私的 昭和テレビ大全集
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花の中の日記帳 (1959)

該当番組画像募集
戦前に子供・青春時代を過ごされた層も、ネットでは希少な存在でしょう。
ですが、『少女の友』の表紙を長く飾っていた中原淳一の絵は、
大正浪漫の風情も漂わせる、昭和初期の良い空気の象徴的によく用いられ、
目にした事のある人は多いでしょうし、更には固定ファンも多数いそうです。
姪にシャンソン歌手として名を馳せた中原美沙緒がおり、
なんとまあハイカラな一族であった事よ。
カーネーションの続編テレビ小説は、彼の話で決まりでしょう。
決定したら、企画料を下さい(笑)。

そんな中原淳一が脚本・構成・美術を担当したテレビ番組が有ったのです。
これぞ再発見。検索したら、今回は世界初では無かったけど(笑)。
主役は当然のように、姪の中原美沙緒。
既に少し前にKRテレビ(現TBS)で始まった『あんみつ姫』で人気者となっておりまたし、
更に少し前に始まっていたNHK『バス通り裏』の主題歌でも茶の間にお馴染みでしたが、
本分はあくまでもシャンソン歌手。
そんな彼女に、もっとお洒落な番組を作ってあげようという思いが有ったのかもしれません。

主人公の名も「ミサオ」で、学生の弟とアパートに二人暮らししながら洋装店マーメードに務めている。
この弟役が中原英氏といい、役名が英二なのでおそらく「えいじ」と読むんでしょうが、
同じ中原姓でシャンソン歌手。きっと親族だと思いますが、詳細不明です。
いくつかテレビや映画にも出演し、淳一の雑誌『ジュニアそれいゆ』にも掲載されてますが、
そうした世界で活躍したのは短かった感じです。
おそらく美沙緒の実弟だったんじゃないでしょうか。
ご存知の方いらしたら教えて下さい。

マーメードの息子はジャズ歌手で、守屋浩が演じ、
店内装飾家役で歴としたジャズ歌手の旗照夫も出演。
更にマーメードのマスターは、日本シャンソン界の第一人者、高英男でありました。
そもそも、その高を売り出したのも他ならぬ中原淳一であるとされ、
淳一の妻である葦原邦子ともども、終生の付き合いであったと言います。
そんなメンバーが選って集まり繰り広げる劇は、理の当然としてミュージカル風。
ピアノを岩崎洋が担当し、結構な頻度で中原淳一作詞の新しいシャンソンが披露されたようです。

わずか15分の番組ながら、なんという贅沢な作り。
こういう番組を見て育っていたなら、きっともう少し風雅な人間になれたでしょう(苦笑)。
関東ではNET、関西ではMBSで放送され、提供はシキボウこと敷島紡績。
一社提供というのは弊害ばかりが喧伝されましたけど、企業側の責任感も半端ではありません。
なにしろ番組名に堂々と冠されるのが普通でしたしね。
この番組も『マーメードショウ』と冠されていましたが、それはシキボウの人魚マークに由来しています。
だから企業イメージを損なうような番組は敬遠されたし、それが一種の防波堤になっている側面も有りました。
現今のテレビが腐っている大きな原因の一つが、一社提供番組の絶滅状態に有るとワタクシは思っています。
だからシステム的に修正不可能であるとも言うんですけどね。
じゃあNHKの腐れっぷりはなんなんだという話ですけど(笑)、それはまた別の機会に。
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この記事へ寄せられたコメント
さすがに私にも未知の領域ですが(笑)
スポンサーが関西繊維メーカーのシキボウと聞いてちょいと調べてみた(ネットでちょこちょことググっただけですが(笑))所、やはりMBS製作の番組という事が判明しました。
大阪テレビ(後にABCに吸収され、コールサインもJOBX-TVからJONR-TVに変更される事となります。)の運営に関わっていた事もあって、開局当初よりこの様な洒落た番組を制作する能力があったMBSと、教育テレビという足かせもあって、ほぼ一日中、学校放送番組やら一般向け教育番組(テレビ版百万人の英語とか)の羅列だったNET.....、MBSがNETを格下と見ていたのも無理からぬ所かなと(笑)。
そんな開局から、民放の雄の座を窺う位置に付く(と言っても4月の視聴率4冠は日テレ、フジの自滅に助けられたという感も否めないですが(笑))まで50年以上掛かった訳ですね.......、開局から50年近く経っても相変わらず安定の最下位という局もありますが(汗)。
2012/05/23(水) 22:56:58 | URL | TXの無いテレビなんて・・・
シキボウは関西メーカーでしたか。
本文で書き忘れましたけど、太平洋ひとりぼっちの堀江謙一さんの
マーメイド号も、シキボウに由来する物なんですね。
2012/06/30(土) 06:12:36 | URL | ごいんきょ
繊維産業
繊維業界が花形産業だったというのが、'50年代を感じさせます。

