私的 昭和テレビ大全集
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笑点 (1966)

該当番組画像募集
♪ それはご存知 それはご存知 笑点~~ だあよ

このテーマを知る人も、今ではほとんどいないでしょう。
昔は、歌が有ったんですよね。
元々は金曜夜席というタイトルで、その名の通り金曜夜の十時半にやっておりました。
前半が演芸コーナーで後半が大喜利という、今日まで通じるスタイル。
テレビの台頭により見る見る客足が落ちていった寄席の状況に危機感を持った談志が、
なんとか寄席に親しんでもらおうと自ら企画して持ち込んだものと言います。
当初は円楽を大喜利司会に立てたものの、すぐに自ら司会も担当する事になります。

ワタクシもここで述べた事が有りますし、円楽も言っていましたが、
この頃はテレビにも精力的に出るし、古典もやるという落語家がいたもんです。
彼らの活躍も有って、なんとか寄席だのなんとか演芸会だのといった寄席番組を、
我々は当たり前に見て育ち、ひいては和風文化にも親しんでいたのでした。
これも以前も書きましたが、漫才などの色物となると年齢の垣根が下がる。
それもまた良い面ありましょうが、やはり落語家を主とした、
大人のための笑いというのが幅を利かせているのが健全な世だと思います。
もう少しわかりやすく書きますと、吉本吉本でいいかげん食傷気味なんだよと(苦笑)。

金曜夜にそんな番組を楽しめた時代、なんと贅沢なんだろうと思いますね。
そして人気も出て、今の日曜夕方へと移動となったわけですが、
その際にはスポンサーである龍角散が、路線継続を希望したと言います。
でまあ、今の笑点が始まるわけですけど、
龍角散の他の当初のスポンサーは信州一味噌とかだったんですね。
その後すぐ、今もお馴染みのサントリーと龍角散のタッグとなるわけです。
司会は引き続き立川談志。

そんな談志が或る頃、ブラックユーモアでやりたいと言い出したそうな。
これに円楽、歌丸はじめ、初期のメンバーがこぞって反対。
談志を残して総退陣し、メンバー総入れ替えとなったものの、
やはり日本では、と言うかテレビではブラックは難しかったようで、
すぐに今度は談志の方が撤退し、元のメンバーが少しずつ戻って来ました。
談志の後の司会は、これも辛口、前田武彦。
ワタクシが微かながら覚えているのも、彼の司会からとなります。

だから、笑点のテーマに歌詞が有ったのもなんとなく覚えていましたし、
前武の司会ぶりも、本当に微かながら覚えております。
その頃は対談みたいなコーナーが有って、前武がトークしていた姿は覚えてますが、
前武の頃の大喜利はあまり印象に無く、故に彼の印象はワタクシの中では薄い。
やはりワタクシにとっての笑点は、三波伸介となるわけです。
三波になって、OPも今のようなアニメーションとインスト音楽形式になり、
日本の夕方の景色が一つ固定されたわけです。
同時期にサザエさんも始まり、セットで日曜の終わりの始まりを意識させるようになるのですが、
時に歴史というものは意思を持って形成されると言ったら、大袈裟でしょうか(笑)。

三波の頃の笑点として忘れられないのが、なんと言っても歌丸・小円遊対決でした。
キザで斜に構え、「ぼくちゃん」と語り出す小円遊がハゲをネタにすると、
ハゲの歌丸が小円遊のみならず家や嫁さんまでこき下ろす。
とにかくこの二人の対決が毎週毎週楽しみだったものでした。
あとは、「チャラーン!」の林家こん平、時代劇の物真似の喜久蔵、
星の王子様の円楽なんかが記憶に残るところで、
笑点が大長寿となる礎を築いた時代と言えましょう。

CMでも三波時代は忘れられないものが多く、
舞台上の役者にセリフを口移しで教えている黒子が咳をしてしまい、
「龍角散」と傍らの者に注文したら、役者が「りゅうーかくさん~~」
と大見得を切ってしまうというやつなどはその際たるものです。
最初のセリフが「だせいゆかりの」と聞こえたんですが、意味わかりません。
あとは、進士晴久がかわいい女の子にアプローチしたのかなと思わせて、
「と、日記には書いておこう。ま、いいさ」と締める ♪龍角散トローチ。
すし屋のケンちゃんでのマンガさん役でも注目を浴びていた彼は、
このCMで一気に木訥なキャラクターがブレイク気味。
ついにはドラマの主役まで勝ち取ってしまうなんて時期でした。

三波時代と言えば、ちびっこ大喜利でのずうとるび誕生も忘れられません。
座布団十枚ためた山田隆夫がレコード制作のご褒美を貰い、
それに伴って他のメンバーとグループ結成。
まさかあそこまでのアイドルグループになるとは想像もしませんでした。
その山田、座布団運びで笑点に帰ってきましたが、
ワタクシにとっての座布団運びは、松崎真。
毒蝮三太夫もなんとなく覚えている感じなのですが、
やはり、「手を挙げて、横断歩道を渡りましょう。松崎真でございます」
の彼が、ワタクシにとっての最盛期笑点の座布団運び。
交通戦争と言われた世相が偲ばれます。

座布団十枚たまるとご褒美が有るわけですが、
大人の大喜利の方でも、小円遊がレコード制作しております。
ワタクシが最も印象に残っている賞品が、「富士山の頂上に銅像を造る」
というものだったのですが、本当にそんな事できるのかと半信半疑でした。
今に至るまで作られてはいないと思いますので(笑)、きっと何かオチが有ったんでしょうね。
必ずしも想像通りの賞品とは限らず、オチのついた結末となる場合も多かったです。
三波の司会ぶりは、気にくわない答を言うと「全部もってけ!」とか出入りが激しく、
十枚目前の歌丸が地べたに戻る事も多かったです。
べんちゃらを言えばたしかに貰える事も多かったですが、
かと言ってあまりにミエミエですと、逆に逆鱗に触れたり、気難しかったです(笑)。

