私的 昭和テレビ大全集
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鉄腕アトム (1959)

実写アトム



今となっては各種懐古番組などで紹介され尽くした感がありますが、
初めて見る人は誰でも目を疑い、爆笑した、あの実写アトム(笑)。
当時見ていた人は違和感を感じなかったのでしょうか?
ちなみに実写鉄人28号の方は、見るからにチャチな鉄人に
当時の人も愛想を尽かした様で、大日立製作所の提供にもかかわらず
わずか1クール、13回で終了しています。
が、こちらアトムはきちんと1年間続いてますから、
それなりに受け入れられたようですね(苦笑)。

モコモコの肉布団に身を包み、頭に二本角の髪の毛ヘルメット。
この見るからに異様な出で立ちを、なんとEDでは自ら脱ぎ、
子役さんが素で挨拶して番組が終わるという構成。
なんとも大らかな時代です(笑)。
主題歌歌詞もいかにも当時なんですが、歌唱がハイカラで、
♪ てつわんヌァトム~ と、英語風に発音しています(笑)。

提供はロッテ商事でしたが、これが後にちょっと悶着を呼んだ様で、
アニメ版アトムが大ヒットした際、ライバルの明治をスポンサーにして
ロッテのご機嫌を損ねたらしく、同じ手塚原作のW3
(ワンダースリー)が、すぐにロッテ提供で制作されました。
いきなりフライデーナイトという番組でこの番組が紹介された時に
解説で語られたのですが、いきなり含めて全てがフジの番組ですから、
なかなか聞き逃せない話ではあります。

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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
♪ぼ~くはムテキだー
このあたりに→
実写版鉄腕アトムと出ていたので軽い気持ちでちょいとYoutube見に行ってヤラれました。
続けてマグマ大使もジャイアント・ロボも見てしまいました。
リストにあるのは全部見ようと思いますので今日はこの辺で失礼します。あ、マグマ大使もロッテ提供でした。
2007/02/20(火) 22:21:39 | URL | オンデン1970
どのあたり?(苦笑)
いや、そんな矢印じゃ通じませんって(笑)。
直近のトラックバック欄の事ですね。
時間が経てば少しずつ流れちゃうんで通じなくなりますが(笑)、
このページにもTBされてますので『↓』を使うのが正しいかと(笑)。

マグマ大使の前番組がW3でした。
マグマの後は怪獣王子で、ロッテ枠は続いていくんですね。
2007/02/20(火) 23:39:27 | URL | ごいんきょ
実写版アトムの実際
 実写のアトムは、全然出尽くしていないですよ。別のところに書きましたが、裸スタイルは、最初の巻だけです。当時でも評判が悪く、次のメキシコの巻からコスチュームが一新され、レオタード風のつなぎを着て、タイツ、ブーツをはき、ヘルメットとマフラーを装着しました。これで人気が出て、このコスチュームを着たいという子が沢山いましたよ。更に全く語られないのが、フランケンの巻の後の、「アトム火星に飛ぶ」の軍服姿です。これが一番人気があったのに、なぜかこの巻を紹介する写真が出てきません。新コスチュームの上に、少佐になったのでベルトの上までの短いダブルのジャケットを着ました。原作と違いタイツ、ブーツを強調するためズボンははきませんでした。軍服には、肩エポレットや飾緒までついていて、他の隊員と差別化していました。マフラーはアスコットタイ風にして軍服の中に入れていました。ここまで語って初めて実写のアトムを語った事になると思います。このスタイルは当時の子供に最高に人気があり、敬礼を真似している子が沢山いましたよ。全体の敬礼姿もかっこよかったですが、アップになっても、ヘルメットの下に、エポレットと飾緒のついた軍服が見え、胸元にアスコットタイと絵になる格好でした。余り強くなく、ケチャップ大尉との格闘ですら、やっと勝つという有様でしたが、却って応援したくなったものです。また、この巻ではロボットへの差別に悩み、「ケチャップ大尉、君は何故そのような態度を取るのだ。」と言い、「ロボットには従いたくない。」と言い返され、「もういい。帰ってくれ給え。」と苦悩の表情で言うところなどは、この軍服姿の健気さと相まって、可哀想なくらいでした。アトムは、タイツがトレードマークになってしまい、膝にしわがよくよっていたのは、愛嬌でした。多分、主役の瀬川少年は小学校6年生くらいとして、サイズ的に大人の婦人用を着用せざるを得ず、大き目だったのだろうと皆で言っていました。当時小学校高学年の子で肌色タイツは、良い家の子供の象徴だったような時代で、アトムもそのイメージでした。ただ、彼もパンツとの組合せは恥かしかったという噂です。それでも非常に気に入って着ていたそうで、火星探検の軍服姿は、次の巻に撮影が移っても自宅でよく着ていたという噂です。アトム役として、瀬川少年は全体にふっくらとしていて、足も長く、また太め(失礼)だったので、タイツが似合ったと思います。一緒に出演していた他の子の足は、細く、彼らがタイツをはいても似合わない(失礼)と思ったものです。当時の子には憧れの軍服姿だったので、もっと評価されて良いと思いますよ。

2008/05/09(金) 17:36:33 | URL | (ハンドル未記入)
出尽くしたというのは、実写アトムが有ったという話で、
実写アトムの内容全体は出尽くしてはいないですね。
DVD化とか有るんだろうか(笑)。

火星の話では、やはり昭和30年代らしく、なんともおおらかな描写だったようですね。
フランケンの巻は1話だけいきなりフライデーナイトで流されましたが、
あれが当時の子供には怖かったというマンチュウさんの話が意外な感じです。
今では笑いの対象ともなっている肉布団のアトムも、
当時は特に違和感を感じなかったという証言が多いようです。
ただ、実写鉄人の方は人間大という事もあって、
当時から違和感が有ったようですけどね。
2008/05/10(土) 07:02:05 | URL | ごいんきょ
実写版アトムの実際
 アトムの資料で普通に手にはいるのは、ビデオになったZZZ団と、テレビのWOWOWで放送されたメキシコの巻の二話くらいです。ただし、テープは殆ど、松崎プロに残っているそうです。他に、当時雑誌少年を発行していた光文社に少年は保管されていて、少年にテレビ番組が紹介された記事が載っています。これに実写のアトムの記事も沢山残っています。たとえば、昭和35年の一月号には、合成ですが、手塚治虫氏とアトムが一緒に写った写真が出ています。アトムは、右手を手塚先生の方にあて、左手で、前を前に伸ばしています。二月号では、軍服を着たアトムの敬礼姿が出ています。
2008/05/12(月) 09:10:13 | URL | (ハンドル未記入)
実写の鉄人 その他
 鉄人は、サイズが小さく、鉄のケースに人が入っていたので、格闘もできません。アトムは弱くても、肉襦袢だったので、一応格闘らしきものになっていました。従って、迫力もないので、違和感があり13話で尻切れトンボで突然終わりました。これも、鉄人を途中で作り変えたのは有名ですが、余り印象は変わらず打ち切りとなりました。打ち切りにはもうそとつ、説があってプロデューサー側の内紛という説もあります。正太郎になった内藤正一さんは、多くの少年から選ばれたので、がっかりしていたようです。彼は、アトム役の瀬川少年と違い、ふっくらとはしていない美少年的な子でした。やはり、アトムの瀬川少年と選び分けていたと思われます。アトムと鉄人は時期が一部重なっていたので、雑誌少年には一時、両方が紹介されていました。内藤少年は、半ズボンとシャケットのカッコ良い服装でしたが、それでもアトムの軍服姿をしてみたいと彼も思ったという噂です。内藤少年は確か、その後に、ハリマオにでたと聞いています。追ってアトムの思い出を順次ご紹介したいと思います。思い出すと、なかなか撮影の苦労がしのばれる番組でしたよ。
2008/05/12(月) 13:02:37 | URL | (ハンドル未記入)
アトムのコスチュームと演技
 コスチュームについて、色々書きましたが、二巻のメキシコの巻以降も実はコスチュームはしょっちゅうマイナーチェンジをしています。それだけ、改善の余地があると衣裳係も考え、変えていったと思われます。それと、多分この年の子は成長が速く、年に10cmくらい身長も伸びるので、ぴったりした肉襦袢を作り変えたものと思われます。このレオタード風のつなぎも、初めは胸の筋肉部が左右にはっさきり分かれ盛り上がっていましたが、期待人間の巻では、左右がつながり、盛り上がりも減って、更にこの部分の周りにリベット上の金具が付いていました。生地と同色で目立たないものでしたが。ヘルメットに至っては、メキシコの巻では、円錐状の角が消えていたのが、途中から突然、三角形状の板を折り曲げて球状のヘルメットの横につけるように変わりました。この時にベルトも色が黄色に変わっています。それまでは、つなぎと同色でした。従って、耳の上部がこの角で隠れるようになりました。これが最終的なヘルメットの形でしたが、火星探検の巻から、より頭にフィットしたものに作り替えられました。従って、額のところで、藤額状のヘルメット部が額に少しめりこんだような感じになっていました。マフラーにしても、初めは四角い一枚のマフラーを三角におって、首に巻いていました。火星探検でこれをアスコットタイ風にできるマフラーに変え、期待人間では、細い幅のネクタイ的なマフラーに変えています。その都度、変化が更にかっこよくしたのですが、また変わったと思ってみていました。それと、一番分からないのは、アトムの声は女性が吹き替えていたのであろうということです。間違いないと思いますが、そういう説明がある訳でなく、確認できていません。当時は、全部声はスタジオで取り直したはずで、アトムにふさわしい声にしたのだろうと思われますが、本当の瀬川少年の声を聞いてみたいと思ったものです。アトムは、強くないのと、健気さで子供に共感を覚えさせるようにしていたらしく、火星探検で何度も差別を受けたのが、強く印象に残っています。女性でもぐりこんだキャーペットに、兄のレンコーン大尉を探したいと言われ、アトムが許可しなかったところ、彼女が、「ロボットに人間の気持ち何でわからないわよ。」と言われ、黙って耐えていた姿が懐かしいです。また、アトムが派遣員を決めるのにくじでインチキをしてこれを、ケチャップ大尉に見破られた事がありました。他の隊員が自分が悪いと言ったところ、彼はほっぺたをケチャップ大尉に叩かれます。これを唇をかみしめてじっと見ているというような演出もありました。また、レンコーン大尉に、「僕 隊長のアトムです。」と挨拶したら、じっとみられ、「君はロボットだな。」と言われます。しらじらしく、「何故 お分かりになりますか。」とアトムは 言っていましたが、ロボットでなければ、タイツ・ブーツ、ヘルメットなんでいうかっこうはしないよな--と子供心に思ったものです。他にも色々思い出があります。あとは追って書きます。
2008/05/12(月) 17:48:58 | URL | (ハンドル未記入)
アトムの演技
 アトムには、聞いていて恥ずかしくなるセリフもありました。メキシコの巻では、最後に「先生、最後は正義が勝つんですね。」と言っています。フランケンの巻では両親をプレゼントされたので、アトムは「ママ」と呼んでいるのですが、当時の事ですから、聞いていて恥ずかしい気がしました。このメキシコの巻の後半から、フランケンの巻にかけて夏になったので、アトムだけ、夏服でなく例のタイツ・ブーツにヘルメットだったので、非常に暑かったようです。最初のコスチュームに至っては、密封性が高かったため、瀬川少年は汗疹で大変と新聞の記事に書かれていました。火星探検の巻が丁度冬だったので、軍服を着るのに時期的にあっていました。ひょっとして季節も考慮して何の巻にするのか決めたのかもしれません。火星探検では、最後にケチャップ大尉を許すのですが、ケチャップ大尉が「俺を許してくれるのか?
」と言った時に、「何を言う。同じ仲間ではないか。」と大人びた発言をしますが、カッコ良かったです。ケチャップ大尉に光線銃で撃たれて、メカを抜き取られる時には、「ケチャップ大尉何をする。軍法会議にかけるぞ。」とカッコ良いセリフを言っていました。また、アトムのカッコ良さの演出として気体人間の巻では、女の子のセリフで、「アトムさんは素敵ね。」と言わせています。この当時、女の子にはからかわれるように演出したヒーローが多い中、アトムは別でした。真面目さ、健気さが売り物だったので、こうしたのでしょう。
2008/05/13(火) 08:54:03 | URL | (ハンドル未記入)
フランケンの巻
 フランケンの巻では、次のように演出していました。アトムが強いのを見せるため、野球のピッチャーをさせる。タイツ姿で、投げていました。また勉強がおろそかになり、試験で0点を取り、友達に点数を聞かれ恥ずかしく、「僕 零点なんだ。」と言った後、お茶の水博士に勉強しろと言われ、学校で居残りの勉強をしていました。また、学校で綱引きがあり、クラス全員と引っ張りあったのですが、友達が端を木に結んだので、友達と木が一緒に倒れてしまいます。アトムが、しゃがんだ時に右足はおり、左足を伸ばしていましたが、左足のタイツが強調されていました。また、友達と一緒に歩くと、アトムの足の長さと、ふっくらさが、理解されました。かれにタイツは似合っていました。友達の足の太さでは、しっくりきません。それにしても、アトムだけ夏も同じ服装で、暑そうでしたが。それでもいいなあとコスチュームを見ていたものです。
2008/05/14(水) 08:51:53 | URL | (ハンドル未記入)
フランケンの巻
 補足です。フランケンの巻では、確か、アトムがフランケンと一生懸命戦うのに、フランケンの背中に抱きつきました。足で、フランケンの腰に馬乗りになったような感じです。アトムの必死さと、例の背中のラジエータグリルのようなヒラヒラを未だによく覚えています。なお、両親をプレゼントされたのですが、パパの持っているカードにPLESENTと書かれていて、スペルが違っていたのは、懐かしい思い出です。アトムは友達と仲が良いのを演出するのに、よく友達と手をつないで歩いていました。友達の半ズボンと比べると、またの位置がずっと高かったのと、アトムの足が太いのは一目瞭然でした。もっとも、適度に太いと言うべきなのですが。これを見て、アトム役に瀬川少年が選ばれた理由を実感しました。ついでに、火星探検では、格闘し、仰向けになった時に(そう 彼は 非常に弱かったのです。大人とは言え、人間相手に四苦八苦です。)苦しそうに、歯を食いしばり顎を引きました。仰向けだったので、顎が二重あご的になっていました。苦しそうな演出には良かったのですが、「やっぱり 少し太っているのかな」と思ったものです。
2008/05/14(水) 17:42:25 | URL | (ハンドル未記入)
アトムの放送
 アトムの放送と言えば、当時北九州では、九州朝日放送で放映されていたので、見る事ができず悔しがった子が多いようです。遠距離用のアンテナを設置した家だけが、見れました。見れる子の話を羨ましく聞いていたそうです。また、1年後くらいから、再放送がされました。関西だと提供は洋菓子のパルナスで、パルナスとアトムが結びつく人も多いようです。「バルナス バルナス モスクワの味 パルナス--」と宣伝の後、突然、「ぼーくは無敵だーー」となった訳です。それでアトムの横顔がオープニングでアップになるのですが、腕を前に伸ばして飛ぶようになっても、何故かこのオープニングの飛行時のアップは腕を体側につけていて、何故だろうと思ったものです。多分、腕を前に伸ばすと、素手が手袋とつなぎの間から出るし恰好が良くないと思ったのでしよう。このアップでは、扇風機で風を送り、マフラーをたなびかせたので、目を開けているのが大変で、しょっちょう瞬きをしていました。たまに、つばを飲み込んだらしく、のどがごくりとしたりしていました。大変だなあと思いつつみていましたが、このアップの横顔は、アトムの正義の味方と言う使命に対する決意を感じさせるようなイメージでした。再放送では、火星探検の巻がやはり一番多く放送され、最初のコスチュームのZZZ総統の巻は一回くらいだったような気がします。何しろ、コスチュームが不評でしたから。火星探検の巻のエンディングでは、アトムがロケットにまたがり、軍服姿で、「さようなら」と右手を振るのですが、カッコ良いと思うのと同時に、これで軍服姿は終わりかとガッカリしました。
2008/05/15(木) 13:03:30 | URL | (ハンドル未記入)
アトムの逸話
 当時雑誌の少年に色々紹介されていましたが、まず最初のコスチュームの時に、瀬川少年と大人の階段の記事が2ページくらいにわたって出ていました。何でも着るのに、1時間以上かかったと言っていました。当時の新聞に、汗疹で困っていると出ていた訳です。その後に、新コスチュームになった時も、幼稚園くらいの子と握手をしている写真が載っていて、「コスチュームが変わります。こちらの方が評判が良いようです。」と紹介されていたものです。この時の少年の写真では、マフラーはしておらず、2巻の撮影開始直前に、マフラー着用が決定されたようです。それほど、コスチュームには衣装係も苦労していた訳です。その後に、火星探検の軍服姿が、「隊長になったので、軍服を着ました。カッコ良いと評判です。」と出ていた訳です。事実非常に人気がありました。またs35年4月に豊島園で、瀬川少年を囲むアトム友の会が開催されると3月号くらいに案内されていたのですが、放送が5月までとなったので、開催されたかは不明です。アトム友の会の募集もしていたので、松崎プロダクションは撮影を続ける気があったのでしょうが、何故急に打ち切られたのかは不明です。瀬川少年も驚いたのではないでしょうか。当時、瀬川少年も大きくなり過ぎて声変わりでもしたのか?と思ったりしましたが、声は 多分もともと吹き替えだったのでしょうから、真相は不明です。瀬川少年は残念がるとともに、家では軍服姿のコスチュームで楽しんでいたという噂は先に述べた通りです。
2008/05/15(木) 17:32:43 | URL | (ハンドル未記入)
こりゃまた大量にありがとうございます。
ご苦労様です。

WOWOWでメキシコの巻をやったんですね。
あそこはテレビ番組はほとんどやらないんで、滅多に加入しません。
フィルムが残されいるのは嬉しいので、早く悪くならないうちに
デジタル保存、DVD化して欲しいですね。
少年については、どうしてそんなにご存じなんですか(笑)。
今でもほとんどお持ちとか?
であれば、一財産ですね。

コスチューム、そうですね。成長も有ったんでしょうね。
声に関してはどうなんでしょう。
言われれば女性の声のような気もしないでもないですが。
当時はそういうパターン、普通でしたしね。
ロボット差別については、手塚さんの原作でもちょくちょく有りましたね。
考えてみれば、あのあたりが後のライダーやキカイダーなどの
改造人間であるが故の葛藤描写などに発展しているんでしょう。

ママ。
そう。我々の世代までは、とてもじゃないけどみっともない言葉でした。
それが今ではパパ・ママが当たり前に。
お前ら何人だと(笑)。
正義は最後に必ず勝つというのも、当時はそれでないと放送できなかったですね。
刑事が悪人に殺されるなんて描写、とんでもなかったです。

