私的 昭和テレビ大全集
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テレビのおばちゃま (1957)

テレビのおばちゃま


今に至るまで半世紀以上も連綿と継続しているために、
すっかり幼児番組の本家本元と誰もが認識している、NHKの「おかあさんといっしょ」。
ところが、この手の番組の嚆矢にして、雛形を作ったとも言える番組は、
実は民放第一号の日本テレビによって始められておりました。
黎明期、海のものとも山のものとも知れぬテレビという新媒体は、
まださほどの力を有しておらず、時間割も虫喰い状態。
朝、昼、深夜の放送表は中抜き状態、放送休止の時間帯でありました。
365日24時間営業の今日では、昔日の感が有ります。

昭和30年代始め、まだテレビも誕生して5年経たぬ頃は、朝の9時台も空白区だったのです。
そこへ、学童や旦那を送り出して朝の片付けに忙しい主婦連が、
幼児に目をかけなくても済むような、テレビに彼らを釘付けにする番組が登場。
おそらく新規スポンサー開拓に躍起になっていた当時ならではの番組で、
これぞ幼稚園プログラムのテレビ化とも言える、当番組でありました。
提供は講談社。
幼稚園から小学生までを対象にした「たのしい~」学習雑誌を出版していた時分です。
ワタクシが学童の時分には既に小学生対象物からは撤退していて、
「たのしい幼稚園」だけだったような気がします。

内容は、本当に後の同種番組の雛形となるもので、人形劇、漫画、歌とお話の構成でした。
本当の初期は、歌とお話、踊りくらいしかやっていなかったかもしれません。
人形劇では、「こぐまのコロたん」というものが判明しています。
ツバつき帽子をかぶった吊りズボンのコロたんが、他の動物仲間たちと繰り広げる騒動。
♪ 僕ら早起き いー子なんだい 僕らは元気ないー子なんだい
仲間は、ガールフレンド?ウサギのめめちゃんと、子豚のぶう。
NHKはブウフーウーもこちらから頂いていたんですね。
更にはタヌキのぽん、アヒルのがちゃこ、キツネのこん。

大人では、かばおばさんやブルお巡りさん、それに定番の、ふくろう博士などがおりました。
角帽教授姿のふくろう博士。これってこの番組の前から有る設定なんでしょうかね。
この博士が、いろんな面白いものを作ってくれたりするんですね。
悪役も勿論おります。わに。 ただ、わに。
確かにわには鳴かない。だから擬音の愛称はつけられない。
それにしたって、他の出演者に比べて、あまりにもの愛想の無さ(苦笑)。
このわにが悪戯者で、始終イタズラを仕掛けては、自業自得のはめに陥るという感じ。
それでも最後はみんな仲よくという感じが、いかにも幼児教育番組でした。

続けて、おばちゃま漫画劇場。
テレビ漫画というのは、当時まだ日本ではまともに制作されておりませんから、
主としてアメリカからの輸入アニメ再放送だったんだろうと推測されます。
そして最後に、おばちゃまが子供たちを前にしての、歌とお話。
このおばちゃまというのは複数いたようで、ここは後年番組の一人担任制とは違います。
NHKおかあさんといっしょは、開始年度が近いためか、形式がほとんど同じですね。
向こうの新機軸は、体操、そしてお兄さんを入れたという事でしょう。

おばちゃまを担当したのは、北村季佐子、藤田妙子、仲田安津子。
仲田安津子は健在のようで、番組終了後は実地で教育に携わり続けているんですね。
http://gyoen-gakuen.cocolog-nifty.com/about.html
藤田妙子も幼稚園をやっていた人で、作曲家の子として歌と踊りはお手のものだったようです。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4276828260.html
北村季佐子については、ちょっと情報が少ない感じです。
このおばちゃまが歌っていた歌ですが、有名なところでは「すうじのうた」が有ります。
最後の「煙突とお月様」というのが、なんでこれだけ2つなのか、
特別待遇っぽい感じで違和感を感じてましたねー。

