私的 昭和テレビ大全集
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アップダウンクイズ (1963)

アップダウンクイズ
チャーラッチャ チャーラ
チャーラッチャ チャーラ
チャーラッチャッチャー ツツツチャー
ツチャツチャーチャ~

「ハワイへのご招待。10問正解して、夢の島ハワイへ行きましょう。
 ロート製薬がお送りするアップダウンクイズ。
 私は司会の小池清です。どうぞよろしくお願いします。(会場拍手)
 問題を読むのはいつもの通り」
「佐々木美絵です。どうぞ宜しくお願いします(会場拍手)」

小池清アナウンサーと、ロングヘアーに笑顔がチャーミングだった佐々木美絵が、
横並びに映る画面が記憶に残る、昭和を代表するクイズ番組の一つ。
小池清がアナウンスしていたように、ロート製薬の一社提供で、
ロートは他局でもクイズ・ゲーム系の番組をよく提供しておりましたし、
この番組の放送局である毎日放送も、クイズ・ゲーム系を得意とする局。
娯楽の王様同士の強力タッグが産み出した、忘れじの番組でありました。

夜7時になると流れるロート製薬のオープニング…
ではなくて、この番組では、白い雲海の上を悠然と、映像によく合った流麗な
テーマ音楽に乗って日航機が飛ぶ、日本航空のCMで明けたのでした。
これが子供の頃は結構不思議で、提供として紹介されるのはロートだけなのに、
なんで航空機のCMが最初にいつも流れるんだろうと、違和感を抱きながら見ていたのです。

しかし、ネット時代になってこの謎も解けました。
カウキャッチャーと呼ばれる放送スタイルだったようです。
70年代になると、やたら楽しげな音楽に乗って南の島でエンジョイするような映像で、
ジャルパックという名前をやたら耳にするようになりました。
しかし、当時の日本人は、と言いますか、言ってしまえば我が家ですけど(笑)、
旅行なんてもなーほとんどしない。ましてや飛行機なんぞ、まず使わない。
だからジャルパックと言われてもピンと来ないし、興味も湧きませんでした(笑)。

続けて、あまりにも有名な、鳩のロート製薬オープニングとなり、一本CMが入ります。
ナイチンゲールの子供時代っぽい、トレードマークの白い介護服姿の女の子が語りかける、
メンソレータムのCMとか、薬用リップのCMも記憶に残りますが、
特に忘れられないというか、脳にこびり付いているのが、涙ロート新発売時のCMソング。
♪ 涙~ おーおおお 涙ーぁ おー涙ー 涙~ぁローオートー~
いまロート公式サイトで見られるCMがしっとり流れて、
それからようやく冒頭に書いた、番組のテーマ音楽が流れ、挨拶となるのです。
ロートと言えばパンシロンですけど、ワタクシが見ていた当時は中CMだったと思います。
渥美清が歌うパンシロンの歌。 ♪ パンーシロンでパンパンパン
その前は植木等だったようですし、元は天地総子ですかね。

ロート製薬提供のクイズ・ゲーム番組は、エンディングも何故か独自のフォーマットが有って、
「アップダウンクイズ、第何百何十何回を終わります。提供はロート製薬でした」
と女性局アナが淡々と読み上げて終わるパターン。
これはクイズダービーもその稿で書きました通りですし、
たしか底ぬけ脱線ゲームでも有ったと思います。
終了フリップを表示して、局アナが~を終わりますと読み上げて締めるパターンは、
昭和時代にはごく普通の終了パターンでしたけど、回数までカウントしていたのは、
たしかロート提供番組くらいだったんじゃないでしょうか。

さて、番組の内容ですけど、細かいルールとかはウィキペディアだの
当ブログ左のリンクに有る通勤急行さんとこででも調べて戴くとしまして、
ここではワタクシが覚えている事をつらづら並べ立てる事を主にやって参ります。
ルールは簡単に言えば正解する毎にゴンドラが一段上がり、
10段上がるとハワイへ行けるというものですけど、間違えたら一段下がるのではなく、
なんと一気に一番下まで下がってしまうのでした。
これがワタクシは非合理的な感じで、なんかおかしいルールと感じてました。
一段しか上がってない人間と、9段まで上がっている人間とでダメージが違いすぎます。