その三波が、在任中にショッキングな急逝。
笑点を大きく盛り上げた彼の後任の司会選びに難航が予想されました。
ここで抜擢されたのが、金曜夜席当初からのレギュラーで、
一時落語に身を入れるために降板していた、三遊亭円楽。
円楽の去る時はかなり記憶に残ってますが、華々しく送られてました。
彼の後任が、弟子の楽太郎だったと思います。
そんな円楽の久々復帰でしたが、ワタクシは三波の司会で見入っていたため、
こちらの方はそれほどは熱中できませんでした。
三波は感情がよく表れた司会ぶりで、それが親しみやすかった。

円楽の方は、抑制が少し利いた感じで、安心感はたしかに有りましたが、
ワタクシの好みとは少しずれました。
まあ、とは言ってもレギュラーはほとんど替わっていなかったし、
特に不満が有る司会ぶりでもなく、しばらく普通に視聴は続けてましたが。
そもそも、三波以前の、小円遊の死去でワタクシにとっての笑点は一段落。
その後はきくちゃんあたりが歌さんいじりをしたものの、
ちょっとやはり噛み合っていたとは思えないですね。

そう言えば喜久蔵、いやーんばかーんと回答の冒頭に言うのをしばらくネタにしていて、
そのうち踊りを付けて長く歌い出し、ついにはレコードまで出しちゃいましたっけ。
あれも三波時代だったっけな。
当時はそんな馬鹿を装った?回答が多く、三波の呆れ笑いが忘れられません(笑)。
あと、「ふるさとちゃーざー村」をやたらプッシュしていたこん平。
ちゃーざーって、どんな字なのか本当に不思議でした。
正月だったか、彼らメンバーの師匠とのコンビ大喜利は豪華でした。
三平、正蔵、小さん、圓生なんてとこがいつものメンバーに加わった大喜利は、
お子様だった当時にはその物凄さがよく実感できなかったですね。
単純に豪華な感じはしてましたが。

今の刹那的テレビお笑い蔓延の中で、関東発のこんな作り込んだ笑いが、
それも落語をベースとしたものが視聴率をとり続けている。
古くからあるものが、必ずしも古臭いものというわけではないんですね。
そんなこんなで、ワタクシがテレビそのものを見なくなってからも番組は続き、
いつの間にやら40年を超える大長寿。
そのうちには、ワタクシが笑点の顔と思っていた三波の在籍年数を円楽がはるかに超えていて、
最初期からいた彼は、正に名実ともに笑点の顔となっておりました。
初代司会者で最長寿司会者。
ミスター笑点の高笑いは、見ていた人間の中で永遠の、日曜的オアシスであります。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
昔々亭桃太郎さん
私も「金曜夜席(きんようよるせき)」のころから見てました。
早逝した小円遊さんがまだ金遊さんっていう名前で、昔々亭桃太郎(せきせきていももたろう)」さんもいらっしゃいましたね。
「桃太郎は(柳家)金語楼の弟なんだよ。」って親に教えられたなぁ~。
温和な顔の人だったなぁ・・。
もう何年も笑点は見てなくて、たまにチャンネルを変えるときチラッと見ると全然面白くなくて(スミマセン!)、やっぱり三波さんの司会のときがいちばん面白かったし、毎週見てました・・。
ちびっこ大喜利だったか、レギュラーのお子さんが出られたときがあって、円楽さんのご子息も出られたことがありましたよね。
“吉河寛家”だったかなぁ~、なんか由緒ありそうな立派な名前なのねって思いました。
2009/11/16(月) 13:56:26 | URL | ななお
番組名
我が家では初めの頃「笑点」という番組名で笑っていました。
ドラマ「氷点」を母と姉が楽しみに観ていて、特に姉が「氷点じゃなくて笑点だって」と喜んでいました。

立川談志さんの司会を少し覚えています。机に肘をつくような格好で司会していたようなイメージがあります。
座布団運びの毒蝮三太夫さんは初め石井伊吉さんの名前で出ていたような気がします。
ウルトラ警備隊のアラシ隊員が出ていると家族で盛り上がりました。
談志さんが毒蝮さんにはちょっと辛口だったような気がして、まむしさんが可哀想なんて思ったこともありました。

記事にもあります歌丸さん、小円遊さんのやり取りは本当に楽しかったです。
2009/11/16(月) 23:02:32 | URL | モデラート
>ちゃーざーって、どんな字なのか本当に不思議でした。
「千谷沢」と書いて「ちやざわ」と読むのが正しい読み方です
こん平は訛って「チャーザー」と呼ぶようになってしまったため、こっちのほうが全国的に有名になってしまいましたが

ちなみに現在の新潟県長岡市の一部にあたります
2009/11/17(火) 17:14:30 | URL | (ハンドル未記入)
私も三波時代
 そうですネ、私は三波伸介さんの頃に見始めたので、ことさら印象が強いです。マエタケさんのあとに三波さん‥‥、どこかの歌番組の司会もそんな流れですネ。

 三波さん時代の印象は、記事にも他の方のコメントにもあるように、歌丸さんと小円遊さんのやり取り。米丸さんが司会の『日曜演芸会』の大喜利よりも華があったと思います。松崎真さんも記憶にあります。

 あと、三波さんの頃は、よく神田川俊郎さんが出演されていたのも記憶しています。

 学校が好きだった(というか、日曜日は遊び相手がいなくて楽しくなかった‥‥)私は、「日曜日の終わりの始まり」には特別の感傷はありません。のほほんと過ごしていました(^o^) 父が三味線の稽古(教わりに行ったり、教えに行ったり)だったので、日曜日は家にいるか、母といっしょに伯母の家に遊びに行くくらいでしたから‥‥。だから日曜日はかなりTVの記憶があります(^^ゞ

 龍角散の黒子のCMでは、「なぜ ゆかりの」と聞こえました。


 そういえば、先週8日の大喜利では、全員が座布団なしで終了していました。歌丸さんもなかなかおもしろい采配です。
2009/11/17(火) 22:48:27 | URL | 自由人大佐
笑う点ならそのものズバリ
〉昔は、歌が有ったんですよね。
 歌詞無しの OP もあったんですか?(ごいんきょさんの記事の意味を取り違えていたらすみません。)私が覚えているのは最後の部分だけですが
♪わっらーうテーンーなーら そのものズ・バ・リ~ (チャラチャチャ)
 これがホントの これがホントの しょッてェ~ん だあよ (スチャラカチャンチャチャ・・・)
 モデラートさんが書かれていますが、この歌詞からしても、氷点を意識してつけたタイトルなんだろうな、と思っていました。
「大喜利」って子供のころに読めなくてダイキリだと思っていました。今でもダイキリというカクテルの名前を聞くと笑点の OP が頭の中に流れます。

