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ローラーゲーム (1968)

該当番組画像募集

勝ち抜き腕相撲の稿で書いたように、強力コンテンツを先行局に取られてしまう
悲しい宿命を背負ったマイナー局テレビ東京は、その分、
新しいトレンドを自ら作り出そうという動きをよく見せてました。
例えばプロレスのような従来からあるスポーツにしても、
女子プロレスとかデスマッチとか、ややキワモノ的な展開をしたり、
サッカーや腕相撲など、レギュラー放送の先鞭をつけた動きも多かった。
昭和43年はテレビ東京の質的飛躍の年で、数々の名番組が生まれました。
スポーツでは、そのダイヤモンドサッカーと、このローラーゲーム。
特にローラーゲームは、ほぼ完全にテレ東独自開拓のニュースポーツ。
同じ頃やはり注目を浴びたキックボクシングと共に、
過激な二大新興スポーツとして、当時様々なメディアで持て囃されました。
中でも特に注目を浴びた選手が、東京ボンバーズの佐々木ヨーコ。
肉弾相打つ過激スポーツでありながら、男性選手に混じって
リンクを駆ける女性選手として、メディアはその絵に飛びつきました。

そもそも昭和43年に『ローラーゲーム』として始まったようですが、
数年後に一旦放送を休止しているんでしょうか?
1970年代には、『日米対抗ローラーゲーム』とタイトル。
こちらの名前で覚えている方は多いと思います。
その名の通り、アメリカから輸入された新スポーツでした。
実況はたしか、土居まさるだったと記憶してますが、
彼の爽やかな語り口で実況するだけあって、純粋スポーツというより、
もう少し華が有ったように思いました。
そもそも試合も、ほとんどプロレスに近いものがあったしね(笑)。
ルールは当時見ていても、なんの事やらさっぱりわかりませんでした。
ただヘルメット被ったジャマーという選手が走り回り、
相手選手がよってたかって飛びかかってその進行を邪魔する。
ジャマーを邪魔する。それだけなんですよね。
競技性なんて少なくともワタクシの見た所ほとんど感じられず、
一人のジャマーを寄ってたかって邪魔するんですよ。
もちろん味方側はそのジャマーを邪魔するのを邪魔するという、
くんずほぐれつの状態になる事しょちゅうで、
スポーツと言うよりも、スポーツと格闘技の合いの子って感じだった。
プロレスのバトルロイヤルに近かったですね。

この番組がそこそこ注目された事によるのだと思いますけど、
ローラースケートがかなり流行りました、あの頃。
自転車みたいに、ごく普通に誰の家にでも置いてある感じ。
ワタクシはヘタレというか、興味わかなかったのでやりませんでしたが。
買い物なんかするのでもローラースケート履いて、
コンクリ地面をガーガー鳴らしながら走ってたガキ多数。
この、ローラースケートがごく普通に見られた光景は、
テレビ東京で試合中継している間は続いていたと思います。
やはりテレビの影響力って凄いんですよね。
で、放送が無くなったら途端に潮を引くように見なくなりました。
代わりに出てきたのがローラースルーゴーゴー。
こちらもワタクシは買いませんでした。
考えてみれば、物をねだれる家ではなかったのだった(苦笑)。
それからも結構経った昭和末期、ジャニーズ事務所が満を持して送り出した
光GENJIのローラースケートパフォーマンスは、たしかに壮観でした。
あれでまた一気にブームになったのを、いい年になっていた我々の世代は、
些か懐かしい感じで街中のスケーター達を眺めていたものでした。
今のはインラインスケートって言うんですか。形状もかなり変わってますね。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
待ってました
ローラーゲーム、好きでよく見ていましたね。たしか最初のころは日本国内にもいくつかチームがあったような気がするんですが…。
大阪とかにもチームがあって、東京だけが残って結局「日米」になってしまったんだと記憶していました。
(裏づけはありませんが…)

日米になってから人気が出た小泉ヒロシさんは、今でもローラーゲームをやっておられますが、私の中学の先輩です。(お目にかかったことがあります。)

最近、ネット上の会話で、佐々木ヨーコさんがお元気でいらっしゃるというのももれ聞きましたよ。
2007/04/03(火) 21:59:03 | URL | ダイアナ・シールズ
ボンバーズ
「日米~」になってからでしょうか、ニューヨーク・ボンバーズと東京ボンバーズがチーム名をかけて戦ったことがありました。これは燃えましたね。負けたらボンバーズでなくなっちゃう!大変だぁ!…と。結果は…日本の勝ち!
 ずっとやられてて、最後の最後に逆転勝ちというちょっとツクラレていたかなーという展開でした。(真剣勝負だったらごめんなさい)

