私的 昭和テレビ大全集
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ジェスチャー (1953)

該当番組画像募集

さて、只今バラエティーカテゴリー特集中なんですが、
劇中劇ならぬ特集中特集をやろうと思います。思いつきで(笑)。
題して、テレビ笑芸人列伝。
ブラウン管で活躍した忘られぬテレビ芸人を、
時代を追って取り上げていく事で、何か再発見が有る
かもしれないけど、きっと無いでしょう。思いつきだから(笑)。
とにかく、第一回はなんと言ってもこの人に尽きるでしょう。
柳家金語楼であります。

彼がテレビで活躍しだしたのは、正にテレビ誕生と同時。
この代表作ジェスチャーは、NHK開局の僅か半年後に始まりました。
と言うか、更にルーツを遡れば実験放送時代からとなる、
こちらも正に国産テレビバラエティ第一号番組なのであります。
それが延々と続くは続くは。昭和43年まで続きました。
ワタクシは、かろうじて最末期は見ていると思います。
が、内容も単純ですし、ほとんど覚えてはいません。
しかも、この番組と似たようなゲームルールは、
いろんな番組いろんなコーナーで使われましたので、
どうも記憶がゴッチャになっているようです。

このゲームのルールを知らない人は、昭和生まれ、
少なくとも昭和40年代生まれではいないんじゃないでしょうか。
言葉を喋らずに、体だけ使って単文を自軍に理解させるというもの。
女性軍キャプテンが水の江滝子。
そして男性軍キャプテンが金語楼でした。
落語家でありながら… と言うか、落語の芸には
もちろん挙動も入っているわけですが、いずれにせよ
金語楼の動きの可笑しさが、この番組人気の決定的要因と言えましょう。
挙動だけでなく、表情も可笑しかった人ですね。
ジェスチャーなんだから動きだけでいいのに、顔まで作り込む(笑)。

TBSの前身、KRテレビが発足すると、自身の劇団を率いて
おトラさんという漫画の実写ドラマ化に自ら取り組み、
こちらもジェスチャー並の超ロングランとなりました。
バラエティ番組出演から喜劇演出まで縦横無尽に活躍。
後の萩本欽一だの明石家さんまだのといった活躍ぶりの原型は、
既にテレビお笑いスター第一号の彼がやり遂げていたのであります。
発明マニアとしても知られ、12チャンネルでアイデア買います
なんていうマニア好みの番組もやったり、
今日ではあまり振り返られなくなってしまいましたけど、
テレビ黎明期にそぐわぬマルチな活躍ぶりは特筆すべきものが有りました。

この番組に於ける符号も、おそらく金語楼が作ったものが
多いんじゃないでしょうか。
喉を指さして「の」。更に手を叩いて「ので」。
ネクタイ締めると「男」。髪を長くすると「女」。
荷物をずらす動作で「おいといて」となり、
そこまでの文よりも前の文章に戻ってジェスチャーをやり直す、
等々、番組が進むにつれ段々とお約束になったであろう、
数々のジェスチャーも、昭和生まれには共通認識でありましょう。
かの力道山やら野球の別所らが、巨体を可愛く駆使して
ジェスチャーを披露したり、ゲストもなかなか華やかだったようです。
我が父の会社の慰安旅行に連れて行かれた時、幹事の若い兄さんが
このジェスチャーや連想ゲームを企画してました。
勿論そこでも、これら定番ジェスチャーは当たり前のように使われました。
そんな超長期人気番組を取り仕切っていたのが小川宏。
後にフジに移籍して、これまた超長期朝ワイドの
小川宏ショーをやる事になるのは、説明不要でありましょう。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
小川宏さん
小川さんはなおご健在でうれしい限りです。まさに放送界・アナウンサーの重鎮ですね。
2007/03/22(木) 23:46:46 | URL | furata
春の小川
一時鬱病のニュースがあったんで驚きましたけど、完治されたんですね。
小川宏ショーでは、泣きの木島や怒りの小金治に対して、
表情を変えずに静かに進行するとして、
春の小川と呼ばれたものでした。
2007/03/23(金) 00:22:17 | URL | ごいんきょ
『おトラさん』の思い出
我が家にテレビの無い頃、『おトラさん』を隣の家で見せてもらっていました(笑)。
親の仕度が待ちきれず、先に隣の家に上がりこみ、まだ4歳だったので、今度は始まる時間が待ちきれずどうしてもウトウト眠ってしまいました。帰る時間に起こされて、『おトラさん』が終わってしまったことを知り、「どうして、起こしてくれなかったの」と泣き喚いたのを覚えています。
2007/03/23(金) 23:59:50 | URL | モデラート
おトラさん
うーむ。
テレビ博物誌のようなコメント、大変有り難いです(笑)。
隣近所にテレビを見せてもらいに行ってたんですよね、昔は。
ワタクシもさすがに、その文化は実感できません(笑)。

