私的 昭和テレビ大全集
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ドバドバ大爆弾 (1979)

該当番組画像募集
タコ 昼寝してた
ネコ来て ネコ足食べた
タコ 気がついた~~
ネコォ逃げた~
タコ追いかけようとした
あ~し~ 無かった
チャリンコ コギコギ 大騒ぎ
オート ブイブイ 大騒ぎ
シャコターン ブーブー そりゃもーう大騒ぎ
「さわぎ子ちゃん」
タコタコブチブチ ベベベでドドッドド
タコタコブチブチ ベベベでドドッドド
ビートに弾んで (ターンタ タタタタ~)
こんなもんでどうかしら (ターンタ タタタタ~)
こーんなもんで どうかしら (ターンタ タタタタ タラララ~)


これ、なんと生放送だったと言うんですよね。
ワタクシ、当時まさかあれが生だとはまったく意識しないで見てました。
あんなハチャメチャな番組が生だったなんて(苦笑)。
司会はポッと出、所ジョージ。
彼が声を枯らし枯らし歌いしゃべるのですが、凄く聞き取りづらくて、
なんでこんなのが司会なんて出来てるんだろうと、物凄く不思議に思ってました。

OPは彼の持ち歌『DoDoDo』なんですけど、毎回毎回その場で歌うので、
声が枯れてて何を言ってるのかまったくわからず(苦笑)、
最後の「こーんなもんで、どうかしら~」を2回繰り返して歌うのだけは、
毎回なんとかわかったんですけどね(笑)。
後に懐かしのお菓子ドンパッチのCMソングでも、その部分が流れてました。

彼の他に応援団としてコント百連発の二人が出ていて、
轟二郎は『びっくり日本新記録』で三浦康一名義で活躍していて不思議に思ってましたし、
水島びんの方は後に、相方を替えて『コント アッパー8』としても活動しました。
百連発は『お笑いスター誕生!』で7週目までしか行けなかったので、
アッパー8という名前にしたのですね。

この二人が要所要所で空騒ぎして無駄に番組を賑やかす役どころ(笑)。
とにかく司会の所とこの二人がやたら大声を張り上げていた番組という印象で、
良く言えば若さがドンパッチのように弾けていた番組ですし、悪く言えば、
12チャンネルでなければ流せない、ド素人たちによる電波垂れ流しでした(笑)。

内容は、まったくの素人が持ちネタを披露し、それに5人の審査員が一人20点満点、
合計100点満点で採点し、点数かける1万円の賞金獲得を目指しゲームに挑戦するもの。
素人は二人一組で、OP音楽最後の「ターンタタタタタ~ ターンタタタタタ~
ターンタタタタタ~ ターンタ タタタタ タラララ~」というブリッジに乗った
淡々としたナレーションで紹介されながら、舞台中央階段を下りてステージ上へ。

この紹介が、司会・応援団コンビと対照的な声の張りの無さで逆に聞き取りづらく、
隅から隅まで聞き取りづらい、完全に勢いだけでやっていた番組でした(笑)。
テレビ探偵団などでも取り上げられましたけど、素人時代の野沢直子とか
とんねるずが出演した事も有って、画質は悪いですが映像も残されています。

こうした連中が物凄くくだらないコントやモノマネ、一発芸などを披露するのですが、
まあ本当にくだらないものがほとんどでしたね(苦笑)。
それでも審査員長の近江俊郎は、真面目にというか普通の評論をしていて、
審査員の人たちはなんと優しい人たちなんだろうなあと見てました。

一通りコメントが終わると採点で、所が「審査員の皆さん、この芸いくらで、
買う子ちゃん」と、両手を頭上でC字型にして両人差し指で合図。
「買う子ちゃん」が聞きようでは「カワイコちゃん」とも聞こえるのです。
どうでもいいと言えばどうでもいい事ですが(笑)。

その入力中にはコント百連発の二人が、「百万円! 百万円! うぉ~~~~!」
と会場と共に煽り立てるのですが、百点が出たのは非常に稀でしたね。
でも、何度か見たこと有る気はします。
どんなにくだらないネタでも結果的に50点、50万円を下回る事はまず無くて、
普通に70万とか80万の金を獲得するために、次のゲームに進んでいました。

出演する素人は、こんな番組ですからほとんどが中高大学生。
それが70万80万の金を目指すというのは物凄く羨ましかったですけど、
やはり批判も有ったようで、今でこそ好感タレントの所も、この当時は叩かれ側でした。
ま、お笑いタレントなら誰でも若い頃はくぐるトンネルなのですが。

そしていよいよ、賞金を獲得する為のゲームに挑戦。
ゲームは電光ルーレットで決められるのですが、この辺が非常に怪しくて、
裏でいくらでも操作できるだろうと見てましたし、実際やっていたんじゃないかな。
高額賞金獲得が続いたら、難しめのゲームをよく出すとか(笑)。
ゲームはいろいろ有りましたけど、幾つか定番ゲームというのが有りました。

