私的 昭和テレビ大全集
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ディズニーランド (1958)

該当番組画像募集Disneyland
アメリカでの放送開始は昭和29年。
ほとんど、テレビの神話期とも言えるような頃に、既にディズニーはテレビに進出していました。
これがプライムタイムに子供向け番組が進出した最初というアチラの文献も有ります。
日本ではかなり遅れて、昭和33年8月29日に放送開始。
日付からも想像つくように、日本テレビ開局5周年を記念した番組で、
三菱電機提供のダイヤモンドアワーとして始まりました。

年配のテレビマニアの方はご存知でしょうが、このダイヤモンドアワー、
力道山のいた日本プロレスと隔週放送という形態を取っていました。
初期テレビで非常に大きな位置を占めていたプロレスも、
定時放送枠を獲得したのは、実は意外に遅くこの時だったのです。
子供向けのディズニーランドと、大人向けで子供も楽しみなプロレスの交互放送は、
どういう意図で為された編成かは判りませんが、よくできた組み合わせかもしれません。
そしてこの2つの番組は、アメリカがテレビに託した日本教導目的にも沿っていたのです。

番組は、案内役のティンカーベルらしき天使が4つの国を先ず紹介。
それは「開拓の国」、「未来の国」、「おとぎの国」、「冒険の国」ですが、
「自然の国」というのが有った時期も有るのかな。
そしてそのうちの一つをティンカーベルが選んで、その国の回が始まるという趣向で、
毎週、今回はどの国だろうとか、或いは自分が好きな国の話にならないかとか、
ワクワクしながら導入部を見ていた実見談が第一期テレビマニアから語られます。
ちなみに「おとぎの国」というのは一つの番組名としてもほぼ同時期に有って、
昭和36年にNHKで始まったシャーリー・テンプル主演のものがそれです。
そちらは一般にはあまり触れられませんが、当ブログでは既述ですので検索窓をご利用下さい。

中身に入ると、ホストはなんと、ウォルト・ディズニーその人。
本国では、彼が構想した巨大遊園地の構想を、図面を広げてぶち上げました。
これは日本でも放送されたのかな。
あしたのジョーで、ジョーが遊園地構想をチビ連に見せるとことか、
そこからの影響っぽいなと思ってるんですが。
とにかく、見ていた子供達はそれこそ、夢いっぱいの思いだったでしょう。
そしてそれは現実のものとなったばかりか、はるか遠い極東にまで建設される事になるのですが。

他にも、「未来の国」で様々な科学技術や、それによって将来実現されるであろう
技術革新した世界にも、夢は広がりました。
最も象徴的なのは宇宙に関するもので、人類の宇宙開発の可能性を
本当に夢いっぱいに語り聞かせるウォルトの姿には、人種や思想を超えた魅力が有ります。
このような事でウォルト・ディズニーは、アメリカ人が尊敬する人間の上位によく選ばれます。
例えば手塚治虫や宮崎駿がいくら凄いと言っても、それは漫画界の中だけの話で、
漫画マニアやアニメマニアでない人間は決して尊敬する人物に選ばないでしょう。

ところで、実はディズニーランドが日本で初めて放送されたのは、前述の日付ではありません。
その前に特別番組として、昭和32年元日に、『わが友 原子力』という回が放送されました。
勿論これは「未来の国」の話で、原子力の持つエネルギーとしての果てしない可能性を、
いつも通りウォルトが案内するという回でした。
実はこれは、世界初の原潜を開発したジェネラルダイナミックと、
アメリカ海軍の依頼によるプロパガンダであったとされます。
遊園地の方のディズニーランドを実現させるために物入りだったウォルトですし、
結構な金を提示されてやる気になったんでしょうか。
それでも、警告も忘れていなかったというのですから、やはり流石です。
プルトニウムは飲んでも大丈夫なんてプロパガンダアニメとは、ひと味違います(笑)。

