私的 昭和テレビ大全集
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新春かくし芸大会 (1964)

該当番組画像募集

皆様、明けましておめでとうございます。
本年もどうか宜しくお願い致します。
今年は年間三百番組踏破が、具体的目標です。
ま、掛け声倒れが毎度の事なので、この一本で終わる可能性も有りますが(笑)。
さて、本年元旦はこの記事しかないでしょう。
きっと予想通りだった方も多いのではないでしょうか。



日本の年末年始テレビと言えば、1に紅白2にレコ大、
3にこのかくし芸大会というのが、多くの認識だったでしょう。
ただまあ、ワタクシ個人にとってこの番組の位置は、おせち料理でしたね。
一見すると豪華、華やか。
しかし食べてみると、あんま美味しくない料理がいっぱい(苦笑)。
かくし芸大会も、たしかに顔触れは凄いんだけど、
じゃその顔触れがみんな納得の隠し芸をしていたかとなると、
初期はどうかは知りませんが、人気絶頂の頃はそうでもないと感じてました。

定番は、英語とか中国語とかの他国語でやる集団劇。
いろんなタレントを一気に消化できるし、それぞれセリフを喋れば良いだけなので、
わりと負担が軽めのものと思え、賑やかしが最大目的でしょうね。
だって、劇の内容そのものが面白いわけでは絶対にないし(笑)。
だからワタクシには、あの集団劇の時間がたまらなく退屈でした。
しかし、他局を見回してもこの番組が最も正月らしい。
その、正月ならではの華やかさに釣られて見ていた感じです。

個人個人のかくし芸という事になると、昭和時代にはもう、
堺正章にとどめを刺してしまいますし、何度も振り返られてますからね。
テーブルクロスを一瞬で引き抜く技は、なんか挑戦してみたくなりましたけど(笑)。
それから、胸像役でハナ肇がみんなから弄られるのも定番でした。
そう言えば関西お笑い勢の影は薄かったな、この番組では。
第1回は藤田まことが西軍キャプテンだったと言いますが、覚えてませんし。
司会はなんと言っても高橋圭三で、レコ大と併せ、日本の年末年始を仕切ってました。
女性の芳村真理も、フジの顔という感じで、この番組も司会してました。

毎年チャンネルは合わせていたはずなのに、あまり覚えていないのは、
正月は来客も多くてみんなでの語らいが中心となり、
テレビはただ映像を流しているだけの、環境ビデオの役割だったからでしょう。
話題が一段落ついた時とか、物凄いかくし芸が登場した時に、
誰かがテレビを指さして、少しの間みんなでテレビに注目する。
正月のテレビなんてその程度の存在でしたし、それで良かったのでしょう。
タレントや局の人たちも、正月くらい手も抜きたいだろうしね(笑)。
昭和40年代までの正月三が日のテレビは、そんな緩い空気感に溢れていました。

VTRでの切り貼り収録が自由自在になり、テレビも個人が見るようになって、
正月番組の様態も少しずつ変質していったように感じます。
シンクロするように、日本の正月の様態も80年代頃から少しずつ変質。
コンビニが誕生して、正月でも営業する店が瞬く間に増え、
なんでも買い出しに行けるようになり、わざわざ手間がかかって
さほど美味しくもないおせち料理を作る家庭も激減。
若い人間は個人個人で自分の好きな食べ物にパクつく世。
個人間の繋がりも薄まり年始回りも減って、
他人の家で正月番組を見るという状況も壊滅的。

いつでもどこでも個人でなんでも食べられる正月になり、
おせち料理の役割が家庭で軽くなっていったように、
いつでも自分の部屋でも個人で好きなものを見るテレビ状況となり、
おせち番組の役割も、どんどん軽くなっていったという事でしょうか。
この度、とうとうかくし芸大会が終了という事で、
冒頭にワタクシが挙げた日本三大年末年始番組の一つが消えるわけです。
ワタクシはおせちはあまり食べないけど、日本からおせちが消えたら淋しいし、
おせち番組も好んでは見ないけど、それが無くなるというニュースは、
やはり一抹の寂しさを覚えますね。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
やっぱり寂しい‥‥
 やっぱりこの番組で来ましたネ。タイムリーですものネ。