 科学忍者隊ガッチャマンの第66話(1973.12.30.放送)にも「ローラーゲーム」がでてきます。変身したあの姿でブーツの上にローラースケートを付けて「バード・ホイップ」なる技(科学忍法!?)で敵のデブルスター(ギャラクターの女性軍)を倒します。
 
 東京ボンバーズの男性選手にミッキー角田(つのだ)っていませんでした?
2007/04/03(火) 22:51:17 | URL | オンデン1970
テーマ曲
これは12チャンネル掲示板でも質問したことですが、「日米対抗…」のオープニングテーマは何と言う曲かわかりますか?当時の12CHスポーツテーマ「パープルページェント」とは違う曲だと言う事まではわかったのですが…
というのも、実はこれと同じ曲が高知放送ラジオのプロ野球中継でテーマ曲として使われていて、同局に問い合わせたところ「曲名までは分かりかねる」と言われてしまったのです。
2007/04/04(水) 00:43:35 | URL | うみがめ
海砂利水魚の方が良かったのに
● ダイアナさん
東京ボンバーズしか知られてませんが、
最低もう1チームは有った気がしますね。大阪?
はあ。それでボンバーズ以外は潰れて一回休止になったのかな?
それで再開後は日米対抗をメインにしたと。説得力は有りますね。
テレ東の社史はどうも薄っぺらで各記事の内容も薄くて(苦笑)。
仕方無いので番組表を見てみると、初期はサンダーバードとかデビルス
なんてチームがボンバーズと共に活躍してたようです。
大阪サンダーバードって言ったんでしたっけか?

小泉博さん、ワタクシは当時は知らないです。
少年週刊誌のグラビアで特集される時も、ほとんどヨーコさんメインでした。
しかし、なんですか、あなた方は。
なんでそんなにテレビとの関わりが深いんだ、みんな(苦笑)。
一説によると、光GENJIにあれを伝授したのも当時ボンバーズのメンバーとか?


● オンデンさん
ああ、はいはい、やったようですね。
しかも日本が本場に勝っちゃったんだから、好きな人はかなり盛り上がったでしょう。
プロレスだって真剣勝負ですよ。真剣勝負の反対はデタラメ。
その試合もデタラメではなかったんでしょう?
ならばそれでいいじゃないですか。無粋な詮索は楽しみを減らします。

ガッチャマンにローラーゲームが出てきますか。
実はワタクシ、あの作品もただの一話も見た事ないもんで(苦笑)。
するとやはり白鳥のジュンが活躍したんでしょうね。

角田さんっていたようですがヨーコさん以外ワタクシは覚えてません。


● うみがめさん
テーマ曲なんてまったく覚えてないですねえ。
12チャンのスポーツテーマすらその書き込みで知りましたよ(笑)。
以前ここでも少しだけスポーツテーマが話題になりましたが、
その時は12チャンについては不明で終わってしまいました。
うみがめさんがいてくれたら早く型がついたのに(笑)。
2007/04/04(水) 00:48:58 | URL | ごいんきょ
スポーツテーマ
「パープルページェント」について、実は私も12CH掲示板で、そこの管理者が自らのこだわりを熱く語るのを読んで知った口です。
スポーツテーマについては、私のブログでも以前記事にしました。「音盤話」カテゴリの「耳で楽しむスポーツの秋」(ちょっと季節外れですが)を参照して下さい。
2007/04/04(水) 09:00:13 | URL | うみがめ
12チャンスポーツテーマ
きっと覚えてる人は限られてるでしょうが、さすがですね。
2007/04/05(木) 06:12:55 | URL | ごいんきょ
河野ビンゴ!
初めてこのサイトのことを知ってから、どれほど待ったでしょう!
ついに来ました「ローラーゲーム」!!
私は「日米対抗~」の時代しか知りませんが、毎週必ずテレビの前にかじりつきで観ていました。
選手の一番人気は、言うまでもなく佐々木ヨーコでしたが、ケイコとキミエの綾部姉妹、男性キャプテンのミッキー角田、一時期キャプテンも務めたタイガー森、ビンゴ(頭突き)とレッグホイップがダイナミックだった河野カズオなど、選手の面々が懐かしく思い出されます。土居まさるの実況も、スピーディな展開に一役買ってましたね。
オープニング曲は、中期以降の国際プロレスと同じだったので、おそらく東京12チャンネルのスポーツテーマと思います。
「ボンバーズ」というチーム名は、もともとニューヨーク・ボンバーズのものだったのですが、「試合で勝てたらチーム名をあげる」と格下の日本チームに宣言し、負けてしまったため、「東京-」が名乗ることになったのです(以降、ニューヨークは「チーフス」を名乗りました)。日本での他チームはあまり記憶にないのですが、アメリカチームでは、東京ボンバーズの師匠にあたるロサンゼルス・サンダーバードや、悪徳マネージャーのインディアン・パーカー率いるシカゴ・ホークス、デトロイト・デビルス、ボルチモア・キャッツなどが日本チームと戦っていました。
最終ピリオドで接戦の時は、会場から「GO!GO!」と日本チームを応援する声がこだまし、自分も手に汗にぎって応援したのが、いい思い出です。
2007/04/10(火) 21:00:35 | URL | Mr.テレビっ子
詳報感謝
おおー。そこまでの言われよう(笑)。
かなりのファンだったんですね。
おかげで随分と助かりました。
選手名の数々やテーマ曲、チーム名など、貴重な情報いっぱいで。

