私的 昭和テレビ大全集
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伊賀の影丸 (1963)

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かげ~~ (ハッ!)
かげ~~ (ハッ!)
影丸がゆく~ (ヨ~ォ!)
影丸がゆく~ (ヨ~ォ!)

いま聞き直すとなんとも間が抜けた感じすらするOPテーマ。
歌そのものは悪くないんだけど、何故かお座敷調の合いの手がいちいち入るのです(笑)。
そもそもは少年サンデーで連載されていた横山光輝の漫画で、
公儀隠密として活躍した伊賀忍者の影丸の活躍を描いたものでした。
上司は、かの名高き服部半蔵。
横山が描いていた鉄人28号と、手塚治虫の鉄腕アトムという二大ヒーローの活躍によって、
少年漫画界を寡占化するに至った空想科学漫画の類。
濫立した未来像からの反動か、1960年代に入ると、過去である戦国時代などを描いた時代劇、
忍者ものが空前のブームとも言える様相を呈してきます。
端緒を開いたのはなんと言っても白土三平で、ここでは彼の風のフジ丸を扱おうかも迷ったのですが、
それはこれまでもいろんな所で語られているでしょうし、当ブログはこちらを選ぶわけです(笑)。

忍者ブームはそのままテレビへも波及。
小説や映画などで大人達も忍者ものがブーム然としだしましたが、子供の間ではそれが定着化。
洋風忍者とも言えるスパイものや、円谷などによる怪獣ものなどのブームとも上手く融合しつつ、
60年代の最初から最後までを駆け抜けていきました。
ところが、70年代に入ると反動からか一気に沈静化。
呼応するように、子供番組から時代劇が激減していく事となります。
思えば子供番組に於ける時代劇に、超人的な能力と幻妖な術を操る忍者は欠かせない存在でした。
中でも実写の隠密剣士や忍者部隊月光の影響力たるや絶大なものが有り、
当時の腕白なら、まず間違いなく忍者部隊ごっこのような事を仲間たちと活動していたはず。
段ボールで手裏剣を作ったり、資材の下を大仰にくぐって行ったり、やったでしょ?(笑)

そんな中での影丸の影響力は、あまり大きくなかったと思います。
まだ子供達には、漫画雑誌を習慣的に買えるような購買力を与えられておらず、
子供世界への影響力を持つメディアは、ほとんどテレビに集約されていました。
そして影丸は、そんなに視聴率は高くなかったのかもしれません。
或いは、放送地域がかなり限られていたのでしょう。
今日的にも、隠密剣士や月光のようには一般的に語られません。
しかし、内容はかなり上質の出来だったと思います。
当時の人形劇は、どれも生放送か、生形式のVTR収録。
しかしこの影丸はフィルム収録で、人形劇と呼称するよりは、人形アニメと呼ぶべき内容でした。
木の葉隠れの術で、渦巻く木の葉をアニメ表現で見せたり、人形もまるで絵のように動いていたり、
今日的に見ても白黒画面以外はなかなか斬新な映像だと思いますが、何故か発掘されず。
たまに上映会みたいなものは有るようですが、一向にソフト化されないのが残念です。

制作は、すぐ後にかの名作・ひょっこりひょうたん島を世に出す「劇団ひとみ座」で、
元々はその名の通りの劇団だったひとみ座から、この影丸制作のために
「東京人形シネマ」という映像制作会社が独立しました。
この東京人形シネマこそが、ビッグXに始まり、巨人の星、アタック?1、ルパン三世、
天才バカボン、ど根性ガエルなどの名作を紡ぎ出す、東京ムービーの前身なのです。
長浜忠夫、大隅正秋という演出陣を知れば、人形劇として出色のその出来も納得です。
http://blog.tms-e.com/archives/50143278.html