他には「インディアンのごあいさつ」ってのも有りました。
♪ インディアンのごあいさつはハウハウハウ
うーむ…
NHKはこれも、ケペル先生のテーマソングでパクッてるなあ(苦笑)。
この手の番組はNHKがお手本で、民放はそれを踏襲していたとばかり
思っておりましたし、そういう人も少なくないでしょうが、実は違ったんですね。
番組タイトル画面を載せてますけど、これは文字の巨人と言われる、
中村征宏氏によるものだったようで、こんなページが有りました。
http://www.jiyu-kobo.co.jp/mojimaga/mm_giants/03/mm_giants03_1.html
勝手に画像転載して申し訳ないですけど、「引用」という事でご容赦下さい。
番組をご覧だった方々に、当時の雰囲気を思い出して戴きたいという事です。

それにしても、往時は職人というのが各界隈にいたし、
それはテレビの世界でも、そこここにいたのだという事ですね。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
たのしい幼稚園
「たのしい幼稚園」は、私自身幼稚園児だった頃に定期購読していました。
この番組の頃の「たの幼」は、恐らく読み物中心だったのでしょうが、私の頃は既にマンガが中心でした。その多くは「のらくろ」「ムーミン」など、このブログでも以前取り上げられた作品で、正に「たの幼」は「雑誌と連動したテレビ」から「テレビと連動した雑誌」へと変貌を遂げた訳ですね。
2012/03/23(金) 08:45:58 | URL | うみがめ
そうですね。
あと、付録、特に組み立て付録が子供にとっては豪華で楽しみでした。
2012/03/25(日) 08:39:46 | URL | ごいんきょ
実は幼児向け番組にも力を入れていた日テレ
嘗て「ロンパールーム」、「おはようこどもショー」、「カリキュラマシーン」、と幼児向けの名番組を生み、そして現在、今や他の民放地上波では殆ど見向きも去れなくなった(BSに回されたりで存続しているのもありますけど)この時代であっても「アンパンマン」という形で幼児向け番組をどうにか存続させている日テレの原点がこの番組だったんでしょうね。
何せ私が影も形も無い時代の番組なので、内容そのものの論評は出来ないですけど、昭和32年のこの時期に幼児知育番組を始めた理由としては、早朝帯のスポンサー確保と共に、当時郵政省・文部省等が打ち出した「教育テレビ構想」と、ネットワーク形成でラテ兼営局のKRY(後のTBS)に出遅れた日テレや読売新聞が直接間接に開局準備に関わっていた新大阪テレビ(開局直前に読売テレビと社名変更)や札幌テレビが教育局として免許が降りそうな向きもあった(結局、角栄裁定で新大阪、札幌の2局については、新大阪テレビと激しい免許獲得競争を繰り広げた毎日放送共々「準教育局」として免許が降ろされると実に玉虫色な形での解決と相成りましたが(笑))事も無関係では無い様にも思われますね。
2012/03/26(月) 03:11:48 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
たびたび書いてますけど、初期はテレビもけっこう風当たりが強かったんで、
御為ごかしが必要だったんですよね。
で、それが必要なくなったと判断したら、各局から一斉にその手の番組が無くなりました。
官より民なんて大嘘ですよ。
やはり両者が鬩ぎ合う関係が最も健全でしょう。
2012/04/07(土) 06:06:58 | URL | ごいんきょ
タイトルからして
小森和子の番組かと思いました(笑)
2012/04/11(水) 07:26:25 | URL | 鉄ドン
小森和子さんがおばちゃまを自称するのは、はるかはるか先になりますね(笑)。
2012/04/26(木) 04:27:00 | URL | ごいんきょ
テレビのおばちゃま
今朝の新聞で元宝塚女優春日野八千代さんが亡くなったと知りました。子供の頃見ていたテレビ番組「テレビのおばちゃま」に彼女が出て居た記憶があります。番組中、子供達が描いた絵を紹介するコーナーがあり、「春日野八千代おばちゃま」に母が送った私の絵を紹介してもらったことを思い出しました。出演者に名前が見当たりませんが、どなたか憶えていらっしゃいますか?