ワタクシが別ブログに仄めかした頃は、まだ公言するメディアは無かったのに、
その後は隠しきれないと見たか、普通に原発と核兵器との関係性、
アメリカ核戦略の思惑が各メディアで報道されました。
日本を軍門に下したアメリカとアメリカを隠れ蓑にした連中に、
共産主義という難敵が対峙する事となり、アメリカは日本の占領政策を軌道修正。
日本の共産化を阻止するため、自らが手を染めた財閥解体を済し崩しにし、
反共通信網を日本に網羅させるべく策動したりもします。
テレビもその中に組み込まれようとしたものでした。

その辺を細かく解説すると一冊の本になるので取り敢えず置いといて(笑)、
ソ連が核兵器を手にすると、更に前線基地としての日本は重要になり、
と言ってアメリカ様に刃向かった黄色い猿に核兵器は持たせてはならないので、
アメリカの核の傘の下に置く事としました。
つまり、核兵器そのものは持たせないが、いつでも衛星国を核武装して核前線基地にできるという、
いわば脅しのような包囲網を築こうという戦略を、アメリカが執ります。
原子力発電はそのようなアメリカの世界戦略に従って日本にももたらされ、
日本国内でそれを推進したのは、やはり反共政策と関連していたテレビという存在と同じく、
日本テレビ→読売新聞の正力松太郎でした。

その日本テレビ創設にアメリカ側から深く関わった一人、
ホルステッドという、テレビ史を紐解けば必ず出てくる人物が、
ジェネラルダイナミック副社長の友人だったと言います。
アメリカ政府・CIA・ホルステッド・ジェネラルダイナミックというアメリカ反共意識体が、
原子力やテレビと深く関わり、正力を通じて日本を巧みに誘導していったのですが、
その示威式典とも言えたのが、ディズニーランド「わが友 原子力」の元日放送だったとも言えましょう。
そして翌年、三菱電機の提供により、隔週とは言え、番組の定時放送実現となるのです。
もちろん三菱グループも原発開発には大きく関わるのですが、
こうした事との関係性まではまだよくわかりません。無関係とも思えないですが。

よくよく考えれば非常に奇態なプロレスとの交互放送ですが、
先にも言ったように、実は共通項が無い訳ではありません。
日本をアメリカナイズするという、日本に於けるテレビに与えられた
非常に大きな目的には、どちらも沿っているのです。
日本人はおそらく、正力は勿論、アメリカすらも想像を超えるほどの形で
アメリカになびき、それどころか自らアメリカ化していく事となります。
テレビという媒体はソフトによる侵略兵器でもあるという認識と警戒を、
賢明な大人は常に忘れてはならないでしょう。
そしてその意識は、インターネットに於いても同様に要求されるものでしょう。

しかし、このような検証が後世にできるというアメリカの情報公開制は尊ぶべきで、
そういう民主主義の良い面は、日本人はなかなか取り入れようとしませんね。
マック如きに幼稚と言われてしまったのも、むべなるかな。
もっとも、そんなアメリカも近年は隠れ蓑にしている連中が調子づきだして、
そうした美点もどんどん失われ、ただただおぞましい国へとなっておりますが。
そして、そんなおぞましい連中に政治生命を賭けて従うと言い放つ低脳総理を頂く日本。
まあその辺は予断の余談という事で、おいおい別ブログの方で書く事にします。
テレビのディズニーランドを見た楽しい思い出話を、ここではお待ちしております(笑)。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
おとぎの国
ウォルト・ディズニーさんが書斎のようなお部屋でお話しされてましたね。
声は小山田宗徳さん。
後にテレビドラマなどで小山田さんのお声を聴くたびに、ウォルト・ディズニーさんを思い出しました。

私は「おとぎの国」を楽しみにしていましたが、隔週の放送で、しかも4つの国の順番は決まっていなかったようで、更にチャンネル権は親にあったので、中々観る事が出来ませんでした。
だから「おとぎの国」でミッキーやドナルドのアニメを観られたときは、本当に嬉しかったです。

