私的 昭和テレビ大全集
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風小僧 (1959)

該当番組画像募集


♪ 木の葉が騒ぐ 風が吹く おいらは風の子 風小僧

と、近衛十四郎の次男坊・目黒祐樹が小学生にして歌っていた主題歌。
これをご記憶の方はそう多くはないかも。
何故ならばこの風小僧、1クール13本を放送した後、
いきなり成長しちゃって、「風小僧の兄ちゃん」になってしまったのですから。
当時、正義のヒーローは20代の青年でも、「~のおじさん」と呼ばれていた時代。
仮にも小僧と呼ばれる主人公への呼び方として、ギリギリの妥結点が、
「風小僧のにいちゃん」という呼び方だったんでしょう。
風小僧のおじさん、では、たしかにおかしいし(笑)。

なんでそんな事態になったかと言えば、主人公である風の小六を演じていた目黒が、
中学生になって学業を優先したからだと言われますが、
という事は、小六を演じていた当時は小六だったわけですな。
わかりづらい事を書くのが好きですみません(笑)。
提供は三洋電機でしたが、サンヨーのオープニングとか有ったんでしょうか。
東映映画としての東映マークは冒頭に有って、東映テレビ映画第一作目という事で、
まだ映画界の延長としてのテレビ番組制作という感じだったんでしょうね。

紅孔雀・笛吹童子・白鳥の騎士など、北村寿夫のこれら新諸国物語シリーズは、
ラジオ・テレビ併存時代の子供達をどれも強烈に惹き付けたのですが、
風の小六とは、このうち紅孔雀に登場するキャラクターだったのでした。
つまり風小僧は、新諸国物語外伝みたいな感じと言えるんでしょうか。
奥州・磐城の国にある煙ヶ嶽城は、城主・鈴木氏勝が元家臣である煙丸に謀殺され、
氏勝の倅である小六が、疾風之介に風神の術を学んでお家再興を期すというのが第一部。

この時の小六が目黒だったわけですが、彼に術を伝授していた風之介こそ、
先日惜しくも亡くなった山城新伍でした。
まだ若かった彼の涼やかな容貌は、たちまち視聴者を虜に。
学業のためリタイヤした目黒に代わり、第二部からは成長した小六となって、
主人公・風小僧として活躍したのでした。
この辺、なんとも大らかな時代ではあります。

成長してからのストーリーは、なかなかのミステリータッチで、
回が進むほど手に汗握るどんでん返しが有ったりしました。
例えば、敬虔な宣教師が実は悪の親玉だったり。
そうした話を数回に分けて30分ずつ放送していました。
最終回、小六はなんと白鳥の秘宝を災いの元として、
城下の人々に等しく分けるという、理想共産主義的結末を向かえます(笑)。

ところがそうして物語が終わった翌週から、『続・風小僧』が始まるのでした。
続と銘打たれていますが、これがなんと第二部の青年編をまた最初からやったんですね。
想像しますに、続でない方は最初の主役が違っていたんで、
人気も出た山城を本格主役として、もう一度最初からやり直そうという事だったんでしょう。
後年、本人があまりにも白馬童子を喧伝し、この作品にはほとんど触れなかったために、
山城は白馬童子で世に出たように錯覚している人も多いでしょうが、
リアルタイムで見ていた人々には、この風小僧こそが彼の出世作なのです。

従って続・風小僧の冒頭では、続の付かない方で既に活躍しまくりだった豪傑・八田陸斎が、
「武芸百般なんでもござれ」と書いた万相談の幟を持って
煙ヶ嶽城に現れるという始まり方をしたのでした。
続でない方から見ていた人は、なんで陸斎が煙ヶ嶽城の勝手をわかってないんだと、
不思議に感じた人もいたんじゃないでしょうかね。
この八田陸斎、読みは「はった・りくさい」と申します。
ハッタリ臭い… 
ハットリくんの稿でも例が数多く述べられてるように、東映はこんなの好きですなあ(苦笑)。

陸斎や子供達は、風小僧が煙ヶ嶽城主の殿様とは知らない。
煙ヶ嶽の家老達は、彼が風小僧として城下で活躍してるとは夢にも思ってない。
そんな風小僧・山城新伍の変わり身の際などに見せる飄々とした振る舞いなど、
全編スリルは有りながらも明るいタッチで貫かれておりました。
当時はテレビを心底から侮蔑し、いつか映画に戻ると誓いながら演じつつも、
後年、バラエティー番組で本領を発揮し出す山城の素養が、
そこに脈打っていたのは間違いの無いところでしょう。