 前武もなるほどとうっすら思い出しましたが、私も印象に残っているのは三波伸介です。松崎真を毎回ちがうクソミソな言い方で紹介していました。記録してる人がいたらマニアの鑑ですね。その後の円楽はいつも「忘れちゃいけないこの人を」でした。
 下から読んでも同じ言葉というお題で、円楽は「田中の総理 理想の彼方」 いかにも円楽らしいなーと思いました。

 円楽とちがって三波伸介は露骨にソッポ向いてイヤな顔したり、それが面白かったです。「歌さんの全部取れ」「なんでよッ」
 木久ちゃんは座布団(たしか九枚ぐらい)を取られそうになってしがみつき、転げ落ちたのを覚えてます。小円遊は長ったらしい詩みたいな自己紹介をして、直後に三波伸介にボロクソに言われるのがパターンでした。自宅のことは小円遊御殿と言ってました。

「名せえゆかりの」は弁天小僧でしょうか。相撲の呼び出しのもありませんでしたっけ。
 龍角散といえば小山田宗徳ですね。当時の私の物真似ネタでしたが、「喉の粘膜はこのサポニン成分に守られているのです。・・・固い話で恐縮です。咳声のどに 龍 角 散」
 固い話で恐縮です、と自己批判しているのが面白かったです。
2009/11/18(水) 19:42:47 | URL | あぶもんもん
龍角散は
ゴホンと言えば、ですね。久しぶりに声真似をしてみたら間違いに気づきました。
2009/11/20(金) 01:27:13 | URL | あぶもんもん
松崎真
 うろ覚えですが、昭和40年代後半ごろに、「手を上げて横断歩道を渡りましょう」と彼がなぜ言い続けているかを新聞記事で読んだかテレビのインタビューで見たかした記憶があります。
 その時はいい話だなと思った(と思う)んですが、忘れてしまいました。どなたかご存知でしょうか。
2009/11/20(金) 17:20:40 | URL | あぶもんもん
吉本ねぇ・・・
現在の吉本系バラエティって、結局の所ネットチェンジ以降は「笑点」の裏番組となった「ヤングおー!おー!」や同じ頃に関西ローカルで放送されていたバラエティ番組辺りがベースみたいなものですからねぇ...........。
「ヤングおー!おー!」で三枝師匠に弄られていたさんまや紳助が現在弄り役になっていると言った塩梅で(笑)。
と「ヤングおー!おー!」のフォロワーは吉本に依って大量に生み出されている訳ですが、「笑点」のフォロワーが事実上皆無というのが寂しいですね。
お陰で「笑点」が現在まで続いてきたという側面もあるのでしょうが。
2009/11/21(土) 16:58:32 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
笑点の歌
確かオープニングで流れていた曲は、笑点メンバーが歌っていたと思います。
歌詞は部分的に記憶が有ります。
「笑いのポイント笑点だ」「冗句を飛ばせ、笑いを振りまけ。泣かせるなんて流行らない」「鬼婆屁したぞ、ヘッヘラヘーと笑え」などでした。皆様方でご存知の方、お教えください。
2009/11/21(土) 17:51:32 | URL | t.sato
多分
談志師匠司会の頃のテーマ、笑点音頭だと思われます。
笑点音頭は談志師匠の作詞で、satoさんが書かれた歌詞の一部からも談志師匠らしさがよく出ている様な(笑)。
それを反映して笑点のテーマも談志師匠に代わって司会に就いた前田武彦さんの作詞で笑点メンバーが歌っていたそうです。
歌わなくなった理由を歌丸師匠は「あまりにも皆が下手で悪評紛々だったので取り止めた」みたいな事を仰っていましたが、恐らくそれは半分冗談で(笑)、前武さんが降板し三波司会に切り替っても引き続き笑点のテーマを使う事となり、その際に前司会者の前武さんが作詞された歌詞部分を外したという事だと思われます。

最近サントリーCMの笑点グッズプレゼントキャンペーンの際に笑点メンバーで替え歌を歌ってらっしゃいましたが、確かにあまり歌は得意じゃ無い様ではありますけど(笑)。
2009/11/22(日) 06:15:52 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
笑点
大喜利のやり方は昔から
変わってないね。

前半の三波伸介のなんでもコーナー
円楽師匠のよろずガイダンス
前半の演芸コーナーは
多少変化は見られるけど。
昔の前半の演芸コーナーなんて
売れない芸人、無名の芸人
けっこう出てたよね。
ツービートも売れてないころに
6回ほど笑点出てたのも知ってる。 
 
2009/11/25(水) 14:03:22 | URL | 梅吉
TⅩの無いテレビなんて・・・さん
私の疑問に対する、ご解答有難うございました。たしかに談志師匠の声もあったかのような、気がしました。
2009/11/29(日) 18:22:18 | URL | t..sato
立て続けに襲名
円楽の名跡が来年、弟子の楽太郎に襲名される事が決まり、また三波伸介の命日に当たる今日、その息子が二代目伸介を襲名、歴代笑点司会者として知られた先代は死しても、その名跡は後進に受け継がれる、これぞ伝承の技と言うべきですね。
詳しくは、ここにトラックバックした記事をご参照下さい。
2009/12/08(火) 21:13:28 | URL | うみがめ
笑点音頭
笑点音頭
 (作詞・立川談志 作曲・宮崎尚志 唄・立川談志&笑点メンバー)
【笑点番組開始当初の主題歌(昭和42年1月より)】

一、 笑いのポイント 笑点ダイ ソリェ
アリャリャンコリャコリャ キンカイナ
ジョークを飛ばせ 笑いを振りまけ
泣かせるなんて流行らナイ
それ行け今日チ 笑わせろ ヨイショ
鬼婆屁したソレ エッヘラヘッと笑え
鬼婆屁したソレ エッヘラヘッと笑え

