私的 昭和テレビ大全集
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歌のプレゼント (1964)

該当番組画像募集

昭和40年代というのは日本歌謡界の勢力図が大きく変わった
激動の端境だという事に、先日ポップショーの稿で戴いた
コメントへレスしていて気付いた次第です。
テレビ黎明期まで、歌謡界で最も力を持っていたのは
レコード会社だったんですね。
歌手が全国的マス展開をしようと思ったら、
まずはレコードを出せなければ話にならなかった。
だからテレビ黎明期の歌番組は、レコード会社の意向が
大きく考慮されて制作されていたものが多いです。
と言うより、制作そのものにレコード会社が関わっていました。
テイチク、コロムビア、キング、ビクターなど、有名どころは
ほとんど例外なく、自社のスター歌手に歌を披露させる
プロモート番組を持っていました。

ところがテレビがだんだんと力を持ってくると、
必ずしも歌の上手い人間でなくともスター要素が出てきた。
ここに於いて、レコード会社のそれまでのスターの有り様と、
先端的な求められるスター像とにギャップが生じてきました。
そして渡辺プロがテレビ局と一体となって自社スターを
続々と育て上げていくシステムを確立させ、ここに於いて、
タレントプロダクションが大きく力を持ってきます。
更に言えば、神戸芸能社の存在も大きかったと思います。
これら複合要因により、相対的にレコード会社の権力は
かなり分散されていったと思われ、テレビがいよいよ
隆盛となる昭和40年代には、その手の番組は絶滅状態となりました。
昔の通は、歌手の名前からレコード会社はどこどこと言ったものが、
今では所属プロダクション名だけで通ってしまうでしょう。

この歌のプレゼントは、そうしたレコード会社主導番組の
最末期を彩った番組と言え、放送はフジテレビ日曜正午から30分。
その昔は堂々ゴールデンを何年も占めていたこの手の番組も、
昭和40年代に入ると、その辺のレベルの時間帯でも有ればいい方。
ほとんどのレコード会社がテレビ番組制作から撤退する中、
新興会社のクラウンは、この番組で自社スターを売り出します。
正式タイトルは、三菱クラウン・アワー歌のプレゼント。
その冠通り三菱電機の提供で、
制作はクラウン・レコードとフジテレビ&関西テレビ。
またの名をクラウン・スターパレードと言いました。
『三菱クラウンアワー 歌のプレゼント クラウンスターパレード』。
どれがタイトルでどれがスポンサーだかわかりづらい(苦笑)。

内容は、クラウン専属歌手が続々と歌を披露する、ただそれだけ。
合間合間にトークが無いわけではありませんが完全に添え物で、
本当に一言二言、何も差し障りのないやりとりが交わされるだけ。
あとはひたすら歌、歌、歌。完全にレコードプロモート番組でした。
どんな歌手がいたかと言えば、なんと言っても水前寺清子。
涙を抱いた渡り鳥で1964年デビューと、この番組と共に有りました。
翌年のいっぽんどっこの唄でいよいよその地位は不動のものに。
ゆさぶりどっこ、どうどうどっこと、どっこシリーズになりました。
続いては三百六十五歩、真実一路と、マーチシリーズも大ヒット。
我が母は彼女の大ファンで、幼少時はよくレコードが耳に入ってきた。
どれも前向きで明るい歌ばかりで、ワタクシも大好きな人であります。

女の水前寺と双璧だったのが、男の西郷輝彦。
やはり1964年の君だけをでデビュー即スターに。
星娘、星のフラメンコなどの星シリーズでその地位は不動となります。
好きなん~だけど~(チャチャチャ)の手拍子は、
よくテレビの前でやったもんです(苦笑)。
星娘の楽曲の良さは堪らなかったしね。星娘イェイイェイェーイッ
って特殊な言い回しもよく真似しました(苦笑)。

その次あたりが美樹克彦でしょうか。回転禁止の青春さ。
回転禁止ってなんだと若い人は思うでしょうが、
Uターン禁止って事ですね、今の言葉で言えば(笑)。
腕をぶんぶん振り回してました、彼(笑)。
しかし、花は遅かったのインパクトにはそれでも敵わない。
あの歌は子供心にも凄い衝撃だった(笑)。
♪ かおるちゃん(ザザザザ)遅くなってごめんね
要するに恋人が死んだ歌。黒い花びらといい、
なんで当時はこんな歌が売れたんだろう(苦笑)。
しかし、この歌の見せ場は途中の台詞にこそ有るのでした。

