私的 昭和テレビ大全集
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8時だョ!出発進行 (1971)

該当番組画像募集

さて、西の大村崑に続けては、東のクレージーキャッツをば。
と思うも、彼らが世に出る切っ掛けとなったおとなの漫画も、
大ブレイクとなったシャボン玉ホリデーも、共に既述。
という事で、今回は彼らの最後を飾ったと言えるこの番組にしました。
昭和28年スタートのテレビ放送。
しかし大村崑、クレージーキャッツらが出てくるのは昭和34年前後で、
5年ほどの猶予を必要としました。
この間、テレビを賑わしたお笑いは、既成の落語・漫才など、
いわゆる寄席芸人がその役割を担っており、
テレビお笑いスター第一号の金語楼にしても、異端とは言え
テレビ誕生前から活躍していた落語家でありました。
従って、純粋テレビ笑芸人第一世代と言えるのは、
昭和33~36年頃に出た大村崑、クレージー、藤田まことらでしょう。
なぜ彼らが出てくるまでそれだけの時間がかかったか。
答えはひとえに、テレビ普及に時間がかかったからという事です。
昭和34年の現天皇・時の皇太子ご成婚パレードを契機として
テレビ普及に拍車がかかったのは有名な事ですが、
昭和34年は、フジテレビやテレビ朝日の開局の年でもあり、
テレビを見る人も増えたし、番組も増えたという事になります。
そうした下地が出来上がり、テレビで活躍して世に認められる、
テレビタレントという存在が、この頃から闊歩し始めるという事です。

おとなの漫画やシャボン玉ホリデーで、「喜劇」とはまた肌合いの違う
短めの「コント」を駆使した彼らは、初のコントグループとなりますか。
テレビでのコント、そして歌、更には映画と大活躍だった彼らも、
昭和40年代に入るとさすがに翳りが出てきて、
メンバー揃っての活動というのはほとんど無い状態になりました。
替わりに出てきたのが、弟分のザ・ドリフターズ。
TBS8時だヨ!全員集合を、視聴率40%超の怪物番組に育て、
我が世の春を謳歌していたドリフとプロデューサーの居作昌果は、
昭和45年、渡辺プロから驚愕の通知を受けて狼狽する事になります。
それほどの大ヒット番組を一プロダクションが中断を決め、
替わりに半年だけクレージーを使って番組を作って欲しいという、
TBS編成をまったく蔑ろにした「決定」を、ナベプロが通知。
その理由は、クレージーにもう一花という事だったんでしょう。
全員集合の枠をそれだけ大ヒットさせたんだから、半年くらい
言う事を聞いてくれという事だったんでしょうが、
局側にしてみれば、こちらは使ってやってるんだという話で、
この申し出に対する対処決定にはTBS社内でかなりの悶着が有ったと、
当の居作が著書で述べております。
結局、居作の判断でナベプロの意向を尊重し、半年だけという前提で
この8時だヨ!出発進行はスタートしたのでした。

実際、見ている方としてもこの番組は本当に不思議だった。
当時、全員集合は押しも押されもせぬ大ヒット番組で、
その終了が本当に唐突で違和感ありましたし、
更にはたった半年で、また前と同じ全員集合が、
何も無かったように再スタートしたのですから、
キツネにつままれたような感じだったです。
じゃあ内容はどうだったかというと、ほとんど覚えてません(苦笑)。
ただ、布施明が歌手なのにやたら頑張っていた記憶が有るだけで、
あとはそれほど印象に残っているシーンは有りません。
と言うのは、ドリフのウンコチンチンだの1234やったぜカトちゃん
だのに該当するような、一発ギャグの秀逸なものが無かったんでしょう。
全盛期はガチョーンやオヨビでない?などで一世を風靡した
あのクレージーキャッツも、それだけ衰えていたのかもしれません。
ただ、つまらなくはなかったです。
全員集合とあまり変わらない感覚でワタクシは見ていました。
それなりに楽しく見ていたので、たった半年で終了して、
また全員集合が始まったのに、キツネにつままれた感じだったのです。

