私的 昭和テレビ大全集
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勝ち抜き腕相撲 (1975)

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まだマイナー局だった当時のテレビ東京、東京12チャンネルが開拓した
スポーツ放送って、実は結構あります。
メジャーな野球だのは力の有る局に取られちゃうんで、
自力でコンテンツを開拓しなければいけなかったテレ東は、
既存のスポーツでも少し変わった路線を模索してますし、
更には、既存ではない少し変わったスポーツを自力開拓してました。
そういう意味で、とても通好みのスポーツコンテンツが多かった局です。
そしてこの番組もそんなテレ東開拓コンテンツの一つで、
放送は夜遅くだったにもかかわらず、小学生にも広く愛された、
隠れた人気スポーツコンテンツでした。
放送局自体が少ないでしょうから知っている人は少ないでしょうが、
関東人なら、タイトルと雰囲気くらいは大抵知っていると思います。

放送はたったの5分間ですが、毎日放送されました。
画面は真ん中にリング、つまり肘を乗せる台があって、
向こうにはレフェリーが構え、左右から出場者が中央に寄る。
そして二人で握手の体制で台に肘を付き、
レフェリーが握り合った手を押さえながら二人の呼吸を量る。
この時の両者の睨み合いが、相撲の仕切りにあたるわけですね。
出場者はみな一般人で、近年で言うガテン系の人が多かった。
ツッパリ系統のケンカ自慢、現場の力自慢が犇めいてました。
そんな人々が、ここでは俺が主役とばかり、威風堂々と構え、
相手を睨み倒し、総力を振り絞るのが見所の一つ。
レフェリーが「レディ?」と両者の様子を見ながら、
頃合いを見て「ゴー!」と手を離すとゴングが鳴ってバトルスタート。
タイトルは腕相撲となってますけど、表面的にはアームレスリングっぽい。
ほとんど数秒で決着がつく世界なんですが、
わなわなと白熱する時も当然ありました。

で、放送時間内に数試合行われるのですが、
タイトルに勝ち抜きと謳っているように、勝った方は引き続き対戦。
一人との戦いにあまり力を使ってしまうと勝ち抜きが厳しくなるので、
いかに手首を上手く使って一瞬で勝負を決めるか、
という駆け引きのようなものも有ったんじゃないでしょうか。
相手の手がつくとカンカンカンとゴングが打ち鳴らされて試合終了。
で、放送時間いっぱいまで勝ち残った人は、引き続き翌日の放送から
また勝ち抜きが始まっていくという感じで、
たしか20人抜きでチャンピオン認定かなんかだったかと思います。
勿論、収録は何日分もまとめて録っていたんでしょうから、
放送は翌日でも実際にはインターバルは取れない場合が多かったでしょう。
本当に収録終了のタイミングに勝ち抜いた人は、運良く休めたんでしょうね。
放送終了の時間になると、バックに20人ほど?いる観客の拍手の中、
レフェリーと出場者が画面の方を向いて顔など作って終わってました。

先にも言ったように小学生にすら大人気で、
校内でたちまち腕相撲が流行りました。
ケンカの強いヤツやスポーツの出来るヤツが幅を利かすんですけど、
普段ケンカなんかしないやつが意外に強くてその後警戒したり(笑)。
レフェリー役のヤツが番組をいち早く見ていてそれを流行らせたんですが、
「レディ?」と言ってるのが最初わからなくて、
自分がレフェリーをやる時に「ベリー?」と言って笑われました(笑)。
うるせー。俺はその頃は一回も見た事なくて、
お前のクソ悪い発音を聞いてそうだと思ったんだよ。
決して俺のヒアリング能力が劣っているのではない!(笑)
長らく人気番組として続いたと思いますけど、
よく出場者が集まり続けましたよね。
今で言えば筋肉番付系統の番組が役割としては近いですかね。
ワタクシはこちらのシンプルさ、小気味よいテンポ、好きでしたけど。
この番組には有名人は出演しなかったと思うんですが、
でも、芸能人大会やっても面白かったでしょうね。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
勝ち抜きポカポカドボン
この番組って後に「勝ち抜きポカポカドボン」になった番組ですよね。
こういう番組に取り組むテレビ東京は、バカバカしいという人も多いけど素晴らしい、と主張する人はかなりいたようです。
2007/04/02(月) 01:14:55 | URL | かじか
へー
あ、そうなんですか。
それ、見た事ないもんで(笑)。
どんな内容かも知らないです。
2007/04/02(月) 07:14:58 | URL | ごいんきょ
小学校の教室で
男子が「レディ!ゴー!!」って腕相撲してました。
d(-_^)good!!ごいんきょさん、よくぞ取り上げてくださいました。
12チャンネルは、「ヨーイドン!みんな泳ごう」「ヨーイドン!みんな走ろう」なんて、小学生の水泳や陸上競技番組もやってました。
スイミングクラブに通う別のクラスの子が、ここで記録を作って大活躍していました。
2007/04/02(月) 21:16:58 | URL | 桃
ああ
桃さん、俺だよ、その時の、俺。

