私的 昭和テレビ大全集
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公共広告機構 (1971)

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えーし~♪

此度の震災後、テレビ・ラジオを視聴していた人々は、脳内に嫌と言うほど叩き込まれた存在(笑)。
しかしながら、どんな存在なのかを的確に理解している人は、一般には皆無でしょう。
ワタクシは幸い、『公共広告の35年』という非売文献を入手しており、
普通の方々よりは掴み易い方だとは思います。
が、まったくわからない(苦笑)。
いくら文章を咀嚼してみても、おそらくは実像が描かれていないからでしょう、
まったくどのような存在であるかの実態が理解できないのです。
ですからその辺はザッと流して(笑)、これまでの実績を振り返ってみたいと思います。

サントリーという会社は、殊の外コマーシャル活動を重視していた会社でした。
その辺は、予告しているブログとは別の動きの方でも扱う予定ですが、
かのアンクル・トリスの昔より、ワタクシがCMで一番好きな大物ソングや、
雨の中の子犬など、テレビCMでは注目されるものを創り続けていた会社です。
そのドンとして長らく君臨した佐治敬三。
正に彼が実権を握ってからサントリーは広告戦略が上手くなるのですが、
彼が関西広告協会会長だった時に、たまたまニューヨークで見て衝撃を受けたのが、
アメリカのACによる「愛、それは人種を超えて」(Love. It comes in all colors.)
という、愛の歌を全人種が合唱するCMだったらしいです。

時あたかも大阪万博前夜。
驚嘆した佐治は、このアイデアを万国博覧会の機会に活かせないかと行動したようですが、
それ自体はあまりに性急すぎて実現しなかったものの、1970年1月には、
大阪広告協会役員会に於いて、公共広告の実現を提案。
そして半年後に、関西公共広告機構がスタートしたのでありました。
つまり、公共広告機構は関西発祥であり、その産みの親とも言える存在は、
サントリーの佐治敬三だったのでありました。

71年に正式発足した関西公共広告機構は、74年に社団法人となり、76年には東京事務所設置。
これにより、公共広告は全国的な広がりを持つようになっていったのです。
振り返れば活動初年度の1971年、淀川長治を起用したテレビCMで公共心の喚起を訴えたようですが、
関西の人はご記憶でしょうか。
理の当然として、関西放送圏以外の人間は、知る由も有りません。
関東人たるワタクシが記憶に留める最初となるのは、ダメおやじのキャラクターを使った新聞広告です。
それもワタクシがマンガマニアだからで、一般人はまだ認知していない頃合いでしょう。

1981年、王貞治と金田正一が障害者の立場になって街を行く、「考えてみてください」。
この辺りから覚えている人がだんだんと増えてくるのではないかと思います。
関東ではUHF圏で始終流されていましたし、キー局では6時台とかの早朝に大量導入されました。
同じ年に作られた「空き缶」は、電車内でサッカーボールのようにパスされていく空き缶を描写。
関東UHFでは平成直前まで流されていたかと思います。

1982年、ACの歴史上特筆すべき、名作CMが登場しました。
常田富士男・市原悦子をそのまま起用した、まんが日本昔ばなし路線の第一弾、
「もったいないお化け」登場。
CMとしては異色の存在となり、加えて早朝時間帯に何度も繰り返し流された事もあり、
このCMは多くの人々の記憶に残っていると思われます。
もったいないおばけという名称の勝利とも言えます。
1983年、昔ばなし路線第2弾「ツンツン娘」。
1984年、同第3弾「お手伝いタヌキ」、1985年「仲よし地蔵」、
1986年「ごめんの鐘」と続きましたが、いずれもご存知の方が多いでしょう。

この頃から、実写CMでも記憶に残るものが多くなってきますが、
やはり早朝などを中心に、広告投入量が飛躍的に増えたのでしょう。
1984年、近鉄バッファローズの鈴木啓示が訴えた、「投げたらアカン」。
1985年には柔道の山下泰裕が、「投げたらイカン」と関東バージョンを担当しました(笑)。
1986年、武田鉄矢が語りかけた、「うるさい親ほどあったかい」。
86年は、ドン松五郎が出たCMもありましたし、本田美奈子の HELP をバックに、
無表情の仮面を被った制服の生徒達が居並ぶ、いじめ問題のCMも有りました。