更に非合理的だったのが復活方法で、誤答の事をお手つきと言ってましたけど、
お手つき二回で退場となってしまうんですね。
画面から外れたところにこぢんまりとした客席が有って、
その最前列に座って番組進行を傍観させられてしまうのです(笑)。
この位置に行かされた人間が復活するためには、まず残った回答者全員が
答えられない事態にならないといけませんでした。

そうすると小池が退場した人間に回答を尋ねてくれ、
そこで正答できると再びゴンドラに座る事ができたのでした。
ゴンドラから離れた普通の席で観覧者に混じって答える出演者や、
正答してそこから歩いてゴンドラに入っていく出演者の姿が今も記憶に甦りますが、
全員が答えられない時なんて、場合場合によって差が有りすぎで、
極端に言えば次の問題で復活できますし、実際、次かその次くらいで回答権を貰えて、
「あー忙しい(笑)」と小池が冷やかす中、慌ただしい感じでゴンドラに戻った出演者も覚えております。

対して、回答権を延々と貰えずにずっと外され続ける人もいたわけですけど、
この場合は折を見て、小池が「○○さん、もうずっとそちらに座ってらっしゃいますよね。
じゃあ次の問題は○○さんに差し上げましょう。この問題は○○さんにだけ差し上げます。
○○さんだけお答え下さい。他の方はお答えにならないで下さい」と、
その人だけ回答できるチャンスをくれたのでした。
それだって、例えば10問外れていたらチャンスが貰えるとか規定は無かったはずで、
おそらくその場その場のプロデューサーか小池の気分で決まっていたと思われ、
随所に非合理さを感じて、文句が有るとまではいかないまでもの、
どこか不満感がワタクシの胸に吹き荒れる事が多かったです。
ワタクシは、公正じゃないものは幼少時から好きではありませんでした。

勿論、好きではなかったのはそうした不合理な部分だけで、
番組そのものは普通に楽しく見てました。
番組中程になると、ゲストクイズ。
ゲストのシルエット(影)を見て誰か当てるもので、テレビ黎明期に日テレでやっていた
シルエットクイズ(当ブログでも既述の、花王ワンダフルクイズ)から
アイデアを拝借した感じでしたが、それでわからないと第2ヒントとして、
佐々木美絵がヒントを読み上げてくれました。

そして、それでもわからないともう一つ第3ヒントをくれるのですが、この時
小池が「第3ヒントはゲストの方の横顔もヒントとなります」と案内したように、
ゲストがまず横を向いて、横向きのシルエットとなった後に、
佐々木が二つめの紹介ヒントを読み上げておりました。
小池の言うように、ゲストが横を向いた瞬間にピンポンとボタンを押す者が続出した場合も多く、
ワタクシは、なんでこれだけで急にわかるんだろうと、けっこう不思議でした。
尤も、力士とかの場合は別ですけど。ジャイアント馬場は正面でわかりますね(笑)。
ノーヒントで正面シルエットだけで当てると3つ、第2ヒントで2つ、
第3ヒントで当てた場合は1つだけ、それぞれゴンドラが上がるんですね。

シルエットクイズの正解が出るとその白幕が上がり、ゲストが小池の隣へ。
そしてしばらくはゲスト本人が、まるで便箋のように折り目の付いた紙を見ながら、
自分に関係した問題を読み上げてました。
正答に関して小池と軽くやり取りをするのがインタビューっぽい感じになっており、
それが数問続いた後にラッキークイズとして、一問で2段階の問題をゲストが出題。
そのラッキークイズが終わるとゲストはお役ご免で、その後は終了までの結構な長い間
ほっぽらかしとなり(笑)、小池の隣でただずっと座ってるだけだったのが、
なんか見ているワタクシの方が間が持たない感覚になってしまいました(笑)。

それから、目で見るクイズという、名前通り、絵を見て答える問題も有りましたが、
ワタクシがよく見ていた頃はこの程度しかバリエーションが無く、
まあ昔のクイズ番組ではべつに珍しくもありませんが、余計な演出は少なかったです。
ただ、ゴンドラが一番上まで上がった人が出るとくす玉が割れ、
プレスリーの「ブルーハワイ」をアレンジした南国調の音楽が流れ、
飛行機のタラップが運ばれてきてそのゴンドラの前に置かれ、
日本航空のスチュワーデスが階段を上がって、10問正解者の首にレイを掛けるのですね。