アトムって電子頭脳だから、成績はいいはずなんですけど。
文系科目がダメだったのかな(笑)。

提供はロッテ商事で間違いないはずですけど、再放送でしょうかね。
それとも関西では本放送からパルナスだったのかな?
七色仮面でもそんな話がありますので、ワタクシは、
同じ再放送枠でその二作品が放送されたんじゃないかと思うのですが。
ロッテのオープニングはどんなだったんだろう。

あれって着るのに1時間かかるんですかね(苦笑)。
大変だろうなとは思いましたが。
頭に歌舞伎みたいにきちんと巻いてから被ってましたから、
下準備だけでけっこう時間がかかったんでしょうね。
2008/05/16(金) 05:28:09 | URL | ごいんきょ
昔の話
 雑誌少年は、持っていません。当時、アトムの写真も載るので、欲しくて仕方なかったんですが、買ってもらえませんでした。だから逆に、よく覚えている訳です。アトムの手塚先生と一緒の写真はS35年の正月号特集だったので、よく覚えています。次の二月号に、軍服姿が載っていた訳です。二月号と言っても正月に発行されるので、正月休み明けに友達が学校に持ってきて、皆に写真を見せていました。中の説明通り、皆でカッコ良いと言いました。ただし、タイツのしわはご愛敬でした。当時は、エポレットや飾緒などという言葉もしらず、アスコットタイやライダーズジャケット風のダブルの服も見た事がなかったので、ただただカッコ良いと思っただけでした。その後、国会図書館で少年の一部が保管されている事を知り、それを読んだので追加で思い出しました。光文社の図書館には、この頃の少年も保管されているそうですが、一般の人は見れません。その後、アップの軍服姿が、雑誌宇宙船に乗った事があります。アスコットタイは移っているのですが、飾緒は見えません。それでも貴重な写真でした。提供はロットでしよう。関西の再放送をバルナスが提供しました。これもアニメが始まったらじきに終わりました。コスチュームは新しいもので随分気易くなったと思います。アトムの勉強に関しては、電子頭脳でも勉強しないといけないという設定と一人納得してみていました。また、追って追記致します。
2008/05/16(金) 13:04:45 | URL | 団塊世代
昔の話2
アトムの特集では、昔ビデオになったZZZ総統の巻など、何故一番人気のなかった巻をビデオにして販売したのか全く不思議です。多分、当時の事を余り知らない人が、作ったからでしょう。また、テレビでのたまの紹介でも、メキシコの巻か、フランケンの巻であり、火星探検は出てきません。何故なのか判りません。軍服を着るとコスチュームが隠れると思っているのでしょうか。今はやりのライダースジャケットのようで、ボレロジャケットという分類になるのでしょうが、ベルトの上までの丈で当時としては本当に斬新でしたよ。そういうば、製作者もカッコ良いと思っていたのでしょう、宇宙から戻ったアトムがミサイルを発射する指令を出すのに、一生懸命軍服を着ながら、忙しそうに指示をしていましたが、軍服を着るのは後にしても良いのでは?と 思いました。しかも、カッコ良いのですが、太い腕にしてあるつなぎの腕部を通すのにたしく上がらないように苦労し、アスコットタイも中にしまいこんで、ダブルのボタンをしめるのですから、おしゃれにするためとは言え大変でしたよ。まして、手袋ですから、ボタンもしめにくそうでした。時間がある時は軍服を脱いで格闘し、ない時は着たまま、「エーイッ エーイッ」と言いながら腕を振り上げるのですが、着たままの格闘の方がカッコ良かったです。
2008/05/16(金) 17:35:10 | URL | 団塊世代
なるほどねー。
当時から現在まで、実写アトムをそこまで追っている人も貴重でしょう。
パルナスはやはり再放送枠なんですね。
これで七色仮面の方の疑問も解決しました。

ZZZ団は、単に放送第1話から収録したかったんでしょう。
反響が多ければ2部以降も出すつもりだったのかもしれません。
2008/05/17(土) 07:17:21 | URL | ごいんきょ
アトムのビデオ
 アトムのビドオは、第一巻というのも判りますが、なにしろ、不評な巻だったので、これから売り出したのでは、余り売れず、次の巻の販売はないのでは?と懸念していましたが、その通りになってしまいました。人気のあった火星探検の巻から売り出せば、違ったと思うのですが。
2008/05/19(月) 08:49:59 | URL | 団塊世代
少年ヒーローの比較
 当時の少年ヒーローとしては、少年ジェット、まぼろし探偵、鉄人28号の金田正太郎、少し遅れて光速エスパーなどがあります。この中で、ジェットとまぼろし探偵は、高校生くらい、光速エスバーは中学生、鉄腕アトムと金田正太郎が、小学校6年性くらいの子が演じていました。従って、エスパーは大人と殆ど同じ背丈になっていましたが、最初は、普段着として半ズボン姿で、途中から長ズボンに変わっています。鉄腕アトムは、5年生の終わりから、演じ始めたとして最後は中学生になっていたのかもしれません。この年齢は身長も伸びるのが早いので、ZZZ団の時は、まだ随分子供子供した感じでしたが、気体人間の巻などは、かなり青年的な雰囲気に近づいていました。火星探検の巻頃は、調度、大人び始めた頃のように思われました。従って、軍服姿が、少年的なつなぎのコスチュームと大人びた軍服の組合せで、調度良い年齢だったように思われます。気体人間の巻では、コスチュームはカッコ良かったですが、恥かしさが増す年齢のように思われました。本人も、気にいっていても、恥かしかったでしょうね。
2008/05/19(月) 13:05:32 | URL | 団塊世代
アトム火星に飛ぶ(火星探検)の巻
 この巻は、アトムが精神的に、肉体的に? 虐待を受けた巻と言えると思います。それを軍服姿で、必死にこらえていたアトムというところでしょうか。初めにケチャップ大尉と戦いやっと勝ったのにも驚きました。これで10万馬力か?と 皆言っていました。まだ火星に立つ前にも、アトムはやられて胸を開いて直してもらっていました。また、地球でも隊員が言う事を聞かないので、「帰りたまえ。隊長の命令だ。」と言ったすぐ後に、「すまん つい言葉が強すぎた。」と謝ったりしています。火星に行く途中では、綱をつけて宇宙に飛び出した時に、綱を切られたのは、有名です。宇宙空間で、「おや 変だぞ。アーッ綱が切れている。オーイッ、オーイッ」と宇宙空間で叫び、その声が聞こえるというのがご愛敬でした。また、ケチャッブだけでなく、キャーペットにも、「ロボットに人間の心なんで判らないわよ」と言われ、じっと耐えていたのも可哀想でしたね。火星についてレンコーンのロボトが現れたので、軍服姿で戦うのですが、後でこのレンコーンのロボットを呼ぶため、機械と体を伝えて通信するように頼むのですが、違うスイッチを入れられ、壊れてしまいます。この時の苦しそうな顔と、その後に何とか外に出て行く時の苦しそうな顔わ今でも思い出します。外に偵察に出かけたら、銃の音が聞こえたので、軍服のボタンを一つはずして、おなかのボタンを回して音を大きくして、異常に気づき「しまった」と言って飛び立ちました。帰ってきたら、倒れている隊員がいて、「しっかりしたまえ」と言っているところを後ろからケチャップ大尉に光線銃で撃たれた訳です。両手を万歳し、「ウワーッ」と言いながら倒れる訳です。この後に、上から乗られ、真空管を抜かれて悶絶するのです。途中には、身代わりの隊員がほっぺたをケチャップに叩かれる訳ですが、椅子に座り、机の向こうで、じっと唇をかみしめていた姿が印象的で本当に可哀想と思ったものです。火星人と戦った後に、隊員に向かって敬礼し、ケチャップを許すのは感動的でもありました。軍服姿で、いじめに耐えた火星探検という事で総括されるかと思います。軍服のかっこ良さを見せるために、何度も、脱がせたり着せたりしていた訳です。マフラーをアスコットタイ風に結ぶのも大変だっだでしょうし、飾緒の付いている右側の袖に手を通すのも大変だったと思います。たまに、ヘルメットがずれて、眉にかかったりしていましたし、タイツのしわが有名だったのはご存じの通りで、この衣装での演技は大変だったと思います。それでも子供は憧れてみていた訳です。漫画とは、全然違う、独自の少年のおしゃれな鉄腕アトムとして。この巻が終わったら、友達は、皆がっかりしていました。再放送の時も、この巻が一番回数が多かったと思います。
2008/05/19(月) 18:03:11 | URL | 団塊世代
メキシコの巻
 メキシコの巻は、先に述べたように雑誌少年で紹介があったものの、コスチュームが一新され驚いた巻です。また、この巻の途中で、ヘルメットが円錐型の角から、板を二つに折り曲げた角に変わり、耳の上部が隠れる様になるとともに、ベルトもつなぎと同系統の色から、黄色に変わりました。このコスチュームが基本的に最後の気体人間の巻まで続きます。従って、この巻では、途中からオープニングは古いヘルメットで、本編とコスチュームが多少違ったので、有名です。つなぎも段々フィットしたものに変わるのですが、このつなぎは最初のものなので多少ゆるく、格闘の時にたくしあがり、タイツの下にブリーフか゜透けて見えたのは有名です。サポータにすれば良いのにと思ったものです。でも、不思議なもので、これを見ると大変だなあと思うとともに、応援したくなったものです。メキシコの巻でも燃料が切れ、砂漠に横たわったりしていました。撮影の途中から、夏になっていたったので、相当に暑かったようです。かに男は後世のウルトラマンのバルタン星人の原型と思います。
2008/05/20(火) 13:04:22 | URL | 団塊世代
気体人間の巻
 これで印象的だったのは、まずオープニングです。それまでの雲でなく、地上の上を飛んでいるように合成されていました。この時は、腕を前に伸ばしています。それまでは、腕はオープニングでは体側につけていました。下のビル群が見えるので、飛んでいる印象がありました。また、本編でも、腕を伸ばして斜め下から、胸から上を映したのですが、結果として手袋とつなぎの間に素手が10Cmくらい出ていました。長い手袋にすれば良いのにと皆思いました。というのは、前にも書きましたが、アトムは胸を開けるとメカか゜見える訳ですが、腕がそうだと、胸わ明けた時もまずおなかが見えるのでは?と皆思った訳です。この中で、気体人間に乗り移られたふりをするので、ギャングと一緒にサングラスょかけてピストルを持つシーンがあり有名です。ヘルメットが耳にかぶさっているので、耳たぶを折り曲げてサングラスをしていて、耳の部分は、カッコよくなかったですね。ピストルを実際に撃てと言われて困っているアトムが印象的でした。それでも、この巻は、最後となったので、つなぎも一番ぴったりしていました。毒が貯水池から流れ出すのは防ぐために、貯水池の水門の近くで戦うのですが、仰向けになり、足をバタバタさせていたのを覚えています。確か、天馬博士とお茶の水博士でアトムの取り合いとなり、磁石で引っ張り合ったりしていました。この巻は、マフラーを細いテープ上に変え、更に瀬川少年も随分、大人っぽくなりつつあるという感じでした。従って、少女に「アトムさん素敵ね」などと言わせると、ZZZ総統の巻とは随分印象が違って聞こえたものです。この巻は火星探検の巻の後だったので、見ていた少年は、軍服を着ないかなあ!と 皆言っていました。一緒に共演していた子も、瀬川少年だけ、アトムのコスチュームを着れるので羨ましがっていたという噂です。瀬川少年の年は、不明ですが、火星探検の巻で小学校6年生と思っているのですが、当時の事ですから、ひょっとして中学一年生くらいだった可能性はあるかもしれません。そうだとすると、タイツは恥かしかったでしょうね。軍服を含めたカッコ良いコスチュームはひよっとして、今でも記念に取っているかもしれません。
2008/05/20(火) 18:36:49 | URL | 団塊世代
再放送
 そう言えば関西では、七色仮面も再放送をしていたそうです。鉄腕アトムは、毎晩再放送され、夏休みに至っては、午前と午後の二回放送されていました。アニメが始まった時に、幼稚園の子が、アニメについて話していた時に、人間のアトムもあるよと言っていました。実写の再放送は、アニメの人気が出ると打切られました。残念。再放送の時は、中学生になっていましたが、その時でも学友が再放送のアトムについてクラスで話をしていました。中学生になっても見ていた訳です。実写のアトムに関しては、特に横顔が見なれるまで、違和感があったようです。女の子が横顔だけはちょっとと言っていました。私なんかは、アニメとは違うものの実写の難しさに却って応援したくなる横顔でしたが。コスチュームについては、嫌いとは聞いた事はありません。女の子がタイツか--とは言っていましたが、やめて欲しいとは言っていませんでした。マフラーをしたので、余計につなぎが、服の感じになったように思います。
2008/05/21(水) 08:48:32 | URL | 団塊世代
番組そのものを知っている人間が少ないですから、
販売数はいずれにせよ大して期待できないでしょうね。
DVDならもしかして全収録BOXも実現可能かもしれませんが。

月光仮面が年上のヒーローだったのに対し、
漫画原作を持つヒーローたちは、みな読者が親しみやすい世代の主人公なんですね。
これは今にまで至る定番の方策です。

火星の巻はソフト化されていないので、話が貴重ですね。
宇宙空間で会話するというのは、1960年代の大らかさです(笑)。
そうそう。真空管なんですよね、当時は(苦笑)。

当初のコスチュームがどんどん薄くなったのは、
暑さ対策が大きな理由だったようですね。

素手が見えたというのもご愛敬ですね(苦笑)。
ウルトラマンでチャックやピアノ線が見えるような幻滅。
でも、そのおかげでテレビと現実があまりゴッチャにならなかったのかも(笑)。
両博士が磁石でアトムを取り合うってのも、手塚さんっぽい描写ですね。

再放送は、そんなに何回もされていたんですか。
しかも一日に二度も。
当時はフィルム作品がまだあまり無かったので、
再放送できてそれなりに人気のある作品は重宝だったんでしょうね。
それが、アニメの方が一般的になるにつれて、
だんだん忘れられた存在になっていったわけですね。
2008/05/21(水) 23:35:23 | URL | ごいんきょ
実写のイメージ
 実写のアトムは、ロボットですが、イメージとしては、少年が強化コスチュームを着て活躍しているイメージに近かったですね。一方、設定はロボットなので、そういうセリフ、演技となる訳で、そこが独自の世界を作っていたとおもいます。だから、このコスチュームを着たいと思う子も多かったのでしょう。当時は、良い家の男の子は、黒か肌色のタイツかストッキングをはく(特に肌色が一番良い家の子:ぼっちゃん)というイメージがあった時代なので、その延長でのコスチュームでしょう。当時、こういうタイツ類をはくかどうかは、母親の趣味によって決まっていたので、はきたくても、はけなかった子も多いようです。言い出すのは、恥かしかったようです。こういう背景のもと、瀬川少年も、アトムのイメージを良い家の子が頑張っているというイメージで演じるように演出されていたと思います。恥かしいと思いい、良い子の代表と自覚しての演技だったと思います。何しろ、映画会社から、このコスチュームを着れと言われるのですから、恥かしいも何もなかったでしょう。喜んで着ていたようです。という事で、、益々当時の子は憧れたのでしょう。
2008/05/22(木) 08:51:33 | URL | 団塊世代
実は・・・・
大阪毎日放送制作による特撮ヒーロー物の原点でもある・・・・・と言うのはちょっと大げさですが(笑)。
何故毎日放送制作の番組がフジ系での同時ネットとなったのか?と言いますと、そもそも毎日放送がラジオ専業局の新日本放送と呼ばれていた(大阪テレビは朝日放送と新日本放送が共同オーナーだった......フジとニッポン放送、文化放送の関係と似た形ですね)頃の大株主が阪急だった事と大阪テレビが事実上朝日と毎日に分裂した(形としては大阪テレビは朝日放送が継承し、新日本放送は新規にテレビ局を開局するとなった訳ですが)件に事実上の阪急グループの首領だった小林一三氏が大きく関わっている事が関係している様なんですね。
ただ肝心の新日本放送に関しては当時の田中角栄郵政大臣からの「テレビ免許はラジオ局に下ろすのでは無く新聞社に下ろすのだ。新日本放送は関西テレビにも深く関わっている阪急との資本関係を解消しろ」という鶴の一声で新日本放送は毎日放送と社名を改め阪急資本の排除に動かざるを得なくなるわけですが(ちなみに毎日放送への社名変更はKRY系列入りの思惑もあった様ですが)。
とは言えラジオ専業局の頃からの付き合いで鹿内信隆氏との会社役員同士としての接点もあり毎日放送としてはフジ系入り(というよりは大阪テレビの運営に関わる形で既にテレビ局経営にも乗り出した経験があった毎日放送側からすればテレビ局としては完全に新規参入であるフジを傘下に組み入れるという思いであった様に思われる)へと動いていてフジとしてもそういう毎日放送の意向を無視出来ず数年ほど毎日放送とのネット関係を結んだという事の様です。
最終的にフジは阪急グループの完全な直系企業である関西テレビとのネットに一本化する事になった訳ですが。
2008/05/23(金) 09:41:11 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
そんな大阪のテレビ情勢を観て名古屋では・・・
二局目のラジオテレビ兼営局設立を目論んでいた中日新聞はちょっと複雑な形を取ったんですね。
三重と岐阜に抱えていた県域ラジオ局(三重は近畿東海放送、岐阜は岐阜放送(現在の岐阜放送とは別))による合弁で東海テレビを設立し、その後その近畿東海放送と岐阜放送が合併し東海ラジオが設立される、といった形で事実上の二局目のラ・テ兼営局を設立させた訳です。
完全に鉄腕アトムと無関係な話ですが追加です(笑)。
2008/05/23(金) 10:09:35 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
テレビ局
 テレビ局について随分詳しくご存じですね。しかも、歴史についても。驚きます。アトムは、今のフジテレビで放映されたと聞いています。昔、フジはKRテレビと言ったのでしょうか。実写のアトムは、当時、フランケンの巻までは確実にメンコにもなっていたようです。火星探検のメンコは 見た事がありませんが。実写をそのままメンコにしたのが多いですが、中には更に実写を絵にしたメンコもありました。この絵は良くなかったですね。これから、近年評判がよくない実写も当時は人気があったと判ります。何より、手塚先生が、テレビでアニメに思い入れがありすぎるので、実写を悪く言うのが効いていると思います。雑誌少年では、合成とは言え、一緒に移ったりしているのに。一度、テレビ局に呼ばれて、漫画を書くシーンがとられたそうですが、そまフィルムは、うまく現像できなかったそうで、先生ががっかりしたというような逸話も残っています。気体人間の巻の頃には、アトム友の会まで、作られようとしていたので、人気はやはりそれなりにあったのでしょう。後年、少年のタイツ姿がなくなった時代に至り、このコスチュームを色々言う人がいますが、当時は斬新だったという事でしょう。
2008/05/23(金) 13:05:46 | URL | 団塊世代
鉄腕アトムとは一切関係ない話に関しては短めに
KRテレビというのは現在のTBSです。
ちなみに文中のKRYというのは無論間違いでKRテレビの当時の英字略称のKRTです。
その前後の様々な背景や事情を書き出すと又長くなるので割愛させて頂きますが。