国際プロレスも結構見てたんだけど、テーマ曲は思い出せないんですよねえ。
一度聞いてみればいろいろ思い出すかもしれませんが。

サンダーバードやデビルスはアメリカのチームだったんですね。
という事は、最初期から日米のチームが戦っていたんでしょうか。
ボルチモア・キャッツって有ったなあ。

GO!GO!って言ってましたね(笑)。
2007/04/11(水) 04:09:55 | URL | ごいんきょ
補足!
日米の前にローラーゲームがあったとは!私の記憶は日米からのスタートでした。
司会が土居まさるの他、確かアシスタントに児島みゆき(ちょっと自信なし)、解説がJ.ミヤモトという日系人?(J.は自信なし)がいたと記憶しています。確かレフェリーの名前も宮本で、幼かった私は解説のミヤモトとレフェリーの宮本を混同していたのを兄に指摘されたことがあります。

東京ボンバーズのメンバーは 男子1番名前は??(小柄な外国人)、2番??(Mr.テレビっ子さんのコメントからするとタイガー森??)、3番リッキー遠藤、4番ボビー加藤、5番河野(かわの)カズオ、6番ミッキー角田、それ以後は忘れました。女子1番これも外国人でものすごく滑りが美しい人。その他は6番佐々木ヨーコしか覚えてません。
確か、6番がエースナンバーで、一チーム7人だったはずです。河野のビンゴ、レッグホイップの他に、ミッキーのチャップリンスタイルとかいう無意味な技もあったと記憶しています。

ジャマー(私、実はこの名前を覚えてませんでした)は一回につき両チームから二人ずつ出て、まずジャマー同志で戦って、勝った方だけがポイントを狙いにいくことができます。ジャマーは相手の選手を何人追い抜いたかでポイントが決まります。だから、一度にジャマー2人が、相手のジャマーを除く選手5人を追い抜くので、一回につき最高10ポイントをとることができます。確か時間制限があったんじゃなかったかな??
悪役はよくヘアスプレーなんかを隠し持っていて、相手の顔にぶわっ!と吹きかけていたような。また、名前は忘れましたが、アメリカのどこかのチームの監督かオーナーか何かはものすごい金持ちという触れ込みで、いつも持ち歩いているアタッシュケースには大金が入っているという話でしたが、ミッキーとヨーコがそれを開けたら菓子パンが入っていた、というのがあったのを記憶しています。

2007/05/06(日) 22:24:15 | URL | わんぱくフリッパー
いや、これはまた凄い情報で。
皆さんよく覚えてますよねー。

初期のローラーゲームは、ひょっとすると
アメリカチーム同士の試合中継だったのかもしれません。
それでそこそこ注目されて、日本の東京ボンバーズが出来て、日米対抗になったんじゃないかというのが、
現段階でのワタクシの仮説です。

背番号まで覚えてるというのも凄いですが、6番がエースナンバーだったんですか。
解説を読んでいると、本当にほとんどプロレスの世界ですね(笑)。
2007/05/07(月) 00:16:32 | URL | ごいんきょ
補足!の一箇所訂正
先ほど”一回につき両チームから二人ずつ出て、まずジャマー同志で戦って、勝った方だけがポイントを狙いにいくことができます。”と書きましたが、思い返してみると誤りでした。

