私的 昭和テレビ大全集
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小川宏ショー (1965)

該当番組画像募集


やはり小川宏ショーと言えばこれでしょう。
朝に相応しい、軽快で明るくも、格調あるテーマ音楽。
作曲の平岡精二は、ジャズ・ビブラフォン奏者の草分けとあります。
その名声の通り、澄んだビブラフォンの音色を、
朝の爽やかなひとときに溶け込ませてくれたものです。
そして司会の小川も、初期NHKアナウンサー出身らしい
アクの無い自然体の司会ぶりで、先行の木島則夫を追い落としました。
この当時、本家NHKのスタジオ102・野村泰治をも交え、
NHK出身アナによる朝ワイド戦争が繰り広げられておりました。

泣きの木島人気で先行した番組に対抗する小川は、感情に流されない番組進行を意識。
そのさらりとした進行は、泣きの木島に対し、春の小川とも言われました。
そんな小川を支えるアシスタント陣は、フジテレビ初期ワイドショーでは
お定まりとも言える、露木茂、木元教子と言った布陣。
後に木元に代わる事になる芳村真理をも含め、定番メンバーでした。

特に露木は、小川とともにこの番組の顔とも言える長さで担当。
もっともこれにはちょいと紆余曲折がございまして、
本来は途中で交代する時機が有ったのに、よど号事件がちょうど発生。
なしくずし的に居残るような形になってしまいました。
更には、後継のはずの山川建夫アナが反戦発言で半ば追放という形に。
前田武彦の一件と言い、言う方もたしかに言う方ですが、
当時のフジテレビが労使問題などでかなりナーバスになっていたのも確かでしょう。
この辺の話は、ネットではほぼ情報皆無となっております。
百科事典を自称するウィキペディアですが、執筆者未記名の事典ってやはり問題ですね。
山川アナの名前すら、小川宏ショーの項目に無い。

当初は後発の悲しさで伸び悩んだこの番組を押し上げたのは、
「こどもの広場」「ご存知ですかこの人を」そして、「初恋談義」という
名物コーナーの数々でした。
報道色の若干強かった木島側に対し、トークバラエティ色を強めて成功。
小川という人物の吸引力も有ってゲスト出演者も朝から大物が登場し、
そんな彼らが朝に相応しくざっくばらんにトーク。
それを受ける小川の応対もさらりとゲストに合わせたものばかりで、
その辺の安心してチャンネルをつけっ放しにできる、
洗い物や掃除などしながら番組を楽しめる作りが成功の要因と言えましょうか。
だから、カテゴリとしてはむしろバラエティの方が正しいんでしょう。

初期のスポンサーにポッカが有ったようですが、
ポッカレモンの生コマはよく覚えています。
ポッカは他にもワイドショーを提供していたと思うので、
この番組だったかは定かではありませんが、
おそらくこの番組でもやっていたのは間違いないでしょう。
ポッカレモンでジュースを作る生コマが有って、
ただ垂らすだけでジュースが作れる製品に憧れたものでした。
なにしろ当事は、のどが渇けば水道から水をコップに入れ、
それをそのまま飲むのが当たり前ですからね。
カルピスだのポッカレモンは憧れの商品だったのです。
なんか、木元さんがやってた気がするんだけどなー。記憶違いかな。

山川アナの件にも見られたようなフジの緊張状態は、
この番組や小川にも降りかかっていたのかもしれません。
それが遠因となっているのや否や、後年、小川は鬱病をカミングアウト。
これには些か驚いたものでした。
あの、アクのない人柄のように見えた彼の内には、
そういう人間ならではの葛藤が存在していたという事なんでしょう。
そういうしっかりした方々が悩みながらきちんと世の中を作って下さっているから、
ワタクシのようないいかげん魔がいいかげんに生きていけるのですねえ。
本当に、適当に生きていて、適当な記事ばかりですみません(苦笑)。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
春の小川
今度はフジで(笑)。
泣きの木島、怒りの小金治と何かと話題になりやすい個性を持った司会者を擁したNET系ワイドショーに対してソフトな語り口で長らく人気を保ち続けましたよね。
この番組や高峰三枝子さんが司会をされていたテレビ版「主婦の友」とも「婦人公論」とも言える(笑)内容の「3時のあなた」や「スター千一夜」の様な番組群が70年代までのフジのイメージでしたね・・・・・・・・・。
後は「ピンポンパン」「ポンキッキ」の様な幼児向け番組とかカルピス劇場などのアニメ番組とか。。。。。。そうそう「ライオン奥さま劇場」に代表されるメロドラマも忘れてはいけません(笑)。ああいったドラマで女性の性の有り様を学んだような気もします(笑)。ついついファミリー路線に走りがちな「花王愛の劇場」とか、どうしても男性的なエロに走り性行為そのものの描写に走ってしまう日テレ、つい文芸路線に走ってしまうよみうりテレビとNTV系で気まぐれ的に作られたメロドラマと違って女性の性のありようをディープに追求していた様に思います。
と何でメロドラマの話になったのか(苦笑)。「啓助唄子のおもろい夫婦」とかも合わせて正に「母と子のフジテレビ」と言った感じの番組群でしたね。
1980年代に入ると関西テレビから出向してきた幹部の提言でKTV等の関西ローカル番組(吉本や松竹芸能の本場という土地柄故にどんなジャンルの番組でも半ば必然的にお笑いの要素が入り込んでくる(笑)。又在京局に比べて制作予算も貧弱なのもあって制作費が安上がりなトーク系番組が多くなる訳で(笑))を下地にした番組をメインに押し立てて。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今に至ると(爆笑)。
2008/03/25(火) 02:53:22 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
芳村真理が中村江里子に言った「きつい一言」
芳村真理さんが、確か10数年前だったかな・・・、ある特番の司会をマチャアキさんとやっていて、そのアシスタントに当時若手の中村江里子がついていたんですけど、彼女のあまりにたどたどしい進行ぶりに不満が爆発したのか、「フジのアナウンサーってこういうのが多くて困るわねー」とぼそっと仰っておられたのがなんか未だに記憶にあるんですよね。

中村も含め当時の若手アナは、既にかつての「鹿内帝国」だったころのフジサンケイの社内風土を知らない世代。しかも時は女子アナブームの真っ只中、アナウンサーのタレント・アイドル化で、局内でもアナウンサーを過剰に優遇している雰囲気があった(フジは特にそれが酷かった)。