テレビもカラー化された70年代に入った頃には、日航スチュワーデスの制服も、
偶然か神の意志か、ミニスカートに。
あの、見上げるような高さのタラップを、黒いストッキングでミニスカートの
美人スチュワーデス姿の女性が昇っていくのですぞ。
ワタクシはまだ子供でしたけど、えっらいドキドキしたものです。
いや、「けしからん! こんな扇情的な映像を流して良いものか!」という意味でね(笑)。
でも、黒いパンストを履いていたのでどうしても暗く、おパンティはいつも確認できず。
ワタクシ以外のゲスな男連中は、さぞかしガッカリしていたんでしょう(笑)。

思えばあの当時、スチュワーデスと言えば男にとっても、女性にとっても憧れでした。
それは海外旅行が憧れの対象であり、そんな旅行をし放題という立場への憧れも有りましたし、
高収入な仕事でもありましたから単純に見た目も麗しい女性が多く、そういう個人への憧れも強かったです。
憧れの職でしたから超難関で、それだけに学も有り、人品も確かで、
スチュワーデスを花嫁に出来た男などは、皆からの羨望と怨嗟の対象ですらありました。
同様に、パイロットという仕事も花形職種で、男の子の夢の代表が、パイロットになりたいだったのです。
そんな航空会社の中で、一際燦然と光り輝いていたJAL、日本航空。
表面的な放漫経営ばかりが叩かれておりますが、直接的な根本要因には例によって誰も触れず語らず。
つくづく、被占領国民とは悲しい存在だと思いますね。
でも、あの全体主義与党の横暴が続けば、そう遠くない将来に占領国も替わりそうとすら感じますけど。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
あまりにも内容がおもしろくて
ふいちゃいました。
ほんと,あのミニスカート,けしからん(笑)。
漫画家大会で,はじめてモンキーパンチ氏をみた記憶がありますね。
2010/01/20(水) 23:48:10 | URL | いくちゃん
テニスウェア
スチュワーデスの制服が変わりスカートの丈が伸びたからなのか、ある時からレイをかける係りがテニスウェアの女性となりました。
当時、新聞のテレビ欄で彼女のことを紹介する記事がありました。学生さんだったはず。
おそらく通信社の配信記事かと思いますが、「さわやかなお色気を・・・」みたいな表現で紹介されていたように記憶しています。

アップダウンクイズといえば、79年開催のスポーツ選手大会が出色でした。
何といっても我らがガッツ石松兄ぃでしょう。

佐々木「・・・ひげに特徴がある哺乳類とは何でしょうか?」
♪ピンポン
ガッツ「鯛」
小池「ガッツさん、哺乳類です。動物ですよ!」
ガッツ「ああ、ヤギだ」
小池「正解!」

問題も問題ですが、果敢にボタンを押して回答し、間違えるたびに回答者席から退場を繰り返していた石松兄ぃ。
そのガッツ魂や良しとすべきでしょう。

すごかったのが相撲出身の竜虎。
正解の連続で、最初のCMが入る前に10問正解していたはずです。

あと記憶に残るのが、シルエットクイズで、「笠智衆」を「かさ・ちしゅう」と答えた女性がいました。
小池氏が「惜しい。緊張したかな。りゅう・ちしゅうさんと読むでしょう」とフォローしていました。

どう考えても、彼の名を「笠」という漢字からよりも、「りゅう」という音で知る人のほうが多はず。

とはいえ、後に私も「男闘呼組」というグループをずっと「だんとうこ・ぐみ」を思っていましたから・・・。
思い込みというのは恐ろしいものです。
2010/01/21(木) 02:43:21 | URL | すけきよ
本文中で書いていたゲストによるラッキークイズですけど、
懐から封筒を取り出して、中から便箋を取りだしてたんですね。
手紙を読むような感じで問題を読み上げてました。



● いくちゃんちゃん
非常に地味なクイズ番組でありながら、とんでもないところで
視聴率目当てのゲス部分が有ったんですよね。
風紀を乱してけしからん部分でした。
ふうきといえば、北島サブちゃんの「酒だい酒だい!酒なら富貴だい!」というCMを思い出しました。
酒CMの時に書き忘れていたので書いておきます。
いろんなゲスト大会も有りましたね。ペアでの出場大会も有ったような。


● すけきよさん
そうでした。テニスルックになりましたね。
ただ、あまりにも狙いが露骨になったのと、見せてもいいよ感が増幅したので、
マニアックな人間からは顰蹙を買いました。誰だそりゃ(苦笑)。

