私的 昭和テレビ大全集
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アタック25 (1975)

該当番組画像募集

「アタック!!」 25~
25 25 「アタック」
25 25
パネルクイズ パネルクイズ パネルクイズ 25~
パネルクイズ パネルクイズ パネルクイズ 25~ 「アタックアタック」
パッパララバ パッパラバ パッパララバ パッパパラバ
パネルクイズ~ 「アタック!!」 25~

「25枚のパネルにアタックしましょう、パリです。
 東リ パネルクイズ、アタック25。司会の児玉清です」


テレビ音楽の巨星・山下毅雄がここでも自らの口笛とシャウトを披露していた、日曜昼の定番。
前時間枠の新婚さんいらっしゃいの提供紹介スキャットと共に、忘れじの昭和オープニングです。
オセロゲームという遊びが、小学館学習雑誌が付録に使ったためでしょうが、
昭和40年代後半にいきなり爆発的に普及しまして、そのルールの簡易さから、
子供たちに限らず、全世代に認知されるまで時間はかかりませんでした。
そんなオセロが一通り普及し始めた頃に始まったのが、このパネルクイズ。

赤・緑・白・青、四人の解答者がそれぞれ、正答する度に自分の色のパネルを、
5×5=25枚のパネルに1枚置ける。
但し、一番最初の正答者はど真ん中と決まっており、その後も、
他者のパネルを挟む事が狙える位置でないと置けないなど、幾つか制約は有ります。
そして、自分の色で他者の色を挟むと、挟まれた色は全て自分の色にできる。
4隅は「角(かど)」と呼ばれ、絶対に他者から挟まれる事が無いので、
戦略上、特に重要な位置でありました。ここいらはオセロと同様です。

番組が始まりまして少ししてからですか、あまりにも4隅が優遇されすぎてたからでしょうが、
アタックチャンスという特別問題ができました。
これに正答すると、他者のパネルをどれでも一枚、無色状態に戻す事ができるというもので、
アタックチャンスで奪われた色を取り返す事もできるなど、色々な展開が広がりました。
昭和テレビクイズなれば、誤答はお手つきと称しまして、その際は一定問題数に解答権が無くなり、
アタックチャンス直前にそれをやると戦略的に著しい損失となるため、
司会の児玉があらかじめ注意を促すようになりましたっけ。

そうして全問終了した時にパネル数が一番多い解答者が優勝。
引き続きエールフランスで行くパリの旅に挑戦する映像クイズとなります。
自分が獲得したパネルの色が問題映像に塗り替えられていき、
「今日はある人物を当てて戴きます」などと指定された後に、
これまた忘れ難きテーマ音楽をバックに問題映像の再現がスタート。
チャーラーララ~と音楽が終わり、児玉が「その人物の名は?」と尋ねるとカウントダウン。
プップッと急かされる中、見事に正解するとファンファーレテーマが鳴り響き、
「そのとーり!!」と、児玉清が我が事のように破顔して解答者を称えていました。
スポンサーの東リにかけて「そのとーり」と言っていたというのは、不覚にも気付きませんでした。

25枚のパネルが全部一色になればパーフェクトで、滅多に有るものではなかったですが、
たまに新聞のサブタイトルに予告される時が有って、その時はチャンネル合わせましたね。
白一色になった回とか覚えてますけど、ワタクシは二回くらいしか見た事ありません。
パーフェクトになると海外旅行問題も完全に映像が見えるわけで、ほとんど戴きって感じでした。
問題そのものは、それほど難しくない作りになってましたから。
ところが、特に真ん中あたりに他人の色が固まってると、その部分が他者パネルのままなので映像が見えず、
ちょうどその部分で人物の顔が見えない時などが結構あって、狙ってんのか!と思ったり。
そこまで考えれば真ん中あたりも戦略的に重要な位置となってました。

