそりやったかなー?
もしやってたらワタクシが見逃すとは思えないんですが(笑)、
カピバラさんが見逃さなかったんだからやったのかな。
ああそうそう。
土曜はワタクシもそういうラインナップだった、いま思えば。

今回は娼女の方のカピバラさんでしたね(笑)。
2008/10/19(日) 21:19:45 | URL | ごいんきょ
もう一度・・・
はじめまして。
テレビ放映されていた映画番組の事を検索していて、こちらにたどり着きました。

とにもかくにも映画三昧だった少年時代、この番組はとても楽しみにしていました。
「サード」「正午なり」などは、中学生の私には衝撃的でした(笑)
あと、どうしてもタイトルが思い出せないのですが、終戦の荒廃した町を描いた作品だと思うのですが、その中で主人公と思わしき少年が突然尿意をもよおし、慌てて用を足そうとすると、娼婦?が「それ、おしっこじゃないのよ」と笑うシーンがあるモノクロ映画が記憶に残ってます(苦笑)

こういった番組が地上波放送で無くなってしまったのは、本当に残念ですね。
2009/05/17(日) 17:29:36 | URL | makoto
はじめまして。
サードはたしかに衝撃的でした。
あんな愛くるしい森下さんがねえ。
不明の映画は、なんか見たような気はしますが、ワタクシもわかりません。
たしかに地上波では無くなりましたが、CSでは充実してますからね。
2009/05/24(日) 17:08:44 | URL | ごいんきょ
決めぜりふが・・・・
こんにちは、はじめまして(^^)/
  
確か本編始まる前に解説者さんが・・


”皆さんと一緒に日本映画の良さにつ いて、再発見していくこの番組”
  
ってきめぜりふを言ってから、
解説始めてたような気がします。
 
この映画枠で、加山雄三さんの、
”何処へ”と”続何処へ”のが放映され、
加山ファンの私は喜び勇んで、見た記憶があります。
  
随分昔の話しです。
2009/10/26(月) 18:07:27 | URL | 若大将
とても楽しみな番組でした
ちょうど古い日本映画に興味を持ち始めたころの番組で、毎週楽しみにしていました。俳優さんの名前のテロップを挿入してくれたのがありがたかったです。
2010/05/17(月) 23:47:59 | URL | 亀吉
● 若大将さん
はじめまして(^^)/
あー、言われればそんな始まりでしたね。
その前、本当に番組開始時の、提供読みの声とバックの音楽はよく覚えてるのですが。
映画版の『何処へ』は加山さんだったんですね。
若大将シリーズはこの枠ではやらなかったと思いますが、
余所では扱わないようなシブイ選択がいかにもです。


● 亀吉さん
あ、そうでしたね。
こちらも言われれば思い出します。
それから、最後の解説部分でも、注目すべき出演者がいた場合は
そのシーンの止め絵をバックに、紹介してくれたりしました。
2010/05/29(土) 05:07:11 | URL | ごいんきょ
あの頃は良かった
五月みどりのカマキリ婦人は興奮して見ました。テレビでこんなんやっていいのかという感じでした。
2012/01/08(日) 15:54:15 | URL | まっ君
え? カマキリ婦人やりましたっけ、この番組で?
それは初耳だし、事実だとしたら見逃した自分を猛烈に叱責したいですね(苦笑)。
2012/01/28(土) 07:09:06 | URL | ごいんきょ
はじめての小津映画がわかりました(^_^)
検索でこちらにたどり着きました。長年、中学生のころにテレビで見た初めての小津作品ってなんだったろう...とモヤモヤしておりましたが、こちらの記事と番組リストを拝見してわかりました。東京12チャンネルの古い邦画ばかりやってた映画番組だったよなぁ...という朧気な記憶でしたが、「お早よう」であるとが判り、その当時の感慨が次々に蘇った次第です(^_^)ありがとうございました。当ブログにリンクを貼らせていただきたいと思いますが、問題あればお知らせください。
2016/02/04(木) 19:01:41 | URL | どっと屋M
ワタクシ、小津作品をこの枠で見た記憶は無いんですよね。
うちの親父はあまり好きではなかったみたい(笑)。
2016/02/11(木) 21:48:11 | URL | ごいんきょ
映画の中のテレビ
映画の一シーンにテレビ画面が映し出されることが、たまにあります。昔はだいたい、無難なところ大相撲中継なぞが多かったようですが。小津の「お早よう」は封切りが1959年5月、あのロイヤル・ウェディング狂想曲の直後で、この年からテレビ受像機台数が飛躍的に増えたわけですが、内容もそれを反映した親父と子供たちの「テレビ買え」攻防戦(笑)。その前半部分で、白田肇(子役)が裕福な友人宅でテレビの相撲を見せてもらう場面があります。そこでブラウン管に映し出されるのが1959年初場所7日目の北葉山(のち大関)×富樫(次場所から柏戸、のち横綱)戦。ところが、よく見るとこれが、NHKの実況画面ではなく、日本相撲協会映画部撮影のフィルム。つまりこれは7日目の当日(1月17日)撮影したシーンではなく、後日フィルムを借りてきてテレビ画面にハメ込んで流したものと分かります。さらにずっと後に、今度は千秋楽の若秩父×北の洋戦を見る場面もありますが、これは画面はなく、実況の音声のみでした。

映画で相撲が映し出されるもので、私が他に記憶しているものでは、1962年11月封切りの「私は二歳」(市川崑監督)で、確か栃ノ海×豊山?戦だったと思いますが、こちらは茶の間のテレビの実写でした。どうせこういうシーンを撮るなら、相撲などでなく、今は永久に失われた貴重なドラマの一場面などを入れてくれていたなら価値あるものとなったのでしょうが、撮影の都合、権利関係、何よりも当時の映画界と新興テレビ界が犬猿の敵対関係にあったことなどを考えると、なかなか難しかったのでしょうね。

最後に蛇足ですが、「無法松の一生」のテレビ版では、1964年、フジテレビの南原宏治主演のものが記憶に残っています。あの怪優・名悪役でならした人が、底抜けのガサツな善人を演じてたのですから、分らないものですがそれが不思議や、見事にサマになっていました。
2016/10/21(金) 07:12:50 | URL | 権兵衛
なかなか面白い視点ですねえ。
あまり映画は見ていないワタクシには難しい検証ですが。

『お早う』の話は有名ですね。
テレビが時代の寵児で、庶民描写に持って来いになっていたのでしょう。

画面に映る作品は、後々まで計算しないといけませんね。
日本テレビのグランド劇場作品の中に、自社の洋画劇場で扱う作品を写したがために、その後の再映像化が困難になったという話が有ります。
『うる星やつら2』は『ゴジラ』が映っているために、他のうる星映画に比べて再映像化しづらいようです。

テレビ版『無法松』は、CSで見ました。
『無法松』としては些か線が細いようにも思いますが、それだけテレビも人材難だったのですね。
2016/10/22(土) 08:08:00 | URL | ごいんきょ
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