なんてね(笑)。
当時は「ready?」なんて言葉知らないわけですよ。
だから「lady?」なんて言うわけないしなー
って事で、いろいろ考えたあげく「very」と言ったんですけどね。
なんか凄いんだろうと(笑)。

桃さんが言っている番組もまったく知らないです(苦笑)。
あらあら。皆さんご活躍なんですねえ。
2007/04/03(火) 01:43:31 | URL | ごいんきょ
なつかしい
勝ち抜き腕相撲とクイズグランプリは我が家の必修科目といっても過言ではない番組でした。12チャンで11時からやっていました。学校でもファンが居て休み時間に腕相撲をしたり昨日のチャンピオンの話をした記憶があります。南波さんは強かった。
2007/04/05(木) 00:25:52 | URL | こえこえ
南波さん
放送時間は多少前後があるようですが、大体11時頃でしたね。
子供にはやや遅めの時間でした。
南波さんって、名前はなんとなく覚えてるなあ(笑)。
名物チャンピオンいましたよね。
2007/04/05(木) 06:31:48 | URL | ごいんきょ
私のせいかな?
腕相撲番組なのに夜11時でしたね。大体マルマン提供も地味でしたよね。

私が始めてこの番組を見た時に、ナンバさんが73人目で負けてしまいました。私のせいかも?

番組が始まる時の「カァーン・カァーン・カァーン」というゴングが耳に残ってます。解説の小島貞二さんがいい渋味出してました。
レフェリーがチャーリー湯谷さん。
そうそう、出場者のトレーナーでチャック・ウィルソンさんが出てました。

10人抜きでグァム、20人でハワイ、30人でヨーロッパ旅行(ちなみに50人で1人連れて行ける、更に10人毎に1人ずつ増えていく)と、「腕に力さえあれば海外旅行が楽しめる」と、司会者が言っていたのを覚えてます。


2007/04/09(月) 01:38:48 | URL | くに
小島貞二さん
マルマンガスライターが提供でしたっけ。
私はコレで会社を辞めましたの禁煙パイポね(笑)。
南波さんは73人も勝ち抜いてたんですか。
あれは無制限勝ち抜き制だったんですか。
そんな不敗のチャンピオンの負けを、最初の視聴で見るなんて…
くにさんが見なければ百人抜きしてたかもしれないですね(笑)。

そうか。解説は小島さんだったっけ。
考えてみればこの人しかいませんね(笑)。
チャックさんはまったく覚えてません。かなり末期でしょうか?

商品もまったく覚えてませんでした。
随分と貴重な情報たくさん戴いて助かりました。
2007/04/09(月) 02:41:58 | URL | ごいんきょ
勘違いしました
先に提供はマルマンと書いてしまいましたが、出場者の参加賞のライターと混同してました。

どうやら提供はプロミスらしいです。すみませんでした。あの頃深夜のCMは、その手のものが多かったのは覚えてます。

当時のテープで確認したところ、出場者全員に贈られるのが、「丸いスイッチでお馴染みのウィン卓上ライター(みなさん覚えてませんよね?)」で、チャンピオンには「勝ち抜き記念メダル(私も覚えてません)」だそうです。海外旅行はその通りです。

ごいんきょ様から「確認してから書き込め」と叱られそうです。
失礼致しました。
2007/04/14(土) 03:55:33 | URL | くに
サラ金
テレ東深夜にサラ金のCMはたしかによく見ました。
しかしそれも80年代に入ってからではないかと思います。
初期からプロミス提供とは思えないんですけどねえ。
ワタクシはまったく覚えてないんでなんとも言えませんが、
ミニ番組ですから一社提供だったのは間違いないでしょう。

当時のテープをお持ちですか。それは羨ましい。
ウィン卓上ライターってなんとなく聞き覚えが有りますね。
あれ、よくドラマとかでも見た気がします。
メダルは覚えてますよ。胸にぶら下げるやつですよね?

