私的 昭和テレビ大全集
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ほんものは誰だ! (1973)

該当番組画像募集
本物は、誰だ!


提供がロート製薬だったのはよく覚えてますが、ロートのOP有ったかなあ。
土居まさるの掛け声で始まっていた、日テレ得意パターンのバラエティ。
TVジョッキー、特ダネ登場と、既に奇人変人変わり種を紹介する番組は
自局だけでも幾つも抱えていたのに、更に月曜日にも同趣向の番組を持ってきた時には、
ちょっと似たような番組が多すぎない?と思いました。
ましてや、他局も含めればそうした類の番組は、正に石を投げれば当たるかの如し。
ただ単純に紹介するだけでは先行番組に埋もれてしまいますので、
この番組は少しだけ趣向を凝らしていました。同時に三人が出てきて、うち二人がニセモノ。
回答者が投げかける質問に三人が順番に答え、それでホンモノさんを判断するのです。
ま、この方式にしてもNHKの『私の秘密』をそっくりそのままパクッてるんですが(笑)。

回答者は、岡崎友紀、ハナ肇、和泉雅子、藤本義一ら入れ替わりが結構ありましたが、
特に忘れられないのが、狐狸庵先生のネスカフェCMで一世を風靡した遠藤周作。
作家らしい鋭い観点の質問と観察眼を発揮しておりました。
彼らがする質問に答える側は、三者が上手く連携する駆け引きも必要でした。
例えば専門的な質問をされた場合、ニセモノさんも本物のふりをする手前
わかりませんとは答えられませんから、「それ言っちゃうとわかっちゃいますから」
とかボカしたりする。回答側は「うまいなー」とか腕組みしちゃうわけですけど、
まあ、これはニセモノだなと高を括る。ところがそれがホンモノさんってな事も有りました。

ホンモノさんが肉体系の出演の場合、三人ともガウンをまとって登場しました。
質問は通常、三人全員にするわけですけど、一人一人別の質問しかできない場合も有りました。
あの辺の細かいルールはさすがに忘れてますね。
で、一通り質問が終わると回答者が1から3の札を上げて、ホンモノさん紹介なんですが、
その時、三人が同時に中腰になって、ホンモノさんが一端座りかかり、
ニセモノさんが立ち上がりかけておいて、スッとホンモノさんの方が立つという
フェイント小細工を毎回やってました。おそらく局側の指示だったんでしょう。
一回の放送で3組の特ダネさん… じゃなかった(笑)、ホンモノさん達が出るんですけど、
うち真ん中一組だったかな、はゲスト枠で、有名人が意外な趣味や特技を披露しました。

この番組に、素人時代の泉麻人が出演したと言います。
たしかザ・ガマンにも出演していたと思いますから、デタガリだったのでしょう(笑)。
『僕のTV日記』という、当ブログの原点みたいな彼の著作にその時の出演談が有り、
もう映像が残っていないこの番組の往事の姿を伝える、貴重な資料となっています。
それによると、出演者にはあらかじめ予想問題集が配られたらしいです。
まるで国会答弁(笑)。
ホンモノさんは素で答えればいいわけですが、ニセモノさんはそれで研究するわけです。
ニセモノさんも、ホンモノさんの出場理由と何かしら関連が有る人でした。

