私的 昭和テレビ大全集
Google
Web全体から検索 当ブログ内 検索
総計
昨日  本日

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30



鉄腕アトム (1963)

鉄腕アトム(1963)



明けましておめでとうございます。
当ブログで扱う作品も、これで丁度50作目となります。
更には元旦という事もあり、節目に相応しい番組として、
国産初のTVシリーズアニメ、鉄腕アトムを扱いたいと思います。

この番組はテレビ10周年の年、昭和38年の、これも元日に始まり、
それから丸4年後の昭和42年大晦日に終了しました。
そのキリのいい数字の並びは、様々な意志の複合によるのでしょう。
とまれ、この作品が始まった頃は、アニメーション、それも30分の
中編アニメーションを毎週制作するなど、誰も想像しませんでした。
国産初のフィルムドラマ月光仮面の成功から4年しか経っておらず、
フィルムドラマ自体がまだまだ黎明期で、テレビは消えモノ…
テレビ番組なんて一回放送すれば泡の様に消えていく媒体…
関係者はみんなそんな認識で、生で放送する事に血道をあげていました。

たまに見られるフィルムドラマやアニメーションは、全てアメリカ製。
ですから、当時視聴者だった人間は、今日の人々が想像できないくらい、
アメリカという国に憧れと親しみを抱いていました。
そういう意味では、アメリカの占領政策は大成功だったわけです。
彼の国は、全国テレビ網が日本統治に及ぼす影響を熟知。
A級戦犯だった読売新聞社主、正力松太郎の意欲と政治力を利用し、
テレビ網を急速に広げ、所期の目的を遂行しました。

ちなみに正力は、アメリカの意を汲み原子力方面も請け負い、
テレビの父、原子力の父としてその名を残します。
節目なのでちょっと硬めの記事になりましたが(笑)、
そんな数少ない外国アニメですら、一つの話はせいぜい5分強。
それを何本か重ねて15分や30分の番組にしていたわけですし、
内容も有って無い様なもので、ただ絵が面白おかしく動いているだけ。
そこにはなんらのストーリー性も有りませんでした。

そんな時期に、毎週30分のドラマを盛り込んだアニメ制作なんて、
できるはずもないので、誰の頭にも発想は無かったでしょう。
漫画の育ての親・手塚治虫は、TVアニメの生みの親でもあります。
彼が常識を逸脱した発想をしなければ、今日のポケモンも
ドラえもんも、ちびまる子ちゃんも、サザエさんも、
TVアニメではきっと見られなかったでしょう。
フィルムドラマすら満足に作られていなかった時代に、
毎週中編アニメを制作しようという発想は、それくらい特別な事です。

当然、障壁は数限りなく有ったでしょう。
真っ先に思いつくのは、時間とお金ですね。
時間の方は、とにかく人力が投入されたと思います。
その当時の関係者の熱意。それ以外に無いでしょう。
お金の方は、テレビによって知名度が飛躍的に上がる
コマーシャル効果を最大限に利用し、あらゆる品物に版権を売りました。
当時のアトム関連商品を紹介したら、一冊の写真集ができるでしょう。

しかしながら、直のスポンサーは明治製菓一社でした。
本作の4年前に一足先に作られた実写アトムの提供はロッテ商事。
このアニメアトムがコケれば問題も無かったのでしょうが、
空前のヒット作となった事にロッテは複雑な心境だったようです。
それがあって、同じ手塚原作の『W3』が、同じフジテレビで
制作される事になったという裏話は、実写アトムの項でも書きました。
きっとW3の稿でも書くと思いますが、我慢して下さい(笑)。
ちなみに、アニメ化企画段階では森永に最初は話が行ったようです。
大ヒットした時には、ソデにした担当者は歯ぎしりした事でしょう。

火曜夕方6時15分に始まるマーブルチョコレートのCM。
上原ゆかりバージョンがなんと言っても有名ですが、
その後に続くあまりにも有名なテーマソング。
ですが、放送開始当初は歌詞が無く、インストだったようです。
そのうちに、あの ♪ 空を越えて ラララ 星のかなた
という歌詞で、上高田少年合唱団が歌うようになりました。
作詞家・谷川俊太郎は、「当時としては莫大な額の作詞料を請求したら
あっさり払ってもらえた」というコメントを残しています。
国産アニメ第一作でありながら、本作の4年全193本という記録は、
それから随分長い間破られなかったロングラン記録です。
今ではね、サザエさんという怪物がございますが(苦笑)。

ワタクシは個人的にあまりSF物が好きではなく、
初期のアニメはそんなものが多かったので、どれも醒めて見てました。
このアトムも例外ではなく、個人的には熱中してません。
が、最終回だけは例外でした。
『地球最大の冒険』と題されたその最終回のラスト、
アトムは地球を救うために、軌道がそれた爆弾にしがみつき、
まるで人間魚雷の如くそのまま太陽に向かって番組は終わります。

なんという結末!

