ミッドナイト ビデオジョッキー (1984)

しばらく各方面をほったらかしてしまい、実に申し訳ない事でした。
もっとも、大変恵まれている事に、おばかな制作者などいなくとも、
有益なコメントを続々と寄せて頂いている勿体なさ。
果報者とはこの事でありましょう。
また皆さん、ワタクシ同様にテレビっ子だったんだなあという事なんでしょうね。
長引いていた引越しもようやく完了し、初めての確定申告に悪戦苦闘し、
やっと通常モードに入れつつある昨今です。
そろそろ更新ペースも早めたいな(苦笑)。
さて、ご存知の方も多いと思いますが、
数日前に広川太一郎さんがお亡くなりになりました。
自分が幼い頃に耳馴染んでいた声優さんがいなくなるというのは
誰であっても寂しいものですが、ワタクシの場合、
初代ムーミンの声優さんがここのとこ立て続けに亡くなっているので、
そうしたショックもけっこう大きいのです。
まだスニフやミイ、なんと言ってもスナフキンもおりますけれどもね。
いつかは世の常として皆さんいなくなって、
そうこうするうちに、やはり大好きだった細うで繁盛記の皆さんとも、
更に数十年したら、ちょっとマイウェイの皆さんともお別れが来るのだろうし、
そうこうしながらどんどん自分の順番が近づいてきて、
気がつけば2mくらい上から飛び降りるときに、
まったく体のクッションが無くなっていて、
子供の頃にはほとんど感じなかった強い衝撃で体に相応のダメージを受け、
老いは確実に万人に訪れるという事を、ほとほと実感しつつある昨今、
俺はなんでいきなり、こんな暗い活動再開をしているのだろうと、
ふと我に返った次第です。すみません(笑)。
てなわけで、今回は広川さん追悼も兼ねて、
情報番組の範疇から、テレビ東京の深夜番組のこれを扱ってみようと思います。
内容から言って暗くならずに済みそうですしね。
ムーミンのコメント欄でこの番組について少し触れたのですが、
あまりに場違いで、メルヘンな「元」少女たちを不快にしたかもしれません。
「元」と鍵括弧を付けたのは、もっと不快にさせたかもしれませんが(笑)。
で、そこでも書いたように、広川さんは顔出しの司会も幾つかやっていて、
ワタクシが覚えているのは、既に扱った『おはようテレビ朝日』と、
この『ミッドナイトビデオジョッキー』。
朝の爽やかな番組と、夜の妖しい番組。
うーん、これぞ広川太一郎だったりなんかして(笑)。
この当時、テレビ制作者にとって一つのライバルメディアが、
力を急速につけてきました。
それ以前はハードもソフトも非常に高価だったビデオが、
普及価格帯と言える十万円クラスのハードの登場と、
レンタルショップの台頭によるソフトの普及との相乗効果により、
一般家庭のテレビ受像機を奪い始めます。
ビデオを再生されては視聴率が上がらず困るテレビ側は、
強かに対抗策を打ち出し始めたのでした。
今も昔も、文化普及の推進力となるのは、軍事とエロ。
戦闘と快楽という、人間の根源的営み。
ビデオ普及を加速させたのも、他ならぬこのエロでした。
洗濯屋ケンちゃんなどの大ヒットを産んだ裏ビデオ文化。
ワタクシは見たことは有りませんことも有りませんが。
更に進んで、表ビデオのアダルトものも過激さをどんどん増していき、
代々木忠監督のドキュメント ザ・オナニーなど、
その後のアダルト作品にも影響を与えていく名作が続々登場しました。
ワタクシはこれも、見たことは有りませんことは有りませんので、
女性読者の方々はワタクシをケーベツしたりしないで下さいね(笑)。
さて、そんな潔癖なワタクシとはまったく無縁のアダルトビデオ(笑)。
これが一般レンタルショップで所狭しと並べられるようになり、
ビデオデッキの普及は急速に進みました。
テレビ側は、この突如登場したライバルメディアに対抗すべく、
負けじとエロ番組を続々と量産しだしたのです。
厳密に言えば、1970年代からテレビに少しずつ裸は流されてました。
しかしそれは、切り取られた裸オンリー。
実際に女性が触られて悶えるなどというテレビ映像は、
今もまた考えられませんけど、70年代も有り得ませんでした。
描写としては有りましたけど、おっぱいを揉んでる画面とか
映っていたわけではなくて、それらは上手く想像に処理させてました。
おっぱいを揉んでるとこは映ってても乳首が映ってなかったり、
或いは『独占!男の時間』のように、爽やかに揉んでましたね。
乳首もあらわに女性がおっぱいを揉みしだかれて、
アヘアヘ悶え苦しむなんて映像は考えられなかったです。
いま思い出しましたけど、今回の記述は制作者に頼まれて、
別人が書いております。
女性の方々、くれぐれも制作者の方に失望しないで下さい(笑)。