「冒険の国」では狼のドキュメントが記憶にあります。
その頃映画で「狼王ロボ」を観たのでそれと混同しているかもしれません。
2012/04/07(土) 10:26:31 | URL | モデラート
素敵なカラーの世界
私が、テレビの「ディズニーランド」と聞いて真っ先に思い出すのが、この歌い出しで始まる主題歌でした。
資料によれば、この番組の全面カラー化は日本では1966(S41)年3月のことだそうですが、それにしてもカラー放送であることをここまで強調した主題歌も珍しいでしょう。
更にその2年後にはプロレスともども毎週放送となりましたが、結局その後は4年ほどしか続きませんでした。反面、本国アメリカでは放送局やタイトルを変えながらも半世紀以上続いたのですが…
2012/04/07(土) 19:30:14 | URL | うみがめ
● モデラートさん
そうだ。小山田宗徳さんの事を忘れちゃいけない。
同じ日本テレビのドラマ、地方記者はけっこう人気あったようです。
やっぱり子供に一番人気は「おとぎの国」でしょうね。


● 鉄ドンさん
何故かサンペイ繋がりですが(笑)。
カメラスレ(カメラのきむら)も有りますので宜しくどうぞ。


● うみがめさん
日本テレビはカラー化でも牽引してましたからね。
路線修正は、正力さんが亡くなった影響も有るかと思いますが。
2012/04/26(木) 04:53:20 | URL | ごいんきょ
夢の世界
検索ソフトでこちらの方にお邪魔しました。
 ディズニーランド懐かしいですね。この番組で育った世代です。この番組劇場映画もTV用に編集したりバラエティで毎回楽しみでした。。この番組でアメリカの憧れを持ったもので当時から死ぬまで絶対アメリカ旅行とディズニーランドに行くんだと幼心に思ってましたので、初めて東京ディズニーランドへ行く時は有頂天でしたが、この番組を見てから〇十年後のディズニーランドは現実がある程度追いついてしまい
当時程興奮しないのが残念でした。
 この「ディズニーランド」の番組なんとスカパーのディズニーチャンネルで昨年の11月から放送してるのが最近になってわかりました。が当時の放送の日本語版テープがもうないのかウォルトディズニーの声は小山田宗徳さんではなく、原語で字幕版でがっかりしました。興味のある方はホームページで確認してください。
また遊びに来ます。
2012/04/27(金) 23:13:53 | URL | マサ札幌
Wonderful World of Colour
白黒テレビで見る、”カラー”の文字、本当にカラーテレビがうらやましかった。
 カラー映画は映画館だけで、見れました。ディズニー以外のテレビ番組を見られて本当にうれしかった。
 そして、今はなきディズニーランドのコピー遊園地、ファミリーランド、ドリームランド。三十過ぎて TDL行った時は、昔のこれらの遊園地にいるデジャブ感の中にいました。唯一異なるのは清潔感かな。
2013/04/14(日) 12:26:32 | URL | 前田のクラッカー
テーマパークとしてのディズニーランドが、初めて本国以外に進出したのがTDLですが、こちらも開園から丸30年が経ちました。
これについて、私のブログでも取り上げました。
2013/04/15(月) 16:24:12 | URL | (ハンドル未記入)
失礼しました
上のコメントは私の投稿、タイトルは「トラックバックしました」とするつもりが、こちらの手違いで入力出来ませんでした。
2013/04/15(月) 16:27:36 | URL | うみがめ
● マサ札幌さん
折角楽しいコメントを下さったのに、返信が遅れて申し訳無いです。
と書いても、もう見てないと思いますけどね(苦笑)。
あー。この番組世代の人は、TDLでも感慨が有ったのですか。
そうなんですよね。当時音声が残っていないようで、本当に残念です。