加山雄三の君といつまでもで、中セリフが持て囃されてからこっち、
台詞入りの歌がとにかく出たわ出たわ。
しばらく台詞入りじゃない歌謡曲は発売されなかったんじゃないか
ってくらいに有りました。が、この歌は中でも最強。
大っ嫌いだ、白い雲なんて。バカヤロ~~!!
と大絶叫し、花は花は花は遅かった~♪で終わるのですが、
あの大絶叫は当時見ていても、なんじゃこら?って思ってました(笑)。
両曲とも当時のビデオは残っていないようで、非常に残念です。

変わりどこでは一節太郎ってのもいました。浪曲子守唄。
♪ 逃~げた女房にゃ未練はない~がぁ~
あのダミ声がクセになりましたけどね。
当時はまだ明治男も多くて、浪曲をがなる人って巷に結構いた。
浪花節ですからね。演歌の元だから。
一つ聞かしょか、ねんこーろぉり~~
なんてダミ声でがなられて眠れるのか、赤ん坊(苦笑)。
ってミスマッチ感覚がまた良かったんですね。
その後は晴れ姿子守唄など、やはり子守唄シリーズを出すも、
こちらは一発屋だったと思います。
美樹同様、彼も当時の映像を見た事が有りません。

これら歌手を揃えて進行するは、青空星夫・月夫。
アシスタントは峰千鶴子で、演奏は勿論クラウン・オーケストラ。
三菱電機の提供でお送りしますと番組が始まり、
クラウンのテーマが流れるなか司会の二人が登場。
そしてすぐに歌手を紹介して歌が始まるという構成で、
とにかく歌本位の番組でした。レコード会社制作番組は大体そうです。
最後は、「三菱クラウンアワー、この辺でお別れです。
また来週をお楽しみに」で終わる、当時のお決まりパターン。
クラウンのテーマが流れる中、番組は終わりました。

発足から間を置かずヒット曲を連発したクラウンでしたけど、
その要因の一つは、やはりこの番組でのプロデュースだったんでしょう。
レコード会社がテレビ制作に権勢を誇示できたほぼ最後の例と言え、
同時期にタレントプロダクションがテレビ界を制圧しだすのですが。
しかし70年代に入ると、今度はテレビ局が自らスターを作り出し、
プロダクションの力を弱めようという動きが出てくるのでした。
また、同時期にフォークシンガーらの独立系レコード会社が出てきたり、
レコード会社の権勢はますます分散化されていくのでした。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
そうだったんだ
はじめまして。閲覧は度々しておりますが、投稿は初めてです。

レコード会社製作の歌番組が主流だった時代があったのですね。

私はどうも
「クラウンレコード」
といえば
「1万円クイズ」
(ニッポン放送のラジオ番組)
を想像してしまいます。

ついでに、以下のラジオCMも…

正露丸(おなじみのラッパの音)

ケロリン
(ケーロリン、ケーロリン、青空、晴れた空~)

春日井のグリーン豆
(うれしいときに、春日井のグリーン豆、楽しいときに、えー、春日井のグリーン豆、悲しいときに、トホホ、春日井のグリーン豆、1袋150円です)
2007/03/08(木) 00:20:49 | URL | yig
1万円クイズ
はじめまして。
ですね。テレビが本格的になる前は、
レコード会社の力がかなり強かったです。
1万円クイズってのはわからないですね。
いつ頃の話なんでしょう。

正露丸はもう、定番でしたね。
ケロリンのその歌は、比較的最近のような気がしますが。
春日井も、♪ かすーがいの グリーン豆 ってCMソングで覚えてます。
わりと最近の番組なのか、あるいはかなり昔の番組なのか…
2007/03/08(木) 01:21:21 | URL | ごいんきょ
知ってます!
yigさん、はじめまして・・・ですよね?
 「クラウンレコード・1万円クイズ」知ってますよ! いきなりタイトルコールがあった後、北島三郎さんの「函館の女」がテーマソングとして流れるやつですよね。「ニッポン放送をキーステーションとして全国33局ネットで・・・」と言ってたような気がします。
 これ、以前は「クラウンレコード・ラッキープレゼント」というタイトルだったんですよ。タイトルが変わっただけであとは全く変わってませんでしたが。私は「クラウンレコード」というとコレを思い出します(って殆ど一緒か)。
 今はさらに変わって、「番組のネット」でなく「企画ネット」になっており、しかも東海地方では放送局がCBCから東海ラジオへ移ってしまいました。
2007/03/08(木) 14:56:59 | URL | かじか
確か70年代後半だと思います。
ごいんきょさんへ