東リ パネルクイズと称していたように、長らく東洋リノリュームの一社提供でしたが、
後期はいつの間にか変わっていたのですね。
ワタクシは東リ時代以外はほとんど見ておりませんでした。
ですので、東リ時代の記憶は一層に鮮明です。
最後のCMコーナーは、「♪ 東リ ファッションフロアー このマアク」
というCMソングに乗って始まり、東リのカーペットなどを紹介してましたっけ。
4人の解答者たちにも最後、東リのカーペットが贈られていたと思います。
カーペットはトップ賞で、あとは他の東リ製品だったかな。

ワタクシにとって児玉清と言えば、花ははなよめの旦那であり、
肝っ玉かあさんでの佐良直美の憧れの君ってところでありますが、
関口宏とともに、俳優から司会への転身成功筆頭例でありました。
前出の役柄から司会まで、一貫してそのスタイルは木訥で親しみ易いもの。
アタック25に殉じるような形となりましたが、
彼のような人が活躍できるホームドラマが絶滅状態というのも大きいのでしょう。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
ちなみに
25枚そのまま手に入れた強者が少なくとも一人いたと覚えている
彼は旅行も手に入れたと記憶している

にしても25より少ない9枚とかならどうなのかな
2011/05/24(火) 22:53:57 | URL | 熱血王 ガッツィンガー
この前アタック25枠内での児玉さん追悼番組を観ましたが、その際児玉さんの司会術が紹介されていて、不正解の際のブザーは児玉さん自らが押していたのが映りました。「そのとーり!」が初期のスポンサー東リにかけていたことと併せて初めて知った事柄です。
更に、この番組が1975年に始まる前に1年間だけ放送されたと言う、児玉さん司会、東リ提供、毎日放送制作(東京では同じ10Chで放送)の「クイズイエス・ノー」も少しだけですが写真で紹介されました。
現在ABC浦川アナ(あの宮根が20年間続けて来た関西ローカルの朝番組を受け継いだ、現在のエースアナ)が代理司会を務め、秋以降は新司会を立てるようですが、どう考えても児玉さんを凌駕出来る司会者などこの世には存在し得ないでしょう。

児玉さんの御冥福を
お祈り申し上げます。
2011/05/24(火) 23:55:49 | URL | ナベチン
優勝者予想
番組の初めにスタジオのお客さんが優勝する解答者を予想して、その方の後ろの席へゾロゾロと移動していた記憶があります。
予想が集中して大勢の人が後ろに座っている解答者がいたり、反対に少ししかいない解答者がいたりしたと思います。
どちらにしてもプレッシャーだなぁと思って観ていました。
あのシステムは初めの頃だけだったのでしょうか。

私にとって児玉清さんといえば、NHKの「週刊ブックレビュー」とニッポン放送の「人生相談」です。どちらも大好きな番組でした。
人生相談では、回答者の方よりも長く熱く語ることもありました。
娘さんを亡くされたときの心情を相談者の方に話されていたこともありました。

ご冥福をお祈りいたします。
2011/05/25(水) 18:24:21 | URL | モデラート
児玉さんの番組
 '70年代、『土曜洋画劇場』というNETの洋画番組の解説をされていたのを記憶しています。
『ゴールデン洋画劇場』はまだ名前の通り金曜日に放送されていたので、土曜日の夜は映画番組が無かった頃です。しかし、それほどの大作映画は放送されていなかったような‥‥。というか、B級映画ばかりだったかも‥‥。淀川さんの『日曜洋画劇場』で放送される映画の、抱き合わせで放映権を買わされた映画の放映枠だったのでしょうか。

 『アタック25』は、日曜日にどこへも出かけない時はほとんど見ています。番組の顔が交替されると、雰囲気が変わってしまうのが残念‥‥。新コーナーが生まれたりしますから。ここは潔く終了させるか、反対に頑固に今のスタイルを守っていくかしてもらいたいものです。

 最近は、土曜日20:55くらいに放送されている『ワーズワースの森』という、日本語の正しい使い方を教えてくれるミニ番組にも出演されていました。番組内では海外に出張中ということで、お休みしていることが設定されていました。

