私的 昭和テレビ大全集
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大相撲トーナメント (1977)

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相撲を単なる格闘技と誤解している輩が、主として外人力士などにいます。
しかし相撲とは、古来神事に深く関わってきた国技であり、
従いまして力士とただの格闘家との間には明確な一線が有ります。
力士が品格を重んじられるのはこの故ですし、
ましてやその最高位、横綱ともなれば、そこに要求されるものは別次元の厳しさ。
地鎮祭の結界など見てもわかるように、綱を締めるというのは本来、
非常に厳かな、神聖なる佇まいなのですぞ。

大相撲トーナメントは、1977年にフジテレビの肝いりでスタートし、
当時は結構大々的なCMを流していました。
今も続いているようですけど、CMとかも昔ながらに大量にやってるんでしょうか。
当初は2日間のトーナメントで、第一回は全盛の北の湖が優勝。
ところがこの北の湖は勿論、千代の富士という二人の大横綱をして、
複数回の優勝は達成しませんでした。
あえて「出来ませんでした」とは書きません。
何故なら、それはいわゆる「ガチンコ」でないのは明白だったからです。

彼らにとって何より大事なのは本場所であって、こんなお遊びのトーナメントで
優勝しようが番付には影響しませんし、貰える銭も知れたもの。
名誉も本場所優勝とは比べものになりませんし、万が一ケガでもして、
本場所を棒に振ってしまっては、まったく採算が合いません。
ですから、基本的に力は入れておらず、土俵際の手に汗握る攻防なども有りませんでしたし、
うっちゃりなんて危険技はまず絶対に出ません。
ちょっと軽く押して、土俵際まで追い詰めれば、
その者はむしろ自分から外に出るかのような力の抜き方(笑)。

が、このトーナメントを「八百長」と糾弾する阿呆は、よもや日本人にはおりますまい。
先に書いたような事情は誰でも推察できますし、始めに書いたような、
相撲は格闘技とは一線を画すものだという事を、肌で理解できるわけですから。
勝敗が全てではなく、力士とは縁起物でもあるわけで、
正月は本場所が有るため、2月始めに行われるこのトーナメントは、
正月の縁起物興行の代わりという雰囲気を、なんとなく感じると思いますし。
プログラム最初の方で、「初っ切り」という笑わせる取り組みも有ったりしました。

このトーナメントはそんなわけで、予定調和のオン・パレード(笑)。
2日で全トーナメントをやっていた第1回から第9回までは、
北の湖、千代の富士、若乃花、三重ノ海といった横綱の面々すら含め、
誰一人として複数回優勝を成し遂げず。綺麗にいろんな力士で優勝を分け合いました。
第10回からは1日目と2日目それぞれトーナメントを実施し、
それぞれの日で何故か優勝者が誕生し、両者で総合優勝決定戦を行いました。
そのようになってからは、複数回の総合優勝者も続々誕生。
負けた方も一応は「優勝者」という名誉を貰えるようになったから、
一人が総合優勝を独占してもいいだろうとなったのではと見えます。

ただ、この2トーナメント制になってからも新たな不文律は存在し、
両日のトーナメントで優勝を独占してはいけないというものだったんでしょう。
10回から20回まで、千代の富士も曙も、両トーナメント優勝はしませんでした。
まあ、二日連続で優勝するのは体力的に大変だというのは有るでしょうけど、
それまでの流れを見ていると、どうもそういう感じだったと考えたくなります。
また、ワタクシは、これまで書いてきたような事から、それで構わないと思いますし。
そしてその不文律を破ったのが、ガチンコ横綱と言われていた、貴乃花光司でした。
彼は第21回に於いて、史上初の両日優勝を達成したのです。

貴乃花全盛当時も、大相撲八百長疑惑は各週刊誌で度々特集されました。
プロレスを八百長と糾弾するかの如き阿呆な振る舞いと遠巻きに見てましたが、
そんな週刊誌連も押し並べてガチンコと認めていたのが、貴乃花だったのです。
その後のいろんな場面からも推察できる通り、彼はかなり頑固なところが有るようで、
あの、実兄・若乃花との史上初の兄弟優勝決定戦に於いても
ガチンコで兄を降そうと思っていたのを、実父である親方に含まれて負けた事を、
後々になって悔し紛れに公言しておりましたっけ。
たしかにあの取組は、当時からガチンコでない事は想像つきましたし、
彼の言う通り、ガチンコなら結果は違うものになっていたとワタクシも思います。

そんなガチンコ親方が、突如として理事選に立候補して一騒動。
あれだけ協会に貢献した大横綱ですから、史上最年少理事という待遇でもおかしくないのに、
何故ああまですったもんだし、投票する際に立会人に見せろという
史上空前の烏滸ぶりを恥ずかしげもなく晒すほどに上層部がうろたえたか。
現役時代の彼に、星を譲って貰おうとしても断られた恨みでも有ったんですかね。
そして、そんな一刻者を若いうちに理事なんかにしたら、
自分達の常識が悉く覆されてしまいかねないという恐怖も、確かに有るんでしょう。

