私的 昭和テレビ大全集
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リレーナイター

該当番組画像募集

ワタクシが野球に一番ノメッていた昭和50年代が、
パ・リーグの事を取り敢えず置いておけば、
プロ野球の一番良い時代だった気がします。
既にアメリカにはフリーエージェント制が導入されており、
選手年俸が桁外れに高騰していき始めた頃です。
日本では当然、この制度の導入を阻止すべく団結してました。
ドラフト制度も完全抽選制で、戦力はかなり均等化され始め、
広島がAクラスの常連になるなど、どこが優勝してもおかしくない、
どこのファンになってもそれなりに楽しめる健全な時代が来たのです。
しかし、野球を全く知らなかった渡辺恒雄が読売の実権を握り、
プロ野球は暗黒時代へと突入していく事になります。
江川問題では空白の一日などという勝手な解釈でドラフトを冒涜し、
完全に実権を握ってからは、関係者は絶対に導入を阻止すべきとした
FA制度の導入をなりふり構わず画策し始めます。
パ・リーグでやはりドラフトに違和感を持っていた西武とつるみ、
機構脱退まで画策してコミッショナーらを震え上がらせ、
無理矢理な形でFA制度が日本にも導入され、
更にはドラフト制度も、逆指名というワケのわからない制度で換骨奪胎。
全ては読売球団がまた十連覇でもできるようになるだろうという、
野球を知らないが故の単純な判断に基づいていたのですが、
そんな事に振り回された、以前から野球に関わっていた
ファンを含む全ての人間は、本当にいい迷惑です。
プロ野球も誕生してかなりの時を経、当初は投資を強いられた
読売も、十二分に元は取っているでしょう。
しかも、地上波放送の閉鎖性に守られながら。
そろそろ、野球の解放を認めてあげたらどうなんでしょう。

それはともかく、12球団の戦力を均等化して興趣を盛り上げるという
ドラフトの役割は、70年代には存分に花開き始め、
結果として、プロ野球全体のファン層も大幅に底上げされました。
単純な観客数も、この当時にかなり伸びていたのです。
パ・リーグを置いておけば全ての歯車が上手く回り始めていた当時、
プロ野球中継の方も大きな動きが出てきます。
放送時間延長。
それまでは、回も押し詰まっての手に汗握る攻防中、
「大変残念ながら時間の方が来てしまいました」などという
アナウンサーの言葉でこめかみに血管を浮き上がらせ、
テレビ局に抗議の電話をかけたり、そこまでやらずとも
テレビの前で悪態つきまくりの晩酌オヤジが沢山いたのです。

それが80年代に入ると放送局の設備が良くなったからなのか、
柔軟に時間延長して、最後まで放送するようになってきました。
これにて晩酌オヤジの欲求不満は解消。
代わりに、主婦や子供など野球に興味が無い層は、
その後の全番組の放送時間が狂うという、これまたいい迷惑を被る事になります。
全ては、プロ野球がダラダラ長いからいけないんですよね。
ワタクシが子供の頃は、少なくとも投手戦では時間内に終わってました。
そして15分とか30分とか余った時間で、それ用に用意している
ミニ番組を流してくれるのがまた楽しみだった。
昔の名選手を特集したり、或る選手の名場面を特集したり、
或るチームの歴史を特集したり、内容は正にバラエティに富んでおり、
そんな時しか見られない貴重なフィルムも目白押しだったのです。

では、時間内に終わらなかった時はどうしたか。
どうしても我慢できないオヤジは、ラジオを急いでつけたんですね(笑)。
当時はまだラジオも普通に休みとかに一家で聞いてましたから、
ごく身近な存在だったのです。
そして我が家の場合、昭和50年代になると劇的な変化が有りました。
テレビ神奈川の電波が飛び込んでくるようになったのです。
Uアンテナは設置してないので多少はザラついているものの、
充分視聴に耐える画質で見られた、TVKのリレーナイター。
もっとも、後楽園の試合しかやってくれなかったのですが。
日テレの読売戦が放送終了となると、即、リレーナイター入れろ
という親父の指令が飛びますが、元よりこちらもそのつもり。
♪ パッパカパララララ タータ パッパカパララララ タータ
  タータカタータカタータカタータカタン パララララ
  チャーツカチャーツカチャーチャーチャー
  チャーチャーチャーチャーチャーラ~
という、丸井スポーツニュースと同じテーマだったと思いますが、
その音楽をバックに、さっきまで見ていた試合の続き画面が映されると、
非常にホッとしたものでした。