提供は三立製菓で、サンリツ劇場と銘打ってたのかな。
当時サンリツパンは子供のおやつの定番のような物でした。
そしてこの影丸放送中か終了直後、三立はかの名菓・チョコバットを世に送り出すのです。
三立パンにそのままチョコを塗ったような棒状のパン菓子。
バットのような握り部分があるわけでなく、ただのチョコ棒なんですが。
味もチープで病みつきなるような典型的駄菓子でありましたが、
子供達のハートをキャッチしたのは、その当たりシステムにありました。
包装フィルム暗色部にボールイラストがあり、その裏面にヒットと有れば当たり。
それを四枚集めればホームインという事で、もう一本もらえるのでした。
ワタクシはその形でしか交換した事は有りませんが、中にはホームランも有り、
それだと一発で一本と交換して貰える破格待遇でした。
ただ当たりでもう一本というだけでなく、四枚集める手間を省ける特別待遇の優越感。
ここにこそ、チョコバットが当たった理由が有りましょう。
当時のオスガキでチョコバットを食した事のない者は、まずおりますまい。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
白土vs横山
というのが特に当時の忍物の二大漫画家であられたわな
白土氏もカムイとサスケの前のモノクロ時代にもフジ丸が作品化されていたのではなかろうかな


にしてもフジ丸が旧フジサワ薬品なのに対しこれがチョコバットのサンリツとは思い出せなんだわな
うまい棒のやおきんとかもその気になればメジャーになれたんかな
2009/02/20(金) 22:28:41 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
三立製菓
さすがにこの番組の内容については語ることができません(苦笑)。

ただ、「三立製菓」のネタなら大丈夫です。

「チョコバット」今でも我が家のおやつの定番ですね。

「ヒット4本、ホームラン1本で1本交換」というシステムも
「チョコがけのカットパン」も
いまだ健在ですね。
「がんばれチョコバットくん」という10本入りの物もありますが、これはさすがに当たりはありませんね。
そういえば、中身の同じ「エースバット」というのもありますね。
(こちらはストライクが3本で1本交換)

三立といえば他にも以下のものがありますね。

①かにぱん
文字通りかにの形をしたカットパン。
私はまず間違いなく足のほうからちぎって食べますね。

②カンパン
防災訓練に参加すると必ずもらいますね。
一緒に入っている氷砂糖がミソですね。
(カンパンだけでは味がない、氷砂糖だけでは甘すぎる、交互に食べるのがポイント)
非常食であることは言うまでもないですね。

③源氏パイ
これも我が家では定番ですね。
ハートの形をしたパイです。
「普段おやつとして食べるパイ」といったところでしょうか。

④「クックダッセ」「ホワイトダッセ」
いわゆるランクドシャ(薄焼きのクッキーにクリームをはさんだ物)ですね。
昔、さんまさんの番組だったかVOWだったかでネタにしていたことがありましたが、最近ではあまりお目にかけなくなったような。

「三立製菓」も「ウナギイヌ福市長」でおなじみの静岡県浜松市の企業でありますです。
2009/02/20(金) 23:09:43 | URL | yig
● ガッツさん
白土先生は忍者もの一辺倒という印象で、横山先生は対照的に、いろんなジャンルを手がけましたね。
うまい棒は充分メジャーじゃないかな。
某巨大匿名掲示板群がメジャーにしたのかな(笑)。

● yigさん
いま間違えて何故かハンドルの最後に「a」を打ったらしく、
「伊賀さん」と変換されて驚きました(笑)。
チョコバット、なんとまだ有るのですか!
それも当たりシステムも健在とはねえ。
エースバット? チョコエースではなくて?
どっちつかずの名前ですね(笑)。