ただね。
彼らの言うように、なんでも変えてしまっては伝統は成り立たないのは確かです。
しかし、それをお前らどの口で言うんだと思いますよ。
ただ勝ち星を計算できればいいんだという考えで、体さえでかければ誰でもいいとばかり、
あっちこっちの国から節操もなく次々角界に入れておいて、どこが伝統ですか。
伝統をぶち壊したのは、他ならぬ自分達じゃないか。
おかげで、番付の上位はみんな外人力士。横綱もみな外人。
それが強さだけを競う格闘技ならいいんですよ。しかし相撲はそうじゃない。
きちんと神事としての相撲を理解し、力士としての品位を意識する、
そんなこと、生まれ育った文化が違う人間に、そうは教え込めるものじゃありません。

ワタクシも、ワタクシの会社の同僚たちも、上位がみな外人力士になって、
大相撲中継を熱中して見なくなりました。
それは、日本人が強くないからという事も勿論ありますけど、
文化的に異質なものの組み合わせを、本質的に絵として受け入れられないのです。
協会が本当に相撲人気衰退に危機感を持っているなら、そこから逃げてはいけないと思いますよ。
具体的には、外人数の上限を設けるべきですし、それも厳しく審査すべきです。
まして暴行横綱なんて、理事長辞任と横綱放逐に値する不祥事でしょう。
貴乃花がどのような腹で今回の立候補なのかわからないのですが、
そうした事を変革して、有るべき姿に戻す「保守」のためにこそ活躍して欲しいと思います。
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「ソウル若三杉」を御存知ですか?
この「大相撲トーナメント」が初めて開催されたのが、1977年の2月ですよね。
遡って、この年の初場所後、若三杉(のちの二代目若乃花、現・間垣親方)と魁傑(現・放駒親方)が、揃って大関に昇進しました(魁傑は平幕陥落からの再昇進でした)。

この時、若三杉の大関昇進に便乗して、『ソウル若三杉』なるレコードがリリースされたのを覚えていらっしゃるでしょうか。

歌っていたのは、「ドクター南雲とシルバーヘッドホーン」なるグループ。要するに、「若三杉」というフレーズを拝借して作った代物ですから、若三杉も二子山部屋も関与していません。まあ、使用許可ぐらいは取り付けているでしょうけれど。


で、肝心の歌詞ですが、

♪ワッカミスーギ (人気抜群!)
 ワッカミスーギ (頑張れ頑張れ!)
 ワッカミスーギ 
 ワッカミスーギ 
 ワカミースーギー ワカミースーギー ワカミースーギー
(行司の勝ち名乗りで) ワカーミスーギー!

といった内容。音源が無いのがなんとももどかしいのですが、「ワッカミスーギ」はコーラス(スキャット)、「人気抜群」とか「頑張れ頑張れ」は掛け声でした。
実際はもっと歌詞があるのですが、わかっているところだけつまみ上げました。

皆様の情報をお待ちしております。
2010/02/07(日) 01:40:06 | URL | 甚六
ああ、有りましたね。出てたのは覚えてます。
若三杉はその名の通り、若々しいイメージで人気ありましたからね。
2010/02/11(木) 13:28:29 | URL | ごいんきょ
覚えている部分
こんにちは。
常々この歌の歌詞が思い出せず、本日検索を試みましたがほぼ全滅。
それでこちらに辿り着いた次第です。

私が覚えている部分は、、、

ガイドブックによりますと本名 シモヤマタカノリちゃん

28年4月の3日 でっかーく生まれた牡羊座。

得意技はと問われれば(もしくは 聞かれれば)マエミツサンで寄って出て
?こらえた所の上手投げ

??? No.ーーーウワン(ガルルルーと聞こえた)

輪っか輪島 かっ魁傑 きっ麒麟児
貴乃花 北の湖
(当時の有名力士名を連呼)

ワッカミスギ こんどは全勝

ワッカミスギ 横綱確実

ワッミカミズ(ワカミスギを混ぜてひっくり返したように変えてた)ワカミーーースーーーギーーー
(呼び出しの声で)ワカッミッスギィーー 終わり

この様に記憶してます。どこかにテープで所持しているはずなのですが見つかりません。
当時、「ソウル◯◯」が流行してた記憶がありますが、定かではないです。

なぜかこの歌定期的に脳内でかかります(笑)
2015/07/17(金) 02:06:29 | URL | (ハンドル未記入)
多分、「ソウルこれっきりですか」が大当たりだったので、
その後そんな感じの物がニョキニョキ沢山出て来ましたね。
ソウル調のものや、メドレー物が。
2015/07/17(金) 06:45:46 | URL | ごいんきょ
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