石松先生はクイズダービーでも幾多の武勇団を残してますけど、
たけしさんのオールナイトで作られたネタがほとんどでしょうね。
コメントで書かれているのはすけきよさんの直のご記憶に拠るんでしょうか。
ヒゲに特徴があるのは「鯉」ってこたえたんじゃないですか?
答を誘導する小池さんもらしいですね。
惜しい回答の時は、「う~~~ん…… ま、いいでしょう」という感じで、
オマケしてくれたり、もっと確実な回答へと誘導してくれたりしました。

竜虎さん、なんか有った気がします。
周りがよほどだったというのも有るんでしょうね(笑)。
笠智衆さんは、ワタクシも最初は字から入りました。
役者さんは番組中では芸名でなく、役名で呼ばれますからね。
2010/01/21(木) 06:45:04 | URL | ごいんきょ
思い出
いや~懐かしい!「アップダウンクイズ」見てました。日曜の夜の食後のひと時、我が家ではサザエさん→アップダウンクイズ→大河ドラマ→終わり次第・オールスター家族そろって歌合戦という流れのように見ていたと思います。
司会の小池清アナといえば、正解3段階UPの時に、
「よろしい、よろしい!」
と連呼して栄誉を称えていたのを思い出します。今から思うと何たる上から目線の褒め方かと思いますが、当時そのように感じなかったのは、如何にも柔和な目に眼鏡を架けた初老(と言っても40代?)の小池アナの佇まいの賜物でしょうか。
問題読みの佐々木さんの少々機械的で冷たい印象の顔や声も、何故か気にならず反って理知的な幹事を高めていたように思います(確か八重歯があったような・・・)
2010/01/21(木) 10:30:11 | URL | 田毎の月
ゲストも挙手
シルエットクイズで川崎敬三がゲストで出た時の事。解答者向けの問題なのに、小池氏の隣の川崎氏が手を挙げた事がありました。「解ったから、僕にも答えさせろ」みたいに。その時は「変なおっさん」と思っちゃいました。
2010/01/21(木) 12:00:11 | URL | 石毛零号
決め口上
確かに初期の頃は、ご指摘のような決め口上でした。
しかし、海外旅行がもはや夢とは言いにくくなった70年代前半には「10問正解して、さあハワイに行きましょう」と「夢の」が消えました。
因みに、ジャルパックの発売開始が1965(S40)年の1月20日、丁度その日に日航の経営破たんが報じられるとは何という巡り合わせでしょう!
2010/01/21(木) 15:59:26 | URL | うみがめ
鯛?鯉?
私、直に見ておりました。
高校3年か予備校生のときです。
次の日、友人と学校で大笑いしたので、良く覚えています。
「鯉」ではなく「鯛」と答えたように記憶していますが・・・。
「ああ、ヤギだ」という石松さんの栃木弁の口調が北海道弁の私たちにも心地よかった。

出題の中で「ひげが特徴のある哺乳類」の前段が思い出せません。
問題の趣旨が何だったのか、今もって謎です。

確か、竜虎はクイズダービーでも優良回答者だったのではなかったでしょうか。

2010/01/21(木) 17:45:27 | URL | すけきよ
懐かしいです。
ごいんきょさんの記事を読んで、家族で観ていたころの空気が蘇りました。
ごいんきょさんが非合理と思われた部分も何の疑問の持たず観ていました。今言われてみるとそうだなぁなんて思ってしまいます。

ゲスト大会の時はまず一人ずつに関連のある問題が順番に出されたと思います。
元クレージーキャッツの石橋エータローさんが出演されたとき、「石橋エータローさんは今は料理研究家としてご活躍ですが・・・」というような感じで問題が出されました。
「魚を三枚におろすと、身は何枚になるでしょうか」という問題だったのですが、石橋さんが「・・三枚」と答えてしまいました。
誰が答えても良いのですが、やはりご本人は答えなければと力み、緊張するのかしらと思いました。
小池さんもちょっとフォローにつまった様な感じでした。

絵で見るクイズでは数枚の絵を見て曲の題名を当てるときがあり、1枚目の絵「石鹸と手ぬぐい」、で家族の誰よりも先に答えられたので喜んだ記憶があります。
あ、答えは「神田川」でした。

