私的 昭和テレビ大全集
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ぱあてえマエタケだ! (1971)

該当番組画像募集


  君がパーティを開いたとしよう
  だがね パッとした感じにならない
  君はヤキモキしてやけ酒を浴びる
  だがね そんな時は思い出してくれ
  電話をかけろこの番号に
  ○○○の○○○○(○○○の○○○○)

(前 田)マエタケあいつは頼りになる男
(ゲスト)マエタケあいつはおだてにのる男
(前 田)マエタケあいつは四つ葉のクローバー
(ゲスト)マエタケあいつは(都度変更)
(前 田)マエタケあいつは泣く子も笑わせる
(ゲスト)マエタケあいつは寝る子も寝かせない
(全 員)マエタケ!
(前 田)ありがとう
(全 員)マエタケ!
(前 田)もう一回!
(全 員)マエタケ!
(前 田)ありがとう
(全 員)マエタケ~!


前田武彦が司会者として、と言うよりも、テレビタレントとして
絶頂だった事を彷彿させるテーマソング。
中川昌の率いるぱあてえポップスオーケストラが演奏する中、颯爽と登場していた彼は、
この番組が始まる直前の3月まで巨泉×前武ゲバゲバ90分をやっており、
テレビ界に向かうところ敵無しの様相で、そんな自負が歌詞にも溢れております。

電話番号が歌われているのですが、まさか、当時の前田の本当の番号だったんでしょうか。
往時は雑誌などにも普通に、女優であろうがアイドルであろうが、
住所や電話番号が当たり前に掲載されていたのですから、まあ、そうなんでしょう。
歌詞通り捉えれば営業なんでしょうが(笑)、クレームもこちらへという、
当時としては破格の毒舌調だった彼なりのけじめでもあったんでしょうか?

この番組は、タイトル通りの前武を中心としたパーティーという趣向で、
前田の自画像と、ニックネームだったカワウソの着ぐるみが、番組に華を添えてました。
カワウソというニックネームは、ライバルだった大橋巨泉が名付けたものだったんですね。
前田は夜ヒットでゲストに次々あだ名を付けていたので印象強いのですが、
そう言えば巨泉も、朝丘雪路にボインと称したり、あだ名付けの名人でありました。

わずか30分番組に、わりと力を入れたオーケストラを編成したり、
往時のテレビバラエティの常道として音楽にも力を入れており、
コントは、例によってミュージカル仕立ての感じでした。
レギュラーには、当時マエタケと言えばこの人の、中村晃子を始め、
早瀬久美、小鹿ミキと言った面々に、男では、立川ワシントンや左とん平らがいました。

この番組は新機軸として、カメラがタレントを撮るのではなく、
タレントがカメラに向かうという事を謳ってました。
思うに、前田と同じく『お昼のゴールデンショー』から巣立ったコント55号が、
カメラからはみ出す動きでテレビ史を塗り替えて話題になったのに触発されていたのでしょう。
謂わば、逆コント55号ですね。

その目論見が上手くいかなかったためか、あるいは30分番組にしては金を掛けすぎたためか、
根本的には視聴率が悪かったからなんでしょうが、この番組は1クール持たず打ち切り。
ウィキペディアによれば、NET→テレビ朝日、毎日放送とも、
この時間枠の最短記録だそうで、悪い方でですが、一応はその名を留める事になりました(苦笑)。
55号のアドリブコントやドリフターズの公開生コントが人気の中、
スタジオでVTRにより作り込まれた、音楽仕立ての旧来スタイルでは苦しかったかもしれません。

思えばゲバゲバも直前で完全終了しており、この番組中で、自ら司会していた
『おやじバンザイ!』のパロディに近い事をやったりしたように、
他者の代役で人気番組の司会を幾つかやっていたものの、
独自人気番組はなかなか新しく生み出せず、思えば70年代初頭は、
前田人気の衰えが予兆された時期で、この番組はその筆頭のようなものでした。

ゲバゲバや夜ヒットの大当たりによってギャラも高騰していたでしょうし、
ちょっと弱みが見えると、一斉に手を引かれる下地は、
たしかに色々と有ったのかもしれません。
しかし、べつに中山秀征とかの事を言うつもりはありませんけど、
人柄ばかり良くても面白みがまったく無い連中が支配するテレビって、
魅力あるのかなあ、芸事ってそういうものかなあと思いますけどね。


ぱあてえマエタケだ!
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この記事へ寄せられたコメント
裏番組が帰ってきたウルトラマン
放送期間2ヶ月、放映回数わずか9回…裏が裏とはいえあまりに侘びしすぎますね(汗)もっとも翌年以降変身忍者嵐やエースをねらえなど特撮アニメ枠としてウルトラに肉薄していくわけですが
2013/05/27(月) 23:53:16 | URL | 鉄ドン
NET→TBSになってからも
継続した特撮アニメ枠ではキョーダインやワンセブン、こども文庫やスカイライダー~スーパー1(前期)、クオレ物語やワンワン三銃士やじゃりんこチエやバイファムなど充実した枠でもありました
2013/05/28(火) 00:06:19 | URL | 鉄ドン
さすがに、ここまでひどいと・・・
 地方の新しいUHF局からもブーイングが出そうな。HTBの岩沢(当時の)社長あたりが率先して言いそう。(個人的見解です)
 NETも板挟みになってたりして。
 ネットの世界では
 「MBSは本意ではない東京の局と系列を組まされた。だから郊外に大きなスタジオを作って自社番組を作っていくしかなかった」
という、MBSがかわいそうだという解釈が大勢を占めていますが、70年代にもなるとNETだって制作力はついてきただろうし、全国ネット枠をMBSから奪還したい、という野望もあったんじゃないでしょうか。
 私はむしろ、NETに同情したくなってしまいました。(^_^;)
2014/06/06(金) 23:47:52 | URL | 北国の人
● 鉄ドンさん
肉薄…というほどではなかったかと(笑)。
嵐もエースも、消化不良で終わりましたね。
そう言えば、『エースをねらえ!』の企画進行中は、きっと『ウルトラマンA(エース)』放映中だったのでは。
裏番組としてはこれ以上無い題名だったのですね。

その顔触れですが、ファン目線では充実と言えるのかもわかりませんが、
対外的には視聴率で見れば失敗作の羅列なんですよね(笑)。
じゃりン子チエくらいでしょうか、視聴率に見るべきものが有ったのは。


● 北国さん
本意かどうかというのは、現場と上層部でもまた違ったでしょうしね。
現場からしたら、あまりに強い関東局だと、自分達の独自枠が減って嫌だという事も有ったかもしれませんし。
実際、TBSと組んでからは独自枠が激減したのではないかと思います。
2014/06/07(土) 06:57:57 | URL | ごいんきょ
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