私的 昭和テレビ大全集
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キックボクシング (1968)

該当番組画像募集

バラエティカテゴリ特集内特集
昭和テレビ芸人列伝中特別企画
植木等ショーを終えたところですが、
この辺で一旦バラエティカテゴリ特集は中断させて戴き、
スポーツカテゴリに移らせて戴こうと思います。
気分で(笑)。
あと、そろそろセパ両リーグ開幕っつ事もありますが。
バラエティ特集も結構な期間になってますのでね。
ここいらで一旦ブレイクを入れて、またしばらくしたら、
昭和40年代を湧かせた芸人と、その出演番組を語っていこうと思ってます。
で、スポーツ番組の最初なんですけど、キックボクシングです。
気分で(笑)。


「キック、ボクシン!」

タッタラタラタラ タッタラタラタラ タッタラタッタッタ
タカラタ タッタッタッタ タータララッタッター
タッタッタッタ タータララッタッター
タータータタタータ タータータタタータ
タータータタタータ タカタカタン パカパッパ
ターカーターカー タカタカタン
パパパー パパパー パパパパパ パカパッパ
パーパーパーパー パパパパパーパー
パパパー パパパー チャカツカチャン


大体わかりますよね。
誰が読んでも何処から見ても、TBSスポーツテーマです(笑)。
アナウンサーの「キック、ボクシン!」という雄叫びで始まり、
『キックボクシング』という、そのままのタイトル表記でスーパーされ、
昭和時代は全てのスポーツ中継で使われていたこのテーマをバックに、
過去の試合のストライクシーンを切り繋げた映像が流されるオープニング。
この記憶は後番組のクイズ100人に聞きましたが始まる少し前ですが、
沢村忠全盛期はどうだったんでしょうか。
とまあ書いてしまいましたが、あの沢村忠が大活躍した番組なんですよね。

でもワタクシ、全盛期の沢村の試合を一度も見ませんでした。
我が父はプロレスやボクシングは大好きだったのに、
なぜなんだろう?と思って裏番組を考えてみたら、
魔法使いサリーだのひみつのアッコちゃん、のらくろなど、
強力なアニメが裏に犇めいていたんですね。
そらワタクシ、そっち見てました(苦笑)。
それは同世代の人間、大体そんな感じなんだろうと思います。
ただ、沢村の半生をアニメ化した『キックの鬼』というのも有って、
こちらの方は見ていた奴も同級でけっこう多かったです。
が、ワタクシはそちらの方もリアルタイムでは見ていない(苦笑)。
赤白パネルマッチ見てましたねー。

そんなワケで沢村の活躍は当時は見ていないのですが、
後にビデオでは見ております。
必殺の真空跳び膝蹴り。凄いですよね。
ワタクシはスタン・ハンセンのウエスタン・ラリアートの方が
説得力を感じましたけど(笑)、力道山の空手チョップとかのように、
それを出せば試合が決まる、本当に必殺技だったわけですよね。
しかし沢村は顔も良く、アニメ主題歌の歌声もシブく、
たしかにスター要素は有りました。
1970年前後は空前のキックボクシングブームとなりますが、
彼の存在と真空跳び膝蹴りが無ければ、それは有り得なかったでしょう。
そういう意味では、アニメ化も含めて、プロモーションの見事さは光ります。

ただ残念ながら、沢村以外のスターが何故か出なかった。
本家TBSでのヒットを受けて、日テレや12チャンも後追いしましたが、
どちらも上手く行かず早々に撤退。
TBSも沢村引退後は青息吐息で続行してました。
ワタクシがようやく見だしたのは、そんな時期です。
だから選手名とか全く覚えてません(苦笑)。
やはりタイの選手、ムエタイの二流三流選手なんでしょうが、
と、日本人との対戦が多かったように思います。
当時はプロレスも日本人と外人レスラーの対戦ばかりでした。
まだまだ戦中派が多かったのです(笑)。
肝心の内容ですけど、ワタクシはボクシングの方が
スピーディで迫力有るように、当時は感じました。
世界タイトルマッチと毎週の中継を比べちゃいけないんだけど(笑)。

