私的 昭和テレビ大全集
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奥さん!2時です (1970)

該当番組画像募集

またまたほっぽらかしてしまって失礼しました。
バッファオーバーフローが発生しておりまして(?)。
よーわかりませんが(苦笑)、徐々に回復に向けていくしかありません。
お付き合い下さる方は、のんびりとお付き合い下さい。
いつもながら、開設者不在の間も貴重なコメントを幾つも賜り、
本当に果報者のブログと思います。
お返事が遅れていて本当に失礼だとは思いますが、
少しずつ返信させて戴きますので宜しくお願いします。
全レス方針はまったく揺るぎません(笑)。

ほんの数ヶ月の休憩の間に、世間的には
なかなか穏やかならぬ風情を醸し出しつつある今日この頃です。
ここを始める際にワタクシが最も強く意識していたのは、
読者を未来の日本人に想定するという事です。
家庭用VTR普及前は消えモノだったテレビ番組に関する情報を、
記憶によって語る事により、残像だけでも残そうという、
史料としての語り残しという点は、当然第一にありました。
しかしそうした文化史料的な観点だけでなく、
もう少し感傷的な意味合いも持っていました。
話せば長くなってしまいますので、その辺は、
いずれ開設するであろうニュースエッセイブログの方で、
折に触れ綴っていく事としますが、究極、
貧しいという事だけでは人は必ずしも不幸ではない、
例えば今に比べれば経済的に落ちる生活の中にも、
実は今より確かな幸せを耕す事も可能なんだよ、
という事を未来の日本人に語りかけたかった、
というのも、ここの大きな存在理由なのです。

まあ、かくいうワタクシだってもちろん富裕層ではありませんから、
いつネットに繋ぐ事ができなくなるやもしれません。
もし半年以上なんのコメントも出なくなったら、
死んだか病床に伏したか、さもなくばホームレスとなったか。
一年以上コメントが無くなったら、もう閲覧しなくても大丈夫でしょう(笑)。
しかしそうでない限りは、ゆるゆるとしぶとく続けてまいります。
一千番組目で『細うで繁盛記』を語るまでは、
なんとか中流(?)層にしがみついていないと(苦笑)。


さて、復帰一発目にしては地味~な番組ですみません(苦笑)。
あと2、3回でちゃっちゃっと報道・情報番組特集を終わらせて、
次はもう少し皆さんに馴染みある番組をやっていこうと思います(笑)。
ただこの番組、以前に常連の北国の人さんから解説された事もあって、
この機会にキッチリと扱っておこうと思うのですね。
そうすれば北国さんや他の方がきっと補強してくれるかなと(笑)。
なにしろこの番組も、ウチ以外じゃまず扱わんでしょうからな。

この番組、関東じゃ東京12チャンネルがやってたんですが、
関西だと毎日放送で、制作はその2局が交代でやってたんですね。
12チャンネルは木金なんだろうか。
ちょっと関西制作分の情報がまったく無いんですが、
関東制作に関しては、総合司会が木暮実千代でした。
位置的にはその下の通常司会者は、砂川啓介だったり、
三笑亭夢楽だったり、変遷が結構あります。
演奏を山崎唯トリオが受け持ったりもしました。

木暮が「奥さん!」と切り出すと、他の司会者が
「2時です」と声を合わせるという、ベタなOP(笑)。
テーマソング流れる中、テロップで出演者紹介が終わると、
「この番組は、バラの包みの高島屋、三洋電機、
 ハリウッド化粧品、藤不動産の提供でお送り致します」
と提供紹介フリップになって、第1CMへと突入。
1時間番組でもあり、CM時間もそれなりにあるので、
紹介されなかった会社のCMもたくさん流されました。
留園もCMやってたようですが、リンリンランランが出る前は
どんなCMだったんだろう?
CMあけのメインコーナーは、毎日日替わりの話題を、
そのための数人のゲストを呼んでのもの。
夏定番の心霊写真特集もあれば、ベトナム戦争絡みまで、
本当に様々な話題を扱ってました。
今ワタクシが思うのは、作家さんは大変だったなと(苦笑)。

