私的 昭和テレビ大全集
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6羽のかもめ (1974)

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これを書いちゃうとライバルが増えて、自分が行ける機会が減りそうという、
非常に俗物的な理由から公言をしてきませんでしたが(苦笑)、
放送ライブラリーというところで、たまに公開セミナーみたいな催しをやります。
ワタクシも、昭和の番組をやってくれる際には、可能な限りは行くようにしているのでした。
ただ、巨泉さんが来た時には絶対に行きたかったのに、たしか水曜日あたりで行けなかったんですよね。
でもまあ、仕事を休んでまで行きたいのはやまやまですけど、
休むに休めない時も多々ありますし、今のワタクシの本分を踏み外さない程度で、
行ける時に行ければいいという感じで参加してます。

つい先日、この番組のセミナーが有ったのですが、参加者に倉本聰さん、
そして淡島千景さんという大御所が二人も出席されるという事で、
ちょっと無理をした感じでしたけど参加しました。
もう、倉本さんの話を生で聞ける機会も限られてくると思いましたし。
そんなわけでの唐突なこの番組なんですが、まあ一般人で見ていていた人は少ないでしょう。
ただ、ワタクシくらい昭和のテレビが好きだった人なら絶対に見るべき番組だと思い、
ここに扱います次第です。



団員が大量脱退し、存続の危機となった劇団・かもめ座。
残ったメンバーは、座長の淡島千景、文芸担当の長門裕之、その妻で主軸女優の夏純子、
トボけた男優の高橋英樹、そしてマネージャーの加東大介のたった5名。
マネージャーが起死回生を期してスカウトしたアイドル・栗田ひろみを加え、
かもめ座の6人が、浮沈激しい荒波の芸能海を旋回する様を描いたドラマ。
「悲しいコメディー」というキャッチフレーズの通り、
人間の営みが醸し出す悲しい面白みが随所にちりばめられております。
主題歌は加藤登紀子が歌う『かもめ挽歌』。
決してメリー・ホプキンの悲しき天使ではありません(笑)。

しかし、この番組の本質はそんなところには無い。
これはメインライター倉本聰の、テレビ界への憤懣をぶちまけた、私怨のドラマなのであります(笑)。
けれどもほとほと感心するのは、明らかに私怨ぶちまけと思える箇所も多いのは事実であれ、
それがきちんとエンターテイメントとして成立している、させているという事です。
げに倉本聰は、稀代の才能の持ち主とは言えましょう。

NHKの大河ドラマ『勝海舟』を引き受け、絶頂にあった倉本が、いざ現場に行くや、
そこは労働争議を舞台にした「テレビ屋」の巣窟。
番組制作を「労働」としか捉えぬ輩が、もの作りを阻害する横槍をあちらこちらから入れてくる。
折悪しくも母親の死が重なり、もう彼を止める存在は無くなった。
彼は大NHK様に三行半を突きつけ、テレビ界からスッパリ足を洗う決心をし、一目散に北海道へ逃亡。
ダンプの運転手でもしようかと思案していたところへ現れたのが、フジテレビのスタッフだったのでした。

時代が時代とて、フジテレビだって労働運動は人一倍活発で(笑)、
かなり内部に粛清の嵐が吹き荒れていたりもしました。
けれども倉本を北海道まで迎えに行ったメンバーは、そんな状況と戦う確固たる意思を固めていました。
倉本を金銭的にも支援し、このドラマを書き上げさせたのです。
そうした特異な状況のため、当初はNHKに配慮して倉本聰の名を伏せ、
『勝海舟』主演の渡哲也の夫人名を使うという有様でした。
しかし、すぐになんとなくバレてしまったのか、原案倉本聰の表記になるのですが。

それもそのはず、このドラマは、ただ劇団とテレビ界を舞台にしているだけでなく、
あれ?こんな話聞いた事あるぞと業界人ならピンと来るような、
実話を元にした話が随所にあるという、恐怖の暴露ドラマだったのです(笑)。
従って、業界内部の視聴率や評判は突出。
ところが一般的な視聴率は惨憺たるものという、ちょっと特殊な番組でした。
ただ、先にも言いましたように、見せ物として成立してないわけではなく、
むしろ出来が良い部類とも言えるのですが、まあ、当時の視聴者には付いてこれなかったのでしょう。

