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昭和のテレビについてなんでも語るブログ |
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月光仮面 (1958)![]() とうとう川内康範さんがお亡くなりになりました。 当然のように月光仮面の登場です。
まあこれだけの番組、散々あちこちで康範先生自らも含め、多々語られており、
オンエアで見ていないワタクシなんぞがこんな辺鄙なブログで語る必要も 今更無いと言えば無いのですが、それはいつもながらなので置いておいて、 解説みたいな事をすると焼き直しばかりになってしまうので、 ワタクシ個人の感想など交えながら、追悼がてら先生個人についても、 個人的に思うことなど綴ってみようかと思います。 ワタクシが最初に見た月光仮面は、1972年のリメイクアニメ版でした。 それについてはまたその作品を語るときに細かく語ることにしまして、 その当時はまだ子供ですので、オリジナル版は知りません。 主題歌は、オリジナル版を三沢郷が軽快に曲を変えたアニメ版のを、 わりと好んで聴き、歌っておりました。 その後、昭和50年ですか、始まって間もないぴったしカンカンで、 フィルム問題として月光仮面のシーンが使われ、その時に、 月光仮面というのはかなり昔に白黒実写版が最初にあったこと、 主題歌は歌詞こそ同じだけど、曲は古臭い、弾んでない歌だったこと、 等々を知り、ちょっとしたショックを受けるわけです。 その後、一場面だけならちょくちょく見られる機会も有りましたが、 本編1話まるごと見られる機会はなかなか有りませんでした。 ビデオが普及した頃も、なぜかテレビ版はソフト化されず、 ワタクシは映画にはほとんど興味が無いので(笑)、それは借りず、 なんでこれだけの有名名作がソフト化されないのか憤慨していたわけです。 そんなワタクシのような人間を取り巻く状況を大きく変えてくれたのは なんと言ってもCS放送でした。 そしてCS局がいろんなコンテンツを開拓していくと、 テープメディア時代には開拓されなかった様々な番組が、 LD、DVDのディスクメディアソフト化によっても開拓されていきました。 実写月光仮面は、そんなこんなのLD化の際に見たと思います。 その時に買ったのはマンモスコング編でした。 テレビ探偵団だったかなんだったかで一場面を見たときの衝撃。 最初の国産テレビ映画で、既に最初の「怪獣」が登場していたのですから。 マンモスコングは巨大なゴリラ。 ただ、実写版ではゴリラの面影はまったく無くて、でもその代わり 非常にグロテスクな面相で、白黒画面も相まって、不気味さの極みでした。 そんな面妖なコングが、実に巨大という設定で、道や建物を破壊する。 当時の事とてミニチュアの出来など特撮面は、正直低レベルですが、 コングの不気味さはそれを補って余りあるものでした。 おそらく当時の子供たちは、とても怖かったに違いありません。 そんなシーンを見た時の衝撃を忘れられず買った、マンモスコング編LD。 なぜか放送当時のOPが無いのが非常に不満でしたが。 実際には、コングが建物を壊すシーンに武田薬品のマークが映るという、 例のタケダタケダのタケダコールのOPではなかったようです。 しかし、武田鉄矢がこの番組を回顧する際、必ず、 タケダコールと一緒に思い出すと語っておりますので、 コング編の後あたりなんでしょうか、例のタケダコールが、 月光仮面当時から有ったのは確かなようです。 マンモスコング編の後の回は大抵OP残っているのですが、 いずれにしてもタケダコール部分は残っていないようですけど。 先に国産初のテレビ映画と書き、そのような解説をされる事が 非常に多い本作品ですけど、実際には、前番組の「ぽんぽこ物語」というのが 真の初国産テレビ映画のようで、それが初のタケダアワー作品でもあるのでしょう。 ただ、こちらは不評だったようで、すぐ1クールで打ち切り。 続けて制作されたこの番組は、国産テレビ映画、タケダ提供作、 その両面で絶対に成功が期待される中での企画だったわけです。 特に当時は、アメリカドラマが雨後の筍のごとく持て囃され、 外貨準備高等を考えた国策的にも、国産テレビドラマの発展が急務でした。 後に川内氏の政界での発言力も増した背景には、 国産テレビ映画発展の礎を築いたという事もあるんでしょうか。 和製スーパーマン月光仮面は、特撮技術費も捻出できない状況のため 空は飛ばず、オートバイで移動するという身近さ(笑)。 それが「月光仮面のおじさん」という呼び名にも繋がるわけですが、 当時の大瀬さんはおそらく20代。 当時の20代は今とは比べものにならんくらい大人として見られてました。 特撮を伴うような派手な活躍は出来ないため、立ち回りも肉弾的。 