男の子がタイツを履くのは昭和40年代まで七五三とかの洋服での正装では付きものでしたよね。
私もお呼ばれの時に度々履かされた訳ですが、私自身は正直嫌で嫌で仕方が無かったですが(笑)、そんな時代でしたから当時の子供達も含めて視聴者は瀬川少年が鉄腕アトムに変身しているという見方をされていたんじゃないかとも思うんですよね.................。
ドラマ終了時に瀬川少年がアトムのコスチュームを脱いで登場したというのも、制作者側も「普通の少年がアトムに変身している」というのを寧ろ売りにしていた面もあったのでは無いでしょうか?
つまり現在で言うコスプレだったと(笑)。
又その記憶が後の「仮面ライダー」に活かされた..........かどうかは定かでは無いです(笑)がMBS側が変身ヒーロー物の制作を東映に打診したのがそもそもの始まりともお伺いしていますので全くの無関係とも言い切れない様にも思えますね。
2008/05/23(金) 18:06:33 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
アトムの衣装
 言われる通り、アトムの衣装は、当時、今で言うコスプレのイメージでした。瀬川少年が、コスプレして独自のアトムを演じていたというイメージですね。逆に、見ていた子供もカッコ良いと思っていた訳です。軍服姿は、アトム+バレーの王子様のコスプレというイメージでしょうか。当時の子は、私の世代までは、主にストッキングをはかされ、昭和40年くらいからが、タイツに移行したように思います。小学校5、6年になるとさすがにタイツは余りはかなくなりますが、良い家のおぼっちゃんは、その学年でもはいていました。母親の趣味でしょう。この学年では、恥かしいと思った子も多いようですから、瀬川少年が恥かしいのもうなづけます。当時、子ども用タイツは、マチがあるので、アトムのつなぎの下には、はけず、婦人用を瀬川少年は履いていたようです。従って、大きめでタイツによくしわが寄っていたという事でしよう。それがご愛敬だった訳ですが。テレビを見ながら、共演の子は瀬川少年一人、特別な衣装で羨ましいだろうなと思って見ていました。
2008/05/23(金) 18:29:33 | URL | 団塊世代
序でながら
昭和50年3月30日まではABCが大阪テレビの頃から一貫してTBS系列局でMBSはNET・東京12クロスネット局(当然の事ながら完全にNETメインでしたが「ヤングおーおー!」を東京12に同時ネットで送ったり東京12制作の「プレイガール」や「ローラーゲーム」を同時ネットしたり東京12との共同制作番組を手掛けたりとMBSは東京12との関係もかなり重視していた)という立場だったという事も合わせて書いておきます。
2008/05/23(金) 18:32:29 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
● 団塊世代さん
ああそうそう。
良い家の子と限らず、お出かけの時は男女ともタイツをはいてました。
ワタクシも幼児の頃はお出かけの時はタイツをはきましたが、
あれはなかなか恍惚としました(苦笑)。
女学生だってタイツをはいていたし、タイツ=上品という感じでしたね。

実写アトムの頃も友の会設立の動きが有ったのですか。
それは意外(笑)。


● TXの無いテレビなんて・・・さん
そう言えば毎日制作なのに関東ではフジでの放送って、
今の視点で考えるとおかしいですね。改めて気付きました(苦笑)。
そして12チャンネルともネットしていたわけです。
日テレと読売以外のネット関係は煩雑でした。

あのアトムはロボットものとは受け入れられないでしょうね(笑)。
特に原作の方を見ていない子は。
2008/05/24(土) 05:34:59 | URL | ごいんきょ
当時の子供の服装
 良い家の子は、タイツという当時のイメージは、特に小学校高学年です。高学年になっても何時までタイツをはくかは、母親の趣味だった訳です。入学式の白いタイツは定番でしたが、小学校4年以上になるとかなり男子のタイツは減ってきて、特に5,6年となるとまれになりましたが、それでも見かけました。そういう子は、やはり母親の趣味で、服全体がしゃれていたものです。ハンチングをかぶったり、アトムの軍服のように、丈は短くありませんが、ダブルのシャケットやカーディガン(更に金ボタンだったりして)を着たりしていました。随分、おしゃれだと思うとともに、小学校6年生の子は恥かしくないのかと思ったりしました。もっとも、当時は学校によっては制服で、冬は男子も小学校6年になっても、黒タイツ着用という学校もありましたが。中にもすっかり大人っぽい子もいて、ストッキングの場合は、長さが足りず、短い半ズボンとの間に、随分素肌が出ていたりして、困っていたようです。そういう時代のアトムのコスチュームと考えると、アトムの肌色タイツを含めた理解ができる訳です。
2008/05/26(月) 08:51:34 | URL | 団塊世代
アトム友の会
 当時、S35年の3月か4月号の少年に、アトム友の会の会員募集の案内が出ていました。瀬川少年を囲む会を3か月に一回くらい開き、スタジオの案内などもするとされていて、入会希望者は当時銀座にオフィスのあった松崎プロダクションに申し込むようになっていました。申込費用は、30円とされていました。この後に、突然、放送が中止になったので、最初の友の会が、豊島園であったのかは不明です。4月に予定されていて、放送が終わったのが、5月の中頃でしたから、放送中止が決まっている時期の開催となっていたためです。従って、テレビ局の都合がどう変わったのかは判りませんが、2月くらいまでは、まだまだアトムの放送を続ける予定だったようです。当時の子供の我々としては、瀬川少年が、当然アトムのコスチュームを着て出てくるとして、例の火星探検の軍服を着て見せてくれるのだろうかと気になったものです。こりように、最近では手塚先生の思いがテレビで述べられたりしたので、実写のアトムに関しては、マイナスイメージと思われている方が多いと思いますが、当時の少年にはファンが多かった訳です。アニメだと、同化のイメージが持ちにくいのが、実写だと自分が瀬川少年の変わりになったらというイメージを持ちやすかったのでしょう。何しろ、今で言うコスプレ的なイメージがあった訳ですし、良い子の代表を売りにしていましたし。歌にも、僕は良い子だと、確か二番はなっていました。これを聞き、飛行シーンがアップになると瀬川少年のアトム役を演じるという多分身の引きしまるような決意が感じられたものです。
2008/05/26(月) 13:05:12 | URL | 団塊世代
友の会は本当に意外な話でしたが、当時はまだテレビも黎明期ですし、
あれが最初のアトムとしての刷り込みですから、
違和感など特に無かったんでしょうね。
たしかに少年が演じる事による親しみ易さも有ったでしょうし。
そうした当時の視聴者の気持ちが知られるというのは、とても貴重な事です。
2008/05/29(木) 05:28:17 | URL | ごいんきょ
オールドボーイ
私も、当時の実写アトムのファンでした。最初アニメとの違いにピンと来ませんでしたが、見慣れると少年が一生懸命演じる姿に感銘しました。小学6年生くらいの子がタイツ姿ですから、見る方も恥かしい気がしつつ、友達も羨ましいと言っていました。一緒に見ていた妹も、男の子がタイツを穿いて演じていても、別に抵抗はないようでした。皆で、雑誌少年の写真を教室で休み時間に見ていたものです。当時は、レオタード風つなぎはもとより、ブーツ、アスコットタイ、ダブルのライダーズ風シャケットなど、全くなじみがなく、新鮮な驚きでした。私は、テレビより、少年でこの軍服姿を先に知ったので、本当に驚き、軍服姿のアトムの敬礼姿を見ていました。当時瀬川さんは、どんな感じでコスチュームを着ていたか、是非聞いてみたいものです。テレビでは、火星探検で、差別に悩み唇をぐっと噛み締めるところなど、なけましたよ。
2008/05/30(金) 01:52:24 | URL | (ハンドル未記入)
こんなページがありました
改良版アトムのコスチュームの写真がありました。
://www.geocities.jp/wodisan56/hero2/hero2.html
://www.wrock0011.com/shouwa/atom/atom.html
素材やデザイン技術もまだ発達していなかった当時の状況を加味すれば、後期のコスチュームは中々斬新だった様に思いますね。
何となく仮面ライダーの原型的なデザインにも見えてくるのは気のせいでしょうか?マフラーを首に纏った所とか。


2008/06/01(日) 01:17:32 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
● 団塊世代さん
TXさんが紹介してくれたページにあるのカラーのものが、
少年で紹介された画像でしょうか。

● TX(略)さん
あらー。
フランケン編の後にも改良版が有ったんですね。
フランケン編では暑さのためか薄着になって、
それはそれでやっぱり情けない感じですが、
それはかなりイケてる感じですね。
2008/06/01(日) 19:59:37 | URL | ごいんきょ
写真について
 新コスチュームの写真が随分出ていますね。個々の写真は別のサイトで見た事がありますが、特に後の方のサイトは知りませんでした。紹介有難うございます。後のサイトの写真で説明いたします。新コスチュームは、メキシコの巻からで、円錐型の角の生えたヘルメットをかぶりました。ベルトはつなぎと同系色でした。こけが、途中から、板を折り曲げて3角形の形の角に変わり、耳たぶを少し覆うようになり、ベルトも黄色になりました。突然の変更に驚きました。しかも、メキシコの巻のオープニングは、円錐型の角のままなので余計です。マフラーは、初め、する予定がなかったのは、左の真ん中のメンコの写真で判ると思います。結果として、マフラーはポイントになり正解だったと思います。お茶の水博士の後ろにいる写真が、そうなっています。これは、フランケンの巻と思います。このフランケンの巻の後、更に、つなぎが体にフィットしたものになり、ヘルメット、スカーフも適宜よりフィットしたものに変えていますが、これきマイナーチェンジです。そして、いよいよ火星探検の巻で、軍服として短いダブルのジャケットを着たものです。このお茶の水博士の後ろにいる写真に、ベルトの上までの飾緒のついた軍服を着て、マフラーをアスコットタイ風に結ぶようにしたと思っていただければ、良い訳です。この時はつなぎもベルト部で締まっていて、軍服で敬礼すると、強そうには見えないが、健気で応援したいアトムとなった訳です。これで、コスチュームの移り変わりがおわかり頂けたでしょうか。また、追って便りします。
2008/06/02(月) 13:08:05 | URL | 団塊世代
写真について2
 追記します。カラーの物は、多分メンコです。当時、色を勝手にこのようにつけたので、つなぎの本当の色は判りません。私は、つなぎは鋼色と推察しているのですが。右の白黒は、wowowで放映されたものでしょう。雑誌少年には、カラーの真ん中の写真のスタイルで幼稚園くらいの子と握手をしている写真が出ていて、「コスチュームが変わります。こちらの方が評判が良いようです。」と書かれていました。また、カラーのお茶の水博士の後ろにいるスタイルで、手塚先生と一緒の合成した写真が35年1月号の写真です。手塚先生の方に右手を後ろからあて、左手は前に伸ばして前方を示しているというスタイルでした。その次の2月号で、火星探検の巻の紹介となったものです。従って、少年の写真自体は載っていない訳です。それでも、少しは当時としては斬新なコスチュームと理解頂けたら幸いです。ブーツにしても、アトムで当時は初めて知りました。
2008/06/02(月) 17:28:33 | URL | 団塊世代
大変細かい解説ありがとうございます。
このコスチュームの後に火星の巻になって、
そこではまたコスチューム変更が有ったという事ですね。
その写真がネット上にはまだ出てないのかな。
2008/06/03(火) 06:57:59 | URL | ごいんきょ
アトムの写真
 火星探検では、コスチュームが変わったというより、軍服を着たという事です。勿論、マフラーもアスコットタイ風にしましたし、つなぎやヘルメットもよりタイトな物になりましたが、大きくは変わっていません。この最終的なヘルメットとベルトに近い写真は以下に載っています。
http://www.union-net.or.jp/cu-cap/atom02.htm
火星探検では、ヘルメットはもっと、ぴったりしたものになりました。これも、途中で変わったのかもしれません。軍服姿は、ネット上には載っていないようです。これが、一番人気があったのに、何ででしょうかね。ちなみに、先の宇宙船で実写のアトムが特集された時も、軍服姿はありませんでした。小さい写真で胸を開けて修理しているものがあり、どうもこれが軍服を着ているようなのですが、軍服のボタンを外して前を開けているので、軍服が判りません。その後に、申し訳に軍服のアップの写真が別途、宇宙船に載りました。しかし、飾緒は見えません。松崎プロがどっかで提供してくれると良いんですけどね。
2008/06/03(火) 12:46:27 | URL | 団塊世代
写真
 写真なら、以下でも見れます。
http://www.purple.dti.ne.jp/nobuaki/untitled.htm72.htm
これは、メキシコの巻のコスチュームになったばかりのヘルメットが、円錐型のものです。この途中から、突然、先のサイトで見れるヘルメットになった訳です。改造が、どんどん加えられ、それが巻の途中でも気にしないという当時のおおらかさを感じるとともに、かように衣装改造には一生懸命だったという事です。尤も、いつも同じコスチュームなので、毎回着替える設定よりは、楽かもしれません。火星探検のように、シチュエーションが変わらない限り。
2008/06/03(火) 17:30:41 | URL | 団塊世代
ふーん。
火星探検の巻は、情報空白区となっているようですね。
これは是非、全話DVDセットを出して欲しいところ(笑)。

アトムの格好がちょくちょく変わるのは、たしかに当時ならではですね(笑)。
2008/06/03(火) 23:57:30 | URL | ごいんきょ
 そうです。実写版アトムをビデオ化した時に、順番にと思ったのでしょうが、放映当時も不評だったZZZ団巻をビデオにしたので、後が出ませんでした。火星探検は、軍服わ着ているので、つなぎの上の方が見えないと思われているのか、情空白区となっている訳です。昔、NHKでアニメのアトムをずっと放送しましたが、実写もお宝TVくらいで、やって欲しいものです。コスチュームが如何に変わったか?と特集したら面白いかもしれません。(笑)後、判らないのが、アトムの声で、多分吹替えで女性がやっていたのでしょう。当時は、皆撮影後に録音していましたから。この吹き替えで、余計にアトムの健気さを出したのだろうと思います。初めは、それが判らず、何となく違う声に思えました。声変わりをしたら、瀬川少年は降板するのだろうか?と思ったりしたものです。宇宙人に至っては、テープを早回しにして、宇宙人の声にしていました。アトムは、ZZZ団のミッシェルや、気体人間の巻で、可愛い女の子に思いを密かに寄せられているというイメージの設定で、これも当時は羨ましいと男の子は思っていたようです。
2008/06/04(水) 13:02:06 | URL | 団塊世代
声については、たしかにビデオを初めて見た時に違和感は感じました。
おそらく吹き替えなんでしょう。
もしかして主題歌と同じ人でしょうか。
テープ早回しで宇宙人の声にするというのは、昭和番組ではよく使われた手法です。
この番組が元祖かもしれないですね。
2008/06/07(土) 23:31:18 | URL | ごいんきょ
 テープを早回しにし、それから段々スピートを落として判る声にするという手法です。当時は、テープの早回しと判らずに聞いていました。アトムの声は、多分歌を歌っている人とは違うと思います。女性だとしてら、作り声を出しているにしても、歌を歌っている人に比べ、声が低いと思われました。しかし、これが当たっているとしたら、声を入れる時には瀬川少年は、そばで聞いていただけなんでしょうね。主役がこうだと変な気がしますが。
2008/06/09(月) 12:44:18 | URL | 団塊世代
ちなみに、主題歌は中島そのみさんだったかな。
ヤダモンなんかも歌われました。
2008/06/11(水) 06:46:33 | URL | ごいんきょ
 主題歌を女性が歌うのは最初のZZZ団の時だけで、後は男性が歌っています。合唱団もあったかも。私は、男性の歌の方が好きでしたね。新コスチュームで、健気なイメージに男性の方が合っていたと思います。特に飛行時のアップの横顔と相まって。当時、背景の空は雲を描いたロールをスタッフが巻き取る事で、雲が後ろに飛んで行くイメージにしたそうです。気体人間の時は、更に進んで、空中撮影した背景と合成していました。
2008/06/11(水) 08:42:00 | URL | 団塊世代
あ、そうだ。
後に男声になったんですよね、主題歌。
そう言えば鉄人の方も、少年合唱から男声に替わりましたっけ。
実写アトムでも合成とかやってたんですか。
それはかなり意外(笑)。
2008/06/12(木) 01:04:54 | URL | ごいんきょ
 実写のアトムの合成の飛行写真は、アトムが腕を伸ばした上半身が移り、下に町並みが見えるというものです。当時としては、革新的だったと思います。そう言えば、テレビの実写版アトムが終わった後に、瀬川少年は、映画に子役で3本ほど出ているようです。私は、見ていませんが、中岡慎太郎が演ずる映画のまぽろし探偵にも出ています。まぼろし探偵に出ながら、アトムも映画にしてくれないかなあ?と思っていたりしたのかも知れません。しかし、瀬川少年が、コスチュームを着たまぼろし探偵役の人と一緒に、人間としての役を演じていたというのは、面白いと思います。案外、もっと大きくなったら、まぼろし探偵役をやりたいと思っていたかも。(笑)
2008/06/12(木) 08:51:40 | URL | 団塊世代
「開運なんでも鑑定団」で・・・
今週、鷲巣富雄さんから頂いた「マグマ大使」関連のグッズを持って登場した方がいらっしゃいまして、その流れで実写版アトムの話が出て来ました。
鷲巣さんが手塚さんに「マグマ大使」の実写特撮化を打診したところ、実写版アトムを例に挙げて断られそうになった、というお馴染みの逸話ですが・・・・・・・・・・・・。
それを受けてアニメ版アトムに魅せられた世代と思われる紳助さんが「実写版アトムは正直出来が悪かった」と話をされていましたが(笑)。
紳助さんはアニメ版アトムの頃に小学校に入った世代(実写版アトムも再放送等でご覧になってはいたでしょうが)みたいですから、その辺の世代からすればやはりそういう評価になってしまうのは否めないのでしょうが。
只、手塚さんが難色を示したのは虫プロオーナーとしての立場や自負もあったでしょうし、又アニメ版アトムの出来に作者としてオーナーとして非常に満足していた裏返しの意味が大きかったと思いますね。
確かに今観ると辛い点もありますけど、この実写版アトムの試行錯誤があったからこそ、後の「マグマ大使」や「ウルトラマン」(実写版アトムの特撮部分については円谷特技研究所(後も円谷プロ)も関わっていた様です)や「仮面ライダー」がある様に思いますし、黒歴史的扱いの評価というのも決して正当な評価とは言えないと私自身は思いますね。
当時の子供達を魅了した作品である事は間違いない訳ですし、この番組から漫画のアトムに入った子供達も沢山いらしゃったとも伺っていますからね。