● 前田のクラッカーさん
やっぱり、映画でしか見られなかったディズニーを月に二回も、
家でテレビで只で見られるという感激は有ったでしょうね。


● うみがめさん
30年かあ。長いような短いような。
うみがめさんの記事に有るように、関東圏の遊園地は軒並み廃園に追い込まれました。
あっちに行っちゃうと、地元の小さい遊園地では、物足りなく感じてしまったのでしょう。
ワタクシは、小さい遊園地の方がはるかに好きだし、思い出もいい感じで残ってます。
ひねくれ者ですし、巨大な存在は、それだけでムカムカするんですよね(笑)。
2013/04/20(土) 06:44:09 | URL | ごいんきょ
本物をみてビックリ!
「今週は、プロレスかディズニーか」が大事でしたね。プロレスだとがっかりでしたが、そのまま見ていたのが、後にプロレスにはまってしまうきっかけになったんですね。
さて、TVディズニーですが、ミッキーやドナルドが出るアニメが好みでしたが、なかなかやってくれません。だいたい実写物が多かったですね。でも、今考えると、実写物のほうが充実した話が多かったですね。マッターホルン登頂苦労話、大型ハリケーン襲来話を覚えてますね。
さてやはり、この番組といえばオープニングですよね。絶対行くことのできない夢の国の象徴である「眠れる森の美女」のお城にティンカーベルが飛んできてってやつ。TDLができたせいなのか、あの城がシンデレラ城だと、みんな思いちがいをしていたのは有名な話ですね。でも、あの別世界に、私を含め当時の子供達は強烈に憧れたんですよね。
それから、およそ30年後、ついに私は家族を従えてLAに行ったのです。そして、「眠れる森の美女」の城を見た瞬間、「なんじゃこりゃ」。そのしょぼさに驚いてしまいました。TDLのシンデレラ城に比べるとなんとつつましやかだこと。「これってマリンコング現象か?」と思いました。幼少期はこれに憧れ、けっして行けない場所と思っていたことを考えあわせてみると、歴史のある素敵なお城に見えてきました。通算すると3回LAに行きましたが、これって大人買いか。
2014/07/21(月) 17:03:54 | URL | みのモンタナ
ディズニーランドの方が楽しみで見始めた人もいるのですね。
当時は圧倒的にプロレス人気の方が強かったと思いますが。
ミッキーとかの人気者は、出し惜しみも有ったでしょうけど、
『ミッキーマウスクラブ』も有りましたからね。

漫画だけでなくて、ドキュメント物をマンガにくるんで子供達に食べさせていたという点でも、
ウォルトさんの番組作りは流石だなと思わせるものが有ります。

オープニングで、今週はどこの国かな?っていうね。
LAに、それも3回もですか。
テレビで見て憧れた外国風景を実際に見に行かれた方は、
他の番組でも数名いらっしゃいました。
千葉のディズニーランドより質素なんですね。
2014/07/27(日) 07:57:52 | URL | ごいんきょ
再放送また再放送
あの時分、フィルムがアメリカから直接空輸だったせいか、予定通り着かないと放映日に間に合わず、再放送でゴマかすしかなかったようですな。だだでさえ力道山のところと隔週放送で、多い月で最大3回しか見られないのに、こういう事情で、とうとう月に一度も新作がなかったこともざらでした。まあ、のんびりしたよき時代でしたね。個人的にはあひる大先生・フォン・ドレイク教授(声・坊屋三郎)のファンでした。♫ みなさん、もしも、九十と三まで生きたけりゃ、安全第一でいきましょう…というあれですね。
2015/07/31(金) 08:40:57 | URL | 権兵衛
そうだったんですか。
毎週心待ちにしていた子供が多かったでしょうに、さぞガッカリだった事でしょう。

