私的 昭和テレビ大全集
Google
Web全体から検索 当ブログ内 検索
総計
昨日  本日

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -



なぜなぜダイヤル (1981)

該当番組画像募集

クイズ・ゲーム番組を数多く世に出してきたロート製薬提供枠。
日テレではなんと言っても底ぬけ脱線ゲームが忘れ難いですが、
それは取り敢えず置いておいて、その流れの最後とも言える
この番組をやりたいなと思います。
間にほんものは誰だという番組も有って、
底抜けと本物はわりと有名で見た人も多いでしょうが、
この番組は知っている人は少なそうです。
それ故か、この番組でクイズ・ゲーム路線は途切れるのですが。
内容は、視聴者から葉書で寄せられた疑問の数々に、
芸能人パネラー達が回答するというもの。
但し、自分達の知識だけで回答できるような質問なんて
ほとんど有りませんから、そこでなぜなぜダイヤルとなるわけです。
司会は福留功男で、パネリストでは長門裕之をよく覚えてます。
彼らが、自分であそこに電話してみようとか考えて、
自分で電話し、自分で質問し、回答を得るという番組でした。

当時は、一般家庭はまだ黒電話。
ジーコジーコと回していた、あれです。
0が多い番号とか面倒臭かったなあ(苦笑)。
プッシュホンはもうとっくに世に出ていて、
お金持ちの家では使われていたと思いますが、
ワタクシの周りではほとんど見なかったです(笑)。
3つのボタンで済んだり、9でも0でも瞬時に次を押せたり、
便利で憧れたものですが、この番組はどうだったんだろう。
タイトルからしてダイヤルですけど、
テレビ局でプッシュホンを使ってなかったとは思えないんですが。
キャッチホンすら、もう出てたと思いますね。
通話中でもあとからかかってきた人と話せるというの。
周りに一人だけ使ってたヤツがいて、
どんな感じなのかあれこれ聞いたものです。

そもそもワタクシの子供時代は、電話が無い家もまだ結構ありました。
と言うか、我が家もそうでした(苦笑)。
連絡帳とか電話番号簿には(呼)マーク付で
大家さんちとか近所の家の電話番号が載せられて、
その家の人がワザワザ電話を取り次いでくれるんですよね。
今から考えると凄い事だ(苦笑)。
当時は東京もまだ下水道が完備されておらず、
ドブ川も普通に有りましたし、トイレが水洗じゃない家もザラだった。
もちろん我が家もそうでした(苦笑)。
ドブ川なんて、結構幅が広くて高さも有って、
子供らはその周りで平気で遊んでましたが、これも今じゃ考えられません。
ドラえもんに出てくるような空き地もアチコチにあり、
原っぱと呼んでましたけど、カマキリとかトンボは普通にいたし、
稀にはオニヤンマもいました。
万博後、70年代に入って東京は完璧に都市化されてしまいます。
これら思い出は東京と言っても端っこの話で(笑)、
山の手とか中央部は、もっと以前に完全都市化されていたでしょう。

とまあ脱線はこのくらいにしまして(笑)、
この番組で一番覚えているのは、長門裕之の切り出し。
質問が学術的な事だと専門機関に電話したりするのですが、
そうでない質問も多く、また、いきなり正解では番組も成り立たないので、
まずは自分の知り合いの芸能人に電話するパターンが多かった人です。
そんな時彼は、必ず麻雀の話をするんですね。
芸能界屈指の雀豪、長門裕之。
ワタクシは麻雀も専門誌を読んだりしていましたが、
彼はたしかに玄人肌の達人でした。
萩原聖人なんててんで問題になりません。打ち筋が違う。
で、電話で知人を呼びだしては、「今日は麻雀の話じゃないんだ」
「また今度麻雀やりましょう」など必ず麻雀の話を。
彼の麻雀交友事情を知っているワタクシですらややウザかったのですから、
一般視聴者には全く与り知らぬ話で、ついには新聞の投稿欄で、
長門裕之さんはいつも麻雀の話をしますけど、
僕たち子供も見てるのでやめてくださいという子供の投書が(笑)。
どうせカタブツな親が書かせたんだろうけどね。

で、最初はそんな無駄話もしつつ、どこへ電話すれば良いかというのも
出演者が手探りで考えていく、そこが見所でした。
こういう機関は無いかとか思い浮かべて、調べて電話して、
そこでまたこういう所で聞いてみてはいかがでしょうとか案内され、
正解を得ていくという番組進行でした。
ただ、そうした行き当たりばったりだったので
正解に行き着かなかった場合も多々あったように思います。
また、質問自体が完全な正解の有り得ないタイプのものも多く、
正解をこれだと提示するクイズ番組からは大きく脱却していたと思います。
当時は番号案内も一律10円でしたし、
電話が一人一台になるなんてまったく想像もしていなかったですね。
駅ビルに有った電電公社ショールームでは
テレビ電話のデモが一番目を引いたものでしたが、
そちらの一般化の方がはるかに遅れておりますね。
鼻ほじりながら話せないもんなあ(笑)。
関連記事


◆◆ 関連記事 ◆◆

Loading...

[猫カフェ]futaha



この記事を読んでくださった方へ

この記事を読んだよ~という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
コメント
この記事へ寄せられたコメント
私は70年代後半に小学校時代を送りましたが、都市郊外だったのにまだ(呼)の世帯もありましたよ。あと、私の大学時代(最初の9ヶ月強は昭和)はまだ携帯電話普及前だったので、アパートの共同電話しかなくて呼び出しでした。ピンク電話だったので、長距離電話するときはテレホンカードの使える公衆電話に走ってましたね。
 今の「おもいッきりテレビ」では、「ちょっと聞いてヨ!おもいッきり生電話」で、みのもんたが最初だけ電話機(子機?)を持ち、すぐ置いてしまいます。こういう演出からすると、テレビに出てくる電話なんて飾りなんでしょうねぇ。
 平成になってから「電脳底抜け脱線ゲーム」てのもありましたけど、覚えておられます?