ほとんどの場合は勝った方がポイントを取るのですが、たまにやられた方のジャマーが再び滑り始め、勝った方のジャマーと相手チームが揉み合っている脇をこっそり通り抜けていってポイントを取る、というシーンが確かあったと記憶しています。
2007/05/07(月) 03:40:04 | URL | わんぱくフリッパー
そうですね。
そんなような展開も多かったように思いますよ。
先行するジャマーを抑えるのも尋常じゃない群がり方で、
およそスポーツという概念からかけ離れてましたけど(笑)。
2007/05/07(月) 06:35:54 | URL | ごいんきょ
ラルフィとコリーン
わんぱくフリッパーさんの投稿に刺激を受けての投稿です!
ローラーゲームは男女5人ずつ計10人が1チーム。テレビでは10分間の「ピリオド」を4つ行い、得点を競いました(女性は1&3ピリオド、男性は2&4ピリオド)。ピリオドの中で、審判のホイッスルを合図に「ジャム」が始まり、各チームは1人または2人の「ジャマー」を送り出します。他のスケーターと区別するため、ジャマーはヘルメットをかぶります。2人の時は特別に「ダブル・ジャマー」と言ってました。得点の方法はすでに語られている通りです。ジャムの制限時間は1分間で、それを過ぎるとタイムアウト。または、ジャマーの意思により途中でジャムを終えることもでき、その場合は両手を腰に当てて「コール・オフ」します。その後、新たなホイッスルで次のジャムが始まり、10分を経過するまで何回でもジャムは続きます。
東京ボンバーズの背番号は、基本的に6番がキャプテン、5番がサブだったようです。おぼろげな記憶を加味して思い出してみると、男女の各1番にロサンゼルス・サンダーバードからの助っ人、ラルフ・バラデアスとコリーン・ミュレル、2番にリッキー遠藤と綾部キミエ、3番に若松マサトシと宮田マサエ、4番に金沢ユキオと堀井ユミコ、5番に河野カズオと綾部ケイコ、6番にミッキー角田と佐々木ヨーコ、7番にボビー加藤と守屋モトコといったメンバーだったでしょうか。タイガー森は、ミッキー不在の時のみ?の出場だったようで、6番を付けていました。
キャプテン&サブの4人以外のジャマーは頼りなく、特に河野なんかが出た時は、高得点を約束されたようで安心して見られました。
2007/05/07(月) 22:18:26 | URL | Mr.テレビっ子
うわ、これまた凄いですな。
ワタクシは当時ですらルール全くわからなかったんで、
ただただ拝聴するのみでございます(笑)。
ヘルメット被っている選手いましたし、特に襲われてましたよね(笑)。
6番がキャプテンって由来はなんなんでしょうねえ?
2007/05/07(月) 22:54:08 | URL | ごいんきょ
こりゃすっごい!
ですねぇ。Mr.テレビっ子さんの記憶力。感服いたしました。私が記憶している背番号と人物の関係とは少し違っているので、ちょっと時期が違うんでしょうか。

7番は新しく出てきた若手がつけていたような記憶がありますが、確か4番ボビー加藤が若手のホープのような感じで扱われていたので、Mr.テレビっ子さんの記述の時にボビー加藤が登場し、私の記述の時にはレギュラー定着していた、という感じでしょうか。

1番の外国人二人はラルフィとコリーンですか!滑っているシーンは頭に残っているのですが、名前はまったく思い出せませんでした。ラルフィの方はラテン系の雰囲気で、結構コミカルな動きをしていたのに対して、コリーンは優雅で美しい滑りでしたね、確か。


2007/05/08(火) 05:14:16 | URL | わんぱくフリッパー
そう言えば、皆さんルール詳しいですけど、番組中でルール解説のコーナーとか有りましたっけ?
それと、背番号が男女それぞれに有ったんですね。
すると、同じトラック上に同じチームの同じ背番号が2人いる場合も有ったわけですか。
2007/05/09(水) 00:55:14 | URL | ごいんきょ
あったような、なかったような
ルールの解説は、あったようななかったような、記憶が定かではありません。
よくわからなくて、兄と一緒に見ながらいろいろ解釈したような記憶もあります。