二、 洒落た 会話の笑点ダイ オヤ
アリャリャンコリャコリャ イモカイナ
ユーモアを売れ センスをみがけ
ガタガタいっても始まらナイ
それ行け今日チ 笑わせろ ヨイショ
鬼婆屁した ソレ エッヘラヘッと笑え
鬼婆屁した ソレ エッヘラヘッと笑え

三、 馬鹿馬鹿しいのが 笑点ダイ ヨイショ
アリャリャンコリャコリャ ペケカイナ
アカデミックがどうのって リアルがこうのって
理屈を言っても 売れっこない
それ行け今日チ 笑わせろ ヨイショ
鬼婆屁したソレ エッヘラヘッと笑え
鬼婆屁したソレ エッヘラヘッと笑え

四、 頭へ来た時ゃ 笑点ダイオヤ
アリャリャンコリャコリャ パアカイナ
一生けんめい 仕事をしても
大して世の中ァ よかァならナイ
それ行け今日チ 笑わせろ ヨイショ
鬼婆屁したソレ エッヘラヘッと笑え
鬼婆屁したソレ エッヘラヘッと笑え

五、 イキが自慢の 笑点ダイ ソレ
アリャリャンコリャコリャ セコカイナ
黙ってる奴ァ たいがい馬鹿だ
気取っていたって もってこナイ
それ行け今日チ 笑わせろ ヨイショ
鬼婆屁したソレ エッヘラヘッと笑え
鬼婆屁したソレ エッヘラヘッと笑え

六、 文化の先端 笑点ダイ ソレ
アリャリャンコリャコリャ チンケカイナ
取っただけ使え いずれは死ぬよ
ウジウジためても 残りっこナイ
それ行け今日チ 笑わせろ ヨイショ
鬼婆屁したソレ エッヘラヘッと笑え
鬼婆屁したソレ エッヘラヘッと笑え

2009/12/19(土) 10:06:49 | URL | 笑点音頭
笑点のテーマ
笑点のテーマ
 (作詞・前田武彦 作曲・中村八大)
【現在も流れているテーマソングの歌詞】

一、 ゲラゲラ笑って見るテレビ
ドキドキしながら見るテレビ
メソメソ涙で見るテレビ
いろんなテレビがあるけれど
同じ見るなら笑わにゃ損損
笑う点ならそのものズバリ
それはご存じ それはご存じ 笑点だよ

二、 ゴロゴロしながら見るテレビ
ハラハラしながら見るテレビ
イライラ怒って見るテレビ
いろんなテレビがあるけれど
同じ見るなら笑わにゃ損損
笑うポイントそのものズバリ
それは天下の それは天下の 笑点だよ

2009/12/19(土) 10:11:47 | URL | 笑点のテーマ
笑点音頭さま
有難うございました。
記憶が呼び戻りました。

6番まであったのですね。初めて知りました。
2009/12/20(日) 22:34:58 | URL | t、sato
談志、前武時代の笑点
わりと初期の頃から、見ていたと思います。小円遊が前名の金遊と言っていたのを憶えています。小太りの春風亭梅橋という人もいました。面白い人でしたが、早死にしました。前武さんの頃、小野千春という女性の座布団運びがいて可愛かったですね。前武さんが千春ちゃん座布団一枚とか言っていましたね。三遊亭円窓がレギュラーの頃は、笑点の全盛期だったのではないでしょうか。よく小学校で話題になりました。窓をあけて一言などという出題で、円窓が、「お楽しみですね」と言って大笑いしました。また、チャイムを鳴らして一言というのがよくありましたが、海水浴場でチャイムを鳴らして一言という出題で、小円遊が「小円遊さんのベンツが出られません。小円遊さんのベンツが出られません。歌丸さん、自転車をどかしてください。」というのがあって大笑いし、今でも憶えています。小円遊さんは、大人気で紅白にも応援で出ていました。この頃の笑点のビデオは残っていないのですかね。
2010/02/08(月) 04:55:40 | URL | ブロンソン
思いつくままに…。
『笑点』の思い出をランダムに並べてみました。


談志師匠が、大阪で暴漢に襲われて負傷。しばらく、頭に包帯を巻いた姿で司会をされていたのは、今でも鮮明に覚えています。


春風亭梅橋さんは、もと「柳亭小痴楽」さんでした。酒での失敗が多く、笑点の降板も「酒の席で、番組のディレクターにからんだ事」が原因だったそうです。


3代目司会者の三波伸介さんで忘れられないのは、座布団運びの松崎真さんを紹介する時です。
三波さんが「つづいて、○○○○が御挨拶」というと、松崎さんは毎回決まって「手を上げて 横断歩道を 渡りましょう 松崎真でございます」と挨拶します。

ここで、忘れちゃいけないのが、上の「○○○○」の部分。ここに必ず、三波さんが考えた松崎さんの「あだ名」が入るのですが、毎週毎週違うあだ名が用意されていました。

代表的(?)なものとして
「つづいて、玄界灘の鬼ヒトデがご挨拶」
「つづいて、陸に上がったトドの死体がご挨拶」

ちなみに、私が一番笑ったのは、
「つづいて、夜明けのマンホールがご挨拶」でした。

これがツボにはまり、しばらく笑いころげていたため、父親から「うるさい!聞こえねえじゃないか!」と怒られました。

…その父も、円楽師匠を追うように、昨年暮れに天国へ旅立ちました。
この時代は、番組自体の「思い出」はもちろんのこと、親子で一緒に視聴していた…という「思い出」も甦るため、しばし目頭が熱くなってきますね…。


おしまいに、その円楽師匠の名回答を一つ
(お題:結婚発表の記者会見場で一言)。

「ひどいよ~! いくらボクの結婚会見だからって、競馬新聞が取材に来なくたっていいじゃない!」

この「捨て身」のネタは大受けでした。更に、すかさず誰かが「新婦は『大穴』だってね!」とツッコミを入れたため、大爆笑になりました。たしかに、このツッコミは秀逸でした。