幼児・児童向け作品の結末がこんな宙ぶらりんでいいんでしょうか。
おかげで日本中の子供が泣きました。勿論、ワタクシもね(苦笑)。
子供に夢と希望を与えるべき使命を負ったはずのアトムという作品が、
ああいう宙ぶらりんで放送終了したのは、ワタクシは評価しません。
視聴者が泣けば感動作品だという考えは、ワタクシは嫌いです。
あれを想い出の作品として記憶に残している方は多いでしょう。
そういう方には申し訳ないのですが、こんな人間もいるのです。

しかし原作方面では、その宙ぶらりんの設定を活かして
アトムは見事?復活。ここいらも嫌いです(笑)。
ああしたのだったら、それこそあのままアトムは綺麗に死んだと
大切な想い出のままでいさせて欲しかったです。
作者のきまぐれで大切なキャラクターを生かしたり殺したり。
感情移入して見るファンの側に立たない制作姿勢は、
ワタクシはあまり好みではありません。

で、甦ったアトムは無事、アニメ方面でもリメイクされました。
これからも何年かごとに作られ続けていくでしょう。
まさに永遠の生命を持ったアトムというキャラクターを、
今度こそ大切にし続けて欲しいものです。
関連記事


◆◆ 関連記事 ◆◆

Loading...

[猫カフェ]futaha



この記事を読んでくださった方へ

この記事を読んだよ~という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
コメント
この記事へ寄せられたコメント
今年もよろしくお願い致しまする。
あけましておめでとう御座います。
昨年は我がままなリクに応えて頂き感謝してます。

私もヒーローが死んでしまうのには
反対です。
夢、希望を与えるのがヒーローの使命ですから自ら壊しちゃ~ダメでしょ。
兎に角ハッピーエンドが一番。

今年も夢、希望が溢れていた頃の
番組を語って下さい。
楽しみにしてます。
2005/01/01(土) 12:14:07 | URL | ぱらマン
今年も宜しく
ま。ここは視聴者の記憶、想い出を網羅できれば
それが最良と思っていますので、
それぞれの想いを語って下されば嬉しいんですけどね。
ワタクシの見解を押しつけるブログではありません(笑)。

とは言え、やはりアトムにしても、
絶体絶命、絶望の淵からなんとか生還、
これからも人間の役に立っていきたいという
前向きなラストにすれば、感動も数倍だったと思います。


>今年も夢、希望が溢れていた頃の番組を語って下さい。
ありがとうございます。
それに近い感覚が、ここの主旨ですね。
影響の強い電波媒体、更にはネット媒体に、
往時の精神性を取り戻して欲しいというのは、
たしかに有ります。
ただの懐古ではなく、過去・現在は
未来と通じているというのを表したいなと。

むん。なんかカタイですが(笑)。
2005/01/02(日) 09:29:54 | URL | ごいんきょ
70年代に再放映
地上波テレビの暗黙の了解事項として、新たに作られる番組が全面的にカラーとなった1970年代以降モノクロ作品は再放映されなくなった、というのがあります。
ただ、この作品についてはそうとも言えないようです。実は76年に、北海道文化(UHB)で一度再放映された事がありました。番組の冒頭では「白黒作品」という但し書きが出ており、これがカラー全盛時代を強く印象付けていました。(昔はカラーのほうに但し書き)
2007/05/01(火) 17:25:47 | URL | うみがめ
そうですね。
昭和50年代始め、フジテレビでも再放送しました。
おそらくそれがそちらに行ったのかな?
本当に久しぶりに見るモノクロ映像は懐かしかったのですが、
いかんせん出来映えは時代なりで、
あまり熱中できなかったですね。
東北の方ではワンダースリーも再放送してました。
2007/05/01(火) 20:48:14 | URL | ごいんきょ
最終回は、そんなでしたかぁ。。
札幌では日曜の午前10時からでした。ごいんきょ様みたいに冷めてはいず、女子は楽しんで見てたと思います(女子中学)。前評判が凄くて、やっと放映された翌日は教室の話題でした^^;マーブルチョコレートにアトムのシールが入ってて、集めて貼りまくってました。
2008/07/07(月) 20:05:54 | URL | さっぽろっこ
アトムのシール
さっぽろっこさん
私もマーブルチョコレートのアトムのシールを集めました。
パッケージが筒状のため、シールもカーブしてましたね、懐かしいです。