芳村さんの右の一言は、封建的風土の中で心労の耐えなかった時代のフジのアナウンサーの多くを知る人間の一人ならではの、そういう「甘やかされた」アナウンサーに対するささやかな「抵抗」の言葉だったと今考えると思いますねぇ。

かつてのフジをよく知っている功労者ほど、今のフジの体制に対して少なからず不満を持っている人が多いような気がします。処遇の悪さもあるんでしょうけど、それ以上に、その昔の、それはそれは厳しすぎる環境を知っている者としては、とても想像できない、ナアナアな今の社風に、違和感・抵抗感があるのも理由だと思います。露木さんもよくフジへの不満・批判を最近よくラジオとかテレビで言っていますもんね・・・。
2008/03/25(火) 08:05:10 | URL | blue
ゲスト出演者
も朝から大物が登場し、
という記事の文を読んで思い出した場面があります。
ゲスト出演者が高峰秀子さんでした。
高峰さんに関する問題を出して、ゲスト回答者が答えトークを展開するというコーナーでした。
回答者は3人で、お一人は松島トモコさんだったと思います。もう一人は覚えていません。
3人目の回答者は遅刻してきて空席でした。

問題は何問かあったのですが、回答者は殆ど間違えてトークも少し盛り上がりに欠けた感じがしました。
コーナーも終わりに近づいたとき、3人目の回答者の黒柳徹子さんが駆け込んできました。

黒柳さんはハァハァ息を切らして席に着き、このコーナーの内容も把握してないような様子でした。
が、小川さんが今までやった問題を急いで読み上げ、徹子さんがそれにどんどん答えていくと全問正解でした。
高峰秀子さんと親交が厚いのだなぁと感じました。
高峰さんもニコニコ嬉しそうで、コーナーの空気もぱぁっと明るくなった印象を受けました。

2008/03/25(火) 08:47:24 | URL | モデラート
クーデタークーデター
● TXの無いテレビなんて・・・さん
TXが無くても充分生きていけそうですが(笑)。
それら旧態然とした番組に引導を渡す事が、
その後の主流派たる面々の危急の懸案だったようですが。
結果的にはたしかに成功したわけですから、勝って官軍なわけですよね。
小川宏ショーもそうした改革の槍玉に挙げられていた可能性が高そうな。


● blueさん
その当事はアイドル風味の女子アナが闊歩し始めた当初で、
べつに真理さんに限らず、旧世代は苦々しく思っていた人も多いでしょう。
ワタクシが思い出すのは、フジテレビ30年史だったかな。
草創期の女子アナたちがズラリと出演したのですが、
当時何か失敗は有りましたかと質問されたんですね。
その頃はオール生放送ですし、ワタクシは当然、数多く有ります
という返答があるものとばかり思いきや、キッパリと、
「有りません」と言い切ったのには魂消ました。
その昔、アナウンサーはたしかに専門職、技能職であって、
みな確かな話術と広範な日本語知識を持っていたわけです。
そばにいた若い女子アナが恥じ入っておりましたですね。
まあ日本人というのは芸能・エンターテイメントには目が利かんのです。
アナウンサーに限らず、アイドル歌手だって酷いもんだし、
高校野球のような技術的に未熟なプログラムを国民的に楽しんだりね。
そうかと思えばプロ野球だって、ファンよりもまず自分たちの勝利。
パーフェクトまであと一人ってとこで投手交代する愚かな監督と、
それを一人の例外も無く褒め称える愚かな専門家連中。
この国には永遠に一級のショービズが根付く事は無いでしょう。

と、さんざん脱線しておいてから申し訳ないのですが(笑)、
ワタクシが言いたかったフジの緊張状態というのは
blueさんが書いているような表の事ではなくて、上でも書いたような、
フジのお家騒動の歴史、派閥抗争のような事を指しているのです。
もしかしたらわかっていて話をそらしてるのかもしれませんが(笑)。
鹿内派どうこうとまで書いているのですからね。

それら派閥抗争について、関係者たちは具体的な話を開陳した事は無いはずです。
そもそも、関東キー局で社史をまともに発行していない局はフジだけです。
そりゃそうでしょう。一度ならぬ足の引きずり合いの歴史なんだから、
一冊の本にして歴史として残すなど、恥ずかしくてできんのでしょう。
ワタクシだってこうは書いていても、断片的に入手できる情報を、
想像と妄想で繋ぎ合わせて書いているに過ぎず(笑)、
できれば真実に近い正史を発行して欲しいのですが、無理でしょうね。
ちなみに露木さんは、(日枝体制)以前は暗い時代だったとの記述が有ります。
今はどんな事を言っているんでしょうね。
先年のライブドアとの対決では初めて敵が外部に現れて、
フジサンケイグループみな結束できて、嬉しい部分も有ったりして(笑)。


● モデラートさん
高峰秀子さんと黒柳さんの接点ってなんだろう。
松島さんは映画繋がりって感じでなんとなくわかりますが。
2008/03/27(木) 05:29:33 | URL | ごいんきょ
ポッカレモン
 ごいんきょさんは『奥さま8時半です』に関する資料をお持ちなんですよネ。釈迦に説法になってしまいますが、その『8時半』の中でポッカの生コマがありました。
 私が見ていた頃('76~'77年頃?)には「ポッカ100レモン」という商品名で、佐藤さんがCMをやっていました。

 「100%の絞りたてレモン」との商品説明で、だから「100レモン」なのだそうですが、そうするとそれ以前の商品が「100%」ではなかったことが殊更に強調されてしまうような気がして、子どもながらに心配していました。(そんな心配なんかしなくてもイイにの‥‥(^^ゞ)

 テーマ音楽はごいんきょさんのお手製ですか? 私はCD音源を持っていますが、この旋律は和みますよネ。昭和TVテーマの名曲の1曲だと思います。

 朝のワイドショーが流行っていったのは、やっぱり電化製品のお陰の、主婦の家事の軽減によるものなんでしょうネ。
2008/03/27(木) 13:29:10 | URL | 自由人大佐
ポッカ100レモン
資料と言いますか、一般書籍ですけどね。
ですから提供に関してはライオンについて少し記述があるくらいです。
ポッカはそちらも提供してましたか。
アフタヌーンショーもやってたし、ワイドショー片端から提供してたんですね。