ちょっと変ですが、私はゴンドラの扉の厚みが気になって仕方ありませんでした。昔の電話ボックスのイメージがありました。
2010/01/21(木) 18:35:23 | URL | モデラート
確かに
確かに「タイ」に「ひげ」はないですよね。
でも、記憶では答えは「鯛」なんですよね。(笑)




2010/01/21(木) 23:51:52 | URL | すけきよ
毎日放送千里丘放送センター
鉄腕アトム(1959)でも触れましたけど、大阪テレビから分離する形でテレビ局を開局した格好となった毎日放送は開局当初、製作スタッフ等の人材も不足気味で且つスタジオも手狭とソフト面・ハード面の両方で非常に苦しみました。
さらには在京局でネットを築けたのも東映が事実上のオーナーだったものの教育専門局という縛りがあった日本教育テレビのみだった状況と。
準教育局として免許が下りた毎日放送テレビとしては日本教育テレビの学校放送番組のネットにもそれなりに有難い面はあったものの、娯楽番組も含む一般番組の絶対的な不足は否めませんでした。
「ならば我々自身の手で」とアメリカNBCの放送センターをお手本にして在京局に先駆けて昭和35年に完成させたのが千里丘放送センターで完成当時、その規模と設備は間違いなくNHK(まだ内幸町に本部があった頃)も含めた在京局を上回っていたと思います。
日本ヴィックスと広告代理店が当初毎日放送の方にモーニングショーの規格提案を行ったともされているのもこの放送センターの存在があればこそだと思います。
個人的にはNHKが代々木公園に放送センターを完成させたのは毎日放送千里丘放送センターの存在に刺激された面もあった様にも思うんですけどね(笑)。
千里丘-大阪万博会場、代々木公園-東京五輪屋内競技主会場ですし。
そんな格段に充実した製作環境の中で数々の名番組が作られ、その代表的番組の一つと言えるのがアップダウンクイズだと言えるでしょうね。
とにかく毎日放送製作番組はこういったクイズ・ゲーム番組にしてもスタジオドラマにしても在京局も含めた他局とは明らかにスタジオの広さが違っているのがハッキリ分かりましたもんね!
当時ドラマでも他局を圧倒していたTBS朝日でも私には「何だかせせこましいセットだなぁ・・・・、ある意味下町っぽいけど」という印象が未だに残っています(笑)。
そういうスタジオを使って「夢のハワイ旅行!」といったスケールが大きい番組がピタリとはまりましたね。

只こういうスタジオの広大さが例えば「こんばんは仁鶴です!」(関西ローカルですみません(笑))みたいなトークで構成された番組となると多少のセットがあっても、妙に奥行きを感じてスッカスカな感じになってしまったりもしていましたけどね(苦笑)。
2010/01/25(月) 10:57:31 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
まさかJAL倒産のこのタイミングで
この番組の記事を書かれるとはwww

この番組は小学生~高校生のころ拝見しておりまして
当然、出場申し込みはがきも出した経験がありますが、
予選のお知らせすら来ませんでした(笑)

この番組でもう一つ忘れてはならないのはクイズ開始時の
小池「それでは、日航機によるハワイ旅行目指して、皆さん大いにがんばってください!」
(このセリフとともに解答者を一人ずつパンしていき、)
佐々木「それでは、第1問です。」

↑このやりとりでなぜかTVの前で緊張感が高まったものです。

TB記事にも書きましたが、この番組を始め
クイズ番組華やかなりし70~80年代、優勝賞品としての海外旅行を
数多く提供していたJALが倒産するとは・・・

時代を感じます。
2010/01/27(水) 21:59:40 | URL | ファイアー負男EX
当時民放がTBS系列とフジ系列の2局しか存在しなかったウチの田舎で、所謂「腸捻転」ってヤツでこの番組が初めてウチの田舎に流れた時は既にこの番組は○百回を超えておりましたW
司会の小池清毎日放送アナウンサーは駆け出し時分野球中継も担当していたようなので(毎日放送が株主だった南海ホークスの試合)、声を張り上げてスタジオを盛り上げるのはお手の物だったんでしょう。
問題を差し上げておられました佐々木美絵毎日放送アナウンサーは確か同局「ヤングおーおー」(この番組は腸捻転でもウチの田舎にはネットされなかった)司会の斎藤努アナ夫人でした。
2010/03/06(土) 20:28:03 | URL | ナベチン
大橋巨泉が10問正解した回は遅れて入川保則さんが10問正解したら巨船が『すごいね、アサカオーだね。』と当時の競走馬にたとえていました。おそらく追い込み脚質の。
2011/07/14(木) 02:29:41 | URL | 長髪
う~む…
この番組への返信はしてあるとばかり思ってましたが、
どうやら送信ミスで反映されていなかったようですね。
あの時のワタクシの返信を返してくれ(苦笑)。
ま、気を取り直して、遅ればせながらの返信をさせて戴きます。