その訳は
*小学生の頃に聞いたことがある。
 (現在の私は30代後半)
*セットで「円鏡の歌謡一直線」
(by養命酒&キャニオンレコード)も聞いたことがある

からです。

グリーン豆のCMの歌、懐かしいですね。
あと、「子はかすがい、親もかすがい」という子沢山の家族が出ているcmもあったような…

かじかさん、はじめまして。こちらこそよろしくお願い致します。

確かにそんな感じの番組でしたね。
ただ、「ラッキープレゼント」のほうが最近だったような気がしますが……

ちなみに静岡(SBS)では主に夕方4時台にOAされていました。

2007/03/09(金) 01:22:16 | URL | yig
クラウンレコード・1万円クイズ
その頃はラジオ、オールナイトニッポンくらいしか聞いてなかったかも。
そんな時期にそんな番組が有ったんですか。
円鏡さんのは有ったような気も。
2007/03/09(金) 07:30:18 | URL | ごいんきょ
ラジオの話題で盛り上がりつつあれど
CBCでは恐らく最初とされる時間帯は平日の21;30~でありその後ラジオの欽ドンというタイムテーブルであったと覚えていて22時代は声優ブームの走りみたいなラジオドラマが主で最後は今夕方のニュース担当の三雲氏の番組でその後ローカルになりコッキーポップオールナイトニッポンと続いていたっけかな

ちなみに春日井製菓は東海エリアの会社である
2007/03/10(土) 22:36:32 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
ラジオネット
21:30~というのは一万円クイズの事でしょうか?
欽ドンの前だったんですか。
その頃はもう聞いてなかったんだな、欽ドン。
ラインナップを見ると、関東と変わらない気がしますね。
ラジオ番組がそんなにネットされているもんだとは、
ネットをやる前には想像しなかったです。
ネットネットって、わかりづらい文章になってますけど(笑)。

春日井は、うん、そう言えばそちらだった気しますね。
甘納豆もあったよなあ。
2007/03/11(日) 06:22:10 | URL | ごいんきょ
1万円クイズ(昔の)、今は
「ミュージックスクランブル」という番組になっていますね。ニッポン放送制作ですが、地方局に流すための番組で、東京では流れていないそうです。正露丸のCMはまだ健在です。(^_^;)
圓蔵(円鏡)さんの番組、なつかしいです。
♪朝~は明るく養命酒 夜~は楽しく養命酒 弾~む幸せ 養命酒 という混声コーラスのテーマ曲が流れていました。
北海道での「1万円クイズ」はHBCラジオで昼1時半から(現在はSTVラジオで昼1時前から、ワイド番組の1コーナーとして放送)圓蔵さんの番組はSTVラジオで午後3時半からの放送でした。
名古屋では「オールナイトニッポン」はCBCラジオなのですね。北海道では「キユーピーバックグラウンドミュージック」(日曜朝にTBSラジオ系でやっていた)がなぜかSTVラジオで流れていました。本来ならばHBCラジオなのに。
2007/03/11(日) 21:11:13 | URL | 北国の人
地方分権
園蔵(すいません旧字体がなくて)さんの番組って、後に多湖章へのインタビュー式人生相談番組になった「多湖章の幸福(しあわせ)ゼミナール」になり、次に多湖さんだけ残って「多湖章ラジオ頭の体操」(ニッポン放送では「ラジオビバリー昼ズ」枠内)になったやつですよね。
 あとオールナイトニッポンですが、そのスタート当初、東海では始まったばかりの「ミッドナイト東海」が大人気で、ニッポン放送はCBCにネットを要請したと聞きます。このためか、オールナイトニッポンは22時枠や「魂のラジオ」を除けば、開始から今までNRN回線を使ったことがありません(各地のラジオ番組表を見れば分かる)。
 ラジオの世界というのはテレビほどネットワークが整備されず(あの田中角栄が調整に失敗したといいます)、ネットワーク組織なんてあってないようなものです。ハッキリいって何でもありです。これは、ひとつはラジオ制作費が安く地方局の拒否権がテレビに比べ強いこと、もう一つは首都圏や京阪神の局数に比べた地域の局数が少なく、厳密に運用するといろいろ不都合が出るからです。ネットではいかにも各回線毎にネットワークが整然としてるようにみえますが、あれは東京中心のファンの妄想です。ラジオではJFN以外は地方分権が生きてますね。
2007/03/12(月) 01:36:54 | URL | かじか
多胡輝さんの番組
ありましたね~。多胡さんの後はたしか北野大さんの「聞いてマル得ゼミナール」という番組だったような。
北海道では、HBCラジオでテレフォン人生相談のあとに放送していました。今は「ドクタードブソンのファミリーコラム」という子育てのアドバイス番組をやっています。ちょっと胡散臭い感じの番組です。(^_^;)
「ミッドナイト東海」は笑福亭鶴瓶さんや兵藤ゆきさんが出ていた番組でしたっけ?
2007/03/12(月) 19:23:13 | URL | 北国の人
ミッドナイト東海
その通り。鶴瓶氏や兵藤氏とかで構成されていた