1987年には、オール阪神巨人によるアイバンクのCM、
「今井美樹AB型」と献血を訴えるCMなどが有りました。
平成になってからですが、父親を交通事故で亡くした酒井法子が傘を差しながら訴えかける
「愛情運転忘れないで」のCMも記憶に残ります。
ただ、個人的な当時の感想を正直に書き残すと、実の?父親を事故で亡くして1年くらいで、
こんな若い年端もいかない娘が、随分と冷静に受け止めてるなあと感じました。
後年、本人の騒動があった際にはそのあまりの不貞不貞しさに怒りも覚えましたが、
あまりに複雑な家庭環境を知って、逞しくならざるを得なかったのかなとも思いましたが。

それにしても、「東北熊襲」発言で東北人と喧嘩状態になった佐治が作ったACのCMが、
此度の東北地方の災害時に大量導入されたのは、歴史の皮肉と言うべきなんでしょうか。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
サントリーと言えば
同社のCMに出演しているタレントたちが、震災復興への願いを込めて歌い継ぐ、という内容のCMが最近放送されていますよね?
あれも一部では「震災をネタにした売名行為」などと批判を受けているそうですが、仰るように「かつての東北熊襲発言に対する罪滅ぼし」と考えれば、それはそれでちゃんとしたメッセージになっているようにも思えます。

ところで、公共CM全般については以前私も記事にしています。

参照URL(一番目の記事です)
http://www.geocities.jp/xmqbk533/media/9.html
2011/04/22(金) 23:00:10 | URL | うみがめ
あのCMは、ワタクシも疑問符が浮かびました。
「上を向いて歩こう」は紛う方なき名曲ですけど、
あくまでも恋愛の歌だろうと思うんですよ。
最後に「一人ぼっちの夜」とか来るし、震災時にメッセージソングとして選ぶべき歌ですかね?
「見上げてごらん夜の星を」も、ちょっと淋しいですよね。

今回の被災は、歌でどうこうという段階まで来るのはもう少し先になるでしょう。
避難所生活では、好きな歌だって歌う事なんかできないでしょうに。
芸能人は、この種の思い上がりをしやすい性向の人々とは思いますけど、
誰でもなんでも自分の表現を受け入れるとは考えない方が良いし、
そうであるなら、特に常軌を逸した不幸の渦中にある人々には、そうした表現を向けるべきではないでしょう。

今回のサントリーさんは、そういう意味で気負いすぎかなと感じます。
それだけの労力や、ささやかなのかもしれないけど経費もかかっているでしょうが、
そういうものを余さず物資として援助した方が利口だったし、有用だったのではと感じます。
広告代理店はそれじゃ儲かりませんけどね。

「人間やめますか」は怖かったなあ(笑)。
あれは政府公報だったんですか。
あれにクレームつける人がいたなんて。
2011/04/22(金) 23:50:34 | URL | ごいんきょ
上を向いて歩こう
 震災の後、海外でもあちこちでたくさんチャリティー・コンサートが開かれていて、その中で『上を向いて歩こう』を会場の人と合唱することもあるようです。何しろ欧米でヒットした、しかも海外で日本語で歌われた唯一の曲ですから。(最近はアニソンなども一部の人には原語で歌われており、それに比べると「上を向いて歩こう」は流石に知名度は低くなりましたが、誰にでも歌いやすいし、世代を超えて心に切々と訴えてくる力では負けていません。)
 それで海外にいる一世、二世の人たちが歌い、現地の欧米人も一緒に歌っている、というのがサントリー広報部に伝わり、ヒントになったと考えるのは穿ち過ぎでしょうか。
 ごいんきょさんのおっしゃる通りCMは経費がかかるだけなので、チャリティーで集めたお金を被災地に送るというのとはちょっと違いますが。
2011/04/24(日) 13:58:52 | URL | あぶもんもん
本田 美奈子ちん
上での例は彼女は直接出てないものの後の白血病啓発のものでは闘病中や死後でさえ出ていた
これに複数の違う目的でbgm的なものも含めて出たのは今のところ彼女が唯一かも
2011/04/24(日) 16:19:54 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
● あぶさん
海外の人はねえ、所詮は他人事ですし、関心を持ってくれるだけでありがたいって言えばありがたいですが。
でも日本国内のテレビCMで、「一人ぼっちの夜~」とかメッセージ歌われると、
家族を亡くした人たちを逆撫でしてるの?とか思っちゃいます。
ワタクシの想像ですけど、おそらく広告代理店連中が震災ビジネスの一つとして考えたんでしょうけどね。
日本のテレビをおかしくした超A級戦犯の一つ。さすがにワタクシの期待を外さなかったです。