確認できればしてくれた方がいいのは当然ですが、
記憶の話は確認しようが無いものも多いので、べつにここではこだわってません。
検証はその都度やれば済む話ですから。
そもそも、ワタクシも資料を持ってても面倒臭くて
見直さないで書くのを基本としてますから(笑)。
しかしそれはあながち面倒臭いからばかりではなく、
そういう記憶の誤謬も、個人の存在を等身大で伝えると思うからです。
だから、くどいくらいに資料的価値を期待しないで欲しいと念を押しているんです。
ここは資料的存在ではなく、史料的存在として構築するのを目的としてます。
ここでは、事実の記述にばかりとらわれて筆が鈍ってしまう必要は更々ありません。
気楽に覚えている事を書いて欲しいと思います。
2007/04/14(土) 06:21:49 | URL | ごいんきょ
司会は小倉さん
当時、僕は大学生でした。

司会は、今フジテレビのトクダネで司会をしている小倉智昭さんだったと思います。ロングヘアーで、黒ぶちのめがねをかけていました。

たくさん勝ち抜いたのは南波勝男さんですね。南波さんを破ったのは大学生の吉見正美さん。でもその後、特番で南波さんはリベンジを果たしたと記憶しています。
2008/07/16(水) 18:09:46 | URL | りゅうじん
ほぇー。
あの小倉さんが司会でしたっけ?
ワタクシの記憶では、もっと普通の、スポーツアナっぽい人だった気がしますが、
それが小倉さんだったのかなあ?
ロングヘアーも黒縁眼鏡も、小倉さんがやっていたなんて知りませんでした。

南波さんはやはり伝説の名人ですね。
その南波さんを破った人も記憶されてるんだ。
双葉山を破った力士みたい(笑)。
2008/07/29(火) 03:17:14 | URL | ごいんきょ
なつかしい
当方関西ですが、中学生の時に毎日見てました。テレビ大阪では曜日毎に放送時間が違っていてうっかり見過ごすし、当時は親の寝ている部屋にしかテレビがなくて、起こさないように気を遣わないといけないしで、たった5分のことなんですが、それなりに苦労してました。
さて、長年の謎があり、是非すっきりさせてやってくださいまし。
実はテレビ大阪ではグランドチャンピオン大会の途中で放映が終わってしまったようなのです
それでだれがグランドチャンピオン大会の行方をご存知のかたおられないでしょうか?
わたしの記憶ではコカコーラ勤務の60連勝ぐらいした方とそのすぐ後に80連勝ぐらいしたサウナ(?うろ覚えです)勤務の太めの方が双璧だった記憶があって、この二人が最有力だったとおもいます。
どちらがチャンピオンになったのかは興味ありますし、
また二人の直接対決はあったのか、結果はどうだったのか?もずっと気になってます。
2008/08/18(月) 00:12:17 | URL | east
本当になつかしい
コカコーラ勤務の方は確か田村啓明さん(タコラというニックネームだったと思う)、太めの80連勝の方は福島延泰?さんだったと思います。私もテレビ大阪で見ており、グランドチャンピョン大会の途中で番組が終わってしまった為、最終結果がわかりません。ご存知の方、教えて下さい。
2008/08/24(日) 12:53:17 | URL | (ハンドル未記入)
田村啓明さん、福島延泰さん
グランドチャンピオン大会の優勝者は福島延泰さんです。この大会はトーナメント方式で行われ、田村啓明さんと決勝で対戦でした。田村さんは細身なのに秒殺が殆どでニアフォールや膠着が多かった同番組で完全フォールに持ち込んで目立っていましたね。田村さんのデビューは後にアマ横綱となる斉藤一雄さん(当時明大中野高)との対戦。100kgを超える巨漢で30人抜き間違いなしと言われていた斉藤さんを止めてしまい周囲は唖然。この二人はグランドチャンピオン大会の1回戦でも再戦し、田村さんの逆転勝ち。田村さんは確か63人抜きし、64人目で福島延泰さんに負けました。福島延泰さんは87人抜きで南波さんの記録を抜きましたね。グランドチャンピオン大会の決勝は二人の再戦でした。ニアフォールでの決着と記憶しています。田村さんはその後、世界チャンピオン(アームは階級別)に一度なっていますし、上海紅鯨団(ねるとん紅鯨団の前身番組)のグランドチャンピオン大会優勝、TVチャンピオン『腕っぷし王座決定戦』で当時全日本チャンピオンとの山本雅也氏との対戦などTVで大活躍でした。
2008/09/23(火) 14:13:05 | URL | keepwishes
ありがとうございます(T T)
これほど詳細に覚えておられる方がおられたとは!!
まとめ撮りの中で田村さんは福島さんに敗れたけれど、対等な条件なら負けないのでは、と信じてましたので、グランドチャンピオン大会は本当に楽しみにしていたんです。
 そうですか、田村さんは負けたけど完敗ではなかった、その結果は納得できます。そして、その後のご活躍もうれしい限りです。