真ん中あたりで第2コーナーがあるわけですが、
木曜日は美容コーナーでした。
ここで、そのコーナーの講師名がわかった方は雑学家。
先年亡くなられたメイ牛山氏でした。
そう。提供がハリウッド化粧品ですからね。
交代でユーコ牛山という人もやっていたようですが、
メイさんとの関係がよくわかりません。
姪なのかな? いや、洒落じゃなしに(笑)。
だとしたら、今も美容関係で活躍しているようですし、
姪ウシヤマって名前にしてくれるとわかりやすいですね。
かえって紛らわしいか(笑)。
このコーナーは、ハリウッド化粧品を用いる回も多かったでしょうが(笑)、
美容コーナーと言っても、食べ物やファッションなども扱った、
総合的な美の追究コーナーって感じでした。
メイ牛山の活動そのものも、そういうものでもありました。

金曜は、着物コーナーなどが有りました。
その第2コーナーが終わると、歌手がゲストの場合は歌のコーナー。
昔は歌手がゲストの場合は、例え1コーラスだけでも歌ったものです。
今はトーク目的のゲストの場合、歌手でも歌わない番組が多いですね。
それは、番組としては、効率的ではあるでしょう。
しかし、効率を極限まで押し進め、遊び・余裕が無くなると、
全体としてそこから失われるものは非常に多いような気がします。
たしかに当時、バラエティー番組の合間に歌手の歌が入っても、
そんなに熱中して見ていたわけではなかった。
でも、全体としてそういう構成だった当時と、
今のような全編くだらないトークという番組の羅列という情況を
改めて自分の中で比べると、ゆったり観れた往時に軍配を上げます。
昔はCMや興味ない歌手の歌は、トイレタイムですよ(笑)。
本当にトイレに行ったり、手元の別作業をしたりね。
そういうくつろいだ番組作りを、作り手もしていたんですよね。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
あら、ご指名ですか
 ご無沙汰しております。
 唯一の手掛かりとなる1972年4月10日付の新聞広告によると
 月曜 司会 藤本永治・桂三枝。
 ① 今日の特集テーマ~生放送で送る季節・時事・話題のメインコーナー。
 ② クッキング虎の巻~三枝さん司会による料理コーナー。
 火曜 司会 藤本永治・笑福亭仁鶴
 ① 今日の特集テーマ
 ② きものサロン~きものコンサルタント・波多野茂子さんによるきもの百科。
 水曜 司会 藤本永治・森乃福郎
 ① 今日の特集テーマ
 ② 育児ルーム~谷口祐司氏が混乱している育児法に助言。
 といったラインナップでした。
 以前書いたように、月~水曜は毎日放送が製作を受け持っていたと思われます。
 いったん、ここまで。
2008/10/13(月) 22:45:27 | URL | 北国の人
12チャンネルは
 木・金曜の製作を受け持ち、本文にもあるように木暮実千代さんがメイン司会、三笑亭夢楽さんがサブ司会を担当されていました。
 内容を見てみると
 木曜 ① 人間の素顔~さまざまな人生を掘り起こす涙と笑いのコーナー。
 ② 友井静枝のきもの教室
 ③ 奈良光浩の金儲け教習所~いわゆる「財テク」講座?
 ④ 電話・はがきで格安販売する「あなたのスペシャルショップ」
 金曜 ① 今日の目玉~主婦に密着した話題の特集。
 ② メイ牛山の美容コーナー(本文と違うようです)
 ③ 安達瞳子の花のある生活
 ④ 視聴者応募による「我が家のテーマソング」
 その他、歌やプレゼントなどバラエティーに富んだコーナー(12チャンネル、MBS共通に設けられていたと思われる)があなたを魅了します。という文で締めくくられていました。
 12チャンネルの方が内容的に充実した印象を受けました。
 唯一の手がかりを見ながらさも知ってるふうに書いていますが、実際この番組は見たことがありません。(私はまだ1歳になったばかりです)母もこの番組の存在を知らないかも。私の育児でいっぱいいっぱいでのんきにテレビなんか見ていられなかったことでしょう。(^^ゞ)
 地味な番組の割にはネット局は意外に多く、HTB、福岡のKBCのほかに名古屋テレビ(メーテレ)や仙台のTBCにもネットされていたことをウィキで見た記憶が。
 調べてみると、1972年よりも前にこの番組はスタートされていたようです。手元にある1970年10月の全国紙のテレビ欄のコピーにこの番組が表記されていました。
2008/10/13(月) 23:08:34 | URL | 北国の人
「奥さん!2時です」の前にも…
 いつもの通り新聞縮刷版からのネタですが、1970年4月のテレビ欄に「奥さん!2時です」の前身となるワイドショーが存在しました。
 「ファミリースタジオ230」という番組で、平日午後2時30分からの放送でした。
 解説記事によると「主婦対象の親しみやすい視聴者参加の娯楽的ワイドショー」とあり、司会陣は
 月曜 久里千春・桂三枝
 火・木曜 野添ひとみ・ダークダックス
 水曜 小山明子・月亭可朝
 金曜 ロミ山田・笑福亭仁鶴
 とありました。
 このメンバーから判断すると、月・水・金はMBS、火・木は12チャンネルが製作を受け持っていたと思われます。
 ちなみに第1回目の内容は
 「京都・今宮神社のやすらい祭」(中継コーナーか?)
 「私の履歴書」(ゲスト・ミヤコ蝶々)
 「久里千春・山崎唯の音楽教室」でした。
 テレビ欄のサブタイトルは「司会者登場・小山明子・ロミ山田」とあり(もちろん久里千春さんも出演されている。MBS担当の司会者全員集合と思われる)、新番組のお披露目的な色合いが強かった印象を受けます。
 