そもそも、団員の大量離脱により存続の危機に立たされた女座長の劇団というところが、
文学座の杉村春子を彷彿させる設定なのです(笑)。
そんな感じで倉本は、ついに当時のフジテレビ上層部の実話を使ってしまう。
呼び出された倉本に向かってその人間は、土下座しろと迫ったと言います(笑)。
これは制作局長がゴルフ大会で手の9番を使った話だったっけな。
なにしろ、実際にそんな事があったとしたらそちらの方が可笑しい話でしょう。
むしろ、『悲しいコメディー』というのは、人生そのものなのかもしれません。

そんな制作局長を演じたのが、ザ・ガードマンから一転した中条静夫。
彼が伊東四朗のような押し出し強くも突出しない、味のあるコメディー演技を披露し、
たしかにそのキャラクターには強く引き込まれていきます。
倉本は、このキャラを活かせばコメディーが作りやすかったのでしょう。
どんどん中条の出番が増えていき、6羽のかもめたちは付け足しのような位置となっていきました。
不満高まる出演者が話し合い、代表して、座長役の淡島が抗議したと言います。
そのようないきさつでか、後半は倉本の脚本がみるみる減ったのでありました。

世上、倉本脚本とそうでない回の落差が激しいとも言われますけど、
たしかにコメディーという観点からすればそれも言えますが、
一ドラマとして見た場合、必ずしもそうも言えないとワタクシは思います。
少なくとも駄作ではない。
やはり、こうした特異な環境で作られた特異なドラマだけに、
周囲もその熱情に引っ張られる部分は有ったと思いますし、そうした部分は充分垣間見られます。
倉本の方がもろもろ辻褄合わせが上手いのは、これは仕方ないでしょう。

先のセミナーでは、倉本シンパ丸出しの業界内部の人間が司会していたために、
そんな複雑な関係の淡島と倉本を両立させる事が出来ず、見ていて非常に不満が残りました。
ワタクシがマイクを奪って司会したいくらいでした(笑)。
でも、両者恩讐を超えて一同に座したという、その事だけでも意義は有ったんでしょうか。
ただ今後の課題として、司会役はきちんとした人を選んで欲しいとは思いました。

この番組は、加東大介の最後の出演作としても知られています。
四代・澤村國太郎の実弟である加東は、すなわち澤村の実子である長門裕之・津川雅彦兄弟の叔父にあたり、
その長門がこのドラマで共演しているのは、そんな縁なのでしょう。
売れない役者をやめ、劇団のマネージャーとして専念する弁ちゃんの役をやっていた加東は、
このドラマが進むにつれ自身の病状が悪化。
すべてを司る神というのがいるとすれば、なんと悪戯な者でありましょう。
病を圧して勝海舟の主演を続けていた渡哲也に対する、NHK現場の非人道的とも言える所業に
義憤にかられてテレビ界を蹴った倉本が再起した作品に、そのような人物が現れるのです。

周囲の人間の覚悟の中、余命いくばくも無い加藤は、最終回で渾身の演技を披露しています。
当ブログでもしばしば述べているように、悪戯な「神」の意思の如く、
作品というものには時として、偶然とは思えぬ力が結集する時が有り、
この番組の最終回はそんな得体の知れない「力」が宿った作品とワタクシは思います。
けれどもそれは「神」の所業などでは決してなく、紛う方なき、人の「魂」なのです。
魂が宿った作品を見られた時、ワタクシはその番組のジャンルや嗜好に関わらず、
至福の感覚に浸る事ができるのですが、勿論そんな作品は多くはないし、
そしてこのドラマの最終回は、そんな数少ない作品の一つなのです。

退廃の一途を辿るテレビに、ついに時の権力が弾圧を加え、
テレビ禁止令が発令されてしまうという近未来空想ドラマに、
加東演じる弁ちゃんが久々に抜擢される。
既にマネージャーとしての力量に限界を感じていた弁三は、
その出演を最後の花道として芸能界から足を洗い、警備員になる決意を秘めるという話。
倉本が自身の置かれた境遇を反映させ、しかもその鬱憤晴らしも兼ね(笑)、
なおかつ見せ物として成立させた渾身の一作に、実在の加東大介が添い遂げるように、
決死の思いの中で最終回の収録に臨んでいたという奇跡。
それとも、もしかして倉本は、加藤の病状に勘づいていたのでしょうか。