例えばホンモノさんがヒヨコの雄雌判定名人だとしたら、ニセモノさんは養鶏業者とか。
それでホンモノさんが判った後に、土居まさるがニセモノさんの正体を聞いて、
「あー、こちらはヒヨコじゃなくてニワトリの方!」とか納得するのがパターンでした。
ちなみに泉は、広告学研究会当時に週刊TVガイドのCM制作を依頼されており、
そのCMを作った学生代表のホンモノさんとしての出演だったようで、
昭和52年7月14日収録、8月25日放送分だったらしいです。
その時のニセモノさんは、博報堂のデザイナーと早大オーディオ研究会だったようで、
広告繋がり、早稲田繋がりのニセモノさんだったというわけですね。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
朝井泉時代
その泉麻人が出た回、観ましたよ。作った8ミリCMも流され、「『週刊TVガイド』、いいホンだ」というオチでした。何故「いいホンだ」なのかというと、その頃に放映されていた「ホンダ・ロードパル」のパロディCMだったんです。出来は・・・まあ素人ですからねぇ・・・稚拙でした。
「ホンダ・ロードパル」といえば一つ前の「ヤマハメイト」でもその話題が出てますが、ごいんきょさん、「引っ掛け記事」ですか!?(w)
2009/12/08(火) 08:53:58 | URL | 石毛零号
柴田錬三郎
氏が、出てた頃よく見ていました。遠藤周作の後釜だったのかな。彼の作品を読んだわけではないのですが、同時期放送していた(のかな?)「真田十勇士」の原作者だったので、どこか親しみを感じていました。毎回、洒落の効いた引っ掛け質問をしてたことを覚えています。
2009/12/08(火) 11:51:10 | URL | naokiman
提供はロート製薬
一社ではなかったろうかな
そして裏のブラザー劇場もそうであってテレ朝も一時期参天製薬一社の何かしらの番組であったと覚えているが
2009/12/08(火) 20:52:35 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
ゲスト枠
ごいんきょさんの記事を読んでいると懐かしい番組の雰囲気が蘇ってきます。

ニセモノさんはドギマギせずに、上手に答えるなぁといつも思っていました。たまに答えにちょっと詰まるような人がいて、でもその人がホンモノさんだったりしたことがあったような。

私の記憶では質問する人は「○番の方」とか「全員に」とか言って質問していたような気がします。
時間ぎりぎりで急いで質問したり途中で時間切れになって悔しがったりしたようなことがあったと思うのですが、その時間は土居まさるさんが知らせていたのでしょうか。
回答者に松岡きっこさんがいたような気もします。

ゲスト枠で覚えているのは、横山やすしさん。競艇の選手ですというホンモノさんでした。
ホンモノさんとして前に出て、競艇に出場している写真パネルを披露して説明していました。
やすしさんの競艇の話はその後ネタでよく聞かれましたが。

もう一人ゲストで覚えているのは、柳家小せんさんです。
レース編みが趣味ですというホンモノさんでした。素晴らしい作品をいくつか披露したと思うのですが、その場でレース編みをされました。
着物姿の細身の小せんさんがちょっと首を傾げた感じでレース編みをされる姿に初めは笑いが起きましたが、見事な手つきに皆驚いた様子でした。
何故だかその時の小せんさんの姿が忘れられません。
2009/12/08(火) 21:57:08 | URL | モデラート
ロートのOPはありましたヨ
 月曜日19:30って、あまり見るものが無い時間帯だったように思います。フジはもちろん帯で『クイズグランプリ』と『スター千一夜』、NETは『どっこい大作』、そしてTBSでは『刑事くん』だったでしょうか。その中では、まぁ魅力のある方だったもので、私はこの番組をよく見ていました。『ほんものは誰だ!』の角ばったロゴと、白い鳩が飛び交うロート本社の建物の映像が脳裏に浮かびます。

 回答者では遠藤周作先生、和泉雅子さん、柴田錬三郎先生は記憶にあります。和泉さんは着物姿での出演がほとんどでしたよネ。その後北極点に冒険に行くような方には見えなかったので、達成された時のニュースには驚きました!
 回答者のゲストもいましたよネ。

 ごいんきょさんの記事にもあるように、ニセモノのビミョーに外したホンモノとの関連性が楽しませてくれました。

 質問の方法は、モデラートさんが書いてくださっているように、土居さんに指名された回答者が「全員の方に‥‥」「○番の方に‥‥」という方式だったと記憶しています。質問だけでなく、その人の特技や職業に関係する動作をやってもらうように要求する場合もありましたネ。
2009/12/08(火) 23:37:51 | URL | 自由人大佐
これもゲストコーナーで
ある時、「レコードを自主制作したタレント」としてこん平師匠が登場したことがあります。
その時に紹介されたレコードが、最近とあるネットオークションに出品されていたのを見て、ふと思い出しました。
2009/12/10(木) 14:11:36 | URL | うみがめ
それは私です
3人の出場者の中から解答者が質問をして本物をあてるNHKの番組は、1960年から8年間放送された「それは私です」。司会は、野村泰治アナウンサー、解答者は、ベテラン映画監督の山本嘉次郎、歌のおばさんで後に国会議員になった安西愛子、東宝の映画スター池部良、それにゲストの4人でした。一方、「私の秘密」は、出場者は一人で、その人の秘密が何であるかをあてるクイズ番組でした。
2009/12/12(土) 01:02:11 | URL | 漫中老
懐かしいお名前
漫中老さんがコメントに書かれたお名前を読んで、懐かしさがこみ上げました。「ヤマモトカジロウさん、アンザイアイコさん、イケベリョウさん・・」子供のころに何度も聞いたお名前です。「それは私です」の記憶はないのですが、きっと親が毎週観ていたのだと思います。

