私的 昭和テレビ大全集
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裏番組をぶっとばせ! (1969)

該当番組画像募集

さすがに震災直後は、被災されていない皆さんもこんなサイトどころじゃなかったのでしょうが、
カウンターの動きを見るにつけ、少しずつ平静を取り戻しつつありそうですね。
被害が甚大だった地域の皆さんも、一日も早くこんな場所が覗ける日が来ますよう願いつつ、
当ブログも本来の姿を取り戻しているのを証明できそうな、今回の番組です。


裏番組って言葉は、この番組から始まりました。
勿論、ギョーカイ人様方はその以前からお使いあそばしてたでしょうが。
この番組ではコント55号は本来の活躍ぶりではなく、
完全に番組の一つのコマとなっていましたね、いま考えると。
しかしそれ故か、他のどの番組よりも二郎さんが活き活きやっていたようにも思うのです。
まあ、単に相手タレントが脱いでいくのが楽しかったのかもしれませんが(笑)。

そんなメインのコーナーは、焦らすように最後の最後でした。
本当に、本当に焦らされたのをよく覚えております(笑)。
近年、例の放送ライブラリーで現存映像を見ましたところ、
野末珍平センセイが講師となってわけわからん蘊蓄をたれるコーナーや、
京唄子と鳳啓助が指導する、股旅ものコントコーナーなどが有っての後でした。
チンペイ先生は当時、いろんな番組であんなキャラだった記憶で、
それも有って、そんなコーナーが有った事はすっかり忘れておりました。

唄子啓助に至っては、見てもあんまり思い出せない(笑)。
そう言えば有ったかなあぐらいの感覚しか蘇りません。
言ってしまえば、この番組は、番組最後の野球拳こそが全てだったのです(笑)。
比率としては、野球拳が99.5%で、残りがその他と言った感じでしょうか。
いいや。もっと言えば、99.999%くらいだったのかもしれない。
ワタクシはともかく、ゲスな連中にはね(笑)。

タイトルで言っている裏番組とは、当時は絶大な権勢を誇っていたNHKが、
局の威信を賭けていた看板枠、大河ドラマ。
しかしそちらは45分放送で、当番組の目玉・野球拳は番組最後のコーナーだから、
大河が終わってからでも急いでチャンネルを替えれば、間に合っていたと思うんですね。
我が家は大河ドラマを見る習慣が有りませんでしたが。
この辺は、やはり最後のブレーキと言いますか、お色気っぽいコーナーは
なるべく遅い時間にという、最後の最後の配慮も有ったんでしょう。
それでも、8時台にあれだけのお色気路線というのは、当時としては出色でした。
おかげで、まだ子供だったワタクシも完全に堪能できた次第です。

そうなんですよ。
まだまだ子供だったんですよね。
それなのに、この番組では異常にコーフンしたなあ。
いや、こんな噴飯番組、けしからんとね(笑)。
途中のコーナーなんかどうでもよくて、直前のコーナーが終わってCMに入ると、
大袈裟でなく、血湧き肉躍る感覚になってね。
早くCM明けろ、早くCM終われと。戦場を前にした坂東武者の心持ちですよ(笑)。

CMが明けてからも結構焦らされた気がするなあ。
55号が出てきていろんな説明したりね。
チャリティーがどうたら、どうでもいいわけですよ(笑)。
とにかくとっとと始めろと。
必死ですよ(笑)。
勿論、家族も眼前におりますから、すべては心中ですが。
顔は平静。
俺はこんなもの些かも興味ないぜ。
こんなくだらん番組に付き合わされて嫌だなあ。くらいの表情を意識します。
いや、本心だったのですがね。本心(笑)。

そうしていよいよ、♪ タタタタタタ と野球拳のイントロが鳴り出すと、
大袈裟でなくアドレナリン全放出。
合戦場での坂東武者でもかくありなん。
往時の人が読んだら首とられかねない描写ですが(苦笑)、
まあそのくらいにワクワクしていたという事です。
まだまだ小さな男の子と言って良い年齢だったワタクシも、
すっかりその時には男になっておりましたしね。