ドナルドのおじさんですか。
その歌、ネット上では発見できませんでした。
貴重な記憶ですね。
2015/08/02(日) 18:20:04 | URL | ごいんきょ
ムーチー哀悼
昨年11月6日、往年のディズニーの名子役・ケヴィン・コーコランが結腸癌で亡くなりました。享年66歳。「黄色い老犬」「野球少年ムーチ物語」「サーカス小僧」「突撃の太鼓」……「ディズニーランド」のファンには、彼の思い出は尽きません。2013年には「ミッキーマウス・クラブ」のアイドルだったアネット・フニチェロも亡くなっており、寂しいかぎりです。
2016/02/05(金) 02:36:35 | URL | 赤堀水右衛門
前コメント訂正
ケヴィン・コーコランの命日を11月6日と記しましたが、2015年10月6日の誤りでした。50代前半以下の方は彼のことはほとんど御存知ないかとも思いますが、人の命日は疎かにはできませんので、謹んで訂正させて頂きます。
2016/02/05(金) 02:55:52 | URL | (ハンドル未記入)
ミッキーマウス・クラブもいつかは扱いたいのですが、なかなか情報が少なくて。
そちらの番組情報もご存知の方は、是非ここに書いて下さいね。
2016/02/11(木) 21:39:05 | URL | ごいんきょ
ミッキーマウス・クラブ
日本での放映は確か、開局間もない東京12チャンネルで、1967年ごろだったと記憶していますが、まだよく調べていません。管理人様の方でお分かりでしたら、ご教示を乞いたく思います。提供は「あけぼの食品」、冒頭のコマーシャルで、故ジャイアント馬場に子供たちがぶらさがり、「がんばれ がんばれ ジャイアント あけぼの印でスタミナつけて」という歌が流れました。

アメリカでは1954年からABCで放映され、ケヴィン・コーコランも7歳でこの年に「マウスケッターズ」に加わっている筈です。ヴァラエティありドラマあり漫画のコーナーありで、多彩な内容だったようですが、日本では30分ワクのため、オンエアされたのは漫画部分のみでした。ただ、後年気になったのは、1959年に撮影された、ウォルトを囲んで、ミッキーマウスの耳を象ったキャップを被った子供たちの集合写真があるのですが、黒人がただの一人もいないばかりか、有色人種も、インディオの血を引くアネット・フニチェロを除けば、見たところまったく見えないことでした。あまり意識しないところに、アメリカの病根をちらりと覗かせられたたようで、複雑な気分でした。
2016/02/12(金) 21:27:56 | URL | 赤堀水右衛門
またまた訂正
申し訳ありません。「ミッキーマウス・クラブ」の米オンエアは、第一次が1955年10月3日~59年9月25日(ABC)、第二次が1962年から65年の誤りでした。たまたま手元に資料が見つかりましたので、訂正させて頂きます。
2016/02/12(金) 21:54:39 | URL | 赤堀水右衛門
うわお。
やはりコメント募って良かった(笑)。
こんな物凄い話が聞けるなんて。

12チャンネルのミッキーマウス・クラブの話なんか、まったく知りませんでした。
馬場さんのCM話の破壊力は凄い。
ジャイアント馬場ドットコムにも載っていないくらいの初期で、
CMそのものは多くの人が覚えているようですが、
さすがに12チャンネルの番組話は世界初のようです(笑)。

日本ではまず、昭和30年代に日本テレビが味の素提供で放送していて、
てっきりそちらの話だとばかり思ってました。
そちらの話もおわかりの方、お願い致します。
2016/02/14(日) 22:39:46 | URL | ごいんきょ
Disneyland ANTHOLOGY
こんにちは。

以前『ディズニーぱれーど』に書き込みさせて頂きました、ようていまる と申します。

『ディズニーランド』は、私自身にTV放映時の記憶はありませんが、以前一部内容が『Disneyland ANTHOLOGY』という3本組のVHSで販売された際に購入致しました(*⌒∇⌒*)。