「私の秘密」での「ワタナベシンイチロウさん、フジウラコウさん」も幼い頃から耳に残っているお名前で、大人になってから渡辺紳一郎さん、藤浦洸さんだったのだと知りました。
2009/12/12(土) 08:56:26 | URL | モデラート
私の秘密
「私の秘密」のもう一人のレギュラー解答者は「フジワラアキ」(藤原あき)さん。資生堂の美容部長で、やはり後に国会議員になりました。藤原あきさんの後任が「シオツキヤエコ」(塩月弥栄子)さん。華道・茶道家で、カッパブックスの「冠婚葬祭入門」はベストセラーになりました。
2009/12/12(土) 14:01:54 | URL | 漫中老
なみだ~ お~おおお なみだ~あ~
 ふと思い出したのが、「なみだロート」のCM。この番組の中CMで流れていたような気がして調べてみたら、ドンピシャでした。「なみだロート」の発売は昭和48('73)年4月だそうで。まさにこの『ほんものは誰だ!』が放映されている頃にCMが頻繁に流れていたことになります。
 ロート製薬の公式サイト内の「ロートくらぶ」で、懐かしのCM動画が見られますヨ。
http://www.rclub2.rohto.co.jp/club/cflib/cf-old.htm
2009/12/15(火) 23:40:57 | URL | 自由人大佐
柴田錬三郎の「引っ掛け質問」について
柴田錬三郎先生の「引っ掛け質問」シリーズです。
その1.奇術師に対する質問で「え~、マジックの歴史的大家で、『クツジマ』という方をご存知ですか?
その2.デザイナーに対して「ヨーロッパの代表的なデザイナーで『パツヨーロ』って方、聞いたことはありませんか?
…逆さ読みや並べ替えで、偽者を見分けるパターンですが、あるとき偽者がその作戦に見事に引っかかりました。そのとき柴田先生は「あるわけないじゃないか!逆さに読んでるだけだもの!」とネタばらし。スタジオは大爆笑でした。
どこかにVTRは残ってないでしょうか?また見てみたい番組です。
2009/12/16(水) 16:28:06 | URL | 甚六
梶山李之
初期の作家回答者が梶山李之さんでした。産業スパイ小説の得意な作家だったので選ばれたのでしょう。度の高そうなめがねをかけて、地味な印象でした。確か急逝された為に、遠藤周作さんに代わったのだと思います。そういえば、柴田連三郎さんも出ていましたね。よく引っ掛けのような珍妙な質問をしていたようですが、細かい内容は、忘却の彼方です。
2009/12/28(月) 23:00:40 | URL | ブロンソン
● 石毛さん
ワタクシも、泉さんはよく覚えてませんが、
そんな内容のホンモノさんが出たのはなんとなく覚えてました。
しかし、内容なんて完璧に忘れてましたよ。
よく覚えてますなあ。


● naokimanさん
そうだ、シバレンさん出てましたねえ。
引っかけ質問、後の人が詳しく教えてくれてます。


● ガッツさん
裏のテレ朝は一休さんですから、勘違いでは?


