私的 昭和テレビ大全集
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元禄太平記 (1975)

元禄太平記


その昔、裏番組をぶっ飛ばせという番組がありました。
そんな直截なタイトルをつけるのも素晴らしいのですが(笑)、
その「裏番組」とはなんであったかと言うに、
NHKの大河ドラマでありました。
大河ドラマ。
日曜の夜8時から45分、一年の長きに渡って放送する、あれ。
そんな説明もあまり必要が無いのは、今日まで営々と続いているからで、
相も変わらずそこそこの視聴率は確保しているようではありますが、
当時は民放側にそんなタイトルをつけられるくらいに、
彼我の差は歴然としたものでありまして、視聴率40%超えは当たり前で、
あれだけの本格的歴史ドラマがそれだけの視聴率を稼いでいたのですから、
当時の日本人の知的レベルは、おそらく今日を凌ぐものであったろうと、
娯楽番組オンリーと化した昨今のテレビを思い起こすにつけ、
今更ながらに推察する次第であります。句点は早めに付けましょう(笑)。

大河ドラマを一躍引き上げたのが、かの「おのおのがた」の赤穂浪士。
これも勿論いつかは扱いますし、裏番組をぶっ飛ばせの方も、
大河ドラマの裏番組なんだから当然日曜の番組なんですが、
今回はパスする予定でございます。またいつの日にか。
土曜番組特集でちょっとエロ番組やりすぎて、この人は実は、
エッチな番組ばかり見てたんじゃないか?と思われるのは心外ですし(苦笑)。

赤穂浪士と言えばもちろん忠臣蔵で、江戸時代からずっと、
日本人に喝采で受け入れられてきた物語であります。その魅力は数多いですが、
四十七士それぞれにドラマがあるというのも大きい部分でしょう。
決して、大石内蔵助と吉良上野介の対決劇ではない。
元祖大河の赤穂浪士は、そんなオーソドックスな描き方だったと思います。
なんと言ってもテレビドラマとしては元祖とも言える忠臣蔵ですからね。
しかし時を経て再び忠臣蔵に題材を得たこの作品は、
もちろん同じ描き方をしたものではありませんでした。
石坂浩二が演じた主人公・柳沢保明は、五代将軍綱吉に重用される御用人。
いわば客観的視線による忠臣蔵でありました。
太平記なんて題してるけどとんでもない(笑)。
たしかに元禄時代は太平の世として有名だけど、忠臣蔵を描いてるんだから
この番組はもちろんドタバタしてましたよ(笑)。

鍵となったのは赤穂の塩。
今日でもポテトチップスの売り文句にされるほどのネームバリュー(笑)。
いわば権益の奪い合いに類する軋轢から吉良が浅野内匠頭に嫌がらせし、
いよいよ耐え難くなった浅野が殿中にて刃傷沙汰を起こすという話。
お決まりの「殿中でござる!」は、勿論この番組でも使われました。
ただ、全体的に大河ドラマというのはなかなか硬派な作りで、
特に当時は、エンターテイメント性というか娯楽性は二の次だったので、
あまり子供の喜んで見るようなものではなかったかと思います。
それでも40%程度の視聴率を取っていたんだから凄いのですが。

水戸黄門・徳川光圀をこの番組では森繁久弥がやってました。
まさにハマリ役なんですが、どうしてナショナル劇場の水戸黄門の方は
彼がやらなかったんだろう。七人の孫のイメージが強いからかな。
この番組では、ほぼ唯一軽い感じで演じていた人ですかね。
森繁と言えば竹脇無我で(笑)、この番組にも柳沢兵庫の役でしっかり出てます。
裏番組をぶっ飛ばせでやや追い詰められた大河ドラマですが、その後も
日テレの俺たちシリーズやTVスクランブル、元気が出るテレビ、
フジのオールスター家族対抗歌合戦、NETの金さんシリーズなど
強敵目白押しだったにもかかわらず、その牙城は崩れないのでありました。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
重厚な人間ドラマ
「元禄太平記」 は、この2年前の 「国盗り物語」 と並び,個人的には良く観た、たいへん面白い大河ドラマでした。

江守徹さんの大石内蔵助は当時としては大抜擢だったでしょうが、独特の口跡の良さで、とても良かったですね。たぶん、前年の「勝海舟」にも出ており、そこでの印象が良かったから抜擢されたのではないでしょうか。

石坂浩二さんの柳沢吉保(保明)もおそらく、初めての悪役ではなかったかと思いますが、とても憎々しく演じられており、切れる男のイメージで適役でした。

しかし、徳川光圀役の森繁久弥、吉良上野介役の小澤栄太郎といい、以前の大河ドラマは、豪華かつ、適材適所の配役が良かったですね。
現在の大河では、油の乗った実力派俳優を主役に使うというよりも、話題づくり先行で若手タレントや、歌舞伎俳優にたよるようなものが多く、積極的に観ようという気になれません。時代の流れでしょうがないのかもしれませんが、多少地味でも、もっと本格的なものが観たいですね。

関係ないですが、この前年の「勝海舟」は、好きだった渡哲也主演で、とても期待しており、最初から観ていたのですが、病気降板で非常に残念でした。もしそのまま出ていたら、傑作になったのではないかと思います。最近はこういう迫力を感じる人が少なくなったような気がします。織田裕二は、最近の俳優では、良いと思うのですが、何故かNHKは起用しませんね。どうしてでしょう?