その頃、ゴムの部分にウランちゃんの絵の付いた運動靴を買ってもらって大切に履いていました。

それから小学校の運動会の赤組の応援歌がアトムの替え歌でした。
♪行くぞー 赤がー 優勝めざーし
(笑)。
因みに白組の応援歌はソランの替え歌でした。
♪シロ シロ シロー
敵のチームだったのでそこしか覚えていませんが。

番組は殆ど覚えていないのですが、
アトムが歩くときの音がとっても耳に残っています。
2008/07/07(月) 21:50:57 | URL | モデラート
若い!
記憶鮮明なモデラートさんが、[そんなに]お若かったとは!^^
2008/07/09(水) 13:34:47 | URL | さっぽろっこ
アトム誕生45周年
手塚先生がなくなって20年近く
経ってるけどアトム人気は
絶えることはありませんよね。
いまも、空を超えて~
ら、ら、ら
星のかなた~
行くぞアトム~は歌いますもん。
鼻歌やカラオケで。  
2008/07/09(水) 13:41:02 | URL | 梅吉
● さっぽろっこさん
ああ。女性の方でしたか。
男子だってほとんどの人間は熱中してたんじゃないかな。
これはあくまでも好みの問題で、
ワタクシはロボットものって昔から熱中できないんですね。
人間が主人公じゃないと、どうも嘘っぽく感じるんでしょう。
アトムの前評判の頃に中学生でしたか。
じゃあここの女性では最年長クラスですね。
記憶も我々よりハッキリしている事が多いでしょうから、
なるたけ多くを思い出して書き残してもらえると助かるのですが。


● モデラートさん
どうも先輩がいらしたようで、良かったですね(笑)。
アトムシール、ワタクシは覚えてないんで、
おそらくまだマーブルチョコを買える年齢ではなかったんでしょう。
替え歌、ただ詞を当てはめただけなんですね(笑)。
歩く音と言えば、どうしてもジェッターくんのピッッコンピッコンです。
子供用の音が鳴るサンダルがあってね(笑)。


● 梅吉さん
好みの問題はどうあれ、手塚先生の偉業を否定できる人間なんていませんしね。
手塚さんがいなければ、週刊漫画もレギュラー長編TVアニメも、おそらく無かったでしょう。
2008/07/11(金) 07:13:24 | URL | ごいんきょ
>ごいんきょさん
 ジェッターって、スーパージェッターのことですか。音立てて歩いてましたっけ。アトムはボップッ、ボップッですね。サンダルというか上履きみたいな運動靴、持ってました。シールも覚えていますから買ってもらっていたんですね。うちは両親が手塚治虫の熱狂的大ファンで、その影響でアトムその他の作品を読んでいたものですから。今までに読んだ漫画の七割以上は手塚治虫だと思います。そんなわけで、手塚治虫が感動のためなら作中人物を自由に死なせてしまうやり方、宮崎駿はそれを「神の手」と批判しましたが、私はそれが当たり前と思って育ちました。「史上最大のロボット」連載時もプルートウ助命嘆願の葉書が殺到したと聞きますし、私もカッパコミックスで初めて読んだときは「どうして壊されなくちゃいけないの」と悲しかった覚えがありますが、作者の伝えたいことがプルートウの表情にすべて描かれていることがだんだんわかるようになりました。
 私自身はアトムよりもっとロボット的というか単なる木偶人形にすぎない鉄人28号の方が、初めは好きでした。小学生になってからやっとアトムが好きになりました。私の長男の名前も「アトム」にとてもよく似た名前です。
 私は主人公がどうこうなるということより、作品が終わることの方が辛いです。アトムの最終回は普通に見てました。ここで終わらないことを知っていましたから。あ、地球最後の日に似てるな、と思った覚えがあります。
「地球最後の日」で人間型ロボット爆弾ベムが人工太陽に突っ込んでいくのを読んだときは泣きましたけど。ベムの「見ていてちょうだい 私の力を」はレオ臨終の言葉「いいのです これでいいのです」と同じくらいに感動的な言葉でした。
 手塚治虫が落ち込んでいた時期に描かれたんだと思いますが、「アトムの最期」という短篇があります。アトムはもう二度と復活しない最期の日附が決められています。作品に出てくるものは煮ようと焼こうと作者の思い通りにして構わないとは思いますが、さすがに読んだときは「ここまでやるかッ」という思いでした。今は好きな作品の一つです。