この番組の提供は、なんと言ってもYKKという事になります。
たしかOPが終わってすぐの第1CMもYKKだったと思います。
それが後番組のクイズ100人に聞きましたへと繋がるのですが、
沢村全盛時代はYKKはスポンサーではなくて、
ゼネラル、丹頂、ヤマハ発動機などがやっておりました。
丹頂というと、丁度ウーン、マンダムの頃ですね。
ゼネラルは、ゼネラルミンミンとか有りました。
名前だけはCMソングで覚えてますが、どんな製品かは知りません(笑)。
それからブリジストンサイクル、ネッスル日本、そしてYKKの時代に。
100人に聞きましたに残ったのは三社のうちYKKだけでした。
ずっと後年になって、K-1という形でようやく光を浴びたキック。
こちらの方は、試合にもよりますけど、当時とは比べものにならない迫力で、
ブームになったのもむべなるかなでした。
しかしそれは仕方の無い話で、ファイトマネーの桁が違いますもんね。
日本の格闘技興業に革命をもたらした石井和義ならではのキック再興でした。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
月曜7時のYKK
現在の「東京フレンドパーク」まで30年近くもこの時間の提供であるということはやはりすごいこと………
なのでしょうね。

TBSでは、これと、日曜7時の「からくりTV」の武田薬品、日曜5時半の「報道特集」の吉野石膏の提供に昭和の匂いを感じさせます。

こんなネタですみません。
何しろ「キックボクシング」はオープニングとYKKの提供しか覚えていないものですから………
2007/03/30(金) 00:27:44 | URL | yig
ホントホント
その後のブラザーや松下のと合わせるかの如くのアニメかドラマというのも有りえたかも

ちなみにブラザーというのはその名の通り兄弟で始めた企業で本社は今も名古屋にある
2007/03/30(金) 22:45:28 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
お勧めしまーすいい物を
● yigさん
YKKは35年くらいになりますよ、その枠。
と言うか、今でもなんですね。

● ガッツさん
YKK(他)→ブラザー→ナショナル
という月曜TBSでしたね。
ブラザーはご当地でしたか。兄弟で始めたからなんだ。
ガキの頃はブラザーのテーマを替え歌してましたよね(笑)。
2007/03/31(土) 00:42:58 | URL | ごいんきょ
タイ
 私が覚えているのは試合の前にヘンな音楽がかかって選手がそれに合わせてヘンな踊りをしてたことですね。でも後で聞いたら神様に祈りをささげるタイの真剣で神聖な儀式と言うことでした。ヘンとかいってスミマセンでした。
 あとは「キックの鬼」の記憶とゴチャです。アニメなのに実写の沢村さんも出ましたよね。
2007/03/31(土) 11:01:49 | URL | オンデン1970
キック魂(ガッツ)
キックボクシング中継、月曜夜7時から見ていました。
しかし、スポンサーがファスナーのYKK吉田工業だったことはわすれていました。(プロレス中継が三菱ダイヤモンドアワーで三菱電機だったことはよく覚えていますが)
リングアナウンサーがタキシードに蝶ネクタイの落語家柳家かえる(現在の鈴々舎馬風)、解説がベレー帽に黒ぶち眼鏡の直木賞作家寺内大吉でした。
そして、最初はタイ人ボクサーに苦戦しながらも、最後は必殺技が炸裂してKO勝ちをするという力道山以来の伝統的な勝ちっぷりに国民的ヒーローとなりました。沢村忠につけられたキャッチフレーズが「空飛ぶ人間爆弾」、必殺技が「真空飛び膝蹴り」。本名 白羽秀樹が沢村忠とリングネームをつけたのは、ムエタイに挑んだ極真空手の猛者、中村忠と大沢昇からそれぞれ文字を取ったいうことです。
この人気に目をつけた少年画報社が、昭和44年に原作を「巨人の星」の梶原一騎に依頼して沢村忠を主人公にした実録風の漫画を月刊誌の「少年画報」と週刊誌の「少年キング」の2誌に同時連載をしました。私は、当時「少年キング」を購読していましたので、南波健二が描いた「キック魂(ガッツ)」の方を読んでいました(昨年、マンガショップから上下2冊で復刻されました)。しかし、昭和45年2月から梶原一騎の原作を東映がアニメ化したのが「キックの鬼」だったために、知名度では少年画報版の「キックの鬼」(絵はやはり梶原一騎原作の「ボディガード牙」や「四角いジャングル」を描くことになる中条健太郎)のほうが有名になりました。
2007/03/31(土) 11:53:02 | URL | 漫中老
寺内大吉さんの解説でお送りします
● オンデンさん
いやあ、あのタイ選手の試合前の音楽と踊りは、
たしかにガキには嘲笑の対象となってました(苦笑)。
勿論、いっぱしの大人がそんな目で見るようではいけませんな。
そういう伝統というのは尊ぶべき対象です。
キックの鬼には実写本人も出てたんですか。