● 田毎の月さん
あー、「よろしい」って言ってた気がしますね。
でも、たしかに不愉快ではなかったな。
巨泉さんが言うと印象も違うでしょうが(笑)。


● 石毛さん
おそらく笑いを取ろうとしたんでしょうかね。


● うみがめさん
自民党政権だったら違う展開だったかもしれませんけどね。


● すけきよさん
その後、なんとなくそういう事が有った気がしました。
正に、言い直してヤギって答えたような。
しかし、鯉ですらなく鯛とは、ガッツ氏の輝かしい経歴の中でも一際映える回答ですね(笑)。


● モデラートさん
そうですそうです。
ゲスト大会では、ゲストに関する問題が全員順番に出題されましたね。
大体はその人が当然回答し、正解するのですが。
石橋さんの答えですけど、「身は何枚」という出題だったとすれば、3枚で正解だと思いますね。
骨の部分も身ですからね。揚げ足取りでなく。
まあでも、出題の意図は容易に汲み取れますから、素直に答えれば2枚となりますけど、
そこはなりたてホヤホヤの専門家として、ちょっと意地を張り過ぎちゃったんでしょう。
石橋さんが三枚おろしを知らないはずは、絶対にありませんからね。
石鹸と手拭いで神田川ですか。「いい湯だな」でも良さそうですけどね(笑)。
ああ、そうそう。あのゴンドラ、昔の電話ボックスと同類視してました!


● TXさん
子供の時分は、毎日放送制作なんて思わないで、全部NETの番組として見てました。
だから、スタジオも気にしなかったですね。全てNETと思っていたので。
ただ、たしかにスタジオドラマはどこもいわゆる「チャチィ」感じはしてました。
毎日放送ドラマはあまり覚えてませんが、日本テレビは結構セットが本格的だったような。


● 負男さん
うーむ。クイズマニアの負男さんが出場していたら、どれだけ進んだんでしょうね。
そうだ。そんな始まりでしたね。
返信が遅れているうちに、今度は東電の株価が暴落したり、わからないものです。


● ナベチンさん
あーそうでしたか。地味な番組ですからね(笑)。
しかし、佐々木美絵さんが斉藤さんの奥さんとは、いい情報を頂きました。


● 長髪さん
え。巨泉さん、この番組に出たんですか。
一頃はなんでもやってたから、クイズ出演もやったかもなあ。
それにしても色々よくご記憶で。
2011/07/14(木) 22:31:38 | URL | ごいんきょ
昭和の名司会者がまた逝く…
アップダウンクイズの顔というべき小池清さんが亡くなりました。

小さい頃、よく見ていて、1975年のネットチェンジの時も、リアルタイムで見てました。

ネットチェンジ(関東での受けがNETからTBSに変更)を機に、セットが大幅にデラックスになったのを覚えてます。

それにしても、同じTBS系列、ロート製薬提供クイズ番組のクイズダービーが、横浜の放送ライブラリーで見られたり、果ては、CS局でほぼ毎週分(後期)のビデオが残っているなど、恵まれているのに対して、アップダウンクイズは、ビデオ保存もほとんどなく、過去の映像も振り返られることもなく、わずかにYouTubeでの個人的な保存が見られるのみ(これも一度消されている)で、明暗が分かれてます。