背番号に関して、じっくり考えてみると、実は私は選手に背番号がついていたかどうか確信がないことに気がつきました。ゲームが始まる前に字幕で出場選手が紹介される時、その字幕では1から順に選手に番号がついていたのは間違いありませんでした。そして、その番号と選手名はほとんど毎回固定でした。

でも考えてみると、もしかしたらこれは野球の打順みたいなものであり、背番号はまた別だったとか、あるいはついてなかった、という気も少しします。
Mr.テレビっ子さん、この辺り、明確に記憶されてたら教えてください。

ちなみに、選手紹介の字幕は確か最初に1~5まで一緒に出て、その後字幕が切り替わって6番以後が出ていたように思います。まぁ、どうでもいいことですけどね。

ごいんきょのコメントにある”同じトラック上に同じチームの同じ背番号が2人”というのがよく理解しきれていません。
これは、男女混合でプレーするとそうなる、という意味ですか?

もしそうだとすれば、Mr.テレビっ子さんのコメントにもあるように、1ゲームは4ピリオドで構成され、女子が1と3、男子が2と4だったので、同じ背番号をつけた男女が2人、ということはありませんでした。

ちなみに、前述したように私はこれが背番号だったのかどうか、現在よくわからない状態に陥ってますけど。
2007/05/09(水) 06:42:39 | URL | わんぱくフリッパー
ルールの解説
 毎回土居まさるさんが簡単な説明はしていたような記憶があります。背番号はちゃんとありましたよ。前述した小泉ヒロシさんが7番でした。(テレビ放映の後期だと思いますので、初期は別の方でした。たぶんボビー加藤さんなんですね)

 その小泉ヒロシさんは今でもローラースケート方面で活躍しておられますが、そちらのHPに往年のローラーゲームのイメージに近い映像がありました。
 1993年ということなので当時のメンバーではないですが、バンクを使っています(最近のはフラットな場所でやるようです)。

 昔はジャマー役のみがヘルメットをかぶったのでわかりやすかったですが、今は安全のため全員がヘルメットとしっかりした防護服を着ています。

http://showmans.tv/rg.html
1993年のバンク使用映像。
2007/05/09(水) 08:41:36 | URL | ダイアナ・シールズ
● わんぱくフリッパーさん
たしかゼッケンという言葉を使っていたと思うんですよね。
だから背番号は有ったんじゃないかな。
あれ? ワタクシはすっかり男女混合競技だと思ってましたけど。


● ダイアナさん
そういうのは有ったかな。
でも、それは本当にサラリとしたものでしたよね。
皆さん、よく把握してるなあと感心している次第で。
全員がヘルメットって、ちょっとイメージ狂いますね。
2007/05/10(木) 06:55:13 | URL | ごいんきょ
よくまねしてた
当時の子供たちは、よくローラーゲームのまねをして道路でローラースケートをしていました。昔のローラースケートは、靴につけるタイプで、裏のねじを回して靴に合わせていました。結構音がうるさく、金属製のローラーだと、すべるたびに火花が飛んでいました。
「ダブルジャマー」や「レッグホイップ」なんて懐かしいですね。ボンバーズが得点しようとすると、必ず相手の監督?か誰かが邪魔をするのが常套手段でしたね。そして最後は逆転、というのがパターンだったような覚えがあります。
そういえば、ペナルティを与えられると、真ん中のボックスに1分間座らされる、というのがあったような気がします。
2007/06/02(土) 22:45:29 | URL | むかしはねェ~
ローラースケートも流行りましたよねー。
流行ったというか、流行と言うよりも自然な文化として溶け込んでいたほどに。
試合展開は本当にプロレスチックだったようですね(笑)。
そう言えば真ん中にボックス有ったかも。
そんな罰が有ったんですか。
2007/06/03(日) 05:23:04 | URL | ごいんきょ
初代司会アナウンサー
初代司会場内アナウンサーは
ミッキー・安川でした。
アメリカン・スタイルで
ロスアンゼルス・サンダーバードは
ベビーフェイスでした。
ラルフ・バラディアスという選手がいたと思います。
それ以外は悪役で
悪役チームがラフプレイすると
ミッキー安川が
「皆で行ってやろーぜ ブー・ブー」
と扇動して囃し立ててました

サンダーバードが来日する直前に
多局が紛いチームを招聘し先に
興行・テレビ中継しました。

そしてお決まり・お約束の涙ものシーン
男女別々のチームの対決ですが
何と男性チームが皆負傷
替わって女性のエースが男性チームに加わり、ついに逆転勝利
このシーンは、何と本物サンダーバードが来日した時もありました
やはり、アングル???