うーむ… 真底、侮露愚。
まだ非常事態が過ぎ去ったわけでもないのに、完璧に侮露愚(苦笑)。
でもまあ、この侮露愚は一視聴者が、実際にどのように番組と接していたかを残すのが
第一目的と言えるものですので、赤裸々な部分も多くなります。
滅私の文化の語り部、それがワタクシです。

実際、いつもは歌を歌っている可愛い、綺麗なタレントさん達が、
眼前で一枚一枚着衣をはだけていくのを見せられては、
免疫の無かった頃といたしましては、もう、カチンカチンにならざるをえませんでした。
緊張でね(笑)。
なんでそのようになるのかわからず、ちょっと痛いくらいになるのが鬱陶しいような思いでした。
当時は鎮め方なんてわかりませんから(笑)。
いやあ。
この番組を記述すると、絶対にこんな感じになるなと、今まで自重してたんですがね。
カピバラさんあたりには喜んで戴けてるかもしれませんが(笑)。

♪ タラタタター タ タラタタター タータタ タタタタ タラツカター
とバンドが演奏する中、55号と女性タレントが意味無く踊る様は日テレのお家芸。
歌って踊って大合戦、アベック歌合戦、マチャアキのがんばれ9時まで等々、
なぜ日テレは、ああも意味無く踊らせたがったのだろう(苦笑)。
♪ アウト、セーフ、ヨヨイのヨイと二郎さんと女性タレントがジャンケンをし、
負けた方が身につけている物を一つ外すという単純なルール。
最初は腕時計だの、ネックレスだのからなんですよね。
罵倒しまくりですよ。「早く脱げ!」と。
心中でね(笑)。

そうしてタレントが脱いだものを籠に入れ、二郎さんがそれ持って会場を回って競りに掛けるんですね。
500円とかで女性タレントがそれまで身に付けていた物や服を買えるんですよ。
今じゃ考えられないじゃないですか。
あの時も、意味無く羨ましかったのは何故なんだろう。
カチンカチンもそうですけど、どうする術も持っていない年齢でしたが、
それでもああした状態に心身ともなるというのは、生物学的にどんな理由が有るのか不思議です。

双方だんだんと薄着になっていき、二郎さんは普通に下着になってましたけど、
女性タレントは流石に服を脱ぐ時は、専用の脱衣場で脱ぐんですけどね。
これまた日テレのお家芸。スーパージョッキーなどでも有りました。
日本テレビって、フジ以上に低俗テレビ局だったのかもしれないです。
そこで例えに出されるフジもどうなんだって話ですが(笑)、
上には上の12チャンネルが有りますしね。
下には下って言うのかな(笑)。

で、そういう状態になると大抵のタレントはギブアップしてましたけど、
中にはスリップ姿とかになる人もいて、その時は本当にカチンカチンになりました。
緊張で(苦笑)。
それも脱いで下着かなと思うと、水着だったとは思いますが、
それでも当時としては破格の刺激でした。
親父も取り澄まして見てましたが、けっこう緊張していたんじゃないでしょうか(笑)。

あー。
しかしつくづく、こういう稿は書いていても楽しいし、
後から読み返しても自分で大笑いできて、面白いんですよね。
文化人類学的に(笑)。
こうやって書いていても、あの音楽が頭の中で鳴り響き、
楽しげに踊り、活き活きと着替えを実況し、会場に競りをかける二郎さんの姿がまざまざ甦ります。
萩本欽一があまり乗り気でないのは番組中のノリでもよく出てましたし、
この番組はコント55号番組の中では、傑出して坂上二郎の印象だけが強い番組でした。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
強烈な印象
我が家では殆ど観ていなかった番組なのにいくつか記憶に残っていることがあるのは、やはり野球拳が強烈な印象だったからでしょうか。

二郎さんがジャンケンのとき、後出しみたいにちょっとズルをすることがあった気がします。
女性タレントさんが抗議しても聞いてもらえず可哀想でなりませんでした。
会場は盛り上がっているのに、観ていて本気で可哀想と思ってしまい、とても笑う気にはなりませんでした。