惜しむらくはこの作品、東栄初のテレビ映画という事で気合い入れて
35mmで撮られたのはいいのですが、映画版を公開する際に、
そのフィルムを編集して作成してしまったという事で、
原板は放送当時の形では残っていないと言われております。
山城のみならず、映画界の誰もが、いやテレビ畑の人間すらもが、
テレビ番組というものを軽んじていた事の現れでありましょう。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
是非見たい作品です。
小生も小生なりに調べてみました。確かに「映画版を公開する際に、
そのフィルムを編集して作成してしまった」という説明がされているみたいですね。でも風小僧の映画版と言えば、TV版第2部の終盤に放映された3作品「風雲虹ヶ谷」・ 「風流河童剣」・「流星剣の舞」だけのはずですよね?フィルムの残っている分だけでもDVD化されないもんでしょうかねぇ~.....
2009/10/05(月) 12:37:48 | URL | 心は少年
「風小憎」の化け猫編
確か「風小僧」のTV版第二部で、化け猫の物語があったと記憶しているのですが、それが、どのようなタイトルのついた作品であったのかは覚えておりませんが、入江たか子扮する化け猫が、屋根の上で風小僧と戦う場面と、村人たちがかざす松明で
障子に猫の影が映し出される場面だけが記憶の隅に残っています。
もしご存じの方があれば、詳細を教えて戴ければ幸いです。
また映画版「風小僧」の中に、化け猫の物語は再編集されているのでしょうか?
2009/10/25(日) 19:39:14 | URL | ムカシ少年
風小僧
私の記憶が正しければ・・・

 >♪ 木の葉が騒ぐ 風が吹く 
おいらは風の子 風小僧

ヒューヒュー、ヒューヒュー
風を呼ぶんだ 正義の風を
やれ吹け それ吹け どんと吹け

・・・・では?
2009/10/26(月) 18:59:22 | URL | aonosato
aonosato
第二部狐火地獄の主題歌
「あっ、風小僧のお兄ちゃん。」
雲は飛ぶ飛ぶ、木の葉がさわぐ、
呼ぶよこだまが、おたけびが。
あれは風、風、風小僧
山を、丘を、飛べ、飛べ、飛んで、
正義の風を巻き起こせ。

私と似たネームの人は、化け猫の物語の記憶があるとのこと。大変羨ましいことです。私の少年時代は民放が一社しかなくてメンコの図柄として知っていても実際には見ることができなかった作品が一杯あります。そういう不幸な(?)少年時代を取り戻す為に、大きくなったら色々とDVDを買い漁ったり、Webを調べたり、ということをやってます。で、その調査結果によれば、第二部の3つ目のエピソードに「猫鳴峠の怪」というのがありますから、それじゃないでしょうか?
2009/10/28(水) 12:24:14 | URL | 心は少年
「風小僧」の化け猫物語のタイトル
「心は少年」様
貴重な情報有難う御座います。
今ようやく思い出しました。化け猫のエピソードは、確かに「猫鳴峠の
怪」と云うタイトルでした。これは
、入江たか子の化け猫物の中でも最高に怖かったので幾つかのシーンが
脳裏に焼き付いております。
確か「変幻三日月丸」の中にも、化け猫かどうかは覚えておりませんが
、「亡霊怪猫屋敷」に出てきた様な
気味の悪い妖婆が出てきたのを幽かに覚えております。
私が幼かった頃は、関西の阪急沿線
や阪神沿線の駅構内には、夏になると普通に、怪談映画の大看板やポスターが掛っていたので、トラウマに
なってしまって、この齢になっても
未だに化け猫とミイラが怖いのです
。あの頃の巨大な看板が今もし残っていたら、相当な値打ちものなんでしょうね。
2009/10/28(水) 20:58:17 | URL | ムカシ少年
これもまた、見てましたねェ
またまた懐かしい!
私は白馬童子より、風小僧のほうが好きでした。
風を呼ぶんだ正義の風をそれ吹けヒュルルル~ンやれ吹けヒュルルル~ン…
どんと吹け…
って歌ってました。

これは5年生のころだったですかねェ。50年以上も昔だァ。
2011/03/09(水) 00:10:24 | URL | Mayumi
未返信解消活動も、ようやくここまで来ました。
この頃が最も多くのコメントを頂いたままになっている時期ですね。
失礼しました。