ただ、本当に試合間際で日テレ放送終了となった時に、
間のCM中に試合が終わってしまい、リレーナイターの頭は
ヒーローインタビューだったなんて事も結構ありました。
勿論、ヒーローインタビューも最後まで見るんですけどね、好きだから。
それで、納得いくまで見たらば、VHFの普通の番組に戻るわけです。
するとそちらは途中からになるわけですが、好きでやっている事なので
この事に関しては当たり前ですが腹は立ちません(笑)。
この方式が一番罪が無かったように思いますね。
病的に好きな人間は、ラジオかリレーナイターで我慢すればいいんです。
今ならば衛星・ケーブル放送ですね。
それが80年代に入ると、「スポンサーのご厚意により」と
アナウンサーが恩を着せるように放送延長を告げるようになりました。
たしかに野球バカは取り敢えず不満は無いでしょうが、
大多数の野球を見ない層は、その後のタイムテーブルに翻弄されるわけで、
なにが「ご厚意」なんだという話になってくるわけです。
だからか、数年後にはこういう表現は無くなったと思います。

そうしたキー局の馬鹿げた延長対策により、
TVKのリレーナイターはその役割を終えました。
プロ野球が有力コンテンツとして暴威を振るう時代の到来です。
そして、その思い上がりは冒頭に書いたような形で
内的にも暴走を繰り返し、野球はどんどん醜悪なものとなり、
下位球団はまた固定化され、魅力は薄れていく一方になりました。
結果、自業自得でコンテンツとしての訴求力を失っていくのです。
今般の事態は、或る程度プロ野球に精通した人間は、特に驚く事ではありません。
と言うか、こうした事を表に出したこと自体に驚きました(笑)。
それだけ新しい時代を作ろうという決意だと思いたいし、
プロ野球全体のためになる方策を出し合ってもらいたいものです。
まだ指摘している新聞記事を見ないので書いておきますと、
あの西武の報告は、逆指名制度以前と以後でどの程度出費が違うのか、
ここを追求しないと真のドラフト改革に繋がらないと思います。
また、国内国外でFA権取得年数を違えるというのも姑息です。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
こっちのリレーナイター
 野球中継のみの話だけでレスさせていただきますね。トップナイター、リレーナイターも一時はCSの用語みたいになってましたけど、こちら関西でもリレーナイターは独立U局というよりサンテレビの定番でした。関西では阪神戦の局ごとの中継日割り当てみたいなのがあり、日・水が朝日、金が毎日、土がよみうり、木が関テレだったかと記憶してます。で、このうちサンテレビは朝日放送と提携しているため、ABCが中継枠を持っていない時間帯を「リレーナイター」にして結果的に完全中継化させているというのをやってます。ときおり日曜のデーゲームでも頭だけ「リレー中継」でやったりというのもあります。

 ただ、ここ数年の阪神ブランドの向上で、最近はABCが夕方のローカルニュース枠まで阪神戦中継に回ようになったことから(ローカルニュースは全国ニュースの前に回す)、ABCでの阪神戦中継が6時20分くらいから始まるようになってしまい、サンテレビのリレーはたった30分ほどという事態になっています。まあそれでもリレーをするのがサンテレビが虎ファンに愛される所以でしょうが…。
 もうひとつの地元球団、オリックスにもそれくらいの熱入れてやったれよとかつての私は思ったものですが、球団が自滅したので今はそうは思わなくなってしまいました・・・。
2007/04/08(日) 23:45:11 | URL | 通勤急行
関西リレー
はあ、関西でもやはりリレーナイターが有ったんですか。
いつ頃からなんでしょうね。
やはり阪神が主流ですか。
局が少ない地上波ではやむを得ない現象なんでしょうが…
早く衛星放送なりの多チャンネルが主流にならないとダメですね。