それから、小川知子さんだったと思うのですが、脱衣場に入らなくてよいと言って、ミニスカートをその場で下ろして大騒ぎになっていました。
ショートパンツのセパレートの水着を着ていたのですが、びっくりしました。
2011/03/21(月) 21:26:49 | URL | モデラート
この番組は昔のバラエティー特集とか15年位前に大晦日に放送したダウンタウンのリメイク版位でしか観たことがありませんが
欽ちゃんが気乗りしてなかったのは当時のプロデューサーに「俺の言う通りにすれば視聴率は上がる」とか言われたかららしいとWikipediaに記されていました。
更には欽ちゃんがのちに野球拳発祥の地松山へ行った際に、全国の人に誤った形で野球拳を広めてしまい地元の人々に謝罪したともWikipediaに記されていました。
あと、坂上二郎さんが私が子供の頃何故かウチの田舎の地酒のCMに出演していたことがありました。当時既に大スターだった二郎さんを起用出来るとはスゲーなぁと子供心に思ってました。
二郎さんがあの素晴らしい歌唱力で「この酒を売れば商売繁盛」みたいなCMソングを歌う30秒バージョンもあれば、田舎のCMの象徴である5秒静止画バージョンでは、にっこりドアップの二郎さんが一升瓶を持って「僕も呑んでます!」という二郎さんのナレーションが入るバージョンが存在しました。
2011/03/21(月) 22:28:10 | URL | ナベチン
二郎さん
 コントではイジメられ役の二郎さんが水を得た魚のようにというか、別の一面を見る思いだったのを覚えています。体をゆすりながら指ヒラヒラの踊りは、学校でみんな真似しましたね。
 日吉ミミはブラまで外しました。脱衣室からバスタオルを巻いて出て来た姿に、私の場合は胴震いが止まりませんでした。あのブラは幾らだったでしょうか。千円という記憶があるんですが、安すぎるような気もします。
 記憶の捏造かも知れませんが、バスタオル姿でさらにジャンケンして負け、泣いてしまったのが脳裡に焼きついています。

 下には下の12チャンネル、しかも時代が下ってノーパン喫茶ブームの頃。なんとかスペシャルで、ノーパン喫茶(みたいな店)の中での「脱いだ服オークション」を放送していました。脱ぐのは店の従業員で、服を売ったお金も店の収益でしたから欽ちゃん二郎さんとは根本的に違いますし、だいいち踊りも無しでしたが、本能的に (^^) 野球拳と結びつきました。
 脱いだ服(特に最後の一枚)を見せる場面は「テレビに映していいの?・・・」という物でした。
2011/03/21(月) 23:57:20 | URL | あぶもんもん
歴史的 お笑いタレント
坂上二郎さん ご冥福を お祈りします。コント55号を知らない世代の私です。どちらかというと ドリフ
欽ドン 世代かなぁ
野球拳は 少し 覚えています。
女の子 かわいそうです。
昔 二郎さんに お会いしたことがある僕です。飛びます 飛びますを知らない世代の僕です。
2011/03/22(火) 20:04:40 | URL | ジャニーズ星人&孤児レディ&村石太マン
これを書ける年代は
だいたい,こういうメンバーなんですね。
あのドラム,最初のたたたた たたたた,で鳴り物が入る。山本リンダだったかな,やはりぶりっこで,小さいカーテンの中で着替えて,スリップになってたっけ。この番組,スカートをちょきちょき切られる,あの番組と同じように,思い出されるにゃ・・・。篠ヒロコなんかは,きれいな脚だった記憶だにゃ・・・。
2011/03/22(火) 20:11:42 | URL | いくちゃん
● モデラートさん
後出し、有りましたね。拍手喝采しました(笑)。
今考えると、その手のタレントさんが相手の時に使われた裏技なのではないかと。
小川知子さんも忘れられないですね。
そのシーンは強烈な印象ですので、なんとなく思い出します。


● ナベチンさん
ダウンタウンは欽ちゃん寄りですから、そういう企画をしたんでしょう。
Wikipediaの記述は読みましたが、原典を読んでませんのでなんとも言えません。
愛媛・松山は野球のメッカであり、野球拳発祥の地でもあるのですね。
ちなみに「野球」という言葉が、元々は正岡子規の本名に由来する事は、
野球マニアなら抑えておきたい知識です。野球の母なる地は愛媛・松山なのですね。
お酒、これですかね? 二郎さんとの繋がりがよくわかりませんが。
http://www.nishinomon-yoshinoya.com/SHOP/2363.html