ちなみにCBCでのローカルと書いた番組のDJの一人はNHKのプリンプリン物語の脇役の声優の一人でもある
2007/03/12(月) 21:32:55 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
ラジオ番組
ラジオ話もなかなか面白いものですね。
ラジオカテゴリも作ろうかな。
2007/03/12(月) 22:35:55 | URL | ごいんきょ
花はおそかった
この歌は単に「恋人の死に直面した男の悲痛な叫び」かと私も思っていましたが、それだけではありません。作詞した星野哲郎氏が、とあるインタビューで話したところによれば、実はもっと奥が深い鎮魂歌だったのだそうです。

1954(S29)年、太平洋はビキニ環礁でアメリカによる水爆実験が行われましたが、その際たまたま附近を航行していた静岡のマグロ漁船「第五福竜丸」が被爆しました。
星野氏が福竜丸の母港にある小学校を訪れた際、黒板に「バカヤロー」と書かれてあった(恐らく乗組員の家族が書いたのだろう)のを見て、この歌を着想したとのことです。
しかし、当初デモテープを聴いた放送関係者は「バカヤローとは乱暴な」と批判的で、そのためにレコードでは最初その部分は外されていたそうです。
とはいえ、テレビ・ラジオでは当初からバカヤロー入りのバージョンが流れており、「なぜレコードには入っていないのか」との問い合わせが殺到、急遽バカヤロー入りのバージョンに差し替えられたとのことです。

あの時代は戦争を引きずって生きていた人も多く、それだけに「愛する人との絆を引き裂く戦争のバカヤロー!!」という思いは今以上に強かったのでしょう。
2010/03/09(火) 02:01:26 | URL | うみがめ
かおりちゃん
 「花はおそかった」のヒットは昭和42年となっているので、私は6歳でした。同じアパートの二階にかおりちゃんという3歳ぐらいの女の子が住んでいて、その子が窓から顔を出すたびに私は庭から「かおりちゃん・・・」と歌っていたらしいです。歌詞の意味も、「病気の見舞いにクロッカスを持って行ったら恋人は死んでしまっていた」というふうに理解していたようです。でも歌詞を最後までは知らなかったらしく、かおりちゃんに「バカヤロー」と叫ばなかったのは幸いでした。
 第五福竜丸が関係していたとは初めて知りました。あの頃は放射能があると言って、雨に濡れることも恐れていたのを思い出しました。「クリスマス・ツリー」とか「遥かなる青い海」とか、ゴジラもそうでしたが、核開発の恐ろしさを訴える映画はたくさんありました。最近はあまり流行らないんでしょうか。
2010/03/09(火) 17:42:22 | URL | あぶもんもん
かおりちゃん?
はじめまして(^-^*)/
懐かしい記事が沢山で嬉しいです