乾パンは非常食用のを買った事がありますが、三立だったかどうか。
砂糖は無く、戦時中のような純粋な乾パンでした(笑)。
かにパンも懐かしい。あれはサンリツパンより美味しかった。
源氏パイも三立でしたか。
たしか、モンドセレクションを受賞してますよね。
先だって週刊新潮でいい記事が有りましたが、
モンドセレクションに出品した8割が、なんらかの賞を受賞しているようで。
まあ、それだけ自信ある優れた食品ばかり集まるんでしょうけど。
日清製菓のバターココナッツがその受賞を謳って売り上げを大きく伸ばし、
以後は日本の食品会社のためのコンテストかと見紛うばかりに、日本からの出品が増えたようです。
たしかに我が家も、あの頃まんまとバターココナッツをよく買ってたなあ。
不味くはなかったし、たしかに品質もいいと思ったんで無問題ですけど。
2009/02/21(土) 02:33:47 | URL | ごいんきょ
伊賀の影丸と忍法ブーム
ごいんきょさんのおっしゃるように1960年代は忍者ブームでしたね。
 まず1960年に週刊文春」に連載された柴田錬三郎の「赤い影法師」。主人公は、親子三代にわたる「影」と名乗る稀代の忍者でした。対するは服部半蔵。
そして、山田風太郎の忍法帖シリーズ。その第1作「甲賀忍法帖」は甲賀と伊賀の忍者がいわばトーナメント方式で戦うというのちの定番となるものが初めて書かれています。またこの作品には、首を切り離さないと死なない不死身の忍者として「薬師寺天膳」というキャラクターが登場しています。
また、劇作家村山知義の「忍びの者」が1960年に理論社がら発行され、これもベストセラーとなりました。「忍びの者」はいまなら流行語大賞でしょう。この小説から忍者の階級制度「上忍」「下忍」は常識になりました。大映が市川雷蔵の主演で映画化し、大ヒットしたことから全8作とシリーズ化され、雷蔵としては、眠狂四郎とならぶ代表作になりました。
マンガ界では、白土三平が1957年から貸本で「忍者武芸帳」全17巻を描き継いでおり、学生・評論家に評判となっていました。主人公は、百姓一揆を組織する忍者影丸とその配下の影一族でした。
横山光輝は、忍者ものに強い関心をもっており、「少年サンデー」から科学冒険漫画の新連載を依頼されたのに、編集者を説得して「伊賀の影丸」を連載したのでした。連載終了後、編集部の希望を入れて科学冒険漫画「宇宙警備隊」を連載しますが、愛読者からの「伊賀の影丸」再開の投書が多数寄せられて、「宇宙警備隊」の連載終了後、再び「伊賀の影丸」が連載され、その後人気作として第9部まで6年にわたる長期連載となりました。
この人気に目をつけた東映が映画化し1963年7月に公開されました。伊賀の影丸が松形弘樹、阿魔野邪鬼が山城新伍でしたが、お話は本能寺の変の後、堺にいた徳川家康を守って伊賀越えをする影丸たちとこれを襲う阿魔野邪鬼ら甲賀七人衆というオリジナルな脚本になっていました。横山光輝としては、キャラクターとタイトルバックに漫画がつかわれていただけでした。第2部の企画もあったようですが、実現しませんでした。
テレビでは、1962年10月から「隠密剣士」が始まりました。当初は蝦夷(北海道)を舞台にした和製ウエスタンとおぼしきものでしたが、人気が出ずに、忍者ブームに目をつけて第2部「忍法甲賀衆」からは忍法シリーズに変更して、大人気番組になりました。
子どもの忍者ブームは、「伊賀の影丸」と「隠密剣士」に始まったと思います。「忍者部隊月光」はその後の007に始まるスパイブームのなかでつくられたものでしょう。
 さて、肝心のTV人形劇「伊賀の影丸」ですが、横山マンガのキャラクターを使いながら、オリジナルなストーリーになっていったと思います。その中で最も強烈な印象として残っているのが、不死身の忍者阿魔野邪鬼(だったと思うのですが、あるいは原作マンガでもラストに自身も忍者だったことがわかってあっといわされた由比正雪だったかも)が影丸と対峙したときに、くるりと後をむいて切り下げた総髪を両手で左右に分けるとなんと後頭部に大きな第三の目が現れて、術をかけてきたときです。これには、びっくり仰天しましたね。TV人形劇「伊賀の影丸」といえば、いの一番にこのシーンが思い出されます。
2009/03/03(火) 21:56:38 | URL | 慢中老
これはこれは、ワタクシがさわりだけ書いた事を
大きく補填して戴いて、本当に助かりますし、恐縮至極です。
本当にコメント欄で書いてもらうのが勿体ないんですよね、漫中老さんのは。
人形劇の影丸も、当初は原作通りだったと思うのですが、
後期はオリジナルになっていったんですね。
普通の人形劇と違ってアニメ的に見栄えのする動きですから、
ご記憶のシーンもかなりインパクト有ったのでしょう。
2009/03/05(木) 23:48:34 | URL | ごいんきょ
チョコバット
チョコバットは、初期は昔のキャンディーと同じようにセロハンの両端をねじって止めるスタイルの包装でしたが、衛生上の問題や包装技術の進化で、現在は袋とじになりました(キャンディーの個包装も大部分がこうなりました)。

