私的 昭和テレビ大全集
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冬物語 (1972)

該当番組画像募集
原田芳雄が一般に最初に注目されたドラマと言えば、これになるんでしょう。
そして前途洋々たる未来がこれから開けるという時に、このドラマで注目されて
本格主演を勝ち取った次作『真夜中の警視』が打ち切りに。
真夜中の警視は、非常に惜しい作品だったと言えましょう。
主題歌レコードを持っていますが、ジャケット写真を見ると、
西部警察の大門とか松田優作の遊戯シリーズの先を走っていた感じです。
というより、松田が原田の後を追っていたんでしょうか。
晩年、追い抜いたと本人は思っていそうですが。

その撮影中、ジープで運転中の事故でスタッフに重軽傷を負わせてしまったんですが、
これが無免許運転という事で、番組は即座にわずか7回で打ち切り。
しかし、禍福は糾える縄の如し。
テレビという箱では小さい感じがした彼の居場所は、スクリーンにこそ有りました。
『赤い鳥逃げた?』では、当時脱ぎっぷりも爽やかだった桃井かおりと共演。
そして、『龍馬暗殺』で再び大いに注目を浴びたのでした。
思えば、桃井とか原田って、ATGがよく似合ってた(笑)。
松田優作とか原田芳雄が映画で見せていた雰囲気って、
テレビではどうしても映えないんですよね。

そんな原田も、テレビで大スターとなりかけたのは先述の通り。
この『冬物語』が、一部で結構注目されていたようです。
と言ってもワタクシは見たか見ないか、どうもハッキリしません。
ネットで検索して皆さんの記憶を読むと、なんか有った気もするし。
要は、浅丘ルリ子が未亡人で、夫の一周忌に逢った原田と、
だんだんと許されざる仲になっていくのではないか、という悲恋ものだったようです。
おそらく原田がその夫の命を事故で奪ったのでしょう。
このドラマの直後に本当の事故。げに恐ろしき偶然なり。

主題歌は、フォー・クローバーズの『冬物語』。
今はネットで検索すればどこかしらで聞けると思います。
で、聞いてみれば皆さん、ほぼ同じ感想を持たれるでしょう。
♪ 過ぎた日の悲しーみを~  って歌いたくなるな。
そ。これ、どう考えてもビリー・バンバンの『さよならをするために』を意識している。
主演が浅丘ルリ子と来ては、明らかに二匹目のどじょうを狙ったものではないですか。
でも、そこそこヒットしたというので、思う壺ではあったわけですね。
まあ、事務所主導の仕事だったんだろうと思います。
さて次回は、原田繋がりで松田優作と桃井かおりの作品でも扱いましょうか。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
脳腫瘍
 たしか原田芳雄は脳腫瘍を患っている役ではありませんでしたっけ。
 突然、割れるように頭が痛くなって「ああーあーあ」と呻きながら石の階段を転げ落ちる場面がトラウマのように脳裏に焼きついています。
 母がこのドラマを見ていましたが、私はその場面だけ覚えています。
 原田芳雄は、たぶんこのドラマの前からボソボソっという話し方が印象に残っていましたが、どのドラマあるいは映画で見たことがあったのか、思い出せません。とにかく存在感がありました。
 ずっと後になって、VHS ビデオの「泣いてたまるか」を見たら、「兄と妹」という話に初々しい青年役で出ているのを発見しました。話し方もまだボソボソではなくて目が輝いており、お茶目な笑顔が可愛かったです。
 ご冥福を祈ります。
2011/07/20(水) 02:55:36 | URL | あぶもんもん
絶叫
浅丘「どうしたの?…ねえ、どうしたの?」
原田「目が…、目が、みえなーい!」
脳腫瘍のために、光を失ってしまうシーンでのやり取りですが、
確か雪景色の中で、原田さんは唾液を飛ばしながら、
「絶叫」していたと記憶しております。

それにしても…、天国に旅立たれる「スター」が、
今年は特に多いような気がしてなりません。
これもまた、「昭和テレビ…」の宿命かも知れませんね。

原田芳雄さんの御霊が、いつまでも安らかである事を祈りつつ、合掌。
2011/07/20(水) 20:21:27 | URL | 甚六
主題歌
>♪ 過ぎた日の悲しーみを~  って歌いたくなるな。
そ。これ、どう考えてもビリー・バンバンの『さよならをするために』を意識している。

そういえば、その前にやっていた「2丁目3番地」の主題歌の「目覚めたときには晴れていた」も雰囲気が似ているような気がします。
3曲ともとても好きな曲で今でもふと口ずさむことがあります。

浅丘ルリ子さんは「2丁目3番地」の少し前に「愛の化石」という曲を歌われ大変ヒットしたと思います。
歌よりも語りの部分が多い曲でしたが、その語りを友達とふざけて言い合っていました。
「悲しみの涙があの人の幸せに心をぬらすとき、それを人は愛とよぶのでしょうか・・・」
今でも覚えているなんて(苦笑)。