第一回では、なんとドリフが応援出演し、クレージーとドリフの
豪華共演コントが実現していたようですが、覚えていません(苦笑)。
ただ、そんな貴重な回をVTRで残していないとしたら、
それはあまりに勿体なかったなと思いますね。
他に、いしだあゆみの妹である、いしだゆりというタレントが、
引退の挨拶をこの番組でした事があるとも言いますが、
それも覚えていませんし、そもそも、いしだゆりも知りません(苦笑)。
布施明の頑張りが妙に記憶に残っていますが、
彼は再開した全員集合で、「帰らせていただきます」という
大ヒットギャグを生み出す事になります。
その下地は、この番組での奮闘によって形成されたという事ですね。
結局は、テレビ笑芸人第一世代であり、コントグループ第一世代である
彼らクレージーキャッツの、第二世代ドリフへの王座禅譲式。
それが、この全員集合→出発進行→全員集合という
視聴者には奇異な編成の実像だったと言えるように思います。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
いしだゆりさん
がデビューしたのは覚えているのですが、気がついたらなかにし礼さんの奥様になっていたので、あら?いつ歌手を辞めたのかな?って疑問に思っていた時期がありました(笑)。
今日のこちらの記事で番組中に引退の挨拶があったと分かり、納得(笑)しました。
それにしてもぼんやりした疑問がある日突然にパッと晴れる・・不思議さ、楽しさ。
2007/03/25(日) 09:49:04 | URL | モデラート
なかにし礼夫人
いしだゆりさんって覚えてないんですよねぇ。
あゆみさんの方は勿論、ブルーライトヨコハマ、あなたならどうする等の
筒見京平路線で大活躍した当時からはリアルで見てますけど、
妹さんがデビューしてたなんてまったく知りませんでした。
大体、後から出てくる兄弟タレントはポシャリますね(苦笑)。
なかにし礼さんの奥さんというのも初耳でした。
2007/03/25(日) 10:58:57 | URL | ごいんきょ
クレージキャッツ最後の花道?
当時の拙は小学校4年生。

それまでコント55号に夢中だった拙がドリフターズのおもしろさに気づき始めた頃。ところが何故か「全員集合」に替わっての「出発進行」にとても違和感を感じてました。ところがわずか半年だけの放映。その謎がこれまでずっと引っかかってたんですが・・・。なるほど、その裏にそんな事情があったんですねぇ。

無論、「シャボン玉ホリデー」や「ゲバゲバ90分」でクレージーキャッツの面白さは嫌というほど思い知らされた世代なのですが、拙と同じ小学生たちを前にした公開番組でのクレージーのギャグには、もう新鮮さがありませんでしたね。ドリフターズと比べて古臭さを感じました。

ドリフターズがクレージーキャッツに引導を渡したのがこの71年だったというわけなんですねぇ。
2007/03/25(日) 21:03:56 | URL | 路傍の石
餅は餅屋
やはりあの編成の流れに違和感感じてましたか(笑)。
ドリフは入れ替わりに日テレでレギュラーを持ったのですが、
そちらは勿論、全員集合のようなヒット番組にはならず、
クレージーの方も、ガキ相手の公開コントでは踏んできた舞台が違い、
それぞれがちぐはくな展開をしていたように思います。
最初からの半年という約束にせよ、渡辺晋氏が心の奥底で何を考えていたのかは、
今となっては誰にもわからない事でしょうか。
2007/03/25(日) 21:58:47 | URL | ごいんきょ
覚えています
第一回をよく覚えています。ドリフが出るので見ましたが、二回目からはたまにのぞく程度になりました。おっしゃる通り本当に違和感がありました。
石田ゆりさんもよく覚えています。なかにし礼さんとたちまち結婚したので、美人はさっさといい男の所へ行っちゃうんだなと思ったものです。
布施明と言えば「S.Hは恋のイニシャル」ですね。再放送みたいな。
2007/03/26(月) 10:40:33 | URL | furata
クレージー&ドリフ
いやあ、豪華第一回を覚えているなんて羨ましい。
何か記憶に残っている場面は有りませんかね。
いあゆみさんは若い頃は本当にフランス人形のような綺麗さでしたけど、
妹さんもそうだったんでしょうか。
S.Hは恋のイニシャル、CSでもなかなか出てこないですね。
2007/03/26(月) 19:03:11 | URL | ごいんきょ
植木等さんが
…訃報にふれ、ショックです。
ドリフの当時のギャグは、子どもなりに面白かったんだけど、大人になってたからクレイジーキャッツの昔の映画とか歌を聞くと、そっちの方がなんなく安心して笑えるような気がしました。
ピンと背筋の伸びた植木等の歌い方も好きでした。
ある意味、グループでもピンでも、幅広い年代の心を掴んでいた点では、今のスマップとかTOKIO(個人的にはファンではないけど)なんぞにつながるところはあるのかも。
2007/03/27(火) 21:00:40 | URL | 桃
うーん…
植木等さんというタイトルのコメントが並んでいたんで、
まさかと思って開けるのが恐かったんですが…