おトラさんは夜9時過ぎですから、4歳児にはたしかにキツイでしょう。
でも、かなり長期続きましたから、その後はご覧ですよね?
それにしても、なぜ4歳児がおトラさんをそこまで見たがったのか(笑)。
やはりジェスチャーで見ていた金語楼さんのドラマという事で気になったんでしょうか。
2007/03/24(土) 00:13:48 | URL | ごいんきょ
ウーム(^^;)
とうとう一番古い部類のこの番組の登場という事で果たしてこれより古いメジャーな娯楽番組が存在したのであろうかという疑問とおトラさん以前に婆さんの女装のコスプレした例が存在したのか知りたくなってきた

ちなみにこの番組のおかげでシャープスターアクション等が生まれたのは言うまでもあるまいが
2007/03/24(土) 11:20:11 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
ラヂオじゃわかんないものね
テレビは「見て」楽しむもの、といいたくて始まったんでしょうなぁ。

確かに柳家金語楼のおじちゃんは見てるだけで、出てくるだけで面白かったもん。バーコードの髪型(?)といい、泣いてるのか笑ってるのかわかんないようなクシャクシャの顔といい。その顔でまた口を思い切りとんがらせてタコの真似をするのが
たまらずおかしかったなぁ。制限時間が来て問題が出来なかったりすると、酔っ払ってたってあんなふうにコケないでしょ、というくらい思いっきり寝転ぶのもお決まりでした。

ターキーこと水の江滝子さんは、宝塚のスターだっただけあってアクションがいちいちカッコイイ。先攻後攻を決めるジャンケンだって気合が入ってました。スカートがほとんどの女性軍で一人ズボン姿(パンツルックとか言わない)でした。

はー、司会は小川さんでしたか。当時はまだお若かったでしょう?よくまあこの曲者たち(失礼)を捌(さば)けましたねぇ。確かに灰汁の強いキャラではありませんでしたが、時々親父ギャグというか駄ジャレも飛ばす面白いおじさんだったと記憶してます。
2007/03/24(土) 13:11:30 | URL | オンデン1970
ターキー
● ガッツさん
この番組は実験放送時代からやっているので、最古のバラエティとなります。
本文に書いてますが(笑)。
お婆ちゃん役を男がやるのは、テレビでは間違いなく金語楼さんが元祖でしょう。
映画で前例が有ったかどうかは知りません。
スターアクションも有りましたね。
それ始め、全ての類似番組・コーナーで、この番組から生まれた
定番ジェスチャーは踏襲され続けましたね。


● オンデンさん
おそらく元ネタはアメリカに有ったんでしょうか。
テレビ時代の到来を最も分かり易く知らしめる企画ですよね。

金語楼さんのタコは定番ですね。
ターキー、昔はカッコ良かったんですよね。
ワタクシは、女の60分とロス疑惑報道の記憶がキョーレツで(笑)。
小川さんは印象薄かったですか。
ダジャレ言ってました? イメージじゃありませんが。
ダジャレを言うのは誰じゃとか言う小川さん、嫌です(笑)。
2007/03/25(日) 07:02:38 | URL | ごいんきょ
お兄ちゃん
『おトラさん』は観る事が出来なかった記憶はあるのに、その後観た記憶が全くありません(変)。

『ジェスチャー』では、ターキーさんが金語楼さんのことを「お兄ちゃん」と呼んでませんでしたか。
問題文が書いてあるフリップの漫画も印象的でした。ちょっと大人っぽい漫画でしたが・・。
2007/03/25(日) 13:12:35 | URL | モデラート
小川宏の後の司会者って誰ですかね・・・?
この番組、黎明期はかのNHKのスターアナウンサー・高橋圭三もごく短期間ですが司会をやってそうですよ。
ただ、毎週高橋圭三、というわけではなく、もう一人のアナウンサー(青木一雄だったかな・・・)と隔週交代での司会だったとか。