しかしそれら設定は後年、当時はこの番組の制作を蹴ったという 東映によって、ちゃっかり仮面ライダーとして大きく開花。 もって和製実写ヒーローの元祖とする事に、異を挟む人はいないでしょう。 ワタクシにとっての川内作品は、既述のレインボーマンをおいて他にないのですが、 テレビ史における位置は、比べものにならないほど、 この月光仮面の占める部分は絶大なものでありましょう。 前記のように歴代政権に大きく関わったとも言われ、 最晩年は森進一との騒動で世を賑わす等、作詞・劇作などの クリエイティブな部分以外でも名を知らしめた人でした。 その森氏との確執については、両者の関係を全く知らない人が 表面だけ捉えてあれこれ言っても詮ない事です。 川内氏は嫌がらせであんな事をする人物ではないからで、 その辺は騒動の最中、両者を知るような立場の人間ほど、 森氏に反省を促す弁を表明していたのでもわかります。 では、森進一が歌うおふくろさんや花と蝶はもう聞けないのでしょうか。 これに対する回答と解決策は、森氏の胸の中にしか存在しないわけです。 この記事を読んでくださった方へこの記事を読んだよ〜という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。 記事や最終コメントの日付は関係ありません。 あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。 トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。 この記事へ寄せられたコメント
子供の頃、月光仮面のキャラクター筆入れを使っていました。
絵のデザインから考えて、恐らくこの実写版が元になっていたのでしょう。 しかしそれは、我々の世代になじみの深いアニメ版とは微妙にキャラクターデザインが違うものでした。 そのせいか、周りからは「それ、にせものじゃないのか?」とよく言われたのを思い出しました。 川内康範さんのご冥福をお祈りします。
幼い頃月光仮面を観てとても不安でした。 悪者を取り囲むおまわりさん達が月光仮面が到着するまで何もできないでいたからです。 月光仮面がいなかったらどうなるのだろう、月光仮面がいてくれて本当によかったと。 でも不安はその先にありました。 私のいる本当の世界にはおまわりさんはいるけれど、月光仮面はいない。 もし悪者がいたらどうすればいいのだろうと。 お話しの世界と現実の世界が混濁して不安な日々でした。 風呂敷を使って月光仮面ごっこをするときに、自分で結ぶと結び目が大きくなり、風呂敷が首に巻きついて全然月光仮面ではなくなってしまいました。 そこでいつも母に頼んで、風呂敷の角をちょっと摘んだ小さな結び目を作ってもらいました。 そうすると本物の月光仮面のマントのようでした。 2008/04/11(金) 19:44:33 | URL | モデラート
奥村チヨの嘘でもいいから,川内先生の詩でしたねー。たまぁにぃはあたーまをー,なでなでしってぇんねー。
私にとっての月光仮面は,モップスの歌ってるバージョンでしょうか。鈴木ヒロミツも亡くなって,あーかなしいかな・・・。 2008/04/11(金) 19:50:38 | URL | いくちゃん
うなみにとっては「ダイヤモンドアイ」「コンドールマン」「レインボーマン」そして水原弘さんの「君こそ我が命」ですっ。ウルトラマン以降の特撮においてうしおそうじさんと双璧をなす唯一無二の方でした。
うなみの弟が「正義を愛するもの月光仮面」のアルマイトのおべんと箱を使っていたのをよく覚えています。ごいんきょ様も書いておられましたがOPの音楽も好きでしたよ。オリジナルの子供の声よりもかっこいい感じで軽快さは失われたけれど今でも好きでカラオケで歌っちゃいます。 2008/04/11(金) 22:07:50 | URL | 南 うなみ
HNに反してばかりの私です(笑)。
本来ならかなり後に(というよりつい最近)放送されたテレ東ギャグアニメ「ご存知!月光仮面くん」を取り上げるべきなんでしょうが、やっぱり私も日テレアニメの方が強く印象に残っております(笑)。 でオリジナル版なんですが、かなり有名な話で私も幾たびか言及したりした事なんですけど、このテレビ映画は最初「鞍馬天狗」として企画されたものだったんですね。 ところが時代劇のセットを組める予算もなければ、企画した宣弘社も撮影機すら抑えていない状況だったんですよ。 勿論スタッフも居なければ、役者も一人も確保していないという状態で・・・・・・・。 そんな事もあって前作に続いて脚本を頼まれた川内さんがあちこちの映画会社等を回って 撮影助手とかに誘いを掛けてスタッフを確保し、大部屋俳優に声を掛けて役者を確保し(大瀬さんもそんな大部屋俳優の一人で芸名も川内さん自ら付けたといいます)、古い機材を集めて何とか撮影体制を整えたりとかなり苦労された様です。 