商品は、発売しなくなった商品は多少貶めていいんですよ。
洗剤でもなんでもそうでしょ。
以前の商品と比べて格段に汚れが落ちるとか平気で言いますもんね(笑)。

ワイドショーの情報過多(芸能などの無用な情報も含め)化は、
おっしゃるような事情が大きく影響しているでしょうね。
2008/03/28(金) 07:15:01 | URL | ごいんきょ
春の小川で、思い出しました
 UHBの開局記念番組で「小川宏・春の祭典」がありました。
 北海道新聞主催のイベント「北海道民謡大会」を継承した民謡コンクールで、「全国民謡」「北海道民謡」「追分」の3部門で自慢ののどを披露する、というものでした。
 タイトルからすると、一見、小川さんがいろいろなかくし芸を披露するの?と思ってしまいますが。
 ちなみに、1972年4月1日付北海道新聞別刷りの「UHB開局特集」のコピーから引用しました。
 鹿内信隆さんの顔写真も載っていますが、そんなに強面ではないですね。ソフトな印象を受けます。
 その鹿内さんが隣町、由仁町のご出身であるとは夢にも思いませんでした。
 ニッポン放送の亀淵さんもそうです。
2008/03/28(金) 22:11:54 | URL | 北国の人
今でもフジでは・・・
私にとってはやはりTXも独立局も欠くことが出来ない存在でして(笑)。
フジの内部抗争史に関しては、私も入念に調べた上でですけど、一冊の本にして出したい位ですが(笑)。
ただ日枝さんが事実上フジサンケイグループを掌握して以降も未だに水面下ではゴタゴタが起き続けているようでしてね・・・・・。
そもそも鹿内一族追放劇の発端となったのはニッポン放送社長だった羽佐間さんが産経新聞社長に移らされた事に激怒してフジの社長だった日枝さんと手を組んだ事にあるんですが、鹿内一族が追放された後も羽佐間さんは産経新聞社長に据え置かれたままで「日枝には裏切られた」と洩らしたとか何とか、と・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなこんな話を伝え聞いた限りでは今もあまり状況は変わっていないんじゃ無いのかなぁ・・・・・・とも思いますよ。

2008/03/29(土) 00:38:13 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
フジテレビ暗闘史
● 北国の人さん
事情がよlくわかりませんが、鹿内さんゆかりの大会で、
その繋がりで小川さんが冠司会を請け負ったという事なのかな。
さすがでっかいどう。名士も結構いるんですね。

● TXの無いテレビなんて・・・さん
ぜひ出して下さい、『フジテレビ暗闘史』(笑)。
しかし、なんでこれだけの題材がまったく描かれていないのか、不思議と言えば不思議です。
そこにメディアの暴君、電通の影を感じずにはいられないワタクシ。
妄想だけど(笑)。

あれだけのゴタゴタの余波はしばらく有るんでしょうが、
フジテレビが企業的にも完全にグループの中心となったわけで、段々と日枝体制で磐石になっていくんでしょう。
少なくともフジ内部の空気は、以前よりも今の方を歓迎の空気のようですが。
2008/03/29(土) 07:20:08 | URL | ごいんきょ
日枝さんの評価は正直難しい・・・
確かにフジは電通とは非常に良好な関係ではあるんですけど、関係性で言えばさほどのものでは無い様に思いますけどね・・・・・。
ただ電通と対立した時期が長かった企業や人物が小説やノンフィクションの題材としてよく取り上げられるのは事実でしょう(笑)。
なんだかんだ言っても所詮は一広告代理店に過ぎない筈なんですけどねぇ・・・・・・。
昭和30年代までは「乞食」呼ばわりまでされていたと言う・・・・・・・・・・・・・。

私はごいんきょさんとはやや見解が異なる点も多いという事をまずはお断りした上で申し上げますが・・・・・・・・・・・・・・。
まぁあれだけ追放していればグループ内部は歓迎者ばかりになるでしょうね(笑)。
企業人としては「追放」というのも一つの重要な手段だとは思いますけどね・・・・・。
前田久吉→水野成夫→鹿内一族支配→日枝氏を中心とする集団支配(旧労働組合陣による支配とも言える(笑))とフジサンケイグループの支配体制は推移したんですけど、根本の体質はあんまり変わっていないというか、変えられないというか(笑)。正直帝国→ソ連→共和国と推移しても恐怖政治の体制がどうにも抜けきれない(笑)ロシア的というか、政権交代の度に前政権が徹底的に痛めつけられる(まぁ自業自得でもある訳ですが(笑))韓国的というか・・・・・・・・。
フジサンケイの追放体質は以前ほどでは無いとは私も思っているんですけど、より陰湿になっているともねぇ・・・・・・・・・・。




2008/03/29(土) 12:14:35 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
毎度ながら
 すみません、補足説明です。
この催しとは関係なく、別刷り版にあったUHBの広告の中に鹿内さんの祝辞コメントが出ており、写真も一緒に載っていた、というものです。

 ところで、この番組の女性司会者の変遷についてウィキで調べてみると、意外な人が出ていて驚きました。
 田代美代子さん(愛して愛して愛しちゃったのよを歌っていた)
 芦川よしみさん、新井春美さん(NHKの朝ドラのヒロインだった)、藤田弓子さんも担当されていたそうです。
 藤田さんは以前「いつみても波瀾万丈」に出られたときに、生CMでライバル会社の名前を言ってしまった、とこの番組についての思い出を語っていた記憶があります。
 三上彩子さん(元フジのアナウンサー)もフジテレビのアナウンサースクールのサイトで、同じような失敗談(ライバル会社の商品を言ってしまった)を話しておられました。
 頼近美津子さんは最後の女性司会者でしたが、この方はたしか鹿内さんの息子さんと結婚されたのでは?
彼女をNHKから引き抜いたのも、鹿内さんの鶴の一声だったのかな?
 