● 漫中老さん
そうそう。書き忘れてましたが、解説は寺内大吉さんでしたね。
リングアナは馬風さんだったんですか。
ここは桃さんのチェックポイントだな(笑)。
今じゃすっかりお偉くなってしまいましたが。

沢村さんの活躍をご覧でしたか。それは羨ましい。
リングネームが中村忠さんから取ったというのは梶原一騎さんが書いてましたけど、
あの人は平気で作り話を書くので、おそらくその話も眉唾ではないでしょうか。
ブルース・リーに関してもデタラメ書き放題だったと思います。
キック魂というのは初耳でした。
キックの鬼はかなり前に復刻とかされたように思いますが、
キック魂はほとんど幻の作品になってましたね。
昨年復刻されたんですか。
沢村さんがパチンコ台になったりしましたからね(笑)。
そのイベントで、当地のパチンコ屋に沢村さん来ました。
ワタクシは行きませんでしたが。
2007/04/01(日) 05:16:04 | URL | ごいんきょ
競輪中継
 寺内大吉さんって、テレビ東京系で競輪中継をやるときに出てくる人、というイメージが私たちの世代にはあるんですが(知ってる人は)、そんな過去があったんですね。
 以前はこの予選を延々と独立U局が中継してたんですが、カメラ位置もセットもテレビ東京系の決勝と殆ど同じ(実際、テレ東側では予選の幹事局を制作協力としてました)なのに、こちらは実況も解説もレポーターも別で、寺内さんは出てこられませんでした。今はテレショップのほうが儲かるらしく独立Uでの予選は大幅に縮小されてますし、同一の番組制作会社が予選を独立Uに、決勝をTX系に流す形になってます。
2007/04/02(月) 01:33:32 | URL | かじか
ああ
競輪も寺内さんやってましたっけ。

かじかさん、当記事の番組とK-1と直接関係が有るとは読んでないですよね?
「この予選」というのは、「キックボクシング」の予選ですか?
あれって予選とか決勝って有りましたっけ?
2007/04/02(月) 07:26:17 | URL | ごいんきょ
キックキックキックの鬼だーっ。
 私はキック人気に翳りが見え始め、沢村が真空飛び膝蹴りをほとんどしなくなった頃に観始めたので、富山克治(こんな字でしたっけ)ロッキー藤丸の活躍をよく観てましたね。

富山には必殺「うしろ蹴り」という技がありまして、飛び上がってクルッと半回転して、空中で後ろ蹴りを放つのが決まったときは、一撃でKOするほどの威力がありました。

ロッキー藤丸は面白い選手で、コーナーに追い詰められたら、ロープに両ひじをかけて両足をばたつかせて相手を蹴ったり、勝った試合後には、リング中央でバク転したりして人気の選手でした。

最初の頃はお世辞にも強くはなかったのですが、次第に力をつけていき、最後に見た試合ではボクサー並の強打でキックではなくパンチでKO勝ちしてました。

二人共、キックブーム最後のスターだったのかもしれません。
2007/04/15(日) 01:06:39 | URL | なにわオタ
その予選とは
>ごいんきょさん
あっと、コメント見落としてたようですね。というか最新のもの以外は当該記事をクリックしないとコメントが読めないので・・・。
 予選は競輪のほうのことです。
2007/04/15(日) 01:18:14 | URL | かじか
末期のスター
● なにわオタさん
いやあ、末期のスター選手の様子がわかって助かります。
沢村さんも、現役末期は跳び膝蹴りが出来なくなっていたんですか。
冨山さんのその技は、いわゆる跳び後ろ回し蹴りで、
後にタイガーマスクが一世を風靡したものですよね。
キック時代からやっていた選手がいたとは驚きです。


● かじかさん
ああ、それならわかります(笑)。
2007/04/15(日) 07:49:30 | URL | ごいんきょ
富山選手
富山勝治といえば、沢村忠の後継者と期待され、実際東洋ウエルター級タイトルを獲得。いよいよ次代のエース誕生かと思ったら、稲毛忠治にマットに沈められてタイトルを失い(リターンマッチでは雪辱したが)、関係者にスター作りはむずかしいと嘆かせたとか。