ローラースケートでタップダンスを踊ったり、
足でフィリップしたり
個性的な技を演じる選手がいました



2007/06/06(水) 22:45:33 | URL | ミッキー・ミッキー
ミッキー安川さんも懐かしい存在ですが。初代は彼でしたか。
>「皆で行ってやろーぜ ブー・ブー」
いいなあ、昭和40年代(笑)。
でも、なんとなく覚えが有るような…

そのころは日本チームは無かったという事でしょうかね。
すると、ワタクシの仮説で合っていたのかな。
2007/06/07(木) 04:28:56 | URL | ごいんきょ
蒸し返すようですが
ローラーゲームのテーマに使われていた曲が「パープルページェント」で間違いないことが、ここの休止中に判明しました。
詳しくは私のログの「これでスッキリ!」(カテゴリ「カメディア・ルーム」)を御参照下さい。
2008/01/06(日) 20:20:07 | URL | うみがめ
ああ、そうなんですか。
ちょっと今、かなり忙しくて申し訳なくも
他の方々のブログをまったく覗いていない状態が続いているのですが、
わざわざご報告ありがとうございます。
2008/01/07(月) 02:30:12 | URL | ごいんきょ
ロニー・レインズ、リズ・フェルナンデス好きでした。
2008/03/18(火) 13:20:01 | URL | ミャオミャオ
うわー、懐かしい。
再開されてたんですね。遅ればせながらおめでとうございます。
ローラーゲーム懐かしいですねー。
後楽園まで生を見に行った覚えあります。外国チームのマネージャーの悪役の人がいつも濡れたタオルで日本の選手のこと引っ叩いていませんでしたっけ。
2008/03/19(水) 11:58:41 | URL | ぷにぷに
返信遅れまして失礼しました。

● ミャオミャオさん
外国側選手の名前を覚えている人は少ないでしょうね。
ルックスが良かったのかな。

● ぷにぷにさん
再開とは名ばかりの状態でしたが(苦笑)。

生で見られたとは貴重な体験でしたね。
しかし、つくづくプロレスなんですよね(笑)。
2008/03/20(木) 18:16:26 | URL | ごいんきょ
懐かしいですね。当時、小学生だった僕は友達とローラースケートを買ってローラーゲームごっこをよくりました。「ホイップ(仲間の手をとり投げるようにスピードをつけさせる)」とか「ビンゴ(頭突き)」とか。
確かルールはヘルメットを被った人が相手を周回遅れで追い越すたびにポイントが加算されたような(アバウトな記憶ですが)。反則をすると審判から「3分間のペナルティーボックス!」なんて言われて時間になるまで試合に出られなくなったり。
東京ボンバースの宿敵ニューヨークサンダーバードのマネージャーみたいな胡散臭いやつがいて、審判が見えないところでステッキでボンバースの選手を痛めつけたりして、視聴者をイライラさせたり。なんだかプロレス的要素が満載のスポーツでしたよね。
2008/07/07(月) 07:08:27 | URL | gaku
ホイップって言葉、そう言えば有ったなあ。
ペナルティボックスね(笑)。
そうだ。そこにヨーコさんが入ってて、味方がよってたかって攻められてるのに
参戦できないのを地団駄分で悔しがってる絵が浮かびました。
2008/07/10(木) 02:48:17 | URL | ごいんきょ
流行りましたねー
小学5,6年生のころクラスでもローラーゲームごっこが流行りました。
懐かしいですねー
2009/02/22(日) 22:02:41 | URL | 緑のおばさん
へー。
ローラースケートは爆発的に流行りましたが、
ローラーゲームごっこはワタクシの周りでは見ませんでした。
場所とかルールとか、本気になったりとか(笑)、難しそうですから。
2009/02/23(月) 21:05:02 | URL | ごいんきょ
教室で
掃除の時机とイスを片方に寄せるじゃないですか、そんな時にやるんですよ。
当然即先生に見つかり怒られるというわけです。
ルールは覚えてないですね。
2009/02/23(月) 21:51:48 | URL | 緑のおばさん
ああ。本当に「ごっこ」ですか(笑)。
ローラースケートを使ってやるわけじゃないんですね。
2009/02/25(水) 05:47:09 | URL | ごいんきょ
懐かしいですね
日米(東京ボンバーズ出現)より前の
米米同士の対戦から見ていました
サンダーバード対デビルス
サンダーバード対アウトローズなど
東京12chで宮本さんの実況でした
そのころいた女子選手でジュディー・ソーウインスキーというロシア人みたいな名前の人がいて、あとになってから、そういえばP・マッカートニーに
似てたな
2009/03/26(木) 16:30:01 | URL | ななのパパ
ああ、やはり最初の頃はアメリカチーム同士の対戦で、
日本チームが出来て「日米対抗ローラーゲーム」となったんですね。
そのタイトルになってから、土居まさるさんが司会になったんだな。
そこからご記憶の方は多いと思いますが、その以前をご覧の方は貴重だと思います。
まして選手の名前までご記憶とは凄いです。
2009/03/29(日) 09:53:45 | URL | ごいんきょ
宮本さんのオリジナル
米米対戦の時の実況の
宮本さんがオリジナルだとおもうん
ですが
用語で
「露払い」
 見方のジャマーを助けるためにパックの敵方を倒していく役目
「スタコラ作戦」
 敵方に得点されないように、ひたすら全力で逃げる作戦
あとダニーライリーにつけた「ダンプカー」というニックネーム
などなど
2009/03/29(日) 15:17:19 | URL | ななのパパ
すっきり
「国内に複数チームあったような記憶がある」と以前コメントしましたが
大きな間違いで(スミマセン)
アメリカの複数チームによる試合の放送があって、
そのチームに佐々木ヨーコなど何名かが入っていたんですね。
それで日本人と日系人で「東京ボンバース」ができて
「日米対抗」の放送が始まったと。
やっとスッキリしました。