 長門さんといい、二郎さんといい、スーちゃんといい、ここ最近、お亡くなりになる方が多くて寂しいかぎりです。そういう世代の方が多く、'70年代が遠くなって自分も歳をとったことを実感させられます。

 児玉さんのご冥福をお祈りします。
2011/05/25(水) 23:14:05 | URL | 自由人大佐
● ガッツさん
そのままとは? 25問連続正解ですか? まさか(笑)。
アタックチャンスでの奪還を経ずにという意味ですよね。
9枚だと○×にして3目並べにした方がいいでしょう。


● ナベチンさん
近年は、けっこう動的な司会になっていたようですね。
やはり老舗といえど、落ち着きの無くなったテレビ界の流れには抗しきれずなのかな。
イエス・ノー、見た気もするんですが、覚えてないんですよね。
ビデオも残っていないようで残念です。


● モデラートさん
そうなんですよー。それを書き忘れちゃいましてね。
一番最初の頃は違ったと思うのですが、少しして、ちょっとアクセント持たせたのか、
観覧者に優勝を予想させて、4人の後ろにゾロゾロ移動させてましたね。
その際、第2テーマとも言える ♪ 25 25 パネルクイズ25~ という音楽が流れてました。
その音楽が終わると提供紹介に入ってましたっけ。
この音楽を初期OPテーマと記憶違いしている人がいるようですけど、違います。
そして優勝が決定すると、後ろに座った観覧者は東リのマットだかが貰えました。
極端に予想者が少ない解答者が可哀想でしたね(笑)。だから無くなったんでしょうけど。

あと書き忘れていたのが、エンディング。
テーマソングエンドがかかる中、「また来週、パリがあなたを待っております」と締めてました。


ブックレビューは知りませんが、人生相談は本当にたまに聞きました。
なかなか上手い回答をされているように感じた記憶が有ります。


● 大佐殿
NETの抱き合わせ映画枠は見てなかったかも(笑)。
児玉さんの映画解説は、いま思えば貴重ですね。
アタック25と新婚さんいらっしゃいは、もうしばらく続くんじゃないですか。
笑点、サザエさん、みんな日曜の番組ですね。

ワーズハウスへようこそという番組ですよね。
ワタクシ知りませんでしたが、これは見たかった。痛恨です。
これからもお別れの多い定めのブログですけど、良い仕事を振り返って楽しむという送り出しでやっていきたいです。
2011/05/26(木) 01:27:53 | URL | ごいんきょ
36年ものロングセラー番組を支えた司会者逝く
お久しぶりです。先日、YAHOO!のニュースで「アタック25」の司会でお馴染みの児玉さんが亡くなられましたね。(合掌)1975年というと、かれこれ私が生まれる4年ほど前に「アタック25」がスタートし、一般の回答者とのやり取りをしている姿が目に焼きついている方も多いでしょう。さてさて、ナベチンさんがカキコされたように、「アタック25」がスタートしたときよりも1年前(1974年?)に「クイズイエス・ノー」っていう番組があったというのに思わずびっくりしちゃいました(驚)。どんなクイズ番組だったのか知りたいです。

「アタック25」というと、赤・緑・白・青の席のピンポンマシーンの音と、「♪アタック!25~」というパンチのきいたテーマと、シンキングタイム音が印象的です。(現在の♪ピッコン、ピッコン…も捨てがたいですが…。)
YouTubeで「アタック25」の音楽を聴いてて、「♪25~、25~、パネルクイズ~25~×2…。」の隠れたテーマ曲を聴いてると、サビの部分で盛り上がってしまいますし、また初代シンキングタイム音もかっこよすぎます。