2008/06/12(木) 23:02:07 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
● 団塊世代さん
その画面を見てないのでなんとも言えませんが、
町並みを映している画面の前で手を伸ばして撮影したのかもしれないですね。
まぼろし探偵とアトムの競演とは、なかなか豪華ですね。

● TXさん
手塚先生は大人の目、まして作者ですから置いておいて、
伸介さんは後年の評価なんじゃないかな。
当時からそういう風に見てたのかな。
2008/06/13(金) 07:13:20 | URL | ごいんきょ
 気体人間での飛行シーンは、言われるように画面の前で手を伸ばし横から胸から上を映したものと思われます。ナショナルキッドのように、全身が町の上を飛ぶようにはなっていませんが、TVではとにかく、これがこういう飛行シーンの初めと思います。これが横からでなく、前から写したときには腕をかなり上にあげるので、手袋とつなぎの間から素手が10cmくらい出ていて、違和感を感じたのは前に述べた通りです。せめて、長い手袋にすれば良いのにと思いました。手塚先生は、テレビ探偵団で実写のアトムを酷評しているので、皆様、当時も人気がなかったと誤解されている訳です。手塚先生のイメージではなかったでしょうが、漫画とは違うオリジナルのアトム作品と思えば良いでしょう。イメージは、少年が強化服を着て頑張っているのに近いものでしたね。空想の世界より、ある種現実に近いので、却って親しみを感じたものです。
2008/06/13(金) 13:01:45 | URL | 団塊世代
ナショナルキッドの映像は見ているのでよくわかりますが、あれはきちんとした合成画面ですね。
アトムの方があれと同じ方式で撮影したとはワタクシには思えず、
先の発言となったわけですが、なるほど、映像としてはテレビ初の試みではあったんですね。

手塚先生は自分の作品評価が非常に厳しい人で、
自身でも年がら年中加筆修正をしていたようですし、
テレビ化作品も、アニメのジャングル大帝なんか、一般的には好評価の部類と思いますが、
先生はスタッフに対して非常に辛辣な指導をしていたというのが、
辻真先さんだったかの著書で述べられてました。
しまいには愛想を尽かされたようですが(苦笑)。
でも、ワタクシに言わせればアニメのアトムだって、今から見ればヒドイもんです(笑)。
オリジナルの作品と見ればたしかにいいんでしょうが、
あれだけの人気漫画のテレビ化ですので、その辺はやむを得ないでしょうね。
2008/06/14(土) 06:40:43 | URL | ごいんきょ
 あれだけの人気漫画のテレビドラマ化は確かに大変で、漫画とは随分違った感じになり、手塚先生も余りお気に召さなかった訳ですね。それで、後から、アニメ化されました。ただ、見る方は、作者とは全く違う観点で見ます。私の世代の友達は、筋としては漫画の方が展開も早く面白いと言っていましたが、どちらのファンかというと、自分もなれそうな今で言うコスプレができそうな実写のアトムの方が人気があった訳です。先に説明いたしましたように、タイツには、皆恥かしいと言っていたものの、ブーツ・マフラー・軍服と憧れる事ができたのが、良かったのではないでしょうか。漫画には、憧れるというイメージがありませんでした。同じ、軍服を着て敬礼してもね。可愛いという感じはありましたが。
2008/06/16(月) 13:02:27 | URL | 団塊世代
たしかにアニメのアトムにはあまり憧れないですよね。
実写版は良くも悪くも身近な感じだったという事でしょう。
2008/06/19(木) 00:37:19 | URL | ごいんきょ
団塊世代
 久しぶりにメールします。NHKに、お宝テレビという番組があり、民放も含めた昔の番組の特集をしています。ここの番組案に、実写版鉄腕アトムの特集を提案してみました。当然、コスチュームの変遷の説明も含めてです。そしたら、昨日、昭和のヒーローという別番組がBS2でありましたが、何とこれで、実写版鉄腕アトムが紹介されたのですよ。NHKも少しは、参考にしたようです。この番組で昭和34のヒーローを説明するのに、まずアニメのアトムを紹介し、その後に、アニメに先立つ事、昭和34年3月から約1年2ヶ月、実写のアトムが放映されたと紹介されました。初めに、一巻の例のプロテクター風のコスチュームが紹介されたので、がっかりしてみていたら、質問として、「このアトムは、放映の1年2ヶ月の間に、驚くべき変化がありました。それは何でしょう。」と言う問題が出されたのですよ。回答には、子役が代わったとか、声変わりがしたとかがありましたが、「服を着た」という回答もきちんとありました。そこで、三巻のフランケンの巻のアトムが正解として、服を着ていると少しだけ紹介されました。シブガキなどの友達と一緒に歩いているシーンでしたが、夏の暑い時期で、他の子供は半ズボンに半そでシャツでしたから、瀬川少年の暑さは容易に想像できました。3人並んでいるので、瀬川少年の足の長さと、ふっくらとした体つきが、タイツ・ブーツを含めたコスチュームにマッチしているのが、久しぶりに確認できました。このアトムがあったまで、後のアニメが製作されたと説明されていました。最後の出演者の感想には「実写のアトムは衝撃的だった。今晩夢に見そう。特に、服を着たアトムを。」というものがありました。どんな夢なんでしょうか。今見ても、斬新というのを感じたのなら幸いです。しかし、残念ながら、再三述べている、フランケンの巻の後の
火星に飛ぶではありませんでした。一緒に紹介してくれたらよかったんですが。これだと、レオタード風のつなぎの上半身が隠れてしまうので、フランケンの巻を紹介したのは理解できますが。両方紹介して欲しかったてだすね。更に、この服の上に、軍服のまで着ましたとでも言って。
2008/07/14(月) 13:03:26 | URL | (ハンドル未記入)
団塊世代
 そう言えば、インターネットで実写のアトムの説明を見ていると、子役が代わったという間違った説明をしているものもあるくらいですから、少年JET、七色仮面、ナショナルキッドのように子役が代わった?と推察する人がいてもおかしくありません。また、声変わりは、当然考えられるでしょうが、元々女性が吹き替えをしていたので、関係ないと思われるのは以前の説明の通りです。皆様のコメントを聞いているとなかなか、楽しい物がありました。
2008/07/14(月) 17:28:27 | URL | (ハンドル未記入)
ほー。皆様のご意見を番組制作の参考にさせて戴いてます、ってわけですね(笑)。
時々、このブログを参考にしたのかなと思う回、たしかに有ります(笑)。
2008/07/24(木) 05:10:30 | URL | ごいんきょ
団塊世代
 おっしゃるとおり、このプログを参考に、幻の火星探検の巻をどこかで放映してもらいたいものです。最近流行のミリタリーというかライダースジャケットにちかい飾緒のついた短いダブルの軍服と、軍服を脱いだ時のスーパーマン的なコスチュームや、角の生えたヘルメットが意外とナウイと再評価されたりして。(笑い)ついでに瀬川雅人さんを招待して思い出話を付け加えたりして。尤も、これはやめた方が良いかも(笑い)。一方、どんな気持ちでアトムを演じていたかや、火星探検の軍服を含めたコスチュームを着た感想を聞いてみたいですね。タイツは恥ずかしくなかったかも(笑い)。そうそう、アトムはミッシェルなどの女の子にももてたのですが、こういう設定が恥かしくなかったのかも(笑い)。内藤正一さんが自分で実写の鉄人の上映会を開いたりしているのは有名です。
2008/08/13(水) 02:35:04 | URL | (ハンドル未記入)
べつにこのブログを参考にする必要なんか全然ありませんが(笑)、
なかなか出ない映像ですよねー。
先日も何かでこの番組が扱われたようですが、
お決まりの初期バージョンだったようだし。

>内藤正一さんが自分で実写の鉄人の上映会を開いたりしているのは有名です。

いや、初耳でした(笑)。
それは凄いな-。
機会が有ったら見に行きたいもんです。
2008/10/14(火) 00:28:22 | URL | ごいんきょ
 アトムの火星探検はなかなか出ませんね。テレビには私の知る限り出た事がありません。今回のテレビの紹介も、3ヶ月放映されたと言っていたので、少なくとも初期バージョンは3ヶ月とは知っていたのでしょう。その後の1年分の新バーションも紹介されるのか?と思っていたらありませんでした。新の方が、お宝映像なんですけどね。そういえば、米国ではCGでアトムが製作されるので、本日NHKでこれを含めた特集があるそうです。予告編で見たCGのアトムは余り可愛らしさのない感じでした。この映画が出来たら、鉄腕アトムの歴史という事で、実写もまたどこかのテレビ局で紹介されるかもしれません。そうなると楽しみですが。米国の映画は、どの巻を映画化するんでしょうね。 
2008/10/27(月) 08:46:51 | URL | 団塊世代
最近ハリウッドもネタ不足なのか、日本のアニメを原作とするのが出てきてますね。
だったら絵柄も日本版を尊重しろよと思いますが。
日本人がディズニーをサザエさん調でやったら、きっと告訴されるだろうに(笑)。
2008/10/28(火) 05:06:36 | URL | ごいんきょ
 昨晩、NHKを見ました。米国の調査では、アトムの原作は、3~4歳にしか見えず、もっとお兄さんらして方が世界では人気が出るとなったそうです。手塚プロが米案に納得せず、少し可愛らしく変更されたようです。結果として、実写のアトムに近づいたような気がします。小学生という設定なら当然だと思います。CGは当然上半身裸ですが。しかしCGで、上半身裸というのも、何となく妙な気がしました。まさか、実写のように上半身にも服を着せる訳にもいかないにしても。CGの映画が封切りされたら、アトムの歴史とでもして、漫画、実写、CGと一緒に来年どこかのテレビ番組で紹介されるかもしれないですね。
2008/10/28(火) 13:04:06 | URL | 団塊世代
アメリカ人から見ると日本人は若く見えるようだし、
逆にこちらからはアメリカ人は老けて見えますけどね。
それにしても3,4歳って…
ワタクシはそもそもCG映画というのが嫌いです。
リメイク嫌いもあるので、絶対に見ないですね(笑)。
2008/10/29(水) 21:31:47 | URL | ごいんきょ
団塊世代
ついに、実写のアトムがDVDで、発売される事になったそうですね。楽しみです。思い出を随分書きましたが、多分大分違っている事もあるでしょう。これでも、我々の世代には、「良い子」という事が言われた時代を十分に思い出せると思います。その代表がアトムだった訳です。当時の他の少年ヒーローは、もっと年上でしたし。軍服を着た火星探検隊長のアトムの敬礼姿を見るのが楽しみです。隊長としての決意を感じさせる表情でした。
2009/07/29(水) 15:07:46 | URL | (ハンドル未記入)
DVD見ました
DVDが出たというので、早速、買って見ました。印象は・・すごく良かったです。内容云々の話より、主役の瀬川君の恰好よさ、綺麗さを改めて確認するものになりました。
当時は、関西で放送が始まった時は小学1年くらいでしたが、最初はふっくらしていたアトムが、回を追うにつれスタイルがよくなり、動きも表情もシャープになり、最終回では少し大人っぽくなっていたのを覚えています。今、見ても顔には気品があり、体の線もきれいで本当に未来少年アトムに相応しい子だと思いました。シブガキ(根岸一正)やその他の子供と一緒に歩いているシーンを見ても、その美形ぶりは一目瞭然です。自分のクラスの子も皆、主役の瀬川君には仄かな憧れを持っていました。それ程、当時の‘一般的’な家庭の子供と比べても都会的で垢抜けした所謂「少年の理想像」のようなものが映像化されている感じがしたものです。勿論、セットやストーリー、その他の演出の稚拙さは子供心にも解っていました。でも、テレビを見る子達は、殆ど‘その他の背景’は目に入らず、自分達とは全く別次元のアトム少年を追っていたように思われます。
今見ても、声の吹き替えの事実は分かりませんが、凛とした表情や可愛い仕草、綺麗な体の線は当時の印象のままです。今の大河ドラマの子役でもこんなに綺麗な足をしている少年はいないでしょう。それ程、当時としては稀有な少年の理想像を奇跡的にフィルムに留めた名品だと思います。手塚治虫の言葉などに捉われて作品の粗探しをして喜んでいる人には、その辺りの本質的な良さが解らない哀れな人だと思います。ここでは、皆さん言われるように、唯、主役のアトム少年の姿美をそれぞれに暖めていけばよいものだと思います。
それにしても、当時の町田泉や内藤正一、日吉としやすなどには、今の子供達にはない純粋で清潔な美しさがありますね。改めて、当時の何もなかった日本人の夢と清潔さを心に偲ぶ日々です。
2010/01/17(日) 17:31:31 | URL | ケンちゃん
DVD、ワタクシもぜひ買いたいですけどね。
12月まで販売しているようなんで、なんとかそれまでには…

ま、手塚先生がガッカリした気持ちもわからないではないですし、
当時の子供だった人たちでも、違和感あった人は多いようではあります。
しかし、熱中できた人は幸せなひとときを過ごせたわけで、良かったですよね。
一年以上ですか、続いているわけですから、
なんだかんだ言ってみんな認めていたんでしょう。
ワタクシはこの当時の作品は楽しめなかったし、
時代背景も空気としてしかわかりませんので、
この頃を記憶している方々がとても羨ましいです。
2010/01/18(月) 02:26:51 | URL | ごいんきょ
DVDを見て.
今回発売されたDVDを見て、今まで疑問に思っていた幾つかの点が明らかになった。
先ずは、非常に「絵」として纏まりのあるものと、そうでないものとの2つに大きく分れる事だ。よいと思われるものは最終第5部の「ガス人間」の第1話~6話までで、残りの第1部「ZZZ団」~4部「火星探検の巻」及び第6部の残りが所謂、バチものに当たる。特に、第2部~4部までが酷い。見れば解る通りだが、田舎のアングラ劇団か中学生の学芸会程度だ。いくら金と時間がなかったからとはいえ、この体たらくは許されてよいものではない。最初に手塚治虫がアニメを提供し、自動車から羽が生えて空を飛ぶという当時としては画期的な特撮を使いながらも作品の中では何も生かされていない。役者的にも、ピーターウィリアムスや七曜会の高橋正夫、ベテランの森野五郎、銀幕の三大美女といわれた入江たか子、悪役の三鬼弘などを起用しながら全ったく活かされていない。その他、ミシェル役の女の子や四部垣の根岸一正、ニッキー窪田などの子役達の熱演も空回りするだけだ。折角、素材(アトムの実写化)と役者が揃っていても肝心の製作サイドにセンスがなく無能だったら本当に【犠牲】となるのは出演した役者だけだ。この全体の印象としては、1.暗い 2.重い 3.遅い 4.くどい 5.憂鬱 6.単調が上げられるだろう。手塚が怒ったというのもこの点にあると思う。熱演してくれた役者さん達も多かれ少なかれそう思っていただろう。
では、この作品をこれ程まで貶めた【犯人】は誰であろう。それは、紛れもなく第二話~第四話までを監督した志波裕之(西果)なる人物と、コオロギハルオなどの脚本(実写版鉄人も)を扱った人達である。第1部に関しては監督者名が記載されておらず、実際、誰が陣頭指揮したのかは分らない。だが、それ以降は志波西果という名前と志波裕之という名が交互に出てくる。志波西果というのは、戦前の名の知れた映画監督で1937年の南京攻略戦での現地撮影で行方不明になっている。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E6%B3%A2%E8%A5%BF%E6%9E%9C)もし、当時、生きていれば59歳だが、とても本人とは思えない。(もし、そうであれば他の箇所でもかなり話題になっている筈)これは恐らく志波西果の名前を使った【騙り】であろう。多分、その後で志波裕之となるので、恐らくはこの人物が西果の名前を盗用したのだと思われる。そして、この人物によって延々と時間と金の垂れ流しの様な各粗悪劣悪を絵にしたような作品が作られていく訳である。内容的には、映画関係者からテレビ紙芝居と嘲笑されたように、まるで監督、撮影ののイロハも出来ていない状態だ。その【酷さ】は枚挙に暇がないので一々取り上げない。唯、出演してくれた俳優さんには本当に気の毒としか言えず、何よりも主演を体当たりで演じてくれた瀬川君には有難うの気持ちで一杯である。
2010/01/24(日) 00:44:25 | URL | ケンちゃん
その2.
このDVDの注意点として、幾つかの話がテープ紛失などの理由により欠けている点だ。先ず、「アトム メキシコへ行く」の第1・5・6話。「アトムとフランケン」の第8話、「火星探検」の7・9話、「気体人間」の第1話である。他に、今回、DVD版権を獲得したGENEON UNIVERSAL(企画 森遊机)同封の説明書の終わりにも「著作権の関係上、映像、音声にごく僅かに改変がございます」との説明がある。現本のどの部分をどの様に改変したかの説明はないが、見ていて少し昔、生で見た印象とは違うような点もある。あと、有名な校庭内での綱引きの場面も抜けていたのが残念である。説明冊子の中でも金田益美氏(映像文筆家)によって「オープニングで描かれるアトムの絵は手塚治虫本人によるもので、手塚のエッセイによると、実際は描いている姿も撮影されていたが現像ミスでNGとなり、がっかりしたという。」と書かれてあるが、私は当時、テレビで手塚氏自らが筆で紙の裏側から等身大のアトムを描いており、そこから実物の瀬川君が紙を破って登場するシーンを覚えている。その時の手塚氏の顔はとても楽しそうであり、すごく喜んでいたように思う。その他、第5部第3話のエンディングの次週予告の文字が「0号桟橋の決斗」となっているのに、第4話では「プラネタリュウムの男」となっているのはGENEON側の改変かどうかは定かではない。
先回で、志波某監督による各話の欠陥ぶりを指摘したが、今回は、それ以外「気体人間 第2話~6話」までの出来のよさについて語りたい。この部分は、監督が大橋秀夫という人が担当しており、前作?と違って非常に落ち着いた内容となっている。中でも天馬博士を暗殺したガス人間を操る蛭間博士(木南博)は非常に不気味な存在感があり、それまでのオチャラケ悪人とは一味も二味も違った趣きがある。シルクハットや黒づくめの衣装もよく似合い、異様な存在感を醸し出している。木南氏は怪談物の映画や小劇場で活躍した俳優で彫りも深く、この蛭間博士には打ってつけである。ただ、声が低く、時々聞き取れない台詞があるのが残念だ。撮影も、それまでの固定カメラからの平面的な撮影から回転や手持ちカメラでの人物へのアップ映像など臨場感溢れる構成となっている。又、顔ライトや照明にも気を配り、所謂、プロの映像と呼べるものである。脇役もアトムの父親に当時、喜劇俳優として人気絶頂だったシミケン(清水金一)や坂本新兵を起用するなど登場人物によりよいアクセントを付けている。唯、第1話でアトム生みの親である天馬博士を演じた田崎潤氏が見られないのは惜しい。私の記憶では、第1部以前に戻り、アトムとの親密な会話が交わされていたのを覚えている。ただ、この緊張感を呼ぶ映像も6話までで、7話以降はまた、御他聞に漏れず、偽せ志波西果(裕之)が【復活】してこれまでにない意味不明のドタバタへと転落させていくのである。(涙;
2010/01/24(日) 22:00:13 | URL | ケンちゃん
非常に細かい報告ありがとうございます。