ちなみに、シルエットクイズは、デーモン小暮閣下やマツコ・デラックスがゲストだったら、シルエットだけでわかりそうですね。


小池さんのご冥福をお祈りします。
2012/05/04(金) 06:46:32 | URL | 10000k
前大阪市長の方と・・・。
こんにちわ。先日YAHOO!のトピックスに、元MBSの局アナで、「アップダウンクイズ」(←高校生の時と短大生の時に柴門ふみさんのエッセイの、「青春とはなんだかんだ」にも書かれてました。)の名司会者の小池清さんの訃報を聞いてびっくりしました。私は古いTV番組や、古い人には疎いですが(→特に関西の局アナで知っているのは桑原征平さん(元KTV→フリー)や角淳一さんと、野村啓司さん(ともに元MBS)、辛坊治郎さん(元YTVで、古くは「ズームイン」、「そこまで言って委員会」や「ウェークアップぷらす」でお馴染み)森たけしさん(YTV)梅田淳さん(元KTV→フリー)、宮根誠司さん(元ABC→フリーで、「ミヤネ屋」でお馴染み)三浦隆志さん(YTVアナで「ズームイン」のOB)、浦川泰幸さん(ABCアナで、関西の「おは朝」の顔)、野村明大さん(YTVアナで「ズームイン」のOB)以前に「永田町ディープスロート」のサイトの中で、前大阪市長の平松邦夫さんのインタビューを拝見し、平松氏が若かりし頃に、小池さんと「MBSナウ」という関西の夕方のニュースを半週ずつ担当された事にびっくりしてます。私はご両人が関西の局アナだった時を知らずに育ちましたが、大阪市長をされてた平松氏の上司だったのに驚いてます。(合掌)。 
2012/05/10(木) 12:29:42 | URL | そらいちろー&くもいちろー
訂正します。
こんばんわ。先ほどの「MBSナウ」という当時の関西のローカルニュース番組の件ですが、半週ずつとカキコしましたが、正しくは、週の前半が小池さんで、週の後半が平松さんでした。大変失礼いたしました。
お詫び申し上げます。
2012/08/30(木) 21:00:57 | URL | そらいちろー&くもいちろー
目で見るクイズ
確か2問あって、そのひとつが「これからある物の写真を5枚ご覧いただきます。分かったところでお答えください」みたいな感じでした。
1枚目は当然分かりにくい写真ですが、ある時、六角形の鉛筆の芯の部分を大きく拡大した写真が出ました。
閃いて、「エンピツ!」と私が答えると家族一同「おおっ!」と驚嘆の声。

子供なので、普通のクイズの答えは殆ど分からないというか興味がなかったと思うのですが、目で見るクイズのコーナーはこの時以来、自信を持ってしまい、毎週これだけは当てなければと力が入っていました。
平和な時間でした。
2012/08/30(木) 22:24:50 | URL | モデラート
● 10000kさん
そうなんですね。返信が滞っている間に小池さんもお亡くなりで。
ワタクシは、ネット変更で見なくなった口かもなあ。
映像に関しては、クイズダービーは比較的新しいですし、
初期も巨泉さんのコレクションが期待できますしね。


● そらいちろー&くもいちろーさん
MBSナウにも出てらしたらしいですね。
平松さんって、そう言えば大阪市長で、橋下さんと一騎打ちしたんですね。
という事はその時、タレント候補同士だったわけですか。
市長選ではかなり珍しい感じ。


● モデラートさん
5枚も見せるんでしたっけ。ワタクシが見始めた頃とルールが違うかも。
あー、出場者も含めて誰もわからない問題を解答できた時の優越感も、クイズ番組の醍醐味でしたよね(笑)。
2012/08/30(木) 23:11:27 | URL | ごいんきょ
西郷輝彦さん時代の「アップダウンクイズ」
ごいんきょさん、こんばんは!!「アップダウンクイズ」は観ていました。「サザエさん」のあとに。「アップダウンクイズ」なんですが、小池 清さん時代ももちろん覚えていますが、司会が小池 清さんから、俳優の西郷輝彦さんになってからの「アップダウンクイズ」は…よく覚えています。西郷さんになってからかな、ゴンドラの色がカラフルになって、正解の時にチャイムが鳴り出したのは。司会が西郷輝彦さんに変わってからも、出題者は引き続き…佐々木美絵さんでしたがね。
2013/03/08(金) 00:17:05 | URL | マスダっち
「アップダウンクイズ」→「新アップダウンクイズ」に。
追記なんすが。司会が西郷輝彦さんに変わってからだと思いますが、番組名が「アップダウンクイズ」→「新アップダウンクイズ」になったのは。
2013/03/08(金) 07:58:50 | URL | マスダっち
あー、西郷さんに替わってからゴンドラがカラフルになったんですか。
どうせならゴンドラ七台にして虹色にすれば良かったのに(笑)。

