私的 昭和テレビ大全集
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ママちょっと来て (1959)

該当番組画像募集

さて、カテゴリ別に番組紹介をしていく企画も、取り敢えず一段落です。
報道、スポーツなど、他のどこかは勿論、
当ブログでもあまり触れられないようなジャンル、番組を多少拡充できたかと思います。
そのために払った代償は結構ばかにならず、
当ブログを始めた頃はとんとん拍子だった更新率が、見る見る悪化。
2007年頭に、大禍なければ今年中には500番組達成できるでしょう
などと言っていたのに先日気づき、愕然としました。
丸々二年間の停滞の原因は、大きくこのカテゴリ別対策のためなのでした。

それも一段落したのを機会に、また原点に帰りまして、
書きたい番組を書きたい時に書きたいように書く
でしばらくやっていこうと思います。
新年度の4月という事でも心機一転。
今日からは更新率を少しだけ意識してやっていこうかなと思います。
昔みたいに月30番組前後できるパワーがまだ有りますやら?(笑)



♪ ママ、ママ、ちょっと来て、ママ

アメリカドラマが席巻していた昭和30年代、ホームドラマも例外ではなく、
パパ、ママという呼称を日本人に植え付けた作品が多数輩出されました。
パパはなんでも知っている、うちのママは世界一、パパ大好き…等々。
我が家は外国ドラマは何故かあまり見てませんでしたし、
本人達もテレがあったのか、お父さん、お母さんで育ちました。
ワタクシが小学生の頃は、パパだのママだの呼称しているのがわかると、
「え~、ママだってよ」とか、嘲笑の対象にまでなっておりましたが、
今ではもう、どこの家でもパパ、ママなんでしょう。
昭和の遺物としては憤慨しきりであります(笑)。

さて、アメリカのテレビ番組をパクリながら成長していた初期テレビ、
そんなアメリカンホームドラマをなんと純国産でパクッた作品も登場しました。
それが今回の番組であります。
パパは千秋実。肝っ玉かあさんでは嫁の父役もやってましたっけ。
お父さん役がハマる人でしたけど、セリフがつかえるのが多かったような(笑)。
そんな千秋パパは、娘や息子に大甘。
当時、日本のお父さんはここまで子供に甘くなかったと思うんですが、
リベラルな感じで売ったパパはなんでも知っているの影響なんでしょう。
まあ、いくら甘い感じでほっておいても、子供達は自然の成り行きで、
視聴者が納得するような反省と成長をしていくという、
そこら辺は当時のドラマらしい予定調和が心地よいのですが(笑)。

ママが乙羽信子。
ずっと後年の五十代になってからも可愛いなと思ってましたけど(笑)、
若い頃は本当に綺麗だったですねえ。
そう言えば、彼女も肝っ玉かあさんでメインの店員役をやってましたっけ。
縁深いというか、この番組での刷り込み効果を期待したキャスティングだったのかな。
ママはパパよりはちょっと厳しい見方をしてはいるんですが、
やはり叩いて叱るなんていう事はしなくて、「まあ」ってな感じ(笑)。
「パパ、なんとか言ってください」「まあいいじゃないか」
こんなやり取りが定番だったんじゃないでしょうか。

この作品も放送ライブラリに収蔵されていて、この当時の和製ドラマが
残存しているのはむしろ希少な事なので、感激しながら視聴しました。
そこでのスポンサーは、花椿マークの資生堂。
但し、例の「東京・銀座・資生堂」のコールはまだ無い頃で、
ただ花椿マークが映し出されるだけの、静かなスポンサー紹介。
そして子犬が数匹じゃれ合っている映像をバックに、冒頭の主題歌が流れます。
これは後年の放送分なんでしょうか。
かなりの人気が有ったと見えて、当時としては破格の、四年もの長期放送されました。
初期は、三菱石油の提供だったと思われます。
三菱スーパーガソリンの広告が入った歌詞カードを、
会社宛に請求すると送ってもらえていたようです。
当時はNHKを筆頭に、そうしたサービスをしている局、番組が多かったのでした。
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この記事へ寄せられたコメント
覚えているお話
ごいんきょさんの新年度の初めの記事がこの懐かしい番組でちょっぴり感激してます。

指を目の前でくるくる回して、
♪これじゃあママは目が回る
 体がいくつあってもたりません
とテーマソングを踊りながら歌って、家族を笑わせた記憶があります。

覚えているお話がひとつだけあります。
朝、パパや子供たちを送り出したママが急用で出かけなければならなくなりました。
そこで手紙を書きダイニングテーブルの上に置いて出かけました。
午後になって長男の和夫くんが本を抱えて友達と帰ってきて、何気なくテーブルの上に置いてから自分の部屋に行ったのですが、その時気付かずに本と一緒に置手紙も持っていってしまいました。
夜になってもママが帰ってこないので、パパも子供たちもママが家出したと大騒ぎになりました。
ママが戻ってきて真相が分かるのですが、テレビを観ていて本当のことを教えてあげたいと真剣に思いました(笑)。

音羽信子さんは「百万ドルのエクボ」と言われていたと親から聞きました。本当に笑顔が優しくて素敵でした。
「ありがとう」の保育園の園長先生の奥さん役も印象に残ってます。
2009/04/02(木) 21:12:30 | URL | モデラート
いつもながら女の子の想い出はカワイイですね。

アメリカンホームドラマをパクッただけあって、
当時の日本としては考えられないくらい大きい冷蔵庫を劇中で使っていたんですが、
それでもアメリカドラマに出てくる物とは月とスッポンでした。
ダイニングテーブルで椅子に座って食事したり、万事バタ臭い家でしたね。

大映では百万ドルの笑顔と言っていたようですね。
その事が書いてあるウィキペディアでは、この番組に触れていない…
乙羽さんのテレビ代表作なのに。
ありがとうにも出てましたね。
2009/04/02(木) 22:29:19 | URL | ごいんきょ
はじめまして
ごいんきょ様 はじめましてm(__)m

時々覗かせて頂いては、暫し昭和の懐かしさに心癒されておりました。
「ママ、ママ、ちょっと来て・・」のTVドラマは余り記憶にないのですが、音羽信子さんは「ただいま11人」で主演していたのを覚えています。

だけど、ごいんきょ様のこの「昭和テレビ大全集」の記録の多さには驚かされます~益々のご活躍に期待と、心より応援させて頂きます~(^。^)
2010/05/11(火) 11:00:47 | URL | 西風
温かいお言葉を戴いているのに、ほっぽらかしで本当に申し訳無い事です。

ただいま11人、まだやってないんですよねー。
なんとか十年以内にやりたい番組です(笑)。
2013/12/29(日) 22:24:43 | URL | ごいんきょ
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