私的 昭和テレビ大全集
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それは私です (1960)

該当番組画像募集
既述の『ほんものは誰だ!』は、NHKがスタンダードにしたこの番組を、
民放である日本テレビが取り入れたものでした。
日テレはこの他、『ジェスチャー』『私の秘密』などのNHK制作番組も、
『スターアクション』『特ダネ登場!?』としてリメイク。
アメリカの番組もよく輸入したりパクッたりしてましたし、
70年代まではスポーツ中継に甘えて、独自番組が弱かった局でした。

本家のこの番組は、まずタイトル表示が真ん中から横に二等分され、
少しずつ中央部が開いていって出演者がいる壇上が表れてきて、
上部に「それは」、中央に出演者風景、下部に「私です」と表示される、
当時のタイトル描写としては少し凝った形となってました。
司会は後に『連想ゲーム』の顔となる、野村泰治。
末期には初見弘がやっておりました。

内容は、ちょっと人より抜きん出た経歴を持つ一般人が紹介されるものですが、
登場する時は3人が同時に現れ、それぞれが「なんのたれべえです」
「なんのたれべえです」「なんのたれべえです」と、同じ名を名乗って自己紹介。
「何々をするなんのたれべえ。それは私です」と問題がスタートし、
彼らに解答者側4人が制限時間内で様々な質問をぶつけ、
中から本物のなんのたれべえさんを当てるという番組でした。

解答者は、山本嘉次郎、安西愛子、池辺良の固定三人にゲスト一人。
彼らが3人に質問をぶつけるわけですけど、本物は嘘をついてはいけないし、
偽物はとにかく解答者を騙さなければいけない。
けれども専門的な質問となると、偽物はまず答えられないわけですから、
本物はそういう質問にもあまりスラスラ答えるとマズイし、
偽物は瞬間的に上手くやり過ごす回答を考えなければならず、
その辺の駆け引きが見所、笑い所でした。


それにしても昭和30年代の番組を見ていると、なんと日本語が丁寧なのだろうと思います。
冒頭に野村が発する言葉が、「どうぞ楽しんで下さいまし」。
その他でも視聴者に行動を促す時には、「~下さいませ」と言っておりますが、
たしかにあの頃、街中でもいわゆる公共の場ではこうした言葉遣いが聞かれましたし、
テレビの中でも、昭和30年代はドラマやバラエティーすら含めて、
きちんとした日本語を使わなければいけないという圧力が有ったものでした。
そうした圧力を受けながら、結果としてバランスを取って番組制作されていけば良いわけです。

70年代に入りテレビもカラー化されると、映像も言葉もドギツクなり、
特に関西系の喜劇・お笑いなどで、「ええかげんにさらせよボケカス」
などの言葉が当たり前のように飛び交い、我々子供達の間でも浸透していきます。
そして今ではもう、正常な日本語だけが使われる番組は、ほぼ絶滅状態でしょう。
この当時の番組を見ると、若いスポーツ選手の服装や言葉遣いを一人一人攻撃するより、
もっと影響力の強いものを窘める事が必要なんじゃないかなと思わされます。
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この記事へ寄せられたコメント
「それは秘密です」も
日テレには、「それは秘密です」という、タイトルを「それは私です」から、内容を「私の秘密」からパクったような番組もありましたね。

実際、「それは秘密です」が放送されていた頃、よく、「それは私です」と言い間違える人がいました。

それはそうと、桂小金治は、「アフタヌーンショー」と「それは秘密です」で、噺家というより司会者のイメージが強くなりました。
2010/02/22(月) 23:12:24 | URL | 10000k
『それは私です』+『私の秘密』=『それは秘密です』
簡単なパクリの方程式ですよね(笑)。
実際、この頃のお父さんお母さんには、覚えやすくイメージし易いタイトルだったでしょう。
2010/02/22(月) 23:26:55 | URL | ごいんきょ
地方収録?
うなぎ職人は誰か当てる。の回に、母の実家の近所のお兄さんが浜松では有名な○○亭に勤務していて本物=正解で出演しました。このお兄さん、軽い知的障害があり、うなぎを扱わせたら右に出るものなしだったそうですが読み書き含めて会話もおぼつかない人だったとのことで、回答者を見事に欺いて番組を盛り上げたそうです。当時もテレビ(特にNHK)の威力は凄くてお店は連日大盛況、事情を知らない人たちから縁談や独立開業の話が多数寄せられたそうです。ただお兄さん(のまわりの人か)はそんな騒動には一切耳を貸さず黙々とうなぎを焼き続けたそうです。そして数年後二十代の若さで病に倒れてこの世を去ったそうです。山下清さんではありませんが、昔はこういう人も居場所があったんですね。ここで本題ですがこの時は浜松収録だったとか?私、リアルタイムでこの番組を見た事がないので普段はどうなのかもわかりませんが。時には地方収録もあったんでしょうか?御教示下さい。話が大きく脱線してしまってすいませんでした。いつもながら動画やウィキでは確認していません。あしからず。
2012/09/30(日) 08:59:25 | URL | とらお
うーん、途中まではとても貴重で良い逸話と拝見していたのに、
最後で切なくなってしまいました(苦笑)。
さすがに、一回一回覚えている人はいないでしょうけどねえ。
しかも、バリバリに見ていた人たちも、少なくなってるだろうし。
ただ、技術的な事とかいろいろ考えると、その方が渋谷まで来られたんじゃないでしょうか。
2012/09/30(日) 22:01:18 | URL | ごいんきょ
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