 平成元年以来、アトムの歌はもう歌えなくなりました。前奏を聞いただけで声が出なくなります。
2008/07/12(土) 00:28:28 | URL | あぶもんもん
ジェッターと言えばジェッターマルスですよね。
嘘です(笑)。
音してたと思うんですけど。
で、あんな感じの音がエアで鳴るサンダル、
昔はよく履いている子供を見かけたものです。

手塚先生はハッキリと、読者を感動させるために登場人物を殺す事を意識してたでしょう。
そのようにアシスタントに語ったという話を読みました。
でもそれって、物語が面白くて悲しいんじゃなくて、
感情移入の対象を喪失する事による悲しみでしかないでしょ。
最近のケータイ小説にはそんなのが闊歩してるような話を聞きますが。
昔の少女漫画にも多かったですね。
アタックNo.1とかサインはV、エースをねらえ!などのような超有名作も、
大した意味や脈絡も無く、ただのヤマ場作りのために重要な登場人物が死んだものです。
手塚さんの場合は、きっと多作による面倒臭さも有ったんでしょう(笑)。
史上最大のロボットの場合は、物語として自然な流れですけど。
2008/07/24(木) 04:26:28 | URL | ごいんきょ
マーブルチョコレート
上原ゆかりさんがニュースを読むアナウンサーのように机の前に座り、机の上のマイクがマーブルチョコレートのパッケージで出来ている、というCMを思い出しました。
私もマーブルチョコレートの空き箱で作ってみようとしたのですが、どうしても斜めに留めることができず諦めた思い出があります。
2009/07/09(木) 21:53:07 | URL | モデラート
マーブルチョコのCMと言えば上原ゆかりさんですが、そのCMは知りませんでした。
マイクが斜めになってましたか。
下の方で固定してたんでしょうね。
粘土使えば良かったかもしれません(笑)。
2013/02/06(水) 06:20:18 | URL | ごいんきょ
私の場合…「鉄腕アトム」は…。
どうも!「鉄腕アトム」ですか…?私は…1963年はまだ生まれていなかったので、日テレで放映されていた1980年版の「鉄腕アトム」なら覚えてますけど〜〜。1980年版「鉄腕アトム」の時は、小学3年で9歳でした。OPテーマがシンセサイザー調で、確か三枝成彰さんが編曲したのかな。
2013/07/19(金) 18:19:51 | URL | マスダっち
私は1963年5月の生まれなので、リアルタイムでは多分見ていないです。でも、物心ついた頃には自然に見ておりましたので、再放送だったのでしょうね。幼少すぎて、内容は覚えていないのですが、アトムとスーパージェッターの主題歌がカップリングされたソノシート(‼︎)が家にあって、一家団欒の時間にそれに合わせて家族で歌ったものです。
2014/02/12(水) 18:14:42 | URL | ろみたん
● マスダっちさん
日テレ版のも、一応はスレ有るんですよ(笑)。


● ろみたんさん
ワタクシは、再放送は記憶に無いんですよね。
再放送したかな?
大きくなってから、昭和50年頃ですか、夕方に始まって、
当時既に白黒作品は再放送しなくなっていたので、珍しいなと思いましたけどね。
でも、やはり内容が古くて、面白くは見ませんでしたけど。