美樹克彦さんは京都の出身で相方が子供の頃遊んでもらったそうです。

ところで♪かおるちゃん~ではなかったかなぁ
2010/03/09(火) 18:55:32 | URL | にゃんぴー
近所にいたのは
>にゃんぴーさん
 レスありがとうございます。
 たまたま近所にかおりちゃんがいたもので・・・私は当時6歳児でしたから、かおるちゃんとかおりちゃんの区別は気にしなかったようです (^^;;
2010/03/10(水) 19:02:36 | URL | あぶもんもん
私は「テイチク」派でした。
『歌のプレゼント』は日曜日の正午からでしたが、私はそのあと(12:30~)の『がむしゃら教室』という番組を見ていました。
ところが、この『がむしゃら…』に、東西のお笑い芸人が出ていたことは覚えているのですが、何故かそれ以上の事が浮かんで来ないのです。トホホ…。

ところで、ごいんきょ様がおっしゃる通り、この頃はレコード会社がそれぞれ自前の歌番組を持っていましたが、私は土曜日の昼にフジ系でオンエアしていた『歌のビッグショー』を毎週のように見ていました。
こちらにはテイチクの歌手が勢ぞろいし、司会は宮尾たか志さんだったと思います。

丁度、矢吹健さんと東京ロマンチカが売り出し中の頃で、『あなたのブルース』や『小樽のひとよ』の歌詞は、この番組を見て覚えたと言っても過言ではありません!
まあ、小学生ごときが覚える歌ではないのですが…。

それから、日曜日の16時台(NET系)に『ミノルフォン・スターパレード』という番組もありました。なぜか覚えているのが、番組スポンサー名で、『太平住宅』という会社でした(ミノルフォンのスポンサー企業でした)。

遠藤実先生の名を冠した「ミノルフォンレコード」は、経営難から徳間グループに買収され、1972年に『徳間音工』として再スタートを切った事は、皆様もご承知のことと存じます。
そのあとの変遷ですが、あまりにも複雑であることと、ここで取り上げる内容ではなさそうなので割愛致します。

おじゃましました。
2010/03/12(金) 00:05:27 | URL | 甚六
実は日テレにも
その名も「歌う王冠」という、クラウンレコード提供の歌番組がありました。平日の夕方からの放送で、番組スポンサーは確か「ライフアップ大丸」(東京本社のデパート。大阪が拠点の大丸とは無関係)でした。
後年、クラウンは日テレと共に「ユニオン映画」という番組プロダクションを立ち上げましたが、実は両社の繋がりはそれ以前からあったのですね。
あと、TBSで日曜の午後から「東芝・歌のプレゼントショー」なんて番組もありましたね。勿論、東芝レコード(現・EMIジャパン)の全面協力でした。
2010/03/13(土) 10:54:40 | URL | うみがめ
昭和の大作詞家逝く
上のほうのコメントにも登場していた、作詞家の星野哲郎氏が亡くなられました。
星野氏といえば、生涯に手がけた作品は4000曲余り、その中でもクラウン専属時代には上記の「花は…」の他にも「函館の女」「三百六十五歩のマーチ」「男はつらいよ」など、今も私達の記憶に残る名曲の数々を紡ぎ出していましたね。彼もまた、クラウンレコード急成長の立役者の1人と言えるでしょう。
2010/11/16(火) 12:38:18 | URL | うみがめ
● うみがめさん
たくさん書いてくれていたのに、返信が遅れて申し訳ないですが。
バカヤローの話は、ちょっとわかりづらいですよね。
恋人への歌になってますし、そういう意図は絶対に伝わらないです。
詩の切っ掛けはともかく、歌は別次元の作品と捉えるべきですかね。

歌う王冠は19時からだったようです。
スポンサーは、最初期が花王石鹸で、後に日本レイヨンとなり、
第2期はピアスが提供してました。
なんとなくワタクシも見ていた気がしますが。
ユニオン映画についてはなるほどという感じです。
マスコミ、特にテレビ業界は伏魔殿で、繋がりも入り組んでいてわかりづらいですね。

星野さんの詩は、元気な日本を象徴していた感じです。
追悼番組スレも立てる予定です。


● あぶさん
そうそう。名前が近いとどうしてもね。
同級生に「かおる」という名の男がおりまして、
名前だけでからかわれる対象なのに、こんな歌が流行っちゃうんだもの(笑)。