まあ当時の技術と予算を考えれば、実写でやればあんなものだったんでしょうね。
だから手塚先生が落胆したというのは、これはやはりアニメーションでやらないとダメだ、
という思いを強くしたという事だったんだろうと思います。
今になって、現在の視点で見てしまうと、いにしえの物が古めかしいのは当然でしょうが、
当時の人々が当時、それをどう見ていたかというのが一番大事なんじゃないでしょうかね。
志波西果さんについては、事実であれば日本映画史にとっても再発見じゃないでしょうか。
それが本人であれ、親族による継承であれ。

DVD映像や音声に改変が有るというのは、ワタクシにはショックな話です。
そして、改変したのであればそこを明示するのが責任ある姿勢だと思うのですがね。
著作権の問題という事は、劇中の音楽・映像で他の著作物を使っているという事ですか。
今回、かなり安めの価格設定に思いますので、多少価格を上げてでもそのくらいクリアして欲しかったとこです。
校庭内での綱引きが抜けたという事は、映っている子供達が問題だったのかな。
その辺に関して、著作権法が改正されたんじゃなかったっけな。これからだったか。

冒頭のアトムは手塚氏が書いていたんですか。
手塚先生が描いた絵を瀬川さんが破って出てくるシーンというのは見てみたいですが、
DVDに収録されてないという事ですね。
ドタバタに関しては、ワタクシはまだ見ていないのでなんとも言えませんけど、
あくまでも当時の子供達を楽しませようと考えていたんでしょう。
2010/01/25(月) 07:05:58 | URL | ごいんきょ
テレビ創生期の作品ですからねぇ
テレビ創生期の作品ですし、当時は映画絶頂期(前年の昭和33年に観客動員・興行収益の最高をマークし、この観客動員記録は未だ破られず、興行収益にしてもちょっとした映画ブームとなった数年前にようやく上回った(無論昭和33年当時とは紙幣価値等が全く違っているのはいうまでもない訳で)という次第。)で、始まったばかりで海の物とも山の物ともつかない状況だったテレビという媒体には中々人材も集まらずといった具合で、劇団関係に声を掛けたり戦前の名監督である志波西果の名前を使ったりして役者さんを揃えるのが精一杯だったという状況だったであろう事が偲ばれますね。

ちなみに言及すると番組作りの際、まずホンを仕上げてからその作品に合った役者さんを揃える東京のテレビ局(その代表格が日本テレビの井原プロデューサーですね)に対して、まず役者を揃えてから、揃えた役者さんに合ったホンや演出を考える関西のテレビ局という違いが創生期から脈々と続いていた(まぁ、関東の方は関西系の某興業の東京進出に依って相当崩されてしまいましたがね(笑)。)訳ですが、大阪テレビが朝日放送・毎日放送に事実上の分裂となった際、大阪テレビに在籍していたアーニー・パイル劇場(GHQが東京宝塚劇場を接収して開場した劇場)関係の演出スタッフの殆どが大阪テレビを継承した朝日放送に留まり、テレビ開局間もない毎日放送側は演出スタッフからして不足していたという事情も関係しているかもしれませんね。
2010/01/25(月) 09:04:35 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
その3.
第7話以降に於ける駄作ぶりは、折角、謎の怪老人として登場した蛭間博士を山場も迎えずにあっけらかんと殺した上に、その直後から黒マントなる少年ジェットのブラックデビルと紙芝居の黄金バットを足して2で割った様な怪人?を登場させ、しかも、その前の週に死んだ筈の蛭間博士こと木南博を‘再利用’している事だ。それまでは、部下に対して隠然たる主従関係を維持していた彼が、ここでは部下のガス人間からもタメ口を聞かれている始末で話す言葉もまるでチンピラのように軽薄なものになっている。一体、出だしの荘重な雰囲気は何処に行ってしまったのか?あとは、「火星探検」で使ったロボットの使い回しと瀬川君の【重労働】の果てにお茶の水博士に遂に【殺人】まで犯せている。(あってはならない話) しかも、最後はアトムに弁当箱程のドラム缶を持たせて成層圏で破裂させてオワリだ。最期はホタルの光を流しながら瀬川君に「また、僕の活躍をお目に掛ける事を約束しておきましょう。」と言わせて後はご存じ通り行方不明。これもそれも、全ては志波西果(裕之)大先生の成せる技だ。(涙;) それ以来、もう50年も待っているが、いつ新しいシリーズを始めて頂けるのダロウか?志波センセイ、何とかしてホシイ。(ToT)f
 
2010/01/25(月) 16:29:43 | URL | ケンちゃん
その4.
まあ、この監督の下では何を言ってもムダなので、出来るだけ‘よい点’を探して観賞するしかないが、他に目に付いた俳優といえば、第3部「アトムとフランケン」の巻で、隼探偵として登場した根岸弘子(後の根岸明美)が上げられる。突然、何の前触れもなく現れたのでアトムとどういう関係なのか今もよく分からないが、当時流行り始めたスクーターのラビットを器用に乗りこなし、演技にも一切手を抜くことなく、全力で役柄に打ち込んでいる。その他のエキストラがややもダラダラした動きの中、彼女だけがやけにリアルで瀬川君共々恰好いい。ただ、説明によるとこの撮影中、スクーターで転倒しかなりの傷を負ったそうな。多分、第6話で舗装も何もない山道をかなりの高速で駆け下りるシーンがあるが、恐らくはこの辺りでやられたのであろうと思う。他にも、排気量の少ないスクーターに、自分より大きな田鷲警部(北川国彦)を後ろに乗せたり、凸凹の道でシブガキの根岸少年とタマ夫を同時に二人乗せての急発進を行なったりで今見ても危険この上ない。この頃は、監督がロクに運転も出来ないのに、頭の中で勝手に描いたシーンをぶっつけ本番でやらせる事が多く、月光仮面の大瀬康一氏も最初のクランクインでいきなり4メートルの崖の上から飛び降りろとの支持で、そのまま飛び降りたら見事に左足首を複雑骨折して、いきなりインドに行くハメ(台本の上で)なった事や、砂利道だらけの道路でカメラに向かって勢いよく走って来て、画面の直前でバイクを横滑りに滑らせて格好よくピタッと止まれと言われて、その通りやったら案の定バイクもろとも大転倒して又も骨折の憂き目に会った旨を以前、月光仮面の特別番組で宣弘社の小林社長に恨めしげにボヤいておられたが、多分、此処でも同じ事が行われたのだろう。今なら当然スタントマンや擬闘師がついて安全には万全の注意が払われるが、当時は役者に‘丸投げ’である。この作品でもロクな格闘シーンがないのは、テロップの中でも殺陣や演技指導が全くいなくて監督・脚本の次にはいきなり出演者が並んでいることによる。恐らく、ロクな演技指導も行われず、「適当に格闘して下さい」くらいの指示だったのだろう。役者達も何をしてよいか分からず、お互い半信半疑で身を動かしている姿が多い。その中でも、彼女は体当たり演技で事故の後もズボンで傷口を隠して気丈にも最後まで撮影を続けたらしい。根岸弘子さんは、日劇ダンシングチーム出身で身長も高く運動神経も抜群。この時は25才、女優としての全盛期だったが、他の作品でも一切妥協することなく演技に没頭され、数年前、癌でお亡くなりになったらしい。御冥福を祈りたい。(http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080312/tnr0803122353011-n1.htm)あと、バイクで忘れてはならないのが、同、フランケンの巻でスイカに隠されたVXコロニウムの為に事件に巻き込まれた八百屋さん(和田勇)がメグロの250cc?に乗って悪人達を追撃するシーン(第11話)があるが、それも鉢巻を締めて草履を履いたままの二人乗り運転で相当のスピード(恐らく速度違反?)でグングン飛ばすので、その見事な運転ぶりには驚かされる。自分も小さい頃見た少年ジェットの影響でか未だにずっとオートバイに乗り続けているので、この二人の運転の見事さはよく分かる。 この作品の異様なアンバランスさは殆どシュールに近いものがあるが、土埃だらけの道路と貧しい町並みの中で、今でも通用するピカピカのスクーターやオートバイだけが、何か画面から抜け出たような違和感があり、これから高度経済成長に向かう日本の底力を暗示しているようで妙に頼もしい。
2010/01/25(月) 22:10:56 | URL | ケンちゃん
DVしを見て
ケンちゃんの詳しい説明に、感激しています。瀬川アトムのファンは、当時多かったようで、私も、瀬川少年のファンでした。当時の級友は皆、ファンでした。少し辱めのコスュームでしたが、人気がありました。ケンちゃんの言われる通り、瀬川少年は、少しふっくらとしていて、冬に、黒や肌色のタイツを履いた当時の良い家の子のイメージでした。また、毅然とした態度や清潔感が良かったです。ふっくらしているから、タイツ姿も似合ったのでしょう。また、足も長かったですからね。言われる通り、渋柿君達と並んで歩くと、そのスタイルの差は歴然としていましたね。今回、ビデオを見て、色々間違って記憶していたと思いました。まず、トレードマークだった肌色タイツが思っていたのと違う事がわかりました。膝にしわがよったり、よく全体にねじれていたりしたのは、婦人用の大き目のタイツを履いていたのだろうと思っていたのですが、これは間違いでした。なんと、瀬川君は、バレーの男性用タイツを履いていたのです。このタイプのタイツだと、脚の内側部に、股から、つま先までシームがあるのですが、このタイプのタイツでした。謎が解けた感じです。おそらく、厚手のものの方が良いのでそうしたのでしょう。一方、ヘルメットは金属性のように思っていたのですが、布製のようですね。また、レオタード風のコスチュームですが、修理の時に胸を開けるのは、胸の筋肉部分の出っ張り部のホックを外すという方法で、腹部を開くのではありませんでした。また、火星探検の軍服も、ボタンで留めるのかと思っていましたが、ボタンは飾りで、ホックでとめるようになっていましたね。このコスチュームだけでも、当時の衣装を含む、松崎プロの苦労がしのばれます。この軍服を着ると、アトムの上半身が、逆三角形に見える事が分かりました。DVDでは、敬礼した正面の全身像がないのですが、雑誌少年の当時の紹介記事では、その写真を載せていました。まじめな表情の瀬川君が、飾緒のついたダブルの短い軍服を着て、下半身はレオタードのパンツ部に、タイツ、ブーツという姿で、ヘルメットを被り、アスコットタイで、敬礼していたのですが、タイツのひざのしわを直さないのもこれで理解できました。あのくらいのしわは、普通だったのです。瀬川少年演ずるアトムのりりしい敬礼姿に、火星探検隊長の決意が感じられ、学校で、休み時間に、この写真を見て、「軍服で敬礼する僕らのヒーローの瀬川少年のアトムは、本当にかっこいい。敬礼すると、隊長として頑張らねばと言う決意がひしひしと伝わる。こういう設定で、アトムを演じれる瀬川君は羨ましいな。」と、言っていたものです。女の子まで、この瀬川君の敬礼姿を素敵と言うので、益々、羨ましいと思いました。前にも、書いたと思いますが、瀬川少年も火星探検隊長の軍服姿が気に入ったので、この巻が終わった後も、自宅で、アトム少佐のかっこうをして楽しんでいたと噂に聞きました。アニメでは、等身大のイメージはなかったですからね。皆、瀬川少年とアトム少佐に憧れていましたね。いやーー、懐かしかったですね。
2010/04/09(金) 21:59:07 | URL | 団塊世代
その5.
今、少し補足しておくと、第2部「アトム メキシコへ行く」にジェットマンとして出られた永久保一男氏は今も御活躍のようだ。このアトムの終わった翌年、水谷八重子率いる新派に属し、その後、舞台を中心に時代劇の名脇役として数々の作品に出演されいる。この時は22才。デビューしたての正にペイペイの頃だ。身長(175㌢)があるだけに、魁皇のようなスフィンクス(杉村有三)と闘うさまは戦後の栄養不足か実に痛々しい。今年は73歳になられる筈だ。(http://news.goo.ne.jp/entertainment/talent/M03-0363.html)
あと、第3部「アトムとフランケン」にフランケン役として出演した羅生門綱五郎は、元、台湾出身の力士で花篭部屋で泉錦を名乗り幕下まで昇進したが、その後、プロレスに転向した巨人力士である。身長 2メートル3㌢でこの3で年後に黒澤明の用心棒で閂なるやくざの大男をど迫力で演じ話題をさらった。ここでは、瀬川少年と組んず解ずれずの大格闘を演じているが、その第2話でお茶の水博士の狭い研究室の中でプロレスのペンジュラムバックブリーカーをまともに仕掛け、小さな瀬川君の背骨が本当に折れてしまうのではないかと子供心に心配したものだ。この作品ではフランケンのライオンのような吼え声が実に恐ろしく、暗く陰惨で漫画との違いを決定的にした重要人物?として評価できる。ここでは、アトムと路上で格闘中に二人一緒にアスファルトのローラーで轢かれてしまうシーンが有名ですが、第3話の中でアトムに追われてガスタンクの下を通過しようとした時、靴が脱げて裸足で逃走して行くのは情けないというか可愛いところです。今だったら当然NGですが、昔はフィルムが高価だったとはいえ、本当に志波西果はフィルムを惜しむというか、撮り直しゼロの迷監督だったのは間違いありません。涙;(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%85%E7%94%9F%E9%96%80%E7%B6%B1%E4%BA%94%E9%83%8E)
主役の瀬川君以外に悪戦苦闘した俳優は枚挙に暇がありませんが、第2部から最後までアトムの親代わりのお茶の水博士を熱演した森野五郎さんは、この時、既に65歳。戦前、戦後と数々の名作に脇役として活躍され、この作品でもお茶の水博士を最後まで責任をもって質実のある演技をされたと敬服します。(http://www14.big.or.jp/~hosoya/who/mo/morino-goro.htm)



2010/04/13(火) 22:01:14 | URL | ケンちゃん
訂正.
フランケンがアトムにかけたのはモルモンシクルという技です。ドンレオジョナサンが使っていました。
2010/04/14(水) 19:10:55 | URL | ケンちゃん
その6.
アトムを演じていた瀬川君は、DVDの冊子に、大森小学校に通う5年生とありますから、当時11~12才。今見ても小顔で、ウエストが締まり、足が長くてヒップの位置が高く、当時としては出色のスタイル抜群です。表情も、切れ長の目や整った顔立ちで、今なら大河ドラマやあちこちのテレビ局から引っ張りだこでしょう。声に関しては、第1話は吹き替えの可能性はありますが、それ以降は間違いなく地声です。あとで、スタジオでの声入れ(アフレコ)はあると思いますが、吹き替えではありません。コスチュームに関しては、人によりお好みは色々でしょうが、自分としては、「フランケンの巻」のコスチュームが一番薄くて似合っていると思います。(ヘルメットも) よく、話題にされるタイツに関しては、第2部は春、第3部は夏に作られたのでコスチューム、タイツ共薄めですが、第4部から5部にかけては秋~冬なので、その分厚くなったのだと思います。当時は、今と比べものにならないくらい寒かったですから、冬場の撮影は薄いストッキングだけでは大変だったのでしょう。膝に皺が寄るのはその為です。但、いずれもつなぎの下に白いパンツを穿いていたのは見てくれが悪いです。特に、悪党と格闘する際、お尻のパンツが大きくハミ出るのは見ていても幻滅でした。せっかく、キュートな恰好をしているのに、その部分だけが透けて見えて折角の恰好よさも台無しでした。時代の抵抗もあったと思いますが、衣裳さんは、何とかもっと綺麗にできなかったのかと悔やまれます。
この作品に関しては想い出が多く、一筆では語り尽くせませんが、自分が印象に残る瀬川君の一番の‘いい表情’は、第2部の11話でキャンプに帰ったアトムがインディアンの子供を抱っこするシーンです。カメラを前にして怒ったり緊張する表情の多かった中で、このシーンだけは普段の素顔の瀬川君が思わず溢れたショットです。きっと家ではこんな優しい‘お兄ちゃん’だったのでしょう。
彼は、その後、テレビの「まぼろし探偵」や「東京おにぎり娘」「大出世物語」の映画(いずれも1961年作)に出演した後は、ぴったりとブラウン管からは消え、その後は消息不明です。よく、吉田拓郎のバックでギターを弾いていたとか、ジャズ評論家になっているとかの風評は耳にしますが、いずれも確証はなく行方不明です。恐らく、実名と思われるので、その後、社会で役職などに付いていたら人名検索などで出てくると思いますが、それもないのでひょっとして若くして他界したのではと心配されます。今年、生きていれば・・歳ですが、それは考えないことにしましょう。恐らく、今もあの時のあの姿のままで、東京の大空を飛び回っているのでしょう。
2010/04/16(金) 01:23:15 | URL | ケンちゃん
この作品もリアルタイムの記憶無し
と前置きしつつyoutubeでのこの作品のop映像にておもしろい事が解った
op映像のキャストに差し掛かると
フランケン 羅生門
という字幕になるのではなかかろうかな
色々な芸名が古今にはあるとしてこんな名はたけし軍団以上のものを感じたわな