いいなあ。
アトムやジェッターの歌を家族で歌っていたなんて。
そんなホームドラマのようなご家庭が本当に有ったんですね。
2014/02/13(木) 04:24:55 | URL | ごいんきょ
アトムのシール
 村上春樹の「鉛筆削り」という小説に、主人公が昔持っていた鉛筆削りのてっぺんに鉄腕アトムのシールがついていたという描写があります。
 最近、若い人とその話をしていて分かったんですが、シールと聞くと「貼る」ものだと思うようです。確かに今では私も「シール」と聞けば「貼る」と連想しますが、「アトムのシール」あるいはあの頃の「シール」と言えば、上からこすって絵を転写する方式だったと思います。
 私の記憶違いでしょうか?
2014/05/18(日) 14:25:31 | URL | あぶもんもん
え?
上からこすって転写するものも、貼るって言いますよね?(笑)
2014/05/25(日) 00:13:12 | URL | ごいんきょ
新参者からご挨拶を
拝啓 アニメと言えばまず観ていたのが「東映、竜の子、そしてアトム」でした。此処で皆様は不思議に思われませんか?初代アニメのアトムの主題歌ってぇどれが本物のオリジナルなのかを。当時、技術的には放映バージョンとレコード化バージョンとは技術的な制約により秒数計算が異なり全く同じにはなりませんでした。では「初代アニメアトムのオリジナル主題歌」ってぇ何?実は自分も解らないのです。これは何分大人気のアニメの為に「かなりのレコード化がされており、シートレコード化が多かった。このソノシートってぇのは朝日ソノラマのパテントであり、アセテートシートレコードが正式名称と言えます。当時ビクターやケイブンシャ、コダマプレス等からも出ており、どれがどれかははっきりしませんが、実は「テレビ放映バージョンそのままの音源を使ったレコードは無かった」と記憶しています。ソノラマでもかなりの別テイクが出ており、相当数の違う録音があり、自分だけでも数種類の録音が確認されています。これは「鉄人28号も同じ」でしたね。しかし「遊星仮面のように、ソノラマとコロムビアでは歌詞がさかさまで、マスクとマントがマントとマスク」になっていたりして。それだけ初代アニメアトムは人気があったといえます。此処で極めて蛇足なのですが、このサイトでは「実写のアトムや鉄人」を語れるパートが無い様子ですが如何でしょうか? 実は「実写のアトム主題歌に、様々なバージョンがありまして、中島そのみ、上高田、クラシック系バス歌手(岡本某氏と言われるが別人の可能性もあり)その他にもう一つ、旧ユピテルの再レコード化に際して参考になったもう一つの別バージョンのフルコーラスが存在します。これを知っている者は本当に少なく、極めて興味深いですが、どちら様かご存知ありませんか?何か情報ありましたらぜひ勉強させて下さい。敬具
2017/03/13(月) 21:52:41 | URL | よしたかくん
実写アトムは
実写アトムは既にありますよ!
鉄腕アトム(1959)で検索してみて下さい。


ちなみに若輩者の私も主に当時のテレビネットワーク構成についてコメントを残しております(汗)。
何しろ毎日放送からフジテレビにネットされた現在から観れば奇異に見えるネット形態の番組でしたので・・・。
2017/03/13(月) 23:54:15 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
ソノラマでアトムのシート化を実現させた橋本一郎さんに確認した事が有りますが、
最初のアトムのソノシートは、虫プロで既に作っていた音源を使用したそうです。
放送開始から半年経ってからの音盤化でした。
つまり、完全に本来の音源です。

鉄人に関しましては、独自に収録したそうです。
最後のグリココールを入れたくなかったそうで(笑)、その事で少し三木鶏郎さんと悶着が有ったとか。
三木さんは、そこをサビにして作っていたので、削りたくなかったんですね。

実写アトムも鉄人も、既にスレがございます。
上部中央検索窓をご利用下さい。
実写アトムも鉄人も、何故か途中で主題歌歌手が替わりますね。
何故かと言うか、レコード会社の都合でしょうけど(笑)。
どちらも今では全話DVDになってますので、以前よりは研究も容易でしょう。
ワタクシにはとても買えないので無関係ですが(笑)。
2017/03/16(木) 21:58:36 | URL | ごいんきょ
ごいんきょ様へ コメント感謝を
拝啓 貴重なコメント有難うございました。大変参考になり勉強させて頂きました。このグリコ何某は、実は非常に良く出来ておりまして、他にも「ジャングル大帝進めレオ ではサンヨーコール」が入っております。これはどうもCM畑で人気が出た三木トリロー氏の独断場だった様で、ひと悶着あったとしても強烈な印象を残します。例えば「うちのママは世界一 おわんのマーク味の元」とか。やっぱり大天才ですよ三木トリロー氏は。当初からアメリカ式に、グループ化と言うかティーム化していわば分業化してクライアントの期待に応える 人間一人の力は知れたものだからこうして乗り切ると。なるほど演歌を徹底的に嫌い最後までアメリカイズムに拘った三木トリロー氏とは凄い方でした。今後ともご教示よろしくお願いいたします。 敬具
2017/03/21(火) 13:05:08 | URL | よしたかくん
三木さんの時代が、提供会社連呼時代ですね。
そしてトリロー門下から外れる亜星さんの台頭により、
そうした企業名連呼の時代と、旧態子供番組主題歌の時代が終焉するという。
しかも亜星さんは、それを自分で強く意識しながらやっていたというんですね。
自分が変えるんだと。
2017/03/27(月) 00:00:15 | URL | ごいんきょ
↑
コメントを投稿する
HP
アドレス:
コメント:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック
今年は、日本初の連続テレビまんが『鉄腕アトム』放送開始より、 ちょうど半世紀となる節目である。 という事もあり、ちょっとした新発見をご報告したいと思う。 と言っても、この事...
2013/04/06(土) 06:23:21 | 無駄じゃ無駄じゃ
↑
レンタルCGI
管理者用
ブログパーツ