まぁ、TBSのはムエタイとは少々ルールが違い、演出も派手なこともあってか、あまり熱心には観てませんでした。
対して日本TVや東京12chなど“全日本”系は、ルールの違いがないこともあってか、並行して観ると、こちらの方が面白い。で、いつしか観るのは全日本だけなっていました。
ムエタイの現役チャンピオンも来たし、藤原や猪狩のほかご贔屓の選手が何人もできたので、試合自体も十分楽しめましたし。

そういえば昔、ボクシングの世界チャンピオンがタイトルを失った後、キックに転向したことがありましたね。最後は惨めな終わり方でしたが…。
当時のブームの凄さがわかる一つの例かもしれません。
2008/06/16(月) 00:06:21 | URL | カントスカン
どうも。デカルトスキーです。
などと前回に引き続いてワケのわからない導入ですみません(苦笑)。

いやー、凄い通な方ですね。
キックボクシングはハードな格闘技ですから、
試合数を増やすためには、どうしても演出で誤魔化しに行っちゃうんでしょうね。
K-1商法は、だから非常に画期的なものでした。

藤原さんは梶原一騎さんの四角いジャングルによく出てきました。
ベニー・ユキーデとの対戦はとうとう実現せずですか。
猪狩さんはその漫画にはまったく出ずですが、
なんだったかなー、果物だかのCMに出てましたね。
ドールバナナだったかな。
キックに転向した元世界チャンプって、藤猛さんかな?
その辺の話も四角いジャングルに出てましたね。
2008/06/19(木) 00:33:24 | URL | ごいんきょ
元チャンプは
“シンデレラ・ボーイ”西城正三です。転向時をリアルタイムで見ていたわけではないのですが、当時はきっと華麗なる転身などと書かれていたのではないでしょうか。もっとも、最後に彼に引導を渡したのも、あの藤原ですがね。

それから、あのルーベン・オリバレスと死闘を演じた金沢和良。彼もキックに転向していて、全日本フェザー級チャンピオンの島と対戦し、こちらも敗れています。

一方タイの選手では、大場政夫にベルトを取られたベルクレク・チャルバンチャイが、後に(元の)ムエタイ選手として全日本のリングに登場。結果は、日本チャンピオンにいいところなく敗れ、やはり年には勝てなかったのかと。

強かったのは、センサック・ムンスリンですね。ルンピニー系チャンピオンとしてリングに上がった際は、相手選手を病院送り(ひざ蹴りで十二指腸から出血)にし、国際式ではJrウエルター級チャンピオンとして古山、石松を一蹴。ただ、インターバルの時、うがい用の水をそのまま飲み込むなど奇行も目立ちましたがね。
2008/06/20(金) 23:55:15 | URL | カントスカン
ああ、西城さんもそう言えばそんな話がありましたっけ。
でも、そんなに一般的に騒がれたわけでもなかったような。
元横綱がプロレスラーになる感じでしょうか。
格闘技に興味がある人間にはビッグニュースだったでしょうけどね。

ルーベン・オリバレス。
一時の戦績で未知の強豪として夢をくれたものの、
実際には鳴かず飛ばずで終わってしまいましたが。

ムエタイの選手までご記憶とは凄い。
本場のチャンピオンですと、一般のキック選手程度ではまるで相手にならないでしょうね。
2008/06/24(火) 07:07:47 | URL | ごいんきょ
確かに
オリバレスは、戦績が凄かっただけにタイトル獲得後は、尻すぼみという感じでしたね。それでもバンタム王座を失冠後、フェザー級に上がり、歌川善介との決定戦で圧勝してベルトを手にしたのですから、大したものです。

話が違いますが、富山選手のことで思い出したことがあります。
当時、富山選手の後援者に、ヤ○○トに似た商品を出していた会社のオーナーで窪園という人がいます。ある専門誌に、富山選手を囲んで一家の写真が載っており、その夫人の名前が確か千枝子。後に、さる映画で有名になる女優と同じ名前でした。偶然の一致だとは思いますが、もしかすると…。

それから、バブル経済真っ盛りのころ、東京・青山で富山さんを一度見かけたことがあります。現役時代を彷彿させる精悍な身体つきで、さっそうと車から降り、私の横をすり抜けていきました。とてもカッコよかったですよ。

だいぶ脱線しました。すみません。
あと、キックに関して一つ。
当時、キックボクシングにも、一応コミッショナーがいました。'73年頃の“全日本”のコミッショナーは、いまの東京都知事。
だから、当時、噂が出ては消えた沢村‐藤原戦に、この方がどう影響したのか(あるいはしなかったのか)、知りたいところではありますね。
2008/06/24(火) 22:08:38 | URL | カントスカン
そうそう。
世界チャンピオンになってるんですから、鳴かず飛ばずという表現は的確じゃないですね。
ただ、未知の時代に描いてしまったイメージはそれだけ強烈だったわけで、
いざチャンプになってみると、すぐに下降してしまったのは期待はずれでした。