一番記憶に残っているのが、トイレットペーパーを完全に剥いて芯を取り出す
「グルグル芯出し」で、たしか野沢直子が挑戦したのもこれだったかと。
あのゲームも勿体ないと批判の対象でしたっけ。実際そうですけどね。
家で子供がマネして困った家も多そうです(笑)。

こうしたゲームに一人が挑戦している間、もう一人の頭上では風船が膨らみ続け、
割れそうになると大声で相方を呼んで萎ませるという、
その昔のNHK『危険信号』を再現したようなものでした。
制限時間内に終わらなかったり、風船が割れるとゲームオーバー。

見事に時間内に課題をクリアすれば、先の賞金を貰えるのですが、
1回の放送で複数組の成功が出た時などは、なんか凄い感じがしました。
同時に、そんな一気に大金を吐き出して、12チャンネルのくせに大丈夫か?
なんて、要らぬ心配もしたくなりました(笑)。

前から何度か書いているように、東京12チャンネルとは悲しい宿命を背負った局で、
この局の番組を成功させて飛躍したタレントも少なくないのですが、
彼らが成功してよりビッグなタレントになっていくと、
そのギャラを工面するのに四苦八苦するようになり、
結果的に、彼らの姿を12チャンネルで見る事ができなくなってしまったのでした。

ワタクシは、この事は子供の頃からけっこう気になっていて、
どうして恩ある局に成功してからも出てやらないんだろうと、義憤を感じてました。
まあ、これも要らぬお世話なのですが(笑)。
所ジョージも、この番組を足掛かりにどんどんビッグになっていき、
一時は12チャンネルで彼の顔を見る事が無くなっていったかと思います。
テレビ東京となって、ネット局もわずかずつ増えてからは、
少しずつ12チャンネルも力を付けてきて、今ではそんなジンクスも無いですけどね。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
この番組はオフィストゥーワンの制作だったようです。
この番組のスタッフの一員に落語家の桂竹丸がいて、彼によれば番組開始当初は出演申し込みハガキが少なかったので自分の友達をオーディションに紹介していたとのことです。
その中にはアマチュア時代の山田邦子、春風亭昇太、バブルガムブラザーズのブラザー・コン、現フジテレビアナウンサーの牧原俊幸らが居たそうです。
ちなみに昇太師匠は76万獲得し仲間と川崎の○俗店に行ったそうです。
2010/02/23(火) 20:04:44 | URL | はじめまして改めナベチン
ハロプロは今やテレ東専門
かつての東京12チャンネルに、そんなジンクスがあるとは初めて知りました。

テレ東が育てたスターといえば、最近ではモーニング娘。はその最たるものでしょう。

12chが育てたスターは、その後12chを忘れるなどというジンクスを吹き飛ばすかのように、モーニング娘。(というよりハロプロ全体)、および師匠のつんく♂は、テレ東を忘れないで出続けているのは立派です。

でも、今や、テレ東を忘れないというより、テレ東しかお呼びがかからなくなったかのようになってしまったのは、ある種の淋しさ感じてしまいます。
2010/02/23(火) 22:07:17 | URL | 10000k
● ナベチンさん
これがプロ集団、オフィストゥワンの制作だったとは!(笑)
邦子さんも出てましたっけ。それは見た記憶が無いなあ。
それにしても詳しいお話ありがとうございます。
川崎ですか。本場ですよね(笑)。


● 10000kさん
そうでしょう?
だって、ワタクシが唱え始めたんですから(笑)。
ただ、『テレビ番外地』というテレ東関係者の著作で、
同趣旨の事がその後に書かれましたので、
局内でも忸怩たる思いは昔から有ったのは間違いないですね。

つんくさんは、小室哲哉さんと共に、平成初期のテレビを盛り上げてくれてましたよ。
二人とも、昭和時代のテレビ音楽家のようにテレビと接してくれていて、貴重な存在と思ってました。
2010/02/24(水) 01:45:23 | URL | (ハンドル未記入)
すいません、昨日のコメントはかつて白夜書房から発刊されていた季刊誌「笑芸人」2000年秋号の中の「お笑いテレビ東京大研究」のドバドバ…の紹介コメントから抜粋させていただきました。
この番組の演出は「日企」の当時の社長さんで、竹丸師は当時その社長の下で勉強していたので番組スタッフに参加したようです。
ちなみに私はこの番組を観たことが有りません。
2010/02/24(水) 21:18:00 | URL | ナベチン
ドバドバ大爆弾懐かしい
初めまして。懐かしい記事を見たので
つい書き込んでしまいました。