25年来のもやもやが晴れました。なんと感謝してよいかわかりません。
お近くに住んでいる方ならご飯ぐらいご馳走させてもらうのですが(^ ^)。

ここまで知るとちょっと欲がでてきました。ビデオ持っておられる方もいたりして...(笑)今のところ、youtubeには投稿ないんです。
2008/09/30(火) 02:55:37 | URL | east
グランドチャンピオン大会
eastさん、ご飯おごって下さい。冗談ですが、当方、首都圏なので実際には難しいですね。残念ながら私もビデオは持っていません。当時、私は高校生でして自宅にビデオが入ったのはその2年後だったのです。何故詳細に覚えているかというと、首都圏では本放送以外に2週遅れ位で早朝再放送があったから。そっちも見てました。斉藤一雄選手以後は殆ど見ていますね。スポーツに興味のない奴にこの番組教えたら、そいつまで食い入るように見るようになりました。84年の1月から2月頃に番組は終了したと思うのですが、新聞のテレビ番組表の投書欄に『終わらせるな』と抗議が殺到したとかいう話しです。さてグランドチャンピオン大会ですが、田村啓明(たむらひろあき)さんと福島延泰(ふくしまのぶやす)さんが双方のブロックに別れたのは妥当だったでしょう。大会には80年代にこの番組が復活して以降に出場した10人抜き以上のチャンピオンが殆ど呼ばれていました。しかし2人はやはり別格でした。誰と対戦しても危なげなかったです。斉藤一雄選手と田村さんの対戦では力で斉藤選手がフォール寸前に持ち込んだのですが、そこから田村さんが逆転フォールしました。やはり単純な力では斉藤選手の方が強いのだなと確認しました。福島さんと佐竹選手(確か30人抜き以上)の対戦ではほのぼのキャラの福島さんが『ぶっ潰す』と発言したところ、佐竹選手マジギレで『ウォォォォォー!』の大絶叫(笑 こういう威嚇のし合いがこの番組の見所の一つでもありましたね。福島さんは田村さんと違って87人抜きしている時も比較的ニアフォールが多かったと記憶しています。彼は日本腕相撲協会の有段者で、上から覆い被さるようなフォームでがっちりロックし、ニアフォールに持ち込むというパターンが多かったと記憶しています。私は田村さんのファンでしたので、応援していましたが、残念ながら決勝は福島さんの展開でした。あっさりいつものパターンに持ち込まれ、田村さんの肘は完全に開き、もう返せない状況ニアフォールでカウントアウト。がっくりきました。
2008/10/12(日) 14:50:08 | URL | keepwishes
田村さん、福島さんのその後
福島さんは前腕が異常に太いのが特徴。田村さんも毛細血管なのか筋肉なのか腱なのかわかりませんが、物凄い前腕をしていましたね。高校時代はアマレスをやっていたと聞きました。田村さんは栓抜きを曲げるパフォーマンスをよくテレビでやっていましたね。勝ち抜き腕相撲は1日に2対戦の放映で、対戦前に各選手に一言マイクを必ず向けます。田村さんは『簡単にやっつけるぞ!』とよく言っていました。田村さんは試合時間が短すぎて、時間が余るのでスロー再生でもう一度とかで何とか通常の放映時間になるよう局側が工夫していましたね。『月刊ボディビルディング』というマイナーな雑誌があるのですが、80年代前半のバックナンバーを入手し、当時の記録を振り返るとアームでは東京、錦糸町の遠藤ジムで練習会が開かれていて、ここには田村さんも福島さんも斉藤さんも来ていたようです。