その浅丘ルリ子さんが主役のドラマだったので、「2丁目3番地」「3丁目4番地」「冬物語」と続けて見ていたはずなのに、内容は殆ど忘れてしまっています。
第1回に浅丘さんが車を運転して山の別荘に行き、食事の支度をする時に肉の塊に塩をこすり付けるという場面があったのが「冬物語」だったのでしょうか。
浅丘さんの白くて細い指に似合わず豪快な料理が印象的でした。

原田芳雄さんはタモリ倶楽部の鉄道マニアの回によくご出演されていました。
首からカメラをぶら下げて、運転席に立ったり、電車の床に耳をこすりつけたり、物凄く楽しそうなお姿が思い出されます。
ご冥福をお祈りします。
2011/07/21(木) 10:52:49 | URL | モデラート
亭主関白・石坂浩二
 私も「2丁目」は少し、「3丁目」はわりとよく見ていたように思いますが、ストーリーはあやふやです。「冬物語」は3匹目のどぜうに当たるわけですね。
「3丁目」だったかと思いますが、浅丘ルリ子が夫(たしか入り婿?)石坂浩二の嫌いなおかずをわざと続けて食卓に出すエピソードがありました。たしか「夫を威張らせちゃダメ」と誰かに煽動されてのことだったと思います。石坂浩二は石坂浩二で、「尻に敷かれっぱなしじゃいかん。卓袱台を引っくり返すぐらいしないと。一発ガツンと・・・」などとやはり誰かに煽られています。
 椅子に腰かけ、並べられた夕食を無言で見つめる石坂浩二。どうなることかと視聴者も浅丘ルリ子も森光子も見つめる緊迫感の中、アーーッと奇声を発した石坂浩二が卓袱台ならぬ洋式テーブルを引っくり返・・・したと思うんですが、もしかしたら叫び声だけで出て行ったのかもしれません。
 ずっと後に、「男はつらいよ・ハイビスカスの花」で、煮え切らない寅さんの前で浅丘ルリ子演じるリリーが卓袱台を引っくり返したとき、3丁目4番地の場面が蘇りました。

 原田芳雄も「2丁目」「3丁目」にも出ていたような、それで強く印象に残っていたような気がするんですが、役は思い出せません。
「2丁目」の主題歌、「目覚めた時には」に続く部分を母は「いつでも跳ねてる」と聞き、私は「禿げてる」だと思っていました。
2011/07/21(木) 16:30:24 | URL | あぶもんもん
● あぶさん
あったよなー、そんなシーン。
やはり家では見てたな。ワタクシは見てなかったけど(笑)。
泣いてたまるか、まだ本当に出始めの頃ですかね。見てみたい。
石坂さんとのシリーズはまたその機会に語って戴くとしまして(笑)、
たしかに原田さん、三作とも出演しているようです。
前二作は脇役でしょうけどね。


● 甚六さん
今年はと言うか、これからますます増えていくでしょう。
テレビ全盛期に活躍した方々が、それなりのお年ですからね。
映画時代のスターは一握りですが、テレビが力を持つと、
我々の記憶に残っている人々の数も飛躍的に多くなっているはずですから。


● モデラートさん
『目覚めたときには晴れていた』、レコードでは持っていたんですが、
2丁目3番地の主題歌だったんですね。
レコード版は伝書鳩というグループが歌っていて、
ダ・カーポもグランド劇場主題歌集LPで歌っていますけど、
本放送OPでは、赤い鳥が歌っていたんですね。
原田さんが鉄ヲタだったというのは意外でした。
そう言えば、2丁目3番地では鉄道模型マニアの役だったとか。
2011/07/25(月) 23:11:48 | URL | ごいんきょ
主題歌
「目覚めた時には晴れていた」と、「さよならをするために」と「冬物語」の3曲は、兄弟のように似ていますね。

番組とは関係ないですが、この中で、一番古い「目覚めた時には晴れていた」は、ポール・モーリアの「涙のトッカータ」に似ているメロディです(「目覚めた時には晴れていた」のほうが古い)。

「さよならをするために」も、「冬物語」も、ポール・モーリア風のインストゥルメンタルが合いそうなメロディです。

'70年代のポール・モーリア全盛時代に(当時は毎年のように来日公演していた)、当時の日本のヒット曲をポール・モーリアグランドオーケストラによってインストゥルメンタルで演奏するというLPがありました。

この3曲も、インストゥルメンタルでききたかったメロディです。
2011/08/05(金) 01:43:03 | URL | 10000k
あ、本当だ。
さよならをするためにも、ポール・モーリアの曲調に似てますね。
2011/08/11(木) 22:54:16 | URL | ごいんきょ
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