幼児のころの記憶ですのでご勘弁を~。
2009/03/30(月) 10:54:01 | URL | ダイアナ・シールズ
ダイアナ・シールズさん
ちょっと解説風になってしまいますが(そんなの知ってるよと言う方も...)
米米対戦当時の日本での放映時は
L.A・サンダーバードと言う善玉があって、その他はヒールでした
チーム名からして
テキサス・アウトローズ
ニューヨーク・ボンバーズ
デトロイト・デビルス など
悪玉っぽいでしょ
宮本さんの実況はその辺を意識して
サンダーバードの味方的発言をしておりました
私の記憶ですが、佐々木ヨーコさん
他東京ボンバーズのメンバーは
新規で集められたように思います
発足当時、サンダーバードから
ラルフ・バラディアスと
コリーン・ミュレルという選手が
助っ人で参加していました
2009/03/30(月) 17:49:52 | URL | ななのパパ
● ななのパパさん
いろいろと貴重な情報をありがとうございます。
スタコラ作戦って、作戦でもなんでもないですよね(笑)。
東京ボンバーズはニューヨークボンバーズと提携してたんでしょうに、
選手はサンダーバードから貰ってたんですね。

● ダイアナさん
東京ボンバーズの他にもう一つくらい無かったでしたっけ?
いずれにせよ、ここは記憶違いもアリが前提ですので。
おそらくアメリカ同士の対戦で人気が出なかったんで、
数年後に日本人チームを作ってやり直したんだと思います。
2009/04/01(水) 05:19:23 | URL | ごいんきょ
スタコラ作戦
スタコラ作戦...
そうですね、別に作戦って言うほどのものじゃないですね(笑)
でも、見ててこれほんとに面白いんです
先にも書いてありますが、サンダーバードは善玉を演じていて、
見ている僕らも当時小学生で、単純にサンダーバードを応援する感覚になっていました

さて、スタコラ作戦ですが
サンダーバードが僅差でリードしていて、あと1回のジャムで試合終了なんていうときに最終ジャムで、わざとジャマーを出さないで、敵のジャマーが1週してくるのを待ちます、
そしてその敵のジャマーが追いついてきて、「さあ、逆転するぞ」と迫ってきた時に
サンダーバード選手は一斉に逃げ出します
宮元アナ「あー...スタコラ作戦だー」
  「さー逃げろ逃げろ...」
僕ら「逃げろ逃げろ」
........