2012/08/30(木) 08:30:44 | URL | かれん
訃報はワタクシも拝見しましたが、テレビではあまり馴染みが無かったと思っていたのですが。
まさかの新情報でした。
ワタクシが過去に見た資料では見当たりませんでしたし、
ネットで検索しても情報皆無ですね。
どなたかご存知の方が情報下されば助かるのですが。
2012/08/30(木) 23:26:37 | URL | ごいんきょ
記憶違いでした
昨日春日野八千代さんがテレビのおばちゃまに出ていらした、とコメントしましたが、同じく元タカラジェンヌの笠置八千代さんの間違いでした。
失礼いたしました。
半世紀以上前の懐かしい思い出です。どなたか
笠置さんを憶えていらっしゃいますか?
2012/08/31(金) 22:56:58 | URL | かれん
こちらにしても、情報皆無ですね。
ご存知の方が現れるのを待つしか有りません。
2012/09/02(日) 13:34:49 | URL | ごいんきょ
誰かこの歌知りませんか。
昭和30年生まれの57歳です。テレビのおばちゃまは毎朝ごはんを食べながら見ていました。この頃覚えた歌があります。「動物村のアパ-トは2階の御窓に下の窓、皆なかよしお友達、こちゃこちゃ皆さんごきげんよう」ふしも覚えていますが、これはテレビのおばちゃまの歌だったんでしょうか。誰か教えてください。
2012/09/15(土) 00:41:51 | URL | 太陽神
へえ。ぜひ歌って戴きたい(笑)。
「動物村のアパート」で検索しただけで、世界中の誰も言及していない文言となっております。
お陰様で、また当ブログに世界初が加わりました(笑)。
非常に貴重な記述ですので、補強証言が待たれます。
2012/09/15(土) 01:27:39 | URL | ごいんきょ
こんにちは
ごいんきょ(管理人)様、この度はお世話になります。
私の家はテレビの黎明期からありましたので、近所中の人が家に見に来ていました。
幼少時は日テレの「鳩の休日」をよく見聞きしたものでした。
朝と夕方は、当時は空白時間が多かったですね。
テレビのおばちゃま、本当に懐かしいです。
このテレビのおばちゃまのことを知っている人は、本当に少ないです。
過去にいろいろな掲示板で尋ねても、誰一人として答えていただけませんでした。
私の覚えている範囲のことを記します。ただ幼少時ゆえ、記憶違いの段はご容赦を。
しかも、内容は断片的なものしか出てきませんが・・
北村季佐子氏はさすがに存じませんが、藤田妙子おばちゃまはよく見ていました。仲田安津子氏は存じません。
藤田妙子おばちゃまの後、数名?いて、松島みのりおばちゃまを最後に私は見なくなったと思います。
藤田妙子おばちゃまは、子供心によくできた方といいますか、安心感のある方で何でもこなせる方だったと思いました。
その後の松島みのりおばちゃまになってからは、何かこう現代風のギャルのようになってしまい、重厚感が薄れたのを感じたものでした。
松島みのりおばちゃまは、替わった初日から覚えています。
「♪わたし、○○○、みのりって言うの、私、私、みのりって言うの、みんなの[み]よ、野原の[の]よ、りんごの[り]よ、みのりって言うの。」
と、いきなり軽いノリで自己アピールの歌を歌い出すではありませんか。残念乍ら、○部分は失念しています。
この方、たしか後に声優に転じていますよね。
人形劇の「こぐまのコロたん」、ありましたね。
歌も少し私の記憶と違います。
「♪コロたん、めめちゃん、ぶう、ぶう(ぶうは二度繰り返します)[間奏曲が入ります(ちゃんと覚えています)]僕らはみーんないい子なんだい、僕らはみーんないい子なんだい」とか、二番目の「みーんな」が「とっても」に替わったりしたのでは・・
この、めめちゃんとぶう、いましたねぇ。
その他の動物はわかりません。
そしてある日、手品の先生が出演した際、この動物たちを捩ってまじないをかけた言葉が「あぶらかたぶら~メーメーコロタンのブー」でした。
思わず笑ってしまいましたけど・・