● 心は少年さん
おそらく残存回は有るはずです。
東映チャンネルも有るので、今後に期待ですね。
ナショナルキッドの例も有りますし。

そうそう。ハンドル似てるんで、同じ人かなと思いました(笑)。
そうですか、やはり化け猫話が有ったのですか。
せっかくテレビが有っても、一局じゃ淋しかったかもしれませんね。


● ムカシ少年さん
入江さんがテレビで化け猫やったのですか?
それは初耳ですね。
映画にはなってないんじゃないでしょうか。詳しくは知りませんが。

いやあ、風小僧や変幻三日月丸をご覧だったとは、非常に羨ましいです。


● aonosatoさん
そちらの方がはるかに有名でしょうけど。
そちらは女声版と主演の目黒版の二種類あって、音盤も当時のテレビ主題歌では珍しく、二種あるんですね。


● Mayumiさん
白馬童子の方が有名になっちゃってますけどねえ。
風小僧当時は、まだ見られない人が多かったんでしょう。
東映初のテレビ映画、見られた方々が非常に羨ましいですね。
2014/02/05(水) 05:07:21 | URL | ごいんきょ
ごいんきょ
風小僧はCS東映チャンネルで放映中
風小僧の記事がランキングにありましたのでコメントします。実はもう御存じの方が多いと思いますが、風小僧の映画版全話が東映の倉庫で数年前に発見されて現在東映チャンネルで放映中です。私も東映チャンネルと契約していますので早速見ましたが、先月と今月で目黒ユウキ版が放映されました。テレビ放映版2話分50分(暁の凱歌だけは3話分75分)が編集されてシリーズとして劇場公開したものです。映画版といってもテレビ放映版を冒頭のクレジットだけ変えて本編はノーカットですのでテレビ版と全く変わりません。私はリアルタイムでもその後の再放送も見ていましたので間違いありません。来月から山城新伍版になります。白馬童子のようにやがてDVD化されるのではないでしょうか。
2016/05/13(金) 18:35:34 | URL | ジロー
ジロー
やはり映画版なんですよねー。
テレビ独自のフィルムは一本も残っていないんでしょうか。
七色仮面は数本残っているようですが。

映画版は、テレビ版のフィルムをそのまま編集したのでしょうから、内容はそのままですね。
代わりに、テレビフィルムの方が無くなってしまったというわけです。
何が違うのかというと、例えば主題歌の部分に東映の記章が有ったりするのが、テレビマニアのワタクシには許せないのですね。
まあ、一般の方々からしたら理解不能な、些細な事です(笑)。

本放送をご覧の方々は、予告編とかCMに関する記憶は無いでしょうかね。
2016/05/19(木) 23:18:05 | URL | ごいんきょ
ごいんきょ
観ました、風小僧
先月から東映チャンネルで放映されてる「風小僧」
とっても懐かしいです、
故郷の野山で{チャンバラごっこ}を暗くなるまでやって、帰り路を友達みんなで♪~木の葉が♪~騒ぐを歌いながら家まで大行進でしたよ。

あの時の顔は皆が小六になってました
2016/06/03(金) 18:24:16 | URL | おやじ探偵
おやじ探偵
なるほどー。
昭和40年代前半頃までは、チャンバラは日常の遊びでしたからねえ。
そこかしこで見られた風景だったし。

以前、若い人から「るろうに剣心」がどうだこうだと反論された事が有りましたが、
そういう細かい話ではなくて、社会的にその後はもう、絶滅状態なのは確かなんですよね。
以前を知らない人に説明のしようが無いので黙って聞いていましたが。

風小僧というとその主題歌になるのですが、初期主題歌まで覚えている人っているんでしょうか。
2016/06/04(土) 06:37:30 | URL | ごいんきょ
ごいんきょ
清く・正しく・美しく
再度、ゆっくり観ました
親の死、別れ身内の裏切り財産の奪いあいなど子供が初めて人生で体験し山城新伍先生の教えで成長する小六。

「どんなに苦しくても正義は必ず勝つ」を教えてくれた私にも最初の教育映画だったかも(笑)



2016/06/04(土) 18:30:37 | URL | おやじ探偵
おやじ探偵
昔のテレビは単純明快で希望が有りましたね。
2016/07/04(月) 01:35:11 | URL | ごいんきょ
ごいんきょ
河童仙人が登場する編。
当時、家にテレビがなかったので風呂屋(銭湯)のテレビで大勢の子供達と観ていました。
印象深いのは第二部で
チャンバラトリオの頭 南方英二さんが三篇作で河童仙人になって出演されていました。
当時、南方さんは東映の脇役俳優さんでした。
山城さんの相手方 玉緒ちゃん役の 光美智子さん、子供心に素敵なお姉さんだったと記憶しています。