 私は英語劇・中国語劇は好きでしたヨ。マチャアキの「丹下佐善」なんて、かなり強い記憶になっています。あと、研ナオコさんの「ET」のパロディとか、井上順さんの「ピンクパンサー」とか。テレサ・テンさんやアグネス・チャンさんなど、外国出身の歌手が増えてきて、本格的な発音が味わえ、また逆に彼らが日本語でツッコミを入れたりなど、このコーナーの面白さも増してきたように思います。

 あと、どうしても注目してしまうのは和楽器の演奏。クレイジーやドリフの本職ですから、圧巻でしたネ。キャンディーズのフライパンの演奏も見事でした。この辺りはナベプロ主導の面目躍如でしょう。

 ジャニーズのタレントが席巻するようになって、番組のカラーが変わってきたような気がします。一人ひとりに見せ場を作らなければならなくなったというか、審査もしにくかったでしょうし。それがちょうどトシちゃんがデビューした80年を境にしています。
世代交代もうまくいかなかったのでしょうネ。急激にアイドル歌手が入れ替わったのが、「花の82年組」の頃でしょうか。それによって出演者の数も膨れ上がり、2日に分けて放送されるようになってから、冗長な感じがしてきました。

 最近ではほとんど見なくなっていましたが、いざ終焉となると、感慨深いものがあります。


 最後になりますが、本年もよろしくお願いいたします。
2010/01/02(土) 03:39:06 | URL | 自由人大佐
あ、忘れた‥‥(^^ゞ
 外国出身の歌手を書いていながら、英語圏の、しかもナベプロのアン・ルイスさん、ゴールデン・ハーフを忘れていました(^^ゞ

 出身地(出生地とは限らない)によって東軍・西軍に分けるというアイディアはイイですネ。自然と視聴者が地元に肩入れしてしまうでしょうし、出演者への親近感も湧きます。この方式だと、クレージーやドリフがちょうど半々になるんですよネ。
2010/01/02(土) 15:16:06 | URL | 自由人大佐
私は「西軍」を応援してました。
やっぱり「東軍」vs「西軍」で競っている頃が良かったですね。特に西軍の「トリオ漫才」が好きでした。
で、皆様のご記憶におすがりしたいのですが、沢田研二が『勝手にしやがれ』で絶好調だった頃(1978年の正月)、この「トリオ漫才」の相方は誰と誰でしたでしょうか。
どうぞ宜しくお願い致します。
2010/01/02(土) 16:52:04 | URL | 甚六
初めの記憶
ごいんきょさん、皆さん、明けましておめでとうございます。

ある年のお正月、姉が「昨日○○ちゃん(私)が寝たあとに、凄く面白いテレビがあったよ」と言いました。
聞くと、「クレージーキャッツやピーナッツや、知ってる歌手全員が出て、英語で劇をやったりした」とのこと。
「じゃあ来週はずっと起きててその番組を絶対に観るよ」と私が言うと、姉は笑って「残念でした。来週はやりません。」と言いました。
思えば、その番組こそ、新春スターかくし芸大会だったのですね。

クレージーのハナ肇さんと植木等さんが東西に分かれてキャプテンだったと思うのですが、メインのお二人の出身地が上手く東西に分かれていたなぁと思った記憶があります。
2010/01/02(土) 23:37:40 | URL | モデラート
かくし芸大会というと
パフパフパフ、ジャンジャンジャンジャン
の応援を思い出します。DVD などは出てるんでしょうか。
 ごいんきょさんの言われる通り、面白いのは少なかったけど、正月にテレビが面白いというのもちょっと困りものなので、ちょうどいい頃合いの面白くなさでした。
 堺正章の芸で、機関車や飛行機の音を口で真似するのが好きでした。アメリカかどこかからわざわざ来た「師匠」も芸を疲労してました。
2010/01/02(土) 23:37:41 | URL | あぶもんもん
遊び屋ケンちゃん
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

さて、この「新春かくし芸大会」で
なぜか妙に覚えているのが
この「遊び屋ケンちゃん」なるタイトルの劇でしたね。

とはいってもタイトルとは裏腹に
沢田研二さんがいわゆる「必殺シリーズ」に出てくる殺し技
(確か三田村邦彦さん扮する「かんざし屋の秀」がする首元に簪を突き刺す技と、中条きよしさん扮する「三味線屋の勇次」がする三味線の弦で首を吊るす技を披露していたと思います)を披露していたんですよね。