>大人では、かばおばさんやブルお巡りさん、それに定番の、ふくろう博士などがおりました。・・悪役も勿論おります。わに。
・・このわにが悪戯者で、始終イタズラを仕掛けては、自業自得のはめに陥るという感じ。それでも最後はみんな仲よく・・

そうそう・・ブルお巡りさんの歌・・
「♪我輩はお巡りさんのブル、怒るとひげがブルブル、○○○、かっこいいお巡りさん、それが我輩」
残念乍ら○の文句は失念しました。
わにの歌・・
「♪わっはっはっは、わっはっはっは、わっはっはっは、俺は森中で一番強い、俺は森中で一番強い、コロたんなんかへっちゃらだい、ボインとやればへっちゃらだい」
ただ、かばおばさんは記憶の中にありません・・

おばちゃま登場は、実はあまり記憶がなく歌とお話だったような気はしますが、中身は覚えがないですねぇ。
前述の通り、藤田妙子おばちゃまは私にとって安心感がありました。見ていて安心するのです。

>♪ インディアンのごあいさつはハウハウハウ・・
これも聞いていましたね。

やはり黎明期のこの「テレビのおばちゃま」はNHKにすら影響を与えていたんですね。
これらの曲は、私は譜面起こしもできますので、必要ならばしますよ。


2012/11/24(土) 22:16:05 | URL | ZAPO
追伸です
追伸で失礼します。
ふくろう博士の歌・・
「♪○○○○○○○○・・・・・・・・でもまだできない、いつかきっとできるだろう」
というような歌を思い出しました。
でも、覚えているのは最後の部分だけです。
発明品で成功する歌だったと思います。


2012/11/24(土) 22:54:42 | URL | ZAPO
沢山のコメント、ありがとうございます。
なにしろ記憶している人が少ないであろう番組ですので、貴重な話だと思います。
近所の人が見に来ていたほどの初期からテレビをご覧とは羨ましいです。
是非、その他の記憶も、ここでも、ご自分の場所でも、残して戴きたいと思います。

松島みのりさんとは、声優の松島みのりさんと同一人物なんでしょうか。
であれば初耳ですし、非常に貴重な話ですね。
スーパージェッターのかおるさんや、あかねちゃん、オチャラの声ですね。
当然、まだ若かったでしょうし、俳優が本職だったんでしょうから、
そのような感想になっても仕方無かったのかなという感じはします。
登場の挨拶なんて、多分ご本人も忘れてるんじゃないかな。

人形劇や歌のご記憶も、とても貴重ですし、譜面起こしも意義あるとは思いますけど、
ここではちょっと申し訳無い感じですかねえ。
数多ある黎明期のテレビの記憶を、是非ご自分のページで列記されるべきだと思いますが。
まあ、気楽にここにコメントして戴いても、うちとしては助かるのですが。
2012/12/02(日) 06:28:03 | URL | ごいんきょ
補正補足です
またまた失礼します。
テレビのおばちゃまに関しては、前回のこの記憶がほぼすべてです。
ただ補正と補足をさせていただきます。
藤田妙子おばちゃま・・実は藤田タイコおばちゃまとばかり思っていました。
「タイコ?太鼓を叩くような雰囲気の人ではないのになぁ?」などと思ったものでした。
でも、風格と説得力があったんですよね、この方は。
松島みのりおばちゃまは、あのスーパージェッターのかおるさんの声優ですね。
スーパージェッターの声優を見ると、松島みのりと出ていたので「こっちに転職したのか」とその時思いました。
声の質そのものは変わっていませんが、明らかに作ったような声で声優を演じていました。
松島みのりおばちゃまの自己アピールの歌の伏字部分は、おそらく「本当の名前」「本当は名前」などのような気がしてきました。
この松島みのりおばちゃまを数回?見てから、もう子供(幼児)向けのものは見なくなったと思います。
あの当時、若かった松島みのりでさえ「おばちゃま」扱いする時代だったんですね。
「おねえさん」でいいと思いますが、子供にとっては大人の年配者は皆「おばちゃん」「おじちゃん」ですから。
こぐまの「コロたん」・・
歌の中で「僕らはみーんないい子なんだい」を二度繰り返します(節は違いますが)が、実はさらにそれらを二度繰り返します。
劇中の歌は、大体歌とともに伴奏も途切れますが、わにの歌は最後にも伴奏が入ります。
書いた歌はすべて伴奏とも節も覚えていますが、ふくろう博士の歌だけは、歌詞共々最後の部分しか記憶にありません。
「♪・・でもまだできない、いつかきっとできるだろう、ホイ」・・確か・・「ホイ」も入っていたのではと・・