別の雑誌で見た時には田村さんも日本腕相撲協会の会員になっていました。私の予想ですが、福島さんにどうしても番組では敵わなかった田村さんがリベンジの為、福島さんの強さの源泉である日本腕相撲協会に入門したというのが真相ではなかったかと思います。この辺は御本人様に確認しないと何とも言えません。田村さんは日本アームレスリング連盟の理事を一時期されていましたが、その後、首都圏の有力選手、関係者達が軒並み連盟を脱退。現在アームは日本アームレスリング連盟とオールジャパンアームレスリング連盟の2つに分裂状態。田村さんがどうされているかはわかりません。関西で言うと明石の金井兄弟(2人とも世界チャンピオン経験あり)が有名ですが、その師匠格に埼玉の所沢で前島道場を主催されていた前島守さんがいらして、彼に聞くと当時(80年代)の事情など詳しく教えて頂けたと思います。残念ながら何年か前にお亡くなりになりました。合掌。詳しく聞けるとしたら40代、50代以上のアーム関係者、或いは御本人様でしょうね。
2008/10/12(日) 15:18:56 | URL | keepwishes
南波勝夫さん、吉見正美さん
1987年に『Over the top』というスタローン主演のアームレスリングの映画がありましたが、日本でこの映画の出演者を決めるアーム大会(確かソロフレックス杯とかいう名前)が後楽園ホールで行われました。私はこの大会見に行かなかったのですが、映画に出演したのが70年代の勝ち抜き腕相撲のチャンピオン、南波勝夫さんでした。田村さんが勝ち抜き数を増していく度に『南波さんの記録に辿り着けますでしょうか』と番組内で連呼されていましたので、名前だけ印象に残りました。日本国内のアームレスリングの戦績を振り返ると、唯一国内選手に全く負けていない(あくまでアームの公式試合)とされているのがこの南波さん。アームは階級別が基本なのですが、無差別級(或いはオーバーオール)として階級無視の勝負をすると必ず勝あっていたのがこの南波さん。南波さんはかなりの巨漢で、他の選手にとって体重の壁を越えるのはなかなか難しかったようです。南波さんは重量級で一度世界チャンピオンになっています。また、フジテレビの『ザ・対決』という番組で競輪選手の足と南波さんの腕で対戦。あまりに長い時間、膠着が続き、一度水入り。再開後、南波さんがある時点で力を入れるとなんと完全フォール勝ち。周囲は唖然でした。南波さんと田村さん、福島さんの対戦があったかですが、あったとしても南波さんの勝ちという記録になっているでしょうね(南波さんは吉見さん以外には一度も負けていないから)。さて、その南波さんに勝ったのが当時、慶應義塾大学の学生で学生ボディビルチャンピオンの吉見正美(きちみまさみ)さん。一説によると局側が用意した南波ストッパーの一人だったとか。吉見さんはロサンゼルスで現在カイロプラクティックのドクター。ヘビーデューティ理論で有名なプロボディビルダーの故マイク・メンツァーと親交がく、ゴールドジムで一番、力が強かったのがこの吉見さんという話しです。この番組で活躍した各チャンピオン、私にとってはいまだに憧れと尊敬の対象です。何らかの形でまたテレビか大会に出て欲しいです。ごいんきょさん、書き過ぎてごめんなさい。『very』の話しは笑えました。
2008/10/12(日) 15:43:41 | URL | keepwishes
● eastさん
たしか関東でも時間は多少ズレたんじゃないかな。
それにしてもよく覚えておられる。
もっと凄い人がいましたけどね。