思い出が甦ったら、また書き込みます。

おじゃましました。
2010/02/08(月) 22:27:20 | URL | 甚六
北は北海道の~
談志時代には、大喜利の冒頭で、
「北は北海道の●●から、南は九州の鹿児島まで、全国△△局ネットでお送りする・・・」
という決まった台詞がありました。

●●は、「函館」と言っていた気が薄っすらとするんです。
本来なら「稚内」か「札幌」ですけど、「函館」の方が語呂が良い。

私も三波伸介時代の笑点が勢いがあったように思います。
笑点●周年みたいな番組で、パーティーの様子のVTRが流れていて、円楽さんが伸介氏を指して「初めは司会がこの人で大丈夫だろうかと思ったけど、見事にはまりました」と話していたのを覚えています。

回答の後、センスで見台をピシャリと叩いて、「うまい!座布団1枚」。
このリズム、間が何とも心地良かった。

座布団の出入りの激しさは、今の歌丸さんの司会にも共通しています。

当時の焦点のVTR,どこかで見ることが出来ませんかね?DVDは売っているのでしょうかね。
2010/02/08(月) 22:29:33 | URL | すけきよ
すかさず
松崎真さんの紹介のフレーズ、こんなのもありました。

「つづいて、カトマンズのガスタンクがご挨拶」
2010/02/08(月) 22:36:24 | URL | すけきよ
● ななおさん
いいなあ、金曜夜席とか談志の笑点を見られたなんて。
特に夜十時台にこの手の番組って、かなり贅沢な雰囲気ですね。
円楽さんの息子さんが出てましたっけ。
実家は確かお寺だったと思いますが。


● モデラートさん
氷点がたまたま話題になっていたんで、笑いのポイントという「笑点」をタイトルに選んだんでしょうね。
談志さんはその後、やじうま寄席でしたか、やってましたから、そちらも同じ感じでした。
マムシさんは談志さんの弟子筋みたいな感じでしたもんね。


● 未記入さん
千谷沢村でしたか。長年の疑問が解けました(笑)。


● 大佐殿
あ、ホントだ。
何故か三波さん関連では鋭い考察が多い大佐殿です(笑)。
日曜演芸会→末広演芸会も見てましたか。あちらもいつか必ず扱います。
全員が座布団なし、三波さん時代も有った気がしますね。


● あぶさん
ん? もうずっと長い事OPに歌詞はついてませんけど?
昔はきちんと歌を歌ってたんですよ、歌詞を付けて。
前田武彦さん作詞でね。歌は誰が歌ってたか、どんな映像だったかは思い出せませんが。
そうりの反対はりうそですけどね(笑)。
円楽さんはやはり同業ですし、礼節を重んじそうですから、
あまり突出した扱いは遠慮してたんでしょうねえ。
それが読み取れて、どうも三波さんに軍配を上げたくなります。
だから本当はよそから司会を持ってくるのがベストと思いますけど、
歌さんはその辺、きちんと開き直っているみたいでいいですね。

ああ、なるほど。
「名せえゆかりの、弁天小僧菊之助たぁ、俺がことだあ」ですか。
長年の疑問が解けて良かった(笑)。
あのナレーションにそこまで詳しい人も他にはおりますまい(苦笑)。
しかしモノマネ得意な人多いですね。実際に聞いてみたいので、なんか番組に出て下さい(笑)。


● TXさん
でも、流石にこれだけの長寿となってきますと段々と見直されてきて、
いろいろとムックも出始めたり、風が吹いてきてますよ。


● t.sato さん
談志さん司会時代の最初期には歌は無かったようですが、
しばらくして全員で吹き込んだのが笑点音頭ですね。
それは後期と同じ感じのアニメで作られてますので現存、DVDに収録されています。


● 梅吉さん
6回って、なんでそんなに細かく知ってるんですか(笑)。


● うみがめさん
楽太郎さんが円楽を継ぐのは、これは誰も異論が無いでしょう。
三波伸介の方はどうなんだろう。コメディアンって伝統芸なのかな。


● ブロンソンさん
貴重な初期の話が沢山で面白いです。
う。「千春ちゃん、座布団一枚」って、なんか覚えてるなー。
凄い脳味噌の片隅をほじくられた快感(笑)。
チャイムもの! そうそう。これも定番でしたっけ。
ピンポンパンポ~ンと鉄琴を叩いてからアナウンスするやつね。
>小円遊さんのベンツが出られません。小円遊さんのベンツが出られません。歌丸さん、自転車をどかしてください。
うわあ、有ったなあ(笑)。たしかに爆笑しました。
よくご記憶、そしてよくぞ思い出させてくれました。
小円遊さん時代のビデオも若干ですが残っているようですよ。


● 甚六さん
あれー。談志さんの頭、なんかそんなの有った気がするなあ。
松崎さんの形容、よくそんなに覚えてますね(笑)。
昭和時代のテレビ前の風景、当ブログに打って付けのお話でした。
当時はテレビが団欒を阻害するようにも言われてましたけど、
ここでも度々触れているように、嗜好の違う番組も一緒に見た、
見させられたというのは、けっこう大きなポイントだったかと思います。
円楽さんの話もなんとなーっく覚えてるなあ。
皆さん、よくご記憶です。


● すけきよさん
当時はそうやって番組開始するのが全国ネット番組の常でしたね。
三波さんは押し出しが良かったから、キツめの司会にハマってました。
そうそう。扇子を使うセンスがね。
DVD出てますよ。ワタクシ、上手くオークションで安価で入手できました。
談志、マエタケ時代のVが残ってないのが悲しいですが。(談志時代のOP映像のみ現存、収録)
それにしても皆さん、よく覚えてるなあ(苦笑)。
2010/02/11(木) 12:52:04 | URL | ごいんきょ
考えてみれば、三波さん司会時は三波さんも含め大喜利メンバーは皆様今でいうところの「アラフォー」だったんですね。
当時のCMでは「サントリーオールド」の例の「バンバンシュバッシュビダバァ」の小林亜星作曲の渋いテーマが流れたあとでお馴染み「パッパカパカパカパッパッピッ」の中村八大作曲の笑点のテーマが流れる、この対比が子供心に何とも言えませんでしたが
現在ではメンバーの高齢化に伴いスポンサーも動悸・息切れの薬、紙おむつ、線香など高齢者対象の会社が多くなっています。
2010/02/28(日) 18:52:01 | URL | ナベチン
軽石
 風呂場で思い出した小ネタです。「親切とお節介はどう違うか」というお題で、
「親切な人は銭湯で背中を流してくれる。お節介な人は軽石で顔まで洗ってくれる」
 桂歌丸だったかな、と思います。