それと、「元禄太平記」のテーマ音楽は、地味ですが、とても印象的でした。華やかな陰で、陰謀渦巻く時代を象徴するようなイメージで好きでした。
また、討ち入りが、12月14日に放送されたのも印象深いです。
2006/11/19(日) 01:00:24 | URL | ブロンソン
配役
いやあ、大河ドラマにこれだけのコメントを戴けるなんてまったく想像してなくて、
きっとコメント0だろうなとタカを括っていたんですが(笑)。
そう。勝海舟とか国盗り物語とか、当時が大河ドラマのピークですかね。
徐々に他の作品も扱っていきたいんですけど。

江守さんはたしかに抜擢だったかな。
おっしゃるように、実績が認められたんでしょうね。
石坂さんに関しては、たしかにあの役は彼が最適って感じです。

配役に関しては、朝のテレビ小説が新人発掘枠だったのに対し、
大河ドラマは重厚俳優の発掘という面がありました。
決して、ロクに演技もできない人気だけはある歌手を
視聴率目当てで主役にはめ込む枠ではなかったです。
なんでそんなNHKになったかと言えば、構造的に根が深いと思います。
ネットでも風聞としてよく流されていますが、
今の芸能界では、あまりに特殊な人脈が幅を利かせ過ぎてるんでしょうね。
そんなNHKが受信料を義務化とは笑止です。
どうしても義務化したいのなら、選択権を与えなければおかしいですね。
スクランブルを取り入れるべきでしょう。

大河ドラマは、音楽も重厚だったですね。
忠臣蔵と言えば討ち入りで、日本ではいまだに
毎年12月には話題となりますが、この年は特に騒がれた記憶が有ります。
2006/11/19(日) 04:46:28 | URL | ごいんきょ
「元禄太平記」、懐かしいです。
でもコメントはひとつだけ…人気ないですねw

江守徹は「勝海舟」だけでなく、そ
の前年の「国盗り物語」にも黒田官兵衛役で出ていました。NHKは気に入った役者を結構連続で使う傾向があります。

あと、このドラマには何故だか歌手の三善英史が清水一学役で出ていまして、ロクに演技をやったこともないド素人の歌手をぽっと入れる傾向は昔からあったんですね。
2008/04/19(土) 21:54:38 | URL | hayamin
人気ないというよりも、ネット主力層は子供時代だったので、
こういう本格時代ドラマはきちんと筋立てて見ていないという事でしょう。

三善さん、歌がどうにもいかなくなりだした時期かな。
歌手→俳優という救済が本格的にされだした時期ですか。
でも三善さんは、俳優業はあまり向かなかったのか、あまり例がない感じです。
2008/04/20(日) 07:20:39 | URL | ごいんきょ
矢頭右衛門七
当時ジャニーズ事務所のタレントさんだった小坂まさるが演じていましたが、その後の「峠の群像」「元禄繚乱」でも野村義男・今井翼でした。ここは「ジャニーズ枠」みたいなのになってるんでしょうかね?
また大石主税役だった中村勘九郎が「元禄繚乱」では内蔵助を演じたのも感慨深いです。
2008/05/31(土) 21:37:08 | URL | psr
ふーん。
なんかジャニーさんがコネ持ってるんでしょうかね。
NHKとはジャニーズ発足当時から関係が深いですから。
ああ。元禄繚乱も有りますね。
本当に忠臣蔵は何度扱われてもタブー視されない題材です。
2008/06/01(日) 21:16:28 | URL | ごいんきょ
水戸黄門
「ごいんきょ」さんが本文末尾で
「ナショナル版水戸黄門が何故森繁でなかったか?」と書いておられますが、
最初は「七人の孫」の時代劇版として構想された「水戸黄門」役は森繁を予定していて森繁自身も快諾していたのですが、
当時森繁は東宝の重役俳優で専属であったので、東映が制作に絡んでいる当該作品への出演を断念した。
それで当時悪役のイメージが強かった東野を急遽黄門役に抜擢した、
という話をどこかで読んだ気がします。(逸見稔氏の著作だったと思う、御一読下さい)
たぶん東宝で1963年に「水戸黄門漫遊記」を森繁主演で制作してるので
続編でも作るつもりがあったのだと思います。
「元禄太平記」に光圀役として森繁が出演したのは、多分以前から親しい竹脇無我が出演する応援の意味と特別出演的な意味でのワンポイントでの出番であったからではないでしょうか。それが証拠にそれ以後森繁は大河には出てないと思いますよ。
2009/05/11(月) 11:45:56 | URL | 田毎の月
なるほどー。いろいろ合点がいきました。
そう言えばナショナル劇場は東映ですもんね。
2009/05/19(火) 07:30:48 | URL | ごいんきょ
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