ps naokiman殿レス有り難う
そういや黒影は居たと思い出した
後緑影という者も居たと思い出した様な
2010/04/16(金) 21:42:35 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
瀬川少年のその後
瀬川少年のタイツに、季節によって差があるとはおもいませんでした。チェックしてみます。彼の足の長さは有名でしたね。タイツは、よく似合ったと思います。季節を考慮していたのは、火星探検を冬の時期に制作したのが、その典型と思います。上に、軍服を着るので、夏に撮影するのは困難だったでしょう。瀬川さんは、ZZZ団の巻きでは、汗疹に悩んだと聞こえていますし。アトムの後に映画に出て、その後、どうなったのかの証拠がはっきりとある訳ではありませんが、確実と思われるものに、「自由が丘で旅行代理店を経営している。」と言うのがあります。これは、実写版のアトムの紹介をするフィルムで、俳優が説明していたので確かであろうと思われます。また、いっぺん、テレビの特集で、瀬川さんのインタビューを試みたところ、御本人はテレビ出演を拒んだので、電話でのインタビューになったとの記事を読んだ事があります。御本人は、現在、マスコミの前には出たくないのでしょう。これは、実写のアトムのイメージを壊したくないためかもしれません。私としては、あのアトムのコスチュームを着て、演じたいた時の感想を聞いてみたいのですがね。お元気なのは間違いないようです。
2010/04/23(金) 20:51:49 | URL | 団塊世代
その7.
最後に、この作品で忘れてはならないのが、なんと言っても番組初頭に流れるテーマソングです。
鉄腕アトムの歌といえば、「ラララ 空を越えて~♪」のアニメ版の歌(高井達雄作曲)が有名ですが、私達、昭和●年代に生まれた者にとっては、【圧倒的】に『ぼおーぅくはムテキだあ テッツァんアトムゥ~♪』の方です。
今でも、小学校時代の旧友が集まればこの歌が出ますし、何より出だしの力強さ、メリハリのよさ、一度聴いたら忘れないメロディーの勇ましさetc.など、遥かにアニメ版を凌駕しています。
中でも、第1話で歌っている中島そのみ の歌声は“圧巻”です。その迫力、ボリューム、乗りのよさ、声量、どれをとってもピカイチです。
第2~4部では岡村喬生と上高田少年合唱団、第5部の1~3話までは上高田少年合唱団、4話以降は男性(不明)で、DVDの解説書には第5部は中島そのみほかとなっていますが、いくら耳を澄ましても彼女の声は混ざっていません。
でも、聴くからには、やっぱり第1部の中島そのみが断トツです。岡村喬生というのは現在も現役のオペラ歌手で当時も有名なので採用されたと思われるが、ハッキリ言って、単にオペラ歌手として‘上手く’歌おうとしているだけで、気持ちが籠もっていません。バックの少年合唱団になんとか助けられている感じです。そこへいくと、中島そのみのそれは、心気、迫力とも一品で、この作品の‘印象’の半分を担ったと言っても過言ではないと思います。
彼女は、1936年1月2日長野県生まれ。52年上京、当時流行りのウェスタンミュージックに憧れ平尾昌章らの立ち上げた人気バンドのヴォーカルとなりコロムビアレコードからデビュー、その独特の歌唱力でたちまち売れっ子歌手の仲間入りをし、後に団玲子、重山規子と共にお姐ちゃん三人組として映画デビューまで果たすのであるが、これはその売出し中のバリバリの時の声である。聴いて見られれば分るが、後の三人との差は天地ほどの開きがある。彼女を採用したのは、第1部を担当した監督(不明)であるが、彼女の採用は共に取り入れられたアニメーションや特撮と共にこの作品に画期的な役割を演じたと思う。自分は、ずっと彼女の主題歌で貫いて欲しかったが、それも第1部だけで、第2部以降、例の志波西果が監督になるに及んで安全に‘抹殺’されてしまう。それに代わったのが、上記のオッサンの声である。
第5部の3話までは、監督が大橋秀夫に変った為か上高田少年合唱団+中島そのみ?となるが、4話以降志波西果が引き継ぐに及んで‘案の定’かったるい男性歌手に変更され、最後まで間の抜けたショボイ主題歌を聞かされることになるのである。(怒汗;) この1つを見て(聴いて)も如何に志波(偽)西果なる監督の【感性】の素晴らしさが分かるかというものである。(涙;)
私は、第1部の中島そのみの主題歌が大好きで、彼女のCD[フラフープソング]というのを買ったのだが、残念ながらこの鉄腕アトムの主題歌は入っていなかった。でも、彼女の他の代表曲と聴き比べても明らかにこの歌「テッツァんアトム」の歌声は、彼女を代表する1作として銘記できるものであると確信している。
因みに、この歌の作曲は益田克幸という方で、神奈川県立小田高等学校校歌「冠たる伝統」を昭和22年に、「We love ODAKO」を平成6年10月に作曲しておられます。私は、寡聞にして聴いておりませんが、きっと素晴らしいメロディなのでしょう。
当時、ライバル番組であった実写版鉄人28号の主題歌「光るあの目が呼びかける~♪」と共に、後のアニメ版より重厚で品質もよかったと思う今日この頃であります。
http://www.youtube.com/watch?v=s5_trZVmk88&feature=related
2010/05/19(水) 19:28:00 | URL | ケンちゃん
● TXさん
ほお。関東と関西の番組作りにその様な差異が有るという視点は初耳でした。


● ケンちゃんさん
お茶の水博士が人を殺しちゃうんですか?
それは確かに有ってはならない話だと思いますし、
手塚先生も不本意だったんじゃないかなあ。
撮影中の事故の話も、当時の大らかさと言いますか、
それでは済まない話と言いますか(苦笑)。
羅生門さんにそんな経歴が有ったのは驚きでした。
その他の出演しゃん方々についても、なかなか詳しい話で助かりました。
瀬川さんが拓郎さんのバックにいたとしたら、ちょっと楽しいですね。
主題歌については、和田アキ子さんもアトムの主題歌はこちらしか知らないと、
テレビ探偵団でアニメの歌を不思議がっておりました。


● 団塊世代さん
切願だった火星探検の巻を見られて何よりでした。
瀬川さんのその後についても、詳しい話をありがとうございます。


● ガッツさん
羅生門というキャスト表記は、ちょっと奇異に感じたのでよく覚えてます。
まさか台湾出身の力士レスラーだったとは。
ところで、該当スレで返信しないと、興味ないスレは見てないと思いますよ(苦笑)。

2010/05/29(土) 04:43:07 | URL | ごいんきょ
スプーンが在りません
1963年製アトムのキャラクター商品フォークだけ残ってました。18‐8ステンレス
2014/04/30(水) 04:25:25 | URL | 名無しのおばん
アトムは他に例が無い和製テレビ漫画主人公でしたから、
それこそ商品化された物は山のように有りました。
でも、今でも持っている人は少ないでしょうね。
後から買った人はいくらでもいるでしょうが。
2014/05/07(水) 01:46:07 | URL | ごいんきょ
その後
キャラクター商品鉄人28号つい最近「10年も経たないのでは」の話ですけど赤い箱でおなじみのグリコキャラメルの中に入ってました。
2014/05/14(水) 23:44:07 | URL | 名無しのおばん
グリコもよくリバイバル企画やりますからね。
2014/05/24(土) 23:52:55 | URL | ごいんきょ
アトム友の会
久しぶりに書かせて頂きます。
テレビで石ノ森先生と手塚先生を扱った物があり、そこで実写版鉄腕アトムの紹介がされていました。
フィルムは、初期のコスチュームだったのですが、その後に、コウロンという雑誌の記事が出ていて、そこにS35年4月に向ヶ丘遊園で、開催された「アトムの会」の写真が載っていました。
ステージ上で、瀬川君の演じるアトムが鉄人28号のようなロボットと対峙しているものです。
観客席には、数千人の子供がいました。
瀬川アトムの人気が判りました。
4月なので、瀬川君は中学生になっていて、普段は、学生服だったろうと思います。
アトムの放送が間もなく終わるので、残念だったと思います。
中学生でタイツは恥ずかしいと思いつつ気にいって演じているという感じでしたね。
2016/03/09(水) 11:40:07 | URL | 団塊世代
アトム友の会追加
追加です。雑誌少年では、豊島園で開催するとなっていて、その後、何も少年に載らなかったので、中止になったのかと思っていました。
向ヶ丘遊園にしたのは、参加の希望者が多かったためと思われます。
放送が5月に終わってしまったので、最初で、最後となったのは残念でした。
ステージ上では、鉄人28号のようなロボットと戦ったのでしょう。
軍服を着て、宇宙人と戦ったのかは判りません。戦って見せて、隊員と敬礼してみせたら盛り上がったと思います。
ステージ下では、少年・少女がぎっしりと憧れの目で見ているという感じでした。
こんなに人気があったのなら、放送を続けたら良かったのにと思ったのは、私だけではないと思います。
2016/03/09(水) 17:31:03 | URL | 団塊世代
「公論」ですかね。
豊島園より向ヶ丘遊園の方が大きいのですか。
そんな催しが有ったくらいですから、やはり人気番組だったんですよね。
2016/03/13(日) 00:35:52 | URL | ごいんきょ
豊島園は乗り物やプールで立て込んでいて、子供が大勢集まって見れるのに適切な場所が無かったのではないでしょうか。
向ケ丘遊園は、大きな散歩スペースのような感じで、昔、音訪れた時にステージがあったかどうかは定かではありませんが、何千人も集まるなら、向ヶ丘遊園でないとダメだったと思います。
コウロンによると、集まった子供の多さに凄い催しになったように書かれていました。
瀬川少年も、屋外の撮影で、観られるのは慣れていたと思いますが、そんなに多くのファンが集まり、近未来の少年ヒーローとして、ステージ上で恥ずかしいと思いつつ、気持ちが高揚したのではないでしょうか。そんな表情の写真でした。
行って観たかったですね。残念!
2016/03/13(日) 13:22:22 | URL | 団塊世代
テレビネットの系列化
1960年に入って2月1日のJNN協定締結を皮切りにテレビネットの系列化が進んだ事や、この番組の終了後、日曜昼からの移動の形で関西テレビ製作時代劇枠(但し遅れネット)となった事から、毎日放送-フジテレビのネット断絶が番組終了の理由と思われます。
この年、毎日放送も(観念したかの様に)4月1日を持ってNETテレビ(=朝日テレビニュース社)とのニュースネット並びに制作協力を開始していましたし。
2016/03/13(日) 18:18:49 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
御説明有難うございます。テレビ局の都合ですか。仕方ないですね。
松崎プロダクションは、アトム友の会の会員募集を放送終了(S35の5月)の半年くらい前(S34の10月くらい)に開始し、瀬川君を囲む会を3ヶ月に一回くらい開催したいとしていたくらいですから、瀬川君も翌年中学生になっても、中学1年生くらいまでは、アトムの役を演じれると思っていたのでしょう。
従って、4月の向ヶ丘遊園のステージは、瀬川アトムの歓送会みないな物になってしまった訳ですね。
放送打ち切りは、ファンも残念でしたが、近未来的なアトムのコスチュームを着て、アトムを演じる機会がなくなった瀬川少年が一番がっかりしたでしょうね。
なお、最近 聞いた話では、前期のコスチュームは、大阪の毎日放送のスタジオの道具箱?に、結構、乱雑に保管されていたそうです。
当時、毎日放送の番組に出演していた子役の方がブーツを履いてみたりしたそうです。
一方、後期のコスチュームは、つなぎや軍服いずれも無かったそうです。
後期の物は、瀬川少年も気にいって、自分でもらっていたのでしようかね。
2016/03/13(日) 19:21:40 | URL | 団塊世代
● TXさん
たしかに、毎日ーフジという連携は奇妙だなと、初めてビデオで見た時は思いましたけどね。


● 団塊世代さん
アトム友の会というとアニメ化の際のものが有名ですが、実写物当時も有ったのですか。
やはり手塚先生の発案なのでしょうね。
鉄人の内藤さんは、最近も回顧活動されていたとご報告が有りましたが、
瀬川さんはその後がまったく掴めないんでしょうかね。
2016/03/14(月) 01:37:11 | URL | ごいんきょ
実写のアトム友の会は、撮影を担当した松崎プロダクションの発案のようです。
瀬川さんは、S36に、映画に二本出演していますが、その後は不明です。
以前、テレビの特番で、「出演依頼したが、断られ、電話でのみ話をしてくれた。」と言っていました。

何故、画面に出たくなかったのかは不明です。
アトムのイメージが壊れるのを恐れたのか、タイツ姿について聞かれるのが恥ずかしかったのか?

なお、同じく、テレビで、20年くらい前に、「自由が丘で旅行代理店を経営している。」と、実写のアトムを紹介した出演者が言っていました。
これが、一番、信憑性があるようです。


2016/03/14(月) 01:48:41 | URL | 団塊世代
ウィキペディアでは、アトム友の会について次のような記載が有りますねえ。


「松崎プロ」では、1960年3月から、掲載紙『少年』で「アトム友の会」の会員を募集し、「瀬川を囲む会」の開催を予定していた。第一回開場は豊島園、「4月開催予定」と広報されたが、放映は5月で終了となり、開催も中止となった。


どうも、実際には開催されなかったようですが。

社長さんだったのですかね。
では、今更あまり出来の良くない昔のテレビの話をされてもという感じだったのかな。
ご健在なら、是非とも語って戴きたいですがねえ。
2016/03/21(月) 18:22:27 | URL | ごいんきょ
ウィキペディアの記載は、間違いです。
コウロンという雑誌に、写真付きで説明されていたので、間違いありません。
テレビで記事が紹介されました。
瀬川さんは、どちらかの会社の社長をされているとして、インタビューされたくないのは、タイツを穿いていた事などを聞かれたくないからではないでしようか。
かっこ良かったと思いますが、いい歳になってから、聞かれたくはないという事で。
2016/03/21(月) 21:11:10 | URL | 団塊世代
追加です。
コウロンで、手塚先生を応援する記事が載っていて、そこに、応援の一環として、「アトムの会が4/7に開催されていて盛況だった。」と向ヶ丘遊園のステージ上のアトムが写っていたので、初めて知りました。
スカーフを巻いて、後期のアトムのコスチュームを着て、張り切りつつ、恥ずかしそうな感じで、格闘のポーズを取って、頭から膝くらいまでが写っていましたよ。
2016/03/21(月) 21:21:35 | URL | 団塊世代
よそのWeb記事で見ました。
たしかに写真ありますね。
ウィキペディアの記事は何を根拠にあそこまで書いたんだろう?
2016/03/26(土) 05:35:39 | URL | ごいんきょ
多分、ウィキペディアの記事が書かれた頃は、雑誌少年で、豊島園で開催されると紹介されたところまでしか、判らなかったからではないでしょうか。
よそのWebの記事は、私も確認しました。
2016/03/27(日) 00:06:36 | URL | 団塊世代
お陰様で、貴重な資料を知る事が出来ました。
ワタクシも古書で入手できました。
2016/03/27(日) 08:59:40 | URL | ごいんきょ
古書で入手されたとは凄いですね。
参考に、古本屋ですか、それともネットオークションですか?
できれば、アトムの会の写真を載せて頂けたら有難く。
きっとWebの写真より、鮮明だと思うので。
2016/03/28(月) 02:04:08 | URL | 団塊世代
フォーク 鉄腕アトム
今は宝塚市立手塚記念館に在ります。
2016/04/06(水) 03:50:36 | URL | 名無しのちょめちょめおじさん
有難うございます。関西に行く機会はなかなか無いのですが、機会があったら、是非寄ってみたいと思います。
アメリカのアイアンマン風のアトムがどんな風になるのか、楽しみのような、怖いような。
日本の実写のアトムの初期のコスチュームに近いのかもしれません。
瀬川さんが、御健在なら、どう思っているのか聞いてみたいところです。
2016/04/08(金) 01:21:14 | URL | 団塊世代
んーと、アトムのフォークが記念館に展示してあるという事でしょうか。
現役でも売っているお店あるんですね。
よほどアトムが好きだった人が経営しているのかな。

通常は画像は掲載しないのですが、お陰様でワタクシも入手できたので、
特別に一週間程度、本記事の最後の部分に画像を掲載致します。
2016/04/11(月) 06:56:28 | URL | ごいんきょ
鉄腕アトム大会
貴重な鉄腕アトム大会のコウロンの記事を載せて頂き有難うございます。
クリアな写真なので、鉄人らしきロボットに立ち向かう瀬川少年演じる近未来風のコスチュームを着た鉄腕アトムと観客の子供達がよく判ります。
瀬川少年もこれだけ多くの子供に見られて、嬉しいと共に、何となく恥ずかしそうと言うか、緊張しているようにも見えますね。
当時の人気が判る貴重な写真です。
このすぐ後に、放送打ち切りとなったのは、本当に残念でした。
テレビ局の都合が無ければ、成長期とはいえ、瀬川少年ももう半年は、アトムを演じれたのではないでしょうか。
2016/04/12(火) 03:19:06 | URL | 団塊世代
どう見ても鉄人ですよね。
実写鉄人対実写アトムという、正に夢の対決。
こんな催しが実現していたなんて。
2016/04/12(火) 22:35:44 | URL | ごいんきょ
やはり、鉄人と思われますか。
実写鉄人も実写アトムも、松崎プロダクションの製作なので、実現したのでしょう。
アトムの会なので、戦って、アトムが勝ったのでしょうか。
まさに、夢のコラボです。
wikipediaの記事は修正して頂かないといけません。
この鉄人は、金田正太郎が操縦していた訳ではないでしょうね。多分、自立型としたのでしょう。
2016/04/13(水) 01:03:51 | URL | 団塊世代
もしワタクシがこの舞台の脚本家なら、暴れる鉄人をアトムが抑えようとする。
しかし、さすがになかなか上手く行かない。
その時、舞台の隅にいる悪漢をアトムが見つけて、押さえ込んでリモコンを奪い、鉄人の暴れるのを抑えるってな感じにしますが。
まさかアトムに勝たせてしまうわけにはいかないと思うんですよね。
種々の問題が生じると思われます(笑)。
ウィキペディアは、怠け者発見装置ですから。
自分で調べもせず丸写しする人間は引っ掛かってしまう場所で良いでしょう。
2016/04/13(水) 22:27:12 | URL | ごいんきょ
なるほど、そういうストーリーですか。
流石です。
しかし、それだと、アトムの主題歌と合いませんね。
僕は無敵だーーと言っているので。
冗談です。

しかし、同じロボットでも、鉄人は機械という感じですが、アトムは、なかなかロボットに見えませんね。強化スーツを着た少年と言う感じです。
2016/04/14(木) 02:35:45 | URL | 団塊世代
ま、鉄人には意思が有りませんからね。
そこが最大の違いでしょう。
2016/04/14(木) 02:39:49 | URL | ごいんきょ
HDリマスター版の発売
驚きました。2009年に1年限定で実写のアトムのDVDが発売されましたが、今度は、リマスター版が10月 11月と二回に分けて発売されるそうですね。
ZZZ総統からフランケンまでが、10月のBOX1で、火星探検と気体人間が11月のBOX2に収録されているそうです。
しかも、元の画像の端をカットすることなく、全画面が入るようにしてあるそうです。
結構、高額です。何故、今頃、販売するのかは不明です。
以前のDVDは、プレミアがついて売買されているからでしょうか。
見たいと言う人が、御隠居さんのこのブログを読んで、出てこられたのかもしれません。
高額なので、2つに分けたのでしょうが、私なら、BOX2を、まず買う事をお勧めします。
軍服を着た火星探検隊長のアトムは、必見だからです。
2016/10/11(火) 02:57:21 | URL | 団塊世代
あれを出しているベストフィールドという所は、
その昔キッズステーションというCS局で、他では扱われないような
所謂マイナー懐かしものまでどんどん発掘していた人が起こした会社です、
きっと、一つでも多くの子供番組を発掘したいという使命感のようなものが有るのでしょう。