そして、逃げ切った時に
アナ「勝ちました」
僕ら「勝ったー」
2009/04/03(金) 13:10:53 | URL | プーさん
HN違い
上の投稿でHN プーさんとありますが
ななのパパとプーさんは同一人物です
失礼しました
今後は「プーさん」に統一して
投稿させていただきます
2009/04/03(金) 13:59:54 | URL | プーさん
● プーさんさん
ほー。臨場感ありますね。
当時手に汗握って見ていた感じがよく伝わります。
スピード感もこの競技の華でしたね。
2009/04/03(金) 23:14:24 | URL | ごいんきょ
変な動きをする奴
「チキンマン」(ニューヨーク・チーフス)の話題が一度も出ていませんが、みなさん憶えていませんか?。あれが何か笑えたんですけど。
2009/11/29(日) 10:42:42 | URL | 石毛零号
なんか、悪役だったようですね。
経歴を見ると、本当にプロレスのノリそのものです。
2013/12/08(日) 23:26:39 | URL | ごいんきょ
12チャンネルらしいコンテンツ
日米対抗の頃、近所の兄ちゃんがこの番組を大好きで、当時私は小学校低学年でしたから意味もわからず環境映像のように見ていました。親にローラースケートをねだったらブーツタイプのアイススケート靴のようなのをプレゼントされて友人達から「女靴」等と言われてしまい次第に遠ざかりました。どなたかも書き込んでいましたが靴に履く金属製のタイプが良かったんですよね。
2014/04/06(日) 16:30:05 | URL | とらお
ブーツタイプのローラースケートなんか有りましたか。
本格的なやつかな。
ワタクシの周りでは見たこと無いです。
2014/04/06(日) 23:29:13 | URL | ごいんきょ
圭子がやられていたこと
 陽子が引退後、圭子がキャプテンとして頑張っていた時、外人の悪徳マネージャーにやられていたことが、当時小房だった私にはすごくイヤラシク見えた。
 それは、ユニホームのシャツを捲り上げられ、お腹や背中の肌をかきむしられていたことです。
 一度は、放送席にいる陽子の前で、圭子は両腕を男に片手で束ねられ、シャツを捲られ背中をかきむしられ嫌がっているところを、放送席から飛び出した陽子に助けられた。
 もう一つは、妹の君江と共に、相手の女子選手にバンザイをする形にされ男にシャツを捲り上げられ、二人同時に左右の手で、お腹の肌をかきむしられていた。
 小房の私は、綺麗なお姉さんの素肌と、嫌がる姿に興奮した。
 少し大人になっつて思ったことは、あれらも筋書きのあるショーの一部だったであろうが、よく綾部姉妹は受け入れたなあ。やはり、人気低下の打開策の一つとして受け入れざろ得なかったのかなあ。などと勝手な思いを巡らせました。
2014/05/03(土) 00:59:36 | URL | 綾部圭子ファン
こないだのテレ東50年特番(さまーずじゃない方)は面白かったですが、ヨーコさん出ましたね。
ワタクシ、今の方が好きだな(笑)。

しかし、そんないかにも12チャンという低迷打開策を打っていたなんて。
もっと告知してくれてたら見てたのに(笑)。
2014/05/07(水) 02:25:59 | URL | ごいんきょ
圭子がやられていたこと(2)
 (1)と同じ外人悪徳マネージャーに、ハンドレールを背にした弓なりの
状態にされ、鼻を摘ままれ、口を覆われ、喉を噛みつかれていた。

 圭子も、苦しいし気持ち悪いし、嫌だったろうが、キスされるよりはマシ
と思い、受け入れたのだろうか?。

 しかし、ただでさえ息が上がって
いるのに、本当にそんな事されたら
死んじゃうでしょ?。

 テレビの映像は、アップでは無く、
土居さんの実況が無いとわかりにくか
ったのは、
圭子が受け入れる条件として、実際は鼻を摘ままないで手を添えるだけ、
口と手の間に隙間をつくる、
喉もかんでるフリにしたのかなと
勝手に想像します。

 でも、そんなシュチュエーションは
私を鼻フェチ、のど筋フェチにしてし
まいました。
 

 
2014/05/11(日) 16:47:51 | URL | (ハンドル未記入)
なるほどー。そうでしょうね、きっと。
全日本プロレスなんかでも、レスラーが場外に転落すると、一斉にジャージ姿の若手たちが群がってきてたんですよね。
何も知らない頃は、先輩を心配しているとばかり思ってましたが、
実は客やカメラに対してのカーテンの役割で、
リング下に隠してた血糊を顔に塗っていたのでありました。
2014/05/21(水) 06:45:03 | URL | ごいんきょ
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