私的 昭和テレビ大全集
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なつかしの歌声 (1968)

該当番組画像募集


先のザ・サスペンスの稿で、市川森一先生が我が父と同郷と書きました。
で、この正月に我が家に両親が来ましたおり、知っているか聞いてみたのです。
こちらとしましては、何か噂でも聞いてるかくらいの気持ちでした。
田舎の人間、特に我が父くらいの年代までの者は同郷意識も強く、
ましてや数少ない著名人とあれば(笑)、絶対に何か知っているとは思いまして。
ところが先方の返答は想像を絶していて、一瞬、対応する言葉を失いました。

「親戚じゃん」

は?
初耳だっつーの、そんなこと。
どうせデタラメだろうと思って詳しく聞いてみると、
どうも市川先生のご母堂と我が祖母が従姉妹らしいです。
まあ、親戚と言うには非常に微妙な距離で(苦笑)、
実際ワタクシもそんな事は初耳でしたし、
向こうさんもこんな卑賤な者にあまり親戚と吹聴されたくないでしょう(笑)。

でも、一応家系図で表してこじつけでも無い距離にあのような巨人がいたという事は、
このようなブログをやっている身としては、力を頂ける思いにはなりました。
今後のワタクシのライフワークに、市川森一研究が入るかもしれません。
それにしても、もっと早く話してくれていたらとも思いますし、
ワタクシの事ですから、知っていても状況に特に変化は無いかとも思いますが、
一抹の無念さは拭えません。

先生が取り組んでいた脚本保存施設に関してはワタクシも念願している事であり、
寄贈できる資料もそれなりの数あるので、
遠くともそちらの方向も目指して行きたいと。
とにかく抱負だけは豊富な身に、またいろいろ目標が増えました。
数少ない文化的取り組みをしてくれているテレビ人と期待・尊敬していた人が、
まさか縁者だったとは、縁(えにし)というものの不可思議を思います。

で、取り敢えずワタクシの方は、昨年中には形にする予定であった、
レコード版の方の歩を進めねばなりません。
主題歌は番組の顔であり、歌を聞けば番組の雰囲気を思い出したりします。
本放送時に見ていたなら、その見ていた家庭の風景まで思い出せるでしょう。
主題歌研究は、番組研究から切り離せないものです。
ここから、更にもう一つの発展先も抱えているのですが、
あまり風呂敷を広げてばかりいても畳むのが大変なので(笑)、それはその時に。


我々の世代は、そのようになつかしの歌声は主としてテレビから流れていましたが、
それ以前の主役は、なんと言っても映画でした。
あまた作られていた映画から人々は様々な文化を吸収し、
その中央に、最新流行歌謡が座していたのです。
そうやって人々に歌われたテレビ誕生前の流行歌を発掘し、
のみならず当時の歌手その者に歌わせた画期的番組が、今回のこの番組です。

テレビ誕生前に全盛だった歌手の多くは、テレビ時代に乗る事なく、
いつの間にか人々からその存在を忘れられていました。
この番組はそんな人々と流行歌に、再びの光を、息吹を与えたのです。
彼らの時代、レコードはSP盤で、蓄音機を持っている家も限られ、
多くの人は耳に出来たのは、映画を見に行くような限られた機会くらいだったでしょう。
数十年ぶりに聞く懐かしの歌に人々は歓喜感涙し、
元は特番的だったこの番組は、すぐレギュラー放送となります。

東京12チャンネルで視聴率15%前後は稼いでいたようですから、
人々がいかにこの時代の歌を渇望していたか窺い知れます。
当時のテレビ東京、12チャンネルはローカル局ですから見られる人間も限られましたが、
このような流れを受けてNHKなども積極的に懐メロ番組をやるようになりました。
我が家も父親がこの番組を好きで、必ず視聴していました。
思えばワタクシの幼少時、我が家でよく流れていた軽音楽は、
この番組で聞くような流行歌… 美ち奴の『あゝそれなのに』とかの
インスト音楽のレコードだったですね。
今にして思えば父親も産まれてない時代の歌ですが、なんでだろう?

まあ、この番組に触発されて懐メロ好きになったんでしょうし、
そのような人間はこの頃、あちこちで量産されたでしょう。
家で欠かさずこの番組を視聴していたお陰で、ワタクシも結構な懐メロファン。
およそ同世代の人間ではタイトルや歌手も知らないような歌を、多く歌いこなせます。
日本人ならではの歌謡曲で、決して猿真似になってないんですね、往時は。
K-POPだJ-POPだと騒ぐ前に、日本人がもっと確固としないと意味が無いんじゃないかな。
所詮は猿真似音楽同士の話じゃないですか。
由紀さおりさんの歌が日本語で売れたというのは、なんとも合点がいく話です。
まああれも、曲そのものは猿真似でしたけどね(笑)。

司会は、日本の中核レコード会社名をその名に頂くコロムビア・トップ。
わりと力の入った紹介ぶりでしたが、軽口は少なめだった印象です。
場面としては、ディック・ミネが『二人は若い』を歌った際、
「二人は… 若くないかな、あんまり(笑)」とか言っていた部分はよく覚えてました。
後に昭和歌謡大全集でVTR見た際、有ったなあと思いましたね。
歌で印象的なのは、菅原都々子の『月がとっても青いから』とかね。
おそらくこの番組で知ったであろう森昌子が、よく物真似のネタに使い、
しばらく物真似番組でいろんな人間が真似し倒した時期が有りました。
男も含めてね(笑)。