● にゃんぴーさん
はじめまして。が遅くなりまして申し訳ないです。
もうご覧でないとは思いますが(苦笑)。
京都の方でしたか。それは感じなかったですがね。
遊んでもらったなんて、凄い贅沢な想い出(笑)。


● 甚六さん
がむしゃら教室ですか。
覚えている人は非常に少ないでしょうから(笑)、貴重な記憶となるところでしたがねえ。
それでも、レコード会社のプロモ歌番組をそんなにご記憶とは素晴らしい。
ミノルフォンに絡んでは、いろいろ有ったんでしょうか。
遠藤先生も、そのためかあまり正当な評価をされていないように感じます。
星影のワルツ、くちなしの花、北国の春、すきま風、夢追い酒…
どれかでレコード大賞を取ってもおかしくない売り上げと楽曲だったのに。
2010/11/23(火) 13:58:41 | URL | ごいんきょ
プロモ歌番組…他にもありました。
日曜日の「レコード会社のプロモ歌番組」が、他にもありました。
TBS系で14:30からオンエアされていた『歌うプレゼントショー』で、
こちらは水原弘、加山雄三、坂本九、黛ジュン、小川知子、そして
ザ・ドリフターズといった「東芝音楽工業」の歌手が登場するもので、
『歌のプレゼント』から2年位遅れてスタートしたと思われます。
ちなみに、「東芝音工」が「東芝EMI」となるのは1973年のことです。

おじゃましました。
2011/07/21(木) 01:12:58 | URL | 甚六
東芝はテレビ主題歌は少なめなんですよね。
その少ないものの発行枚数も少ないのか、プレミア価格が多いし。
テレビマニアとしてはあまり好きなメーカーではないです(笑)。
2011/07/25(月) 23:27:42 | URL | ごいんきょ
avex
テレビ番組ではないですが、この時代のレコード会社主導の歌謡ショーのコンセプトは、今では、avexの夏のライブイベント「a-nation」に受け継がれています。

偶然にも、avexは、創立初期はクラウンレコードに販売を委託していました(現在は自社販売)。
2011/08/05(金) 01:54:19 | URL | 10000k
小室さんに対する救いは、本当に素晴らしかったですね。
小室さんの貢献度、そして何より人間そのものにも拠るんでしょうけど、
それにしてもあれは我が事のように嬉しかった。
小室さんのような立ち位置で、ああまでテレビに協力的にしてくれた人って、あまりいないんですよね。
みんな格好つけて売り上げさえ上がってればいいって感じで。
2011/08/11(木) 22:30:16 | URL | ごいんきょ
>うみがめさん
NTV放送でライフアップ大丸提供の歌番組は「歌謡ヒットアルバム」(1966.9~1968.9 木曜12時~)ではないでしょうか?
2011/11/16(水) 17:36:42 | URL | 鳥飼
ケロリンのCMは昭和30年代から
ごいんきょさんへ

ケロリンのCMは、リメイク版が華やか

ケロリンTVCM
http://www.youtube.com/watch?v=YPFynWzXKUg

なので、新しい印象もあるのですが、作詞:サトウ八チロー、作曲:服部良一、歌:楠トシエ、で、昭和30年代から流れているそうです。
2012/09/01(土) 02:08:31 | URL | (ハンドル未記入)
そうなんですね。
その後ワタクシもメーカー配布シートを入手できましたが、
どう見ても昭和30年代中頃の物でした(笑)。
おっしゃるように楠トシエさん歌唱で、おそらくラジオが主だったんじゃないかな。
2012/09/02(日) 13:33:21 | URL | ごいんきょ
テーマ音楽について
この番組は言うまでもなく梶みきお氏全盛時代のものでしたが、タイトルコールの後にアップテンポのクラシック音楽調?テーマ音楽が流れていたのを鮮明に覚えています。残念ながら音源はないようですが富山では夕方4時過ぎの放送だったので小学校帰宅後に聴いたものでした。
2016/08/09(火) 03:23:33 | URL | tmc1973
うーん、どんな音楽だったんでしょうね。
クラウン歌手東西歌合戦だったかな、レコードになってますが、そこででも使っててくれてるといいんだけど。
2016/08/10(水) 00:12:04 | URL | ごいんきょ
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