ただ惜しむらくは、音声をカットしてしまうようですね。
レインボー戦隊ロビンでは、LDに入っていた回の予告で収録されてないのが有るようですし。

絶対に間違いが無いのは、データ原口こと原口正宏氏の関わった作品ですが、
彼は「アニメ」にしか興味が無い人なんでねえ。
それに、ベストフィールドの物には今のところ噛んでいないようですし。
白黒アニメ版「アトム」DVD-BOXは彼の仕事ですので、文句無しです。
2016/10/15(土) 03:36:59 | URL | ごいんきょ
隼探偵
 私は当年60歳ですが、子供のころにこの実写版を見ていたことを覚えています。隼探偵がバイクを乗り回していたのをカッコいいなと思ったことをはっきり覚えています。この人物を演じていたのが根岸弘子さんという人だということをインターネットの時代になって初めて知ったのですが、この人は日活出身で、関係した作品は
・地獄の札束1956年
・肉体の反抗1957年
・「廓」より 無法一代1957年
・獣のいる街1958年
の4本が記載されているだけでhttp://www.weblio.jp/content/%E6%A0%B9%E5%B2%B8%E5%BC%98%E5%AD%90?dictCode=WPPPL
その後の鉄腕アトム実写版出演以降の消息が全くわかりません。どなたかご存知の方がおられましたら教えてください。
(根岸明美さんと混同されているような記述もありますが、全くの別人かと思われます。)
2016/11/08(火) 20:40:46 | URL | (ハンドル未記入)
ワタクシもお手上げですねえ。
詳しい方の情報を待ちましょう。
2016/11/13(日) 21:51:48 | URL | ごいんきょ
秘宝特撮
驚いた事に、洋泉社の秘宝特撮のVol.5に、第一部のお宝写真と、当時のエピソードが掲載された。
第一部のブーツの色は、白黒では判らないが、赤い色で、原作に忠実だったそうだ。
助監督がアトムのメークもしたそうな。
リハーサルで、ブーツと手袋を脱いだ写真も載っていた。動きにくかったのだろう。
「女の子みたいに可愛い少年」だったと説明しているが、ヘルメットを取るとそうだったのかも。
撮影にお姉さんがついてきていて、彼女は、新東宝の女優になったそうです。芸能一家だったらしい。
第二部以降のコスチュームは、「一部のイメージを踏んで到達したデザイン」とされ、「新しい衣裳らよる新しいアトムの意匠を作った」と説明されていた。
その究極が軍服を着たアトム少佐と言う事らしい。
2016/12/14(水) 01:44:16 | URL | 団塊世代
特撮秘宝ですね。
新しい作品も入っているのがなあ(笑)。
でも、旧作を掘り下げてくれているのは嬉しいですね。
しかも、幻の紙人形アトムまで扱ってるようで。
初めて買いたくなりました。
2016/12/15(木) 00:06:16 | URL | ごいんきょ
紙人形のアトムの製作状況についてもかなり詳しく取材されています。ただし、アトムの紙人形は載っておらず、オープニングの絵と思われるアトムの絵が写った写真が載っていました。
実写のアトムについては、第一部の説明がメインですが、こんなに詳しい記事は読んだ事がありません。
瀬川少年の素顔はアトムのヘルメット?を外したものが知られていますが、どうもあれだけでは判りません。
一方、ヘルメットをつけると、素顔がよく判りません。
当時の少年としては、都会的な感じはしていましたが。
今回、ミッシェルを背負ったスナップが載っていましたが、これを拝見すると、「可愛い」と当時の助監督が言われるのも理解できるような気がします。ネットでは、よくけなされたりしていますが。
第二部以降も、発掘してくれないかと思っているのですが。
2016/12/15(木) 22:15:22 | URL | 団塊世代
へえ。紙人形アトムのOP絵なんて現存してるんですか。
古書で安くなったら買おう(笑)、
旧作だけ扱っているなら則買いでしたが。
2016/12/19(月) 01:12:11 | URL | ごいんきょ
新参者よりご挨拶 情報提供
拝啓 新参者にて失礼致します。実写アトムについて、此処ほど詳しく根掘り葉掘り、重箱の隅をほじくる様な明細詳細な研究、感激いたしました。本当に勉強させて頂いております。自分が知っている事はほんの僅かですが、ご参考になりましたら。それは「音楽関連」です。まずこの「実写のアトムのテーマ曲」ですが、まずかなりの名曲でありながら作曲者の「益田克幸さん」の詳細が全くはっきりしません。情報では間違いなくプロの作曲家らしく何方様かのご子息と言う事と、某校歌を作曲された事、更に以前の情報では作曲家を廃業されて宝石商を営まれた?様なお話も訊いてります。もう30年以上前、大巨匠「小川寛興先生に電話インタビュー」させて頂いた際にもこの益田克幸さんの事をお尋ねした所「実写アトムのBGMを担当した事は確かだし覚えてはいるが詳細は記憶に無い、また益田さんと言う方は未知の人で、想像だがテーマ曲のメロディー=旋律を書いた人ではないか?」と。現実に著作権資料センターにも作曲家としての登録が無く名簿に記載も無いと。ただこの実写アトムについては非常に当時人気の高かった少年ドラマで長く続いたシリーズ。当然テーマ曲は同一でも何度もアレンジが変わっておりますよね。ここが一つ面白いところですが、自分が知っている限り「中島そのみ、上高田、岡村某と言われる?バス歌手」とある様子です。しかし実はもうひとつ「全く違う別バージョンの主題歌」が存在します。これはかなり以前「旧ユピテルの僕たちは忘れないシリーズで復刻された実写アトム この採譜の際に参考にされたバージョン」です。詳細はこういう感じで「まず、アトムのジェット噴射のSE、ブーーっと言うブザーの音、ブラスセクションとティンパニーによるファンファーレの様なイントロに始まりちょっとテンポを落とした感じでワンコーラス目が始まります。リードヴォーカルはちょっと演歌っぽいかんじのテノールおじさん?風の歌手で、サビからチルドレンコーラスのユニゾンが始まります。なおハーモニーは無く全てモノフォニックでした。また間奏は以前とは全然違って5小節と言う半端な小節数でした(4/4拍子として)後は以前のバージョンと同一ですが、「歌手、イントロ、間奏」が全く違います。しかもこの音源を良く良く聴くと「明らかにアナログレコード特有のガリガリゴリゴリしたクラックルノイズの混入」が聴かれ、何かの形でレコード化されていた事は事実のようです。また「岡本某(別人の可能性も在り)バージョン」から聴かれるのは、全く新しく変わったアトムのテーマの姿です。皆様ご存知の通り、この回から小川寛興先生が音楽担当として益田克幸さんと連名でクレジットされていますが、此処から考えられる点は「このアトムのテーマ曲は間違いなく小川先生のアレンジ」と。その理由はあまりに以前バージョンとは違い、全てがレベルアップしいや昇華さえしている。イントロも途中のコード和声進行も、そして間奏も。更にエンディングは何と不協和音で終わっている。つまりドラマ導入への橋渡しまでしている事。こういう極めて芸術的なアレンジはまさに小川先生の世界です。また蛇足か?考えすぎか?実は小川先生は元々オペラ歌手志望の方で、素晴らしいバリトンの声をお持ちです。この岡本某?の起用ももしかして小川先生のアイディアかもと。さすがに飛躍し過ぎか。しかしこれだけの名曲ですのでもう少し研究されても良いのではと思っています。なお当時自分が松崎プロに礼を尽くしてリサーチした所「名入りの責任文書回答で、フィルムその他音楽テープも一切無い」との回答。しかしそれから某有名企業がビデオ化の為に赴いたら「一転フィルムは在る」と。何なんだ此処はと。実は当時某所からやっと出た実写アトムと鉄人のビデオ化は実は自分が大きな役割を果たした事は事実でした。此処から自分は「フィルムを処分した云々は信用出来ない」と。この他にも随分適当な嘘っぱち回答書面がありましたね。全て残っていますが書面とは永久に残ります。ましてや署名入りですからね。どういう神経しているのか?何かご参考になれば幸いです。敬具
2017/03/14(火) 11:48:08 | URL | よしたかくん
増田克幸さんというのですか。意識してませんでした。
検索すると、三井財閥とかなり関係の深そうな家柄みたいですねえ。
ノンフィクション作家の方は、その辺からあたれば調べられるのではと思います。
ぜひ調べて下さい(笑)。

主題歌に関しては、DVDで確認できないんでしょうかね。

やはり制作会社は、いちいち調べて回答しないですよね。
銭金になるという話になって、やっと腰を上げるかどうかって感じだと思いますし、
向こうも商売ですから、それを非難は出来ませんね。
2017/03/16(木) 22:35:12 | URL | ごいんきょ
ごいんきょ様へ コメント感謝お礼と追加情報
拝啓 コメント感謝いたします。追加の情報なのですが、「実写アトムの第一部のスーパー」を見ますと、「演奏=ブルーコーツ 録音KRC」とあります。このブルーコーツこそ現在の「森寿男&ブルーコーツ」であり、20年位前の題名の無い音楽会でブルーコーツ特集をした際、何と創立当初からのメンバー=トランペットの男性 がまだいたのです。ってぇ事はこの人もアトムの音楽に参加したってぇ事で、すごいなと思いましたね。おそらくは主題歌の伴奏録音やBGMに参加したと思われます。当然ストリングス等の弦はエキストラなのでしょうね。また録音スタジオのKRSはその後の日本録音と判明しましたが、すでに30数年前の調査でも当時を知る者は誰もいませんでした。また何か思い出しましたらご連絡させて頂きます。敬具
2017/03/23(木) 10:58:20 | URL | よしたかくん
KRC とは
こんにちは♩
録音のKRCは略称で「(株)国際ラジオセンター」の略称です。録音は後に映画制作の重臣と言われた私の父の故木下東次(平成26年11月 94歳 死去)が担当しました。当時は映写機を回しながらの同録 (音声や効果音、オーケストラとの同時録音)でマイクを天井に数本吊り上げての連日の徹夜作業で、生涯骨頂としてた音声の重なり(被り)が無く柔らかい音に腐心したと回想してます。
国際ラジオセンターは港区赤坂のカナダ大使館裏にあった会社で昭和47年まで存続し、ラジオセンターの名称は「NHKラジオセンター」に、その名前が引継がれております。
2017/09/23(土) 11:27:49 | URL | KEY坊
KEY坊様 ご教示ご訪問に感謝を
拝啓 KEY坊様にはご訪問ご教示有難うございました。更にまた「大変なお父上をお身内に持つ」とは、ぜひぜひこのごいんきょ様のサイトで、ご存知の事をお知らせ下さい。凄い方がご訪問くださり、久々興奮しております。ご承知の通り「KRC=国際ラジオセンター」は迂闊にも失念しておりました。お恥ずかしい限りです。実は、こういった事を調べ始めた当時、もう早38年位前から、とにかく資料が無かったのです。当時の電話インタビューの録音や聴き録りメモをひっくり返しますと、既に当時昭和30年代の事を知る方々は少なかった、、、、当時の記録ですと 「飛行館スタジオ=現サウンドシティ(実はこの他全2箇所に別れたと言う資料も在り) 「東京スタジオセンター=現にっかつスタジオ録音部」 等の記述がありますが、此処で謎なのは「KRS」なのです。普通素直に読めば「キングレコーディングスタジオ」ですが、、、当時のインタビューで、国内で最も古い創業の某「AスタジオのK氏」より「それは日本録音」であると。しかし「魔神バンダー等のアフレコを行ったとされる日本録音」のついて、当時のダビングエンジニアの某氏(この方は大変有名な大ベテランエンジニアで、聞けば必ず皆様お名前を知っている方)によれば、「此処は東音スタジオ」であると。当時、このいずれかのスタジオはまだ健在で、やっとこさ電話インタビューしても「今更そんな事誰も知る人間なんかいない」と一喝されましたね。どうも情報が錯綜しています。当時からにかなり時代が下って「キティレコーディングスタジオが、略称KRS」だったのですが、此処は昭和50年代の創業で現在消滅しています。この当時、全ての番組はまず「アフレコ」であり、シンクロが始まったのは、多分記憶では「勝新太郎の警視K」あたりから?ではなかったかなぁ?と。何故このスタジオに拘るのか?は、場合によっては当時の番組のBGM&SEテープが残されている可能性も捨て切れなかったからです。また当時のエンジニアの方から貴重なお話も聞けた筈なのですから。また運良く継続していても、当時の関係者を探し出し話を聞く事は当時からも至難の業で、苦労しましたね。今回KEY坊様の様な、貴重な証人をお身内に持つ方のご訪問こそ、大歓迎です。何卒引き続きましてご訪問頂き、貴重なお話を、「ヴぁーーーーっっっ」と(何か興奮してしまいまして) お願いいたします。 敬具

2017/09/24(日) 20:29:36 | URL | よしたかくん
最終回はこうだった
ネットで、「最終回はこうだった」と言う本を見つけたので購入してみました。実写のアトムも出ていました。
それを読むと、最終回では、健治少年が、偽物アトムを演じたとなっていました。
DVDを確認したら、本当に故障したアトムの代わりに、健治少年がアトムのコスチュームを着て立っているシーンがあり、驚きました。
私は、勝手に、アトムのコスチュームを着れたのは、アトム役の瀬川少年だけだったと思っていたので。
私の推察では、アトムのコスチュームを着てみたいと言う他の子役の希望に監督が最終回に応えたのではないかと思います。
健治役の伊東少年も、感激したと思います。随分、緊張している感じに思えました。
多分、アトム役を自分が演じられたら良かったのにと思っていたのではないでしょうか。😊
新たな発見でした。
しかし、やはり、アトムとしては、瀬川少年が出色だったと思います。
凛々しさと、脚の長さからです。タイツ姿も似合っていましたし。
2017/10/14(土) 00:19:22 | URL | 団塊世代
コスプレ
追加です。
図らずも最終回の健治少年の偽物アトムで、瀬川アトムは、コスチュームプレイだと説明したようなものだと思いました。😊
最終回なので、ネタバレと言う事でしょうか。
2017/10/14(土) 00:22:40 | URL | 団塊世代
録音作業について
KEY坊さんに御質問させて頂きたく。
御尊父様が、実写のアトムの録音を担当されたと言う事ですね。と言う事は、瀬川少年にも会われていた訳ですか?
アトムの声は、第一巻などは、女性による吹き替えという説が有りますが、その後は、瀬川少年本人の声になったように思われるので。
だとすれば、御尊父様から、アトム役の瀬川少年の思い出など聞かれていませんでしょうか。
もし、聞かれていたら、何でもよいので、お話を伺えたら幸いです。
例えば、録音の時、瀬川少年は、私服だったのか、アトムのコスチュームを着ていたのか?
瀬川少年の素顔は、本当に、女の子のようにきれいだったのか?
タイツ姿を瀬川少年は恥ずかしいと思っていたのか?😊
アトム少佐の軍服姿はかっこ良かったのか? 等々
何でも結構です。
もし、聞かれていたのなら、昭和の貴重な証言になります。
2017/10/14(土) 01:01:43 | URL | 団塊世代
団塊世代様へ 後方支援感謝を
拝啓 ロジスティクス感謝いたします。自分もKEY坊様の再訪問をぜひぜひ期待いたします。自分の記憶と記録から知る事は、もう25年位前でしょうか。たった一度「瀬川雅人さんが懐かしのあの人は今? の様な番組に出演されたこと」があり、夢中でビデオ回した事がありました。その記録は絶対の消さないのですが、残念ながらテープと記録位置が特定できず、非常に難儀しています。記憶では当時「目黒区大岡山の旅行代理店の社長」をしておられ、当時は恥ずかしかったですネェ 等と話されていました。顔はそれなりに年齢を重ねられましたが、まさに瀬川少年そのままでしたね。但し以前のウィキペディアだか何だかでは「ジャズ評論家」と書かれていた事もあった様な? しかしこれは現在全く違う人物と思われ、確かに極近い名前の方がおられるようですが、違うと思われます。また一時「よしだたくろうのバックバンドに居た?」との情報もありますが、確認が取れません現在。声質の問題ですが、自分もこの瀬川少年の声がばかに大人っぽくて、妙になまめかしい声?とは思っていましたが、もしかしてアフレコだったのかもしれませんね。当時は全てアフレコでしたからね。当時の「劇団こじか座」も今リサーチしていますが、音楽のブルーコーツの件も合わせて今、極めて核心に近い部分に問い合わせ中です。まぁ返答がいただけるかどうか?は全く解りませんが、努力しています。どうしてもKEY坊様やご訪問の皆様の後方支援が必要です。よろしくお願いいたします。  敬具
2017/10/14(土) 15:54:16 | URL | よしたかくん
瀬川雅人さんのエピソードについて
よしたかさんのコメントに感謝です。
瀬川さんは、テレビに出るのは、好まず、一度、電話で答えただけとテレビ番組で紹介があったのですが、実際に、出演された事があったのですね。
驚きです。
そこで、よしたかさんのコメントについて、質問が有ります。
当時は、恥ずかしかったと言うのは、アトムのレオタード風のつなぎに、タイツというコスチュームを着用するのが、恥ずかしかったと言う事でしょうか。
当時、彼は、小5の終わりから、中一の初めまで、アトムを演じていたので、最後は、中一で、タイツを穿いて演じていたので、見ている私も恥ずかしい気がしましたが。
また、瀬川さんの脚はむっちりしていたので、タイツ姿は余計恥ずかしかったと思います。似合っていたと思いますが。
他に火星探検の軍服の思い出のような話はありませんでしたか?
更には、女の子に人気があったとか?
覚えているエピソードがあったら、是非、教えて頂きたく。
なお、当時はアフレコだった筈で、第一巻のZZZ団の時は、女性の声だったと思います。
火星探検隊長の時などは、少年の声だったので、瀬川少年がみずから吹き込んでいたものと推察しています。
何しろ、凛々しい隊長の声は、女性では合わないと思います。
2017/10/14(土) 18:39:04 | URL | 団塊世代
瀬川さんが長じての写真
よしたかさんに質問です。
テレビ出演された時の瀬川さんの年齢は、45歳くらいと思いますが、下記のサイトに、珍しく、長じた瀬川さんの写真とされている写真が出ています。

http://bbs53.meiwasuisan.com/tokusatsu/1446685660/

そこで、伺いたいのですが、よしたかさんがテレビでご覧になられた45歳くらいの瀬川さんは、この写真と似たイメージでしたか?
この写真も、アトムの瀬川さんと似ている部分も有りますが、ふっくらとした顔つきとは違っているので、本当に瀬川雅人さんか?と思ったりしていたものです。
覚えておられる瀬川さんの語ったエピソードを含めて、教えて頂けたら幸いです。
楽しみに、お待ちしています。