● 未記入さん
皆さん、よく名前まで覚えてますよね。
やはりテレビ大阪では中途半端に終わったんですか。


● keepwishesさん
いやあ、本当に素晴らしい。
勝ち抜き腕相撲の生き字引のような方です。
当事者以外でここまで語れる人も少ないでしょうね。
本当に貴重な情報を沢山いただきまして、ベリー感謝です(笑)。
2008/10/15(水) 20:41:49 | URL | ごいんきょ
懐かしい
なんか話がごっちゃになっていませんかね。チャーリー湯谷がレフェリーで、南波さんが連勝記録した勝ち抜き腕相撲は75年に終わってますよね、放送は。で75年の暮れが76年の初めにチャンピオン大会があって、これは南波さんが優勝しました連勝を止められた吉見さんとも対戦して、当時はルールも厳格ではなかったのか、こらえる吉見さんの腕が伸びて再三取り直しで最後は認定フォールのような形で南波さんが勝ったと記憶してます。
競輪選手の脚とやったのは80年代も後半で相手は千葉の森下太志選手でこれは最初お遊び感覚だったのが途中から非常に緊迫して、司会の所ジョージが決着つけるに忍びなくなったのかストップかけたんじゃなかったでしたっけ。
2009/02/18(水) 01:22:50 | URL | 長髪
レフェリーはチャーリーさんって言いましたか。
南波さんは言われてワタクシも名前は思い出しましたから、
ほとんど出ずっぱりだったんでしょうかね(笑)。
細かい話はまたご存知の方が現れるのを待ちましょう。
2009/02/18(水) 07:02:43 | URL | ごいんきょ
補足
長髪様へ

>南波さんが連勝記録した
>勝ち抜き腕相撲は75年に
>終わってますよね、放送は。

これはその通りですが、80年代に復活した番組でもチャーリー湯谷はレフリーをやっていました。
また、80年代の再開番組でもグランドチャンピオン大会があったのです。

>なんか話がごっちゃに
>なっていませんかね。

私の書き方が、アーム選手のテレビ出演に詳しくない方にとっては誤解を招く書き方だったかもしれません。私の投稿部分は田村啓明さんや南波勝夫さんの他番組出演についての主観的感想部分があり、もしかしたら、そこが誤解を招きやすい部分だったかもしれません。トピずれ、スレ違いと言われればそれまでなのですが、当サイトを運営されている『ごいんきょさん』は、そこまで了見の狭い方だとはお見受けしません。書きたいように書かせて頂きました。

>競輪選手の脚とやったのは
>80年代も後半で

これは私の記憶とも合います。
出演したのは前にも書きましたが、フジテレビ系の『ザ・対決』でしょう。それだけ長きに亘って南波さんは強かった、活躍していたという証明になるでしょうね。

>相手は千葉の森下太志選手で

これは私も知りませんでした。
貴重な情報をありがとうございます。

>司会の所ジョージが
>決着つけるに
>忍びなくなったのか
>ストップかけたんじゃ
>なかったでしたっけ。

これが私の書いた『水入りが入った』部分じゃないでしょうか?

番組ではもしかしたらここで一旦CMが入ったかもしれません。
再開後、南波さんが競輪選手を押し倒して完全勝利。試合後のインタビューで当の競輪選手が『また鍛え直して南波さんに再挑戦したいです。』と語ったのが印象的でした。もし、ビデオをお持ちの方がおられれば当方の記載内容に間違いないことは容易に証明できると思いますがね…。

ごいんきょさんへ

お久しぶりです。
私が当サイトに辿り着いたのも『勝ち抜き腕相撲』をgoogleで検索し、たまたま検索結果上位に表示されたサイトを開いたのが最初でした。アームレスリングや番組『勝ち抜き腕相撲』に関する情報はネット上でもあまり整理されておらず、別のサイトでも『勝ち抜き腕相撲のあのチャンピオンは誰だったのか?』という質問に的外れな回答が寄せられていたことがあることから(主に南波さんではなくて、福島延泰さん、田村啓明さんの名前を尋ねる質問)、ウェブ上に記録としてどうしても残したくて多少詳しく書いた次第です。google検索で上位表示されるように作られている貴重な当サイトの、益々の御発展・御活躍を祈念致します。では。