 小学校の謝恩会で、他のクラスが大喜利をやりました。「学校というのは何だ」「誰でも最低6年間は入らなければいけない、刑務所です」なんてのをやってました。司会も結構さまになってました。
2010/03/08(月) 17:45:59 | URL | あぶもんもん
覚えている答え
ごいんきょさんの記事や、コメント欄の皆さんの思い出のネタを読んで、何度も笑わせていただいています。
大喜利で私が覚えているのは、
「午前10時はどんな時間?」という問いに、歌丸さんが一番に手を挙げて「挨拶がおはようからこんにちわに変わる時間」と答えたことです。
子供心にうまい!と思い、未だによく思い出します。
2010/03/08(月) 18:56:23 | URL | モデラート
頭で鐘、ついてみよし
「と、日記には書いておこう」の CM とこんがらがってしまっている CM があります。女の子が学生服姿の男の子に京都弁で「うちが好きなら、頭で鐘、ついてみよし」
 で、その男の子が鐘木になってゴォ~ンと撞くと、「冗談のわからへん子は嫌いや」(うろ覚え)とか言って振られてしまう。
 登場人物の設定が似ているというだけで、龍角散とは全然ちがう CM だったように思うんですが、何だったのか思い出せません。
2010/06/08(火) 19:14:03 | URL | あぶもんもん
ハウス・リボンギャル
それは確かこんな商品名のチョコスナックのCMでした。80年代半ばのことです。
とはいえ間もなくで製造中止になった商品ですから、実際に流れていた期間は短かったように思います。
「日記には書いておこう」のシリーズCMは70年代半ばの放映ですから、約10年の開きがありますね。
2010/06/09(水) 21:35:12 | URL | うみがめ
「と、日記には書いておこう」のCMは、
男子学生役が、進士晴久(しんじ はるひさ)さん
女子学生(マドンナ)役が、村地弘美(むらち ひろみ)さんでした。

進士さんは、ケンちゃんシリーズでの「ナミダさん」役などでもお馴染みでしたね。

以上、甚六の脳内データベースより検索(?)いたしました(要するに、記憶を思い起こしました…ということですな)。

おじゃましました。
2010/06/10(木) 07:00:06 | URL | 甚六
>うみがめさん
 食品関係かな、という気がしていましたが、商品名まで思い出させていただき、ありがとうございました!
「頭で鐘」の CM を見たとき、そういえば「日記には」というのがあったな~と懐かしみ、結局ゴッチャになったまま、さらに四半世紀が流れていたとは・・・
2010/06/12(土) 14:02:21 | URL | あぶもんもん
呪いのピンク  
歌丸、小円遊も笑点伝説と、して
捨てがたいですが。
もうひとつ、忘れてならないのが
呪いのピンクと、いう伝説です。
円窓      →定吉 
夢之助     →八五郎、一八 九蔵→いまの好楽→与太郎弟
朝次→いまの才賀→若旦那
好楽もいまの定吉役をこなしているが優等生的な答えで
あまり面白くない意見が
多いみたいだけどね。
僕も小遊三、たい平、木久扇
楽さん、昇太は面白いけど。
好楽は悪いけどいまも面白いとは
思わない。
朝次のちの才賀は
三波伸介時代には
若旦那キャラが立ったが
円楽→先代司会時代からは
次第に指される回数が減っていった。その後降板。
夢之助は下火になった歌丸小円遊の罵倒合戦の代わりに
夢之助が三波をおちょくって
罵倒して激怒させる
いわゆる一八キャラだったが
スポンサーがらみの失敗をして
スポンサー→龍角散を激怒させて
降板を余儀なくされる。

円窓はなぞかけやとんちは得意だがその反面、周囲を脱力させるようなくだらない答えをいう人でもあった。その際、一連の流れで
先代の円楽から理不尽に
座布団をとられるのがネタだった。最後は下関市の収録で
得意のなぞかけを披露して
三波を唸らせ有終の美を飾った。 
いわばいまの好楽のポジション。
定吉役であった。
どうも、定吉と、いうと
スポンサーの日本香堂の毎日香の
CMを思い出すが。 
円窓はあいさつで駄洒落クイズを
よく、出していた。
円生がテレビばかり出てる噺家は 
バカになるといわれ
先代の円楽が師匠の言い分に従い
やめてしまったと、
先代の円楽がやめてしまい
そのあおりで円窓も降板を
余儀なくされたのだろう。
呪いのピンクのエピソードでした。
  
     
         

  
2010/06/30(水) 15:51:57 | URL | サイドスロー
巨星墜つ…。
立川談志家元が、旅立たれました。
復帰を願っておりましたが、叶いませんでした。

家元の御霊が、幾久しく安らかである事を祈りつつ…合掌。
2011/11/23(水) 16:51:04 | URL | 甚六
● ナベチンさん
そうか。サントリーはここも提供してたんですよね。
ワタクシにとってオールドのCMは、ザ・ガードマンと結びつくんですが。


● あぶさん
軽石ネタも覚えてるなあ。毎週見てましたしね。
ワタクシは一人で落語をやってウケたんですが、対抗してたとは思えませんけど、
他の連中で笑点やってたのがいましたね。
評判は… 手前味噌ではなくて、こちらの方が圧倒的激賞を頂戴しましたが、
勘違いし過ぎて芸人になろうなんて思わなかったのは助かりました(笑)。
しかし、結構やってるもんなんですね。


● モデラートさん
歌さんは、最初の見本として綺麗に決めるのが多かったですね。


● うみがめさん
ワタクシからもお礼申し上げます。


● 甚六さん
進士さんはやはり、すし屋のケンちゃんのマンガさん役が大きいですかね。
視聴率3000%くらいあったと思いますし。
CMと前後は忘れましたが、がんばれ兄ちゃんという主演作まで制作されるほどでした。