2017/10/14(土) 22:18:29 | URL | 団塊世代
団塊世代様へ 途中報告
拝啓 早々のコメント感謝いたします。実は当然こういったご質問が来るであろう事は想像できました。結論を申し上げますと、「この明和水産画像掲示板の上から2段目の写真=記憶では全く違い」ます。実は昨夜もVHSのテープを様々引っ張り出してそれらしい部分を再生しましたが、やはり出て来ません。今例の仲間にも相談していますが、「何だよしたか、また何かおっ始めたのか? お前も本当にはた迷惑な野朗だなぁ」とあきれ返られる始末で、、、、まぁ千巻単位のテープの再確認ですから相当に時間がかかりますが、駄目元でやるだけはやってみます。此処でこの「瀬川雅人さんのテレビ出演の際の記憶」ですが、必死に思い出しますと、まずテレビ探偵団では無かった事、確か2時間スペシャルの様な特番だった事、司会者は不明(実はその後、瀬川さんいじりは、なぎらけんいち、爆笑問題の玉無しでは無い奴 等にいじられていました)
そこで瀬川雅人さんが恥ずかしいっと言われたのはまさに「あのコスチュームの話題に司会者が触れた時」でした。当時は記憶では東映ビデオから第一部の総集編ビデオが発売されたあたりと記憶しており、当然ながら第一部のコスチュームが登場しますね。後に「いきなりフライデーナイトで、後半の一話が突然オンエアされ、主題歌のアレンジも全然変わり、音楽も小川寛興先生が加わり2人体制になった頃」の映像を観れば、以前のコスチュームよりはずっと格好良くセンス在るものになっていましたからね。この辺はおそらく「制作の松崎プロが、元々左系のドキュメント屋で、特撮などの経験も無く、当時の三笠映画なる会社が第一部のみ共同制作していましたから。この三笠映画もはっきりした実体がなかなか掴めま」せん。また質問の「女の子にもてたか?ミリタリースーツについて」等の質問は残念ながら出なかったと記憶しています。これはインタビューがあまりに短く、残念でした。また容姿は(データでは1947年頃産まれ としたら現在約70歳、インタビュー当時はおよそ45歳前後でしょう。まさに背広を着て頭髪は黒くちょっとパーマかかった黒々、痩せていて少年そのままに成長された?)
様に見えました。実はこの映像、自分が一番観たいのですもう一度。しかしとにかくスペースの関係上長時間モードで録る番組の多さと整理整頓の乱雑適当さ。とうとう10年近く探しぬいて見つからない番組もあります。全く情け無い話で申し訳ありません。もう少し頑張ってみますし仲間にも頼んでいます。また「瀬川雅人さんが当時所属していたと言う劇団こじか座」ですが、現在も存続している「故酒井稔代表の四国松山にあるこじか座」が、当時と同じ組織としたら、こじか座の拠点が都内にもあったと?1957年創立ですからもしかしてこのこじか座では無かった可能性もありますね。ブルーコーツは当時を知っている方がまだ在籍なら何か解ると思いますが、、、、取り急ぎ途中経過まで。 どうしてもご訪問の皆様の幅広い情報が必要です。どうかサポートをお願いいたします。 敬具
2017/10/15(日) 09:49:04 | URL | よしたかくん
差し出口恐縮ですが
この写真の主が「瀬川雅人」か、それとも別人かを判断するだけであれば、そう難しくお考えにならずとも宜しいかと。彼の出演歴のデータを見るかぎり、映画4本、TV1本(アトム)のみです。映画では1961年5月24日公開の田中重雄監督・若尾文子主演の「東京おにぎり娘」が最終で、当人が1947年生まれ(アトム終了時中1)とすればこの時点で中2、13歳もしくは14歳で、これ以後の成人後の出演記録は一切ありません。因みに瀬川氏の映画初出演作は、1960年10月22日公開の赤木圭一郎主演の日活アクション「幌馬車は行く」ですね。

出演していてもノー・クレジット扱いで、「KINENOTE」もしくは「テレビドラマデータベース」その他から落ちている出演データがあれば別ですが、そうでなければこの写真は別人ということになるのではないでしょうか。因みに、写真の向かって右に写っている役者は、9分通り渡辺篤史に間違いないでしょう。したがって、同優の出演映画とTVドラマを片っ端からチェックして、その中に「瀬川某」というよく似た紛らわしい名前の共演者がもし見つかれば、この写真の主はその俳優の可能性が高いといえそうですが、まさかそこまでする必要もないのではと。
2017/10/15(日) 11:31:55 | URL | 権兵衛
瀬川さんへのインタビュー
よしたかさんの早速の御回答に感謝しています。
録画テープは是非、見つけ出して頂きたく。
見つかったら、また、内容を教えて頂きたく。😊

明海水産の二枚目の写真はインタビューされた瀬川さんと違いますか。
ずっと以前に、瀬川 雅人でネットで検索すると、もっと、ふっくらとしたアトム少年が大人になった感じの男性が出た時があったのですが、伺ったはなしからすると、そちらが本物の大人になった瀬川さんかもしれませんね。

なお、実写アトムは、ずっと以前は、懐かし物で紹介されると、第一部のプロテクターのアトムばかりが紹介されていましたね。
人気が出たのは二部以降のミリタリースーツ版だったのですが。

伺った話から推察すると、当時恥ずかしかったというのは、番組で紹介されたプロテクター版てはなく、第二部以降のミリタリースーツ版の気がします。
プロテクター版は、関取みたいだと言う人もおられ、かっこ良くはないものの恥ずかしいとは思わなかった気がします。恥ずかしかったのは、二部以降のかっこ良くなったミリタリースーツ版の方ではないでしょうか。
二部からはそっちの方でずっと通した訳ですし。
ミリタリースーツ版では、ブーツが短くなり、タイツを穿いたふっくらとした太ももが強調されるようになりましたので、恥ずかしい気がしたのては?
最初の頃は、ミリタリースーツで格闘すると、パンツ部がたくしあがり、タイツの下のブリーフが透けて見えたりしましたからね。😊

最近、アトムの軍服スタイルについて女性の感想を聞いて新たな発見?が有りました。
私は、短い飾緒のついた軍服は、ズボンを穿かず、敬礼すると凛々しいと思ったのですが、その女性によると、ジャケットを着て、ズボンを穿かないのは、滅多にない服装なので、ジャケットの下に出ているパンツ部とタイツが目立ち過ぎ、何となく色っぽく目のやり場に困る気がするとの事でした。
とはいえ、雑誌少年には、隊員と向かい合って敬礼するアトム少佐の写真が掲載され、「火星探検隊長になったので、瀬川少年は軍服を着ました。かっこ良いと大評判です。僕らも、瀬川君を応援しましょう。」と紹介されていたので、人気があったのは、間違いないと思います。

伺った話からの推察ですが、やはり、瀬川少年も恥ずかしいと思ってアトムのコスチュームを着ていたのは間違いないようですね。よしたかさんの情報からエビデンスが得られたと思います。有難うございます。
2017/10/15(日) 12:02:33 | URL | 団塊世代
瀬川少年の所属先
よしたかさんへ
瀬川少年ですが、S34年の10月頃のフランケンの巻の時に、劇団こまどりに移ったそうです。
フランケンの巻の終わり近くから、気体人間の巻が終わるまで、瀬川少年は、劇団こまどりにおられた訳なので、劇団こまどりの関係者に当たったら、何かしら、追加情報があるかもしれません。

こまどりに関しては、以下の記事が有ります。

1948年に「劇団こまどり」として設立された児童劇団。1980年代に団体名を「グループこまどり」に改称。

ただし、子役が巣立ってしまったので、現在は募集もしておらず、存続しているのかも不明ですが、よしたかさんのルートで関係者を調べれば、何かしら判るかもしれません。

こまどりは、指導にも定評があったそうです。
瀬川少年が何故移籍したのかは不明ですが、良い演技指導を欲したのでしょうか。アトム少佐を凛々しく演じる事ができたのは、こまどりの指導?😊

御参考まで。
2017/10/15(日) 15:42:38 | URL | 団塊世代
瀬川少年の出演映画
権兵衛さん。
コメント有難うございます。出演映画が、ネットに出ている物だけなら、言われる通りです。
ひょっとして、長じて、他に出演した映画があったのか?と思ったものです。目の瞳の位置など同じだと思いましたので。
ただ、この写真だと、良い子の代表のアトム役の少年がそのまま大きくなったというイメージとは随分ちがって、学ランでも着そうな雰囲気になっています。😊

渡辺 篤志さんも、1947年生まれなので、年齢的には、この方が瀬川さんでもおかしくは無いのですがね。

ところで、瀬川少年が初出演した映画は、実は、1958年製作の短編映画の「めがね小僧」だと思います。
以下に、その映画の説明が出ています。

http://d.hatena.ne.jp/tancho/?of=32

主演の子のお兄さんの友達役です。年齢的にも、合います。

これが当たっていれば、この時、小学校5年だったとして、この後、すぐに、鉄腕アトム役に抜擢された訳ですね。
端役の友達役(失礼)から、少年ヒーロー役に、大抜擢されたと言う事のようです。
2017/10/15(日) 19:03:35 | URL | 団塊世代
誤認深謝並びに感謝
「団塊世代」様

ご指摘ありがとうございました。おのれの突っ込みの浅さに恥じ入るばかりです。謹んで訂正し、誤認部分は取り消させて頂きます。
2017/10/17(火) 06:53:36 | URL | 権兵衛
瀬川さんについて
権兵衛様。
何も恥じ入られる必要はありません。私にしても、たまたま、明海水産の記事や、めがね小僧の記事をネットで見つけて、新発見と思ったものです。
特に、めがね小僧は、間違いないと思います。
当時、学校で映写会があったのでしょうが、私の記憶には有りません。

皆様の忌憚の無いコメントを伺えるので、非常に参考になっています。

特に、よしたかさんの説明にあった、インタビューで45歳くらいになった、瀬川さんが、「当時は、恥ずかしいと思って、アトムのコスチュームを着て演じていた。」と言う話には感激しました。😊

中一のはじめまで、タイツを穿いてアトムを演じていた訳で、ドラマとは言え、当時でも、瀬川少年は恥ずかしくなかったのかなあと永年思っていたものです。勿論、かっこ良いとも思っていましたが。あんなコスチュームを着てみたいと同級生も言っていました。
瀬川少年の恥じらいは、至極まともな感覚だと思います。
そう言えば、街中のロケですが、アトムが、渋谷駅前の交差点を横切るシーンが有りました。
私など、あのコスチュームで、あの人ごみの中で、ロケをしたら、赤面しっぱなしだったと思います。😊


2017/10/17(火) 12:10:49 | URL | 団塊世代
団塊世代様 権兵衛様 皆様へ途中経過
拝啓 何時もお手数おかけいたします。今回久々権兵衛様にもご訪問頂き嬉しかったです。此処であくまで途中経過報告なのですが、自分のアーカイブスの仲間連中もこの「瀬川雅人さんのたった一度の顔出し出演」の事は良く覚えており、今当時の、記憶では1990年代の初めかもしくは80年代の終わりか? 此処がはっきりししないために難儀しております。此処で仲間達が記憶を振り絞って当時の番組内容を思い出してもらいますと(実にピロンの秘密の部分のみの記憶で、他が全部飛んでいる) この番組は「何かのクイズ番組? だった」らしく、タイトル?は「あの子役たちの現在の職業は?」では無かったのか?と申します。そう言われればおぼろに記憶に在るのは、思い出しました「瀬川雅人さんの現在の職業は? 三者選択でお答下さい」でしたね。この三者が確か「宇宙飛行士、旅行代理店、俳優」だったと思います。この後例の目黒区大岡山で旅行代理店の社長、と言う事で瀬川雅人さんが出演されたと、此処まで思い出しました。テープの検索は、この年代の幅が大きく、また番組名も解らず、おそらくは録画時間は僅かに数分でした。もしもこれが「俗に言うとんでもねぇジャンルのテープにたまたま急ぎで録画されてしまっていた場合」もしかすると発見できない場合も考えられます。やはりスペースに気を獲られ長時間モードは拙かった、、、また劣化したテープのサーチは厳禁で、VHSデッキのヘッドの状態もあります。もう少し早く気付き、デジタル化すべきと猛省しております。とにかくもう少し、もう少し頑張ってみますが、、、、お詫びまで。 敬具
2017/10/18(水) 12:55:07 | URL | よしたかくん
瀬川さんのキャリア
よしたかさん
詳細な途中経過の報告を有難うございます。
何とか、諦めずに、録画部分を発見して下さい、期待しています。
ピロンの秘密と言うのも懐かしいですね。
実写のアトムのメキシコの巻に出ていたニッキー・窪田が王子役になったので、彼も、最初、全身タイツのようなコスチュームで登場したので、興奮した事を覚えています。😊

瀬川さんの職業は、別の番組で、実写のアトムを紹介した時に、司会者が「僕はアトムを演じた人を知っていて、自由が丘(大岡山ではありません。しかし、すぐ近くです。)の旅行代理店で社長をしている。」とその時は、言っていました。
また、別番組で、吉田 拓郎のコンサートの話が出た時に、「後ろでギターを弾いている人に、実写のアトムを演じた瀬川さんが居る。」と司会者が言っていました。
当時、彼は、20台後半だったと思います。

とすれば、芸能活動は、そのくらいまではやっていたとすれば、映画で、渡辺篤志さんと共演していても、おかしくないと言う気がします。
この映画がネットで紹介されていないのは、端役だったからではないでしょうか。
ネットに出ている映画は、まだ、中二くらいまでの出演で、まだ、少年っぽく、主役の弟とか、主要な役を演じていたので、ネットに載っているのではないかと思って見ています。
まぼろし探偵など、少年探偵団の一員のような役だったようですが、主役のまぼろし探偵を演じたかったかもしれませんね。😊

その後、旅行代理店の経営と転身されたのではないでしょうか。

ジャズ評論家は、多分、ガセネタだと推察しています。

一方、ネットでは、映画製作会社社長という情報も載っているのですが、旅行代理店社長が正しいと思われます。
二回もテレビで紹介されているので。

2017/10/18(水) 21:06:53 | URL | 団塊世代
渡辺篤史
仮に、問題の写真の右端が渡辺篤史であるとしますと(まず間違いないと思いますが)、子役時代を除き、1969~79年までを限ると、彼が出演した映画は意外と少なく、11本です。写真の雰囲気を見ると、かなりヤクザっぽい雰囲気がありありで、時代劇もしくはホームドラマ、学園ものなどは除外してよいと思いますので、そうなると可能性としてしては、「新網走番外地 吹雪のはぐれ狼」(1970)、「三億円をつかまえろ」(1975)、「沖縄10年戦争」(1978)あたりかと思いますが、テレビドラマの可能性もあり、やはり決め手にはなりませんね。映画の場合はVHSかDVD化されていれば、ノー・クレジットででもない限り、オープニングのキャストで端役の末まで確かめることはできるでしょうが、テレビでは調査は非常に困難でしょう。

因みに瀬川さんの場合、確かに国内のデータベースはかなり不備で、ちゃんとクレジットされ、セリフも出演場面もかなりある「幌馬車は行く」ですら、どれもこれもまったく記載はなく、皮肉なことにあちゃらのIMdbにのみ(それもこの一本だけ)名前があったくらいですから、子役時代・その後を含め、「団塊世代」様のご指摘の通り、「幻の」出演作が複数埋もれている可能性はあるかも知れませんね。
2017/10/19(木) 00:59:23 | URL | 権兵衛
幌馬車は行く
権兵衛さん
瀬川少年の貴重な出演作の情報を有難うございます。
「幌馬車は行く」と言う映画に、瀬川少年が出演しているとは全く知りませんでした。
公開が1960年10月ですから、鉄腕アトムの放送が終わって、すぐに、ロケに入ったと言う感じですね。
以下のyou tubeで、この映画のシーンが連続して、見れました。

https://www.youtube.com/watch?v=xqFxLFVlwfo


瀬川雅人 …〔リョウタ〕(山善養蜂園の少年)が、以下の時間に写っていました。

14:50 19:14 27:25 27:44

普通に紹介されているより、ずっと多くの映画に出演しいたのかもしれませんね。

特に、14:50 19:14のシーンの顔は、まさに、ヘルメットを外した瀬川少年の素顔と言う感じで映っています。

長ズボンで、帽子をかぶり、普通の恰好なので、勿論、恥ずかしい感じは全くありません。😊

恥ずかしくない一方、アトムのコスチュームで、演じる事は、もう無いと残念だったのではないでしょうか。
テレビ局の系列の変更が無ければ、もう2クールくらいは、アトムを演じたのではないか?と言う噂が有ります。
段々、大人の体型になっていくので、それくらいが限度だったと思います。
2017/10/21(土) 00:09:44 | URL | 団塊世代
瀬川少年の声
よしたかさん
以前、実写版のアトムの声は、アフレコであろう事と、ZZZ団の時は、瀬川さんの声ではなく、女性の声にしていたように思われると言うお話をさせて頂きました。

ちなみに、上記に示した下記のyou tubeでは、映画の音声も入っていて、瀬川少年の声を聞けます。

https://www.youtube.com/watch?v=xqFxLFVlwfo

これもアフレコと想定して、瀬川少年の声を聞いてみました。
彼は、中一ですが、まだ、声変わりはしていないらしく、火星探検隊長の時の声と同じように思えました。
これは日活の作品なので、火星探検隊長の時の声と同じと言う事は、これらは、声変わりする前の瀬川少年の声と考えて良いようです。

権兵衛さんのお蔭で、新たな発見が有りました。権兵衛さんには感謝しています。

「幌馬車が行く」の役どころは、当然、アトムとは違いますが、まじめな少年と言う感じのトーンは同じで、you tubeを楽しませて頂きました。😊

また、役者が多いので、瀬川少年の身長や体型も長ズボンですが、確認でき参考になりました。

やはり、脚は長かったようですね。
肩のところにまでしか瀬川少年の背丈が無い大人と並んだ写真が有りましたが、何と、脚の長さは殆ど同じでした。
また、長ズボンの腿のところがむっちりしていて、ズボンを穿いていますが、アトム少佐のタイツ姿を思い出させるものでした。😊
顔は、アトムの時と同様に、ふっくらしているものの少しだけ、お兄さんになってきているうな感じでした。

この映画のロケ地は判りませんが、アトムの時のメキシコの巻の砂丘のようなところやら、火星探検の米軍立川基地等、当時としては、瀬川少年は随分色々なところに行けていますね。
当時の雑誌に紹介されていた、学校より、ロケが好きだったと言う母親のコメントも納得がいきます。😊
2017/10/22(日) 09:39:01 | URL | 団塊世代
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