 脱線ついでにもう一つ。
 以前に読んだ「関西テレビ30年史」に初期のころと思われるこの番組の写真が出ていました。
 誘拐事件の被害にあったお父さんをスタジオに招いてインタビューする小川さん、被害にあった男の子の写真のパネルを持つ女性司会者(石野真子さんに雰囲気が似ていた。木元教子さんか?)が写っているものでした。
 
2008/03/29(土) 16:47:40 | URL | 北国の人
転向組
● TXの無いテレビなんて・・・さん
電通の件は妄想ですからね(笑)。
但し、あれだけの番組に大鉈を振るうについて、
スポンサーを説得するためには当然、代理店との二人三脚が有ったはずです。
日枝さんについてはワタクシはほとんどわかりませんが、
目に見える部分だけで言えば、鹿内御大よりは透明度高いように思います。
ひょうきん族では、横澤さんも決してかぶらなかった水をかぶったし(笑)。
しかしロシアというのはいろんな意味で非常に上手い喩えですね(笑)。

● 北国の人さん
なるほど、そうでしたか。
藤田さんの失敗談はワタクシも聞きました。
あれはこの番組だったのかな。
とすると、ポッカレモンの生コマを木元さんがやっていたという事も有りそうな。

頼近さんはどうなんでしょうね。
引き抜きが先か、見初めたのが先か(笑)。
それにしても鹿内ジュニアの唐突な死は衝撃的でした。
ワタクシは、あんまり番組改革に大鉈を振るっていたので、
誰かに毒を盛られたのかとすら思ったほどに。
そしてその後の鹿内御大も急死し、クーデターに繋がるわけですね。
これらは偶然なんでしょうが、やっぱりなんかロシア的(苦笑)。
2008/03/31(月) 01:49:49 | URL | ごいんきょ
素朴な基本的な疑問として
この番組も八木治郎ショーもそうなのだがワイドショーなのに一エンターティナーによるワンマンショーみたいな名になったのか語彙が貧しいとしか考えられないかも
完全に一個人のワンマンショーと思えそうな番組名は他にもさんまのまんまとかあるもののワイドショーではないし
確かアメリカのエドサリバンショーも一個人のワンマンショーではなかったもののワイドショーでもなかったもではなかろうか
2008/04/26(土) 21:13:56 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
本来はエド・サリバン・ショーみたいなものこそワイドショーなんでしょうか。
この番組やモーニングショーも、当初はそういう意味でのワイドショーっぽい作りを意識してましたが、
日本人は元々エンターテイメント方面がダメで、
どんどんと報道色が強くなっていき、そういう番組がワイドショーみたいな認識になってますよね。
2008/04/27(日) 09:31:49 | URL | ごいんきょ
トークショーという事では?
「八木治郎ショー」も初めは「ウイークエンドモーニングショー」という名前で完全にニュースショーの内容だったとお伺いしております。その後、裏番組の「ハイ!土曜日です」(KTV)のトークショー形式に影響された(そもそも、この「小川宏ショー」が小川さんとゲストとのトークがメインの番組だった)形で八木さんとゲストとのトークをメインとした形式の「八木治郎ショー」に衣替えしたと聞いておりますね。
2008/04/28(月) 23:10:31 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
そもそも英語圏ではニュースショーって概念が有るんですかね?
ショーという名のTVプログラムってどういう概念なんだろうという
基本的認識がまだ確立されてないですよね。
2008/04/29(火) 08:06:26 | URL | ごいんきょ
news programと呼ぶのが一般的ですが
news showという呼び方もありますよ。今日本の民放各局で夕方放送している様な趣味情報ネタもセットになった番組にこの言い回しが使われることが多いみたいですね。


2008/05/01(木) 01:13:48 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
はあ、なるほどね。
するといわゆる朝ワイドも、ニュースショーって色合いが強いですかね。
2008/05/01(木) 07:12:15 | URL | ごいんきょ
子どもの広場に出演しました。
懐かしい番組がたくさん掲載されていますね。「おはなはん」でたどり
つきました。

「子どもの広場」に小6のときに
学校(日暮里)からクラスごと
出演しました。

ハイヤーで河田町のスタジオまで送迎してくれたことと
生番組で収録スタジオも初めてでしたから、あわただしさが印象に残っています。

小川さんは私たちの緊張をほごすために本番前にいろいろ話しかけてくださって・・・。

「私の尊敬する人」というテーマで
挙手をしたら、たまたま小川さんにあてられて、発言しました。
「ナイチンゲール」と答えたら
「看護婦さんになりたいの?」
と言われて、「いいえ」で終わってしまったのですが(笑)・・・。

当時もちろんビデオもなく、白黒TVの映像を母が写真に撮ってくれました。
2008/05/06(火) 10:38:13 | URL | たかちゃん
こどもの広場コーナーはあまり覚えてなかったのですが、
ひとクラス丸ごと出演したんですか。
日暮里から河田町までハイヤー…
豪気だなあ(笑)。

わりと落ち着いた感じの小川さんでしたが、
子供にも気を遣ってくれる人だったんですね。
尊敬する人がナイチンゲールさんでも、看護婦さんになりたいとはたしかに限りません。
でも、そこはハイと答えて欲しかったんだろうな(笑)。

ビデオ普及前にテレビ出演した人間は、周りがテレビ画面を写真で残してくれたりした場合が結構ありますね。
他にはまず残っていない画像でしょうから、文化的にも貴重な物です。
大事にして下さい。
2008/05/07(水) 02:40:09 | URL | ごいんきょ
当時のフジテレビに根付いた「反共」と「親米」。
Wikipediaで調べた非常に浅い知識ではありますが、どうも山川アナの一件といい、マエタケの一件といい、何れもフジテレビ、というよりも当時のフジサンケイグループ全体の最高権力者(議長)であった鹿内信隆氏の政治思想が大きく背後で絡んでいるようですね。まあ、ごいんきょさんなら「そんな話し既に知ってるわ」ぐらいのことなのかもしれませんが・・・

簡単に言ってしまえば、鹿内氏は徹底した反共・親米の政治思想を持っており、これに反する考えの人間を徹底的に嫌う傾向があったということなのですね。

つまり
・マエタケ「バンザイ事件」解任=反共に反する。
・山川アナ「ベトナム戦争反対」発言で解任=親米に反する。
ということで最終的に司会を解任となったということみたいです。

ただ、どうなんでしょうね、これって・・・。
確かに大メディアグループの大元締めともなれば、自分のところだけでなく、他の系列にも一定の影響力を保持している、それぐらいに強大な権力をもっているのは事実でしょうけど、それをこういう部分にまで反映させてしまうのは、ちょっとやりすぎですよねぇ。余りにも酷といいますか・・・。