2009/03/21(土) 22:26:28 | URL | keepwishes
南波さんがフジのザ・対決という番組で、80年代後半に競輪選手の足と対決したという事ですね。
勿論スレ違いではありませんし、面白い企画ですね。
テレビ腕相撲で名を馳せた南波さんだから起用したのか、
それともその当時でも一線級の選手だから普通に起用されたのか。

人気番組ではまったく下位に埋もれてしまう当ブログも、
この番組のようなスキマ産業で上位表示されたりして、
それが生命線になっている部分も有るかもしれません。
そこいらは狙い通りなんですが、後からエントリーしたウィキペディアとかに
サクッと越されると切なかったりもします(笑)。
なので、あまりよそは気にしないで地道にやって行きたいです。
2009/03/29(日) 08:54:19 | URL | ごいんきょ
もしも今あったら
もしも今勝抜き腕相撲があったら
かつて男性的で硬派なイメージ
が強かったから週1,2回
女性大会でもあっても
よかったと思う
2009/08/15(土) 15:04:13 | URL | 糞志太郎
その前後
大岡利夫という港湾作業員の方。斉藤一雄さんに負けてしまいました。
レフリー チャーリー湯谷
その後の番組は確か幸田シャーミンが出ていました。
2011/04/20(水) 02:45:24 | URL | bone
● 糞志太郎さん
当時でも有って良かったように思いますけどね。
今なら当然、男女両建てでしょう。


● boneさん
港湾作業員、すなわち沖仲士ですね。
それでも負けてしまいましたか。

ワタクシの親戚にも沖仲士出身者がいました。
出身というのは、ワタクシの記憶に残る頃は、もう引退して無職だったからです。
親に、どうして働かないで暮らせるのと聞いたら、
若い頃にたっぷり稼いでるからだと言われましたっけ。
その代わり、五十代で死にました。
命を削るような仕事だったのは間違いないようですが、
その代わり報酬もべらぼうだったのです。
ワタクシは、原発労働者も当然、そういう存在だと思ってましたよ。
この国は、どんどん後進国になってる気がします。
ちょっと脱線しましたが、時事ネタですのでご容赦下さい。
2011/04/23(土) 00:37:39 | URL | ごいんきょ
80年代にやってたのを一度見た覚えがあるんですが「勝ち抜き!うでずもーっ!」というタイトルコールしか記憶に残ってないんです(汗)それにしてもポカポカドボン…あったなあ。名前しか覚えてないからどんな内容が想像もつかんが(爆)しかし、勝ち抜き腕相撲もポカポカドボンもWikipediaにないとは…
2012/05/17(木) 23:39:34 | URL | 鉄ドン
ライトコーナーチャンピオン♪192パウンド1/3、なんば~かつおー!
レフトコーナーチャレンジャー***パウンド☆☆☆☆~!
確か、こんな感じ…
2012/09/19(水) 14:19:18 | URL | 招き猫
● 鉄ドンさん
おお。まだウィキペディアに項目ありませんか。
なので、ここが検索トップですね。
そしてまた、向こうに項目が出来たら瞬間的にトップを奪われる。
人生が凝縮されています(笑)。


● 招き猫さん
あ~、ライト・レフトでやってましたかね。
2012/09/20(木) 04:00:31 | URL | ごいんきょ
復活して~
当時は毎晩楽しみにしていました。

確か「世界・ふしぎ発見!」のミステリーハンター、竹内 海南江(たけうちかなえ)がマスコットガールみたいな感じで出てましたね。

また見たいですぅ!
2013/04/22(月) 10:37:57 | URL | ててぽっぽ
こんなに簡単で金もかからない番組、なんで復活させないと思います?
きっと、金がかからないからなんでしょうね。

竹内 海南江さんかあ。聞いた気もするけどなあ。
ふしぎ発見で聞いただけかもしれない(笑)。
2013/04/22(月) 23:27:39 | URL | ごいんきょ
000
次が薄くて見づらい
2013/08/30(金) 17:02:04 | URL | 000
FC2さんの仕様なんで、そちらに言って戴けると助かりますが。
このブログも、無限に続くわけではないですからね。
更新が無くなったとしても、著しく視認性が落ちるのは、ちょっとなあという感じですが。
2013/12/08(日) 22:51:27 | URL | ごいんきょ
特別レフリー
遠藤光男さんが「特別レフリー」として、最終判定をしてもらえるように、観客席から見てもらっていたのを覚えています。