この最終回ではそんな劇中劇が見せ所で、日本中からテレビ番組や受像器が消えてしまう中、
闇で名作ドラマの数々が取引され、弁三はそんな裏ビデオを扱う客引きの役なのですが、
最後、そんな弁三に声をかける役に、残りのかもめたちが弁三の予期せぬ形で登場。
しばし呆然とかもめ座の仲間たちと見つめ合う、加藤の表情がたまらなく素晴らしい。
ただ、ここでナレーションで淡島の声が簡単に本心を語ってしまい、ぶち壊しなのですが。
あれは倉本脚本にあるのか、それとも演出の余計なお世話なのか。
あそこは絶対に黙って見つめ合うままで良い。
あの程度が伝わらない人間にまで伝えようなんて卑賤な事を考えるから、テレビはここまで堕ちたんですよ。
洋画を見ているとつくづく感じますが、日本の映像ソフトはナレーションで心を喋り過ぎです。
だからコクが一段も二段も落ちる。



この劇中劇で、制作側役の山崎努の独白シーンは、
ワタクシ並みにテレビが好き(だった)人間は必ず見るべきでしょう。
正直な話、会場の中でこのシーンを見せられた時には困りました。
込み上げる感情を抑えるのが大変でしたのでね。
その時の思いをむりやり言葉に替えれば、それは嬉しさであり、喜びだったわけですが。
テレビをこんなに愛してくれていた人間がいてくれたんだという嬉しさであり、
俺は一人じゃなかったんだという、勝手な思い込みによる喜び(笑)。
これだけの名作を作り上げる作家と、たかだか市井の一視聴者が戦友ヅラも
烏滸がましいに程があるのは承知で、しかし、倉本が山崎に語らせたセリフは、
そのままワタクシの思いと置き換えて違和感無いものでした。

事実、ワタクシはこのブログで手を替え品を替え言葉を換え、同様な事を度々表現しているのですが、
まさかこんな昔に、ここまでテレビの今日を予見していた作品が有ったというのが驚きでもありました。
子供の頃から、俺はプロの視聴者などとワケのわからない思い込みをしながらテレビを見てきて(笑)、
そんな先見的な作品と思いが共有できた事は、誇らしい事でもありました。
始めた頃はそこまで意識していなかったけれど、このブログはワタクシにとって、
倉本に於ける「さらばテレビジョン」と同じような立ち位置にあるのかもしれません。
今のテレビはもう、システム的に駄目な状態になっているので、立ち直りは容易じゃないでしょう。
しかし、かつてこのドラマを上層部が目の仇にしたフジテレビが、
今では開局50年記念DVDとして出版しているわけで、
道はたしかに険しいけど、途絶えているわけでもないのかもしれないのですけれども。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
焼き魚
 加藤登紀子の歌う、ロシア民謡調の主題歌が好きでした。当時、母が見ていましたが、私はあまり理解せずたまに見る程度でした。
 ごいんきょさんの記事で、なるほどそういう意味深いドラマだったのかと初めて知りました。もう少し大人になった時に出会えていればよかったと思います。
 たしか高橋英樹扮するディレクター(?)が、番組の中で配膳させた焼き魚の置き方が反対だ、と上司に叱られるエピソードがあったと思います。ところが高橋英樹は、自分の母親がいつも魚の頭を右に、腹を向こう側にして皿に載せていたのだから間違いない、と抗議するのですが、誰にも相手にされない、という話でした。私は普通のドラマと違う、変ったことを取り上げるドラマだな、と思った覚えがあります。
 理解はしていませんでしたが、たしかに組織の中で押えつけられる不満や挫折感などがいつも漂っているという雰囲気は感じていました。
2011/05/06(金) 15:55:07 | URL | あぶもんもん
↑ 訂正します
 ごいんきょさんの記事をあらためて読むと、高橋英樹は劇団員の一人だったのですね。だとすると撮影現場で出演者の一人が勝手に魚の向きを変えて叱られる、という話だったのかもしれません。これも実話だったんでしょうか。
 それと、主題歌「かもめ挽歌」が生まれたエピソードを、加藤登紀子さんのブログで読んだことを思い出しました。
http://www.tokiko.com/poet/jibunshi/jibunshi_34.html
ここです。また別に、このドラマについて万感の思い入れを込めて書かれたブログがあったのですが、今検索したら見つかりませんでした。
2011/05/07(土) 00:54:26 | URL | あぶもんもん
たしかに、酸いも甘いも噛み分けた大人でないと、存分には堪能できないドラマですね。
英樹さんは不思議な木訥さを持った、劇団俳優の役でした。