● モデラートさん
本記事でも書いてますけど、ホンモノさんも嘘はつかないまでも、演技はしてました。
質問が個人だったり全員だったりは覚えてますけど、
どういう時にどう振り分けるのか、自由だったのかがわからなくて。
きっこさんもいましたね。女性ならではって感じの勘の鋭さがウリでしたか。

競艇自慢のやすしさん、映像を残しておいて欲しかったな。
小せんさんも覚えてませんが、VTRは残ってないので貴重な証言です。


● 大佐殿
そうですか。なんか有ったような気も無かったような気もしたんですよ。
でも、無いわけが無いんですけどね。

和泉さんはこの番組でおしとやかな感じでお馴染みだったので、北極の話は本当に驚きました。
回答者にもゲストいましたか。よく覚えてないなあ。
あ、そうか。土居さんの方から番組進行を考えて振ってたわけですね。


● うみがめさん
ほー。記憶のツボは人それぞれだなあ(笑)。
こうやって集めると、化石の欠片を復元して一頭の恐竜にする醍醐味を感じます(笑)。
しかし自主制作じゃ枚数はかなり限られますから、結構なお宝ですね。


● 漫中老さん
しばらくお見えでなかったので、アク禁に巻き込んじゃったか心配していたのです。
どうも関西のプロバイダでスパムコメントする輩が多くて。
そうそう。おっしゃる通りで、ワタクシも勿論、知識としては知ってましたし、
この稿を書く時にも間違えないように意識しながら投稿していたら、
意識しすぎて間違えてしまっていたようです(苦笑)。
ご指摘ありがとうございます。


● 大佐殿
なみだロート、この番組でプッシュしてましたか。
ワタクシはどうも、アップダウンクイズで見た印象の方が強くて。
詳しい話はその番組の時に(笑)。
公式サイトのCMもけっこう入れ替えてるんですかね。
前はパンシロンのCMがいっぱい有ったような。


● 甚六さん
いやー、そうそう。
シバレンさんって、そんな感じで引っかけ質問よくやってましたー!
で、相手が引っかからないと、腕組みしながら「引っかからないか」なんて言って、
土居さんが「今の話は嘘ですか!?(笑)」なんて突っ込んだり。
大体は引っかからないんですけど、たまーに引っかかっちゃう人がいて、
ニセモノの正体丸わかりって時も有りました。
でも、それも何度かやってると定番になって、一通り聞いた後に土居さんが、
「本当はそんな人いないんでしょ?」なんて突っ込んじゃうパターンでも会場は笑ってました。


● ブロンソンさん
あー、なんかスパイ小説の人とか紹介してた気はするなあ。
ほとんど思い出せないくらいちょっとの出演だったのかな。
シバレンさんの質問については、甚六さんご指摘の感じですよね。
引っかかった人みて、なんでこんなのわからないかなと思いましたもん(笑)。
2010/01/06(水) 02:43:19 | URL | ごいんきょ
なみだロート
「ほんものは誰だ」のスタートと、なみだロートの発売が同じ1973年なので、両者がセットで記憶に残るというのがわかります(もちろん、他のロート製薬提供番組でも、大量にCMを流してました)。

派手な色使いが多い目薬のパッケージの中で、白い無地のタテ形の箱に、「なみだロート」のロゴと、ティアドロップ形のウィンドウ(薬の中身が見えるというパッケージも、当時としては珍しかった)というシンプルなデザイン、マニキュアか口紅を思わせるタテ形のビンは、目薬らしくない斬新なデザインで、非常にインパクトがありました。

後に、生産効率の向上や、他の薬品との誤用を防ぐため(実際、このようなクレームが多かった)他の目薬と同じようなデザインになりましたが、こういう風潮になったらしかたないというところでしょうか。

当時小学生だった私は、夏になると、子どもV・ロート(現:ロート子どもソフト)より刺激が少ないので、プールにはなみだロートを持っていきました。
2012/08/05(日) 07:11:42 | URL | 10000k
なるほどねー。
さすがは大佐さんだっていう話ですね。
ワタクシは目薬なんて、プールの後に強制的に点眼されるのしか記憶に無いですが、
あれは本当にしみて痛くて、嫌だったですね。
なみだロートにしてくれれば良かったのに(笑)。
2012/08/05(日) 13:32:40 | URL | ごいんきょ
当時の月曜7時半、他
日テレがロート製薬、TBSがブラザー工業、テレ朝の一休さんが日本船舶振興会の一社提供でしたね。

なみだロート、今もなみだロートドライアイとして健在ですね。

遠藤周作さん、ご子息の龍之介さんが今やフジテレビの専務ですね。
2017/03/03(金) 19:46:11 | URL | TSUSHIMA
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