特に山川アナは社員という立場だったから、そういう首脳部の考えと反する発言をしたことへの社内処分という風に(強引に)肯定することもできるのかもわからないですけど、マエタケさんの場合は、確かにフジを拠点に活動はしていたけども、社員でもなんでもなく、普通のフリー司会者、フリーの放送人でしかないんですよね。それを有無も言わせぬ勢いで業界とグルになって締め出してしまうというのは過度な権力乱用でしかないともいえるでしょう。

これ以外にも労働組合というものの存在を毛嫌いにしていたことも有名で、労働組合の幹部が多く在籍していた製作部門全体を70年代の初めにフジテレビ本体から切り離し、系列会社化し、あえて本社社員よりもワンランク下の扱いを採ったというエピソードもあります。
70年代後半のヒットスタジオのEDでのスタッフ表記の最後、製作著作の部分にはフジテレビの表記と並んで、同じ書体で「ワイドプロモーション」(のちフジ製作)という会社名が必ず併記されていましたが、その上記の「系列会社」というのはこの「ワイドプロモーション」のことなんだろうと思います。
当時のヒットスタジオや他の生番組でも、時折、労使交渉が難航し、通常のスタッフが参加できないという回があると、その事情を逐一オープニングなどで司会者が説明していたようで、そういう回の放送は全体にいつもと同じ構成を採っていながらもどこか暗い雰囲気が漂っているようにも感じました。「ドリフ大爆笑」でも一回、以前CSで全く効果音がない回というのを見たことがあるのですが、あれも多分「争議」の時期に放送されたもので、効果音を入れるスタッフが組合の活動に借り出されていた関係で、音なしの放送を断行せねばならなかったのかもしれません。
よほど、フジの労働争議は凄ましいものだったんでしょうね・・・。

もっとも、80年以降は、子息の春雄氏に実権が移行し「軽チャー路線」とか「たのしくなければテレビじゃない」キャンペーンを打ち出したことで製作部門の存在が最重視されるようになり、本社に再び戻されたようで(この頃にはEDの製作著作のテロップ表記も単にフジテレビの表記だけに戻っています)、その頃からは待遇も大きく改善されたのか、労働争議云々といった話は聞かれくなりましたけども・・・。

しかし、小川ショーはその路線変更によって犠牲になった感がありますね。反体制派が多く参加していた番組でありながら、路線転換後も低視聴率に悩まされあっさり打ち切りという・・・。この番組で真に裏も表も充実した時期がいったいどのぐらいの期間存在したのか・・・。そう考えると、一般に「ワイドショーの先駆者」と評価されている反面、関係していた人からすれば「不運の番組」というイメージを持っておられる人が案外多いのかもしれませんね。
2008/05/09(金) 05:49:12 | URL | (ハンドル未記入)
林家こんちゃんでないけど
そうしたイデオロギー絡みの難しい話題は苦手としても只言えるのはサンケイグループの出版として今も右寄りの政治討論誌の正論が出てるのは確かかも
後ベトナムもイラクも保守派の人間も撤退論出しているし
2008/05/10(土) 16:08:48 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
とうとうイデオロギースレ(笑)
● おそらくBlueさんでしょうが
まあ鹿内御大のご意向がマエタケ氏に関しても、
山川アナに関しても、大きく作用した事は想像に難くありませんが、
特に確証があるわけでもなく、あくまでも妄想の類なので、
その辺はあからさまに書くのは無粋というものです。
関係者の方ならその資格も有るんでしょうが。

鹿内ジュニアは労組に大きく歩み寄って、
フジの制作体勢を立て直しました。
しかしそれは守旧派の反発も喰らったはずで、
例えば俵孝太郎氏などは、先のライブドア対フジテレビでは、
ハッキリとライブドア側に立って、フジ攻撃に回りました。
労働争議が無くなったというよりも、先にTXさんも書いているように、
労組側がクーデターにより体制側になってしまい、
表面的にはわかりづらくなったという事でしょうね。
俵氏などは居場所が無くなった側なのでしょう。


● ガッツさん
そもそも産経新聞というものの出自が、非常に特殊だったと思います。
その特殊さ故にでしょうが、親米というよりは属米的。
とにかくアメリカを刺激するのは国益を毀損するという考えで、
ワタクシが時々書くような事は、彼らから見れば国賊的でしょう(笑)。

ただ、ワタクシはそういう人種を右寄りとするのは間違いだと思いますね。
日本は営々と二千年の歴史を持ってきている国なのですから、
そうしたものに立脚した考え方こそが右寄りであり保守だろうと思います。
たかだか百年も経っていない属米姿勢を右とか保守とか言われてもねえ、
というのが幕末史好きのワタクシの率直な想いです。
ワタクシが大好きだった昭和日本を破壊に導いたのもアメリカですし。
まあ、それに乗ってしまった日本人が一番悪いのではありますが。
無論、産経の中にも考え方のばらつきは多少あるでしょう。
2008/05/13(火) 05:55:34 | URL | ごいんきょ
小川宏ショー
ウイークエンダーやテレビ三面記事のパクリコーナーみたいなこともしてたような記憶があるのですが。

小沢昭一さんが鉄道唱歌最後まで
長い時間歌うなんて企画も
ありましたよね。 
  
2008/07/09(水) 13:23:41 | URL | 梅吉
へー。
小川宏ショーとテレビ三面記事、ちょっとイメージが合いませんが、
末期にはそういう企画が有ったんでしょうか。
小沢さんの鉄道唱歌、いかにもって感じですね(笑)。
2008/07/15(火) 06:56:09 | URL | ごいんきょ
このオープニングで流れてた曲が大好きでした。どなたかおもちでないですか?
2009/05/17(日) 16:25:32 | URL | i-k-
昨日からの報道で
 ご存知かもしれませんが、頼近美津子さんがお亡くなりになられました。
 あまりにも突然で、若過ぎる死に驚いています。
 ご冥福をお祈りします。
2009/05/20(水) 20:06:52 | URL | 北国の人
● i-k-さん
MIDIなら本記事に掲載しておりますけど、
映像となると、なかなか見つからないですね。