富山さんを見て、すぐそれとわかる人も少ないでしょうね。
声をかけてあげたら喜んだかも。

石原さんがコミッショナーだったんですか。
そりゃまた随分と軽量な。
当時は一介のぺーぺー代議士ですもんねえ。
都知事選では落選してますし(笑)。
沢村藤原戦の話なんて有ったんですか。
馬場猪木みたいなもので、周りが騒いだだけなんでしょうね。
馬場さんや沢村さんが応じるメリットってほとんど無いですし。
2008/06/25(水) 07:14:37 | URL | ごいんきょ
リングアナウンサーは
柳家かえる(現鈴々舎馬風)師匠でしたね。落語の修業に力を入れるべく、「リングアナウンサーを辞めてから、収入が減った」とテレビでおっしゃっていました。
2009/10/15(木) 06:53:57 | URL | t、sato
♪沢村~ジャンプ!沢村~キック!
沢村忠が実在のキックボクサーだとは知っていましたが、当時は小学生だったのでアニメの方しか観ていませんでした。そのせいか「真空飛び膝蹴り」はアニメの中でのみ設定された必殺技(「ライダーキック」のような)かと思っていました。
後に就職した時、上司が「沢村の真空飛び膝が・・・」と言い出したので、「いい歳して、この人もアニメを観ていたのか」なんて思っちゃいました。
2009/11/29(日) 09:19:05 | URL | 石毛零号
その通りです。
カントスカンさんが、「もしかすると…」とおっしゃっていた、窪園家の千枝子夫人とは、のちに「○吹き」で有名になったあのかたです。
当時、乳酸菌飲料の販売会社の社長夫人として、自らCMに登場したり、数カラットの「キャッツ・アイ」を自慢げに光らせるなど、マスコミにも度々取り上げられていました。しかし、夫の会社は放漫経営がたたって倒産の憂き目に。件の「キャッツ・アイ」も、負債のカタに取り上げられてしまいました。
そして夫婦は離婚し、夫人は「ソノ道」へと進むのでありました…。

おじゃましました。
2010/02/24(水) 21:48:46 | URL | 甚六
キックボクシングは今どこに
月曜夜7時、TBSのスポーツ・テーマに乗って颯爽と始まるキックボクシング。提供は、YKK吉田工業。実況は、石川顕アナウンサー。解説は寺内大吉和尚。懐かしいですね。当時のTBSは、いろいろ看板番組を持っていましたね。
それにしても沢村は、強かったですね。真空飛び膝蹴りの他に、飛び前蹴りというのを後期は、やっていました。飛んで脚を屈伸させて足の裏で蹴るというものだったと思います。
タイの選手の名前で憶えているのは、モンコントン・スイートクンとか、ルークパンチャマとか、面白い名前の人がいました。大概、小太り気味の人が、多かったですね。
沢村が負けた試合を一度見ましたが、タイの選手にKOされ、リング上で仰向けに大の字になってしまい、当時、大変なショックでした。
富山勝治選手は、沢村引退後の看板選手でしたが、スポーツ刈りに引き締まった体で、沢村ほどカリスマ性なかったと思いますが、根性のある選手でしたね。You Tubeで対花形満戦が見られますが、いやー、すごいガチンコ勝負で感動しました。
あと、アキモトナオキという、レフェリーがいたのをよく憶えています。
2010/02/26(金) 22:20:00 | URL | ブロンソン
この番組の実況を長年努めたTBS石川アナはキックボクシング翌日の野球中継にて解説の元名監督水原茂氏をこともあろうに「解説の寺内大吉さん…」と紹介してしまい水原氏を激怒させ試合終了後平謝りし続けたことがあったらしいっす(本人談)
2010/03/06(土) 22:26:23 | URL | ナベチン
タイ人選手で
ブロンソンさんがタイ人選手の名前を、お書きになっていたので私も思い出しました。実は柳家かえる師匠(現鈴々舎馬風)の漫談で言ってました。「バイヨク ボーコーソー」
2010/03/08(月) 05:59:32 | URL | t.sato
キックボクシング
キックボクシングのスポンサーといえば、最も有名なのはYKK(当時は吉田工業)ですが、他にも、ゼネラルやエスエス製薬などもありました。