さて、別人が書いているのでちょっと表現が下品ですけど、
これを不快に感じる方はとっくに読むのをやめてるだろうから
構わずこのまま話を進めます(笑)。
このミッドナイトビデオジョッキーが始まった1984年は、
正しくこのエロ番組氾濫当時真っ只中。
特に深夜番組の時間帯は、どの局も過激な映像を競争してました。
だからそういう番組を楽しみに見ていた人間は、
このタイトルと放送時間、それに局名を見て胸がときめいたものです。
あの、テレビ東京。
あの、東京12チャンネル。
それがこの深夜エロ繚乱のご時勢に、深夜にビデオ番組をやる。
これは絶対にアダルトビデオを扱うはずだ。
こうした論理展開。
エロだけには頭の回転がいい人種というのはいるものです。
ワタクシは無縁ですけど。第一回から見てますけどね。
でまあ、そんな人種の推測どおり、テレビ東京はやってましたね。
やはり同時期のテレ東で、にっかつロマンポルノの一場面を流す、
明石家さんまの『サタデーナイトショー』というのが有りまして、
それとアダルトビデオを一部紹介するこの番組とが、
当時のテレ東深夜エロの両輪でした。
と言っても、こんなフリを散々してきたのですが、
この番組のほとんどはアダルトビデオではない、
普通のビデオソフトの紹介なのです(笑)。
でもねえ。
当時の視聴者で普通のソフト情報のほうを楽しみに見てた人、
もんの凄く希少だと思うんですよ。
まあワタクシはその希少なうちの一人だったわけですが(笑)。
普通のビデオソフトのジャンルは様々ですね。
BGVのようなものからカービデオ、パチンコビデオ、
アニメビデオ、とにかくなんでも少しずつトレーラーのように流し、
広川太一郎と女性アシスタントがぺちゃらくちゃら雑談する番組でした。
で、ほとんどの視聴者は、一般ビデオの紹介の最中、
まだかまだかと少しイライラしつつ、その手のビデオが
ボンッと映ると、やっとかあと安堵したものです。
今週はもしかしてその手のビデオ紹介しないんじゃないかという不安も、
胸を過ぎらないでもないわけなんですよね。
焦らしのテクニック。
そういうシーンが映ると、女性アシスタントが「来ましたよー」
とか呆れコメントを出して広川さんにバトンを渡すのでした。
先のムーミンのコメント欄でも書いた通り、
女性オナニービデオの時に、広川さんがやたら憤ってたのが思い出されます。
「だからこんなの見てなんになるんだっつの」
「一人でえんえんやってるだけの見て面白いか」
いや、面白いと思う連中がこういう番組見てるんだよ。
俺は違うけど。
そんな連中はそういうコメント入れられると興醒めだったと思うよ。
俺は違うけど。
そういう場面を見ながら自分の気持ちも高揚させたいのに、
あんたがアレコレ言うからげんなりするんだよ、と思っただろうね。
俺は違うけど。
とにかく俺は違うけど、
そんなにそういう映像が不満だったらこんな仕事受けなきゃいいのに、
と画面の前で広川さんにツッコんだ男もいただろう番組でした。
だいたい僕の高潔さは女性の皆さんに誤解されずに済んだだろうか(笑)。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
あまりに場違いで、メルヘンな「元」少女たちを不快にしたかもしれません。
「元」と鍵括弧を付けたのは、もっと不快にさせたかもしれませんが(笑)。
で、そこでも書いたように、広川さんは顔出しの司会も幾つかやっていて、
ワタクシが覚えているのは、既に扱った『おはようテレビ朝日』と、
この『ミッドナイトビデオジョッキー』。
朝の爽やかな番組と、夜の妖しい番組。
うーん、これぞ広川太一郎だったりなんかして(笑)。
この当時、テレビ制作者にとって一つのライバルメディアが、
力を急速につけてきました。
それ以前はハードもソフトも非常に高価だったビデオが、
普及価格帯と言える十万円クラスのハードの登場と、
レンタルショップの台頭によるソフトの普及との相乗効果により、
一般家庭のテレビ受像機を奪い始めます。
ビデオを再生されては視聴率が上がらず困るテレビ側は、
強かに対抗策を打ち出し始めたのでした。
今も昔も、文化普及の推進力となるのは、軍事とエロ。
戦闘と快楽という、人間の根源的営み。
ビデオ普及を加速させたのも、他ならぬこのエロでした。
洗濯屋ケンちゃんなどの大ヒットを産んだ裏ビデオ文化。
ワタクシは見たことは有りませんことも有りませんが。
更に進んで、表ビデオのアダルトものも過激さをどんどん増していき、
代々木忠監督のドキュメント ザ・オナニーなど、
その後のアダルト作品にも影響を与えていく名作が続々登場しました。