● 北国さん
旦那さんともども、なんかフジの因業に巻き込まれてしまった感が有ります。
2009/05/24(日) 17:06:12 | URL | ごいんきょ
学校を休んだ日や夏休みに見てましたね
前の方の投稿で、頼近美津子さんの話題が出てましたけど、この方ってお綺麗な割りにファッションに無頓着だったのか、最初のころ週刊誌でいろいろダメだしされてましたね。
洋服と靴が合ってないとか、大きなお世話だと思うけど、民放に移るってことはとやかく言われちゃうってことなんだなぁ~、なんて思いました。
頼近さんといえば、生CMで「津村順天堂(つむらじゅんてんどう、今はツムラです。)」を「つむらじゅんとんどう」(笑)って言っちゃったんですよね。
NHKにいたときもそんなに上手なアナウンサーではなかったけど「じゅんとんどう」には驚いちゃいましたねぇ~。
我が家ではいっとき意味もなく「つむらじゅんとんどう」って言うのが流行りました(笑)。
2009/09/17(木) 00:40:31 | URL | ななお
仙台に引っ越してから多く見てました。
タイトルの通り仙台に引っ越してから多く見てましたね(旅行先の東京で初めて見ましたけど)。「小川宏ショー」の提供会社は、津村順天堂(現:バスクリン)、日清サラダ油(現:日清オイリオ)、大正製薬(ワシのマークの大正製薬(生CMのバックに写ってました))、雪印乳業(現:雪印メグミルク)、ダスキン、三菱電機の6社だった思います。
2011/06/28(火) 20:01:03 | URL | こーじー
● ななおさん
それって、おそらく左翼マスコミ人が、
従米産経に寄っていった人間を見せしめで叩いてたんでしょう。
玉の輿でしたし、やっかみ感情を引き起こすのは簡単でしたからね。
家の中で流行るテレビ言葉、有りますね~(笑)。


● こーじーさん
ダスキンはけっこう覚えてるんですけど、こんなの使う人いるのかなと思ってましたけどね。
ワタクシに縁の無いお屋敷では普通に使ってたんでしょうね(笑)。
2011/07/03(日) 13:48:09 | URL | ごいんきょ
小川宏ショーの生CM
1971年生まれのアラフォーです。大正製薬のCM、ゴキブリゾロゾロ(三上彩子さんが、「ゾロゾロ入ってホイホイ捕れる」と言った?CM)、大正ゴキブリゾルは見た記憶があります。あと、雪印乳業のCMで、ゴールデンオクトーバーというワインのCMを覚えております。
あとは、三菱電機、津村順天堂(バスピカ、中将湯)を覚えておりますけど、エスビー食品は思い出せません。
2013/03/21(木) 02:02:25 | URL | はるっちー
小川宏ショーのスポンサー
1973.10当時は、資生堂、P&Gサンホーム(現・P&G)、三菱電機、タイガー魔法瓶、エスビー食品、キッコーマンらしい。
藤田弓子さんは、タイガー魔法瓶の生CMで、象印と言った。
2013/03/21(木) 03:03:40 | URL | はるっちー
あらふぉーですか。なんか馬場さんの真似みたいですが(笑)。

ゴキブリゾルって有ったかなあ。
なんか、ホイホイの類似品を覚えきれなかったです。
ああいうのは全部、ゴキブリホイホイって呼んでたと思うんですよ、みんな(笑)。
あとはラッタッタとかバスクリンとかもね。

ゴールデンオクトーバーですか。
こりゃまた随分と地味な(笑)。
雪印がワインやってたんですか。

バスピカとか中将湯とか、異様に懐かしい響きだな(笑)。
メーカーまでは思い浮かびませんが。

あ。その藤田さんの話はなんかで知ってます。
いつみても波瀾万丈だったかな。
2013/03/24(日) 22:24:03 | URL | ごいんきょ
まさか犬猿の仲になるなんて・・・。
「小川宏ショー」はカラーテレビを
買ってから観はじめたと思いますが
内容はほとんど忘れました。
憶えているのは、夏休みとか
ゴールデンウイークの子供向け
特集ぐらいですね。
ひとつ目は、1978年の春の
ゴールデンウイークの日だと思われ
ますが、当時少女達の間で大人気
だった「キャンディ・キャンディ」
の漫画・アニメの原作者水木杏子と
作画いがらしゆみこが、子供向け
特集でゲスト出演していました。
小川宏氏が2人にインタビューを
していましたが、人気の秘密みたい
な事を話していたような・・・。
スタジオにキャンディと、アンソニ
ーの大きなイラストが飾られて
あって、ゲストの2人はとても仲が
良さそうに見えました。
まさか、20年後に著作権問題が
発生して裁判沙汰を起こし、犬猿の
仲になるなんて当時夢にも思え
ませんでした。





2013/03/26(火) 22:30:38 | URL | くも
へえ。
テレビ朝日の番組なのに、面白いですね。
たしかに扱ってもおかしくないくらいの話題作でしたが。
今のテレビじゃ有り得ないでしょう。
2013/03/28(木) 22:15:41 | URL | ごいんきょ
P&Gサンホーム
P&Gサンホーム、懐かしい表記ですね。

元は、1969年に、アデカ(現:ADEKA)、モノゲン、ミツワ石鹸の家庭用洗剤(石鹸、シャンプーなども)部門を統合して発足した日本サンホームが母体でしたが、業績不振と、米P&G社の日本進出を機に、伊藤忠商事の主導のもとに、日本サンホームを買収する形で、1973年に発足したのがP&Gサンホームでした。

P&Gの日本進出第一弾は、かの有名な全温度チアーですが、当時は、毛糸洗いのモノゲンユニや、洗剤のアデカソフト、薬用石鹸ミューズなど、源流3社の製品がまだ多く残ってました。

その中で、わずか4年の命だった旧日本サンホーム時代の製品で、印象に残っていたのが、パンチという名の洗剤でした。

今思えば、他社のどの製品がライバルなのか想像できないですが、とにかく印象的だったのが、「パンチ」のロゴが「平凡パンチ」とまったく同じものでした。

洗濯洗剤と男性週刊誌のコラボなんて考えられないですが、なぜ同じロゴだったのかが不思議です。
2013/03/30(土) 22:08:56 | URL | 10000k
>>ごいんきょさん