現在もAmazonなどで扱われているようですので、ご興味のある方はこのタイトルで検索されてみてはいかがでしょう(*^^*)。

#皆様とっくにご存じの情報でしたらスミマセンm(_ _)m。

青函連絡船 羊蹄丸
2016/03/08(火) 19:35:25 | URL | ようていまる
LDでも出ていたようですね。
買えば良かった。
CSでは見ましたが。
2016/03/13(日) 00:29:20 | URL | ごいんきょ
あちらでのABCのモノクロ放送時分の色分けでいうと「冒険の国」と「開拓の国」でオンエアされた実写ドラマのプログラムのうち、初めからテレビ映画として制作された作品には、ついに日本国内で劇場公開されず終いのものが結構ありました。

したがって、ビデオもDVDもない時代のこと、たまたま運良くただ一回の「ディズニーランド」のオンエアで見て、記憶に残ったらよし(私の場合例えば「忠犬ボビー」「わんぱく三銃士」など)、もし見落としたら再放送がないかぎり、半永久的に存在すら知らず終いになったものがほとんどだったでしょう。

「ようていまる」様のご紹介くださったVHS、私も何とか発売当時入手できましたが、できうるならば小山田氏や黒沢良氏など、懐かしい方の名人芸が聴ける吹替え版が出てくれるといいのですがね。今や原語版で見るだけなら、原題名を調べられれば相当数がフル・ヴァージョンでYou-tubeで見られるご時世になり、ありがたいことではあるのですが。
2016/03/13(日) 07:58:16 | URL | (ハンドル未記入)
すいません
前書き込み、ネーム、題名忘れ。名無しの権兵衛です。
2016/03/13(日) 08:01:10 | URL | 権兵衛
そんなにこの番組で独自の作品を作っていたのですか。

そうですよねえ。小山田さんの声、聞きたいですね。
2016/03/13(日) 08:04:32 | URL | ごいんきょ
懐かしい。その一言です。
隔週でのディズニーランドを見ていました。懐かしい番組です。今もまだ記憶に残っています。「星に祈りを」の歌とともに4つの国が紹介される冒頭の場面にワクワクしたものです。当初は白黒で、本国アメリカではこの白黒の「DisneyLand」は1961年までで、同年秋に新しく「Wonderful World of Calour」がスタートし日本では「ディズニーランド」として題名を変えずに放送されています。従って本来は白黒版とカラー版は別々の番組で、このカラー版は1962年から日本でもカラー放送されていました。また「ミッキーマウスクラブ」は別番組の30分物で日本テレビ系列で1960年頃に既に放送されていました。「・・僕らのクラブのリーダーは・・ミッキーマウス・・ミッキーマウス・・ミッキー、ミッキーマウス・・」と唄う最初の場面も覚えていますし、このフレーズは現在でも甲子園での高校野球の応援ブラスバンドの演奏曲に使われていますよ。
2016/11/27(日) 10:31:27 | URL | eraharisi
オープニング・テーマ
eraharisさま

いきなり不躾で恐縮なのですが、エンディングに使われていた、D'Artega 楽団の"In the Blue of Evening"(「青き黄昏」、1940年)がたとえ一時期でも、オープニングにも一節流れていたご記憶はおありにならないでしょうか。

実は、この曲に魅せられるあまり、ずっと長い間、「青き黄昏」の冒頭部分がティンカー・ベルのピクシー・ダストとともに流れ、眠れる森の美女の城とともに黒沢良氏のナレーションがかぶっていたと完全に思い込んでいたものですから。そのかわり、ご教示の「星に願いを」の記憶は、オープニングに関しては、すっぽりと脳味噌から抜け落ちている有様でして。