新ついたんですか。
ピンと来ないんで、あんまり、もしかすると一回も見てない感じです。
2013/03/11(月) 00:39:45 | URL | ごいんきょ
究極の“メイド・イン・千里丘”
「アップダウン」のいいところはひと目で見て
2014/03/11(火) 22:04:32 | URL | イエス多摩川
スミマセン、続きです。
ひと目で見て戦況のわかる画作り。同じ時期に毎日放送が制作してた「ダイビングクイズ」もそうでしたが、こういう画作りに長けていたのが、人気の要因だったんでしょうね。

この千里丘センターは、'90年に本社社屋が茶屋町に移転するまで機能することになりますが(厳密には番組制作はもう数年続けられましたが)、数多く生まれた番組の中でも“メイド・イン・千里丘”と称するに最も相応しき番組であり、出題・司会を20年こなしてこられた故・小池清さんだったと思われます。

MBSは来る201“4”年“4”月“4”日に、今の茶屋町本社に隣接して新しいテレビとラジオのスタジオの入ったビルが運用を開始すると聞いてますが、千里丘を超える名番組は、果たして生まれるのでありましょうか…。
2014/03/11(火) 22:15:58 | URL | イエス多摩川
ダイビングクイズも十年以内には扱いますよ(笑)。
444と4並びねえ。
あまり日本人的な感覚ではない気が。
2014/03/16(日) 08:35:03 | URL | ごいんきょ
新アップダウンクイズ
ラスト5問は正解するとゴンドラが2段階上がっていましたね。

アップダウンクイズ、私の記憶に残っているのは全国アナウンサー大会、我が北海道からは地元ラジオ番組「ベストテン北海道」のパーソナリティで大人気だったHBC田中徳四郎アナが参戦、見事ハワイ旅行を獲得しておりました。

番組の終了はS60年9月、大人気アニメとなったフジ系「タッチ」に引導を渡される形でしたね。裏のYTV「びっくり日本新記録」やABC「世界一周双六ゲーム」もタッチの前に敗れ去る形でした。
2017/04/03(月) 07:28:55 | URL | TSUSHIMA
新参者からご挨拶
拝啓 今後ともよろしくお願いいたします。皆様の凄いコメントとリサーチ能力に驚きつつ、自分は音楽方面で語らせて頂きます。最初期、記憶では「田中正史氏=サスケ、べム、黄金バット等の大家」が音楽担当され、これは現在一番ソフト化されており聴けますが、極短いテーマ曲ながら迫力あり良くまとまっており、名曲です。BGMと言うのはテーマ曲以外例えば「不正解でゴンドラ下げられる時のBGM 敗者復活でゴンドラに戻る時のBGM」等です。この後は「南安雄氏、宇崎竜童」等に引き継がれますが、何と言っても「南安雄氏の音楽は良かった」のです。テーマ曲とBGMの主題は共通していて、何より「敗者復活でゴンドラにもとる時の曲は忘れられぬ名曲」でしたね。宇崎の曲は単なるシンセとロックバンドを使った何の意味も感動も無いやっつけ仕事で、何かその後直ぐに別人?多分再びた
2017/04/05(水) 11:49:11 | URL | よしたかくん
佐々木美絵さん
元MBSアナウンサーで現在は関西国際大学教授の斎藤努氏夫人ですね。

「アメ、コーヒー、ライター!
美絵の、アメコヒライター!!」なる言葉遊びがありましたっけ。MBSヤングタウン、あのねのね原田伸郎さんか鶴光師匠のネタでしたか。
2017/04/05(水) 12:16:27 | URL | TSUSHIMA
● TSUSHIMA
あれ? そうでしたっけ?
なんか、あまり印象に残ってないな。
言われればそうだったかなとしう感じしか。
初期は普通だった気も。


● よしたかくんさん
ゴンドラが下がる時とか、戻る時って、
昭和40年代は音楽が無かったと思うんですよね。
小池さんが「お戻り頂きましょう」とか言って、
回答者が照れるような面持ちで戻るだけだった気が。


● TSUSHIMAさん
関西限定ですね。
関東ではヤッターマン、コーヒー、ライターで、
こちらの方が上手い?ですね。
2017/04/16(日) 11:00:09 | URL | ごいんきょ
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どうしたってこんな話になるわけでw かねてから経営危機に陥っていたJAL(日本航
2010/02/12(金) 22:40:40 | そんなこんなで3分経過。
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