2016/10/10(月) 11:43:02 | URL | えいたん
えいたん
へえ。随分よくご記憶で。
チャンバラトリオさんって、その頃から有名だったんですかね。
2016/10/15(土) 03:29:09 | URL | ごいんきょ
ごいんきょ
やっぱり、1番かな~
初めまして。29年生まれです。幼稚園の時にうちにテレビが来ました。好きなドラマはたくさんありますが、風小僧のお兄ちゃんが一番好きかな。主題歌もとても好きで今でも歌っています。よろしくお願いします。
2017/09/04(月) 12:32:44 | URL | ごろ寝の人
ごろ寝の人
小六クン、ついに70歳
1959年2月放送開始ですが、テレビドラマで主役の子役が自ら主題歌を歌ったのは、少なくとも男の子では、目黒ユウキが日本で初めてではないでしょうか。彼はスタート時はまだ小学5年。タッチの差で同年10月放送開始の「ホームラン教室」(NHK、小柳徹)でした。個人的には、年齢的に「風小僧」の記憶はまったくなく、それ以後では1972年12月からの「笛吹童子」(TBS、岡村清太郎で当時中2。ただしエンディング)までこういう例は知りません。もっとも、元々歌える少年スターの数が、どの時代でも非常に少ないことも確かでしょう。

そういえばローティーンの少女歌手も日本では童謡歌手を除けば、戦後は美空ひばり(11歳デビュー)以後、パイナップルちゃんこと田代みどり(12歳デビュー)まで、これというのが出ていません(ミドルティーンからハイティーンのアイドルとしてのデビューなら、江利チエミ、さらに弘田三枝子や森山加代子から二代目三人娘まで、結構いたのですが)。小林幸子(演歌)や堀江美都子、長谷川よしみ(コッペ)らが出るのはさらにずっと後、昭和40年代以後でした。もっともこうした背景には、昭和20年代いっぱいまでは、子供の歌手は童謡歌手か児童合唱団に限るべきで、オトナの歌をマネして歌うのは不純で非教育的だとの古臭い偏見がまかり通っていた事実があり、そのせいで「パイオニア」のひばりが散々にぶっ叩かれたことはあまりに有名です。

因みに、映画での「初代」風小僧は山手弘(1944年生まれ)が演じましたが、こちらは歌う役どころではなかったようです。
2018/01/19(金) 10:47:57 | URL | 権兵衛
権兵衛
権兵衛様の鋭いご指摘に同意 更に、、、
拝啓 よろしくお願いいたします。
権兵衛様の鋭いご指摘には同意です。
自分が過去、出来うる限りの手段と執念でリサーチして解りました事は「東映作品は、意外な程に保存が悪い事」でした。当時の紙の記録では「最初の1巻を残して処分される」と。これは現場では無くて事務方の権限のある方からのお話ですが、正しいとしたら「アタックケン、実写ハットリくん(後にインチキカラーテレビの巻?が発見)」等の様子をみればお解かりと思います。このスレッドの中で「映画版」ってぇのがありますが、解る限り「七色仮面」等はまず間違い無くテレビ版を再編集したものですね。風小僧等も複数の版が存在する様子ですが、基本はテレビバージョンにありますね。ここらへんが残されていた事がまだ救いでした。此処で「処分処分と言われ」ますが、解らなかったのは「元ネガの処分か? プリントの処分か?」でした。当時「宝塚映画=映像の某重役様」からの聞き取りは「プリントは確かに処分したが元ネガは保存してある」と。つまり「竜巻小天狗、天兵童子、まぼろし城、ピカ助捕り物帳」等は見ようと思えば見られるのです。但し元ネガの保存状態や、可燃製フィルムの場合は大変難しいが。しかし東映の場合、ここまでの突っ込んだリサーチは出来なかったと言うよりも回答が曖昧だったと。おそらくは当時は解らなかったのでしょうね。      

此処で権兵衛様からの鋭いご指摘で、「子供が子供らしく無い歌を歌う事の是非」についてです。 どうも日本人には従来「ガキはガキらしく、青年は青年らしく、老いぼれは老いぼれらしく」と言う精神の中枢の様なものが存在します。権兵衛様のご指摘は昭和30年代以降のものですが、その後40年代「日清ちびっ子喉自慢、家族揃って歌合戦」等でもこのへんの批判ってぇのはやかましかったのですね。つまり「年齢も幼いガキ共が、解りもしないまま=彼方が噛んだ小指が痛い、愛しいあの子と朝寝するだんちょねぇ」とか何とか。当時からどうもこれは「純音楽系統=俗称クラシック音楽畑」の連中や、音楽等解りもしない寄生虫の評論屋風情からのクレームも多かった。しかし、当時のガキどもはねぇ、今のガキ共とは違って「只いきがっていただけ」でしたね。深い意味なんぞ解らなかったし大人も教えてはくれなかった、、、しかし此処でちょっとどうしても皆様に聞いて頂きたい意見があります。残念ながら物的証拠が見つからずに無念です。