もし当方の記憶違いなら、心して改めなくてはならないのですが、そういえば、You-tubeにアップされているアメリカの白黒時代のフィルムでは、どれもすべてオープニングに短く「星に願いを」が流れるばかりで、後は今週のカテゴリー(冒険の国、開拓の国etc.)の紹介からいきなり番組に入っていくようで、テーマ曲らしいテーマ曲は使われていませんし、もちろん「青き黄昏」などまったく流れません。では、向こうでもこの曲はエンディングのみだったのか、といえば、そのエンディングにも、今のところ流れていた形跡は見当たりませんので、結局やはり日本でも、66年3月18日放送の第196回からカラー化されるまで、ずっとオープニングはアメリカの通りで、「青き黄昏」はひょっとして日本版のみのクロージングだった? と考えるのが妥当なのかどうか、正直迷っています。もし、オープニング、エンディングの両方で何かご記憶のことがあれば、ご教示賜れば幸甚です。
2016/11/27(日) 13:45:28 | URL | 権兵衛
● eraharisiさん
という事は、プロレスは飛ばしていたという事ですね(笑)。
「星に願いを」かな。ピノキオの歌ですよね。

カラーテレビ放送にアメリカに負けないくらい力を注いでいた日本tレビの放送だったから、
アメリカとほぼ同時のカラー放送が出来たんですよね。
と言っても、カラーで見ていた人は幾らもいなかったでしょうが。

味の素提供『ミッキーマウスクラブ』ですか。
そちらのご記憶も是非ここに書き込んで下さい。


● 権兵衛さん
ほー。エンディング曲はそれでしたか。
ワタクシの放送知識から判断するに、日本版EDの可能性が高そうですね。
おそらく日本版の声の出演や制作陣を表示しながら流していたのだと思われますが、
当時の記憶がございます方の情報をお待ちしています。
2016/11/27(日) 19:12:36 | URL | ごいんきょ
エンディング
ごいんきょさま

ご指摘ありがとうございました。

"In the Blue of Evening"は、オリジナルがYou-tubeにアップされていますので、曲名はご存じなくとも、このメロディは記憶にあるという方々も多いと思い、一応リンク先だけは記させて頂きます(あまりこういうことはしたくはないのですが)。エンディングに関しては、ほぼアップ主の解説で間違いないと思います。

https://www.youtube.com/watch?v=5UQo6Pd4Wxc

なお、大体はごいんきょさまのご指摘通り、エンディングのテロップとともに冒頭から途中まで流していましたが、時間が詰まった時などは中間の展開部(ABAのBの部分)からのこともあったように思います。なお、オープニングについては、eraharisiさんのご記憶の方が確かかも知れず、私の思い込みだけでは仕方がないので、確実な客観的資料か、絶対的に確信のある方のご教示を待つよりないでしょう。
2016/11/27(日) 22:39:43 | URL | 権兵衛
あの当時、そういうエンディングまで細かく記憶している人は、あまり多くないでしょうねえ。
2016/11/30(水) 23:26:36 | URL | ごいんきょ
56年前にもどれた
このページをやっと見つけた。自分の家にテレビが無く、他所の家にディズニーランドを見るため、日頃は小心者の自分が、この時は申し訳ないけど、図々しく行けたのだ。それくらい見たかったのです、特に冒険の国、目を閉じればその時の画面が見えるのです。
2016/12/14(水) 21:54:21 | URL | 丹
やっと来て下さいましたか(笑)。

いいなあ。複数の家庭で一緒にテレビを見た時代、羨ましいです。
ワタクシの頃は、もう一家一台以上でしたので。
2016/12/15(木) 00:10:44 | URL | ごいんきょ
皆んなでで見れば夢はふーくらむ、、、
実写版のドラマだったラプンツェルを見た記憶があります。他にどうしても題名が思い出せないのがあります。とても貧しい王様の(娘)王女が妖精からたった一つ願いが叶う魚の骨を貰い一生懸命磨きます。さてどんな望みを叶えるのでしよう?
2017/06/08(木) 02:10:56 | URL | ミコちゃん
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さっちゃんのブログ記事 にもあります通り、 1983(S58)年 の今日 4月15日 は、千葉県浦安市に 東京ディズニーランド(TDL)が開園 した日です。 アメリカ以外では初めて となるデ
2013/04/15(月) 14:06:37 | カメログ・アネックス
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