● あぶさん
そうそう。指をひらひらね(笑)。
日吉ミミさんもなんとなく覚えてるなあ。
ブラを外したかどうかまではわかりませんが。
シミーズ… って言葉も昭和ブログならではですが(笑)、
を脱ぐと、あとはバスタオルを巻いてましたね、みんな。
下着類も売ってましたが、あんなに安く売っちゃうのが当時から疑問でした。
きっと、仕組まれていたんでしょう。
じゃなきゃ奪い合いで血の雨ふりますよ(笑)。


● ジャニーズ星人&孤児レディ&村石太マンさん
二郎さんにお会いとは羨ましい。
できればその時の話も聞きたかったです。


● いくちゃんちゃん
リンダさんもよく覚えてます。
あんなトップアイドル… 少し落ち目ではありましたが…
が、あんな事しちゃうなんて、本当に今でも考えられないですね。
AKBでやったらどういう事態になるんだろう(笑)。
あー、スカートにチョキチョキハサミを入れちゃう場合も有りましたね。
つくづく、オゲレツな番組だったなあ(苦笑)。
2011/03/23(水) 00:22:36 | URL | ごいんきょ
オープニングは?
 OPテーマ音楽は当然あったんでしょうけど、まったく覚えていません。会場に向かってコブシを突き出し「裏番組を、ぶっ飛ばせェ~」と、ドリフの全員集合っぽく始めていたような気がするんですが、あやふやです。
 当時、私は小学校中学年でしたが、クラスの一人が野球拳に詳しく、「本家」野球拳の歌をフルコーラスで披露していました。愛媛県出身ではなかったので、お父さんか誰かから伝授されたものと推測します。それとも、他のテレビ番組で紹介されたりしたのでしょうか。
2011/03/23(水) 22:55:10 | URL | あぶもんもん
欽篤
世間では「低俗番組」として悪名高い「裏番組を…」でしたが、実は、篤志家としての萩本欽一氏の原点とも言うべき番組でもあったのです。
ゲストスターが身に着けていた衣装などがその場で競りにかけられていましたが、その収益金は全額、交通遺児の為に寄付されていました。
交通遺児たちの苦悩を紹介したり、視聴者有志から寄せられた、一円玉が詰まった小瓶なども紹介されていたとのことです。
後年欽ちゃんが、「ラジオチャリティ」や「24時間テレビ」などの番組に関わるきっかけを作った番組でもあったのですね。

一方あれだけ乗り気だった二郎さんも、この番組をネタに自身の子供がいじめに遭うようになったことから、最後には自ら降板を願い出ざるを得なくなった、と後年懐述していたのも記憶に残っています。
2011/03/24(木) 19:31:29 | URL | うみがめ
ああ、痛恨の都はるみ
確か、小学2年か3年の頃でした。
我が家では父親が厳しかったもので、通常の視聴は不可能でした。
そこで「あすは祝日」の晩(日曜日)に、母親の実家にお泊まりに行き、
2台目のテレビ(白黒)を独占するようにして見たものです。
…その日のゲストは都はるみさん。
「おお、都はるみは着物を脱ぐのか?」と邪な期待を抱きつつ、
二郎さんとの野球拳に見入っておりました。
しかし…着物どころか、帯すら解きませんでした。
そうです。じゃんけんに負けても、指輪だ、ネックレスだ、時計だ、
イヤリングだと、アクセサリーを出してはごまかし続けたのでした。
ガキの期待は見事に打ち砕かれました。ああ、痛恨の都はるみ…。
この模様は、のちに『少年マガジン』か『少年サンデー』で取り上げられ、
「ズルイ!」などと叩かれていました。

おじゃましました。
2011/04/13(水) 23:55:45 | URL | 甚六
● あぶさん
ただのバラエティ番組ですからね。OPなんて有って無いようなものだったと思いますけど。
「本家」というのは、「投げたならー、こう打って」とかのやつですか?
当時、みんな知ってましたよね。
おそらく他の番組でもなんかやってたかと思うんですよ。


● うみがめさん
ははー。
まあ偶然の一致じゃないかと思いますけど、言われてみればそうですね。
欽ちゃんが提案したとは思えないんですけど。
二郎さん、楽しそうだったんだけどなあ(笑)。