スポーツ番組らしく、エスカップやエスファイト(アリナミンAのライバル)のCMが多かったとおもいます。

ゼネラル(現・富士通ゼネラル)は、まだ自社で家電品を開発していた頃ですが、何が看板商品だったか覚えてないです(有名なクーラーのミンミンは、昭和50年代になってからです)。

当時は、あしたのジョーなど、ボクシングがブームでした。

このサイトは番組のスポンサーについての意見交換が盛んに行われているのがいいですね。

なぜかWikipediaでは、スポンサーについての記述を禁じています(中には「絶対にやめて下さい」といっている所まであります)。

スポンサーだって、番組研究における貴重な項目だと思うのになぜでしょうか。
2011/10/01(土) 15:40:19 | URL | 10000k
例によって、かなり間が空いてますのをお詫びします。


● t、satoさん
そうだ。馬風さんやってましたねえ。
あれって、あれでも結構お金になるんですね(笑)。
外国人の名前って他国人に可笑しく聞こえる例ありますけど、
やはり野球のオーチンコに勝てる人はいないと思うんですよ(笑)。


● 石毛さん
でも、真空飛び膝蹴りについてはそんな認識でおおまか間違ってません(笑)。


● 甚六さん
潮吹きって言葉は一世を風靡しましたねえ。
まだ子供だったワタクシも、深く脳裏に刻み込まれるほどに。
当時の野郎連中は、なんとかお相手願いたいと思ってたでしょうけど(笑)。


● ブロンソンさん
飛び前蹴りですか。それを必殺技として見せるのは並大抵じゃないなあ。
スイートクンって、今ならお菓子のCMに抜擢されそう(笑)。
花形さんもキック転向してたんですね。


● ナベチンさん
水原監督ほどの人が、それっぽっちで本当に激怒するかなあ。
ちょっと大袈裟に語ってそうですけど、有りがちで面白い失敗ですね(笑)。


● 10000kさん
あー、エスカップですか。資料的には確認できませんでしたが、ピッタリですね。
ゼネラルは確認できました。他には丹頂、マンダムが、正に男の世界の頃ですか、やってたと思いますし、
ネッスル、BSサイクルなんてとこもわりと長くやってます。
スポンサーに関しては、あまり雑多な記述は、たしかに百科事典という場には不向きでしょう。
ワタクシもあれは賛成ですし、一般的な記述でも、ダラダラ箇条書きでどうでもいい事まで無制限に書いてあるのには閉口します。
芸能とかアニメとか漫画とか、ヲタク項目でその傾向が顕著ですね。
ここはテレビに関してなんでも語る場という、特化された場所ですから。
2011/10/10(月) 16:37:31 | URL | ごいんきょ
キックボクシング
これも保育園児の頃に見た記憶があります。
タイ人キックボクサー、モンサワン・ルークチェンマイやテパリット・ルークパンチャマってのもいましたね。
2016/11/03(木) 23:20:13 | URL | TSUSHIMA
現在のキック界
新日本キック、マーシャルアーツ日本キック、ニュージャパンキック、、J-NETWORKなど団体の乱立状態は変わらないですね。外国人初のラジャダムナン王者に輝いた藤原敏男氏がH21年1月に一般社団法人ジャパンマーシャルアーツディレクターズの理事長に就任し、キック界の発展に尽力されております、

余談ですが、布施鋼治氏・著「東京12チャンネル運動部の情熱」(集英社・刊)に当時の民放各局のキック中継の詳細が掲載されておりますので紹介させていただきます。
2016/11/10(木) 22:54:01 | URL | TSUSHIMA
ほー。まだキック界も健在なのですか。
藤原さんがトップなら安心できますね。

ご指摘の書は、ワタクシも資料版でザッとですが扱いました。
http://goinkyo.doorblog.jp/archives/7855537.html
12チャンネルが扱ったスポーツ番組の歴史は、埋もれさすには惜しいですね。
2016/11/13(日) 20:48:43 | URL | ごいんきょ
ロッキー藤丸
昔職場の同僚と飲みに行った際、キックの話題になって
同僚「ロッキー藤丸て知ってるか?」
私「知ってる知ってる」
同・私「めっちゃ弱かったよな~」
で盛り上がったことがあります。
キックを見始めた頃私は愛媛県に住んでいたので、南海放送で1週遅れの土曜18時から見ていました。
今日はこれくらいにしときます。
2017/07/26(水) 15:29:20 | URL | いなげ
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