私的 昭和テレビ大全集
Google
Web全体から検索 当ブログ内 検索
総計
昨日  本日

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -



百万ドルの饗宴 (1963)

該当番組画像募集
昭和30年代初めの頃まで、テレビはみな30分番組だったんですね。
大人向けのドラマも30分ものばかりでした。
その理由ですが、いろいろ局も制作能力が劣っていたのも有りましょうし、
更にはスポンサーサイドも、1時間ものを提供するには
テレビの力を信じ切ってなかった部分も有るでしょう。
東芝日曜劇場を始めた東芝など、当時としてはかなりの冒険だったと推察します。

今でこそ本格歌番組は1時間が主流ですけど、そんなわけで初期には、
1時間もの歌番組というのも有りませんでした。
昭和38年、ようやくその第1号たるこの番組がスタート。
その名も堂々たる、『百万ドルの饗宴』と来ました。
ドルの力が圧倒的に強かった時代、百万ドルのなんたらという形容は、
豪華さを表すのに様々な世界でよく使われた表現でした。

勿論、当時はまだほとんど無かったカラー番組で、とにかく豪華感が売りでした。
流行歌最前線の歌手を一堂に集めるという、今なら普通の歌番組ですけど、
そういう作りの番組も初めてで、饗宴は共演に掛かっているのでしょう。
大スター達が一挙共演という歌番組。それがこの番組でした。
提供はハウス食品でしたか。司会はコロムビア・トップ&ライトで、
コロムビアトップが歌番組を司会するようになる始めだったかと思われます。

OPではヒット曲を網羅していたと言いますから、雰囲気は夜ヒットに近かったのかも。
それから持ち歌の披露となり、視聴者リクエストコーナーが有ったと言います。
後楽園ホールとスタジオからの二元録画で、木曜が放送日だったため、
日本テレビで放送したこの番組、ナイターシーズンは雨傘番組となるのが恒例でした。
ドラマだとストーリーがわからなくなってしまって連続ものは不利になりますし、
1回完結ものにしても興醒めになる部分が出てきますから、日テレはドラマが弱かった。
しかし、歌番組なら単発単発でも構成上はなんら問題が無いわけです。
それでも、流行歌番組として歌の鮮度が落ちるという問題が有ったかと思いますが、
その辺はおっとりした時代だったので、あまり問題にしなかったんでしょう。

スターを一挙に集めた一時間の歌謡ショーというのは初めての試みで、
音事協、音楽事業協会よりクレームがついたと言います。
曰く、たくさんの人気歌手を公開ホールで無料で見せられたのでは、
歌手の地方公演に客が入らなくなるというものでした。
そこで、番組中に新人コーナーを設け、
各社新人を持ち回りで出演させる事で納得させたと言います。
野球などのスポーツ中継でもこのような論調はテレビ初期に信じられていましたが、
実際にはテレビで名を売る宣伝効果の方がはるかに大きい事は、その後に実証されています。
関連記事


◆◆ 関連記事 ◆◆

Loading...

[猫カフェ]futaha



この記事を読んでくださった方へ

この記事を読んだよ~という方、できれば下のコメント欄からコメント下さい。
ご自身の想い出、この記事への感想、情報、なんでも結構です。
記事や最終コメントの日付は関係ありません。
あなたのコメントがこの記事に再びの息吹を下さるのです。
トラックバック受付アドレスは、コメント欄の下にあります。
コメント
この記事へ寄せられたコメント
トップテンシリーズの源流番組?
テレビ欄の本を見る限りでは
大体、3年と短い期間だった様ですね。

ホールでの公開方式と新人紹介など
後のNTV紅白歌のベストテンに始まる
トップテンシリーズの形式と
似ている部分があるので

百万ドルの饗宴が源流番組と言っても
過言ではないでしょう(笑)

2010/02/22(月) 15:34:36 | URL | テレビマニアな30代
そうですね。
紅白歌のベストテンの前身みたいな番組と言えるでしょう。
2010/02/22(月) 21:11:02 | URL | ごいんきょ
トップ・ライト
私自身、この番組の記憶はありませんが、これがトップ・ライトにとってテレビ初司会だったとは驚きでした。
彼等は当初、青空トップ・ライトを名乗っていましたが、コロムビアレコードの専属となったことから、屋号もコロムビアと改めた、とは有名な話です。漫才師としての活動の一方で、コロムビアの歌謡ショーで司会を担当、これが評判だったことから後にテレビ司会者としても活躍するようになりました。
しかし、そのテレビ司会者デビューの番組が、各レコード会社の歌手が一同に集まる歌番組だったとは、コロムビアレコードもよく許可したものだと思います。

ライト氏の訃報に接し、ふと思い出しました。
2010/11/01(月) 12:22:56 | URL | うみがめ
ワタクシは逆に、他のレコード会社がよく納得したなと思うんですよね。
コロムビアが中心みたいになりますよね。
やはり、日本最初のレコード会社が中心になるという事で、
みんながまとまったと考えられます。
2010/11/23(火) 18:42:00 | URL | ごいんきょ
↑
コメントを投稿する
HP
アドレス:
コメント:
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック
↑
レンタルCGI
管理者用
ブログパーツ