で当初企画した「鞍馬天狗」も低予算のため同じコンセプトでそのまま現代劇に置き換えようという話になって、「月光仮面」の誕生と相成った訳です。この月光仮面の主要スタッフが後に東映に招かれて撮影した映画が「大忍術映画ワタリ」で、そもそもはこれをテレビ映画として始める予定だったのが原作者の白土さんに拒否されて代わりに用意したのが「仮面の忍者赤影」なんですね。 でその主要スタッフが後に毎日放送からの要請で企画したのが・・・・・・・・・・・。 もう言うまでも無いでしょう(笑)。 2008/04/11(金) 22:18:06 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
とこのエンディングなれどももし彼の後期の作品のレインボーマンやコンドールマンのようにコミックソングみたいなのも聴きたかったかも
次マジな話として我が国のヒーロー草創期とアメコミのそれと比較すると黄金バットはスーパーマンでこの作品はバットマンみたいな風かも にしてもポンポコ物語がブレイクしていたら我が国のヒーローはどうなっていたのやら 2008/04/11(金) 22:20:51 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
● うみがめさん
アニメ化の際に関連商品もいくつか出たわけですが、 実写版の記憶で展開しちゃった商品もあるんでしょうね(笑)。 ● モデラートさん 女の子も月光仮面ごっこやってたんですか。 すると琴姫様ごっことかもやったのかな。 不安についてはワタクシも似たような事は感じましたよ。 現実に怪獣はいないわけだけど、もし発見されたらどうなるんだろうと。 ウルトラマンは現実にはいないわけですからね。 ● いくちゃんちゃん 嘘でもいいから、なかなか通な選曲ですね。 赤塚不二夫先生のぶっかれダンという漫画で、 買い物の品を忘れないように「ぶり、ぶり、ぶり」と呟きながら出かけて、 町中でその歌が流れて、「たまには私をダキダキしてーね〜」って聴いて、 繰り返しが「ダキ、ダキ、ダキ」に変わっちゃって、 魚屋さんで「ダキください」って言っちゃうシーンがやたらおかしかったですが。 「ダキなんて魚はねえよ」って魚屋さんが困っちゃうのね。 モップスを聴いた世代ですか。 あの替え歌もきちんと許可されたんでしょうかね。 ● うなみさん 君こそ我が命ですかあ。 ワタクシもよく覚えてますが、なかなか古いですね(笑)。 ワタクシもアニメ月光仮面の何か持っていたんですけどね。 ● TXの無いテレビなんて・・・さん 鞍馬天狗ねえ。そう言えば雰囲気が多少似通ってますね。 それにしても予算不足はかなりのものだったんですよね。 ● ガッツさん たしかアニメ版のEDがそれだったような。 実写版にEDって有ったんですかね? 現存するソフトには収録されていないと思いますが。 2008/04/12(土) 07:00:45 | URL | ごいんきょ
当時、私はアニメ版以前に実写版が存在した事は知っていたんですが、それでもテレビ「欽ちゃんのドンとやってみよう」の『レコード大作戦』で月光仮面の主題歌が使われる時、実写版の方の歌が流れるのに違和感を感じていましたね。「欽ちゃん(スタッフ)にとっての『月光仮面』はそっちかもしれないけど、今は違うんだよ。投稿者が考えていたのもそれじゃないよ」と。
でもいま考えれば、実写版の方の主題歌を使ったのは当然ですよね。 2008/04/12(土) 09:25:31 | URL | 石毛零号
伊上勝氏と言えば「仮面ライダー」のメインライターで、彼が亡くなったときにはプロデューサーの平山亨氏が「俺の気持ちとしては「これで仮面ライダーは終了した」という思いだ」と述べられた程の方なんですが、そんな彼は元々宣弘社社員で「月光仮面」の放送当時企画課に在籍していた(確か既に課長だったみたいです)方だと知った時にはさすがに驚きましたね。
「月光仮面」の成功に刺激された様に日テレで始まった「流星王子」の企画と同時に(おそらく人手不足の為と思われるが(笑))原作・脚本も担当した事が脚本家になった切っ掛けだった様ですけど。 「人間何が天職かは分からない」という教訓を得ましたね。 ちなみに東京12チャンネルでも「プレイガール」で非常にお世話になりました。 改めて調べ直したんですが、「ぽんぽこ物語」の失敗でタケダがスポンサーから降りそうになったのを引き留める為に広告代理店の社長自ら「今度は我が社自身でプロダクションを立ち上げて本格的なテレビ映画をやるから」と言った一言が切っ掛けだったみたいですね(笑)。で最初は「医者を題材にした映画にしましょうか?」(おそらくタケダが製薬会社だったからだと思われる)ともおっしゃっていたらしいんですが、タケダ側の反応が今一つで、その後の話し合いの結果、活劇をやろう、となったみたいです。 