● ガッツさん
そうですね。
本田美奈子さんも早過ぎるお迎えでした。
当然、BGMとして使用した経緯があっての起用だったと思いますが。
2011/04/24(日) 20:22:34 | URL | ごいんきょ
穴埋め広告
東日本大震災によるCM自粛で、ACジャパン(旧・公共広告機構)のCMがやたらと流れましたが、そういえば、ACと並んで、穴埋め広告で有名なJARO(日本広告審査機構)とBPO(放送・倫理向上機構)のCMはほとんど流れませんでした。

今でこそ、キー局でもACの広告が頻繁に流れますが、以前は、ACのCMはU局や地方局が中心で、キー局では、穴埋めCMは自社の番宣や興和、ハウスのフリースポットが豊富にあったため、ACのCMはあまり見られませんでした。

東日本大震災のような状況では、興和やハウスでさえCMしてしまったし、まして番宣なんて不謹慎だから、キー局でもACのCMが増えたんですね。

最近は、「♪AC~」のサウンドロゴが耳障りということで、サウンドロゴがなくなりましたが、過剰なほどの自社の番宣に比べたら、まだまだACのサウンドロゴは我慢できます。
2011/05/01(日) 07:38:30 | URL | 10000k
訂正
前のコメントで、書きまちがいがあったので訂正します。


誤:興和やハウスでさえCMしてしまったし、

正:興和やハウスでさえCM自粛してしまったし、
2011/05/04(水) 10:02:38 | URL | 10000k
♪ えーし~ のジングルに苦情が多かったと聞いて、
いろんな事に苦情を言う人がいるなと思いました(笑)。
あれ、金銭のやり取り無いらしいですけど、
ならば何故、あんな大量に流したんでしょうか。意味不明です。
あの頃に感じたのは、どこも同じ様な内容の報道してるんだから、
輪番で放送するべきだったのではないかと。
東京電力も政府も、どうしてそういう要望もせずにいきなり計画停電だったんでしょうね。
値上げの話といい、ワタクシの中では暴動寸前です(笑)。

そう言えばJAROありましたねー!
「嘘、大袈裟、紛らわしい」
あれは記憶に残るCMでした。
2011/05/05(木) 23:35:19 | URL | ごいんきょ
政府広報とは違うんでしょうか?
昭和40年代半ば、まだ幼稚園生でした。この頃公害問題が深刻で緑の地球が云々、ヘドロとかスモッグの害を良くやってました。そんな中「飲んだら乗るな、飲むなら乗るな」とか労務者風の人たちが汚い手でおにぎりを食べる映像が出て「食品衛生に気をつけよう」みたいなのが記憶に残ってます。工務店を経営していた我が家には上記2点は身につまされる事柄で祖父や父が「テレビでも言ってるだろ。」と出入り業者や従業員に注意を促していました。関係なかったらすいません。
2012/11/18(日) 20:47:06 | URL | とらお
放送番組センター
それは、放送番組センターの啓蒙CMではないでしょうか。

AC発足以前に、多くのマナーや環境保護などの啓蒙CMを製作して、各放送局に、CM枠がうまらない時の穴埋めCMに使ってました。

さすがに、今見ると古さを感じるし、特にアニメのCMは、BGMと相まって怖さを感じるものもあります。

また、初期のACのCMに多くあった、まんが日本昔ばなし風のアニメCMもあります。

YouTubeにも、放送番組センターのCMが非常に多くあります。
2012/11/20(火) 01:20:23 | URL | 10000k
10000kさん
どうもありがとうございました。動画サイトはまだ確認していませんが、当時は交通戦争激しき折、「急がば回れ歩道橋」なんてのもあった記憶があります。
2012/11/20(火) 08:04:08 | URL | とらお
名作・人間やめますかも放送番組センターなのかな。
公共広告機構に近いものは既に有ったのですか。
サントリーが横から乗っ取ったみたいな感じかな。
2012/11/23(金) 08:08:13 | URL | ごいんきょ
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