私にとっての児玉さんといえばやっぱり、フジテレビ系の「月9ドラマ」枠(「HERO」、「ラストクリスマス」、「コード・ブルー(第二シリーズ)他)や「美女か野獣」、「トップキャスター」や、NHK大河ドラマ「龍馬伝」他のイメージが濃いですね。
ご冥福をお祈り致します。
2011/05/26(木) 12:05:57 | URL | そらいちろー&くもいちろー
えー。そんなにお若かったんですか。
たしかに、児玉さん番組として列記してるものが新しいなあ(笑)。
2011/05/27(金) 06:28:35 | URL | ごいんきょ
パーフェクト第1号は女子大生?
久々の投稿です。
当方が住んでいる某国では、
去年の春、突然このサイトが見られなくなってしまいました。残念。
このたび一時帰国し、久しぶりに拝見しました。

私の記憶にあるパーフェクトは、女子学生でした。白のパネル。中央大学の学生さんだったと思います。
この方が、パーフェクト第1号だったのでは・・・。

当初、アタックチャンスに入る際、ひとしきりシステムを児玉さんが紹介するのですが、その口調が良かった。
「・・・今後の展開上、どおおおっしても、ここがほしいというパネルを元の状態、白紙の状態に出来るわけです。果敢にアタックしてください!」

そう言えば、当初は司会の児玉さんのほかに、女性が2人、出演していましたよね。

「問題を差し上げます、○○○子です」
「アシスタントの△△△△です」
間髪いれず、児玉さんが
「どうぞ、よろしくお願いします」
と挨拶していました。

ほんとに惜しい・・・。

2011/06/09(木) 23:29:30 | URL | すけきよ
Re:アタック25
児玉さん逝去、ABC浦川アナに代わって2年。本来その年の9月までの代理でしたが、それを撤回してそのまま担当することになりました。ただ、雰囲気が和やかになって、パネルの取り方ミスやお手付きが本当に乱発している印象を受けます。司会者1人で、こう変わったんです。
児玉さんだと緊迫感があって、このようなことはあまり起きないのですが、本当に妙な感じです。児玉さんの司会の巧さ、本当に浦川アナでも凌駕出来ないでしょう。浦川アナの独身もちょっと気になりますが、相手や縁があってのことなので、それは仕方ないのではないでしょうか。
2013/06/01(土) 16:26:50 | URL | 匿名希望
東リの一社提供時代が懐かしいです。
「パネルクイズ アタック25」といえば、東リが一社提供していた頃の方が懐かしいですよ。「東リパネルクイズ アタック25」でしたよね。

2013/12/27(金) 18:03:57 | URL | マスダっち1971
ここもかなり間が空いて、申し訳無いですねー。


● すけきよさん
久々の返信です(苦笑)。
あら。外国の方だったんですか。
うーむ。中国か朝鮮とか?
やっぱりネトキョクウのサイトは閲覧禁止かあ(笑)。

女子学生さんくらいの人がやったのは覚えてます。
パーフェクトの時はさすがに新聞とかで告知してましたので、特にリキ入れて見ました。
ほんとおおおっに、惜しいですよね。


● 匿名希望さん
まあねえ。長期やられた方の後はなんでも大変ですよね。
数少ない視聴者参加クイズとなってますので、いい司会の人がハマッて欲しいです。


● マスダっち1971さん
やはりこの番組も、今は一社提供ではないのですか。
2013/12/30(月) 00:54:47 | URL | ごいんきょ
博多華丸さんの児玉 清モノマを思い出す。
児玉さんが2011年にお亡くなりになって今年で3年になりますね。児玉 清さんと聞くと、未だに博多華丸さんの児玉 清モノマネを思い出します。児玉さん、モノマネされるとあのような感じだったんですね。
2014/01/16(木) 17:37:29 | URL | マスダっち1971
日曜午後らしい番組
まさしく日曜午後。のど自慢は昼、笑点は夕方。自宅ではなく実家のコタツで見たい番組です。ダラダラと何も考えず。
2014/01/16(木) 22:52:04 | URL | とらお
● マスダっち1971さん
もうそんなになりますかあ。
ワタクシは、博多華丸さんと聞くと児玉清さんの真似を思い出しますね。


● とらおさん
なるほど。
そういう時間の過ごし方もいいものかも。
2014/01/17(金) 02:07:56 | URL | ごいんきょ
児玉さんは紳士な方でした。
アタック25が放送開始した当時、私は幼稚園年長でした。