ワタクシはこれも、見たことは有りませんことは有りませんので、
女性読者の方々はワタクシをケーベツしたりしないで下さいね(笑)。
さて、そんな潔癖なワタクシとはまったく無縁のアダルトビデオ(笑)。
これが一般レンタルショップで所狭しと並べられるようになり、
ビデオデッキの普及は急速に進みました。
テレビ側は、この突如登場したライバルメディアに対抗すべく、
負けじとエロ番組を続々と量産しだしたのです。
厳密に言えば、1970年代からテレビに少しずつ裸は流されてました。
しかしそれは、切り取られた裸オンリー。
実際に女性が触られて悶えるなどというテレビ映像は、
今もまた考えられませんけど、70年代も有り得ませんでした。
描写としては有りましたけど、おっぱいを揉んでる画面とか
映っていたわけではなくて、それらは上手く想像に処理させてました。
おっぱいを揉んでるとこは映ってても乳首が映ってなかったり、
或いは『独占!男の時間』のように、爽やかに揉んでましたね。
乳首もあらわに女性がおっぱいを揉みしだかれて、
アヘアヘ悶え苦しむなんて映像は考えられなかったです。
いま思い出しましたけど、今回の記述は制作者に頼まれて、
別人が書いております。
女性の方々、くれぐれも制作者の方に失望しないで下さい(笑)。
さて、別人が書いているのでちょっと表現が下品ですけど、
これを不快に感じる方はとっくに読むのをやめてるだろうから
構わずこのまま話を進めます(笑)。
このミッドナイトビデオジョッキーが始まった1984年は、
正しくこのエロ番組氾濫当時真っ只中。
特に深夜番組の時間帯は、どの局も過激な映像を競争してました。
だからそういう番組を楽しみに見ていた人間は、
このタイトルと放送時間、それに局名を見て胸がときめいたものです。
あの、テレビ東京。
あの、東京12チャンネル。
それがこの深夜エロ繚乱のご時勢に、深夜にビデオ番組をやる。
これは絶対にアダルトビデオを扱うはずだ。
こうした論理展開。
エロだけには頭の回転がいい人種というのはいるものです。
ワタクシは無縁ですけど。第一回から見てますけどね。
でまあ、そんな人種の推測どおり、テレビ東京はやってましたね。
やはり同時期のテレ東で、にっかつロマンポルノの一場面を流す、
明石家さんまの『サタデーナイトショー』というのが有りまして、
それとアダルトビデオを一部紹介するこの番組とが、
当時のテレ東深夜エロの両輪でした。
と言っても、こんなフリを散々してきたのですが、
この番組のほとんどはアダルトビデオではない、
普通のビデオソフトの紹介なのです(笑)。
でもねえ。
当時の視聴者で普通のソフト情報のほうを楽しみに見てた人、
もんの凄く希少だと思うんですよ。
まあワタクシはその希少なうちの一人だったわけですが(笑)。
普通のビデオソフトのジャンルは様々ですね。
BGVのようなものからカービデオ、パチンコビデオ、
アニメビデオ、とにかくなんでも少しずつトレーラーのように流し、
広川太一郎と女性アシスタントがぺちゃらくちゃら雑談する番組でした。
で、ほとんどの視聴者は、一般ビデオの紹介の最中、
まだかまだかと少しイライラしつつ、その手のビデオが
ボンッと映ると、やっとかあと安堵したものです。
今週はもしかしてその手のビデオ紹介しないんじゃないかという不安も、
胸を過ぎらないでもないわけなんですよね。
焦らしのテクニック。
そういうシーンが映ると、女性アシスタントが「来ましたよー」
とか呆れコメントを出して広川さんにバトンを渡すのでした。
先のムーミンのコメント欄でも書いた通り、
女性オナニービデオの時に、広川さんがやたら憤ってたのが思い出されます。
「だからこんなの見てなんになるんだっつの」
「一人でえんえんやってるだけの見て面白いか」
いや、面白いと思う連中がこういう番組見てるんだよ。
俺は違うけど。
そんな連中はそういうコメント入れられると興醒めだったと思うよ。
俺は違うけど。
そういう場面を見ながら自分の気持ちも高揚させたいのに、
あんたがアレコレ言うからげんなりするんだよ、と思っただろうね。
俺は違うけど。
とにかく俺は違うけど、
そんなにそういう映像が不満だったらこんな仕事受けなきゃいいのに、
と画面の前で広川さんにツッコんだ男もいただろう番組でした。
だいたい僕の高潔さは女性の皆さんに誤解されずに済んだだろうか(笑)。
この記事を読んでくださった方へ
この記事を読んだよ〜という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
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