かもめ挽歌の話は貴重でした。
それで、あの曲調も理解できました。
本文でも旋回するかもめと書きましたけど、それを音楽的に表現したのが
あの曲調になったのだろうとは思ってましたが、
倉本さんの話が元に有ったのですね。
たしかに、作詞原案倉本聰のクレジットにはなってます。
それに、自身が好きだったメリー・ホプキンの曲が無意識に被って来たんでしょうね。
2011/05/08(日) 07:09:37 | URL | ごいんきょ
私はシナリオ集を読みながら
初めまして私は以前昭和歌謡サイトの管理者をやっておりました間賀凜と言います。

このドラマは加東大介さんの遺作でした。

ラストシーンの独白は死期を悟られたような素晴らしいラストシーンで私は号泣しました。

昨秋、家の近所の公民館に長門裕之さんが講演に来られて、聴いている時にこのドラマの主題歌の【六羽のかもめ】が脳内BGMで繰り返し鳴り響き、図らずもおお泣きしました。

まあ、なんしか大名作ですね。
2011/05/15(日) 08:25:26 | URL | 間賀凜(まがすすむ)
あぶさんが書かれた魚の置き方の回ですが、
高橋さん演じる役者が、母親のやり方にこだわって、
正式でない置き方をこれが正式だと強弁し、
視聴者から苦情が殺到、スタッフと喧嘩になり殴るという話です。
視聴者からの苦情や、スタッフとの喧嘩あたりが現実を描写してたんだろうと思います。



● 間賀凜(まがすすむ)さん
初めまして。
シナリオはまだチェックしていないのですが、
加東さんの独白シーンがあるのですか?
であれば、実際の映像とはかなり印象が変わりますが。

長門さんの講演は羨ましいです。
このドラマの事も語ってらしたんですかね。
2011/05/16(月) 07:26:58 | URL | ごいんきょ
初めまして
マイナーなドラマかと思って検索しましたらこちらへ誘われました。
「天下御免」「清水次郎長」等、子どもの頃、胸を熱くした番組がそろっているのでびっくりしました。
時々寄らせてください。

「6羽のかもめ」は、見たときはまだ小学生で、どんな内容か定かに覚えていません(かなり遅い時間にやっていましたよね)。
しかし、毎回楽しみに見た記憶があり(日曜の夜に放映されていましたっけ)、ドラマの断片が強烈に印象に残り、ずっと心に引っかかっていました。
こういう内容だったのですね。再放送があれば是非見てみたいです。
2011/09/09(金) 18:49:18 | URL | するーぱす
はじめまして。
はい。マイナーなドラマですよね(笑)。
ここは記事の当たりハズレが激しいと思いますが(笑)、ハズレの方はスルーパスして臨んで頂ければと思います。

22時からですかね。
全話DVD化されてますので、探せばレンタルという手もあります。
2011/09/11(日) 20:31:07 | URL | ごいんきょ
モエちゃん
淡島さん演じる犬山モエ子さんが、ドラマの撮影で、共演の人が大遅刻して、カンカンに怒るって場面なんだけど、実はその遅刻の原因を作っちゃったのがモエちゃんだった!っていうのがいちばん好きな場面かもしれないです。。
要は、劇団員のひろみちゃんにモエちゃんが「朝起きられないので起こして下さい」って頼まれて、結果的にモエちゃんが寝坊して起きられなくて、ひろみちゃんが遅刻、まわりまわってモエちゃんが被害をこうむっちゃったっていう顛末で。
モエちゃんは目覚ましとかかけなくて、おまじないっていうか、自分の枕に「枕さん、枕さん、明日の7時に起こしてください」っていうだけなんです(笑)。
私と友だちはこのドラマ大好きだったから、その回のあと、この「枕さん、枕さん」が超~ウケてました。
このドラマのことを話すたびに「枕さん」のフレーズが出ますね。
2011/09/25(日) 00:18:20 | URL | オリビア
いやー、いいですねえ、いつもながら。
個々人の番組との私的な接し方が垣間見えるコメント、ワタクシの大好物です。
身の回りだけで盛り上がるテレビネタって有りましたもんねえ。
2011/10/10(月) 18:57:07 | URL | ごいんきょ
リアルタイムで見ている可能性は低い番組ですが、お話を伺っていると面白そうですね。