2008/10/14(火) 17:12:32 | URL | 北国の人
お久しぶりです
本気で心配してましたよ,全く。
2008/10/14(火) 19:58:42 | URL | いくちゃん
藤本永治さん
MBSのアナウンサーですね。
アップダウンクイズでお馴染みの小池清さんと同期ですね。
司会者のラインナップを見ると月・火、吉本。水、松竹のようですね。劇場は今と違って角座(松竹)の一人勝ちの時代やったんで吉本はことのほかTVに力を入れていたようですね。
うなみは全く記憶にございません。そのあとのスタジオ2時ですはよく見ていたのですが…
2008/10/14(火) 22:16:06 | URL | 南 うなみ
私も書き込みに来たものの・・・
昼下がりに母と一緒に観ていた(プラスαと平行してでしたが)筈でしたが、内容まではトンと憶えていないです・・・。プラスα司会の乾アナウンサーみたいな強烈なキャラ(喋る言葉が徹頭徹尾大阪弁という(笑))の方でもいらっしゃれば否応にも記憶に残っているのでしょうが。
ただ毎日放送制作担当の方は後の「スタジオ2時」と同様の内容だった様に思います(笑)。
東京12チャンネルの方も現在の「レディス4」にもその名残が残っている様な気も・・・「レディス4」自体は事実上フジの「リビング2」からの移動ですけど、「奥さん!2時です」の東京12側の後継番組である「こんにちは!奥さん2時です」(近畿放送・サンテレビとの共同制作)からの流れもどことなく感じないでも........「奥さん!2時です」の前身の「ファミリースタジオ230」のスタートが1970年4月、「リビング2」の前身番組である「東京ホームジョッキー」(放送時間は平日午後4時からだった。)がスタートしたのが1970年10月と開始当初からお互いに影響し合って似通った構成だったという側面もあったのでしょう。ちなみに「東京ホームジョッキー」内の一コーナーが発祥であり又番組の目玉でもあったテレビショッピング(そもそもスポンサーの三越からの持ち込み企画)の成功で味を占めたフジテレビは翌年「サンケイリビング」を創刊し、次いでフジサンケイ自ら子会社サンケイリビングサービス(現ディノス。ちなみに設立当初の社名もディノスだった様です)を設立しカタログ通販を始める訳ですが。ちなみに言及すると「サンケイリビングサービス」の成功が後の鹿内信隆氏によるフジテレビの夥しい分社化にも影響した様にも見受けられますが・・・。
そう言えば現在のテレショップ番組隆盛(氾濫ともおっしゃる向きもありますが(笑))の切っ掛けを作ったのはテレ東の深夜の海外通販番組「テレコンワールド」(これは三井物産からの持ち込み企画)とそんな所でも奇妙な共通点も・・・。
こう考えると現在のテレビの病巣も1970年代後半頃のフジが罹っていた病巣と似通ったものなのかもしれませんね。