それにしても「仕事人」に対して「遊び屋」でしかも「ケンちゃん」ですかあ~(笑)何だかあらぬ方向へ話しが行きそうな感じですね(苦笑)

ともあれ、今年こそはごいんきょさんの「コメントで脱線してしまいそうな」面白いコメントを期待しています。
2010/01/02(土) 23:53:33 | URL | yig
パロディーもの
印象に残ってるのは、「七人の侍」のパロディで「七輪の侍」かなぁ~。
「Mr.マダム Mr.レディ」を沢田研二と郷ひろみ(息子の役だっけ?)でやったやつとか。
ひろみくんといえば、歌舞伎の「義経千本桜」の「狐忠信」(最後、宙乗りする、猿之助さんの)がよかったですね。
平成になってから、いやもっと前から見なくなっちゃったかな。
歌手の人がお芝居を!?、漫才を!?、っていう、意外性がありがたかったんですよね。
希少価値っていうか。
今だったら、大晦日のダウンタウンの「笑ってはいけない」が「かくし芸」のテイストがあるかもしれない。
大地真央が林家パー子のマネをしたのには驚いたけど(笑)。
あと、年末年始番組って、なんかこれといってなかったように思うし、元日に普通にいつもの連ドラをやってましたよね。
2010/01/03(日) 01:40:25 | URL | ななお
フォーリーブスが
ハナ肇校長の銅像を洗剤でごしごししてた・・・。
2010/01/03(日) 12:24:50 | URL | いくちゃん
● 大佐殿
ええ。これは読みやすかったでしょ(笑)。
あー、言われればまざまざと思い出すなあ、ETもピンク・パンサーも。
その年に流行った洋画をよく題材にしてましたね。

うん。和楽器演奏も有った。
凄い。さすがはかくし芸大会マニア(笑)。

あ、そうかあ。
そう言えばジャニーズ勢の活躍は思い浮かばないから、
ワタクシは彼らが出てくるようになって、見なくなったんだな(笑)。
偶然か意図的かは忘れましたけど。
でも、たしかに2日に分けるようになって見なくなったのかな。
アンさんはよく覚えてますけど、ゴールデンハーフはなかなか(笑)。

こちらこそ宜しくお願いします。


● 甚六さん
トリオ漫才ですか。有った気もしますが、よく覚えてないですね。
たしかに沢田さんが漫才をやった気はしますが、トリオとか相方までは覚えてないです。


● モデラートさん
おめでとうございます。
英語劇は第一回から有ったんですね。
もうVTRは残ってないようですから、貴重な証言でした。


● あぶさん
はいはい。鳴り物入りの応援ありましたね。
今は映像化されてないでしょうけど、そのうち出るでしょう、当然。
口真似芸は覚えてないなあ。見れば思い出しそうですが。


● yigさん
こちらこそ宜しくお願いします。
ああ、研二だからケンちゃんね。そして仕事人でなく遊び屋ですか。
なかなか上手いパロディですね。


● ななおさん
定番もののパロディもやってましたかね。
笑ってはいけないシリーズは、芸というより意外性でしょう。
ワタクシは、タレントを消耗させると思うのであまり好きではないですが、
確かにあれだけを取れば面白いし、笑っちゃいますよね。


● いくちゃんちゃん
はいはい。そのシーンも定番でしたね。
2010/01/04(月) 20:03:51 | URL | ごいんきょ
すまん甚六殿
この昭和53年のかくし芸大会,トリオ漫才のデータはありませんでした。どなたか,よろしく。
2010/01/04(月) 20:39:51 | URL | いくちゃん
いくちゃんさん、ありがとうございます。
いくちゃんさんには、いつも御協力頂き、感謝感謝でございます。

わたしも、おぼろげな記憶を頼りに、もう一度整理してみたいと思います。
…たぶん「沢田研二+和田アキ子+中尾ミエor梓みちよ」といった取り合わせじゃなかったかな、なんて気がしますが…。また年代も、78年より前かも知れませんね。