カネボウ(旧名・鐘淵紡績)が、繊維部門の失敗で(繊維部門の損失を、化粧品部門の黒字で埋めていた)、グループ解体になったのは皮肉です。

今や、カネボウといえば、10人中9人は化粧品会社だとおもうでしょう。

ちなみに、今のカネボウ化粧品は、花王グループ入りし、旧カネボウ(現・クラシエ)とはまったく関係ない会社になりました。
2012/10/27(土) 16:27:56 | URL | 10000k
結局、日米経済摩擦で繊維も落ち目になるんですけどね。
自前の資源開発ができないうちは、日本の自立も難しいのです。
2012/10/28(日) 09:14:57 | URL | ごいんきょ
中原淳一さん
中原淳一さんの生誕100年を記念して先月刊行された「中原淳一と少女の友」を母にプレゼントしようと購入しました。

母は「少女の友」を友達と回し読みし、中原淳一さんの画に本当に憧れたそうです。
洋裁が趣味で沢山の洋服を作っていたのも、少女時代に観た中原淳一さんのスタイル画に憧れてのことだったようです。

その本の略年譜を読むと、1959年7月、仕事中に脳溢血で倒れ、以後約10年間療養生活を送る、とありました。
丁度この番組を制作されていた頃ではないかと驚きました。

10000kさんのコメントにあるカネボウはカネボウ毛糸とは関係ありますか。
♪赤ちゃんのときからカネボウ毛糸というCMソングを思い出しました。
2013/02/08(金) 22:21:08 | URL | モデラート
ほー。今年が生誕百年だったんですねえ。
中原さんの絵が、当時の少女にどれだけの夢を与えたか、計り知れないと思うんですよ。
女性が、まして少女がお洒落に着飾るなんて、映画とかの中でもそうは無い時勢でしょうから。
やはり、その世界観からデザイナーとかイラストレーターを指向した女性も多いんじゃないかな。
以前も書きましたけど、生誕百年であれば尚更、下半期の朝のテレビ小説は決定ですね(笑)。
実際、華麗なる一族の一つですし、非常にドラマになり易いと思います。
なんなら脚本をワタクシがやってもいいですよ(笑)。

 カーンカーン カネボウ
 赤ちゃんの時からカネボウ毛糸

三木トリロー&ピーナッツさんのCMソングが有名だったカネボウ毛糸のカネボウは、
勿論、鐘淵紡績の愛称ですし、元々が紡績会社です。
先にも書きましたように、日米経済摩擦でやり玉に挙げられ、日本の繊維産業が軒並み潰滅しました。
鐘淵紡績はそのため、化粧品や食品へと活路を見出していったんですね。
2013/02/09(土) 21:40:47 | URL | ごいんきょ
トラックバックしました
先日、中原淳一生誕100周年記念の展覧会に行ってきました。モデラートさんもご指摘の通り、その後半生は病魔との闘いで、この番組を手がけていた頃も本来なら安静にすべき状態を押しての活動ではなかったかと思うにつけ、ある意味彼も生き急いだのではないか、と悔やまれてなりません。
その時の様子をブログ記事にしています。
2013/05/10(金) 14:08:51 | URL | うみがめ
いつもTBありがとうございます。
やなせさんが影響を受けているとはねえ。

6月からは横浜そごうでやるようです。
以後、大阪、愛知、高崎となるようですので、興味おありの方は以下のページで。
http://www.junichi-nakahara.com/archives/2186
2013/05/12(日) 22:12:53 | URL | ごいんきょ
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2013/05/10(金) 14:02:46 | カメログ・アネックス
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