ところで小川宏がNHK退社後のこの番組の司会者って誰だったんでしょうね・・・?資料とか見てもどうも、小川宏が4代目で10年間健闘、という趣旨の記述しか司会者に関してはなく、後継が誰だったのかについては全くといっていいほど詳細な記録がない・・・。それぐらいに小川宏の司会、というイメージが、この番組を幼少期に見ていた放送作家やテレビ雑誌の編集者たちにはこびり付いちゃってるんでしょうね・・・。
2007/03/25(日) 19:52:35 | URL | blue
似てるかな?
ごいんきょさん。
 そうですね、確かに私が小川さんのことをまじめそうなのに割りと面白いこと言う人だなぁと思ったのは後年の小川宏ショーの頃からですね。それで鬱病を告白されたのを聞いて驚いたんです。

で、さっき思い出したことがあって忘れないうちに書いておきますね。
ロカビリー歌手の山下敬二郎さんは柳家金語楼さんの息子さんでしたね。この前シャボン玉ホリデーのドラマでやってたかな?
2007/03/25(日) 20:45:32 | URL | オンデン1970
山敬
● モデラートさん
おトラさん、結局見なかったんですか(苦笑)。
お兄ちゃんって言ってたかもしれませんね、ターキー。
フリップには問題文の他に、それに合わせた面白い絵が描いてありました。
後ほど気が向いたらBBSの方にでもアップしようと思いますが、
スキャナの調子が非常に悪いので、気が向かないでしょう(笑)。


● blueさん
ウィキペディアには5人ほど書かれていますね。
出典もわからないので鵜呑みには出来ませんが、きっと合ってるんでしょう。
ワタクシは、小川さん以外がやっていたなんて全く知りませんでした。
圭三さんがやっていたというのも意外ですが、考えてみれば有り得る話ではあります。


● オンデンさん
小川宏ショーでにせよダジャレ言ってましたっけ?
にしても、そんなのはごくたまの話だったと思うんですが。
あの当時の朝ワイドのアナウンサーは皆お堅い感じだったんですが、
それがまた、朝の雰囲気に合ってたと思うんですけどね。

まあ昭和30年代生まれには有名な話ですよね、ヤマケイさん(笑)。
たしかヤマケイさんの異母弟になると思いましたが、
大正テレビ寄席のプロデューサー、山下武さんも息子さんですよ。
テレビ寄席も今回のシリーズでやりたいんですが、
なにしろかなりのパワーを書き上げに要しそうなんで、
どうしようか今から悩んでます(苦笑)。
もしやれば、その際に山下Pの話も書くと思いますが。
2007/03/25(日) 21:51:17 | URL | ごいんきょ
楽しみでした。
しっかり記憶にあります。
特に印象に残っているのは、金語楼さんの女性のまねと、必死のジェスチャーで正解が出た時と外れた時の表情です。
2007/03/26(月) 15:33:30 | URL | chanan
女性ジェスチャー
ナヨッとした感じになるわけですよね。
表情はそれだけで芸になっている人でした。
2007/03/26(月) 19:18:54 | URL | ごいんきょ
柳家金語楼さん
なんといっても金語楼さんが真っ先に浮かびます。
笑いが健全だった時代でしたね。
2009/03/12(木) 13:50:32 | URL | 緑のおばさん
ジェスチャーと言えば金語楼さんって事ですね。
2009/03/25(水) 03:57:09 | URL | ごいんきょ
ターキー追悼と「みいつけた」
まずはおくやみ申し上げよう

そしてタイトルの通り「みいつけた」について説明するとこれは教育テレビの今年度から始まった幼児向けの番組名で擬人化した椅子が主役のものなのだがそこでこの前「ジェスチャーゲーム」という語が「真似っこ」等に置き換えられる事無く使われていたのでこの言葉に対してのこだわりや誇りさえ感じたっけかな

下手すると曾祖父ぐらいの年代しか知り得なそうな言葉でなかろうか
2009/11/21(土) 14:42:52 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
水の江滝子さんがお亡くなりになった時ですね。
返信が遅れて台無しになってますが(苦笑)。

曾祖父は大袈裟でしょ(笑)。
2013/12/08(日) 21:42:31 | URL | ごいんきょ
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