2008/10/16(木) 22:39:37 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
● 北国さん
沢山ありがとうございます。
三枝さんと仁鶴さんとは、関西は気合い入ったラインナップですね。
ちょっと関東とのバランスが取れてないです(苦笑)。
メイさんのコーナーは木曜のはずですが、最初期の頃は金曜だったのかな。
昼ワイドに歌のコーナーが有るなんて、今では考えられないですね。
ネット局は全国7局くらい有ったはずです。
70年からありました?
そのうち調べます。

ファミリースタジオの方は、中途半端な時間ですね(笑)。
なんかそんな番組があったような気もしますが。


● いくちゃんちゃん
ここは不定期に長期休暇入ります。
そのうち慣れます(笑)。


● うなみさん
なるほどー。
こんな番組に三枝・仁鶴を投入するくらいテレビに力を入れてきて、
それで現在の王国があるというわけですね。
かつてのナベプロみたい。
見ている方がウンザリするくらいの寡占化もそんな感じ(笑)。


● TXさん
この番組ではテレショップのコーナーも有りますんで、
お書きになっている事も外れではないですね。
フジの始めた局主導によるテレビショッピングですが、
それを押し進めた高崎一郎さんは私企業の役員になったりと、
本来のテレビの役割から逸脱した流れだったとは思います。
公務員じゃないから癒着してもいいというのもねえ。
まあ、どうせ影響力もかなり薄れてきたのでいいか(笑)。
2008/10/19(日) 20:29:23 | URL | ごいんきょ
奥さん2時です
上岡龍太郎が出てましたよね。
東京12チャンネルには珍しい
キャラだと思うのですが。
しかも、お昼というより
昼下がりに出てたのがすごい。

2時のワイドショーのときは見てませんでしたけど。 
2008/11/16(日) 15:07:45 | URL | 梅吉
えー。
これにも上岡さん出てましたか。
結構いろんなワイドショーに出てたんですねえ。
2008/11/16(日) 22:44:47 | URL | ごいんきょ
奥さん2時です。
上岡龍太郎司会のアシスタントの女性は、「お父ちゃん、きはたった きはったえー」の京えくぼのCMの人でしたね。なつかしー。
2008/11/24(月) 03:03:43 | URL | 西宮市
関東には馴染みの無い人ですが、この番組では見られたんでしょうね。
それにしても上岡さんが12チャンに出てたなんてねー。
2008/11/24(月) 04:24:15 | URL | ごいんきょ
関西らしい感じ
大阪に住んでいた5年間、時々見てました。
特に夏休みの新倉イワオさんのもよく見ました。
とりあえずオープニングの曲が印象によく残っています。
2009/02/01(日) 16:07:10 | URL | 緑のおばさん
ほー。
やはり関西からの出演者が豪華なだけに、
関東ではほとんど見ていた人はいないだろうと思っていたこの番組も、
意外に関西の方の食いつきがいいんで助かりました。
夏休みの新倉さんという事は怪奇物ですね(笑)。
2009/02/02(月) 00:19:54 | URL | ごいんきょ
1974年~1975年の記憶
ファミリースタジオ230の時代は大阪に住んでいました。そして、東京に引っ越した直後(1970年10月)に、タイトルが「奥さん!2時です」になりました。
藤本永治さんは、「アップダウンクイズ」の小池清さんと同期入社のはずですが、この小池さんや「ヤングおーおー」の斎藤努さんに比べると、関東での認知(記憶)度は低かったのではと思います。

さて、私が覚えている1974年のラインアップ(MBS制作の月~水)は、
月:桂三枝 石川豊子 桂文珍
火:笑福亭仁鶴 石川豊子 桂文珍
水:浜村淳 石川豊子 桂文珍
でした。ちなみに木・金の思い出はほとんどありませんが、確か川口浩さんが司会をされていたと思います。
なお、月~水アシスタントの石川豊子さんはピーターさんのお姉さんで、元々は鹿児島の放送局でアナウンサーをされていました。
桂文珍さんは、まだ「刈りあげ」になる前でした。「文珍、貸します」のコーナーを担当され、レポーターをやっていました。

このメンバーで1975年3月までOAされ、例の「腸捻転解消」と共に、MBS制作は終了します。代わりに火曜日がKBS京都(当時は近畿放送)、水曜日がサンテレビジョンの担当となり、12chは月・木・金。そしてタイトルも、『こんにちは!奥さん2時です』に改まりました。