● 甚六さん
いましたねー。
都さんだったかは忘れましたけど、いい加減イライラしたゲストが(笑)。
まあ、あの当時のはるみさんにどれだけの人が期待していたかという問題もありますが(笑)。
とにかくアクセサリ類を許せるのは2つまででしたね。
3つあたりになると、いい加減にしろよーと血管が浮き出てきたものです。
親父のね(笑)。
2011/04/24(日) 21:39:34 | URL | ごいんきょ
ちょうどあの当時は
7時→怪奇大作戦7時30分→サインはVときて
8時から裏番組…だったと記憶してます
印象に残ってるのは篠ひろこが下着までいって
二郎さんに脱衣の輪っかをせかされてるのが
当時小2だった俺に印象を焼き付けました
いやーいい時代だったなぁ
2014/07/08(火) 11:28:02 | URL | マサ
後の24時間テレビの製作スタッフがこの番組や11PMと共通でしたのでね
>後年欽ちゃんが、「ラジオチャリティ」や「24時間テレビ」などの番組に関わるきっかけを作った番組でもあったのですね。

後の24時間テレビの製作スタッフが、この番組や11PMと共通していますからね。
確か11PM内の巨泉の考えるシリーズ(今のテレビではついぞ見掛けなくなってしまった骨太硬派なルポルタージュ企画)内で世界各国の福祉問題を取り上げた際に、「問題解決の為にテレビで出来る事は無いか?」的な形で発展したのが24時間テレビと伺いましたけど。
その辺は福祉問題に関心があったとされる井原プロデューサー(その大元には医療問題に深い関心があった柴田秀利(大正力とアメリカ(CIA関係?….と一応?マークで(笑))とのパイプ役となった人物)氏の存在も)や、広く社会問題に関心を持っていた巨泉の両氏の存在があってこそだと思いますけど。
2014/07/12(土) 10:55:43 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
● マサさん
あー、それ、ワタクシもなんとなく覚えてるんですよね。
もう、ワタクシもどうなる事かと緊張でコチコチでした(笑)。


● TXさん
「踊って歌って大合戦」、「裏番組をぶっとばせ!」、「ウィークエンダー」、「TVジョッキー」
ディレクターの細野邦彦さんが作った番組ですが、
物の見事に日本テレビの低俗番組を作り上げてきた人ですね(苦笑)。
2014/07/18(金) 07:02:10 | URL | ごいんきょ
細野邦彦さんの現在
細野邦彦さんは現在、東京MXテレビの相談役をされているそうです・・・・・・、そう言われて見れば、夕方の「5時に夢中」とか、9時からの「バラいろダンディ」とか確かに細野さん的だ(笑)。

開局当初、TBS関連の「テレビマンユニオン」関係が番組作り等に深く関わった事で何処か昔のTBS的と言われたMXが日テレ的な方向に転じたのは、石原都知事就任の際、真っ先に「都が大株主となっているMXテレビの累積赤字を何とかする。」の一環として、石原都知事と親しいテリー伊藤(彼が(キー局に負けず劣らずの数々の輝かしい馬鹿番組(注・褒め言葉です)製作実績を誇る)読売テレビ関連の制作会社出身というのは特筆すべきかと)を始めとする日テレ出身者を送り込んだ辺りから始まったのかな?と。
2014/08/31(日) 12:55:48 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
詳しいですね。
MXの無いテレビなんて・・・に改名されては如何でしょう(笑)。
テリーさんも関わってるんだ。
昔なら視聴率を上げたければエロという方法が有ったのですがねえ(笑)。
2014/09/04(木) 06:42:35 | URL | ごいんきょ
村田英雄も「野球拳」
この野球拳、後に、独立した30分番組になったと思います。
この時も、男性側は欽ちゃんか二郎さん、女性側はゲストというのが基本形でしたが、男性側もゲストという回がありました。
その際、あの村田英雄が出たこともありました。
どこまで脱いだかは、覚えていません。
2014/09/21(日) 20:39:47 | URL | ワン太郎
『コント55号の野球ケン』という番組になりましたけどね。
それだと、狙いが露骨になりすぎて、家族ではチャンネルを合わせづらいですよね(笑)。
村田さん、誰が喜ぶんでしょうね。
どんな番組作りなんだ(苦笑)。
2014/09/25(木) 07:01:15 | URL | ごいんきょ
ひょうきん族でパロディをやった際に確か女の子がレオタード姿になってました。
2016/08/30(火) 10:12:34 | URL | すーぱーぺるる
たしか、ひょうきん特番の時だったかな、素人さん(仕込みでしょうが)が野球拳で下着にまでなったかと。
バスタオル巻いてましたけど、下の方から少しおパンツがはみ出していたように思います。
違う番組だったかな。
番組名はどうでもいいや、おパンツが主役だから(笑)。
2016/09/04(日) 21:28:41 | URL | ごいんきょ
思い出
この番組当時小学2年生でした。
当時、亡き父がオープンリールの
テープレコーダーを持っていて、
ワタシもちょくちょく当時の
TV番組を録音してたのですが、
この野球拳を録音したい、だめだ、
で言い争って風呂の窓ガラスを
割って、父に初めてぶっ飛ばされた
嫌な思い出でもあります。