困りましたね、これは。
死なんて縁がない人だと、子供の頃から感じさせてくれていた人だけに。
2007/03/27(火) 23:42:17 | URL | ごいんきょ
バトンタッチ
当時「全員集合」ファンだった私は、同番組が終わる事を知って大ショック。でも「出発進行」の第1回目を見た時にドリフが出ていて、「な~んだ、(後番組に)ドリフも出るんじゃん」と一安心。だけどドリフが出たのはそれ一度だけ。そういえば「全員集合」の最終回OPで長さんが「8時だョ!」と言ったら、脇からクレージーがワーッ!と出て来て「出発進行!」と叫んでいました。それに対し長さんが「あなたたちは来週からだ。1週早い!」みたいな事を言っていたんですが、いま思えば2本録りで、スムーズなバトンタッチの為の相互出演だったんでしょうね。
2007/05/20(日) 21:57:01 | URL | 石毛零号
あらあ。これは貴重なお話を。
ドリフの第一次最終回でそんなやり取りが有ったんですか。
不二家枠の藤子モノでもそんなの有ったし、
TBSってそういう演出が好きだったんですね。
2007/05/21(月) 07:18:51 | URL | ごいんきょ
「出発進行」第一回
第1回のメインコントは「ジャングル探検隊」モノだったと記憶しています。ドリフのメンバーは原住民(当時の表現では土人)の役でした。
2007/05/21(月) 21:25:17 | URL | 石毛零号
ジャングル探検モノも多かったですね。
ドリフ最終回ではクレージーもゲスト出演したのかな?
2007/05/22(火) 07:00:36 | URL | ごいんきょ
出発進行とクレージー
69年近くなるとだんだん植木等さん本人にも大ブレイクしていた59~68年の頃の元気はあまりなく「もういい加減にやめたい」と思っているようにも思える。確かにあの頃のパワフルさでいけば結構人気は出たと思う。
ドリフとクレージーの合同コントは是非見たいのでDVD化を望みますね。『出発進行』は!
2008/02/21(木) 07:04:44 | URL | いっつあん
そこら辺はどうなんでしょうね。
植木さん本人は特に変わってなかったのかもしれず、
見ている方が慣れてしまったのかもしれませんしね。
ギャグ、お笑いが長い寿命を得るのって、そもそもかなり難しいと思うんですよ。