当時「キャンディ・キャンディ」は
すでに社会現象みたいになっていたので、いがらしゆみこ・水木杏子の
2人は、NHKとか日本テレビの
ニュースやワイドショーに出まくっ
ていたかのかもしれません。
それにしても、著作権問題でアニメ
版の再放送ができなかったり、
コミックスの再販ができないのは
なんとも残念な話です。
1980年代前半に1回だけ、何話
か「キャンディ・キャンディ」の
再放送を北陸放送で観ました。
また、本だらけで2階の天井が壊れると母親に言われ、しぶしぶ197
6・1977年の「キャンディ・キ
ャンディ」の表紙の「なかよし」を
破って燃やしたり、夏休みの廃品回
収に何冊も出してしまいました。
今思い出すと、大変もったいない事
をしたなあと・・・。

>>10000kさん

一人暮らしの若い男性をターゲット
に販売したのかもしれません。
清潔な男性は女性にモテるとか?
多分出版社に許可をいただいている
と思いますが。
2013/03/31(日) 20:34:49 | URL | くも
● 10000kさん
「ピーアンドジーサンホーム」とも呼称されてましたよね、提供読み。
全温度チアー、懐かしいなあ(笑)。
最初っからCM物量作戦でぶっ飛ばしてましたね。
ヴィックスが始めた大量CM、資本主義本場らしいです。
パンチ? 覚えてないなあ。
「平凡」を連想させるし、あまり良い商品展開ではなかったかも。


● くもさん
解禁すれば、みんなが潤うと思うんですけどね。
意地が絡むと金計算も吹っ飛んじゃうんでしょうか。
2013/04/03(水) 00:14:03 | URL | ごいんきょ
浜 美枝さんを忘れておまへん??
浜 美枝さんも「小川宏ショー」の司会をされてましたよ。藤田弓子さんの次に。1975年5月か、いや…6月からかな。でも…1976年に妊娠・出産で降板されて、浜さんの後任が三上彩子さんです。
2013/04/04(木) 07:12:37 | URL | マスダっち
ああ。言われればいらした気が。
でも、なんか小川さんの記憶だけが強い番組なんですよね。
2013/04/13(土) 06:52:04 | URL | ごいんきょ
大正製薬の生コマーシャル
ワイパアエースゾルのCMは記憶にあります。大正製薬はS50からスポンサーに入りました。うちの親戚の伯母はワイパアエースゾルでゴキブリと戦っておりました。
2014/01/29(水) 00:01:18 | URL | はるっちー
「ワイパア」という表記が懐かしいなあ(笑)。
スプレー殺虫剤でゴキブリと戦うのって、コワイんですよね。
上に昇り始めたら恐怖(苦笑)。
2014/01/30(木) 00:25:32 | URL | ごいんきょ
つい最近アドミュージアムで…
三上彩子さんと露木茂さんのバスピカと、藤田弓子さんと松倉悦郎さんの、三菱ウィンドファン クルピシャを見ました。あとヤクルトの生CMがありました。ヤクルトがスポンサーに入っていた時期があるんですね。
2014/03/20(木) 23:31:25 | URL | はるっちー
アドミュージアムってのも有るんですね。
まだ行った事無いので、一度行ってみましょうかね、そのうち。
クルピシャってなんか聞いた事あるなあ(笑)。
生CMまで見られるのですか。
2014/03/21(金) 22:51:09 | URL | ごいんきょ
アドミュージアムは、汐留にあります。
生CMは、CM年鑑の本で、スタジオ・ビデオCM部門で受賞したものです。小川宏ショーだと、1971年頃の資生堂も入ってます。
2014/03/24(月) 15:38:25 | URL | はるっちー
はあはあ。賞絡みだから残っているのですね。
2014/03/25(火) 22:52:36 | URL | ごいんきょ
フリーアナウンサー草創期を思わせますね~
小川宏ショー懐かしいですね~(^O^)
ミケネコが物心着いた頃から記憶ありますね~(^O^)
この頃からフリーアナウンサーが続々と出ていたんですね~(^^)
小川宏さん、アラフォー世代から上の人はレコ大司会といえば高橋圭三さんはNHKからフリーで民放第一号は押阪忍さんだと母から教わりました。
ミケネコの記憶を辿ると小川宏さんの司会は正しい日本語のイントネーションに乱れた日本語を使わない司会をされていたような気がしますね~(^O^)
さすがはNHKしゅっしんだけありますね~(^O^)
今、テレビで活躍されている元NHKと言えば、宮本隆治さん、堀尾正明さん、堀潤さん・・・
ポスト小川宏になれるのは誰でしょうか?(^O^)
2015/01/27(火) 01:20:08 | URL | みけねこ
懐かしい~
今はP&Gで提供読みされますが、ミケネコ子供時代は
「プロクターアンドギャンブルサンホームの提供でお送りします」
とありましたね~(^O^)
ミケネコ家には粉洗剤のモノゲンユニがありました・・・(゜д゜)
この頃は、箱に羊の絵が書いてあって色板並べみたいな感じのイラストでその羊の絵は目がついてなかったのでその羊の絵に油性ペンでチョコンチョコンと目を書いていたことあります・・・(^O^)
水色の箱でしたよ~(^O^)
全温度チアーありましね~(^O^)
2015/01/27(火) 01:30:35 | URL | みけねこ
雪印は
大分前のコメントにワインのCMをしていたとありましたが、そうなんです、ワインも扱っていました。
父が雪印に勤めていまして、自宅にワインを時々持って来ていました。
僕が成人するころにはワインから撤退していたようで、僕は雪印のワインを口にすることはできませんでした。
それがあの食中毒事件で当時の栄華は見る影もなくなり、アイスクリーム部門はロッテに、冷食部門は今のマルハニチロに、ハムソーセージ部門は消滅等々、寂しくなりました。
2015/01/27(火) 07:24:50 | URL | リオ
リオさんへ・・・
そういえば、確かにワイン出していましたね~(゜д゜)
コマーシャルも覚えていますよ~(゜д゜)
そうなんですよね~(゜д゜)
あの事件のあとは牛乳やチーズと言った乳製品は農協と合併したりで雪印メグミルク、アイスクリームはロッテスノーになり冷凍食品はアクリフーズになりましたよね・・・(゜д゜)
そう言えば、雪印ローリー(名古屋はエルビー、関西はいかるが牛乳のカルミー、東京はヤクルト?)ってあったけれど、まだ存在しているのかな・・・(。-_-。)
2015/01/27(火) 19:30:33 | URL | みけねこ
モノゲンユニ
YouTubeでモノゲンユニを検索したら、箱のがありました~(゜д゜)
ミケネコ家にあったのと同じです・・・(゜д゜)
https://www.youtube.com/watch?v=nl_mOF4qdfI
2015/01/27(火) 19:40:18 | URL | みけねこ
みけねこさん江
まるで商売繁盛の額等を贈る際に書く宛名みたい。