野球拳が一番の印象ですが、前半では
欽ちゃんが会場のシロウトさんたちを
集めて「向こうの~お山に~タニシが飛んだ~♫」と歌って大漁節のような踊りを振り付けるコーナーがありました。
のちのスター誕生の素人コーナーの
先駆けではないかと思ってます。
2016/11/21(月) 19:58:45 | URL | bean.
スポンサーは
大正製薬のようですね。

と、いう事はこの当時から「TVスクランブル」「元気が出るテレビ!!」などを経て現在OA中の「地球の果てまでイッテQ」に至るまで半世紀近くの長きにわたって日テレ日曜8時のスポンサーを務めているわけですね。
2016/11/21(月) 21:22:35 | URL | TSUSHIMA
ガラスを割るって、凄いな(苦笑)。
まあ、男子のリビドーというのは、かくも破壊力を秘めているのだと(笑)。

どうもワタクシは、野球拳が強烈すぎてそれ以外の記憶がほとんど無いのですよ(笑)。


● TSUSHIMAさん
歴史を振り返れば日本テレビ日曜20時は、昭和35年から「大正リポビタンアワー」と呼ばれた枠でした。
それが40年から青春物で大当たりしたのですが、それもマンネリとなったためのテコ入れが、この過激路線だったんですね。

青春物の最後の頃から三社提供になったのですが、資生堂と明治製菓は、あまりの非難に撤退したようで(笑)、大正だけがその後もずっと日曜20時を提供し続けたのです。
2016/11/22(火) 22:05:53 | URL | ごいんきょ
こちらは
札幌の中学時代に日テレ系の「テレビ30年史」で初めて見まして、女性が服を脱いで水着等になるシーンは、ほんともっと早く生まれて大人になって見たかったほど。

しかし「野球拳」は、じゃんけんで負けて服を脱ぐゲームが元々と思っていましたが、90年にNHKの民謡番組で愛媛県の郷土民謡として「野球拳」が紹介され、司会のアナウンサーが
「じゃんけんで負けて服を脱ぐんですか?」
と聞くと、家元の年配女性が
「うちは負けても脱ぐ必要はございません!」
と笑いを交えて答えていて、驚きました。
そして「野球拳」が始まり、複数メンバーの2チームが並んで先頭同士がじゃんけんをし、負けると脱がずに
「へぼのけへぼのけおかわりこい」
のせりふに乗って列を外れて次のメンバーに交代するというものでした。

「裏番組~」時代の欽ちゃんは本文の通り乗り気でなかった上、愛媛県の「本家野球拳」からクレームが来たので、松山まで謝罪に行き、本家の流儀を教えていただいたそうです。
本家では今も毎年春の「松山まつり」で野球拳の全国大会が行われ、全国から「よさこい」や「阿波踊り」さながらのチーム「連」が集まって、優勝を争っています。
2016/12/18(日) 16:00:56 | URL | リオ
服を脱ぐとかは、おそらく芸者遊びから派生してるんでしょう。

松山に謝罪というのは初めて聞きました。
確かに、本来の姿はまったく認知されなくなってしまいましたからねえ(笑)。
2016/12/19(月) 01:25:35 | URL | ごいんきょ
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