出発進行は基本的に現存していないそうです。
ハナさんが個人的に録画してるのが幾つかあるだけらしいですが、
ドリフトの共演は残ってるのかなあ。
2008/02/22(金) 06:50:33 | URL | ごいんきょ
面白くなかったけど見てました。ドリフの休養のため(病気? 海外ロケ?)だとか、いくつか噂があったと思います。
番組の始めに、クレージーの面々が客席の後ろの方から登場して、谷啓が客席の子供に一つ質問していたような覚えがあります。
水着って何? 1番 泳ぐとき着るもの 2番 ゲゲゲの鬼太郎の作者 3番 (忘れました)
こんな感じで。面白くないですよね。
2008/02/22(金) 20:53:48 | URL | あぶもんもん
あー、なんかそんなようなOPだった気も。
あまり面白くないですね(笑)。
2008/02/23(土) 04:11:59 | URL | ごいんきょ
布施明の帰らせていただきます
端正な顔をした布施明が詰襟の学生服に太い黒ぶちの丸メガネをして出てきて、ドリフの長さんの質問に爽やかに応対。
しかし気に障る事を言われると突然「帰らせていただきます」とクルッと踵を返して去ろうとする。
その瞬間、長さんに腕を掴まれてサッと元の姿勢に戻る。
また何事もなかったかのように話し出すもののまた何かが気に障り「帰らせていただきます」をやる。
この繰り返しが可笑しくてやたらと爆笑していたことを思い出しますねえ。
一見コントなんてやらなさそうな二枚目でもこの手があったか、と子供ながらに妙に感心したことも。
2009/01/24(土) 02:30:18 | URL | まんずまんず
「帰らせていただきます」、ウケましたねえ。
布施さんはそれ以外でもコント上手かったです。
ナベプロのタレントは伝統的に芸達者が多かったですね。
歌が上手い人って、他の芸の吸収も早い気がします。
「帰らせていただきます」については、当時コンサートで布施さんが舞台に出た時に、
観客から「帰れ」コールが起きたという逸話が有りますね。
怒った布施さんが楽屋に戻ったら、関係者がこうなだめたと言います。
「違うよ、布施。あれはお前に『帰らせて戴きます』をやって欲しいんだよ」。
2009/01/24(土) 07:11:03 | URL | ごいんきょ
オープニングテーマ
今はなんとか~
と、いう歌がオープニングテーマ
だったよね。
ドンパン節がエンディングテーマ
でしたよね、確か。

帰らせていただきますは
全員集合じゃないんですか。  
2009/01/26(月) 02:11:07 | URL | 梅吉
ドンパン節ありましたねー!
いやー、次々と埋もれていた記憶が掘り起こされる(笑)。

帰らせていただきますは全員集合ですよね。
本文で少し触れているのでコメントくれたんでしょう。
2009/01/26(月) 07:24:56 | URL | ごいんきょ
植木等ショーについて語りたい
8時だよ出発進行は、クレージーもあまり乗ってなかったように思います。というのも、クレージーはジャズメン出身で、粋でお洒落な大人のグループです。子供相手のドリフとは性格が根本的に違うので、ドリフの枠の後にクレージーを持ってきても、見ている子供の方は違和感があるし、やってるクレージーはなおさら、なんで?という感じでしょう。
シャボン玉ホリデーのようなロマンチックでお洒落な番組でこそ、クレージーの本領が発揮できます。もう一つあげれば、昭和42~43年にTBSで放送された「植木等ショー」は最高です。豪華なゲストとともに植木等さんのエンターテイナーとしての魅力が爆発しています。これぞ、まさに大人のショー番組です。TBSには、ほとんどのフィルムが残っているようで、植木さんの追悼記念番組でも少し紹介されていました。是非、この番組について語りたいので、新しく「植木等ショー」の項目を作って下さい。お願いします。
2009/01/30(金) 12:50:49 | URL | 喜劇ファン
ドリフターズとクレージーキャッツ
でも、生みの親の居作昌果さん  
いかりや長さんは
全員集合は子ども向けに
作った番組ではないと
言ってましたけどね。
だめだこりゃと、いう本や
8時だヨ全員集合伝説で
述べてましたけど。

クレージーは大人が楽しめる笑い
大人の雰囲気ぷんぷん漂わせる
グループでしたよね。
お呼びでない、ガチョーン
あっとおどろくタメゴローなど 
大いに笑えますもん、今も。
まあ、両方とも
子どもでも大人でも楽しめた
コメディグループであることには
違いないですが。 
  
2009/01/31(土) 01:05:51 | URL | 梅吉
● 喜劇ファンさん
植木等ショーについては既述ですよ。
最上部の検索窓をご利用下さい。

● 梅吉さん
うんこちんちんが大人向けかなあ(苦笑)。
2009/01/31(土) 13:03:49 | URL | ごいんきょ
OP「汽車」
見てました。見てましたがやはり記憶が・・・
♪今は土曜の8時です~、しか覚えてないのが残念です。
でも、蒸気機関車の形をした大きな笛を、
ポッポーと吹いていた映像だけは浮かんできます。