2012/12/04(火) 19:31:14 | URL | ZAPO
ラジオだと、「うたのおばさん」というのが有ったんですが、
テレビではより親しみを込めて、「おばちゃま」って呼称にしたんでしょうか。
もっとも、「おねえさんといっしょ」というラジオ番組も有ったくらいですから、
「おねえさん」「おねえちゃま」でも良かった気もしますが。
初代のおばちゃま方が、そう言うにはやや年行っていたという事ですか。

松島みのりさんに関しては、ほぼ完全なる新情報かと思ったら、ダ・カーポという雑誌で言及していたようです。
結構いろんな人がやっていたんですね。
2012/12/07(金) 01:39:46 | URL | ごいんきょ
「テレビのおばちゃま」…??
「テレビのおばちゃま」…??何なんすか、「ロンパールーム」のような番組っすか??私は1971年生まれの「ロンパールーム」世代なもんで。おばちゃまって言葉聞くと…小森のおばちゃまを思い出しちゃうな~~!!
2013/03/23(土) 09:47:29 | URL | マスダっち
この番組が出来た当時、テレビは上流階級の物だったのですよ。
2013/03/24(日) 22:33:32 | URL | ごいんきょ
おばちゃまみっけ(記憶があいまいで)
たえこおばちゃまが大好きで、他のおばちゃまのことは、覚えておりません。♪今日は水曜日、今日は水曜日♪というように番組の始めに歌ってましたよね、確か。
2013/03/25(月) 22:50:38 | URL | mahokun
藤田妙子さんですね。
水曜日の担当だったんでしょうか。
ご健在のおばちゃまが居たら、譜面とか記憶とか、なんとか残して欲しいです。
2013/03/28(木) 22:07:02 | URL | ごいんきょ
2年間ロンパールームと並走
テレビのおばちゃまの要素は、やがて(フリーマントル版が日本のみならず世界各国の同種番組の雛型でもあったとも言える)ロンパールームに受け継がれた、との認識だったんですが、丸2年間ロンパールームと並走で継続していたんですね(笑)。
スポンサーの関係からでしょうけど、同種の番組を2つ抱えるだけのスポンサー・視聴者双方の需要があったとも言えますね。

やがてこちらの方は時間拡大しバラエティーショー要素を取り込んだおはよう!こどもショー
(ニュース枠等を取り込んで開始した経緯や、その番組の事実上の後継がズームイン!!朝!だからか子供向けワイドショーとされる事が多いですが、どう考えてもワイドショー要素は希薄で寧ろバラエティーショーだとしか(笑))に発展する事になりますけど。
2016/08/16(火) 08:16:50 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
あとは子供の数が多かったのが大きいんでしょう。
子供向け番組は多かったですね。

子供向けワイドショーという事に関しては、制作発表時に日本テレビもそう広報してますが、
実際にもワイドショーというべき内容だったと思いますよ。
ニュース要素の問題を言っているのでしょうか。
「子供向け」のニュースは山盛りでしたよね。
2016/08/19(金) 05:14:23 | URL | ごいんきょ
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