オリックスの宮内さんはかなりの野球ファンだという風評なんですが…
2007/04/09(月) 02:29:49 | URL | ごいんきょ
一部の地域
関東、関西の方々はこの「リレーナイター」をうまく活用(?)して野球中継を余すところなく楽しんでいたのですね。
北海道ではSTVで、6時台のローカルニュースで(主にCMに入る前のつなぎ映像として)東京ドームからの映像を流したり、ナイター中継の終了間際には
「このあとはSTVアタックナイター(ラジオのナイター中継)でおたのしみください」というテロップが入ったりしていました。
以前、日テレ系のナイターでは延長に入る際に「一部の地域を除いてこのまま野球放送を続けます」というアナウンスがよく入ったものです。
該当する地域は8時55分で打ち切り、9・10時台の番組を普段通り放送した後、10時55分から「巨人戦ハイライト」という番組を放送していたとか。実際には見たことがないので何ともいえないのですが・・・。
2007/04/09(月) 19:54:05 | URL | 北国の人
有りましたね
一部の地域という表現がとても気になるものだったので、
そのうち、いろんなお笑い芸人がネタにしだしました。
しかし本当に、「一部の地域」と言われてからプツッと番組切られる感じって、
どんなものだったんでしょうね(苦笑)。
北海道は多くの地域の方だったのですか。良かったですね(笑)。
2007/04/09(月) 23:48:59 | URL | ごいんきょ
見たことあります
以前「鶴光の噂のゴールデンアワー」でも、そんな投書がありましたよ。夫婦のどちらだったかは忘れたのですが、相手方の田舎に行って「一部の地域ってどんなドイナカなんでしょうね」って言ったらその瞬間に放送が終わってしまった、って。
 こういう事態が起きたのは、地方でもチャンネルが増えたことが定着したからです。もともと民放はオープンネットといって、時間帯別に番組供給先を1時間くらいの単位で自由に変えてたので、ズレると大変なことになってたんですよね。それが解消されたことでどこも延長に踏み切ってたんです。ただ地方では「最終ニュースの後の自社編成枠がナイターで遅くなるのは困る」のが実情だったようですが。ちなみに北国の春さんがおっしゃった「プロ野球ハイライト」はそういう事情ではなく、ナイターの後のレギュラー編成がナイターやってた系列とは違うからです。
 ちなみに私、サンテレビのリレーナイターをネットしてたKBS京都のリレーナイターを1987年に見たことがあります。オープニングだけKBS京都のスポーツテーマが流れたものの、あとは全く制作元のABCの実況と変わりませんでした。
 東海テレビでも、ローカル中継は延長できませんので20:54のニュース枠まで中継にあてて最後に「この後は東海ラジオガッツナイターでお楽しみ下さい」とテロップが出ます。最近、テレビ東京の巨人戦をネットするようになった岐阜放送でも同様に「この後は岐阜ラジオダイナミックナイター(RFからのネットです)でお楽しみ下さい」のテロップが出るそうです。そういえばKBS京都のテレビって以前は放送終了のとき「この後はKBS京都ラジオでお楽しみ下さい」ってテロップが出てました。
 関東のトップナイターは群馬だけ残ってたらしいですけど(群馬はどうも読売と仲がいいらしく、自社製作ドラマに長嶋茂雄さんが出たこともあるし文字ニュースに読売を使ったこともある)、今はどうなんでしょうね。
2007/04/10(火) 02:07:21 | URL | かじか
リレーナイターの出演者
最初の方が少しわかりづらいんで整理しますと、
地方局が増えた事によってクロスネットの乱れが少なくなったので、
キー局の放送延長をそのままの形で流せる局が増えたという事ですね。

リレーナイターというのはそのままの形で引き継ぐので、
日テレ→TVKの場合も、アナウンサー・解説者とも、
そのまま引き続き出演してました。
だから気分的には放送延長と何も変わらなかったです。
ただ映りが多少悪くなるくらいで(笑)。