一時期、姉妹品で、ピーナッツクリーム味のPバットというのもありました。

また、今でもある姉妹品のエースバットチョコは、中身はチョコバットと同じですが、景品と結果の表記が異なります。

チョコバットは現物でもう一本ですが、エースバットはオリジナルのノートです(お店ではもらえないので、本社に当り券を郵送します)。

また、ホームランに対して「エース」で、ヒットに対するのが「ストライク」となっていて、大きなちがいは、ヒットは4枚ですが、「ストライク」は3枚で当りです(野球のストライクに合わせてるんでしょうね)。

しかし、ホームランはまあまあ出ますが、ヒット4枚集めるのはホームランより難しいです。
2012/01/08(日) 08:33:33 | URL | 10000k
ピーナッツクリーム味なんて出たんですか。
かなり後年だろうなあ。
エースバットではストライク3つで当たりという発想までは良いですが、
「エース」ってのがいかにも苦しいですね(笑)。
2012/01/28(土) 07:12:34 | URL | ごいんきょ
紙芝居の「伊賀の影丸」
TBSで「おはよう720」や「700」をやっていた頃だったと思うのですが
確かフジテレビで
『みんな、よっといで』というタイトルの
連続紙芝居をやっていました。

内容は「伊賀の影丸」以外覚えてなくて
小学校登校前に朝ごはん食べながら視ていました。
2014/01/19(日) 20:20:08 | URL | ぼの子
みんなよっといでは、マニア泣かせの番組です(笑)。
とにかく資料が少ないし、それ故でもあるんでしょうが、関連音盤が異常に高い(苦笑)。

そうなんですね。
中で紙芝居だか簡易アニメをやっていたらしいですが、
完全なる紙芝居だったんですか。
と言うか、ワタクシ、おそらく見た事あるかもなあ。
鬼太郎もやってませんでした?
紙芝居だか人形劇だか。
2014/01/19(日) 22:21:33 | URL | ごいんきょ
鬼太郎
アニメ以外にも紙媒体で映像があったような事を聞いた気がしますが
視た事はありませんね~;

紙芝居の影丸は
『みんな!よっといで~!』と言うお姉さんの声で始まり
子供の合唱するテーマソングが流れました。

サビの部分をうっすらマダラにしか覚えてないのですが
♪い~がの影丸 少年忍者~♪
♪いくぅぞ~忍法~ホニャラララ~♪みたいなw

2014/01/19(日) 22:38:16 | URL | ぼの子
主題歌は一応レコード化されているんです、一連の紙芝居。
ただ、物凄く半端でないほど額が高騰していて、ワタクシにはとても入手できません(笑)。
せいぜい出来てカップリングものですね。

他には天馬天兵とか有った気がします。
2014/01/19(日) 22:42:58 | URL | ごいんきょ
人形劇でやるか?
初めて見た時は、びっくりしましたね。「おいおい『伊賀の影丸』を人形劇でやるか?」、幼い私でも思いましたから。「チロリン村とクルミの木」と同じ、下から手を入れるタイプのやつでしたよね。OP、影丸が馬に乗って走っている姿を正面から映し、「かげー はっ・・」とテーマソング。人形に手を入れて、ただ上下左右に適当に動かしているようにしか見えませんでした。私の記憶に強く刻まれる前に終了しました。
2014/06/22(日) 11:34:08 | URL | みのモンタナ
なんか可愛いんですよね、人形だと(笑)。
DVDになっているようですが。
2014/06/29(日) 08:48:26 | URL | ごいんきょ
DVD買っちゃいました。
思わず買ってしまいました。
小生の記憶では、NHK放送かと思っていましたが、民放だったんですね?
人形劇といえばNHKとの思い込みでしょうか?
2014/07/02(水) 12:29:53 | URL | 心は少年
いいなあ(笑)。
これ、ぜひ見たいんですよね。
中古が安くなったら買おう。
2014/07/03(木) 22:39:25 | URL | ごいんきょ
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