いくちゃんさん、これからも宜しくお願いいたします。ありがとうございました。
2010/01/09(土) 11:32:45 | URL | 甚六
必殺
 仕事人の前はあまり見ていないので区別できません。かくし芸大会でいかりや長介が「背骨はずし」(レントゲンつき)をやり、こりゃ面白そうだ、本物のドラマの方を見ておけば良かったと後悔しました。そんなわけで、仕事人は藤田まことですが、「必殺仕掛人」と聞くと真っ先にいかりや長介を思い出してしまいます。
2010/01/14(木) 21:55:04 | URL | あぶもんもん
はいはい。レントゲンを使ったやつね。
あれって仕掛人じゃないでしょ。仕置人じゃなかったでしたっけ。
仕掛人はまだ一般的な認知度は低い方で、タイトルまで普通に通じるようになったのは、
やはり二作目の必殺仕置人からだったと思います。
2010/01/16(土) 19:27:29 | URL | ごいんきょ
三大番組 年末年始最大の決戦
ごいんきょさんも仰る通り、「レコ大」「紅白」「かくし芸」は年末年始の三大番組でしたね。あまりに「かくし芸」が強力だったせいか、他局では昭和54年頃までは(元日の夜だってのに)レギュラー番組のままだった所もありました。
井上順の「ピンクパンサー」では番組初のロケが取り入れられ、当時は「画期的な進展」と捉えられたようですが、逆にその辺りから「(かくし芸)らしさ」が無くなってきたような気がします。その後も前後編二部構成になるなど視聴率的にはまだまだ順調だったのでしょうが、ナベプロの凋落と共に番組にも陰りが出てきましたね。
番組の終了は残念ではありません。逆に「まだやってたの?」という気分です。
2010/01/17(日) 09:06:03 | URL | 石毛零号
今はもう、毎日がかくし芸大会というか、
誰が何をやってもいいって感じですからねえ。
歌手が歌を歌うだけ、漫才師が漫才をやるだけだった時代と違うのは確かです。
2010/01/18(月) 03:13:37 | URL | ごいんきょ
ナベプロ全盛期
昭和50年位から記憶があります。小学校低学年の私にとってはテレビの世界ではドリフが芸能界の物差しだったので長さんでさえ小僧扱いのハナ肇さんやクレイジーの皆さんは「神様」のようでした。当時、百恵ちゃん贔屓だったんですがこの番組では扱いが軽く、その旨を母に話した所、「百恵ちゃんはホリプロだから(扱いが軽い)この番組はナベプロの番組だから仕方ない。」と言ってました。今、ナベプロと言ったら中山秀、ビビる大木、松本明子あたりですか。昭和の時代からすると隔世の感があります。
2013/03/04(月) 20:39:28 | URL | とらお
なるほどねえ。
加藤さんや志村さんを怒鳴りまくる長さん。
その長さんが頭の上がらぬクレージー、中でもハナさん。
そういう構図は、たしかにたまに見ました。
小僧と言うか、ドリフは弟分って感じだったかと思います。

お母さんは芸能通ですねえ(笑)。
2013/03/11(月) 00:05:57 | URL | ごいんきょ
乱闘劇!?
師走に入りこの番組が恋しくなってきたものの終了してからはや5年が経とうとしているんですね。ま、夢中で視聴していたのは小学生の頃でしたが。当時の記憶で強烈なのが、玉川良一さんと堺正章さんの時代劇(だったと思います)中での1シーン。堺さんの手だか剣が玉川さんに強くあたり、玉川さんの顔色が一変「ちょっとカメラとめて。マチャアキなんだ今のは!」堺さんもむくれた表情で食って掛りスタジオ騒然・・。荒井注さんらが止めに入ったような気がします。さんざんもめて一瞬静かになったかと思ったら、玉川さんがセリフに戻り「達者でくらせよ」みたいなことを言い。全員掃けていきました。「今のはなんだったんだ・・・。」子供の頭の中は「???」でした。今ならやらせとわかりますが。分からないで見ていた時代のほうが今よりテレビを楽しめていたのかもしれません。
2014/12/03(水) 13:32:56 | URL | hey
それは覚えてないけど、ドッキリ企画だったんでしょうねえ。
本当に当たったならマチャアキが謝らないわけないし。
2014/12/04(木) 07:08:56 | URL | ごいんきょ
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