番組の最初にいつも紹介されて、その度に遠藤さんが映っていました。
2014/01/05(日) 00:42:59 | URL | カムバッカー
アームレスリング連盟の設立会長さんですね。
この当時はどういう肩書きだったんでしょう。
2014/01/05(日) 23:33:26 | URL | ごいんきょ
テレ東でマスターテープが破棄されていたとは・・・
2016年2月21日放送の「モモヤモヤ映像廃棄センター」という特番でこの番組が取り上げられていました。
テレ東ではすでにこの番組のマスターテープが廃棄されていること、実は75年~77年と83年~84年の2期に渡って放送されていたこと、レフリーをされていたチャーリィ湯谷さんが所有されていた同録VTR(1984年放送回)を所有されていることがわかり、その映像を提供して頂いて30数年ぶりに「勝ち抜き腕相撲」が放送されました。

名前だけは聞いたことがあったのですが、実際の番組は初めて見れたのでちょっと感動しました。

他にも「対決!スーパーカークイズ」「おはようスタジオ(通常放送回)」がテレ東にはマスターが現存せず、関係者の同録VTRを提供してもらって放送されました。
なかなか見応えのある回顧番組でした。
2016/02/22(月) 20:51:30 | URL | (ハンドル未記入)
その番組の制作会社の人、結構あちこちでテープ探しているみたいで、
Webでも募集してましたし、ワタクシにも問い合わせ有りました。
ワタクシはビデオ持ったのが昭和60年代入ってからなので、とてもお宝は無かったのですが。
しかし、是非見たかったな。
2016/02/24(水) 06:54:06 | URL | ごいんきょ
「おはようスタジオ」がまさか局公式には残っていないというのがちょっと意外ですね。まぁ、ただ某大手動画サイトから検索かけてみる限り、(特に泰葉がアシスタントをやっていた頃ぐらいからのものであれば、同時の視聴者の方が相当数の番組映像を(断片的かもしれないが)持っていると断言できるかもしれないですけどね。

多分、木原美知子とピーターが司会をやってた「おしゃべりな夜」っていう番組の映像も残ってないんだろうなぁ、ほとんど。あの番組、なぜか小学校もまだ低学年の頃だったのに楽しみでよく見てたんですよねぇ。なんであんな大人向けもいいところなあの番組を毎週ガキのご身分で私が熱心に見ていたのかは今となってはよくわからないんですけどね(汗)
2016/02/25(木) 04:52:48 | URL | (ハンドル未記入)
『おしゃべりな夜』は、横山やすし木村一八親子の回を丸々持っていて、
件の問い合わせが有った時にも思い当たってはいたのですが、
あまり訴求力の無い番組だし、どうせ採用されないのに探すのも面倒なので、その事には触れずに回答しました。
見つかれば採用決定であれば探しますけどね。
でも、あの辺なら局にも残ってそうな。
2016/02/25(木) 07:06:05 | URL | ごいんきょ
ずっと記憶がごっちゃでしたが
大関・琴ヶ浜の倅の元幕下・琴宇草が解説? をやっていたのはあれ、少し後にどこかの局でやっていた「尻相撲選手権」でしたっけねえ? あれは完全なオチャラケ番組で、さぞや親父が泣いたことでしょうが。
2016/10/09(日) 11:15:59 | URL | 権兵衛
尻相撲選手権なんて有ったんですか。
ドンケツ合戦と言われるやつですね。
ゲームも作られました。
2016/10/09(日) 13:49:26 | URL | ごいんきょ
笑っていいとも!
S59年頃でしょうか、「奥様勝ち抜き腕相撲」のコーナーがありましたね。タモさんがレフェリーで、掛け声はここでも「レディー、ゴー!」でした。

それはさておき、テレ東では世界卓球デュッセルドルフ大会と全仏オープンテニスの同時生中継が始まりましたね。白石剛達プロデューサー率いる白石軍団が築いてきたスポーツのテレ東が良い形で花開いたかと思います。ご逝去された白石氏も草葉の陰で喜んでいるでしょうね。
2017/05/31(水) 07:29:13 | URL | TSUSHIMA
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