当時東京12チャンネルは系列局が
なかったから地方のU局で12チャンの番組は拝見しました。地元では
テレビ和歌山で火曜夜8時からだったと記憶しています。
昭和54年ごろだったでしょうか。
素人が出てきてモノマネやら漫才やら、正直あまり珠玉の芸とはいえない
(忘年会やおたのしみ会レベル)芸を披露して7~80万の賞金が獲得できる、というのは当時的にも相当太っ腹だったように思います。
覚えているチャレンジゲームは、名前は失念しましたがストラックアウトの元祖のような障子をゴムボールで全部ぶち抜くゲームや、箱馬にまたがってまたがりジャンプしながら規定のコースを時間内に往復する「人間ダービー」が印象的です。特にこの「人間ダービー」は難易度が高く、これで成功した人は殆どいなかったと思いますが。
最後に所さんの「♪朝ぼらけ 朝ぼらけ~」という歌が流れてエンドロールだったと記憶していますが、これは番組終期のころでしたでしょうか。
とにこかくにも懐かしい番組です。
2010/03/09(火) 01:00:08 | URL | mvunit
グルグル芯出しはトイレットペーパ
ーではなく、ビニール巻きだった
そうですよ。
もしかしたら勿体無い批判の後で
ビニール巻きに変わったのかも
しれませんが。
2011/07/07(木) 14:35:51 | URL | (ハンドル未記入)
● ナベチンさん
そうでしたか。助かりました。
ワタクシも買ったはずなんですけどね。
買い逃しちゃったかな。


● mvunitさん
はじめまして。
テレビ和歌山でやってたんですか。
難易度高いゲームありましたよね。
名前は思い出せませんが。
EDは盲点だったな。おそらくチャンネル替えていたので覚えてないですね。


● 未記入さん
たしかに非難は有ったので、後年そうなったんでしょうね。
2011/07/14(木) 23:42:13 | URL | ごいんきょ
さーあー、ひゃっくまんえん
12チャンネルならではのくだらなさで毎週楽しみに観ていました。

審査員では福富太郎氏が出てましたが、何者なんだろうと思ってました。
晩年の林家三平さんもよく出ていました。

出場者の芸で、今でもなぜか覚えているのは田舎のツッパリという風情の二人組によるスニーカーぶるーすの替え歌。相当くだらない。
「ペアでそろえた地下足袋~ 田んぼの中を駆け抜け~ 出稼ぎ時の冬が来る~」

番組の末期にはあまり高い点数は出ていなくて50万もいかないことが結構あったんじゃないかな。

賞金は舞台上に金庫が用意されて(警備員が二人脇に立っている)、銀行員風の女性が現金を数えて渡していました。
2012/09/30(日) 01:39:28 | URL | u-maa
あー、いたなあ、キャバレー王(笑)。
福富さんは、なんというか12チャンネルに出るとハマる存在でした(笑)。

三平さん出てましたっけ。
後期はわりと12チャンネルによく出てましたもんね。
凸凹大学校で、カメラが映すといちいちおどけた表情をして、
凄くサービス精神の有る人なんだなあと感じ入りましたけど。
そんな所作がまったく目障りに感じないのは、人徳だったと言う他ありません。

たしかに相当くだらない。
しかし、そんなものほど深く脳に刻まれているというのもわかります(笑)。
げに人間の脳というのは捉えきれない。

賞金、その場で渡してましたっけ。
うわー、何故かそれは忘れてしまっている。
2012/09/30(日) 21:45:46 | URL | ごいんきょ
待て待て、大事なことを忘れてるゾ!
審査員の中に、在りし日の清水クー
コも居たんだぜ!
と、大事なことはこれではなく、素人挑戦者が目出度く賞金をゲットし
た後、必ずユニセフかどっかのちゃんと素性のシッカリした慈善団体に
獲得賞金からいくらかを寄付してい
たんだゾ!
しかも当初は賞金は現ナマだったけ
ど、途中から小切手に変わったりもして。
2013/03/04(月) 00:47:33 | URL | ロイロイ
あー、クーコさんいたかも。
寄付してましたっけ。
なんか、この番組らしくないけど、それだけ風当たりも強かったんでしょうね。
2013/03/04(月) 02:22:56 | URL | ごいんきょ
♪今日はみんなで朝ぼらけ
はじめまして。
楽しく拝見させていただいています。

今更4年前の記事のコメントで恐縮ですが、「ドバドバ大爆弾」のEDテーマ曲について。
番組内では「みんなで朝ぼらけ」と言っていたと記憶しています。(「みんなで」のテロップは「皆んなで」になっていたかも)
このタイトルではレコード化されておらず、後に歌詞を一部変更して「レゲエ・イン・ザ・モーニング」というタイトルでシングル化(「ご心配なく」のB面)されています。
「レゲエ~」の2番の途中に
♪どこかで聞いたような朝ぼらけ
とあり、その「どこか」は言うまでもなくこの番組です。
2014/02/09(日) 15:03:04 | URL | 成田無頼庵
はじめまして。
いやいや。ここでは全てのスレが現役ですので。
皆様のコメントで、新たな息吹が宿るのです。

うわー、EDテーマに関しては、完全に頭から消えてました。
言われてみれば、なんだか地味な歌を歌ってた気が。
でも、やっぱり聞きづらかったんですよね(笑)。
非常に貴重な情報をありがとうございました。
2014/02/10(月) 01:29:51 | URL | ごいんきょ
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