たまたま流れてきた記事にこんなのを見つけました。1974年当時で既にこのようなメッセージが発信されるほど、やはりテレビの将来は憂慮されていたんですね。

http://blogos.com/outline/104125/
2015/01/24(土) 17:35:28 | URL | nardo
ドワンゴの人ですか。
こういう人が、テレビとネットと上手くやってくれるのでしょう。

中で触れられているシナリオ集は、勿論と言いますか、ワタクシも持っております。
中で俳優達と倉本さんの対談が有りまして、
倉本さんが揉めた理由と、その限界と言うと余りにも僭越なんだけど、
その辺が見えた気がしました。

結局、倉本さんは演出家に作品を預けたくないんですね。
八千草薫さんが一生懸命、そのやり方の限界のような事を指摘しているのだけれども、
それはワタクシも、このドラマの最終回最終場面で、特に感じました。

あの場面は、いかに視聴者に媚びてわかりやすく作ろうとしたとしても、
絶対にモノローグさせてはいけない場面です。
最後の最後、あれで全てぶち壊された思いになりました。

べつに見ている人間の見方と、作っている人間の意図に乖離が有っても良いじゃ無いですか。
それが人間同士ってものじゃないですか。
一つの映像を見て、いろんな人間がいろんな見方をする。
モノローグは、そうした余韻とか幅を打ち消すんですよね、単純に使うと。

でも、倉本さんにこう押し切れる演出家って、多分いない。
鬩ぎ合いが無いものには広がりも無いと思うんですよね。
そして、たった三行のコメントに返信を広げすぎです(笑)。
2015/01/25(日) 07:12:32 | URL | ごいんきょ
ありがとうございます
いえいえ、ありがとうございました。自分には凡そ無縁なことですが、存在が大きくなりすぎるのはご本人にも不幸なことですね。
2015/01/27(火) 22:27:40 | URL | nardo
不幸と言いますか、倉本さんも、八千草さんが言うような事は考えもしたと言うのですが、
演出家に任せて上手く行った事よりも、駄目になった事の方がはるかに多かったと(笑)。
自分が演出もした方がよく出来たものになるという判断になったようですが、
ならばきちんと演出としても名前を出して、責任を負うべきでしょう。
それをしないから、上記の例だって、
演出家の余計なお世話だったのか判別できなかったのです。

昭和も40年代までは、ドラマ評論の世界もかなり厳しい言葉が普通に行き交っていたのですが、
山田太一さんとか倉本聰さんの時代になると、誰も何も言わなくなりましたね。
ドラマ評論はかなり昔に死んでいるとワタクシは思ってます。
存在が小さいと、こうやって好きな事を言えるのはいいですね(笑)。
2015/02/01(日) 05:28:58 | URL | ごいんきょ
6羽のかもめ
ずっと探していたドラマの話で盛り上がっている人達が、こんなにたくさんいようとは思ってもみませんでした。
裏話など何も知らずに見ていましたが、知って見ていた人達はさぞ面白かったでしょうね。
演劇を多少かじった者には毎回ハラハラさせられるドラマでしたが、改めて見直したい気持ちになりました。
色々教えていただきありがとうございました。

2015/06/10(水) 23:51:07 | URL | すずなり
知っていた人たち、要するに業界人ですけどね(笑)。
面白さと、自分の話が使われないかという不安と交錯してたんじゃないかな(笑)。

演劇をされていたんですか。
ならば、改めて見ると本当に面白いと思います。
劇団の内情とか、結構お判りでしょうからね。
2015/06/12(金) 00:06:59 | URL | ごいんきょ
蜷川さんも出ていたなあ
先般亡くなられた蜷川幸雄さんも、テレビ局の一員として出ていましたね。やっぱり役者より、演出家で成功したなって感じました。
2016/06/30(木) 14:53:15 | URL | (ハンドル未記入)
ええ。
その辺は、件のセミナーでも触れられていましたね(笑)。
2016/07/17(日) 20:24:17 | URL | ごいんきょ
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