● サイドスローさん
ちょっと珍しい大作コメントですね。
夢之助さんの話がちょっとわかりませんが。何をやったのかな。
呪いのピンクですか。
たしかにピンク地の噺家は面白くなかった印象が。
衣装が派手だと目立ち過ぎちゃうんでしょうね。


● 甚六さん
テレビに大喜利を持ち込んだのも、テレビ向けに座布団重ねさせたのも、
談志師匠の発案だったと言いますからね。
なんとか落語のためにテレビを利用してやれって、四六時中考えてたんでしょうなあ。
2011/11/27(日) 20:16:19 | URL | ごいんきょ
噺家さん
先日、ある噺家さんの高座を楽しみました。メディアにはあまり露出していない人でしたがお弟子さんと2時間4席涙あり笑いあり、改めて落語を見直しました。 最近、山崎方正さんが月亭方正に、世界のナベアツさんが桂三度になったりしています。彼らも人生の中堅からベテランに差し掛かり「笑われる」から「笑わせる」へ方向性を見出したのではないでしょうか?彼らの取った行動は、現状にどっぷり浸かっている(又は様々な事情で打破できない)芸人さんより立派だと思います。笑点とは関係ないコメントとなってしまいましたが、落語つながりにてご容赦ください。
2013/02/23(土) 17:28:29 | URL | とらお
以前のコメントで、すし屋のケンちゃんの視聴率が3000%とか書いてるなあ(笑)。
日本中の全家庭で30台もテレビつけてケンちゃん見ていたと思われます。
なわけはなくて、勿論30%と言いたいんでしょう、彼は(笑)。


● とらおさん
寄席ってのは本当に良いですよ。
あんなに素晴らしい大人の娯楽場は有りません。
ぺーぺーからベテランから、手品から漫才、落語まで、
本当にいろんな人のいろんな芸を一日楽しめて、
あれだけの木戸銭でいいの本当に?ってくらい安いし。
東京周辺の人は、行かないと本当に勿体ないですよ。

書かれている2人については初耳だったので、少し驚きました。
どちらもNSC出身ですか。やはり、徒弟制に憧れも有るのかもしれないですね。
実際、日本の芸能を大きく崩した戦犯の一つがNSCだとワタクシは思ってますし。

単に落語をナメてるだけじゃないのかなあ?
聞いた事が無いのでなんとも言えないですが。
まあ、ろくに高座も踏まずに大名跡を取れちゃう世界だから、
そりゃナメられでも仕方ないんでしょうけど。
勿論、文枝師匠の話ではありません(笑)。
2013/03/04(月) 01:12:22 | URL | ごいんきょ
笑点のテーマソング
私…「笑点」のテーマソングで、今でもアレが好きなんですよ。1985年3月まで流れていたケバケバしい(??)アレンジの「笑点」のテーマソング。
2013/04/03(水) 20:53:54 | URL | マスダっち
ゲバゲバアレンジ?
と思ったら、ケバケバしいですか。
同じ日テレなんで(笑)。

出来た当時は前武さんの歌唱だったらしいですが、覚えている方はいませんかね。
2013/04/03(水) 22:33:11 | URL | ごいんきょ
向こうの塀に
 大喜利で、お題とは関係なかったと思いますが、三波伸介が何かの流れで円窓に「小噺をひとつやってみせろ」 で、円窓がトチりました。
「向こうのヘイにあこいが・・いやあのその」
 三波「おまえ羽織脱げ。前座にもどれ!!・・・何だ『あこい』ってのは」

 よく「〜のようで〜でない、◯のようで◯でない、それは何かと尋ねればァ〜」というのもやってましたね。歌さんが特に上手かったように思います。「お好み演芸会」の「はなし家横町」だったかな、とも思いましたが、歌さんと結びつくのでこっちに書かせていただきました。
2013/05/09(木) 16:48:16 | URL | あぶもんもん
うーん、あった気がするな。
そんな感じで、ツッコミまくってましたからね、三波さんは。

◯◯のようで◯◯でない、ベンベン。
これもお決まりのお題でした。
2013/05/12(日) 21:31:55 | URL | ごいんきょ
「北は北海道の函館から南は九州鹿児島まで」って
札幌テレビは笑点の方は第1回から放送している様ですけど、前身の金曜夜席時代はフジネット枠で放送していなかったのかも。

当時、いち早く全国ネットを構築したTBSが(全国放送のNHKに対抗する意味と、民放でいち早く全国ネットを確立した自負も込めて)、番組冒頭で「北は北海道から南は九州・沖縄まで全国○○局ネットでお送りしております」とやっていたのに対して、談志師匠がそれを揶揄する意味で「北は北海道・函館(函館と青森は互いにスピンオーバーで視聴出来る環境でした(それが後に青森が東北で唯一、テレ東系列が視聴出来る県との優越感に繋がった?(笑)))から南は九州・鹿児島まで(沖縄には日本テレビ系列局が現在も存在しておりません)」という言葉に繋がったのでは無いかと。
2013/05/13(月) 21:35:00 | URL | TXが無いテレビなんて・・・
ゆるやかな拷問
先日、一発芸タレントのやしろ某という人が前半の演芸コーナーに出演しました。家族と「こんなひな壇タレントに9分も大丈夫か?」と言いながら見ていたのですが、地方収録だった事もあり無残な公開処刑となりました。彼女の糧となればよいのですが。
2014/05/08(木) 20:39:41 | URL | とらお
あー。バイキング検索ワードコーナーのために同棲報道した人ですよね。
なんであんな不人気番組を見ているのだと(笑)。
でも、あの検索ワードコーナーだけは面白い企画だと思うんですよね。
もう少し煮詰めれば、あれで1時間埋まりますし、連日の失礼タレント司会連中も要らないですね。
なんであんなに失礼司会者ばかり並べてるんでしょう。しかも面白くないし。