コメントありがとうございます。
おっしゃる通り、冷食やらアイスクリームやらが他社に譲渡されて雪印は雪印メグミルクとして牛乳、バター、チーズに特化しました。
ローリーは名古屋が本拠地だけに同じ名古屋のカゴメに売却されました。
2015/01/27(火) 21:18:43 | URL | リオ
見つけました~
ミケネコ家にあったモノゲンユニの画像・・・(o^^o)
この箱の羊ちゃんにおメメをチョコンチョコンって書いていました・・・(o^^o)
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%83%A6%E3%83%8B&sa=X&biw=1280&bih=651&tbm=isch&tbo=u&source=univ&ei=i8DHVI-sAoGzmwXB3oGQDw&ved=0CDAQ7Ak#imgdii=_&imgrc=AOmGOKB6zLXrHM%253A%3BpA3liZpl64UxZM%3Bhttp%253A%252F%252Fcdn.mkimg.carview.co.jp%252Fminkara%252Fphoto%252F000%252F004%252F057%252F681%252F4057681%252Fp6.jpg%253Fct%253D4f5e0cb52b4a%3Bhttp%253A%252F%252Fminkara.carview.co.jp%252Fuserid%252F747719%252Fblog%252Fd20140913%252F%3B550%3B413
2015/01/28(水) 01:49:25 | URL | みけねこ
● みけねこさん
そもそもワイドショー第一号の『モーニングショー』からして、
NHKからフリーとなった木島則夫さんがやっておられました。
押阪さんではないです(笑)。
羊さんに眼を掻いてあげるなんて、優しい子だったんですね。
ワタクシ、教科書の偉人写真にヒゲや渦巻きを書いた事は有りますが(笑)。
CMは新しめのですね。
羊の絵も替わってたんですね。


● リオさん
雪印ワインのCMは記憶に無いなあ。
ハム・ソーセージ部門も認知してなかったし。
でも雪印アイスは本当に美味しかった。
高めなのでなかなか子供には食べられませんでしたけどね。
2015/02/01(日) 05:12:31 | URL | ごいんきょ
山川建夫元アナ
TBS毎週金曜夜7時からの、「あの人は今?」的な感じの、タイトル「爆報THEフライデー」(MCは爆笑問題に田原トシちゃん、ひな壇にテリー伊藤など)という番組で山川元アナが紹介されました。千葉県市原市で自給自足生活を営む彼がフジ同期のアナ(元名スポーツアナで現在姫路で僧侶の松倉悦郎、フジ退職ののちフリーになりテレビ東京の「レディス4」でサブ司会、現在は長野に移住した小林節子の二人)と同じく同期の逸見さんが御贔屓だった店で同窓会。そこで山川氏の例の発言が話題に出て「アナウンス部解体の張本人は彼です」との発言が二人から。逸見さんは自分を差し置いて山川氏が「小川宏ショー」のアシスタントに抜擢されたのが面白くなかったようで、この発言を機にほぼ口も聞かない状態だったとか。そしてニ十年後、都内にナレーションの仕事で赴いた山川氏はタクシーに乗っていた逸見さんに気づき声を掛けるも無視された形になり「俺は逸見に嫌われてる」と思い込んでいたようですが、入院後の逸見さんを見舞った松倉さんから「山川のナレーションを興味深く聴いていた。あいつバイトで稼いでるな」と意外な一言を掛けられ、更に都内での無視した形の一件は当時売れっ子で自由時間などなかった逸見さんのマネージャーが急ぎましょうと車を走らせた為に起こったことで逸見さんは山川氏に悪いことをしたと後悔の念に駆られていたそうです。尚当番組内で山川氏が問題発言を浴びせた人物は「女優R」と紹介されるに留まりました。
2015/02/21(土) 00:14:36 | URL | ナベチン
なんの事かわからなかったですし、そういう方も多いでしょう。
詳しくは、「山川建夫」で検索していただくとしまして、
逸見さんも、夕ニャンで弄られるまでは地味でしたからね。
2015/05/06(水) 23:16:07 | URL | ごいんきょ
画期的
小学生の頃、休みの日によく見ていた気がする。
ほんわかしたメロディーにのって鼻の大きなオールバックのおじさんがにこにこしながら進行していた。
多くの声優が出演して声を出してくれる声優大会みたいなのが印象深い。それから特に印象に残っているのだが、ある時番組エンディング時こんなやりとりが・・。
小川「視聴者のみなさんこの花をよくご覧ください。テレビの技術はここまできました。みなさんご覧のテレビにもっと近寄ってみてください、ついにテレビはご家庭に花の匂いをおとどけできるまでに進化しました!画期的大発明です!」
おもわず画面に鼻をくっつけている私。画面中央に大きく映る花。しばしの沈黙・・。
小川「露木さん、今日は何月何日だっけ?」
露木「4月1日です。みなさん、エイプリルフールです!」
小川「それではまた明日!!」
おじさんのあのにこにこ顔で言われたら腹も立たなかった。
そんなあったかい雰囲気のモーニングショーでしたね。
にこにこ顔のおじさん!お疲れ様でした。
2016/12/12(月) 18:17:52 | URL | hey
この番組にゆきえおねえさん出たんだよね~。可愛かったな~。
2016/12/12(月) 18:21:47 | URL | (ハンドル未記入)
● heyさん
へー、そんなネタもやってたんですか。
小川さんが言うと信じちゃう人も多かったでしょうね。




ピンポンパンの酒井ゆきえさんの事ですね。
同じフジテレビだし、出た事あるんでしょう。
2016/12/14(水) 23:51:39 | URL | ごいんきょ
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