ちなみに火曜・水曜の司会者は
火:上岡龍太郎 久保田ひろみ
水:小曽根実 近衛真理
です。
あの「芸は一流、人気は二流、ギャラは三流、恵まれない芸人」でおなじみの上岡さんは、この『こんにちは!』時代に司会をされていました。
また、ジャズピアニストの小曽根実さんは、苗字でもおわかりの通り、小曽根真さんのお父さん。近衛真理さんは宝塚歌劇団出身で、神戸を中心に活躍されていた舞台女優さんです。

火曜日のコーナーで覚えているのが、「クイズ一か八か」です。これは「三枝の国盗りゲーム」の簡易版のようなもので、クイズに正解すると回答者は4マス×5マス(5×5だったかも)のパネルから好きなマスを指名。そのマスをあけて「ドル袋」のマークが出れば賞金獲得、「鬼」のマークなら賞金没収というルールでした。

この「クイズ一か八か」で「年忘れ落語家大会」が行われて時のことです。
コーナーの終わりに、落語家が一列に並んで感想を順に言っていたのですが、鶴瓶さん(当然、カーリーヘアです)の番になった時、文珍さんがすかさず一言。
「こいつ(鶴瓶さん)、失礼なやつでっせ。見てみなはれ、足袋やのうて靴下はいて雪駄はいてまっせ!ホンマに、手ェ抜くな!」

この頃の鶴瓶さんは、ホンマに型破りな落語家さんやったと思います。

また、記憶を整理して書き込みます。
おじゃましました。
2010/02/11(木) 22:45:01 | URL | 甚六
この番組が開始した日の朝日新聞に番組広告が掲載されていたようでして、その広告によると、東京版の初代司会者は小暮さんではなく江利チエミさんだったようです。

江利さんのファンの方がなさってるブログによると、1972年の2月に起きた、例の”実姉”を名乗る女による巨額詐欺被害で芸能マスコミによるゴシップが酷くなったために責任を取らされて中途降板、その後少し間を開けて小暮さんが登場した・・ってことみたいです。

江利さんの生前のキャラクターからいって、こういう奥さまサロン系の司会も案外填ってたかもしれませんよね・・・見てみたかったなぁ、チエミさん司会のワイドショーも。
2012/09/21(金) 05:18:06 | URL | (ハンドル未記入)
● 甚六さん
そうですね。藤本永治さんとなるとワタクシも知りませんし、
一般的にも関東人での認知度はかなり低いんじゃないかな。

おほ。凄いメンバー(苦笑)。
これ、本当に12チャンネルで放送してたんですかね(笑)。
ピーターさんのお姉さんがアナウンサーだったというのも意外だったし。
鶴瓶さんは12チャン出入り禁止の前かな(笑)。

それにしても貴重情報満載のコメントでした。
関西制作の情報が皆無だったんで、本当に助かりました。
思いだした方は、ぜひ補強コメント下さいね。


● 未記入さん
ほぇ~。関東も、負けじと凄い人選だったんですね。
東京12チャンネル、だから侮れない(笑)。
チエミさん、たしかに合ってたと思いますよ。惜しいですね。
ミネラル麦茶もこの時間帯のスポンサーに相応しいし(笑)。
2012/09/21(金) 21:58:04 | URL | ごいんきょ
司会進行役の藤本栄治アナと森乃福郎コンビ
司会進行役の藤本栄治アナと森乃福郎コンビは、腸捻転解消後の「スタジオ2時」にそっくり受け継がれていますね。
その点からも「スタジオ2時」が「奥さま!2時です」のMBS側に於ける継承番組と見做して宜しいかと思います。