で、言い出した以上後に引けなくなりプロダクションを立ち上げ、宣弘社の殆どの社員がかり出されていたとも(笑)。その頃入社された阿久悠さんの生前の話では「僕は映像関係の仕事がしたかったから宣弘社に入ったんだけど、まさか入社初日に「おい!絵コンテ書けるか?」と言われて絵コンテを描かされるとは(笑)」という状態だった様です(笑)。 ただもう忙殺という言葉がぴったりだったんでしょうけど、一方で皆そんな状態が楽しかったんだろうなぁ。。。。。。。。。とも思えてならないんですよねぇ。 宣弘社自身が日本の高度経済成長期を体現していた会社だったという訳でしょうね。 2008/04/12(土) 15:21:37 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
● 石毛さん
投稿者の年齢によりますけど、投稿者も実写版を想起していた可能性も高いですよね。 まあそれはどうあれ、アニメ版の月光仮面はさほどの知名度とはとても思えず、 スタッフの措置は当然だったでしょうね。 ● TXの無いテレビなんて・・・さん 伊上さんといい阿久さんといい、宣弘社には本業の枠にとらわれない 社風と人材が有って、たまたま時代と状況がそれにマッチしたという事でしょうね。 特に後段の部分など、今は宣弘企画となっている同社の公式サイトにも記事が有ります。 http://www.senkokikaku.com/ 川内先生への大瀬さんと現社長の追悼文も有りますね。 それにしても来年は月光仮面50周年だったんですが… 2008/04/12(土) 23:17:03 | URL | ごいんきょ
熱血王ガッツィンガーさんの書かれている「月の光を背に受けて〜」という歌は、実写版の中で月光仮面が登場する時に自分で歌いながら出てくる歌のことではないでしょうか。
私も月光仮面をちゃんと見たのは72年版のアニメが最初なんですが、昔10インチぐらいの白黒テレビで見たのも少しだけ記憶にあります。マンモスコング(たしか東京タワーに登ってた?)と、この歌は覚えています。といってもメロディーが難しくて自分では歌えないんですが。 道路にシルエットが見えて、この歌が聞こえてくると谷貫一が「あっ、月光仮面の歌だ!」と言っていた場面がありました。 2008/04/14(月) 17:15:10 | URL | あぶもんもん
本来は、その歌の方が主題歌になるはずだったかと思います。
タイトルも「月光仮面の歌」ですよね。 それが主題歌はよく知られる「月光仮面は誰でしょう」になった代わりに、 月光仮面が自分で歌うアピールソングになったですね。 後期のOPでも冒頭はこの歌の一節で始まります。 この番組にEDというのは無かったと思うんですよね。 後のタケダアワー作品でもED無しが通常ですし。 それからアニメ版のEDはOP同様、同じ歌詞でメロディーが違うものだったですかね。 2008/04/15(火) 05:08:58 | URL | ごいんきょ
月光仮面の再放映は
昭和41年に初めて再放送されたそうです。 ただし、第二部からです。 その際、第二部、第三部は第四部用OPの画像にテロップのみ入れ替えて放送してるとの事 ちなみにワンコインシリーズの第二部は初回放送版OPが収録されています。 2008/05/26(月) 00:56:51 | URL | はに丸
以前コメントくれた事が有るはに丸さんでしょうか。
昭和41年ですか。 それでも結構なブランクですから、当時の人は懐かしかったでしょうね。 第二部、第三部のOPが差し替えられたのは おそらく提供表示がらみだと思うのですが、 ワンコインのものにはそこら辺も収録されてるんでしょうか? それとも、レーザー版でも収録されていた、海外版のやつかな? 2008/05/28(水) 07:04:15 | URL | ごいんきょ
月光仮面は、人気があり、学校でよく漫画を書きました。マンモスコングなど、不気味さで秀逸でしたが、月光仮面は何故か打ち切られました。噂では、当時、月光仮面のまねをして塀の上から飛び降りて怪我をする子が続出し、中止に至ったという話です。本当に、元祖、ヒーローですね。当時の子はマントの代わりに、風呂敷を首に巻いていました。まぼろし探偵では、マスクを自作というところでしょうか。
2008/06/16(月) 17:40:45 | URL | 団塊世代
マンモスコングはやっぱり怖かったでしょ?
いま見ても怖いもの。 女の子だったモデラートさんも月光仮面ごっこをやったと言いますからね。 やはり風呂敷で。 風呂敷を普通に使っていた時代(笑)。 今また買い物かごや風呂敷が見直されそう。 2008/06/19(木) 00:46:36 | URL | ごいんきょ
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