歌丸さんの次は喜久蔵さんでしょうか。
そろそろ、落語家でない司会者を探してみたら。
タモリさんとかいいんじゃないですかね。
2014/05/08(木) 20:59:21 | URL | ごいんきょ
高田先生推しです
高田先生が司会になったら大相撲は録画します(笑)
2014/05/08(木) 23:17:07 | URL | とらお
先日本当に終わってしまった「いいとも」でしたが
まだいいとも終了がウワサだった頃タモリ笑点司会説がセットで流れていたものでしたがタモリ司会てのもどうなんだろう?て気はしますが
2014/05/08(木) 23:54:41 | URL | 鉄ドン
あー。高田先生ならこれ以上無い人材ですよね。
ちょっと砕けすぎて、年寄りにきつくなる心配も有りますが。

タモリさんはカメレオン芸人ですからね。
それは「いいとも」で実証されているので、議論するまでもない話です。
ワタクシら目の無い人間は、タモリが昼の司会で大丈夫か?と思ってましたから。
2014/05/09(金) 00:12:07 | URL | ごいんきょ
三波伸介さんが亡くなった時
正直、途方に暮れました。「笑点の司会は、どうなるのだろう?」と。

一度だけ(新春特番の時)、愛川欽也さんが司会を担当しました。愛川さんがずっと務めるかと思っていたら、先代円楽さんになりました。

先代円楽さんが司会者になってからは、小気味のいいテンポで進行するようになりました。

三波さんは、解答をじっくり吟味する方だったので、ややのんびりしたところがありました。無論、それはそれで味わいがあったと思います。
2014/09/21(日) 22:08:57 | URL | ワン太郎
ああ、そう言えばキンキンやってた気がしますね。
ちょっとあの席では軽かったかも。
歌丸さんは落語家に譲ろうとしているようですけど、
外部の人間の方がキツく突っ込めると思うんですけどねえ。
2014/09/25(木) 07:12:43 | URL | ごいんきょ
桂歌丸師匠の後任候補筆頭は板東英二
桂歌丸師匠もここ数年体調不良で入退院を繰り返してますが、コレを察した日本テレビ放送網はそろそろ後任候補を決めておかなければならないと思います。


その後任候補として、2012年暮れに所得隠し問題でテレビの画面から姿を消し、現在は干されている元中日ドラゴンズエースでタレントの板東英二さんを起用するべきではないでしょうか?


2年以上、テレビ画面で板東さんのお姿を拝見しておりませんが、芸能活動を再開させるには一番良い番組だと思うんですが……


2015/02/11(水) 05:46:33 | URL | 強竜再燃
笑点
オープニングのマンガ風画面がなんだか楽しくて気に入っていました。
司会は三波伸介さんで、並び順・・歌丸さん(着物は黄緑)円そうさん(円窓さんですね、今、勉強。着物はピンク)、円楽さん(着物はうす紫)木久蔵さん(黄色)こん平さん(オレンジ)小円遊さん(水色)でした。座布団は松崎真さん(着物は赤、ずうとるびの「山田くん」で今もですよね)。
皆さんのコメントを読ませていただいてそういえば歌丸さんと小円遊さんはやりとりが面白かったな、と思い出しました。小円遊さんが仕返し(笑)を考えるように腕組みをして横をむく場面を思い出します。
CMの前でしたか、ずうとるびのメンバーの肩のところに人形が乗って
やりとりもしてましたですよね。(ほんの数秒でした、後ろは真っ暗)
笑点は日曜夕方からのテレビ番組の
始まりでした。



2015/04/11(土) 14:29:33 | URL | kyoko
木久蔵さんの場所がちょっとあやふやです。もうちょっと歌丸さん寄りだったような気も・・します。
2015/04/12(日) 10:08:45 | URL | kyoko
そっくりさん
三遊亭楽太郎(現円楽)さんのそっくりさん瀬古利彦さん楽さんのネタになってましたね。
2015/05/05(火) 14:20:57 | URL | 名無しのおばん
アメリカ合衆国41代大統領
早い話1945年3月10日の早朝亡きドナルドレーガンさんどこに居られたか何をされてたか御存知ですか。日本東京上空デュポンとスタンダード石油の合体品アメリカ本土語でナパーム弾日本語で焼い弾を落としていました。(大尉)海老名香葉子さんから言わせるとたいへいさんの花火とはおかみさんから言わせてもらえば焼い弾と言って座布団1枚残らず取り上げてもいいのでわ※本名福田一美(早見優)さんいわく英語には地域名が付いてると言ってました。大橋巨泉さんも同じ日本語に訳せば意味は同じでも発音が違う
2015/05/05(火) 15:18:50 | URL | 名無しのおばん
● 強竜再燃さん
もう二年以上にもなりますかねえ。
たしかに、そこまでの大罪かなとも思いますが。
但し、笑点は駄目です。
何故なら、関東弁ではないので。
最低限、共通語は使ってもらわないと。


● kyokoさん
ずうとるびと人形の絡みなんか有りましたっけねえ。
かなーりうっすらと、そんな気も。懐かしい感じ。
でも、かなりの一時期だったですよね。


● 名無しのおばんさん
瀬古選手が活躍していた頃、そんな弄られ方してましたね(笑)。

2つめのコメントは、なぜ笑点スレで?という感じですが。
ロナルド・レーガンさんの事かな。
ロンですからね。
2015/05/07(木) 06:38:40 | URL | ごいんきょ
笑ちゃん人形
CMの前にずうとるびのだれかが、落語家さん風に着物を着て座り、肩のところに「笑ちゃん」という白いぬいぐるみが乗ってやりとりして、オチの♪チャンチャラランララン!でCM、という感じでした。なかでも「山田くん」はズッコケの時のリアクションが大きかったです。
たぶん黒子さんが「笑ちゃん」を動かしていて、ずうとるびの後ろの背景は真っ暗でした。
10秒ぐらいのコーナーだったと思います。
「笑ちゃん人形」は番組プレゼントにもなっていたような記憶があります。
2015/05/19(火) 11:08:15 | URL | kyoko
あー。有った気がするなあ。
トッポ・ジージョみたいな感じでね。
なぜ急にそんな演出にしたかが謎ですが。
2015/05/23(土) 07:17:01 | URL | ごいんきょ
間違えアメリカ40代大統領
ロナルド・レーガン40代アメリカ大統領のまちがえでした。
2015/06/23(火) 17:48:40 | URL | 名無しのおばさん
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