昭和歌謡大全集と言えば当ブログ名の元のようなものですが(苦笑)、
ブログタイトルに「昭和テレビ」というのは絶対に入れたかったんですね。
昭和末期からテレビは特に腐り出しますけど、一応は昭和で線を引こうと。
で、「大全」「全集」「大全集」などいろいろ付けてみて、
「大全集」がピッタリ嵌るんだけど、なんか『昭和歌謡大全集』みたいだなあと。
とは思ったんですが、まあ一般的な言葉を組み合わせてるだけだから
そんなに遠慮する事もないかと、開き直って名付けたというものです。
ま。昭和歌謡大全集の響きに耳馴染んでいたというのは大きいでしょうけどね(笑)。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
地方でも人気番組
この番組、実は地方局でも結構盛んに放送されていて、例えば北海道では金曜夜10時台、高知では火曜夜7時台と、結構いい時間帯があてがわれていたようです。
で、当初はこの番組の年末スペシャルとして企画されたのが今も続く「年忘れにっぽんの歌」ですが、実は正月にも似たような懐メロ番組が放送されていました。読売‐日テレ系で確か元日の昼ごろから放送されていて、出演者は大体「年忘れ」とかぶっていました。司会は東のトップ・ライトに対抗して、上方柳次・柳太という漫才コンビでした。
2012/01/04(水) 23:06:41 | URL | うみがめ
ほー。
やはり懐メロ需要は全国的に有ったという判断ですかね。
人に歴史ありと共に、エログロではない12チャンネルの代表番組です(笑)。
2012/01/05(木) 04:09:55 | URL | ごいんきょ
結構地方局でもなされていたのですね。関西地区はMBSで週末(日?)の23時から放送だったはずです。
この番組を当時弱小局であった東京12チャンネルがVTRを残していたこと自体が奇跡だと私は考えています。
1968年の放送分は余り取り上げられないので、残ってないようと思われますが・・・
2012/01/05(木) 22:29:47 | URL | 鳥飼
当時12チャンネルは、MBSと関係浅からぬ仲でしたからね。
たしかに弱小ですけど、教育テレビ局でしたから、
レコードとかビデオの展開は、規模の割りにむしろ他局より能動的でした。
それと、よく言われる「テープが高価だったから」という言い訳が、
少なくとも昭和も40年代に入れば嘘っぱちに過ぎないという事でしょう。
単に、残す努力をしなかっただけなのです。
当時の関係者が愚鈍で蒙昧で、怠慢だっただけです。
2012/01/08(日) 07:12:23 | URL | ごいんきょ
昭和40年代からアーカイブ保存の概念を明確に打ち出していた東京12
東京12チャンネルは、NHK並びに民放各局出資の科学テレビ協力会(この会が東京12プロダクションという形の発展的解消を経て、現在のテレビ東京に
至る(新)東京12チャンネルとなる訳ですが)依る支援で昭和40年不況に伴う経営破綻から辛うじて免れた昭和42年の時点で、既存他局と一線を画す要素の一つとして、NHKを含む他局が蔑ろにしていた(テレビ番組を称して「消えもの」という業界隠語もあった程)「歴史的資料としての自社制作番組保存」の方針を明確に打ち出し、その方針に基づき歴史的資料になり得る番組として企画されたのが、SP時代の歌手が退去出演されたこの「なつかしの歌声」であり、政財界を始めとする各界の大物の方々の一生や人となり、肉声が収録された「人に歴史あり」だった訳です

勿論、そのアーカイブ保存の方針は他の自社制作番組でも徹底され、岡田眞澄さんがお亡くなりになった際に、美輪明宏さんと共演した白黒時代の東京12番組が鮮明な画像で紹介されたりもしました。
他だと確かこの番組での収録だと思いますけど、岡晴夫氏の唯一のカラー画像を保持していたりと、現に貴重な歴史的資料として活用されたりしています。
もっとも東京12のアーカイブ保存の会社方針は、裏を返せば「(製作の自局他局関わらず)一度製作したコンテンツを何度でも使い倒してやろう」という経費節減策の側面もあったであろう事は正直否めませんけどね(笑)

但しそのアーカイブ保存はあくまでも自社制作番組のみに限られていて、制作会社の枠買い取りの形が殆どだったドラマ等のフィルム作品は制作会社預かりで専らCS等での放送が主体で、テレビ東京やTX系列局では再放送すらままならないという憂き目に遭っているのが殆どですが(泣)。
2013/05/14(火) 15:48:25 | URL | TXが無いテレビなんて・・・
訂正
SP時代の歌手が退去出演→SP時代の歌手が大挙出演
2013/05/14(火) 15:50:26 | URL | TXが無いテレビなんて・・・
『人に歴史あり』とか『ああ軍歌』とかはレコードでも展開しましたし、
色々と商品展開を考えていた局ですね。
ただ、娯楽番組でそれはやっていなかったんですけど。
だから娯楽番組のビデオは、やはりあまり残っていない感じです。
2014/12/02(火) 07:00:10 | URL | ごいんきょ
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