関東では、ラジオをお楽しみ下さいというテロップは出ませんでした。
それもそのはず、直接の系列ラジオを持っているのはTBSだけですからね。
近年は、フジとニッポン放送もハッキリと系列局として扱われてますけど、
当時は文化放送との複雑な関係が有ったからか、その手の案内は無かったです。
TBSはたしか、TBSラジオをプッシュしてたかなー?
でもテロップまでは出てなかったと思います。せいぜいアナが言うだけ。
群馬は関東のU局の中でも本当にごく一部しか映らない、番外地です(笑)。
2007/04/10(火) 19:01:20 | URL | ごいんきょ
オヤジ化
こちらの記事を読んで、昭和50年代のある時期、私はかなりオヤジ化していたことを思い出しました(笑)。
テレビの野球中継でアナウンサーが「あらかじめご了承ください・・」みたいな感じで、放送終了時刻を告げると、ラジオを用意してました(笑)。
そして、「まことに残念ですが・・」と言って放送は終わるのですが、スポンサーの表示と来週の予告の間は、まだ野球の映像が続いているのですね。それが有難かったです(笑)。
その後はラジオを持って部屋に籠もっていました。
「ニッポン放送ショーアップナイター」でしたが、その続きが「欽ドン」だったのかしら・・
2007/04/20(金) 20:02:04 | URL | モデラート
うーん
モデラートさんの把握が難しい(苦笑)。
最初は、昭和30年代にピアノを嗜んでいたお嬢様と憧れていたのですが(笑)、
そのうちにうわさのチャンネル見てたとか、
挙げ句の果てには欽ドンにネタを送ってたとか(笑)、
川上元監督の野球教室まで見てたとか、
どうも人物像を掴みづらいです(笑)。
ラジオまで用意して野球に没頭する女子ってのも少ないと思うよなあ。
お気に入りの選手目当てというならまだわかりますが、
少年野球教室見るほど野球好きだったんだろうし。

そう、スポンサー紹介の間は画像だけでも映ってるんで、
なんとかその間に打ってくれとか抑えてくれとか祈ってましたね。
日本放送ショウアップナイターの季節になると、
大入りダイヤルまだ宵の口が大部分放送されなくなるのが嫌でした。
欽ドンもよく休止になってましたよね。
なんとか欽ドンの前には試合が終わってくれと祈ってました。
2007/04/21(土) 06:57:57 | URL | ごいんきょ
TVKのリレーナイターは羨ましかったです。でも昭和50年くらいからプロ野球ニュースが始まったので、結構、欲求不満は解消されたような記憶があります。
ちょうど巨人のV9が終わり、燃えよドラゴンズなんて歌がヒットしたり、赤ヘル旋風とか巻き起こったり。小学低学年の時は、クラスの殆どが巨人のYGマークの帽子だったけど、ドラフトで戦力が均衡化してきた頃から、巨人の帽子はダサい。という空気になってきて、阪神や、ヤクルトや南海や阪急など思い思いの帽子を被るようになりました。今でも巨人の帽子を被っている人は見かけませんね。あっ、グリコ森永事件の犯人は被ってました(笑)
2008/07/07(月) 11:22:58 | URL | gaku
移らない地域でも、大体は内容の想像がつきますよね、やはり(笑)。
でもやっぱり、昭和時代は読売が圧倒的人気でしたよ。
それまで一色だったのが、チラホラ別の色も混ざり始めたって感じでしたね。
2008/07/10(木) 03:16:08 | URL | ごいんきょ
特に…
我が家も荒れたTVKの画像で最後までおっかけ視聴しておりましたね~。
それまではテレビが終わると「ラジオつけろ」だったので、ずいぶんよくなったな~と思ったものでしたが。

今はアンチ巨人ですが、当時は巨人にお気に入りの選手がいました。
代走&守備固め要員の方だったので、リレーナイターの時間帯でないと見られないことが多く(汗)
食い入るように見ていたことを思い出します。。
2008/07/10(木) 17:07:37 | URL | ダイアナ・シールズ
久々にダイアナさんの投稿をお見かけしたと思ったら、
リレーナイターですか(笑)。
ウチとまったく同じ情況だったんですね。
ダイアナさんにそこまで想われた選手が羨ましいです(笑)。
2008/07/17(木) 07:12:18 | URL | ごいんきょ
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