 この番組は見たことないんですけど、なんかかつてのナイトスクープの手法に似てますね。あの番組も、野球拳のルーツを調べるのに、最初にわざわざ阪神の外国人投手を訪ねてますからね。そんなことしても解決せんっちゅーに(笑)。
2007/03/16(金) 14:56:26 | URL | かじか
電話話
大学での下宿はまた別として、70年代末でも呼び出し家庭有りましたか。
東京の端だったワタクシの界隈でも、70年代初頭には、
そういう家はクラスに二三人でした。

電脳底抜け脱線ゲームってのはタイトルすら初耳です(笑)。
もちろん本家は毎週見てましたので、いつかは取り上げるでしょう。

ナイトスクープは実地を尋ねるわけですよね。
エッセンスは似てるかも。
やり方次第で発展性がある企画だと思います。
2007/03/17(土) 05:51:34 | URL | ごいんきょ
ラジオが元
この番組の元となったのは、久米宏氏が担当していたラジオ番組の中の「素朴な疑問」というコーナーではないか、と思います。
その番組自体は直接聴いた事はありませんが、ある雑誌の「誌上再録」で読んだことがあります。確かこれも、関係者に直接電話して、答えを導き出す趣向だったと思います。それをテレビ的にショーアップしたのが「なぜなぜダイヤル」というわけです。
2007/04/11(水) 17:14:33 | URL | うみがめ
はあ
なるほどね。ヒントくらいにはなってるんでしょうか。
しかし、あまりテレビ向けの企画ではないですよね(笑)。
たしかにラジオ向けの企画で、今ならまず通らない番組でしょう(笑)。
2007/04/12(木) 19:10:03 | URL | ごいんきょ
この番組、従前の「ほんものは誰だ!」からの流れで、一応見てました。
回答を得るまでに、いろいろなところに電話をして聞く場面が延々と映し
出されるわけですが、それが何とも間延びしているように感じられたもの
です。多分電話はアポなしでかけていたのでしょうけど。
なかには時々、明らかに見当違いのところに問い合わせをしているケース
もあり、テレビに向かって「オイオイ、それは違うだろう(笑)」とツッコミを
入れたくなることもありましたね。
2007/04/26(木) 16:25:21 | URL | 部隊長
狙い
やっとこの番組を見ていた人が現れてくれましたか(苦笑)。
前番組の本物は誰だは、もうちょっと有名なんでしょうけどね。
見当違いなところにかけたのは、多少盛り上げる為なんでしょうね。
じゃないと見所無い番組だったし(笑)。
2007/04/27(金) 01:01:23 | URL | ごいんきょ
底ぬけ脱線ゲーム
底ぬけ脱線ゲームのスレがなかったので、日テレ、ロート製薬のゲーム番組ということで、ここに書きますが、底ぬけ脱線ゲームが放送された1963年に、横須賀線の脱線事故がありました。

にもかかわらず、普通に放送されていたことが、今考えると、なんか鷹揚だった時代ですね。

今だったら、真っ先に放送自粛か、番組名を変更するでしょうね。
2014/05/01(木) 22:33:44 | URL | 10000k
覚えてますよ‼︎
「なぜなぜダイヤル」覚えてますよ‼︎リアルタイムで見ていました。ロート製薬の一社提供でしたね。「アップダウンクイズ」と同様のロート製薬のオープニングキャッチが流れていたのを思い出しました。
2014/05/02(金) 10:40:38 | URL | マスダっち1971
● 10000kさん
そうそう。
あれも昭和30年代特集の中でやる予定ですよ。


● マスダっち1971さん
やはりロートOPですよね。
中身は覚えてませんか(笑)。
2014/05/07(水) 02:18:52 | URL | ごいんきょ
こちらは
「ほんものは誰だ?」→「推理クイズ 私がほんもの」の流れで見ていました。
ちょうど僕が小学校を出て中学校に入ったのと同時にスタートしただけに、当時の思い出の一つでもあります。
この番組が終わると8時からはこれもそれまでの「紅白歌のベストテン」をリニューアルした「ザ・トップテン」が始まりましたしね。
長門さんのユーモラスな回答振りは、往年の「特ダネ登場」以来でしたが、福留功男さんと大橋恵里子さんのアットホームな司会もあってこその番組でした。
見ていたのは最初の半年で、以後は同年10月からスタートしたフジ系の「いじわるばあさん」を見ていたので、翌年1月に番組が終了したことを知りませんでした。
2014/12/05(金) 00:48:12 | URL | リオ
あれー。トップテン始まってたなんて、そんな最近だったかなあ(笑)。
そう言えばウルトラクイズ以前で福留さんがこの手の番組の司会をしていたのは珍しかったかも。
2014/12/06(土) 06:42:56 | URL | ごいんきょ
トップテンは
「なぜなぜダイヤル」と同じ81年4月6日からのスタートでした。この日はちょうど中学校の入学式で印象的でした。
2014/12/06(土) 12:43:18 | URL | リオ
そうですか。
本当に記憶って当てにならないものだ。
2014/12/06(土) 19:06:10 | URL | ごいんきょ
↑
コメントを投稿する
HP
アドレス:
コメント:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック
↑
レンタルCGI
管理者用
ブログパーツ