以下、Youtube動画からの耳コピ

「8時だョ!」「出発、進行!」

今は土曜の8時です TVの前に集まろう
○○するのはクレイジー 全員出発進行だ

これから始まる1時間 ゲストは素敵な私たち
今日もバッチリ決めて行こう みんな仲良く頑張ろう

遠くで見ているあなたにも 近くで見ているあなたにも
笑いと歌を届けます 一緒に楽しく過ごしましょう

・・・あれこれ合いの手が入ってましたが省略。
○○の部分は、応援?公演?そんな感じ。
2010/09/11(土) 16:54:24 | URL | 通りすがり
谷さんも
天国に召されましたね。残るは,桜井氏と犬塚氏,長生きしてね!
皆さんと同感,あまりおもしろくなかったですね。始まりは,全員集合のときには,白文字で「員」の下部が「足」になってましたでしょ。出発進行のときには,蒸気機関車が「出発進行」をけん引きしてくるのね。同じような始まりだったけど,1,2回見て,裏番組に走ったな。正月にナベプロ中心で「かくしげい大会」やってたでしょ,東軍,西軍ってやつ,あれの実写版みたいなのをこの番組の前半でやってたようだったなぁ。
2010/09/13(月) 10:11:42 | URL | いくちゃん
谷啓さんも ツインテールと戯れてた
先日谷啓さんも鬼籍に入られて寂しいかぎりです。 出発進行はドリフじゃなかったけど楽しんでみていました。 植木等、ハナ輩じゃあギャグやらへんやろうなと覚悟してみてました。 当時「帰って来たウルトラマン」放映中だったのでグドンとツインテールの着ぐるみが登場した回があり植木さんが「よしツインテール頼むぞ」とか言ってけしかけてるのをみて「大人なのにちゃんと怪獣名を知ってる!」と感激しました。
2010/09/15(水) 14:31:54 | URL | やまむら(ワンボタンの声)
● 通りすがりさん
YouTubeチェックしました。
しかし、あんなOPだったというのはまったくピンと来ません。
EDのドンパン節はよく覚えてますけどね。
ハナさんが大声でドーンドーンパンパンドンパーンパンってやってて、
ワタクシにとってドンパン節は、ハナさんの歌です(笑)。


● いくちゃんちゃん
谷さん、とても残念です。そのうち追悼番組記事やります。
ワタクシはそこそこ面白く見ておりました。
まだ「チョットだけよ」の前ですし、ドリフの方が良かったとまでは思わなかったですね。
OPの汽車はなんとなく覚えてます。


● やまむらさん
谷さんは本当に残念ですね。
ワタクシも割と楽しんでました。
ツインテールの事、なんとなく覚えてます。
ワタクシも、名前知ってるんだと意外に思ったような。
台本にあったんでしょうけどね(笑)。
2010/09/19(日) 09:24:18 | URL | ごいんきょ
長年の疑問、 すっきりしました
この出発進行の頃って自分は小学生でした、確かに ドリフ→クレージー→ドリフの流れは不自然でよく覚えています。 大人になってこの話をすると知らない人が結構いて、あれ?記憶違いかなとさびしい思いしておりました。 後不思議なのはテレビの中でこの番組の話題はほとんど出てこなかったこと。 ある種タブー(ちょっとだけヨ、ではありません)化されていたのかな? クレイジーのおじ様たちもそこそこがんばっていた気がします、でもドリフ
の復活がひとしおうれしかった記憶もあり、やはりあの期間は子供たちにとって失われた半年みたいな感じだったのかと。
2010/12/11(土) 10:23:38 | URL | mac
ですよね。
まず全員集合から出発進行になったのは、べつに不思議にも思わなかったのですが、
すぐにまた全員集合に戻った事により、ちょっと普通の状態ではない感じがしました。
出発進行はおそらく記憶に埋もれている人が多いでしょう。
全員集合が真の怪物番組となるのは、その後の「チョットだけよ」以降だと思いますし。
2010/12/13(月) 01:58:54 | URL | ごいんきょ
石田ゆりさん
NHKの朝ドラで「てるてる家族」てありましたよね?あれで石原さとみ演じる主人公が石田ゆりさんがモデルと言われています。
2014/02/09(日) 18:22:56 | URL | ろみたん
なかにし礼さんが、妻であるゆりさんを題材に書いたという話ですね。
お姉さんとは違い、連れ合いには恵まれたのかも(笑)。
2014/02/10(月) 01:42:18 | URL | ごいんきょ
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