私的 昭和テレビ大全集
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にっぽんの歌 (1982)

該当番組画像募集
1970年代、NETで加東大介司会の『にっぽんの歌』という番組が有って、
これは毎週欠かさず我が家では見ておりました。
これについては、またその番組をやる時に詳しく語るとしまして、
月曜夜は、9時から、その『にっぽんの歌』で、親に付き合って
いわゆる懐メロを自然と覚え込まされ、10時からは夜ヒットで最新歌謡を堪能する。
そんな新旧歌謡曲三昧な、寝床の中の一家団欒でありました。
我が家は父親が肉体労働をしていたからでしょう、9時には床延べしておりました。
そして11時頃まで横になりながらテレビを楽しみ、翌日に備えていたわけです。

しかし、いつの間にやら『にっぽんの歌』を見なくなっておりました。
ワタクシは元々、親が見ていたから自然と見ていただけであって、
好きで見ていたわけでもないので、自然と意識から消滅しておりました。
我が家の視聴習慣が変化したのか、最終回まで見ていたのに覚えていないか、
理由は判然としませんが、とにかくワタクシの意識から消えていた、
あの『にっぽんの歌』が、ふと気付くと、
いつの間にやらテレビ東京に来ているではありませんか。

サッパリわけがわからない?
時間は確かに月曜夜9時。番組名は『にっぽんの歌』。
されど局は12チャンネルだし、司会も替わっている感じ。
これは別番組なのか? それとも、あの『にっぽんの歌』なのか?
実を言いますと、この疑問は今でも解けていないのです(笑)。
だって、局を跨いで継続する番組は、幾つも例が有りますからね。
ただ、この頃はそんな知識も有りませんし、本当に狐につままれた思いでした。
あれって終わってなかったのか? それとも別の番組なのか?

そんなテレビ東京版を司会していたのは、歌謡司会この人ありという、玉置宏。
彼の名調子に載せて歌うは、当代の人気実力派歌手たちで、
旧にっぽんの歌のような、露骨な懐メロ歌手ではありませんでした。
彼らが持ち歌や、時には名曲を、例の玉置の口上に導かれて歌うという内容でした。
当時、既に歌番組はランキング番組全盛で、売れれば勝ち、
売れた曲こそ視聴者が聴きたい曲という感じになっていましたけど、
この番組はそんな流れの防波堤のような役割で、
きちんとした『にっぽんの歌』も電波に乗せ続けるという意思を感じました。

7月には『夏祭り・にっぽんの歌』、大晦日には『年忘れ・にっぽんの歌』と題し、
この時には全てが懐メロで構成されて、些か年を召した実力派オリジナル歌手が
ずらり勢揃いするという、まさに歌謡曲の祭典として、今にまで至っております。
近年では、いわゆる『にっぽんの歌』を歌っていた世代がリタイアの年代となり、
ポップス調のヒット曲を歌う歌手がグンと増えてきました。
それも時勢と言いますか、それもまた日本の「歌謡曲」と言いますか。
どのような「歌謡曲」、歌謡曲歌手にも等しく接し、
変わらぬ名調子で支え続けた玉置の技量と人柄抜きに、この番組を…
いやさ、日本の歌謡番組を語る事など、できるものではありません。
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懐メロ番組の定番
懐メロ番組と言えば、かつては軍歌・戦時歌謡を紹介するコーナーが定番でした。NET版にっぽんの歌でも、いつだったか村田英雄・三橋美智也・田端義夫の3氏が軍歌・戦時歌謡を歌いまくるという企画がありました。特に他局の歌番組では余り紹介されたことのない、埋もれた名曲にもスポットを当てていたのが印象的でした。
夏祭り・年忘れにっぽんの歌でも、この手の歌を取り上げるコーナーが以前は必ずありましたね。

その軍歌も、よくよく聴いていると、戦意高揚を目的とした如何にも勇ましい曲よりも、短調で書かれた悲壮感漂う曲が多いことに気付きます。
例えば、「父よあなたは強かった」という歌は、召集令状により戦地に赴き、敵軍の攻撃の中じっと耐え忍び、そして名誉の戦死を遂げた父を褒め称える内容の歌です。
中には戦地から生還した人もいたでしょうが、いずれにせよ、「お国の為」と言われれば、それに従うしかなかった民衆の思いが反映された歌だと思います。そして言外に「もう誰も二度とこんな辛い目には合わせまい」という気持ちも込められていたのではないかと思います。
「日本の軍歌は逆説的な反戦歌だ」という説も頷けます。

こうした歌こそ、あの時代への反省とともに記憶にとどめるべき歌ではないかと思います。
2010/08/16(月) 23:30:17 | URL | うみがめ
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