ただ当時、私はABCの「ワイドショープラスα」の方が2時台の先駆者で、「スタジオ2時」の方が「プラスα」の二番煎じと誤認していましたけどね・・・・・、ま、視聴率面では進行役を務める乾アナの強烈な個性が印象的な「プラスα」が圧倒していて、「スタジオ2時」が(恐らく奥さま!2時です」時代から)二番手、明らかに両番組からの頂き企画が多く(例の鬼嫁シリーズなんて元々、嫁姑の悩み相談との形で「スタジオ2時」が得意にしていた企画だった様な)、又、妙に東京受けを意識しているのが鼻に付く最後発の読売テレビ「ワイドショー今(後の2時のワイドショー)」なんて、一体誰が見るんだろ?って図式からの誤認かとは思いますけど。
と、関西限定の話で失礼しました(笑)。
2015/07/23(木) 23:27:43 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
ワタクシにはほとんど理解できませんが(笑)、関西の人はどんどん絡んで下さい。
スタジオ2時はTBSでも放送したようですが、記憶に無いです。
2015/07/26(日) 07:21:32 | URL | ごいんきょ
TBSって昔から気まぐれ的にネットしますよね(笑)
TBSの2時台は基本ローカル再放送枠となっているなっている事からか、現在のゴゴスマ(名古屋CBC制作のローカルワイド番組)に至るまで、気まぐれ的に地方局の番組をネットする事がありますよね(笑)。
スタジオ2時をTBSがネットしていたのは、スポンサーに(「奥さま!2時です」時代からの高島屋では無く)大丸の方が付いていた頃かな?

私からすると大丸と言えば腸捻転時代からの大阪ABC制作・ワイドショー・プラスαの筆頭スポンサーってイメージがどうにも強いですけど、TBSでも(1972年1月のワイドショー・プラスα開始から間もない)1972年4月より、プラスαと同じ大丸提供の「もしもしスタジオ」という30分枠のワイドショーが開始したそうですけど、その番組が腸捻転解消と同時に2時台から撤退している事からして、どうやら大丸がスポンサーに付いた企画ネット(東京版ワイドショー・プラスαとして開始された?)だった様で、「もしもしスタジオ」が完全終了した1976年10月以降に、大丸がそれに変わる番組として、東京TBSへのネット前提で長年ライバルだった筈の「スタジオ2時」のスポンサーに付いたというのが考えられますけどね。

その辺は関東、関西両方のテレビ事情に詳しい人じゃないと俯瞰するのも困難ですね・・・・・。


2015/08/01(土) 15:20:30 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
大丸から高島屋に提供が替わったという事でしょうか。
宿敵なのでは?


>関東、関西両方のテレビ事情に詳しい人

それは、あなたじゃないんですか?(笑)
2015/08/02(日) 18:36:07 | URL | ごいんきょ
高島屋から大丸へ
>大丸から高島屋に提供が替わったという事でしょうか。

ざっくり書くと腸捻転時代の東京12との共同セールス時代の高島屋から、キー局TBSに合わせた形で大丸に変更したって事です。
スタジオ2時がTBSにネットされたのは極僅かの時期の様ですけど、その時期も含めTBSの午後2時は長らく大丸提供枠(大半はドラマ再放送の様ですが)となっていた様で、それに合わせた格好でスタジオ2時も大丸提供になった?との話です。
ならその後、高島屋は?ですが、東京12への提供も続けながら、関西では読売テレビのワイドショー今、2時のワイドショーのローカルスポンサーの末尾にひっそり付いていたり(笑)。
どういう訳か高島屋が大株主である筈のABCのワイドショープラスαには提供しなかった様です。

現在ラジオでもすっかり多くなった通販番組ですけど、奥さま!2時ですのメインスポンサーだった高島屋は自らとこの番組をテレビショッピングの最初としていますね(高島屋のHPでも確認)。
恐らく広くテレビショッピングの祖とされている三越とは互いに与り知らない所で独自に通販番組を企画し、在阪在京各局に声を掛けて(高島屋の立場からすると、当初ABCにも声を掛けたであろう事も推測されますけど)、東京12の再建に関わっていたMBSと収益になる番組を求めていた東京12が賛同したという事でしょうね。
無論、MBS並びに東京12側としては高島屋の店舗網を活かした格好での地方局へのスポンサードネットも視野に入れていたんでしょうね。
で、三越がフジ、高島屋が東京12とそれぞれ通販で売上げを伸ばす状況に焦った?大丸がTBS、ABCの両TBS系列局に声を掛けてそれぞれワイドショー番組を始めさせたという図式でしょうね。

そんな感じで腸捻転解消直前の時期は、MBSでも奥さま!2時ですのスポットCMで(何故か)大丸テレビショッピングが放送されたとの記述があったりと中々興味深い事も起きている様ですね。

2015/08/30(日) 12:34:13 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
東京ホームジョッキーの方が先のような気がしますが、
「高島屋テレビショッピング」とか、社名を出したって事でかな。
2015/09/09(水) 00:23:31 | URL | ごいんきょ
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