のちにドラマでの演技を拝見したときに「あぁ~児玉さんは役者さんであると同時に紳士でもあるのかなぁ」と感じたものです。

36年間やってきたので、アタック=児玉さんのイメージが大きいですね。
来年の4月で放送40周年のメモリアルイヤーです。
2014/05/08(木) 20:46:32 | URL | よーこぶー
ですねえ。
役者、必ずしも紳士である必要も無いのですが、
山口崇さんとか関口宏さんとか、司会が合う人にはそうした素養が必要ですかね。
勝新太郎司会のクイズも、別の意味で見たいけど(笑)。
2014/05/08(木) 21:05:18 | URL | ごいんきょ
お久しぶりです。前回は山川建夫アナに関しての稚拙なコメント発信、誠に失礼致しました。
さて、アタック25放送開始40年につき、この4月から司会が俳優の谷原章介に交代となりました。因みに問題読みはABC加藤明子アナが産休から復帰しました。彼女の穴を埋めていた3月までABCアナだった角野有紀アナは、故郷名古屋での女子大生時代から交際していたというプロ野球ソフトバンクホークスの中田賢一投手(FA移籍する前は中日に在籍)と結婚する為ABCを退社したようです。それはともかく、司会交代に伴い番組自体もマイナーチェンジ。あの山下毅雄の手によるオープニング&エンディングテーマそして海外旅行挑戦クイズの時に流れる曲がアレンジされてしまいました。個人的にはこの2曲も収録されているヤマタケさんのCDを所有更に高音質ウォークマンに入れているのでいつまでも聴けますが、一抹の淋しさを感じずにはいられない日曜の昼下がりです。
2015/05/11(月) 21:58:48 | URL | ナベチン
前回というのは? このスレではないですね?

とうとう音楽も替わりましたか。
そこまでして続けるということは、まだ人気も上々なのかな。
2015/05/14(木) 23:55:09 | URL | ごいんきょ
オセロ
 発売まもなくだと思いますが、日曜日の朝、テレビCMを見た気がします。何の番組の時だったのか全く思い出せません。
 ゲームのさわりをチラッと見せ、パタパタパタと駒が裏返された男が頭を抱えて(?)
 オ〜セロォ〜〜〜
というナレーション。決め台詞が
 一打逆転、オセロゲーム。
もろに購買心を直撃するコマーシャルでした。効果の点からいうと、私の判定では歴代ベスト1のTVCMです。
2015/06/17(水) 13:06:28 | URL | あぶもんもん
オセロが出来たのは昭和48年で、当初から小学館の学習雑誌で大々的に扱われました。
日本人が発明したゲームという触書でしたが、実際は、リバーシが有ったのですよね。
なんだったんだろう、あの動きは。
オセロのCMはまったく記憶に有りませんが、カリキュラマシーンがツクダ提供だったようです。
2015/06/20(土) 19:45:18 | URL | ごいんきょ
いい思い出
アタック25といえば児玉清さんの印象があります。30年ほど前会社の同僚が出まして、パネル4つ獲得しました。収録のあと、児玉清さんと記念写真を撮った記憶があります。
2015/12/14(月) 13:05:07 | URL | 僅僅
4つですか。
ん?
僅僅さんも応援に出掛けたという事ですかね。
2015/12/20(日) 11:17:18 | URL | ごいんきょ
パーフェクトが・・・
 大学生大会にてそのとき優勝した回答者がパネルを取らせる作戦でラスト3問くらいのこと、そのときの問題が「小学校で習う漢字は600より多いか少ないか」という問題でした。これで3問のペナルティーを喰らい他の回答者が入ってしまいパーフェクトを逃しました。海外旅行は取れた物のあまりうれしそうではありませんでした。
2017/02/14(火) 09:24:41 | URL | クッキーモンスター
なかなか完全に計算通りにはいかないですよね、相手も有るし。
2017/02/19(日) 13:01:41 | URL | ごいんきょ
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