「甲斐よしひろ氏の意見」=1979年頃、HEROの大ヒットで故郷福岡に錦を飾った甲斐バンドのメンバーインタビューの中で甲斐よしひろ氏は「最近ね、感じる事は子供たちが子供らしく無くなったと言う事。何か妙に大人びて政治とか何とか、、、何か生意気な発言が多い。子供ってもっと子供らしく、例えば? 太陽に咆えろのボス(当時、石原裕次郎が入院治療していた)大丈夫かなぁ? 程度で良いと思うんですよ」と。 如何でしょうかこの問題提起は、、、権兵衛様の言われた頃の子役さんたちやその後の「四方はるみ、金子光伸、宮脇康之」なんてぇ大スターさんたちも、確かに大人びてこまっしゃくれてはいたが、何か可愛げがあったればこそ愛され、今でも記憶に残っているのです。 最近のガキ共は「全てネット=スマフォに頼り、自分の頭と五体でアクションする事が苦手」ですがこれでは頭でっかちになるばかりです。少なくてもこのサイトに集合される皆様の世代ではこんな事は無かった。甲斐よしひろが一体何を言いたかったのか? その先にあるものは何なのか? 真剣に考える必要があります。まぁ正直、、一番困るのは「自分の老害を理解しない爺婆の愚行」が一番はた迷惑金魚迷惑ですが、この点こそ改めなければ日本の未来は無いっと断言できますね。 今回話が逸れてお詫びいたしますが、何か根底ではつながっている気がしてなりません。 皆様のご意見がぜひ欲しいです。 敬具
2018/01/19(金) 13:14:17 | URL | よしたかくん
よしたかくん
Re.「よしたかくん」様
昨今の子供の傾向について、全面的に同意いたします。要するにそもそも、ゲーム脳病、スマホ脳病に冒されて「変質」してしまった彼らの脳髄と精神は、かつての子役および同世代の子供たち(つまり、今のわれわれ年寄り)に浴びせられた当時の大人たちの批判など、もはやまるで意味をなさないほど超絶してしまっているということですな。思えば、ひばりも百恵もキャンディーズも、それに比べれば、本当に可愛いものでした。

多分、これは全世界的な傾向でしょうが、ただ一つ言えるのは、どんなに因循姑息の石頭、封建道徳のひからびた形骸であっても、当時の親や大人たちには、餓鬼どもに舐められることなく、真正面から挑戦を跳ね返すだけの気概だけは多かれ少なかれあったということです。そりゃ、どんなダメ親だろうと、何せ弾の雨や空襲の地獄の猛火をかいくぐって生き残った連中ですから、どこの親父も先生も餓鬼ごときにびくつくようなタマではありませんでした(笑)。

翻って、今の大人や年寄りは、これは悲しいかな、お話になりません。「お前らの脳味噌は腐っている」と正面切って言えるだけの気概もなく(まあ、てめえたちがそんなふうに育て、そういう社会を作ってしまったのだから言う資格もないでしょうが)、それでいて老化でどんどん頭は硬直化し、ぶつぶつ愚痴を言うだけのゴミと化しているのですから。今の大人は(特に50代以上)戦争も知らず、若い頃に眼前に立ちはだかった旧世代の古臭い道徳観を嫌悪するあまり、どう勘違いしたのか、てめえたちが親になるときは、「理解のある友達のような親父」になろうなどという、それこそ絶対にやってはならないことをやらかしてしまった結果、そういう親に育てられた子供たちの前には反抗するべき規範すらない、ただ「何でもあり」の荒涼とした砂漠が広がるばかりとなりました。それからさらに一世代経て、この日本社会がどうなってしまったのかは、毎日のニュースが物語る通りです。ある意味でもっとも哀れなのは、何をやっても正面からぶつかってこられないふぬけな大人たちしか持たない、当の子供らでしょう。

いや、テレビという趣旨を逸脱してしまって申し訳ありませんが、自戒をもこめて。
2018/01/19(金) 20:33:41 | URL | 権兵衛
権兵衛
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